# ナカジ~の『なんでも実況中継』: 2006年05月 アーカイブ

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2006年05月

2006年05月31日

マルコはマリオを超えるか?

先週末は、日本でFニッポンもてぎ、ヨーロッパではF1モナコGPが行われたが、アメリカではインディ500マイルレースが開催された。
我が国では、かつてはTBSで生放送なんて時代もあったけれど、最近は日テレでも放送してんだかしてないんだかわからない寂しい状況だ。だが現地では、依然として30万人もの観客が集まる全米最大のレースイベントである。
残念ながら僕はまだ映像を見たわけではないけれど、新聞や各種サイトのレポートを読むと、200周のレースの最終ラップの最終コーナーを立ち上がってから、トップが入れ替わったとのこと。
勝ったのはペンスキー・チームのサム・ホーニッシュJr.で、初優勝ながら、まぁこれは想定内の結果だったと言えるだろう。
問題は2位と3位の方だ。
なんと、マルコ・アンドレッティとマイケル・アンドレッティの親子(子親?)が入賞したのである。
アンドレッティと言えば、僕らの世代は当然マリオとまず頭に浮かぶが、1978年のF1ワールド・チャンピオンであり、様々な栄光に輝いてきたマリオは、今や「マルコの祖父」という立場なのだ!
そのマルコは若干19歳のルーキー・ドライバーで、インディ500はもちろん初出場。
そのマルコがあと一歩、どころか0.0635秒という僅差で、インディ初制覇を逃したのである。
アンドレッティ家は北米レース界の名門中の名門ながら、マリオが1969年に制したことがあるだけで、実はインディ500ではそれ以来優勝したことがない。
マイケルもマリオに負けず様々な栄光に輝いてきたが、一度もインディ500は制したことがなく、第一線を退いた後もこうしてインディ500だけは参戦(今回は3年ぶり!)してくるのだ。
ところが、今回のレースではいきなりマルコが勝つかもしれなかったというし、最後のフルコーションが解除になるまでマイケルがトップを走っていたというのだから、ビックリである。
まぁ結局勝てなかったところがアンドレッティ家らしいと言えばらしいが、これまでマルコの才能に少なからず疑問を持っていた、僕を含めた多くのレースファンは、これでアンドレッティ家の血筋の良さを認めざるを得ないだろう。
願わくは、マルコには早々にインディ・チャンピオンを獲得してもらい、F1に挑戦してもらいたい。
父マイケルはマクラーレンで1シーズンを終える前に、尻尾を巻いて大西洋の向こうに逃げ帰ったイメージを持たれているから、マルコには是非その敵を討ってもらいたいのだ。
なにせ「祖父」マリオは、何に乗っても素晴らしく速く、あの「天才」長谷見昌弘さんをして、「一番好きなのはマリオ・アンドレッティ。目標と言ってもいいね」と言わしめたほどなのだ。
もっとも長谷見さんは、1976年のF1世界選手権イン・ジャパンで、そのマリオからポールポジションの座を奪い取ろうとしたのだけれど……。
だからどうか、マルコには祖父マリオを上回る活躍を、F1の世界で見せてもらいたいのである。
あ、その時は、父のいたマクラーレンではなく、祖父がいたフェラーリに乗って欲しいなぁ。
ホントはロータスが一番嬉しいのだけれど……。

マリオの乗ったマシンで僕が一番好きなのは、やはりこのロータス79。
これは岡山のロータスデイでの写真だが、今も憧れの1台である。
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投稿者 中島秀之 : 18:39 | コメント (1) | トラックバック

2006年05月30日

久々の無頼派ドライバー!?

F1モナコGPはご覧になっただろうか?
僕はFニッポンもてぎから戻って、自宅で地上波で見たのだけれど、シューマッハが最後尾スタートになってしまったため、アロンソの楽勝といった雰囲気だった。
だからレースとしては、たいして面白いものではなかったと思うのだが、そんな中で僕の心をガッチリ捉えてしまったシーンがあった。
それは、マクラーレンのキミ・ライコネンが、トップ争いをしていながらマシントラブルでリタイアしてしまった直後のこと。
ライコネンは煙を吹き上げるマシンから憤然と飛び降りると、ヘルメットを脱ぐことなく、スタスタと歩き始めた。
当然ピットへ戻るのだろうと思いきや、なぜかトンネルを抜けてハーバーの方を目指していく。
その後暫くしてテレビ画面には、ハーバーの豪華なボートで、裸になって飲み物(シャンペン?)を飲むライコネンの姿が映し出されたではないか!
おそらく友人のボート(ひょっとして自分の?)なのだろうが、リタイアしたその足でシャンペンを飲みに行くなんざ、久々に登場した無頼派ドライバー! という感じだ。
両手を拡げてソファーにそっくり返るライコネンを見ながら、僕はジェームズ・ハントを思い出していた。
1976年のワールドチャンピオン、ハントは、ヘスケス卿を始めとした貴族や大金持ちと親しく付き合いながら、自身はジーンズにサンダル履きで飲んだくれているような、大の無頼派だった。
そのアグレッシブな走りといい、ライコネンとハントには、なんとなく共通点が多い気がする。
ということは、ライコネンも近い将来チャンピオンに輝くことになるのだろう。
僕はテレビに向かって、思わず「カッコいい!」と叫んでしまっていた。
これからもライコネンには、無頼派を貫いてもらいたいものである。


ジェームズ・ハントが王座を奪った翌年、1977年に操ったマクラーレンM26。
ハントがチャンピオンを取ってから、早いもので今年でちょうど30年になるわけだ。
ミニカーは僕のコレクションの、70年代終盤に作られた永大グリップ製1/20モデル。
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投稿者 中島秀之 : 01:33 | コメント (1) | トラックバック

2006年05月28日

またすごいレース!

またしても、とんでもないレースだった!
今日のフォーミュラ・ニッポン第3戦もてぎのレースのことだ。
例によって僕はPit-FMとJ SPORTSの実況を、レーシングドライバーの木下隆之さんと担当していたのだが、いやもう、目まぐるしく変わる状況に、ただただ驚くばかり。
前戦鈴鹿同様、雨が演出したとはいえ、「こんな展開あり!?」と思えるほど、信じられないようなことが次から次へと起こって、1レースで3レース分くらい実況したような気分である。
勝ったのは15番グリッドからスタートした、TOM'Sのアンドレ・ロッテラーだったが、終盤に再度降った雨がもう少し長く続いていれば、最後列スタートのロイック・デュバルの2連勝さえ考えられたのだ。もう、予選順位なんか関係なし。いかに決勝で速く走れるかと、チーム戦略の巧みさ、コンディション変化への対応と判断の早さが、勝負を決するポイントだったと言えるだろう。

それにしても、2戦して表彰台に立ったドライバー、延べ6人中5人が外国人ドライバーだったというのは、なんとも複雑な気持ちだ。彼らはウェットコンディションで速い上に、非常にプロフェッショナルな仕事を遂行してきちんと結果を残してきた。
一方日本人ドライバーには今回も不運が続いた。予選でポールを奪ったARTAの小暮卓史や3番手だったKONDOの山本左近は、ペナルティやトラブルで順位を落としていったし、驚異の追い上げを見せたIMPULの松田次生は終盤ウェットタイヤを選んだことが裏目に出て、やはり順位を下げた。
一方予選2位で、我々のインタビューに「勝てる可能性は80%以上!」と答えていたarting IMPULの本山哲は(こういう時の本山はものすごく強いのだが)、ドライタイヤに換えるタイミングが悪く、終盤追い上げたものの3位になるのがやっとだった。
次戦こそ、日本人ドライバーの奮起、そして優勝に期待したいところだ。


予選では、小暮、本山、山本の順で日本人ドライバーが上位を占めたが・・・。
(写真はクリックすると大きくなります)

今回のレースの放送についても、感想やご意見をお聞かせいただきたい。

投稿者 中島秀之 : 22:40 | コメント (7) | トラックバック

2006年05月26日

今週末はもてぎのFポン!

今週末は栃木県のツインリンクもてぎで、フォーミュラ・ニッポンの第3戦が行われる。
急に降り出した雨が、面白いレースを演出した鈴鹿の第2戦から1ヶ月半。随分と久しぶりの開催という気がするが、それだけにどんな展開になるか楽しみで仕方ない。
今日金曜日には合同テストが行われ、例によって(?)、IMPUL勢3人が上位タイムを独占した。
面白いのは、4位にARTAの小暮が入ってる以外、11位までをトヨタ・エンジン搭載車が占めていることだ。
開幕前から、中低速トルクに優れるトヨタ、高回転でパワーを出すホンダと、エンジン特性は言われていたが、中低速コーナーばかりのもてぎでは、図らずもそれが証明された形だ。
もっとも実際のレースになると話しは別。なにしろ鈴鹿でも、トヨタエンジン優勢の下馬評をひっくり返してnakajimaのデュバルが勝ったわけだから。

はたしてどんなレースとなるのだろうか?
気になるのは、またしても(!)、土日とも雨の予報が出ていることだ。
よほど関係者に日頃の行いの悪い人がいるようだが、鈴鹿と同様に雨がまたレースを面白くしてくれる可能性も十分に考えられる。
是非お近くの方は、雨合羽をご用意の上、もてぎに観戦に来ていただきたい。

僕は例によって、場内FM放送局Pit-FMのメイン実況を、日曜日の朝のフリー走行開始前から担当している。
今回は解説に、S耐最多勝レーシングドライバーにして、ジェイズ・ティーポのライターとしてもお馴染みの木下隆之さんをお迎えする予定だ。
バトルが激しくなると、解説を忘れて「イケイケ〜!」と盛り上がる、木下キンちゃんの解説を是非お楽しみに。
Pit-FM logo3.jpg


もちろん、現場に来られない方には、CS放送局「J SPORTS」の生中継で、我々の音声をお楽しみいただける。放送はJ SPORTS 1で5月28日(日)の14時からの予定だ。

どうぞご期待いただきたい。

投稿者 中島秀之 : 21:12 | コメント (0) | トラックバック

2006年05月25日

PCCJの実況も担当!

ポルシェ・カレラ・カップ・ジャパン(PCCJ)という、ポルシェ911だけによる豪華なワンメイクレースをご存じだろうか?
今年は全6戦で予定が組まれているシリーズ戦なのだが、チャンピオンになると、マカオGPのサポートレースとして行われるレース(もちろんポルシェの)に出場できたり、ドイツ本国の表彰式に出席できるといった特典がある。
そしてこのシリーズ、今年から最新の997GT3カップカーが出場できるようになった。昨年その997GT3カップカー(約1800万円)を20台限定で発売したところ、アッという間に売り切れたというから、その人気の高さがうかがえるだろう。
実際、4月にもてぎで行われた開幕戦には、ゲストドライバー大井貴之選手のクルマを含めると19台もの997GT3カップカーが出場し、混走可能な昨年型の996GT3カップカーは1台しか出場しないという事態となった。
それでも20台のポルシェが一斉にスタートして接近戦を行う様は、実に迫力がある。
このPCCJのテレビ中継に於ける実況部分を、今年から僕が担当することになった。
先日その第1戦の収録を行ったのだが、昨年のチャンピオンである伊橋勲選手と、後方から追い上げてきた大井選手の戦いは、なかなか面白かった。
また、清水正智、山田洋二といった、ベテランドライバーも出場している。
是非このPCCJも、J SPORTSでご覧いただきたい。
初回の放送は、J SPORTS1で5月28日(日)の13時30分から14時となっている。


撮影したスタジオはこんな感じ。小さい画面にポルシェの姿が見えるだろうか?
(写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 21:12 | コメント (0) | トラックバック

2006年05月24日

大変だったけど、面白かったぁ! その3

ツアー最終日の22日月曜日は、朝8時に信州松代ロイヤルホテルを出発。
参加者の皆さんはチェックポイントを通過しつつ、山梨県の甲府市を通って山中湖を目指すルートを通るのだが、例によって我々は先回りして、ゴール地点の山中湖交流プラザへ。
今年7月に正式オープンするこの施設は大変きれいで、特に芝生の広場にある舞台は、晴れていれば正面に大きく富士山が見える絶景が魅力……だったはずなのだが、この日は曇っていて残念ながら富士山は顔を出してくれなかった。
それでもこの施設に、地元の方々が集まってくださり、750km近くにおよぶヒストリックカー・ツアーのゴールを一緒にお祝いしてくださった。
僕は例によってここで、1台1台到着するクルマの解説とエントラントの方をご紹介し、全部がゴールし終わったところで、急いで表彰式の会場であるホテル・マウント富士へ移動。
僕が到着すると同時に、参加者の皆さんが会場入りし、ごく簡単な打合せだけで、そのまますぐに閉会式兼表彰式の開会を宣言するという、綱渡り的スケジュールだった。
このイベントではいつもそうなのだが、なるべく多くの参加者の方に賞品をお渡しできるよう、総合順位の表彰に加え、特別賞をたくさん用意しているので、とにかく表彰式に時間がかかること!
それでもなんとか16時半頃までには全てが終了し、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。

まぁ確かに大変な3日間だったけれど、素晴らしいクルマをたくさん見ることができた上、美しい景色を見ながらドライブもできて、結構面白かったなぁ。
でも出来ればエントラントとして参加したいってのが、本音かも(!?)。

そうそう、僕も何度かゲストとして出演させていただいたことがあれる、TOKYO FMの「ドライビング・ナビゲーター・バイ・アドバン」のパーソナリティ、HARRYさんと、ディレクターの鈴木さんが今年もスピットファイアで参加してくださっていた。昨年はトラブル続きで死ぬほど大変だったのだが、今年はノートラブルで山中湖に到着して、とても嬉しそうだった。ところが表彰式の後、帰ろうとした途端、燃料ポンプが壊れて動かなくなってしまった。たまたま残っていた他の参加者のメカニックさんが直してくれたので良かったが、キッチリ話題を提供してくれるあたりが、さすが只者でない(!?)HARRYさんではあった。

修理が済んでホッとした表情のHARRYさん(右)と鈴木さん。(写真はクリックすると大きくなります)

JHCT2006に参加した、お宝珍車図鑑、その3。

トルネード・タイフーン(1963年) イギリスのビル・ウッドハウスが興したバックヤードビルダー、トルネードが作ったスポーツモデル。FRPのボディは意外なほど大きい。

投稿者 中島秀之 : 22:34 | コメント (0) | トラックバック

2006年05月23日

大変だったけど、面白かったぁ! その2

ツアー2日目の21日日曜日は、朝8時に甲府市内のビジネスホテルを出発。
エントラントの方たちは、チェックポイントを通過しながら長野県上田市の海野宿で地元の方と観光客の歓迎を受けるコースを通るのだが、僕たち(僕とこのイベントの仕掛け人であるネコ・パブリッシングの山本イベント映像事業本部長、そして何故かカーマガジンのB滝さん)は、真っ直ぐこの日の昼食&チェックポイントである、上田駅前の上田東急イン・ホテルへ。
ここの玄関前で参加車両が到着するのを待ち受け、事前の告知により集まって来ていたギャラリーに、またまた1台ずつ車両紹介とエントラントの方を紹介した。
参加者たちは、この後志賀高原の山越えルートを通るのだが、僕たちは近道を通って逆方向から志賀高原へ到着。この日も快晴で、絶景のワインディングロードは最高の気分だった。

志賀高原のチェックポイントにて。3回目の開催にして、初めて快晴の志賀高原ルートを走ることができた。(写真はクリックすると大きくなります)

もっとも僕たちは途中でUターンして、再び近道を使って、この日の宿泊先である、信州松代ロイヤルホテルに先回り。
ここの駐車場には、事前の告知により数百人ものギャラリーが集まってくださっており、またまた1台ずつ帰ってくる車両の説明とエントラントの紹介を、西日が強烈に照りつける中で行った。そんなわけで、横浜で日焼けした顔が更に黒くなってしまった。

この夜も例によってディナーパーティの司会を担当して、22時半頃ようやくお役御免。
温泉に入ってから、またしても速攻でベッドに倒れ込んだ。

JHCT2006に参加した、お宝珍車図鑑、その2。

マトラ・ルネ・ボネ・ジェット5S(1965年) 1963年にフランスのルネ・ボネが作った世界初の市販ミドシップ・スポーツカー。1964年にマトラに吸収され、この1965年式のみダブルネームを名乗る。

投稿者 中島秀之 : 19:52 | コメント (0) | トラックバック

2006年05月22日

大変だったけど、面白かったぁ! その1

たった今、ジャパン・ヒストリックカー・ツアー2006から帰ってきた。
僕は、スタート場所の横浜赤レンガ倉庫前でのスタートセレモニーを始め、各地のギャラリーポイントで、参加者の方々のご紹介と車両の解説を行う役目を担当。更に毎晩食事の時に行われるパーティの司会、そしてゴール後の閉会式&表彰式の司会と、もう休む間もないくらいの忙しさだった。
そんなわけで、なかなかブログがアップできなかったのだが、ようやく帰宅したので、3日間を1日ずつ3回に分けてご報告することにしよう。

まずツアー初日の20日土曜日だが、この日は朝8時半に横浜赤レンガ倉庫前に行き、10時からドライバーミーティングの司会、そして13時から、スタートセレモニーの司会と参加者紹介&車両解説を担当した。ギャラリーの方も多く、華やかな雰囲気の中ツアーのスタートが切られたのだった。
ところで、この日は雨の予報が外れて凄く良いお天気だったため、強烈に日焼けしてしまった。

赤レンガ倉庫前広場は、ご覧のように素晴らしいお天気。80台以上の参加車両が集まった。
(写真はクリックすると大きくなります)

その後、鹿騒ぎで大渋滞の東名高速を経て、この日のゴール地点である山梨県甲府市の舞鶴城公園で、ギャラリーを前に実況&解説を行って、パーティ会場の湯村温泉郷、常磐旅館へ。
東名の渋滞で予定よりパーティの開始が1時間遅れたため、僕たちスタッフが宿泊先のビジネスホテルに着いたのは23時過ぎ。それから皆で食事&一杯飲んで、解散したのは午前1時前。
お風呂に入ってから、速攻でベッドに倒れ込んだ。

JHCT2006に参加した、お宝珍車図鑑、その1。

チシタリア204A(1948年) イタリアのチシタリアが作ったスポーツカー。フィアットの1000ccエンジンを搭載。現車は1950年4月にタッツィオ・ヌヴォラーリがパレルモのヒルクライムで優勝した車両そのもの。

投稿者 中島秀之 : 19:59 | コメント (3) | トラックバック

2006年05月19日

土曜日はJHCTのスタート!

今週土曜の20日は、ジャパン・ヒストリックカー・ツアー2006のスタート日だ。
今年で3回目となるこのイベントは、横浜の赤レンガ倉庫をスタートし、山梨県、長野県、群馬県などを通って、全行程700〜800kgほどを走るもの。
ヒストリックカーでこの距離を走るのは、なかなか大変だ。
しかも参加者はタイムラリー形式で走るので、常に緊張を強いられる。
だが、「走る自動車博物館」的なこのJHCTは、参加される皆さんにも、ご覧になるギャラリーの皆さんにも、本当に楽しいイベントとして人気を集めている。
特に毎年赤レンガ倉庫前で行われるスタートセレモニーは、このイベント最大の見所と言っても良いだろう。
僕は毎年、このスタートセレモニーで、参加者の紹介と車両の解説、そして実況を行っている。
もちろん今年もこの大役を務めるほか、各地のチェックポイントやゴールポイントなどでも実況&解説を行う予定だ。
今年も多くの貴重なヒストリックカー、そしてスーパーカーが参加するこのイベント。
是非お近くの方は、土曜日に横浜赤レンガ倉庫にお越しいただきたい。
ただ、今年は台風が接近しているらしく、お天気がかなり心配だ。
なんとか良いお天気のもと、横浜を出発して欲しいものである。

これは昨年のJHCTのスタートセレモニー直前の横浜赤レンガ倉庫前広場。
このミウラは今年もエントリーされているが、出場は微妙とのこと。
これ以外にも様々な貴重なクルマがエントリーしている。
(写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 00:02 | コメント (2) | トラックバック

2006年05月17日

チョイ悪オヤジ大活躍!

昨日、青山のスタジオでドイツ・ツーリングカー・マスターズ(DTM)第2戦の収録を行ってきた。
舞台は旧東ドイツにあるラウジッツリンク、ユーロスピードウェイ。
オーバルの一部とインフィールドを繋いだ、抜きにくいレイアウトのコースだ。
例によって、ティーポでもお馴染みのマサカッちゃんこと、巨笑・佐藤正勝カメラマンを解説に迎え、楽しく収録してきた。
過去数年DTMは、若手の活きのいいドライバーがベテラン勢を封じ込めてチャンピオンを争うシーズンが続いていた。
2004年に王座を争ったマティアス・エクストロームやクリスチャン・アルバース、そして昨年の覇者ゲイリー・パフェなどがその筆頭だ。
だが今年は少し様子が異なる。
昨年からクリスチャン・アルバースがF1に進出し、パフェがマクラーレンF1のテストドライバーとなってDTMを離れたため、というのもあるだろうが、ベテラン勢が急に元気になってきたのだ。
ミスターDTMことベルント・シュナイダー(今年42歳)が開幕から2連勝し、ル・マン最多勝男のトム・クリステンセン(今年39歳)が2戦連続の2位、開幕戦の3位には全日本F3000でも活躍したハインツ-ハラルド・フレンツェン(39歳)が入り、第2戦の3位には2度のF1ワールドチャンピオンに輝いたミカ・ハッキネン(今年38歳)が入るといった具合。
開幕から2戦で表彰台に上ったドライバーの平均年齢は39.8歳(!)なのである。
いや、別に若手にいいドライバーがいないというわけではない。
2004年王者のエクストローム(今年28歳)は健在だし、2004年ユーロF3王者のジェイミー・グリーン(今年24歳)、ブルーノ・スペングラー(今年23歳)、マーティン・トムツェック(今年25歳)など、実力も経験もある若手はたくさん参戦している。
にも関わらずベテラン勢が速いのは、マサカッちゃんによると、「やっぱり最近は世界的にチョイ悪オヤジが元気いいんですよ」とのこと。
確かにジャン・アレジ(今年42歳)を含めて、DTMに出場しているベテラン勢は、ドライビングもその容姿も私生活も(?)、みんな一癖も二癖もありそうな「チョイ悪」揃い。
まだまだ若いモンには負けられないってことらしい。
マサカッちゃんは「我々はチョイヤレ・オヤジですけどね!」と笑っていたが、「チョイヤレ」の我々も負けないように頑張らなくちゃ!

DTM第2戦の表彰台は、シュナイダー、クリステンセン、ハッキネンのオヤジトリオが独占。
(写真協力:ダイムラー・クライスラー)

なおDTM第2戦は、CS放送局J SPORTS ESPNで、初回放送が5月21日(日)の22時からとなる。
詳しくはJ SPORTS DTMドイツツーリングカー選手権の見どころをご覧いただきたい。

また5月に入ってからいただいた各話題へのコメントのお返事も書いていますので、ご覧ください。

投稿者 中島秀之 : 13:31 | コメント (4) | トラックバック

2006年05月16日

次号のティーポはモディファイ特集

現在編集作業を進めている次号のティーポ(7月号)は、モディファイ車の特集を予定している。
既に何台か取材を行っているが、そのうちの1台が、先日スポーツランドSUGOで行われたJLMCのサポートレースに出場していたこのマシン。

(写真はクリックすると大きくなります)

この写真を見て、これがなんのクルマかわかるだろうか?
カーボン製のカウルが見える2座席のオープンコクピット。
スパルタンなメーターとデジタル計器。
ル・マン・プロトタイプ2クラスのマシン?
いやいや、エンジンが前にあるでしょ。
ケイターハム・スーパーセヴン?
いやいや、インパネやセンターコンソールの形が違うでしょ。

実はこれ、ヒストリックカー・レースに出場していたマシンなのだ。
それも、プロトタイプカーなどではなく、市販スポーツカーを改造したもの。
さてこのクルマが何で、どんなモディファイを施してあるのかは、次号のティーポにて!

投稿者 中島秀之 : 11:30 | コメント (0)

2006年05月14日

由良さんと場内放送を担当!

全日本スポーツカー耐久選手権、JLMCの第1戦、SUGO1000kmレースが終了した。
レースは本命のザイテック05Sがリタイアしフェラーリ550GT1が優勝したが、最後はGC21の1台のクラッシュによって赤旗で終了という、やや拍子抜けする終わり方だった。
僕は昨日に引き続き、場内放送の実況を担当していたのだが、今日の決勝レースはゲスト解説に由良拓也さんにお越しいただき、長丁場のレースを二人でなんとか乗り切ることができた。
実はレース後半は、各マシンの順位がほぼ確定し、トラブルも殆ど起きなかったために、喋ることがなくなってきてしまったのだが、そんな時は由良さんと少しマニアックな会話で盛り上がった。
例えば、「モスラーは以前ガルフカラーでしたよね。僕はあれが凄く好きで」と由良さんが言えば、僕が「フォードGTやポルシェ917、それに最近ではポルシェ962のオープンボディにもありましたね」と返すといった具合。
極めつけは、由良さんの「今スーパーGTに出ているフォードGTをガルフカラーに塗りたいですね。あ、その時は屋根を丸くしてミラージュみたいにしたいな」とのお言葉。
つい「おお、ジョン・ワイヤーのミラージュ! カッコいいですよね」と答えたものの、すぐに「あまりにマニアックで誰もわかりませんよ」とツッコミを入れてしまった。
まぁ、そんな感じでゆる〜く(?)実況していた今回jのイベントだが、もう少し台数が増えれば凄く面白くなりそうだ。
次戦もてぎ戦に期待しよう!

レースが終わって、由良さんと記念撮影。

投稿者 中島秀之 : 19:25 | コメント (0) | トラックバック

2006年05月13日

明日はお天気回復の予報!

スポーツランドSUGOで行われている全日本スポーツカー耐久選手権、LMESの開幕戦。
今日は予選が行われたのだが、雨が朝から降ったりやんだりで、気温も10度そこそこと、観戦するお客さんにとっては最悪のコンディションになってしまった。
予選は予想通り、ザイテック05Sがポールを獲得したが、2位はGC-21の1台で、フェラーリ550マラネロ、GC-21、ランボルギーニ・ムルシェラゴ、GC-21と続き、LMGT1車両とLMP2クラスに編入されたGC21が互角の速さを見せた。
明日はいよいよ決勝が行われる。
12台しか出場しないからチトさびしいが、サポートレースはヒストリックカー(戦前車と戦後車の2クラス)とポルシェ・カレラ・カップでなかなか豪華だし、パドックにはル・マンで活躍したマシンを展示する簡易ミュージアムや、最新の輸入スポーツカーを展示するスペースがあったりで、メインレース以外にも見所がたくさんある。
しかも、週間予報では雨だった決勝日の予報が晴れに変わったので、仙台近郊の方は是非観戦にお越しいただきたい。
僕は朝8時前から夕方6時半まで、ず〜っと放送室で喋り続けることになるはず。
長丁場だけど、頑張ります!


96年GTR、98年390、01年ベントレー、95年NSX、04年チーム郷アウディなどを展示。

アストンV8、ブレラ、エキシージ、ガヤルド、ヴィーマック、SLRマクラーレンなども展示。
(写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 17:38 | コメント (0) | トラックバック

2006年05月12日

3人のドライバーの担当は!?

スポーツランド菅生に来ている。
今日は、全日本スポーツカー耐久選手権、JLMCのフリープラクティスが行われた。
トップタイムは当然、HITOTSUYAMA RACINGのZytec 05Sで、1分12秒858と断トツのタイムだったが、それ以外は1分21〜28秒程度のタイムで周回するマシンがほとんどで、決勝はなかなか面白いレースになりそうである。
ところでこのレース、普段スーパーGTやFニッポンを見慣れているからかも知れないが、ピットがなんとなくのんびりしていて、楽しい雰囲気に包まれている。
例えばHITOTSUYAMA RACINGのフェラーリ550マラネロを駆る、片岡龍也、服部尚貴、田嶋栄一組は、予想通り(?)片岡選手がほぼ一人でセッティングを担当。
ベテラン二人は、若い衆(?)に仕事を任せて、ゆったり構えていた。
当然ながら決勝で乗る距離も、片岡選手が最も多くなる予定で、どんな配分になるかは、なんと新調されたレーシングスーツに最初から刺繍されていた!
はい、これが動かぬ証拠。

片岡選手のベルト付近に注目。(写真は全てクリックすると大きくなります)
700と書いてあるのがわかるだろうか?
では服部選手は?

はい、175と書いてある。
となると田嶋選手は当然・・・

裸なので見えないが、ちゃんと125と書いてあった。
ほんとにこの距離を3人が走るのかは、決勝当日のお楽しみということで。

投稿者 中島秀之 : 15:36 | コメント (2) | トラックバック

2006年05月11日

今週末は日本版ル・マン第1戦!

今週末は、宮城県のスポーツランドSUGOで、全日本スポーツカー耐久選手権、ジャパン・ル・マン・チャレンジ(JLMC)の第1戦が行われる。
ル・マン24時間レースの主催団体、ACOの公認イベントであるこのレースは、基本的にル・マン24時間と同じレギュレーションで行われるため、いわゆるプロトタイプカーとGTカーが混走することになる。
とはいえ国内にはまだ、こうしたプロトタイプカーやル・マン規定のGTマシンが多くないため、GC21やRSといったシングルシーターのスポーツカーや、スーパーGTに参戦している車両も参加する予定だ。
目玉となるのは、HITOTSUYAMA RACINGのZytek05Sで、これは昨年のLMES(ル・マン耐久シリーズ)で下田隼成選手がドライブして2勝を挙げたマシンと同じモデルだ。
加藤寛規選手と野田英樹選手がドライブするが、先日加藤選手に聞いたところ、「凄く速いクルマで、フォーミュラカーのような動きをするんです。結構首がキツいんですよ」と言っていたから、走る姿はかなり迫力があるに違いない。

(主役はザイテック05Sと、同クラスのオスカーSK93になりそう。写真協力SERO) 

この他LMGT1クラスに出場する、フェラーリ550マラネロ対ランボルギーニ・ムルシエラゴの戦いも興味深いところだ。
レース距離は1000kmで、6時間近い長丁場だが、お天気さえよければ、のんびりとピクニック気分でレース観戦するには最適だろう。もっとも今のところ天気予報はあまり芳しくないが…。

またこのイベントでは、サポートレースとしてクラシック・エンデュランス・レーシング・チャレンジ(CERJ)と呼ばれるヒストリックカー・レースも同時に開催される。
1924年製ベントレーから、1970年代のマシンまでが、20台以上参戦する。
こちらも楽しみだ。

(チーム・タイサンの1924年式ベントレー3リッターも出場)

詳しくはJLMC公式サイトをご覧いただきたい。

因みに僕は、当日(土曜と日曜)のサーキット場内放送と、後日J SPORTSで放送されるテレビ中継の両方で実況を担当する予定だ。
イベント当日は、ピットレポーターにお馴染みの高橋二朗さん、ゲスト解説に由良拓也さん、更にシークレットゲストにも登場いただく予定になっている。
お近くの方は是非遊びに来ていただきたい。

投稿者 中島秀之 : 12:36 | コメント (2) | トラックバック

2006年05月10日

京町家をレストア中! その3

(その2からの続き)
傷みのひどかった2階南側の部屋は、とりあえず壁紙をはがし、天井のスチレンボードを外すことから工事がスタートした。
壁紙の下には、幸い元の土壁が残されていたが、あちこちが剥がれ落ちてしまっていて、場所によっては壁土の隙間から、中に練り込んである藁が見えている。ここは当然壁土を全面的に塗り替える必要がある。

(前回の写真でベッドが置いてあったところの土壁。あちこち剥がれている)
(写真はいずれもクリックすると大きくなります)

一方天井は、ボードを全部外すと、本来は天井板を支えるための桟が残されていた。
一部に切り込みはあったが、これはこのまま再利用して、天井板をこれに装着することにする。

(細い桟が残されていたので再利用する。屋根裏は約80年前の建築時の状態のまま)

更に、火袋を復活させるために、洋風に改造してあった部分の床を抜いて、アルミサッシは木枠にガラスをはめたものへと交換する。

(床を抜くと、このように1階のハシリニワが2階から見えるようになった)

さてこうした部分がどのように変わったかは次回以降で。(続く)

投稿者 中島秀之 : 00:30 | コメント (0) | トラックバック

2006年05月08日

頑張れ、井出有治!

スーパーアグリF1チームの井出有治選手が、先日のヨーロッパ・グランプリで、FIAの勧告を受けてレースに出場できなかった。
「井出はF1ドライバーとして未熟なので、サードドライバーとして経験を積ませてからレースに出場させよ」というのが、FIAの勧告の趣旨だ。
この勧告の直接のきっかけは、前戦サンマリノGPに於ける、ミッドランドのC・アルバースとの接触事故にあるのは疑いない。
右コーナーでインにつけていた井出と、アウト側で僅かに先行していたアルバースが接触し、アルバースのマシンが数回転しながらコースアウトしたものだ。
ただしこの時は、レーシングアクシデントとして井出にペナルティは出されなかった。
ところが次のレース直前になって、実質的に井出の出場は禁止された。
しかも、あろうことか、今度は一度発給した井出のスーパーライセンスを取り消す動きも出ているという。
いったいこれはどうしたことか。
スーパーアグリはご存知のように、予算の少なさからテストもまともにできない状況の中、レースに参戦し続けている。井出はルーキーなのに走り込みも一切できず、常にブッツケ本番でレースを戦ってきたのだ。経験豊富な佐藤琢磨と、ある程度タイム差があってもいたしかたない。
それでいきなり出場禁止はないだろう!
ましてあのサンマリノでの事故は、先日スーパーGTの現場で鈴木恵一、土屋圭市のWケイイチ・コンビにうかがったところ、二人とも「井出に責任はない」との見解だった。
FIAはいったい何を見て、この判断をしたのだろう?

井出選手には、1999年に彼がGT300のシルビアに乗り始めた頃から、何度となく取材で話を聞いてきたが、とにかく「いいヤツ」で、つい本音をもらしてしまうことも一度や二度ではなかった。
ただしそのレーサーとしての素質は疑いようもないし、誰よりも速くなりたいという意思は、超イケメンの見た目からは想像もできないくらい強く感じられた。
その背景には、ああ見えて、若い時から苦労を重ねてきたということがある。
アルバイトをしながら、自分で書いた企画書を手にスポンサー集めをしてレースを続けてきたドライバーが、今のF1グランプリにいったい何人いるというのだろうか?
その井出から戦う場を奪うような真似だけは、絶対にして欲しくないと願うばかりである。
もっとも井出は、これまでも逆境を何度も克服して次のステップに上がってきたドライバーだ。
今回のピンチも、自らの実力と魅力で、克服してくれることだろう。
頑張れ! 井出有治!


投稿者 中島秀之 : 22:49 | コメント (2) | トラックバック

2006年05月07日

アシとしては最高に近い!?

僕の3台目の愛車は、1997年式のシトロエン・エグザンティアSX。
2003年11月に、モータージャーナリストの吉田匠さんから譲っていただいたものだ。
英国車党の僕がなぜシトロエンだったかと言うと、以前編集部で使っていたBXブレークの乗り心地や使い勝手の良さに好印象を持っていたことがまずある。
また現実的な問題として、我が家の駐車場が狭いために、全長4.5メートル前後でないと入らないということもあった。
更にシトロエンの中でもエグザンティアは、マツダが輸入していたこともあって、信頼性が飛び抜けて高いことも魅力のひとつ。
そしてなにより、中古価格がこの頃から凄くお手頃になったのだ。

そんな訳で匠さんから53万円で購入したこのクルマは、中古のナビシステムやETCも装着して、すっかり快適なアシグルマとして大活躍してくれている。
ここのところ、例の京都の町家を往復する時にも使用しているが、これほど疲れずに長距離を走れるクルマも珍しいと思えるほどだ。
欲を言えば、もう少しエンジンにパワーがあるとよいのだが、まぁアシとしては最高の1台と言えるだろう。

そんなウチのエグザンだが、先日入院をした。ヒーターコアから冷却水が漏れ、ヒーターを入れると窓が曇ってしまう症状が出たからだ。
もうヒーターを使う時期ではないので、冬までそのままでもいいかとも思ったが、ジャダーが出ていたフロント・ブレーキ・ディスクローターの交換を行う必要もあったので、一緒に修理してもらった。
このヒーターコアからの水漏れは、エグザンではよくあるトラブルだそうだが、交換にはインストルメントパネルを全部取り外す必要があるため、作業時間と工賃が結構かかるのが難点。
ま、でもこれで安心して乗ることができそうだ。

(交換したヒーターコア。漏れた冷却水が緑色に見えている)

ところで一昨日だったか、表参道の地下鉄乗り場の階段に、酒気帯び運転のクルマが飛び込んだものの、奇跡的に怪我人が出なかったというニュースがあったが、そのクルマがウチのと同じ紺色のエグザンティアでビックリした。
たぶんエグザンなら、階段を落ちてる時も乗り心地が良かったに違いない!?


投稿者 中島秀之 : 17:40 | コメント (2) | トラックバック

2006年05月06日

まずまずの掘り出しもの?

クルマ好きなら誰でもそうだと思うが、ミニチュアカーも実は大好きで、子供の頃から集めたものが我が家には数千台規模で保管されている。
お気に入りは、1960〜70年代に作られた1/43スケールのもの。
車種には特にこだわりはないが、やはり実車でも好きな英国車が多いようだ。

さて、先日、筑波サーキットのサイドウェイトロフィーに出かけた帰りのこと。
いつもなら三郷料金所を過ぎると外環道に入って大泉ICで降りるのだが、その日は外環道が事故渋滞していて、いつもは混んでいる首都高速が逆に連休でガラガラだった。
しかもイベントが早く終わったため、時間はまだ昼の2時過ぎ。
なぜだか吸い寄せられるように、僕はエクセルのステアリングを首都高速経由で東銀座に向けてしまった。東銀座には、昔からよく通っている、ミニカー専門店の「アイアイアド・カンパニー」さんがあるのだ。
ここで絶版品の棚をチェックすること30分あまり。
この日の戦果(?)は2台のマイナーなレーシングカーだった。

(写真はクリックすると大きくなります)

緑色の方は、旧西ドイツのガマ社製ロータス40である。
ロータス40は、30の改良型として1965年に誕生したレーシングスポーツカーで、あのジム・クラークもドライブしたことでも知られる。戦績はたいしたことがなかったため、失敗作と称されることが多いが、ロータス最後のレーシングスポーツカーとして人気が高い。
ガマのこのモデルは60年代製のものだが、なかなか良い出来だ。なぜか裏板や箱の車名がフォードGT40となっているエラー商品でもある。
今回買った値段は、箱付きの美品で5000円。前から探していたものの一つだったし、値段も程度を考えれば手頃と思われたのでゲットした。
一方赤い方は、イタリアのポリトーイ社製マーチ717-1 Can-Am。
1960年代終盤から70年代始めにかけて大人気だった北米のCan-Amシリーズ用に、イギリスのコンストラクター、マーチ社が1971年用に製作したマシンをモデル化したものだ。
ただしCan-Amには、前年の1970年にマーチ707というノーズがフォーミュラカー風になっているマシンがクリス・エイモンらの運転(ソリドがかつてミニカー化したSTPカラーのマシン)で参戦しているが、この717は参戦していない。シャシーナンバ−1を持つこの717は、ヨーロッパのCan-Amと呼ばれたインターセリエ・シリーズに、ヘルムート・ケレナースというドライバーの運転で1971年に参戦したマシンだ。実際にはボディカラーはライトブルーだったが、ミニカーはCan-Amの707と同じような赤で塗られている。
やや玩具っぽい仕上がりだが、こんなマイナーレーシングカーはモデル化されているだけでも貴重と言えるだろう。因みにこちらの値段は3000円(箱付き、美品)だった。
まぁどちらもまずまずの掘り出しものではないかと思うのだが、いかがだろうか?

そうそう、編集長の嶋ちゃんが食玩のミニカーのネタを自分のブログに書いていたが、大人には大人のミニカーの楽しみ方ってものがあるのだよ!

投稿者 中島秀之 : 00:58 | コメント (0) | トラックバック

2006年05月04日

一人二役は結構大変!

スーパーGT第3戦、富士500キロレースが終了した。
今回のJ SPORTSの生中継は、以前書いた通り辻よしなりさんがお休みのため、レース前半は元テレビ東京の久保田光彦アナウンサーが実況し、僕はピットレポーターを担当。
また後半は、僕が実況を担当し、ピットレポーターをジャーナリストの田口朋典さんが担当した。
レースは昨年のこのレースとは異なり、次から次へといろんなことが起こるめまぐるしい展開となり、僕が実況を担当した後半も、息つく暇もないほど忙しかった。
そんな中、今回のハイライトは、mobil 1 SCの飯田章と、OI TOM'S SC430の脇阪寿一による壮絶なバトルだった。
昨年までのチームメイト同士によるマジバトルは10周近く続き、軍配は章に上がることになるのだが、いやとにかく面白かった!
これを実況できたことは、僕としても非常に嬉しかったし、純粋に実況を楽しむことができた。
一方GT300クラスは、WILLCOM ADVAN VEMAC408Rが、2度のピットインを他車とズラす作戦が成功して優勝。このヴィーマックは、放送中にピットインを1回したのか2回したのかがわからなくなり、1回ピットかと思って実況してしまった。柴原、八木両選手には申し訳ないことをしてしまった。ピットにずっといれば状況がもっとわかったのだけれど。
まぁとにかく、今回もJ SPORTSの中継にお付き合いいただいた皆様に感謝申し上げたい。
番組をご覧になった感想やご意見があれば、お聞かせいただきたい。


右から、田口さん、久保田アナ、僕、解説の鈴木恵一さんと土屋圭市さん

投稿者 中島秀之 : 18:09 | コメント (6) | トラックバック

2006年05月03日

昔の名前で出ています!?

スーパーGT第3戦富士、今日は予選が行われた。
昨日とはうってかわって晴天で、気温はそれほど高くないものの、日が当たると少し汗ばむくらいの陽気の中で、各車がタイムアタックを行った。
GT500クラスは、『富士男』立川祐路が本領を発揮し、2位に1秒近い差をつけてZENTセルモSCがポールポジションを獲得。
一方GT300の方は、本予選、スーパーラップともに大接戦の末、加藤寛規の駆るPrivee Zurich・アップル・紫電が、参戦3レース目にして初めてポールを獲得した。
紫電はご存知のように、由良拓也さん率いるムーンクラフトが、ライリー&スコッツのデイトナ・プロトタイプをベースに、オリジナルボディを与えたスペシャルマシンだ。
その名は、1977年に高原敬武選手が富士GC用に製作した、やはり由良さんデザインの美しいボディを持ったスペシャルマシンと同じもの。
いわば「昔の名前で出ています」なのだが、紫電77はレースの成績は芳しくなかったから、紫電2006は今回のポール獲得で、早くも実績では紫電77を上回ったことになる。
しかも、明日、加藤選手とチームオーナーでもある高橋一穂選手の頑張り次第では、いきなり初優勝という可能性もある。
昔の紫電を知る世代としては、なんとか良い結果を残して欲しいと思わずにはいられない。

そう言えば、紫電77はトミカとプラモデルは販売されたが、1/43のミニカーがないのが残念なマシンだった。
紫電2006はその点も先代を上回りそうだ。早くもエブロで1/43ミニカーの商品化が進んでおり、ピットにはそのクレイモデルが置いてあった。
今からこちらも楽しみである。

投稿者 中島秀之 : 18:06 | コメント (2)

2006年05月02日

レースにも韓流ブーム?

今日から、スーパーGT第3戦の行われる富士スピードウェイに来ている。
あいにく朝から霧と雨、そして驚くほどの低温と、最悪のコンディションとなってしまった。
スーパーGTマシンの2回のフリー走行も、結局一度もドライ用タイヤが履ける状況とはならず、チームによっては殆ど走らないところもあった。
そんな中、一際目立っていたのが、GT300クラスで2回ともトップタイムを記録した、ハンコックエンドレスポルシェ。このポルシェは、今年から韓国のハンコック・タイヤを履いて登場したニューマシンなのだが、マシンの性能的にはトップクラスとは言えないのに、雨の中で猛烈な速さを見せた。
その理由は、ハンコック・タイヤのウェット性能の素晴らしさ。もちろん開発ドライバーでもある木下みつひろ選手の腕も確かなのは間違いないが、ここまでウェット性能が高いと、日本のタイヤメーカーもウカウカしていられない状況だ。
今回は決勝日は晴天となる予報だが、シーズンに1回くらいはウェットのレースだってあるのだから、それも当然だろう。
木下選手によれば、「ドライ用タイヤは、まだそこまでの性能はない」とのことだったが、意外に早い時期に、GT300で優勝する日がやってくるのかも知れない。
レースにも韓流ブームがやってくるのだろうか?

ところで今回のレースは、決勝日が祝日とはいえウィークデイなので、J SPORTSの生中継では辻よしなりさんが出演できない(他のテレビやラジオのお仕事があるため)。
このため、元テレビ東京と久保田さんと僕が、交代で実況を担当することになっている。
さて、どんな放送になるやら。期待していただきたい。

投稿者 中島秀之 : 17:09 | コメント (0) | トラックバック

2006年05月01日

全日本F3の中継も始まります!

4月30日にドイツのユーロスピードウェイ・ラウジッツリンクで行われた、ユーロF3第4戦で、中嶋一貴選手が初優勝を飾った。開幕戦で同じチームの平手晃平選手に次ぐ2位でフィニッシュしていたので、勝つのは時間の問題と思ってはいたが、それが早くも現実となったわけだ。
一貴選手は一昨年、全日本F3デビュー戦で2連勝して注目を集め、2年目の昨年はランキング2位となって、今年ユーロF3に勇躍デビューした。
僕は以前から、CS放送局J SPORTSの全日本F3の番組で実況を担当しているのだが、一貴選手には何度かゲストに来ていただいたりしていただけに、今回の初優勝はとても嬉しい。
是非全日本F3の実力をヨーロッパ勢に見せつけて欲しいと思うし、同じTDPのサポートを受ける平手選手、小林可夢偉選手と3人で、チャンピオンを争って欲しいものだ。

一方、今年の全日本F3はどうなっているかと言えば、実は既に4戦が終わっているのだが、なんと全てのレースで優勝者が異なる、大混戦となっている。
富士の開幕戦は、トムスのチャンピオン請負人、エイドリアン・スーティルが制し、第2戦は昨年のフォーミュラ・トヨタのチャンピオン、トムスのルーキー大嶋和也が初優勝。更に鈴鹿の第3戦はインギングのロベルト・ストレイトが優勝し、第4戦はフォーミュラ・ドリーム出身で戸田レーシング所属のルーキー、伊沢拓也が初優勝を飾った。
彼ら以外にも、昨年のフォーミュラ・ドリーム全勝チャンピオンの塚越広大、スリーボンドのファビオ・カルボーンとマルコ・アスマー、インギングのジョニー・リード、トムスの安岡秀徒など、強豪がひしめいているため、今期はとびきり面白いシーズンになりそうである。

この全日本F3選手権の模様を、今年もJ SPORTSでご覧いただけることになった。先日初回と2回目の放送の収録を行ったのだが、いずれもドラマチックなレース展開で、実況している僕もすっかり楽しんでしまった。解説はどちらもトムスの舘信秀会長にお願いしており、名伯楽ならではの鋭く、優しい視点で若手ドライバーたちの接戦を解説してくださっている。
ただし、放送は番組編成上の問題から少し先になっており、第1戦と第2戦の初回放送は6月6日(火)の22時から、また第3戦と第4戦の初回放送は6月15日(木)の22時半からの予定となっている。F3ファンの皆さん、もう暫くお待ちいただきたい。


投稿者 中島秀之 : 19:24 | コメント (0) | トラックバック


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