# ナカジ~の『なんでも実況中継』: 2006年06月 アーカイブ

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2006年06月

2006年06月30日

JLMC第2戦開幕!

全日本スポーツカー耐久選手権(JLMC)第2戦の舞台、ツインリンクもてぎに来ている。
今回も、レースファンの方々のために、現場の情報を毎日お伝えしていこう。
さて、今日は練習走行が行われたのだが、メインレースである1000kmレースには、開幕戦より1台多い13台がエントリーしている。
ニューカマーで最大の注目株は、チーム無限が走らせるクラージュLC70無限。
今年のル・マンとLMS(ル・マン・シリーズ)にも出場している、バリバリのニューマシンだ。
最新のル・マン規定に合致したマシンなので、旧規定のザイテック05Sよりはコーナーリングスピードなどは劣るようだが、荒聖治、黒澤治樹という、プロトタイプカーの経験が豊富なドライバー二人が、いいレースをしてくれることだろう。

クラージュは無限が走らせるだけあって、かなり「ヤル気」モードだ。
ザイテックとのガチンコバトルに期待したい。(写真はクリックすると大きくなります)

さて前回のSUGO戦でクラッシュしてしまったゼッケン4のGC21(LAV-TEC MYZ GC21)は、GC21のマシンとしては初めて、ダラーラF304シャシーを使って作り直されていた。
当然シーケンシャル6速ミッションとなり、今回からはオルタネータも給油リグも装備されている。
これなら3号車、18号車と3台揃っての上位入賞も夢ではなさそうだ。

ダラーラF304ベースとなったため、本来のF399ベースのGC21とはノーズ部分の高さが微妙に異なる。

メンテを行うMYZが今回から3号車、4号車ともに、オルタネータと給油リグを装備。オルタネータはなんと、シャフトドライブ!

この他ニューカマーとしては、かつてGT選手権に参戦していた、ロータリーエンジン搭載のNA型ロードスターも登場。反対に、JLMCのムルシエラゴが今回は参戦しないのが残念だが、さてどんなレースになるのか、今から楽しみだ。

投稿者 中島秀之 : 16:18 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月28日

今週末はもてぎで凄いことが!

現在ティーポは、締め切り間際の入稿作業の真っ最中。
私はこの作業が終わると、金曜日からツインリンクもてぎに行くことになる。
今週末はもてぎで、全日本スポーツカー耐久選手権(JLMC)の第2戦が行われるからだ。
5月に菅生で行われた第1戦から1ヶ月半余り。
今回から、チーム無限がクラージュLC70無限でLMP1クラスに参戦し、HITOTSUYAMA RACINGのザイテックとガチンコ対決を行うことになる。
無限のドライバーは、2004年のル・マン優勝者、荒聖治選手(山本左近の抜けたKONDOレーシングのFニッポンのシートに収まることが今日発表された)と、昨年からヨーロッパのLMES(今年からLMS)に参戦し、今年はル・マンにも挑戦した黒澤治樹選手のコンビ。これはなかなか強力だ。
開幕戦ではザイテックがリタイアして、同じチームのフェラーリ550GT1が優勝したが、今回ははたしてどんな展開になるのか? 今から非常に楽しみである。

楽しみと言えば、今回はもうひとつ楽しみなことがある。
僕は場内放送で実況を担当するために、もてぎに向かうのだが、ご存知のように、鈴鹿ともてぎのビッグレースでは、今サーキットの場内放送で最も人気の実力のある、ピエール北川アナウンサーが実況を担当している。ということは、今回は実況アナウンサーが二人いることになるのだ。
僕は主催団体であるSEROから、ピエール氏はサーキットから仕事の依頼を受けているためだが、レース距離が1000kmと長いので、二人で長丁場を乗りきる作戦なのである。
僕とピエール北川アナウンサーが同じレース、同じメディアで実況を行うのは、史上初めて!
これまでも同じレースながら違うメディア(ピエール氏が場内放送、僕が場内FM)で別々に実況したことは何十回もあったし、台風でF1の予選がキャンセルされた時は、我々の放送にピエール氏に出演してもらったこともある。
だが、二人が同じレース、同じメディアで実況を行うのは、これが最初のことなのだ。
どういう形で二人が仕事を分担するかは、当日のお楽しみだが、今までありそうでなかったことが、ついに実現するわけだ。
しかも、解説は由良拓也さん、ピットレポートは高橋二朗さんが担当してくださることになっている。
これは、自分で言うのもなんだが、現在国内モータースポーツの実況体制としては、考えうる最強のキャスティングではないだろうか?
今週末は、レースを見るのはもちろんだが、場内放送を聞くためにも、是非ツインリンクもてぎに足をお運びいただきたい。

もてぎの放送席で実況する僕。手前はジャーナリストの貝島さんだが、一番後方にピエール北川アナウンサーの姿も見えている。今回は二人で実況する予定だ。(写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 21:26 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月27日

セパンの中継は面白かった!

日曜日夜11時からのスーパーGT第4戦セパンのレース中継(J SPORTS)はご覧いただけただろうか?
先日お伝えした通り、放送はセミ生中継で行われ、実況の僕も、解説の鈴木恵一さんも木下隆之さんも、レース結果を知らないまま、その場で初めて映像を見ながらコメントをつけていった。

レースは、昨年の同じレースで悔しい思いをした、伊藤大輔/ラルフ・ファーマン組のARTA NSXが雪辱を果たしたのだが、今年もレースの神様は伊藤大輔選手に次々と試練を与えたのだった。
まずスタートドライバーのファーマンが体調を崩し、しかも僅か15分ほどでクールスーツが壊れたため、予定より遥かに早い段階でピットインして、伊藤選手が残り2/3を運転せざるを得なくなった。
さらに無線が壊れて、ピットとは会話ができなくなった。
しかも、クールスーツは壊れているので、ドライアイスを貼付けるベストだけで伊藤選手は走らなければならなくなった。
さらにさらに、後方からは昨年因縁の攻防を繰り広げた相手で、このレースから山本左近に代わってnismoに復帰したばかりのリチャード・ライアンが追い上げてくるのだ。
まさに昨年の悪夢の再現、となりかねない状況だったのだが、最後のところでレースの神様は伊藤大輔に味方をした。それは気温が昨年より5度近く低かったことだ。
これによって伊藤選手は体力を消耗しきることなく、ライアンのZを振り切って優勝を飾ったのである。

さてこの模様を中継していた我々は、殆どピットからの情報がない中で、映像から想像しながら実況を続けていた。例えばピットから手書きの「COOLSUIT?」というサインボードが出ているのを見て、無線とクールスールの双方が壊れているのを予測するといった具合に。
だが時々思い出したように、現地収録の際の情報がディレクターからもたらされることがあって、その都度情報は伝えるのだが、それが後で訂正されたりして、少々混乱することもあった。
もっともライブ感は満点だったとも言えなくはないが・・・。
まぁでも、こういう難しい状況であればあるほど、実況するのが面白かったりするから不思議なものだ。恵一さんともアニキ木下さんとも、予測を交えながら楽しく放送をすることができた。
放送をご覧になった皆さんはどのように思われただろうか?

普段は8時には寝るというスズケイさんにとっては、殆ど明け方に近い時間だったにも関わらず、無事放送は終了。アニキ木下さんに取っては、まだ宵の口? (写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 00:54 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月25日

セパンの決勝は暑くなる?

さぁいよいよスーパーGTセパン・ラウンドの決勝レースが近づいてきた。
予選ではARTA NSXと紫電がそれぞれ2位を引き離してポールポジションを奪ったようだが、決勝は暑さのために何が起きるかわからないので、是非テレビで我々の放送をご覧いただきたい。
ところで、その暑さだが、どうも現地からのレポートによると、今年はいつもの年ほどではないようなのだ。金曜、土曜ともに、最高気温は27度前後で、曇り空が続いたとのこと。
ん、27度じゃあ、東京の方が暑いじゃん。意外だなぁ。
決勝の天気予報はどうなのか不明だが、もし決勝日だけドピーカンで40度近い暑さになったりしたら、ドライバーへの負担は逆にいつも以上に大きくなるかも知れない。注意が必要だ。
ところでこのレースで、熱中症のためにダウンしたドライバーは、これまで数えきれないほどいるが、その中で、完全に自分のミスのせいで、入院までしてしまった人が一人いる。
ADVANスープラの織戸学選手、その人だ。
初めてセパンのレースに出場した際、レース後点滴を受けても回復しなかった織戸選手は、クアラルンプールの病院に数日間入院したのだが、その理由は、なんと塩分の取り過ぎだったそう。
実はレース前、大先輩のスズケイさんこと鈴木恵一さんから、「岩塩を少し口にしておくと、脱水症状が起きにくいぞ」とアドバイスされた織戸選手は、なんと5〜6カケラも岩塩を水で飲みこんでからレースに出場してしまったとのこと。
当然強烈な脱水症状に見舞われ、そのまま病院送りとなったわけだが、いかにも正直な織戸選手らしいエピソードではある。
「あいつは加減ってものを知らないんだ!」とはスズケイさんの弁。
まぁ真似をする人はいないと思うが、ドライバーの皆さんには、くれぐれも体調に気をつけて、決勝レースを頑張っていただきたい。


あの失敗から年月を経て、今やベテランとなった織戸選手。前回の富士のレースには、最近手に入れたという、豪華な改造が施されたハーレーで来ていた。(写真はクリックすると大きくなります)


投稿者 中島秀之 : 00:55 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月23日

今週末はセパンGT!

いやぁ、ジーコ・ジャパン残念だったなぁ。早起きして応援したんだけどなぁ……。

それはさておき、今週末はスーパーGT第4戦が、マレーシアのセパン・サーキットで開催される。
2000年に、日本のレースシリーズ戦として初めて海外で開催(当初は非選手権戦)されて以来、SARS騒動で中止になった2003年を除いて、今年で6回目の開催となる。
既に現地では6月の名物イベントになっているようで、F1やモトGPとは異なる人気を着実に獲得しているそうだ。
僕は2000年の初開催の時に初めて現地を訪れ、その強烈な暑さに驚きつつも、東南アジア諸国らしい活気と、多民族国家独特の複雑な文化に、惹きつけられてしまった。
特に食べ物は、安くて美味い中華料理屋や、マレーシア独特の鍋料理、更には早朝から営業している屋台の麺類など、おいしいものがたくさんあって嬉しかった。
だが、最高気温が40度前後という中で行われるため、ドライバーにとっては極めて過酷なレースとなる。
しかもどうした理由か、毎年誰かのクールスーツが故障し、そのドライバーが脱水症状で医務室に担ぎ込まれるという事態になるのだ。
昨年は、トップを走っていたARTA NSXの伊藤大輔選手のクールスーツが壊れ、終盤意識が朦朧とする中、伊藤選手は気力を振り絞ってXANAVI NISMO ZのR・ライアン選手とバトルを展開。惜しくも2位となったのだが、マシンを自力で降りられないほど消耗していた伊藤選手は、点滴を受けて体力を快復した後、「バトルを殆ど無意識で行っていた」と語っていた。
見る側にとっては、それだけドラマチックな展開が期待できるわけで、セパン戦はいつもの国内レース以上に楽しみな1戦と言えるだろう。

昨年のセパン戦で2位となった伊藤大輔選手は、脱水症状で医務室に運ばれた後、表彰台に戻ってきた。はたして今年はどんな戦いになるのだろうか? 写真協力:ホンダ

今回僕は、J SPORTSのテレビ中継で実況を担当する予定だが、現地からの生中継ではなく、決勝日夜に東京のスタジオからお届けすることになる。
これは予算の問題もあるが、それより中継映像を制作するのが現地の制作会社で、レース中継に慣れていないことなどもあって、生放送するのにやや不安があるという方が理由として大きい。
実際過去にも、レース中に電源が落ちたこともあったのだ。
このため全て映像を電送した上で、チェックの上、問題なければそのまま放送するという手順を踏む。
このため放送は25日日曜の夜11時からを予定しており、僕自身はそれまでに結果などを一切見ないようにしてスタジオ入りし、映像を初めて見ながら実況する、セミ生中継とも言うべきスタイルで放送することになる。解説は鈴木恵一さんと、木下隆之さん。アニキ木下さんとは、先日のFニッポン第3戦に続いてのお仕事となる。
ぜひお楽しみにしていただきたい。
なお放送に関する詳細は、J SPORTS MOTOR PORTAL WEBSITEをご覧いただきたい。

投稿者 中島秀之 : 12:19 | コメント (2) | トラックバック

2006年06月21日

マニアックなお店を訪問!

昨日、HARRYさんたちの取材の帰り、もうひとつ取材を行ってきた。
都内にある某お店で、アパレル製品を撮影したのだが、それがどんなものかは、次号のティーポの特集をお楽しみにしていただきたい。

で、ここのお店なのだが、いや実にマニアックなところだった。
と言うのも、1960〜70年代頃のレーシングギアをかなりの数取り揃えて、販売していたのだ。
どんなものがあったかをご紹介しよう。(写真はクリックすると大きくなります)


アメリカのヒンチマン社製、60年代後半から70年代頃のレーシングスーツ。
あのスティーブ・マックイーンも愛用したスーツで、映画「栄光のル・マン」でも同じようなタイプが使用されたという。そう言えば、マックイーンが当時実際のレースで使用したのも、当時の写真を見る限りこのメーカーのレーシングスーツだったようだ。



驚いたのはヘルメットの在庫。1970〜80年代の懐かしいブランドのものがたくさん揃っていた。
2輪用ばかりだが、僕らの世代にとっては、学生の頃憧れたものばかり。
ポルシェ・デザインにagvにBELLにJEBSと、あぁ懐かしい!
いずれも当時のデッドストックなので、公道で使用するのはやめた方が良いだろうが、飾っておくだけでもいいし、四輪の走行会などで使用してもいいだろう。
いやぁ思わず衝動買いしそうになるのを、なんとかこらえるのに必死だった。
特に、クレイ・レガツォーニやミケーレ・アルボレートの愛用したJEBSはヤバかったなぁ。

ここがどこにあるなんというお店かは、やはり次号のティーポで確かめていただきたい。

投稿者 中島秀之 : 23:51 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月20日

HARRYさんがTIPOに登場!

今日は午前中にお台場で取材を行った。
取材させていただいたのは、この方々。

MGB-GTの横にいるのは、TOKYO-FM系各局で放送中の「ドライビングナビゲーター・バイ・アドバン」のパーソナリティ、HARRYさんと番組ディレクターの鈴木さんのコンビ。
昨年、今年と、ジャパン・ヒストリックカー・ツアーにHARRYさんの黄色いスピットファイアで出場し、話題を提供してくださったことは、このブログでも以前ご紹介した。
え、じゃあこの白いMGB-GTは? と言えば・・・・、まぁ大方の予想通り、鈴木さんの愛車なのだが、どんなクルマなのかは、次号のTIPOでご確認いただきたい。
またお二人がどんな内容の記事に登場するかも、お楽しみにしていただきたい。

これまでHARRYさんと鈴木さんの番組に僕は何度か出演させていただいたことがあるのだが、反対にお二人がTIPO誌面にきちんと(イベントの記事でなく)登場するのは初めて。
という訳で、TIPOの取材終了後、今度はお二人に、逆にドライビングナビゲーター・バイ・アドバンのための取材を受けてしまった。
その模様は7月中旬に放送されるそうなので、こちらも是非お楽しみに。


投稿者 中島秀之 : 23:32 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月19日

京町家をレストア中! その6

昨年亡くなった伯母が住んでいた、築80年ほどの京町家をレストアしている。
今回は、おそらく昭和20〜30年代に作られたと思われる、籐でできた椅子の修理についてである。
僕が知っている限り、ずーっと伯母の家にあったのだが、経年劣化と、飼い犬がかじったり引っ掻いたりしたことで、ボロボロになっていた。

周りの洗濯物は気にしないで欲しいが、クッション部はボロボロ、籐の一部もかなり傷んでいた。
(写真はクリックすると大きくなります)

捨ててしまおうかとも思ったのだが、思い出もあるし、年代的にも古いものなので、直すことにした。
そこでネットで調べてみたところ、京都のかなり田舎に、やべ工房という籐工芸の会社があるのがわかり、そこに修理をお願いした。
やべ工房さんでは、まず籐の部分で傷んでいた箇所をまず修理し、次いで背もたれの部分をクッションから籐の織り込みに変更したとのこと。その上で、座面のクッションを別の会社に頼んで張り替えてもらったそうである。
その結果、まるで新品のようになって返ってきた。

ご覧のように、とても美しい仕上がりだ。

実はこの籐椅子はソファーセットの一部で、別にテーブルもあるのだが、テーブルは傷みがそれほどでもなかったので修理は行わなかった。
修理が終わった椅子2脚を、テーブルを間に挟んで、2階北側の窓際に置いた。
向かいが小さなお寺なので、ここからの眺めはなかなか。
いかにも京都らしい雰囲気で、結構気に入っている。

(続く)


投稿者 中島秀之 : 23:43 | コメント (0)

ル・マンに新時代到来!

いやぁ、ジーコ・ジャパン惜しかったなぁ。
それはさておき・・・。
ル・マン24時間レースが先ほど終了した。
結果は、ディーゼル・ターボ・エンジンを搭載したアウディR10の8号車、ビエラ/ピッロ/ベルナー組が、ペスカロロの16号車(エラリー/ローブ/モンタニー組)を4周差でくだして、優勝を飾った。
7連勝(8勝目)を目指したトム・クリステンセンの乗るアウディの7号車は惜しくも3位、GT1クラスのコルベットが総合4位と健闘した。
日本から参戦したチーム・タイサンのポルシェは完走、寺田陽次郎選手の乗ったローラもクラス2位で完走した。JLOCのランボは残り2時間でリタイア、中野信治と黒沢治樹の乗ったクラージュは序盤にリタイアした。
ところで、今回のル・マンでは、やはりディーゼル・エンジンが史上初めて優勝したことが最大の注目点だろう。
主催者であるACOは、ディーゼル・エンジンの参戦を歓迎しており、来年は1993年以来14年ぶりにプジョーがル・マンに復帰(一昨日フランス勢の優勝は1980年のロンドー以来と書いたが、1992年と93年のプジョーの見事な連覇を忘れていた。申し訳ない)し、やはりディーゼル・エンジンを使うことを明言している。
また2010年からは、総合優勝を争うLMP1クラスが、クローズドルーフとエアコン(!)を備えるマシンとなる新レギュレーションも新たに発表された。
ル・マンは今、大きな変化の端緒にあると言え、しかもその変化は環境に考慮した時代に則したものであると言える。
F1が近年、スピード制限に主眼を置いた、やや後ろ向きな変化しか行われていないこととは対照的だ。
ル・マンでは今後、ガソリン・ハイブリッド・エンジンやディーゼル・ハイブリッド・エンジンも参戦してくることになるだろう。更に言えば、例えばソーラー・システム的なものも使用されるようになるだろうし、そうなれば、一気に新技術開発競争の場となる可能性がある。
問題は、ル・マンがそうしたレースになった時に、世界の有力自動車メーカーにとって、F1とル・マンのどちらが技術的なチャレンジとして魅力があるか、そしてどちらが環境に取り組む企業の姿勢を示すのに好都合か、ということだ。
現状はF1に世界の有力メーカーの殆どが力を入れているが、数年後にはそれらの中から何社か、ル・マン(および同レギュレーションで行われるシリーズ)に鞍替えするところが出てくるだろう。
日本のメーカーとしては、ホンダとトヨタがF1に参戦しているが、現在世界で最も進んだハイブリッド技術を持つトヨタは、ル・マンがこうしたエコとスピードと耐久性を競う場になるのであれば、早期の復帰を考えた方が良いのではないだろうか。
今回のル・マンに、日本製マシン(エンジンは除く)が童夢1台しか出場していないことを知り、そんなことを考えてしまった。

2004年優勝のチーム・ゴウ・アウディR8のミニカーに、郷和道代表と荒聖治選手にサインをしてもらった。あのレースを実況した僕にとっては、最高の記念品。
(写真はクリックすると大きくなります)


投稿者 中島秀之 : 00:41 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月17日

JHCTのテレビ番組、間もなく放送!

昨日都内のスタジオで、ジャパン・ヒストリックカー・ツアーのテレビ番組のナレーション収録を行ってきた。
横浜赤レンガ倉庫前をスタートして、静岡、山梨、群馬、長野と750kmを旅してきた模様が、1時間にわたって紹介される。
出場全車を紹介するのはもちろんだが、美しい景色の中を貴重なヒストリックカーやスーパーカーが走る姿は、それだけでも見応え十分。まさに「動く自動車博物館」の趣きである。
また車載映像や空撮映像、カメラバイク映像などもあるので、お楽しみいただけるはずだ。
特に滋賀高原越えのルートは、まるでヨーロッパ・アルプスを思わせる美しさなので、お見逃しのないように。
放送は、東京MXテレビで、6月24日(土)の15〜16時となっている。

ナレーション収録は、こんな席で行われている。
部屋はきれいだけど、エアコンの音も拾ってしまうため、収録中はずっと空調なし。
かなり暑かった!

投稿者 中島秀之 : 00:05 | コメント (1) | トラックバック

2006年06月14日

今週末はル・マン24時間!

今週末、フランスのサルト・サーキットで、ル・マン24時間レースが開催される。
世界で最も注目されるモータースポーツ・イベントのひとつであり、世界中のモータースポーツに関わる人間の憧れのレースでもある。
僕がこのレースを初めて意識したのは、小学生の頃(1970年くらい)にもらったオートテクニック誌によってだったのではないかと思う。
ポルシェの907、908、917などのバリエーションが描かれたピンナップ(死語?)が付録についていて、908のロングテール仕様のカッコ良さにやられ、部屋に長い間貼っていた覚えがある。
もちろんミニカーでもル・マン出場車は数多くモデル化されていたから、自然とこの特殊なレースに興味を持っていった。
高校1年の時、友達が上野にバイクを買いに行くのに付き合った帰り、名画座で「栄光のル・マン」を見て、「いつかこのレースを実際に見てみたい」と思うようになった。
そしてその願いがようやく叶ったのは、1993年のことだった。
太田哲也選手が初めてル・マンに挑むのをレポートするべく、ティーポ初代編集長の山ちゃんと一緒にサルト・サーキットを訪れたのだ。
ただ見るだけでも嬉しいのに、チームの一員としてル・マンに参加できたのだから、その時の興奮と高揚感は、並ではなかった。
結果は残念なものだったが、これで更にル・マンというレースにハマってしまった。
その後1996年までは太田選手と共にレースに「参加」し、1997〜99年はレース全体のレポートのためにル・マンを訪れた。
そして2004年と2005年には、長年の夢だったル・マンのテレビ中継(しかも24時間)で実況を担当させていただいた。
特に2004年は、日本のチーム・ゴウが優勝したレースで、視聴者の皆さんと感動を共有させてもらい、実に幸せだった。
今年は王者アウディが、ディーゼルエンジンのR10を投入し、地元期待のペスカロロと総合優勝を争うことになるだろう。
1991年のマツダ以来となる、史上2台目の非ガソリン・レシプロ・エンンジン車の優勝なるか?
またトム・クリステンセンの7連覇(&8勝目)は達成されるか?
それともフランスの英雄アンリ・ペスカロロのチームが、オールフレンチ体制で勝利を飾り、ラ・マルセイエーズが1993年のプジョー以来13年ぶりにサルトに鳴り響くか?
実に楽しみな1戦である。
あぁそれなのに! 今年は日本ではテレビ中継がないのだ!
現地へ取材に行く予定もない(ティーポからは310がランボ・チームに同行)ので、僕も今年はル・マンが見られないのである。
確かに放送権利料が高いといった問題はあると思うが、是非CS放送、もしくはウェブTV各局の関係者の皆さん、早い時期の復活をお願いしますよ!

昨年の24時間生中継終了後、打ち上げで盛り上がる、中継コメンタリー。
左から、本山哲選手、梅原康之さん、服部尚貴選手、僕、宮坂宏さん。
(写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 23:52 | コメント (3)

2006年06月13日

PCCJ第2戦の中継を収録!

今日は都内のスタジオで、ポルシェ・カレラ・カップ・ジャパン第2戦のテレビ中継の録音を行って来た。
今回の舞台は、宮城県のスポーツランドSUGO。
ゲストドライバーは、レース解説者としてもお馴染みの、アニキ木下隆之選手。
20台近いポルシェによるワンメイクレースは、今回も迫力十分。
是非お楽しみにしていただきたい。

ところでこのPCCJの番組は30分枠なのだが、毎回ホンの数分ながら、ポルシェ本社の持つ古いレース映像を紹介するコーナーがある。
今回は、1960年代のレース映像から抜粋されたものだったが、356のワンメイクレース風のシーン、RS61や904がタルガ・フローリオを走るシーン、更にはデイトナ24時間で908が編隊走行でゴールするシーンなどを、いずれもカラーで見ることができる。
こちらも是非お見逃しないようにしていただきたい。

PCCJ第2戦の放送は、6月18日(日)の22時から22時30分、J SPORTS2に於いてである。

収録中の放送席はこんな感じ。画面に懐かしいレース映像がチラッと見えている。

投稿者 中島秀之 : 23:30 | コメント (0) | トラックバック

チョロQよりトミカ!

ウーン、ジーコジャパン、残念だったなぁ。
それはさておき・・・。

昨日は今から20数年前に、玩具店でアルバイトしていた頃に改造したチョロQの思い出話をさせていただいた。
そのついでと言ってはなんだが、今日は同じ頃やはり自分で改造したトミカを、調子に乗ってご覧いただこうと思う。

もともとトミカは、1970年に発売された時から集め始め、最初の10年ほどはかなりの数を買い揃えた。
このため、いわゆる初期もののトミカは、殆どが揃っている。
現在は、あまりにもバリエーションが膨大になりすぎて、全くと言って良いほど購入していないが、実は正直に白状すると(!?)、トミカ・リミテッドが発売され始めた頃(つまり数年前)は、結構買い揃えていた。ところがこれも、アッと言う間に、限定品だ、セット品だと次から次へと発売されてバリエーションがとてつもない数になり、ホンの数ヶ月で挫折してしまった。
昔と状況が全く異なるとはいえ、トミカに限らず現在のミニカーブランドは、もう少しバリエーション拡大のペースをゆっくりにした方が、もっと多くのファンを長くキープできるんじゃないかと思うのだが、いかがだろうか。
それじゃあ商売にならないと言われればそれまでだが。

さて今日の本題。
今から20数年前に僕が改造したトミカがこれだ。

ポルシェ356スピードスターは、赤い塗装はオリジナルのままだが、各部をディティールアップしてある。一方モーガン・プラス8は、塗装を赤からグリーンに塗り替えた上で、やはりディティールアップしてある。(写真は全てクリックすると大きくなります)

言うなれば、20数年前に自作したトミカ・リミテッドなわけだが、当時のトミカには当然ながらゴムタイヤなど存在しなかった。
ではこの2台のタイヤはどうしたのか?
まずモーガンの方はチョロQのタイヤ&ホイールを流用している。
一方356の方は、当時流行していたHOスケールのスロットカー用のスペアタイヤ&ホイールを使用している。当時はパーツをバラ売りしていたので、こんなことが可能だったのだ。

そうそう、後ろのガレージは、やはり20数年前に販売されていたトミカのアクセサリーのひとつを改造して使っている。このガレージは、天井に乗っているタイヤの内側にあるネジを巻いて、スイッチを入れると、シャッターが開いて中のクルマが走り出す仕組みになっているものだった。それに色を塗り、窓ガラスを入れて、裏口のドアを半開きにしたのがこれなのだ。

というわけで、トミカもこうして改造すると、かなりリアリティが高まるというのがおわかりいただけるだろう。もっとも今はトミカ・リミテッドがあるから、自分で改造しなくてもいいわけだが。
あ、でも、356やモーガンは、リミテッドにならない可能性が高いから、僕のやった改造も無駄ではなかったということかも知れない(!?)。

投稿者 中島秀之 : 00:20 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月11日

チョロQと言えば・・・

先日チョロQの新製品紹介映像の、ナレーションを担当したことをご紹介した。
その際にもちょっと触れたのだが、僕は大学時代に、荻窪にある大きな玩具店でアルバイトをしていて、当時発売されて間もないチョロQを、かなりたくさん子供たちに販売した。
もともとミニチュアカーが好きだった上、その頃からスクランブル・カーマガジン(今のカーマガジン)を熟読していたこともあってかなりクルマに詳しい方だったから、チョロQにはただの子供向けおもちゃとは思えないマニアックなものを感じていた。
とにかく車種設定とディティールに、ニヤリとさせられるものが多かったのだ。
例えばVWビートルひとつとっても、通常のサルーン(スプリットウインドウだった気がする)に加え、カブリオレ、バハバグ、更にはチョップドルーフのドラッグスター仕様まで用意されていたのだ。
また僕がアルバイトしていた時期は、チョロQがレギュラーシリーズ以外に様々な新シリーズを次々追加していた頃で、ハコ乗りチョロQだの、ミリタリーチョロQだの、中には干支っ子チョロQなんて変なものまで存在した。
その中で僕が好きだったのはF1シリーズで、フェラーリ312T3やブラバムBT49など、なかなか通好みな車種をラインナップしていた。
実はその頃、時々チョロQを買って帰っては、ちょっとした改造を加えたり、色を塗り替えたりして密かに楽しんでいたのだが、ブラバムBT49も思わず改造してしまった1台だった。
まずフロントウィングを切り取って、ボディを白と紺で塗り直し、ヘルメットをネルソン・ピケのカラーに塗って仕上げたはずだ。
結構気に入って、お店のショーケースに飾ってもらったりしたのだが、ある日忽然となくなってしまった。どうやら子供がショーケースを黙って開けて万引きしてしまったようなのだが、「よりによって私物をパクるなよ!」とガッカリした記憶がある。
まぁ鍵のかからないケースに入れておいたこちらも悪いのだけれど・・・。
今回チョロQのナレーションを担当させていただいて、すっかり忘れていたそんなことを思い出してしまった。
あの頃、まさかチョロQがダイキャストミニカーのように高価なプレミアがつくとは思っていなかったが、今にして思えば、初期ものだけでも揃えておけば良かったかなと、ちと後悔している。




当時改造したチョロQが残っていたので、ご紹介しよう。
チョップドルーフのビートルを元に、後部の10円玉ホルダーを潰して、色を塗り替えた。
ピンクのScat仕様というのが、時代を感じさせる。
まぁ模型製作の技術には目をつぶっていただきたい。
(写真はクリックすると大きくなります)


投稿者 中島秀之 : 23:05 | コメント (2) | トラックバック

2006年06月10日

日本人ドライバーの実力を示せ!

今週末のF1イギリスGPから、スーパーアグリF1チームに山本左近選手が、サードドライバーとして加わることになった。
極めて理不尽な理由からスーパーライセンスを剥奪された井出有治選手のことを思うと、少々複雑な気分だが、ここは素直に左近選手にエールを送りたいと思う。
左近選手は昨年のF1日本GPで、ジョーダンのサードカーをドライブし、レギュラーの二人より速いタイムを出して注目を集めた。
実はこの時、走行を終えた左近選手に、我々Pit-FMの放送にゲストとして出演してもらったのだが、非常にクレバーな受け応えをしながら、ちょっぴり威勢のいいところもあるし、ユーモアのセンスもあって、とても良い印象を受けた覚えがある。
その後も国内のレースで顔を会わせるごとに話しを聞いてきたが、調子が良い時も悪い時も、常に笑顔で正直に喋ってくれた。
ドライバーの実力としては、F3時代(特に欧州修行中)はやや苦労したようだが、Fニッポンに乗るようになってから急激に速さを増し、昨年のF1経験で更にその走りが洗練された感がある。
高木虎之介選手もそうだったが、パワーのあるクルマの方が実力を発揮できるタイプのようだ。
それだけに、F1での活躍にも期待がかかる。
急遽決まった今回の参戦にも関わらず、初日の走行で佐藤琢磨選手から約2秒、F・モンタニー選手から約1.5秒落ちと、まずまずのタイムを記録した左近選手。
テストもままならない厳しい状況だとは思うが、是非日本人ドライバーの実力を、世界に示してもらいたい。

2週間前のFニッポンもてぎ戦で、予選後の記者会見に出席する左近選手。
噂ではシーズン終盤にはレースドライバーに昇格するとのこと。頑張って欲しい。
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投稿者 中島秀之 : 01:14 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月08日

お子ちゃま向けナレーションに挑戦!

今日は珍しい仕事をしてきた。
ネコ・パブリッシング・ホビダス事業部からの依頼で、タカラのチョロQの新製品(電気自動車ではなく、あのかわいいミニカーの方)を紹介する映像の、ナレーションを担当したのだ。
今や子供だけでなく大人にもコレクターズアイテムとして大人気のチョロQだが、なんと間もなく発売以来初めての大変革(!?)が行われるのだという。
それは、チョロQではエンジンと呼んでいるプルバックモーターが、一気に4種類に増えるということ。
これまでと同様のスタンダードエンジンに加え、高速の出せるスピードエンジン、逆にゆっくり走るスローエンジン、そして走り始めがゆっくりで途中から速くなる2スピードエンジンが登場するのだ。
これらを子供たちにわかりやすく伝える映像をホビダス事業部が制作していて、そのナレーションを僕が担当したというわけ。
ただしナレーションと言っても子供向けだけに、「いろんなクルマが揃っているぞ!」とか、「今すぐチョロQを走らせよう!」とか、とってもわかりやすい短い言葉ばかりだったけれど……。
大学生の頃玩具店でアルバイトしていて、ずいぶん子供たちにチョロQを売った憶えがあるが、まさか20余年を経てナレーションを担当するなんて、思いもしなかった!
このチョロQ新製品紹介映像は、間もなくホビダスの中で見られるようになる予定だ。
またDVDにもなる予定で、こちらは「てれびくん」という雑誌の附録になるとのこと。
是非お子さんのいる方は、見せてあげていただきたい。


間もなく発売予定のチョロQ新製品を、内緒で(!?)でご紹介しよう。
左がスローエンジンを搭載するホイールローダー、右が2スピードエンジンを搭載するプリウスだ。
プリウスの動きは、なかなか面白いですぞ!
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投稿者 中島秀之 : 21:03 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月07日

トムクリ、ポイントリーダーに!

今日は青山のスタジオでDTM(ドイツ・ツーリングカー・マスターズ)第3戦のTV中継の収録を行ってきた。
今回の舞台はハノーバーの近くにある、オッシャースレーベン。
モトパークとも呼ばれるこのサーキットは、旧東ドイツ地域のかなりの田舎にあり、コースレイアウトは岡山国際サーキットを思わせる、テクニカルなものだ。
前戦ラウジッツリンクも抜きにくいコースだったが、ここはそれ以上。
このためいつもの激しいバトルはやや影を潜め、代わって予選での速さとピット戦略が勝敗を分ける形となった。
今期はここまで2戦がいずれも、ポールポジションがメルセデスの若手ジェイミー・グリーン、優勝者はメルセデスのベテラン・ベルント・シュナイダーだった。
だが今回は、アウディのベテラン・トム・クリステンセンが見事なポール・トウ・ウィンを決めた。
昨年ル・マン24時間レースで、ジャッキー・イクスの記録を破る、前人未到の7勝(6連勝)を達成したトムは、かつて長く日本のレースで活躍したドライバーでもあった。
このため日本のジャーナリストにもいまだに親しく接してくれ、2004年にチーム・ゴウのマシンで優勝した後行われた祝勝会では、僕も久々に笑顔でお話しさせていただいた。
そんなトムが、長距離耐久レースのル・マンでこれだけの活躍をし、またスプリントのDTMでもこれだけの速さをいまだに見せてくれていることは、本当に嬉しい。
今回は2位と3位が、メルセデスの若手ブルーノ・スペングラーとグリーンで、開幕戦と第2戦では表彰台を独占した親父軍団は、トム以外今ひとつの結果に終わったが、それだけにトムの速さが際立っていたと言える。
これでトムはシュナイダーを抜いてポイントリーダーに立った。
ひょっとするとトムの輝かしい経歴に、今年の秋にはDTMチャンピオンという新しい肩書きが加わることになるかも知れない。
是非頑張ってもらいたい。


今回も解説は、巨笑こと佐藤正勝カメラマン。ナイスなコメントを連発してくれます。

なお今回の番組の初回放送は、J SPORTS ESPNで、11日(日)の22時から。
再放送など詳しい情報は、J SPORTS DTMドイツツーリングカー選手権の見どころをご覧いただきたい。

投稿者 中島秀之 : 22:52 | コメント (3) | トラックバック

2006年06月06日

全日本F3第5、6戦を収録

本日はお台場のJ SPORTSのスタジオで、全日本F3第5、6戦もてぎの番組収録を行ってきた。
今回の解説は、Pit-FMを始め様々な番組でコンビを組んできた、モータースポーツ・ジャーナリストの梅原康之さん。
今シーズン梅原さんは、スーパーアグリF1関連のお仕事が忙しく、Fニッポン第2戦鈴鹿の生中継で解説していただいて以来の登場だ。
レースの方は2戦とも雨がらみで、ロベルト・ストレイトとエイドリアン・スーティルがそれぞれ優勝を飾ったが、日本人ドライバー、特に予選で健闘した塚越広大と大嶋和也にとっては、悔しい結果となってしまった。
だから、というわけではないが、今回収録したもてぎのレースの模様は、通常の全日本F3選手権中継の一時間枠ではなく、J SPORTSが制作しているモータースポーツ・ドキュメンタリー番組Rev Limitの#50で放送されることになるそうだ。
もてぎ戦と、6月17、18日に岡山国際サーキットで行われる第7、8戦の模様を、1時間にまとめて放送する予定で、初回放送は今月末を予定している。
今シーズンの全日本F3は大混戦で、既に4人の勝者が誕生しているだけでなく、ポイント争いも、スーティル、ストレイト、大嶋、カルボーンらによって、非常に接戦となっている。
その中で、期待されながらまだ結果が出ていないのが、昨年のフォーミュラ・ドリーム全勝王者である塚越。あんまりプレッシャーをかけても可哀相だが、なんとか早く1つ勝って、勢いに乗って欲しいものである。
ここのところ、トヨタの援助を受けてステップアップしてきた若手ドライバーの活躍が、国内外で目立っているが、ホンダの支援を受け童夢/無限のパッケージで戦う塚越や伊沢卓也にも、是非最後までチャンピオンを争ってもらいたい。


久々に梅ちゃんとスタジオ収録。今回は放送時間がいつもより短めで欲求不満気味(?)。

投稿者 中島秀之 : 17:17 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月05日

エグザンで京都往復!

金曜日から日曜日まで、伯母の一周忌法要のため京都に行ってきた。
今回も例によって、エグザンティアでの往復1000kmの旅だったのだが、本当にこのクルマは長距離走行が快適だ。
やんわりとした、浮いているかのような乗り心地と、腰に負担をかけないシート。
エンジンは決してパワフルなわけではないが、上り坂でもなんとか大型トラックや遅い乗用車を置き去りにするくらいのトルクはある。
巡航速度がやや速い時、車内の音がややウルサイのが難点だが、このサイズでここまで室内が広くて、高速移動の得意なクルマは、今のところ見当たらない。
今回フロントのブレーキローターを新品に交換したため、ブレーキを安心して踏めるようになったことで、更に安心感が高まった。
片道6時間、往復12時間は運転しているわけだが、疲労は最小限(眠気は別だが)で済む。
ということで、暫くの間は、エグザンに乗り続けることになりそうである。

1000kmを往復したエグザンには、無数の虫の死骸が……。
いや別に、凄い速度で走り続けてたわけではないですよ! 
(写真はクリックすると大きくなります)

ところで今回の旅で、例の駐車違反取締り強化の思わぬ弊害を見てしまった。
京都の自宅がある場所は、さるお寺のすぐ近くで、門前には昔から交番がある。
かつては駐在さんのような人が常駐していたが、今はお巡りさんが交代で勤務しているようだ。
我が家はその交番のすぐ横の路地(クルマは入れない)の奥にあるため、今までは、大きな荷物がある時は、交番の横のやや広くなった道路にクルマを置き、お巡りさんに「すいません、そこの奥の家に荷物を置いたら、すぐに戻りますので」と頼むと、「あぁ、すぐ戻らはるのやったら、ええですよ」と、笑顔で言ってくれていた。
ところが今回同じようにお願いしたところ、「ここは駐車禁止ですから、許可はできません」とキッパリ言われてしまった。
京都という町は観光でなりたっているという一面もあるため、地元の人の観光客への接し方は、(本音はどうでも)とても気持ちいいものである場合が多い。
ところが、こうした杓子定規な法律ができたがために、人情とか、柔らかな物腰とか、笑顔とか、観光の町に限らず、誰もが気持ち良く暮らすために必要なものが、なくなってしまったのだ。
こうしてまたひとつ、日本が暮らしにくくなったと思うと、残念でならない。

投稿者 中島秀之 : 14:15 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月03日

京町家をレストア中! その5

(その4からの続き)
京町家独特の、ハシリともハシリニワとも呼ばれる、細長い土間のキッチン部分。
ここは本来、上部が吹き抜けになっており、へっついやかまどの煙を逃がすようになっていた。
ところがガスコンロが普及してからは、各家庭に換気扇が取り付けられるようになり、この吹き抜け=火袋(ひぶくろ)は事実上不要になってしまった。
このため昭和40年代に、多くの町家がウチと同様、火袋を塞いで2階の部屋を広くしてしまったようだ。
今回のレストアでは、当初この火袋を復活させるつもりはなかったのだが、やはり京町家の顔とも言える部分なので、結局工事をお願いすることにした。
その結果、火袋は下の写真のような仕上がりとなった。

(写真はクリックすると大きくなります)

2階の北側の部屋に、もうひとつ設けられた窓からハシリニワを見下ろす。
ご覧のように、火袋上部の窓も、アルミサッシから木枠にガラスをはめた建具となった。
ペンダント型の電気は、昭和30〜40年代のデッドストックもの。

一方1階のハシリニワから見上げると、下の写真のような状況。

柱に設置された電気は、新品で買えるレトロ調のもの。
「その2」で掲載したハシリニワの写真と比べていただきたい。

この他、ハシリニワの壁を修復してもらったり、2階の畳を表替えしたり、不要なものを処分したりして、なんとかボロボロだった部分が、京町家らしい姿になった。
次回からは、その他細かい修復を行った部分や、家具、電化製品などについてご報告しよう。

              (続く)

投稿者 中島秀之 : 14:00 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月02日

京町家をレストア中! その4

(その3からの続き)
傷みのひどい2階南側のレストアは、京町家作事組の大工さんによって着々と進み、ひとまず完成した。
「その2」で紹介した、ボロボロのカーテンのかかった窓側の部分と、洋風に改築されベッドが置かれていた部分は、下の写真のようになった。

(写真は全てクリックすると大きくなります)

1階のハシリニワ(細長いキッチン)の上に火袋(吹き抜け)が復活。
これに合わせ、2階には壁が設置され、そこに小さな窓をつけてもらった(南東側)。
これにより火袋に設けられた窓(以前アルミサッシだった部分を木枠に戻した)が開閉できるようになり、壁の窓から下のハシリニワを見ることもできるようになった。

天井はもちろん木で修復してもらい、壁も土壁に戻してもらった。
この部屋の反対側(北西側)は下の写真のような状態。

きれいに修復された土壁の中には、断熱材も入れてもらってある。
電気はそれまで蛍光灯だったが、京都の骨董品屋さんで探してきた、昭和20〜30年代製のガラス製の傘がついた白熱灯に交換した。

(続く)

投稿者 中島秀之 : 14:00 | コメント (0) | トラックバック

2006年06月01日

JLMCのテレビ中継、間もなく放送!

昨日、都内のスタジオで、先日行われた全日本スポーツカー耐久選手権、JLMC第1戦、菅生1000kmレースのテレビ中継の収録をしてきた。
レース当日は場内放送で実況を担当していたので、改めて映像を見ながら、実況をつけたというわけだ。
テレビ中継は1時間枠で、JLMCの決勝レースはもちろん、当日のサーキットの様子や、同時開催だったクラシック・エンデュランス・レーシング・ジャパン(CERJ)の模様も紹介される。
メインのJLMCの方は参加台数が少ないのが残念だが、ザイテック05Sの凄まじいまでのコーナーリングの速さや、フェラーリ550GT1の安定した速さ(レースでは3人のドライバーが常に1秒と違わないタイムで走り続けた)、GC-21の意外なまでの速さなどが、映像からよくおわかりいただけると思う。
フォーミュラ・ニッポンやスーパーGTなどとは一味違う楽しさがあると思うので、是非ご覧いただきたい。
初回放送は、「J sports 2」で、6月3日(土)の22〜23時となっている。

JLMC第1戦で勝ったのは、片岡龍也、服部尚貴、田嶋栄一と、プロ3人が機械のように正確に走らせたフェラーリ550GT1だった。(写真協力:SERO)

またかなり前でここでお知らせした、全日本F3選手権のテレビ放送も、いよいよ開始される。
まず開幕イベントの富士戦(第1、2戦)は、初回放送が「J sports ESPN」で、6月6日(火)の22〜23時、鈴鹿の第2イベント(第3、4戦)は、初回放送がやはり「J sports ESPN」で、6月15日(木)の22時30分〜23時30分となっている。
再放送の予定などは、J sportsのHPをご覧いただきたい。

投稿者 中島秀之 : 14:00 | コメント (0) | トラックバック


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