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埼玉・深谷のスロット・サーキット「 シャパラル(J.クラーク)」における「ル・マン」レースの模様。8レーン全長43.5mという国内最大級の超ロングコースを使ったレースは迫力満点。スタッフによるワイヤレスマイク実況中継も随時あり、表彰式、賞品、ブービー賞までプライズも充実したイベントである。
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ディスプレイ・モデルとして抜群に出来が良く、しかも手軽な1/32スロットカーの台頭がきっかけとなり、最近じわじわとブームの兆しを見せる「スロット・レーシング」。
1960年代の大ブームを知らない世代にも、そのアナログで渋いホビーの魅力が浸透してきています。
もちろん、この1/32スケールでも充分なのですが、一旦その面白さを知り、更に「深く」楽しみたいとなれば、
よりサイズが大きくスピードも速い、「1/24スケール」の手作りスロットカーで楽しむということになります。
市販の専用シャシーにプラモデルやレジン、果ては自分でスクラッチビルトしたボディを組み合わせ、
セッティングを煮詰めてレースに臨む。そんな本格的なスロット・レーシングの世界を知りたいなら、
まずはレースを観戦してみるのが一番。
ここでは、既に10年以上の歴史を誇る、国内で最も有名な年に一度のスロットカー・イベント「ルマン24分間チャレンジ」をご紹介しましょう。
(※ご注意:写真は昨年及び一昨年のレースを取材した折のものです)

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プロトタイプ・クラス出場車が車検を待つ。プロトタイプとGTで大別され、更に年次によってクラス分けされる場合もある。大柄でトレッドが広いクルマは概ね走らせやすいと言われる。 |

GTクラス出場車群。レース同様にコンクール・デレガンスも競われるので、車両規定を遵守することは当然、実車考証を経た美しいスケール・モデルであることが重要。 |
「ル・マン24分」レースが始まった時代
1960年代の大ブームや、本来潮流を全く異にする「HOスロット」を別にすると、国内におけるスロット・レーシングは、1980年代末に第二期ブームとでも呼ぶべき復活を遂げました。無論1960年代のような老若男女を巻き込んだ一般的な大ブームではありませんが、幾つかのホビー・メーカーから1/24スケールのスロットカー専用シ
ャシーや周辺パーツが発売され、これに市販プラモデルやレジン・キットのボディを組み合わせた自作スロットカーでレースを楽しむスタイルが生まれたのです。
営業コースも一時期は全国に50ヶ所ほど誕生、とりわけ東京・日暮里にあった「モデナ」は、綿密な実車考証を経て自作された、スケール・モデルとしても素晴らしい出
来栄えのスロットカーが覇を競う、非常にレベルの高いモデルカー・ホビーの総本山として、模型界にその名を轟かせました。
そんなモデナの年間メイン・イベントと言えるビッグ・レースが、歴代ル・マン出場車を題材とするスロットカーによる「ル・マン」だったのです。

コントローラーを握るドライバーたちは、1960年代のブームを経験したヴェテランから初心者まで多岐に渡る。クルマ好き・模型好き同士の気持ちは世代や職業の壁をあっさり越える。 |

フルスクラッチ・モデルが多いのがモデナ時代のル・マンの特徴だったが、近年のレースでも時折ハードなスクラッチが登場する。これはフランスの小さな宝石「DBパナール」。 |

1960年代に鳴らした伝説のヴェテランが持ち込んだ、実車同様「オートマチック・ミッション」を組み込んだシャパラル2台。ギアを持たずプーリーを使った巧みな機構である。 |
ライトを点灯して走るナイト・セクション
スロットカーの「ル・マン24分」最大の特徴は、24分間が3つのパートに区切られており、中間のパートでは実際のル・マン同様、夕闇が進み(店内の照明が徐々に暗
くなり)、やがて夜(照明が完全に落とされる)になるので、スロットカー自体が前後4灯以上のライトを備えていることです(ライトを点灯しないと自分のスロットカ
ーがどこを走っているのかさえ、わからなくなります!)。
その為、ライトをスイッチでON/OFFできる機構を備えねばならず、このスイッチはスタートとフィニッシュ
時にはOFFにされていなければなりません。
すなわち、レース中にドライバー自らが一旦マシーンを停止させ(ピットイン)、スイッチONにして夜間走行、朝が来たら再
び一旦ピットインさせて、スイッチをOFFにするという、スリリングで難しいアクションが必要になるのです。

スタートはこのようにスタートラインに整列させ、計測システムと連動するシグナル+電源ONによって行われる。タイムはデジタル制御のシステムによって100分の1秒まで計測可能。 |

24分間は3つのパートに分けられ、中間の8分間は店内の照明が完全に落とされた「ナイトセクション」となる。その間、各マシーンはヘッドライトとテールライトを点灯して走行する。 |

こちらも同じくナイトセクションの走行シーン。その美しさはギャラリーを酔わせるが、ドライバーにとっては自分のマシーンを見失わないよう神経を尖らせる苦しい時間帯である。 |
歴史ある「ル・マン24分」を楽しもう!
このル・マン、日暮里モデナが閉店した後、埼玉県・深谷市のスロット・サーキット「シャパラル(J.クラーク)」がその開催を引き継ぎました。毎年実物のル・マンと同じ日に開
催され、全国から腕におぼえのあるスロット・レーサー達が自慢の自作マシーンを携えてエントリー、熱戦を繰り広げます。
ホビダスでは、今年のレースを「実況レポ
ート」する試みを現在計画中ですので、スロット・フリークの方々は是非ともこの機会に歴史あるスロットカー・イベントをインターネットでお楽しみください。
もちろん腕におぼえのある貴兄なら、一度はこのスリリングなレースにエントリーされることをお薦めいたします。
モデル・カーズ誌面に見る「ル・マン24分(1/24)」小史

1990年 記念すべき「ル・マン24分」の第1回目は、1990年10月20日に日暮里「モデナ」で開催。 |

1992年 「モデナ」での「ル・マン」は同店シリーズ戦「モデナ・カップ」の中の1戦であった。 |

こちらも同じく1992年の記事から。回を追うごとにエントラントが増え、マシーンのクオリティも上がっていった。 |

1993年 フルスクラッチ・モデルが増え、より内容が先鋭化した時期。Y店長が牽引役であった。 |

同じく1993年。店長自ら記事を一部執筆。真摯で無邪気な姿勢に多くのフリークが賛同してレースを盛り上げた。 |

1995年 「さかつう」が運営したモデナ末期。モデルのフィニッシュは総じてレベルが高かった。 |

1996年 モデナ閉店後、レース開催は埼玉・深谷「シャパラル」が引き継いだ。1996年がその初年。 |

1997年 この時期、関東のみならず東海からのエントリーも見られるようになった。 |

1998年 スクラッチ・モデルは減ったが、レジン・キットをベースとするモデルが多かった年。 |

1999年 常連が多かったが、モデナ時代からエントリーを続ける選手も少なくなかった。 |

2000年 モデナ時代から通算11回目の開催。プロモデラー「秋山 崇」氏が見事なモデルで参戦。 |

2001年 殆どがプラモデル・ベースのエントリーだが、車種はバラエティに富んでいた。 |

2002年 東海や、遠く四日市からのエントリーも。プロモデラー「畔蒜幸雄」氏がコンクール審査員。 |

2003年 流行の1/32スロットによるプチ・ルマン等、メインイベント以外の企画も盛り込まれた。 | 
当イベントの仕掛け人、 「 桐生 眞 (キリュウ マコト)」氏。アサヒ興産株式会社 代表取締役・モデルカーサーキット シャパラル代表・ミニカーショップ J.クラーク代表。 |
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「2006年 ル・マン24分」レース・レギュレーション