2006年09月
コックピットよ。
2006年09月01日
じつはエア抜き作業中。昨日まで仙台へ遠征に出かけていましたが、筑波のガレージに戻って積載車で運んだマシンを降ろして片付けをしたら終わったのはなんと深夜2時。筋肉痛と眠気と疲れにヘトヘトになりながら自宅に到着したのは4時でした。
いつものことながらハードなスケジュールですが走ることが好きだからちっとも苦にならないんですよね。
いよいよ明日から筑波に入って最終調整。
そして明後日9/3(日)はスズキスポーツカップワンメイクレースシリーズ第4戦が開催されます。
前回のレースはオイルに乗ってスピンしちゃったけど、今回はがんばるわっ!
ちなみにスケジュールは
予選 スイフトスポーツ 9:30〜45
フォーミュラKei 8:15〜30
フォーミュラ隼 8:30〜45
決勝 スイフトスポーツ 12:00 12周
フォーミュラKei 13:00 15周
フォーミュラ隼 14:00 18周
です。
フォーミュラスズキ隼 第4戦
2006年09月04日
昨日はフォーミュラスズキ隼の第4戦が筑波サーキットで行なわれました。
前日の2本の練習走行では、タイムの伸びがイマイチで、タコメーターを見ていると異変が・・・
エンジン音はそれほど回転が上がっていないというのに、タコの針はなんとレッドゾーンの11000回転を振り切ってる?!
ありゃ!メーターが+4000回転になって壊れちゃったみたい。
それにしても、エンジンのパワーが無かったような・・・。
コーナーの立ち上がりでアクセルを踏んだときにいつもよりも若干力不足に思えていました。
走行を終えてガレージに戻るといつもは外さないカウル部分をチームメイトが外しだした。
ん?どうしてこれ外すのかしら・・・。
そう思っていたところ、なんとわたしの知らないうちに密かにカラーリングしてくれたカウルが準備されているではありませんか!!!
え?これってプレゼントですか?!
や〜ん、涙がでそうなくらい嬉しいですけど。
しかし、喜んでいるのも束の間、パワー不足の原因を探ってみたところ、クランクカクセンサーが疑わしいとのことでエンジンをクレーンで持ち上げて交換作業に入りました。
作業はすでに深夜におよんでいましたが、ガレージのオヤジさんが「おまえはもうホテルに帰って寝ろ!明日に響くだろう」とわたしを帰らせると、メカニックは徹夜で作業してくれました。
朝ガレージに到着してみるとわたしのマシンを囲んで未だに作業中のようす。どうやらエンジンにバラツキが出てしまっているとのこと。
それでも苦労の甲斐あって、なんと車検の20分前に奇跡的にクリア!半ばレースに参加できないかと諦めかけていたのになんとか出走できることになってホッとしました。
しかし、朝のフリー走行からエンジン回転が上がるとバイブレーションが発生してしまい不調が続いてしまっていた。
それでもなんとか予選はクリア。決勝レースに出られることになった。
しかし、エンジンを8000回転以上まわすと危険な状態に陥りそうなためいつもよりひとつ高めのギアを選択して回転数をあげないように淡々と走り続けていた。
すると最終コーナーで数台のマシンが接触して一台がリタイヤ。
続いて、タダでさえマシンの挙動を乱しがちなダンロップコーナーでオイルを吹いて止まってしまったマシンがいる。
さらに別のマシンもそのあたりに止まってしまい第1ヘアピンの直後から第2ヘアピンまでの広範囲にかけてコース上はオイル地獄。
もちろん、決勝中であるためオイル処理はされないままレースは続けられた。
ただでさえパワーでホイールスピンを起こしがちな隼なのにこれはかなり危険な状態。
あちこちでリタイヤするマシンが続出してしまった。
それでもレースは続けられて、気づけばコース上に残ったマシンはわずか半分のみ。大どんでん返しでわたしはなんと4番手でチェッカーを受ける結果となりました。
いや〜、それにしてもレースってホントに最後の最後まで分からないものです。
エンジン回転のオイシイところがほとんど使えずに悩まされていたというのに4位になってしまうとは。ちからを出し切ることができずに終わった今回のレース。
チームのみんなの恩に報いるためキチンと勝負で表彰台に登ることを密かに夢見ていたのですが残念ながらそれも叶いませんでした。
最後にガレージのオヤジさんが「ごめんな・・・」とひとこと。
一睡もしないであれだけ頑張ってくれていたというのにそんな言葉をかけられるとは、胸が詰まる思いがしました。
レースはみんなの思いを背負って走るもの。
残すは10月の最終戦のみとなりましたが今度こそ頑張らなければ。
お天気でよかったワ。
2006年09月07日
雨も上がって・・・。
2006年09月11日
え〜、ロケなのに雨なんて聞いてないわよ〜。むにゃむにゃ・・・。と寝ぼけつつ、雷の轟音で目が覚めました。
そういえば、先日TVである学者さんが「日本列島は亜熱帯化が進んでいる」なんてことをいってたのを思い出しました。たしかに、今年の夏はスコールのような突然の雨がよく降ってたのを考えるとそれも一理あるような気も・・・。
これも温暖化の影響なんでしょうか。
環境問題が私たちの地球に着実に影響を及ぼしていると思うと二酸化炭素を排出するクルマに乗るひとりとして個人レベルでも不要なアイドリングとかは避けるように日々地道な努力が必要なんだなぁ。と、考えさせられてしまいました。
こう見えて雨なのよね。
2006年09月13日
メディア対抗ロードスター4時間耐久レース
2006年09月17日
昨日は筑波サーキットにて毎年恒例となっているマツダロードスターのメディア対抗4時間耐久レースがパーティーレースとともに開催されました。
今年もご覧のとおりの豪華メンバーで参戦しましたが16時からスタートして20時にチェッカーを受ける4時間の耐久レースは最後まで目が離せない展開にハラハラドキドキでした。
さて、そのドラマチックな展開とは・・・。
ロードスターメディア対抗4時間耐久レース 前半
2006年09月18日
今年のメンバーは、左から丸茂亜希子さん、井野まりこさん、わたくしフジトモと・・・竹岡圭さんの代理で出場の日下部保子(雄)ちゃん(笑)。
ちなみに保子ちゃんは、我がチームの新人ながら期待のホープであります!
予選アタックはルーキー(ベテラン?!)の彼女がトライしてくれました。
「親分の竹岡姉さんがこれないので代わりに保子ちゃんが来てくれました。by丸茂さん」
スタート前のチーム紹介がグリッド上で行なわれました。大勢のみなさんの前に立ってちょっぴり緊張です。
今回のメンテナンスは黄色いメカスーツが目立ってるかの有名な「ナイトスポーツ」のみなさま。
今回は使えるガソリン量が去年よりも20L少ない90Lで4時間を走り切らなければならないためペース配分の指示を受ける。
いよいよスタートの時間が迫ってきた。スタートドライバーは昨年も担当したわたくしフジトモがやることに。
コースの向こう側から走ってきてマシンに乗り込みシートベルトを締めたらエンジン始動する変則ルマン式でスタートする。
シートベルトの補助要員は保子ちゃん。
日ごろ猛ダッシュすることなんてないから転んでケガしないように準備運動を念入りにしなくっちゃ。
スタートは3、4台抜いたのかちょっと前に出られたようす。しかし、同じスペックのマシンと競うため純粋に腕で勝負を掛ける。
そのため、スタート後はテールトゥーノーズの接近戦が続いていた。第2ヘアピンで後方から来た車両がベタベタにくっついていたころ、イヤホンからメカの濱口さんの声が入る。
濱口「そのペースでOKです。そのまま走ってください」
フジトモ「は〜い」
いつもの調子で応えた。
接近戦はまだまだ続いていた。前方の車両に追いついても追い越せずにお互いの出方を探っていた。
ピットではマネージャーのゆかりちゃんが走るペースを計測、忙しいなか駆けつけてくださったマルヤマさんもサインボードを出し続けてくれていた。
コース上は孤独な戦いだけど、こうして一周ごとに目に入る仲間の姿が唯一のこころの支えなのです。
しばらく経つと、保子(雄)ちゃんから連絡が入る。
保子「フジトモ、あと15分だから頑張れ〜」
フジトモ「まだそんなにあるんですか〜!?」
あまりの接近戦で緊張の糸がピンと張り詰めていたためいつもはなんてことない時間も妙に長く感じてしまっていた。
ロードスターメディア対抗4時間耐久レース 後半
2006年09月21日
後ろから数台のマシンが迫り来る状況で「!※∀●×?」
なんと私ったらシフトミス
ヘアピンの立ち上がりでちょっと失速した瞬間に数台のマシンに抜かれてしまった・・・。
「せっかくスタートで前に出れたのに、みんなゴメン!!!」
気持ちとはウラハラに加速していかないマシンにもどかしさを感じながらそう叫んでいた。
こうしておよそ50分間の時間が経過してドライバー交代の時間がやってきた。
ゆかりマネージャー無線 「この周で入ってください」
フジトモ 「は〜い」
ピットに戻るとドライバー交代をして日下部保子(雄)ちゃんにバトンタッチ。
今回は20Lの給油をドライバー交代の際に2回行なってそのときは3分のピットストップが義務づけられます。
ここではドライバーチェンジのみなので素早いドライバーチェンジが求められるというのに次のドライバーのシートベルト装着を補助するのに接戦の疲れからか手先の動作がおぼつかない。
なんとかドライバーを送り出すと、清水名誉監督が昨年同様にエネルギーチャージにはもってこいの絶品バナナジュースを差し出してくれた。
監督 「お疲れさま!」
フジトモ「ふえ〜ん、すいませんでした〜( >_;)」
そんな感じで興奮状態のままマシンの状態やレース中のできごとをチームのみんなに話し終わって気が済んだら、緊張が解けたからなのか周りのチームのようすが目に入ってきました。
お隣のピットには、はるばる南半球からやってきた「チーム・オーストラリア」のみなさん。陽気な気分が伝わってきそうなマシンのカラーリングがステキです。
そして、いつもお世話になっているCARトップ号を発見!
なんと、気が付けば#99 CARトップ号はトップを走行しているじゃありませんか!
みんながんばって〜。
ライバルチームなのに応援してみちゃったりして。
このレースは16時からスタートして20時までの4時間を走る耐久レースとあっていつのまにか辺りは真っ暗に。
闇のなかをヘッドライトで照らしながらそれぞれのチームのマシンが走り抜ける。
夜のシチュエーションが手伝ってかその光景は何ともドラマティックです。
我がチームはその後
井野まりこさん
↓
丸茂亜希子さん
↓
保子(雄)ちゃんへと引き継ぎながら着々と周回数を重ねていきました。
すこしでも燃費よく走って次のドライバーに渡すという条件の下でみんなの頑張りでなんとか14位〜18位を維持していました。
しかし、レース終了15分前になったころ周りのチームの状況に変化が現われた。
モニターを眺めているとペースダウンしているチームが続出。
噂によると裏ストレート沿いに数多くのマシンがガス欠で停まってしまっているとのこと。
ウチのチームもすでにガソリンメーターには警告灯が。
「保子ちゃん!あともう少しよ。ファイトっ!」
ギリギリの状態でなんとかチェッカーフラッグを受ける。
すると、どうでしょう。
レースが終わるやいなや、モニター上ではめまぐるしく順位が入れ替わってよく見ればピンクパンサーチームは9位!!!!!
昨年は20位だったのに、シングルフィニッシュではありませんか。
これもひとえに濱口メカの的確な燃費計算と、ピットから見守っててくれたマネージャーの時間管理それにドライバーが協力しあって走ったおかげでこの結果が得られたんですよね。
レースってホントに最後まで分からないものです。
さらに、表彰式ではもうひとつうれしい驚きが・・・。
それは、ご来場のみなさまの投票によって選ばれた「ベストカラーリング賞」なんと、30台近くあるマシンの中からピンクの足跡が付いた我々ピンクパンサーチームのマシンが選ばれたのであります!
みなさんが応援してくださってたんですね。それを考えたら、ますます感激してしまいました。
みんなで力を合わせて走る耐久レースは辛いことや感動までみんなで分かち合えるもの。
マツダロードスターというマシンをイコールコンディションで競うことによって腕を試す楽しみがあるのはもちろんのこと、レースを通じて私たちを心の底から楽しませてくれるものでした。
沖縄サイコウ!
2006年09月24日
沖縄のはなし 続編
2006年09月28日
沖縄を訪れたのは今回が初めてだったんですが、初めて出かける土地のクルマ事情を観察して自分が生活している環境と比べてみるのもわたしの趣味のひとつだったりして。
クルマ社会をみているとそれぞれの土地柄が反映されていたりするから色んな発見があっておもしろいものなんです。
沖縄にやってくる旅行者はほとんどの人たちがレンタカーを利用するらしくどこの駐車場に入ってみても「わ」ナンバーのレンタカーだらけ。これがホテルの駐車場に入ってみるとレンタカーのオンパレードでちょっと気持ち悪い感じ。みんな小型車の似通った現行モデルばかりだから自分が乗ってきた車がどれだか分からなくなりそうなほどなんです。
それらの車種のラインナップを見てみるとフィット、ヴィッツ、コルト、キューブ、マーチに・・・ヒュンダイまであるんですよ。
沖縄には南北を背骨のように抜ける国道58号線を中心に道路が枝分かれしていますがどの道路を走っていても現地の人たちの運転は非常に穏やか。遅い車がいたとしても、気長に待ってくれるんです。
あとでホテルのマッサージのおばさんに「沖縄の人はどうしてみんながゆっくり走るの?」と質問してみると「クラクションは危ないときしか鳴らさないんですよ」
そんな話を聞いていたら私たちはいつも時間に追われてせっかちになりすぎているのかも知れないと思いました。
そういえば、沖縄は2度めだという友達が「タコライス食べに行こうよ」なんていいだしたから沖縄に来たのにどうしてここでメキシカンなの?!と疑問に思っているとそこらじゅうにタコライスの看板を発見。
沖縄は米軍のベースがあるからこういったお店やステーキ店が多いのかしら。


