ヤマハ・モーターサイクルデザインの変遷(後編)
今回のホビダス・モーターサイクル特集では、前回に引き続き、「ヤマハ・モーターサイクルデザインの変遷(後編)」をお送りする。前編では主に1980年までのモデルにスポットを当てたが、今回は1980年以降のモデルがその主役となる。
1980年台に入るとヤマハは、パフォーマンスと洗練された雰囲気を融合したオーガニックデザインなどを採り入れ始める。絶大な人気を誇ったRZやXJ、SRXなどにその成果が見て取れる。また、膨らみだけではなく、内側へのマイナス曲面を生かしたデザインもこの頃のモデルの特徴となっている。
この流れを受けて、1985年になると5バルブ構成の前傾4気筒、ジェネシス・エンジンを搭載したFZ750が発表される。絶対的なパフォーマンスを追求しながらも、フルカウルをもたない洗練されたデザインは、いかにもヤマハらしいこだわりに満ちたものだったが、この頃から大型車もレーサーレプリカ全盛時代へと突入。FZもFZRシリーズへと発展していくのだった。
上の写真は1985年型FZ750。量産世界初の749cc水冷4ストローク5バルブDOHC前傾エンジンは77馬力を発生するとともに、高い直進安定性とコーナーリング性能をもたらした。当時の価格は79万8000円。右の写真は同じく1985年型のSRX600。メカ的な美しさや素材感など、いわゆる味わいを大切にしたモデルの先駆け的存在。大トルクの楽しさでも多くのファンを獲得した。排気量608ccの空冷4ストロークDOHC単気筒エンジンは42馬力を発生した。
アメリカ人が好むアメリカならではのパフォーマンス・イメージを追求したプロジェクトが1台のマシンを生み出した。当時最大排気量を誇ったフラッグシップ・クルーザーのエンジンを中心に据え、全てにボリューム感を重視したデザインを採用したこのモデルは、他に類を見ない全く新たなモーターサイクルでもあった。このモデルこそが、既に20年を超えるロングセラーとなったVmaxである。
アメリカではパフォーマンスの象徴ともいえるV4エンジンと、マッチョなデザインの取り合わせは、アメリカや日本だけではなく全世界で一世を風靡した。Vmaxは、ヤマハ・モーターサイクルのデザインを語る上で欠かせない一台だと言うことが出来る。写真は1990年型のVmax。余裕のトルクと個性的な外観から、人気を博した。1197ccの水冷4ストロークDOHC・V型4気筒エンジンは97馬力を発生。当時の価格は89万円だった。
初の4ストローク・ビッグシングルXT500が発表されると、これらのマシンが走るパリ・ダカール・ラリーなどが注目されるようになる。XT500は1979年からパリダカに参戦を開始したが、そこでの経験をフィードバックすることで、ヤマハのビッグ・オフローダーは独自の進化を遂げることが出来たのである。そして、1983年に登場したXT600には砂漠の地名からとった“テネレ”の愛称が与えられ、そのデザインもパリダカ・イメージを強く押し出したものとされた。
1990年になると、水冷化されたビッグシングルXT660Zとともに、さらに大排気量の水冷並列2気筒マシン、XTZ750Tも登場。その強烈なパリダカ・イメージから、多くのファンを獲得することとなる。写真は1989年型のXTZ750 Super TENERE。パワーユニットに水冷4ストローク5バルブDOHC並列2気筒エンジンを採用し、70馬力を発生。パリダカに勝利することで、その戦闘力の高さは証明されたのである。このモデルは輸出専用モデルであった。右の写真は1975年型XT500。4ストローク・ビッグシングルのロングセラー、SRのベースとなったモデル。OHC単気筒エンジンは30馬力を発生。当時の価格は37万円だった。
スーパースポーツのデザインでは、いち早くレーサー・イメージの踏襲から決別していたヤマハ。そして、生命体のように存在感があるデザインを目指した活動は、1998年に発表されたYZF-R1や、兄弟車のR6として結実した。
獲物を狙い瞬時に反応する猛禽類の顔つきとなったカウル前面や、空力や運動性などの性能に寄与する形状、レース用マシンとは異なる樹脂成型ならではのボディーワークなど、かつてのFZシリーズがそうであったように、ヤマハのスーパースポーツは再び独特の美しさを追い求めるようになったのである。
写真は1998年型のYZF-R1。「セカンダリーロード最速のビューティフル&エキサイティングスポーツ」として開発された次世代スーパースポーツだ。998ccの水冷4ストロークDOHC並列4気筒エンジンが発生する150馬力のパワーと、圧倒的なコーナーリング性能で人気を博した。輸出専用モデル。
オリジナル・コンセプトで新たなカテゴリーを切り開いてきたヤマハは、DT-1、XS650スペシャル、SR、SRX、Vmaxなど、数々の名車を生み出してきたが、、1999年に発表されたコンセプトは、人の五感全てに訴えかける「鼓動」がテーマだった。
2005年、それはプロジェクトネームそのものを車名としてデビューを飾ることになる。排気量1670ccという巨大な空冷Vツインエンジンはまさに鼓動を生み出したが、デザインにおいてもそれは全くの「新種」と言えるものであった。このモデルこそが、MT-01である。
1999年の東京モーターショーで発表され、鼓動コンセプトの“人機官能”や、鼓動感や魂のこもった“力”を表現したMT-01のオリジナル・デザインは、可能な限り忠実に製品化され、現在のヤマハ・モーターサイクルデザインを象徴する一台として市場投入されたのである。
2001年、ヤマハはひとつのオブジェを発表した。「人の言葉が事象に繋がる不思議な力をもっている」という意味の“ことだま”と、鼓動や魂のこもった“力”のイメージを重ね合わせ、“OTODAMA(音魂)”と題されたこの作品は、スペックでは表現できない官能性能を大切にするヤマハの設計思想、“人機官能”を象徴したものだという。
確かに、オブジェのエンジンは動くこともなくスペックも持たないが、この逞しい造形と金属の質感からは、人を惹きつける魅力が感じられるのである。
●協力:ヤマハ発動機
東京プレミアムモーターサイクルショー実行委員会
●記事制作:ホビダス編集部 渡辺
FZ750
この流れを受けて、1985年になると5バルブ構成の前傾4気筒、ジェネシス・エンジンを搭載したFZ750が発表される。絶対的なパフォーマンスを追求しながらも、フルカウルをもたない洗練されたデザインは、いかにもヤマハらしいこだわりに満ちたものだったが、この頃から大型車もレーサーレプリカ全盛時代へと突入。FZもFZRシリーズへと発展していくのだった。
Vmax
アメリカではパフォーマンスの象徴ともいえるV4エンジンと、マッチョなデザインの取り合わせは、アメリカや日本だけではなく全世界で一世を風靡した。Vmaxは、ヤマハ・モーターサイクルのデザインを語る上で欠かせない一台だと言うことが出来る。写真は1990年型のVmax。余裕のトルクと個性的な外観から、人気を博した。1197ccの水冷4ストロークDOHC・V型4気筒エンジンは97馬力を発生。当時の価格は89万円だった。
XTZ750 Super TENERE
YZF-R1
獲物を狙い瞬時に反応する猛禽類の顔つきとなったカウル前面や、空力や運動性などの性能に寄与する形状、レース用マシンとは異なる樹脂成型ならではのボディーワークなど、かつてのFZシリーズがそうであったように、ヤマハのスーパースポーツは再び独特の美しさを追い求めるようになったのである。
写真は1998年型のYZF-R1。「セカンダリーロード最速のビューティフル&エキサイティングスポーツ」として開発された次世代スーパースポーツだ。998ccの水冷4ストロークDOHC並列4気筒エンジンが発生する150馬力のパワーと、圧倒的なコーナーリング性能で人気を博した。輸出専用モデル。
MT-01(1999年モーターショーモデル)
2005年、それはプロジェクトネームそのものを車名としてデビューを飾ることになる。排気量1670ccという巨大な空冷Vツインエンジンはまさに鼓動を生み出したが、デザインにおいてもそれは全くの「新種」と言えるものであった。このモデルこそが、MT-01である。
1999年の東京モーターショーで発表され、鼓動コンセプトの“人機官能”や、鼓動感や魂のこもった“力”を表現したMT-01のオリジナル・デザインは、可能な限り忠実に製品化され、現在のヤマハ・モーターサイクルデザインを象徴する一台として市場投入されたのである。
OTODAMA
確かに、オブジェのエンジンは動くこともなくスペックも持たないが、この逞しい造形と金属の質感からは、人を惹きつける魅力が感じられるのである。
●協力:ヤマハ発動機
東京プレミアムモーターサイクルショー実行委員会
●記事制作:ホビダス編集部 渡辺



