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2006年09月
2006年09月29日
もてぎで雨の中嶋が復活!?
今週末は上海で中国GPがあり、来週はいよいよ鈴鹿の日本GP。
今年のモータースポーツシーンもそろそろ大詰めという感じになってきたが、この季節になると、気になってくるのが、毎年10月末から11月初めに行われる、もてぎのヒストリック・オートモビル・フェスティバル・イン・ジャパンだ。
昨年は、国さんが1966年のホンダF1、RA273をドライブしたり、MCSグッピーが復活走行したりと、マニア心をくすぐるサプライズがあった。
そして今年。
10月28、29日に、ツインリンクもてぎで行われるこのイベント、ロータス好きでF1も大好きといった、僕と同じような趣味をお持ちの方には、たまらないことになりそうなのだ。
というのも、ロータスのF1マシンが7台も集結する予定で、その内訳は、72、77、91、99T、100T、101(2台)なのである。
ハイ、数字だけでどんなマシンか理解できた方には、さらに以下の情報を差し上げよう。
まず72と91は、以前から日本に存在する車両で、このイベントでも時々走行しているもの。
99Tと100Tは、ホンダ・コレクションホール所有のもの。
では残りは?
77は、マリオ・アンドレッティが1976年の日本GPで優勝した車両そのもので、日本人オーナーの方がサラブレッドGPシリーズに参加されているもの。普段はクラシック・チーム・ロータスが管理しているが、来年富士で20年ぶりにF1が開催されるのを記念して、久々に来日する予定なのだ。
一方2台の101は、1989年にネルソン・ピケと中嶋悟がドライブしたマシンそのもの。
ということは、雨の中嶋が、オーストラリアGPで、日本人唯一のファステストラップを記録した車両である。
これもクラシック・チーム・ロータスが長く管理していたマシンなのだが、訳あって(間もなく発表!?)2台とも日本で管理されることになったのだ。
で、イベント当日だが、この貴重な101を、なんと中嶋悟さんご本人が運転してくださる予定となっている。
99Tは残念ながら動かせないそうだが、100Tや91など、所縁のあるその他のマシンもドライブしてくださるかも知れない(91は1982年秋に中嶋氏が初めてテストしたF1)。
う~ん、これは実に楽しみだ。
当日僕はもちろん場内放送で実況を担当する予定だが、今からワクワクしている。
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中嶋悟さんがアイルトン・セナと共に駆った99Tは、展示のみ行われる予定。
(写真協力:ロータス 写真はクリックすると大きくなります)
投稿者 中島秀之 : 20:28 | コメント (2) | トラックバック
2006年09月27日
GTドライバーの妙技に驚く
CS放送のJ SPORTSには、モータースポーツに関する様々な情報をお送りする、レブリミットという番組がある。
僕は時々レポーターやナビゲーターとして出演するのだが、明日9月28日(木)の22時30分から初回放送があるのは、今年のスーパーGTの車載映像のハイライトシーンを集めた「スーパーGTオンボード・スペシャル」だ。
僕がナビゲーターを務め、ご存知「GTのご意見番」鈴木恵一さんが解説、そしてゲスト解説に立川祐路選手と伊藤大輔選手をお迎えして、一緒にオンボード映像を見ながら、その状況がどうだったかを振り返る内容となっている。
両選手自身のドライブしている映像もあれば、他のドライバーの映像もあるのだが、改めてそれぞれのドライバーたちの妙技に、収録中感心させられてしまった。
また、レクサス、NSX、Zなど、それぞれのマシンの挙動の違いなどもわかって面白い。
僅か30分の番組だが、是非ご覧いただきたい。
なお10月1日(日)には、ノンスクランブルで再放送も行われる予定だ。
詳しくは、J SPORTS MOTOR Rev Limitを参照して欲しい。
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解説はスズケイこと、鈴木恵一さん。
スーパーGTの中継では、的確かつわかりやすい解説でお馴染み。
投稿者 中島秀之 : 23:47 | コメント (0) | トラックバック
2006年09月26日
交換したいのにタイヤがない!
先日ロータス・エクセルを洗車していたら、後輪にスリップサインが出始め、前輪はトレッド面にひびがあることがわかった。
確かに今のタイヤを装着してから、もうかなりの年月が経過している。
走行距離も、最近は少ないものの、以前は結構走っていたので、それなりに伸びている。
そろそろタイヤの換え時だ。
「さて今度はどんなタイヤにしようかなぁ・・・」と、のん気に各タイヤメーカーのホームページなんかを見ていたら、驚くべき事実が発覚した!
なんと、エクセルの純正サイズのタイヤは、内外のメーカーのラインナップに存在しないのだ。
タイヤサイズは215/50-15。
もともと70年代設計で、13インチタイヤが標準の2代目エリート/エクラがベースのため、80年代終盤の生産にも関わらず、エクセルはこんなサイズなのだ。
ところが、現代の自動車では殆ど需要がないと見え、主にジムカーナ用とおぼしきSタイヤ以外には、これまで装着していたブリヂストンのグリッド2の後継であるプレイズも含めて、今やどのメーカーにもラインナップされていないのである。
辛うじて、つい最近まで生産されていたダンロップSPスポーツ9000には設定があったようなのだが、これも今や日本中で在庫ゼロ。
また、やはり同様の、ヨコハマ・グランプリM7Rにも設定があったようで、在庫もなんとかあるようなのだが、はたしていつ生産されたものなのかがわからない。
もしその在庫が数年前の生産だったら、僕のような使い方だと、あっという間に硬化してしまうはずだ。
「だったら、205/55-15にサイズ変更したら?」という意見もあるが、若干外径が違うのでハイギアード化されてしまうし、なによりタイヤが細くて頼りなく見えてしまうという難点がある。
さて、どうしたものだろうか?
どなたか良い解決策をアドバイスしてくださらないだろうか?
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エクセルのタイヤはご覧のように、径が小さいのに幅広い、変なサイズ。
それにしても、エクセル以外で215/50-15が標準というクルマは存在しないのだろうか?
内外メーカーで全くラインナップされていないなんて・・・。
(写真はクリックすると大きくなります)
投稿者 中島秀之 : 17:39 | コメント (4) | トラックバック
2006年09月24日
ミニカー買うのも楽じゃない!?
ミニカー好きの僕としては、ここ数年のマニア向けミニカーのブームは、嬉しい限りだ。
なにしろ、これまでミニカーに恵まれなかったヒストリックカーや、超マニアックなレーシングカーが、キット完成品よりはかなり安い、数千円という価格で入手できるのだから。
もっとも最近は、ミニチャンプスやエブロなどのメジャーブランドが猛烈な勢いで新製品をリリースするだけでなく、老舗メーカーが同じような路線に鞍替えしたり、新興メーカーが更にマニアックな車種をモデル化したりで、とても全てをチェックできないような事態となってしまっている。
あれも欲しい、これも欲しいとやってるいると、お金がいくらあっても足りなくなるので、僕はよほど気に入った車種でない限り、買わないようにしている・・・のだけれど、どうしても欲しいと思う車種が、やっぱり時々現れる。
ところが最近のこの手のミニカーは、どれも少量生産で、塗装に至っては、同じカラーリングは1回しか生産しないのが当たり前で、人気のある商品は入手するのさえ難しいなんてことがある。
このため、発売からホンの数ヶ月でプレミア価格がついてしまうことだってあるのだ。
個人的には、こういう事態はいかがなものかと思うが、まぁ仕方ない。
さて、ここからが本題。
先日珍しく通信販売でミニカーを2台購入した。
マカオ資本の新興メーカー、「スパーク」のリジェJS2と、同じくロータス23Bだ。
スパークは超マニアックな車種をレジンでモデル化し、数千円の価格で少量販売することで人気を高め、最近はマニア心をくすぐるモデルを次々と投入している。
リジェJS2はバリエーションがいくつか発売されているが、やはり1975年のル・マンで2位となった、DFV搭載のこのジタン・カラーのマシンが、僕らの世代には極めつけだ。
一方ロータス23Bは、このグリーンに黄色のホイールが、やはり決定版だろう。
で、この2モデルが日本で発売されたのは6〜7月頃だったようなのだが、仕事が忙しい中でミニカーショップに顔を出していなかったら、9月にはもう店頭から消えてしまっていた。
「アチャー、しまった! 遅かったか・・」と諦めかけたのだが、念のためネットで検索してみたら、リジェは広島、ロータスは大阪のショップに在庫があった。
そこで通信販売を利用したのだが、いやはや、なんとも面倒というか、不思議な時代になったもんである。
昔は都内の馴染みのミニカー屋さんに、数ヶ月に一度顔を出せば、新製品のチェックなんて普通にできたものなのに・・・。
ま、これからは、モデルカー誌やネットでなるべく情報をチェックしながら、お気に入りのモデルは買い逃さないようにしなくちゃ!
投稿者 中島秀之 : 21:31 | コメント (2) | トラックバック
2006年09月21日
DTMもいよいよ佳境に!
今日は都内のスタジオで、J SPORTSで放送される、DTMドイツ・ツーリングカー・マスターズ第7戦の音声を収録してきた。
今期のDTMは、「チョイ悪オヤジ」ことベテラン・ドライバーたちが開幕戦から大活躍。
ここ2戦は、若手のブルーノ・スペングラーが連勝していたが、オランダのザンドフールトで行われた今回の第7戦では、チョイ悪オヤジが復調。
アウディのトム・クリステンセンが今期2勝目を記録し、2位には終盤若手のマーティン・トムツェックをベテランらしい巧みな技でかわした、ベルント・シュナイダーが入った。
この結果ポイントリーダーのシュナイダーとランク2位のクリステンセンのポイント差は、残り3戦で10となった。
まるでF1のアロンソとシューマッハのようだが、DTMの場合、王座を争う2人が(まだ若手にも逆転のチャンスはあるが)共にベテランだけに、残り3戦は「狐と狸の化かし合い」とでも言うべき、シュナイダーとクリステンセンの「頭を使った」バトルが展開することだろう。
まずはザンドフールトでどんな戦いがあったのかを、J SPORTSの番組でご確認いただきたい。
今回は初回放送が24日(日)の22時から。
その他詳しい情報は、J SPORTS DTMの見どころを参照して欲しい。
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今回もマサカっちゃんこと、佐藤正勝カメラマンを解説に迎えて収録した。
マサカっちゃんは、次戦バルセロナ・ラウンドで、今期の解説者としての出番は最後になる予定。
実は10月中旬から、某ドイツ車メーカーの仕事で、もの好きにも、パリから北京まで自動車で走破するんだそうだ。
このため最後2戦の解説は、DTMと関係の深い某ドライバー兼監督(って一人しかいないじゃん!)が担当してくださる予定だ。
楽しみにしていただきたい。
因みに今回で、旧SPORTS i ESPNの青山スタジオでのDTM中継の収録は最後になるとのこと。
これまでずっとDTMの収録で使ってきたし、2004年と2005年にはル・マン24時間の生中継もここで行ったので、ちょっと寂しい。
投稿者 中島秀之 : 22:11 | コメント (1) | トラックバック
2006年09月19日
京町家をレストア中! その12
築80年ほどの、京町家をレストアしている。
今回は、その8に続いて、屋根の修理についてご報告する。
ただし今回は、町家本来の設備の修理ではなく、老朽化していた箇所の補修に
ついて。
写真をご覧いただきながら説明していこう。
なお写真は全てクリックすると大きくなります。
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奥の庭から上を見上げると、2階の物干しの下にある張り出した庇の裏側が、ボロボロになっているのが見えた。
大工さんに聞くと、この部分の上、ということは2階の物干しの下にある、トタン板が傷んでおり、そこから雨水が漏れて木の庇が傷んだとのこと。
このため、トタン板と庇の両方を修理してもらうことにした。
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修理はまず物干しの床を外し、もともとあったトタン屋根と庇を外すことから開始。
木の骨組みをやりなおし、その上でトタン屋根と庇を新調した。
(続く)
投稿者 中島秀之 : 23:04 | コメント (0) | トラックバック
2006年09月18日
王者本山の逆襲に期待
スポーツランド菅生で行われたフォーミュラ・ニッポン第7戦は、PIAA nakajimaのロイック・デュバルが、予選3番手から完璧なレース運びで、今期2勝目を挙げた。
予想していたよりは雨がひどくなかったため、それほど大荒れとはならなかったが、なかなかいいレースだったと思う。
ところで今回僕は、今期ここまで未勝利ながら、菅生を得意としている、王者・本山哲に期待していたのだが、本山は予選で3番手のタイムを出しながら、オーバーヒートからエンジンを壊して交換、13番手スタートとなってしまった。
決勝レースでは本山らしい走りで、難しいコンディションの中激しく追い上げ、5位でチェッカーを受けたが、もし3番手スタートのままだったら、優勝していた可能性が非常に高いだけに、もったいなかった。
それにしても今期の本山には、アンラッキーなハプニングやトラブルが多い。
今回の一件も、予選中赤旗中断後の再開の際、放送で案内のあった時間より開始が2分遅れたため、ピットロードエンドでエンジンをかけて待っている間にオーバーヒートしてしまったもので、チームは「不可抗力なのにペナルティはおかしい」と抗議したが認められなかった。
本山本人は、今回のレース前にお祓いに行ったそうだが、残念ながらまたしても不運に見舞われ、2戦を残して早くもチャンピオン争いから脱落してしまった。
これほどまでに結果を残せない本山を見るのは、1998年に最初のチャンピオンを彼が奪って以来、初めての気がする。
35歳で、Fニッポンでは最年長の本山。
だがその速さとレースの組み立ての巧みさは、まだまだ若いドライバーの追随を許さない。
当然まだまだトップドライバーとして活躍を続けるだろうし、可能なら、師匠星野一義さんの記録を破るまで現役として活躍してもらいたい。
そのためにも、なんとか今期残りの2レースで気持ち良く優勝し、来期につなげて欲しいものだ。
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本山のマシンはエンジン交換のため、10グリッド降格のペナルティを受けた。
(写真はクリックすると大きくなります)
ところで、今回も僕はPit-FMとJ SPORTSの生中継の実況を担当していたのだが、あちこちで展開されるバトルが非常に面白いレースだったと思う。
ただ、後方から追いついても、走行ラインを外すと濡れていて滑りやすいということもあって、なかなか抜けないシーンが多く、なんとなく欲求不満が残ることが多かった。
その中で本山は、最後のクインタレッリこそ仕留められなかったが、それ以外は、ベテランらしい手練手管を全て使ってことごとく前のマシンを抜いて行き、我々を楽しませてくれた。
実況する自分としても、豪快なオーバーテークは最大の見せ場(聞かせ場?)なので、今回の放送では、「本山様々」だったのである。
投稿者 中島秀之 : 12:13 | コメント (2) | トラックバック
2006年09月15日
今週末は菅生のFニッポン
今週末は宮城県のスポーツランド菅生で、フォーミュラ・ニッポンの第7戦が行われる。
前回の富士ラウンドでブノワ・トレルイエが勝ち、今回の結果如何では、早くも今期のチャンピオンが決定するかも知れない重要なレースだ。
だが菅生のレースは、例年荒れた展開になることが多い。
しかも今週末は、今期のFニッポンではもはや恒例となった(?)、雨がらみの予報である。
曇時々雨、降水確率80%となっているから、完全に降りっぱなしというわけでもなさそうで、またまた難しいコンディションでのレースとなる可能性が高い。
更に、例年7月末~8月初めの暑い時期(昨年は初夏だったが)に行われていたこのレースが、珍しく秋に行われ、しかも天気予報では、最高気温が19度と、かなり涼しい中で行われることになる。
さぁこうなると、ウェットタイヤを誰がもっとも効率良く操るのか?
そしてタイヤを交換する必要が生じた場合は、どのタイミングでどう換えるのか?
更に、富士ではほぼ全車が無給油で走りきったが、高低差がある菅生はドライなら燃費はギリギリといったところ。
ただし雨なら無給油でも問題なく行けるはずだ。
さてさて、どのチームがもっともうまい作戦をたて、どのドライバーがミスなく速く走れるのか?
またしても、頭を使いながらでないと、誰が勝つかわからないレースとなりそうな、今回のレース。
雨の中、サーキットで観戦されるという熱心なファンの方は、必ずFMラジオで、我々Pit-FMの放送をお聞きいただき、情報を得ながら見ていただきたいと思う。
またJ SPORTSの生放送でご覧になるというファンの方も、是非我々と一緒に、(おそらく)雨中の決戦をお楽しみいただきたい。
なお今回も、僕は実況を担当し、解説には梅原康之さんをお迎えする予定だ。
投稿者 中島秀之 : 20:20 | コメント (2) | トラックバック
2006年09月13日
シューマッハの引退に思う(その2)
(その1からの続き)
1994年は、アイルトン・セナの衝撃的な事故死で記憶されているが、この年シューマッハは、ベネトンB194フォードという、極めてトータルバランスに優れたマシンを手にし、開幕から絶好調だった。
2連勝して迎えた、TIサーキット英田(現岡山国際サーキット)のパシフィックGPでも、完全なブッチギリで優勝。
この時僕はPit-FMのピットレポーター役だったのだが、この年からレース中の給油が認められたため、ピットエリアには入れず、スタンド側から双眼鏡片手にレポートするという、貴重な(?)体験をした。
その後も順調にポイントを重ねたシューマッハだったが、シーズン中盤以降は、様々な難癖に近い理由で、FIAから失格や出場停止の処分を何度も受けた。
この結果最終戦ではウイリアムズのデーモン・ヒルと1ポイント差となり、決勝では自身がコースアウトして戻る際にヒルを巻き添えにしてリタイアし、チャンピオンが決定する後味の悪い結末となった。
チャンピオンシップを盛り上げるためのFIAのこうした「操作」は、セナ対プロストの時代から顕著になったものだが、シューマッハはまさにこの年から、その標的にされるに相応しいドライバーになったわけである。
だが、もともとシューマッハは、追い詰められればられるほど、「手段を選ばず勝利を奪う」タイプで、これ以降も様々な形で自身に有利となるような「その種の行動」に出ることがたびたびあった。
それ故非難されることも多かったが、僕個人としては、「レースの世界では、こうしたことは、好むと好まざるとに関わらず、起きること」と認識しており、こうした行為だけで、そのドライバーの実力や人格を否定するべきではない、と考えている。
もちろん、こうした行為なしに、結果を残すことができるのであれば、それにこしたことはないが・・・。
シューマッハは1995年もベネトン・ルノーで2度目のチャンピオンを獲得するが、チャンピオンを決定したTI英田のパシフィックGPは、僕がF1グランプリでPit-FMのメイン実況を担当した最初のレースだった。
翌週の鈴鹿の日本GPも実況したが、この2レースの連勝も含め、これ以降何度もシューマッハの優勝を僕は実況してきた。
1996年にフェラーリに移籍してからは、シューマッハが中心となって、新たなチーム作りが行われ、暫くは苦労の連続だったが、それでも日本GPでは、1997年に優勝した。
そして2000年には、以前このブログでも紹介したように、フェラーリのドライバーとして21年ぶりのチャンピオンを決める素晴らしい優勝を、鈴鹿で見せてくれた。
更に、2001、2002、2004年にも優勝。
ということは、僕はシューマッハが優勝したレースを、通算7回実況してきたことになる。
通算90勝をモンツァで達成したシューマッハ。
歴代2位アラン・プロスト51勝と歴代3位アイルトン・セナ41勝を合わせた92勝を、彼一人で破るかも知れないという事実が、シューマッハの凄さを物語っている。
是非10月8日の日本GPでは、僕に通算8回目の「シューマッハ優勝実況」をさせてもらいたい。
そして願わくは、最後の鈴鹿で「史上最強の王者、最後のチャンピオン」が確定してもらいたいと思っている。
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モンツァで優勝し、引退を発表したシューマッハ。
隣には、来期フェラーリ入りすることが発表されたキミ・ライコネンと、出場3戦目で表彰台に立ったロベルト・クビカが並び、世代交代を印象づけた。
(写真協力:ダイムラークライスラー 写真はクリックすると大きくなります)
投稿者 中島秀之 : 16:18 | コメント (1) | トラックバック
2006年09月12日
シューマッハの引退に思う(その1)
ついにこの日が来たか・・・、そんな気持ちだ。
ミハエル・シューマッハがモンツァのイタリアGPで優勝した後、今期限りで引退すると発表した。
傍から見ている僕らにすれば、「できればもう数年現役を続け、通算100勝を花道にリタイアしても良かったのでは?」と思ってしまう。
だが、どんなに完璧に見える「皇帝」でも、自分の気持ちの中には、やはり「かつてとは違う何か」を感じてしまっていたのだろう。
思えば、ずいぶんと長い間、僕はシューマッハのレースを見てきた気がする。
その存在を意識したのは、彼がまだドイツF3で王座を奪う前だったと思うが、実際に走りをこの目で見たのは、1991年春のSWC鈴鹿ではなかったかと思う。
前年秋のインターF3リーグは残念ながら見た記憶はないので、鈴鹿でザウバーC11メルセデスをドライブしたのを見たのが、初めてだったはずだ。
ただしこの時は、熟成不足のNAマシンで、リタイアしてしまったため、さして印象に残ってはいない。
だが、この年の夏、突如全日本F3000菅生ラウンドに出場した時のことは、今も強烈に印象に残っている。
チーム・ルマンのラルトRT23に乗ったシューマッハは、あのジョニー・ハーバートの腕をもってしてもまともに走らなかったラルトで、いきなり予選4番手につけた。
予選後にチーム主催の記者会見があり、この時はジョニーと軽口を言い合っていた印象しかないのだが、実は、近い将来F1で経験する強烈なグリップのタイヤに慣れるべく、当時予選用タイヤまであった全日本F3000に自ら望んで参戦してきた、ということだった。
しかも決勝では、確かスタートで順位をわずかに下げた後、1台1台を着実に抜き、最後はロス・チーバーのレイナードに次ぐ2位でゴールしたのだ。
僕は菅生のSPコーナーでPit-FMのレポーターを担当していたのだが、彼が前のクルマに照準を定めるや、必ず数周で仕留めてくるのを見て、「あのオンボロラルトでここまで強烈な走りができるものなのか!」と、仰天した覚えがある。
それだけに、その僅か1ヶ月後に、ジョーダンからF1にデビューし、すぐにベネトンで活躍を始めたのを見ても、「当然だ」としか思わなかった。
面白いのは、当時空前のF1ブームだったはずの日本なのに、この年の鈴鹿の日本GPでシューマッハは、ジーンズに革ジャンにサングラスという垢抜けないファッションで、毎朝正面ゲートからグランドスタンド中央の細い階段を通ってピットまで歩いていき、その間ほとんど誰にもサインを求められたりせずに通過していたのだ。
これはこの年秋に再びSWCオートポリス出場のため来日した(というか日本GPの後居残っていた?)時もまだ同様で、決勝日の朝、濃霧のためにディレイとなった時に、メカニックたちとサッカーに興じているのを、誰も日本人のレースファンは気にしていなかった。
ところが、その翌年から一気にF1で頭角を現し、スパで初優勝を飾ると、さすがに日本のファンも放ってはおかず、鈴鹿の日本GPでは一躍人気者になっていた。
もちろん既に彼の実力は誰もが認めるところだったが、鈴鹿では最初の2年はあまり目立った成績を残せなかったと記憶している。
僕が、あの菅生に匹敵するほどのインパクトを受けたのは、1993年の日本GPで、ベネトンB193Bフォードを操る姿を、鈴鹿のS字コーナーのイン側に立てられたPit-FMのイントレ(やぐら)の上から見た時だ。
アクティブサスを始めとしたハイテクが全て認められていた最後のシーズンだったこの年、ベネトンは終盤2戦だけ、4WS(4輪操舵)を試験的に使用していた。
チームメイトのベテラン、リカルド・パトレーゼは、このシステムを全く使いこなせていない様子で、S字ではギクシャクした走りとなっていた。
ところがシューマッハは、このドライバー泣かせのシステムを完全に自分のものとして、S字をまっすぐ突っ切るような、他のドライバーと全く異なるラインで突っ走っていったのである。
これを見て、「なんたる順応性の高さ! コイツは絶対チャンピオンになるはずだ!」と僕は思っていた。
その予感は、意外なほど早く実現されるのだが、その辺りのことは次回で・・・。
(続く)
シューマッハのドライブしたマシンのミニカーは数多いが、これは少年時代に乗ったカートのミニカー。こんなものまでモデル化されているのは、さすがシューマッハ。
投稿者 中島秀之 : 20:14 | コメント (2) | トラックバック
2006年09月10日
スーパーGTもてぎが終了
スーパーGT第7戦もてぎが終了した。
今日は残暑が猛烈に厳しく、耐火服を着てJ SPORTSのピットレポートをしていた僕は、もう汗びっしょり。
今年最も厳しいコンディションでのレースだったと言えるだろう。
さてレースの方だが、GT500クラスは、昨年に引き続きレイブリックNSXの優勝に終わった。
本命と目されていたTAKATA童夢NSXは、セッティング不足やハード目のタイヤチョイス、そしてトヨタ陣営の巧みなチームプレーにより、5位と惨敗。
ウェイトハンデ60kgながら速さを見せていたARTA NSXは、右後輪が外れるトラブルでリタイアとなった。
レイブリックNSXは、今回ルーキー細川慎弥が大活躍。
後ろから追い上げる脇阪寿一を突き放して、見事トップチェッカーを受けた。
これで、フィリップ/細川組と、TOM'Sの寿一/ロッテラー組が68ポイントでドライバーズランキングトップに並んだ。
だが上位は僅差の戦いとなっており、残り2戦の勝負の行方は全く見えない。
どうやら今年も、最終戦で壮絶なチャンピオン争奪戦が行われることになりそうだ。
これこそJGTC時代から続くスーパーGTの良き伝統。
こちらも最後まで楽しませてもらうことにしよう!
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ARTA NSXは前戦鈴鹿に続き、不運なトラブルに見舞われ、ノーポイント。
だが次戦は昨年完勝したオートポリスだけに、まだ王座獲得を諦めるような状況ではない。
(写真はクリックすると大きくなります)
投稿者 中島秀之 : 22:54 | コメント (2) | トラックバック
2006年09月09日
明日はいよいよ決勝!
スーパーGT第7戦もてぎの予選が終了した。
スーパーラップの末ポールを奪ったのは、昨年のこのレースの覇者でもある、セバスチャン・フィリップの駆るレイブリックNSX。
僕が個人的に本命と思っていたTAKATA童夢NSXは、小暮卓史のドライブで5番手に終わり、60kgのハンデを背負うARTA NSXは7番手だった。
NSX圧倒的有利と思われていたこのレースだが、意外やレクサス勢が予選では速さを見せ、mobil 1 SCが2位、TOM'S SC430が3位、BANDAI SCが4位、ZENTセルモSCが5位となった。
これに対しZ勢は大苦戦で、最上位はKONDO Zの9位。期待のXANAVI NISMO Zは11位とスーパーラップへの進出すらかなわなかった。
ドライバーたちに話を聞くと、どうもレクサス勢は、最終戦富士で逆転を狙うのではなく、ここで勝てるなら勝ってしまおうという考えのようだ。
「どこかに狙いをつけて勝てるようなレースじゃないですよ。逆にここでNSXに勝たれたら逆転は難しくなる」と、脇阪寿一選手が言うように、どうやらここもてぎで本気に勝ちに来ているのは、NSX勢とレクサス勢のようだ。
ではZ勢は?
ウェイトが軽いのにタイムの上がらない23号車は、松田次生選手が「いやぁ、どうしてかな。結構頑張ってるんですけどね」と言っていたが、どうも次戦オートポリスに向け、無理をしていないというのが本音のようだ。
ここで中途半端に上位に入るより、Zが得意なオートポリスで、フルポイントを取る方が逆転王座に向けて得策だと考えているようなのである。
狙いは「6〜8位くらいじゃないですかね」と松田選手。
前回ノーポイントで後がない23号車だけに、この考えは理解できる。
ただ、そう思う通りにいかないのがスーパーGTなのだが、それができるのがNISMOだとも言えなくもない。
さて、様々な思惑を各チームが持ちながら、明日はいよいよ決勝。
どんなレースとなるか楽しみだ。
なお、GT300でブッチギリのタイムをマークしたフォードGTは、フロントのカナードの位置が規定違反で、タイム抹消となった。
日本に於けるフォード車のポール獲得は、1989年のJTCに於けるシエラRS500以来だっただけにちょっと残念だが、決勝での追い上げに期待しよう。
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ポールポジションはレイブリックNSXのフィリップ/細川組が獲得。
記者会見では、GT500ルーキーの細川が緊張気味な様子が印象に残った。
(写真はクリックすると大きくなります)
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本命と思われていたTAKATA童夢NSXは、アタッカー役小暮が僅かにミス。5番手に終わった。
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前回3位ながら、平均タイムが(4回ピット作戦のため)遅かったBANDAI DIREZZAA SC430は、逆ハンデ25kgを得て、服部選手が渾身のアタックで4番グリッドを獲得。彼らのピットクルーは、さすがガンダム・プラモのバンダイがスポンサーだけあって、メカニックのヘルメットがご覧のように、まるでザクの頭のよう。
投稿者 中島秀之 : 22:40 | コメント (0) | トラックバック
2006年09月08日
もてぎのGTは300にも注目
スーパーGT第7戦のテレビ中継のため、もてぎに来ている。
今日はフリー走行が行われ、GT500クラスでは予想通り、NSX勢が好調ぶりを発揮している。
予選、決勝とも、NSX勢が中心となって、レースは進行していくことだろう。
その一方で、全く予想していなかった展開となっているのがGT300クラスだ。
今日トップタイムをマークしたのは、なんとDHG ADVAN FORD GT。
今期から参戦したこのマシンは、フォードが限定市販したスポーツカー、FORD GTをベースに作られ、無限MF308をベースに排気量を拡大したエンジンを搭載する。
エースドライバーの光貞秀俊選手によれば、「鈴鹿1000kmから特に変わったことはありません。サスペンションのセッティングを、大きく見直したのが功を奏しました」とのことで、リストリクター2ランクアップの救済措置を差し引いても、クルマがかなり熟成されてきたことを物語っている。
面白いのは、2番手タイムがポルシェ・ボクスターで、ヴィーマックを挟んで4番手がムルシエラゴ、5番手がフェラーリ360と、今回は外国車の調子が良い。
この辺りがGT300クラスならではの醍醐味で、誰が勝ってもおかしくないレースが今回も展開されることだろう。
J SPORTSの決勝生中継でも、是非GT300クラスにご注目いただきたい。
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今回絶好調のフォードGT。往年のフォードGT40そのままのようなボディスタイルが、オールドファンにはたまらない。カラーリングも渋くてOK!
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GT300クラスはドライバーも個性派揃い。そしてお互いに仲が良い。
左からR&Dヴィーマックの谷口信輝選手、EBBROヴィーマックの黒澤琢弥選手、ジムゲイナーフェラーリの青木孝行選手、雨宮RX7の井入宏之選手。
投稿者 中島秀之 : 22:12 | コメント (1) | トラックバック
2006年09月06日
今週末はもてぎのスーパーGT
今週末はツインリンクもてぎでスーパーGTの第7戦が行われる。
今期はポイントシステムが見直された上、鈴鹿1000kmが選手権戦に加わったことで、レース開催の順番がかなり変わった。
このため、今週末の第7戦は、チャンピオンを狙うホンダ系、ニッサン系チームにとっては、非常に大きな意味を持つレースとなる。
というのも、今期の最終戦は富士スピードウェイで行われるため、直線スピードの速いトヨタ(レクサス)勢が圧倒的に強いと予想されるからだ。
チャンピオンを争うトヨタ系チーム、特にトムスとセルモの2チームとしては、このもてぎと次戦オートポリスで確実にポイントをとりながらハンデウェイトを減らす(もしくは増やさない)戦いをし、最終戦富士で確実に勝ちに行くことを狙ってくるだろう。
これに対し、ホンダ系のチーム、特にホンダ・レーシングのTAKATA童夢とARTAの2台のNSXは、もてぎとオートポリスの2戦で大量得点を狙ってくるはずだ。
とりわけ、ハンデウェイトの少ないTAKATAはもてぎで今期2度目の勝利を狙っているはずで、逆に言えば、トラブルなどで取りこぼしの多いTAKATAは、今回勝たなければチャンピオンの可能性が極めて低くなるはずだ。またARTAは、ハンデウェイトの多い今回よりも、昨年完全優勝を飾ったオートポリスでの勝利を狙ってくるものと思われる。
一方ニッサン勢は、NISMOの22号車とカルソニックは、共に今回はウェイトを減らすことを狙っているはずで、オートポリスと富士は上位で確実にポイントを取る作戦だろう。
これに対し前戦で失格ノーポイントに終わったNISMOの23号車は、ウェイトハンデのない今回、完全勝利で大量得点を奪わなければ、完全にチャンピオン争いから脱落となるだろう。
ということで、僕の予想としては、今回優勝を狙ってガンガン攻めてくるのは、TAKATA童夢NSXとXANAVI NISMO Zの2台ではないかと思う。
ただ、もてぎはホンダのホームコースということもあって、過去5年は全てNSXが勝利を飾っている。
それを考えると、昨年勝ったRAYBRIG NSXと、EPSON NSXにもチャンスがあると思うが、この2台は細川、デュバル、武藤の若い3人のドライバーの働き次第といったところがある。
となれば、やはり本命はTAKATAの道上龍/小暮卓史組か。
さて、どんなレースになるのだろうか?
決勝の模様は是非J SPORTSの生中継でご覧いただきたい。
今回僕はピットレポーターを担当する予定だ。
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2000年に道上龍がチャンピオンを獲得して以来、NSXは王座から遠のいている。
今年は久々の王座奪還なるか?
写真は2000年に王座を獲得した時のマシンのミニカー。
当時、ケースに道上選手にサインをしてもらった。
写真はクリックすると大きくなります。
投稿者 中島秀之 : 10:48 | コメント (4) | トラックバック
2006年09月03日
たまには乗ってあげないと・・・
珍しくレースのない週末。
お天気も良かったので、2台の愛車のバッテリーチャージをしようと思い、自宅からクルマで5分ほどの所にある、借りているガレージに行ってきた。
MG−Bとロータス・エクセルの2台は、レースシーズンが始まってからというもの、ほとんど乗っておらず、バッテリーはカットオフスイッチで外してはあるものの、そろそろチャージする必要があると思ったからだ。
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久々にガレージの外に出たMG−B。(写真はクリックすると大きくなります)
でまぁ、バッテリーチャージは普通に行えたのだが、ここで問題が発生した。
MGーBの幌カバーとトノーカバー、そしてなんとドアの内張にまで、ウエっちのエリーゼじゃないけど、カビが生えていたのだ!
カバー類もドアの内張も材質はビニール。
それなのにこんなにカビが生えるとは・・・。
実はMG−B購入以来20年にして初めての経験だった。
とりあえず幌カバーとトノーカバーは洗剤で洗ってからよく乾かし、保護艶出し剤を塗っておいた。
ドア内張は市販のクリーナーで拭いてカビを落とし、車内に除湿剤を置いて作業終了。
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ビニールのトノーカバーに生えたカビ! 洗ってよく乾かした。
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ドアの内張にもカビが! 購入から20年でこんなこと初めて。
「やれやれホッとした」と思ったのも束の間、今度はエクセルの方に問題発生。
エンジンをかけようとすると、セルは回るのに、いっこうに火が入らないのだ。
耳を澄ますと、イグニッションをオンにしているのに、フュエルポンプの音がしない。
「ははぁ、これは湿気で燃料ポンプが固着したな・・・」
経験からしてこういう場合、フュエルポンプ自体をドライバーの柄などで叩くと、固着が外れて動き出すはず。
ところがエクセルのフュエルポンプがどこにあるのかがわからない。
そこで主治医であるQEDジャパンの鈴木さんに電話で助けを依頼。
鈴木さんによると、「トランク内の燃料タンク側の隔壁を外して、その右の奥にあるはず」とのこと。
隔壁はバッテリーを取り外さないと全部が取れないので、右の上の部分だけを浮かして作業を進め、燃料タンクの右上奥に横向きに設置されていたフュエルポンプを発見。
これをドライバーの柄でコンコンと叩くこと数回。
ついにコチコチコチとポンプが動き出した。
これでようやくエンジン始動ができて、ホッと胸をなでおろした。
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ようやく動いてくれたエクセル。はぁ、良かった。
MG−Bのカビにしても、エクセルのフュエルポンプにしても、月に数回くらい走らせていれば起きなかったトラブルのはず。
「やっぱりマメに乗ってあげないとなぁ」と、改めて思った週末だった。
投稿者 中島秀之 : 20:17 | コメント (2) | トラックバック
2006年09月02日
捨て猫を拾っちゃった?
8月31日、六本木ヒルズで「あなたが選ぶカー・オブ・ザ・イヤー」の記者発表会があり、その司会を担当した。
この新しいアワード、詳しくは公式サイトをご覧いただきたいが、要するに誰もが選考委員になれて、誰もが1票を投じられるカー・オブ・ザ・イヤーなのだ。
もちろん僕も11月10日からの投票期間に1票を投じるつもりだが、こうなるとなんだか選挙に投票しているみたいで、結果が凄く気になる。
皆さんも、まず会員登録をして、是非参加していただきたい。
ところで、発表会の帰りに、六本木ヒルズ1階にある某大型書店に寄ってきた。
洋書を多く取り揃えているこのお店では、数週間前から自動車&オートバイ関係の洋書の在庫一掃バーゲンを行っており、掘り出し物を探しに行ったのだ。
行ってみると、バーゲンも終盤だったらしく、なんとどの本も2冊で1000円の安さ!
始めは「2冊くらい・・・」なんて思っていたのだが、値段が値段だけに、ついついあれもこれもと手にしてしまい、気がつけば10冊に!
なにせバーゲン終盤になっても売れずに残っていた本だけに、かなりマニアック度が高いものが多く、「僕がここで買ってあげないと、確実に廃棄処分になるだろうなぁ・・・」と、なんだか捨て猫を拾うような気持ちになってしまい、全部買ってきてしまった。
まぁ10冊買っても5000円と、普通なら洋書1冊分にも満たない金額なので、お財布はそれほど痛まずにすんだから良かったけど。
どんな本を買ったかは、写真でご覧いただきたい。
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投稿者 中島秀之 : 23:14 | コメント (3) | トラックバック
2006年09月01日
京町家をレストア中! その11(Part2)
(Part1からの続き)
荒れたままになっていた二つの庭をなんとかしたい。
でも、植物は植えられないし、お金もかけられない。
考えた末に出した結論は、玉砂利を敷くというもの。
ホームセンターで売っている、和風の玉砂利を買ってきて、庭にアクセントをつけるわけだ。
玉砂利は色が何種類かあって、石のサイズも数種類、値段はだいたい一袋(確か10kg入り)400〜700円くらい。
便所の横の坪庭には黒の玉砂利、奥の座敷庭には白を中心に何色かの色が混じった玉砂利を使うことにした。
石のサイズは売っている中で一番大きいものにした。
使用する数は、ウチのような小さな庭でも、それぞれ5〜6袋ずつは必要だった。
とりあえず庭は、まず枯れた木やゴミを取り除き、雑草を抜いておいた。
その上で、坪庭の方はもともとある池の部分と苔が生えている部分を除いて玉砂利を入れた。
また座敷庭の方は、もともと植え込みになっていた石で囲われた部分を残して、その周りに玉砂利を入れた。
因みに植え込みには、何の木かわからないが小さな木が生えていたので、それだけを残しておいた。大きくなってくれるといいのだが。
また、隣家との境の杉板の瓶は、大工さんに頼んで修理してもらった。
さて、仕上がりは下の写真のような状態。
費用は、玉砂利が全部で1万円ほど、塀の修理は3万円ほどだった。
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坪庭には黒い玉砂利を入れた。池の中と、庭の左奥にある苔はそのまま残したくて、そこは除いてある。
(写真はクリックすると大きくなります)
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座敷庭は植え込みの部分を除いて、白と各色が混じった玉砂利を入れた。
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杉板の塀はこのようにきれいになった。
(続く)
投稿者 中島秀之 : 00:16 | コメント (0) | トラックバック
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