# ナカジ~の『なんでも実況中継』: 2007年10月 アーカイブ

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2007年10月

2007年10月29日

怒涛の5日間が終了(その3)

27日土曜日と28日日曜日は、ツインリンクもてぎで行われる、毎年恒例のヒストリック・オートモービル・フェスティバル・イン・ジャパンで、場内放送を担当した。
27日は台風の接近により、F1の走行がキャンセルされるなどして残念だったが、28日は素晴らしいお天気の中で走行が行われた。
僕は二日間ともコントロールタワー3階でずっと実況を行い、朝のドライバーズミーティングや夕方の表彰式、更には土曜の夜のパーティの司会までを担当した。
このためパドックに殆ど出られず、写真が撮れなかったのだが、それでも放送室から見ていて気になったクルマを写した写真を何点かご紹介しておこう。

左はヒストリックカー・カップに出場する車両たちなのだが、手前に見えているジャガーXJ6クーペとその3台後ろのEタイプ・クーペをご覧いただきたい。カニンガムカラーで凄くカッコよくモディファイされている。右はレンシュポルトカップ優勝のポルシェ911ターボなのだが、まるで935K3のように徹底的にモディファイが加えられている。ここまで手が入っていると、つい見とれてしまう。因みにこのクラスでは圧倒的な強さで優勝を飾った。

さてイベント終了後はまっすぐ帰宅。だが翌月曜日は、ティーポ次号の締め切りで、深夜まで校正に追われ、ようやく深夜に怒濤の5日(+1日)が終了した。
はぁ、疲れたあ。

投稿者 中島秀之 : 20:20 | コメント (2) | トラックバック

怒濤の5日間が終了(その2)

さて25日の木曜と26日の金曜は、「東京コンコース・デレガンス」というイベントに、司会者として参加してきた。
アメリカの「ペプルビーチ」やイタリアの「ヴィラ・デステ」といった、貴重なヴィンテージカーを一堂に集め、そのコンディションやオリジナル性を競うイベントを日本でも開催したいという思いから、今年初めて開催されることになったこの「東京コンコース・デレガンス」。
まず25日の午後、晴海にある晴海トリトンスクエアで、16台の参加車両が六本木に向けて走り始める、パレードラン・スタートセレモニーが行われたのだが、ここで僕はカネキ・アンナさん、ゲストのデイブ・スペクターさんと共に司会を担当。
パレードランに参加する車両の簡単な解説も行った。
参加車は、展示および審査会場である六本木の東京ミッドタウンに移動。
夜はパーティがルイ・ヴィトン・ジャパンで行われたそうだが、僕は編集部に戻り、調べ物&入稿作業に追われた。
で、翌26日の昼に東京ミッドタウンまで行き、雨が降ったりやんだりする中、芝生広場に展示された33台の参加車両を前に、各賞の発表と、受賞車両の説明を行った。
この日は、僕よりこうしたクルマに詳しい、モータージャーナリストの武田公実さんとのかけあいで話を進めたのだが、よく考えてみると、小林彰太郎審査委員長を始めとする、日本のクラシックカー界の重鎮の皆さんの前で、よくもまぁ知った風なことを喋りまくったなと、後になってちょっと恥ずかしくなった。
参加者と関係者の皆さんは、この発表セレモニーの後、ホテル・リッツ・カールトンでパーティ(司会はセイン・カミュさん)に参加されたのだが、僕はここだけで失礼して、急いで次の仕事の現場に移動した。

それにしても、「日本にこんな貴重なクルマがあったのか!」と思うクルマばかりが33台も参加した今回の「東京コンコース・デレガンス」は、本当に素晴らしいイベントだった。
是非、これから毎年恒例となって、もっと素晴らしいイベントに成長してもらいたいと思う。

ではこの「東京コンコース・デレガンス」参加車両で、僕が気になったクルマをご紹介しよう。


左は今回の参加車で最も古い、1910年式ロールス・ロイス40/50HPシルバー・ゴースト ツアラー・バイ・バーカー。巨大なオープンカーで、その姿にまず圧倒される。次いで、約100年前の自動車だというのに、そのコンディションの良さに驚かされる。なにしろエンジンはセル一発でかかり、アイドリングなど物凄く静か(さすがはゴースト)なのだ。しかも、インパネにはナビが取り付けられていて、このクルマが普通にあちこちのイベントに自走で参加していることをうかがわせた。
右は1930年式のデューセンバーグ・モデルJ・コンバーチブル-ロードスター バイ・マーフィ。アメリカのセレブの間で絶大な人気を博し、クラーク・ゲーブルやゲーリー・クーパーが愛用したことでも知られるデューセンバーグ。現車もロックフェラー家の所有車だったそうだ。僕はミニカーは持っているが、実車を間近で見るのは初めて。贅の限りを尽くした造りに、約80年前のアメリカンドリームを見た気がした。


左は1936年式のMG-PBミジェット エアライン-クーペ。939ccの小さなエンジンを搭載したスポーツカーであるMG-PBミジェットに、美しい流線型のクーペボディを載せたこのクルマ。14台しか作られなかったうちの1台とのことで、とても貴重なクルマだが、何よりも、オーナー自らがレストアしたということに驚かされた。コンディションは素晴らしく、微妙なトーンのツートーン塗装も魅力的だった。
右は1946年式のドライエ135Mカブリオレ ナルバル バイ・フィゴニ・エ・ファラシ。1930年代に全盛期を迎えたフランスのドライエ。現車は第二次世界大戦直後、同社の名車135Mのシャシーに、フィゴニ・エ・ファラシというカロジエ(カロッツェリア)がボディを架装したモデルで、おそろしく手間とお金のかかった、無駄の極みとも言うべきボディが最大の特徴。官能的というより、頽廃的とすら思える独特の雰囲気を持つ。因みにナルバルとは一角獣の意味で、それもよくわかる気がする。


左は1964年式のファセル・ヴェガ・ファセルⅡ。1950-60年代に、突如現れたフランス製の超高級車ファセル・ヴェガ。エンジンはクライスラーのV8だが、前述のドライエ同様、フランス独特の無駄とも思える贅沢さが魅力だった。現車はファセル最後期のモデルで、エレガントなデザインと雰囲気に満ちている。特にその、なんとも言えないエンジ色の美しい塗装が、ファッションの国を象徴している感じだ。
右は1963年式のランボルギーニ350GTV。1963年のトリノ・ショーに出展された、ランボルギーニ社最初のクルマで、この世に1台しかない。デザインはスカリオーネ、コーチワークはカロッツェリア・サルジョットが担当した。だが創業者フェルッチョ・ランボルギーニのお気に召さなかったため没となり、市販車である350GTはカロッツェリア・トゥーリングが作ることになる。要するに、ランボルギーニ博物館にあるべき1台なわけで、日本にあるのが不思議なクルマなのだ。

これ以外にも、もっともっと紹介したいクルマがいっぱいあるのだが、詳細はカーマガジン1月号などでご確認いただきたい。
あ、このイベントの後、どこに行ったかは、また次回。

投稿者 中島秀之 : 00:57 | コメント (1) | トラックバック

2007年10月28日

怒濤の5日間が終了(その1)

今週は、凄くタイトな日程でイベントに参加してきた。

まず水曜日は、朝から東京モーターショーのプレスデイに行き、会場を一通り見学した。
僕は、1965年から東京モーターショーは皆勤賞で、やっぱり見ないと気がすまない。
今回は、やはりエコを意識したクルマの展示が多かったが、個人的にいくつか気になるクルマもあったので、ご紹介しておこう。

(左)自動車ショーでいきなり何だが、アルファのこの自転車はカッコ良かった。(右)マセラティ・グランスポーツは、予想通りやたらとカッコ良かった。

(左)全長3m級の車両がこれから注目されそう。トヨタiQコンセプトはかなりの完成度。(右)アウディのメトロプロジェクト・クワトロは今回初公開。次期A2と思われるこの車両は、ピラーレスHT(!)でなかなかスタイリッシュだった。

(左)BMWのコンセプトCSは、5m以上の大型ボディながら、異様に低い車高で迫力満点。(右)ホンダのハイブリイッド・ライトウェイトスポーツ、CR-Zは、ホンダ車としては久々に魅力的なデザイン。

結局この日はモータショーを見学した後、編集部に戻って、ティーポ次号の原稿書きなどをしてから帰宅。
で、木曜以降に何があったかは、また次回で。

投稿者 中島秀之 : 23:28 | コメント (1) | トラックバック

2007年10月23日

おめでとう! ライコネン

F1最終戦ブラジルGPの中継を、今朝方テレビで見た。
結果は皆さんご存知の通り、フェラーリのキミ・ライコネンが優勝し、マクラーレンのフェルナンド・アロンソは3位、ルイス・ハミルトンは7位に終わり、大逆転でライコネンがチャンピオンとなった。
それにしても、まるで1986年の、マンセル、ピケ、プロストによる三つ巴の最終戦を彷彿とさせるような、逆転劇だった。
僕個人としては、ライコネンの王座獲得は、一番良い結果だったのではないかと思う。
と言うのも、マクラーレン・チーム内のゴタゴタに、かなり嫌気がさしていたということがある。
ロン・デニスとアロンソのあからさまな非難合戦などは、レースファンとしては見るに耐えない。
またルーキーのハミルトンが簡単にチャンピオンを獲得してしまっては、50年以上の歴史を誇るF1グランプリとはいったいなんだったのかと思えてしまう。
そんな訳で僕としては、まるでジェームズ・ハントのように、酔っぱらいで奇行が目立つこともあるが、政治的な駆け引きには無頓着で、ひとたびマシンに乗れば恐ろしくアグレッシブなライコネンがチャンピオンになってくれて、正直嬉しかったのである。
まぁ、今期のF1が近年稀に見る激戦だったのは確かで、見る側にとっては最後まで十二分に楽しめた。
来期も是非今期以上の激戦になって欲しいものである。

フェラーリのダブルタイトル獲得は2004年以来。マラネロもいろいろと政治的な争いがあるようだが、終盤戦の追い上げは見事だったと言える。

投稿者 中島秀之 : 01:08 | コメント (3) | トラックバック

2007年10月21日

Fニッポン第8戦が終了

フォーミュラ・ニッポン第8戦もてぎ戦の生中継で実況を担当した。
今回も例によって、お台場にあるJ SPORTSのスタジオで、解説の土屋武士選手と一緒に、モニターを見つめながらの実況となった。
今回の結果如何では、B・トレルイエの2年連続チャンピオン決定もあり得たのだが、結果は小暮卓史が2戦連続のポール・トゥ・ウィンを決め、王座争いは最終戦に持ち越しとなった。
小暮の走りは見事で、今回は誰も寄せ付けぬ快勝だった。
それでも小暮は、トレルイエからはまだ4ポイントのビハインドがある。
また松田次生とは同点で最終戦を迎えることになるが、このまま勢いに乗って、大逆転で初の王者となる可能性は十分にあるだろう。
その最終戦には、インディカー・シリーズのトップドライバー、トニー・カナーンが参加することが急遽決定した。
僕は以前から、かつての全日本F2000やF2時代によく見られた、最終戦への海外トップドライバーの招聘を実現して欲しいと望んでいたのだが、それが実現することになるわけだ。
カナーンが馴れないマシンでどの程度走るかは未知数だが、ポイントのつかない特別参加とのことなので、小暮を始めとしたレギュラー・ドライバーたちには、是非ガチンコ勝負でカナーンを打ち破ってもらいたい。
そしてチャンピオン争いは、正々堂々とした勝負で、スッキリと決着をつけてもらいたいものだ。

今回もスタジオはクロマキーと呼ばれるグリーン塗装をバックとしたもの。これにCGが合成されて、写真のような映像となる。

投稿者 中島秀之 : 19:41 | コメント (4) | トラックバック

2007年10月17日

GT100戦記念番組第3回を収録

今日はお台場のJ SPORTSのスタジオで、スーパーGT100戦記念番組の3回目の収録を行ってきた。
第1回のゲストは伊藤大輔選手、第2回は本山哲選手、そして今回は、GT最多勝&最多ポールポジションの記録を持つ立川祐路選手においでいただいた。
今回も、今シーズンのここまでの戦いぶりを振り返ると共に、過去参戦したGTのレースで最も印象的なものを選んでいただいた。
はたして立川選手が選んだレースがなんだったかは、番組でご確認いただきたい。
また、富士マイスターの異名を持つ立川選手に、車載映像を見ながら富士の走りを解説していただいてもいるので、お楽しみに。
今期は開幕戦のラッキーな勝利以降、完全にツキに見放されてしまった感のあるZENT CERUMO SCだが、最終戦は立川選手得意の富士だけに、活躍を期待したい。
なお番組の放送予定は、「GT100戦目へカウントダウン番組/100戦目」 を参照して欲しい。

今期から髪にメッシュが入り、ちょっとワイルドになった立川選手。ただ最近は、ムーディ勝山に似ているという噂もチラホラ(!?)。

投稿者 中島秀之 : 23:33 | コメント (1) | トラックバック

2007年10月15日

スーパーGTオートポリスが終了

スーパーGT第8戦オートポリスが終了した。
結果は既にご存知かと思うが、トップを走るZENT CERUMO SCがリタイアした後、フルウェイトのハンデを背負いながらもARTA NSXが独走。
今期3勝目を挙げ、GT500クラスとしては、史上初めて、最終戦を待たずして、伊藤大輔/ラルフ・ファーマン組のチャンピオンが決定した。
NSXのドライバーとしては、2000年の道上龍以来、久しぶりの王座獲得となった。
レース終了直後、大輔選手は、自分がチャンピオンとなったのかどうかまだ半信半疑で、我々の放送で、高橋二朗さんがインタビューした際に、逆に質問してそれを納得したような状態だった。
その後は、涙を浮かべて感激し、それにつられるように、鈴木亜久里代表も、土屋圭市アドバイザーも涙を見せた。
土屋さんに「おめでとうございます」と握手を求めたら、「チクショー、大輔のヤツ、泣かせやがる。俺は引退レース以来泣いたことなかったのに。だけど、ホントいいドライバーに恵まれたよ。勝ってチャンピオンなんて、最高だ!」と、語ってくれた。
それにしても、今年は第2戦から、全ての流れがこのクルマに向かっていたと言えそうなほど、ARTA NSXは強かった。
今回も、ブラインド・コーナーでスピンしたマシンにZENTは激突したのに、ARTAは間一髪回避できた。
チャンピオンを取る時というのは、こういうものなのだろう。
とりあえず、ここのところ一緒に仕事をする機会のとても多い、伊藤大輔選手に心からの祝福を送りたいと思う。

なお、前述のZENTの激突事故だが、あの状況でコース上に2台のマシンが衝突して停止したのなら、即座に赤旗を出してもおかしくないはずだと個人的には思う。
それがセーフティカーランにもならず、黄旗振動だけで処理を行ったことには、非常に疑問が残る。
しかも実際に、危険な二次衝突事故もおきているわけで、今回はたまたま誰も怪我をしなくて済んだだけで、重大事故になる危険性が極めて高かったということを、競技運営役員は改めて考えるべきだと思う。


今回のイベントは東南アジアのレースシリーズと併催だったため、アジア各国のお祭りと、日本のお祭りが紹介されるような催しも行われた。
日本からは、秋田の「なまはげ」が登場。
2人(?)がピットを練り歩いて、子供たちを怖がらせて(?)いた。

最終戦を待たずにタイトルを決めたARTA NSXのスタッフが記念撮影。この頃には、涙は笑顔に変わっていた。

投稿者 中島秀之 : 02:14 | コメント (6) | トラックバック

2007年10月14日

今週末はスーパーGTオートポリス(その2)

スーパーGTオートポリスの予選が終了した。
難しいレイアウトのコースの上、路面がバンピーで、予選は各マシンの仕上がり具合と、各ドライバーの腕がはっきりとわかる、面白い展開となった。
そんな中ポールを奪ったのは、GT最多ポール男の立川祐路が操るZENT CERUMO SC。
だがその後ろには、NSX勢が5台ひしめいているため、決勝はスタート直後にZENTがNSX勢とどう戦うかが鍵となりそうだ。
なおGT300は、佐々木孝太の操る宝山ダンロップZが、ダントツのタイムでポールを奪っている。
決勝の模様は、是非J SPORTSの生放送でお楽しみいただきたい。
今回も僕はピットレポーターを務める。

ポールを奪った走りは抜群の切れ味だった、ZENT CERUMO SC430。

予選2番手は、金石年弘選手の駆るREAL NSX。実はこのクルマ、今回4リッターの新エンジンを搭載しているとのこと。来期用のテストも兼ねているようだ。

投稿者 中島秀之 : 05:58 | コメント (1) | トラックバック

2007年10月13日

今週末はスーパーGTオートポリス(その1)

今週末は、スーパーGT第8戦オートポリスのレースが行われる。
大分県と熊本県の県境にあるこの山間部のサーキットに、今日昼過ぎ到着した。
昼間は気温がかなり高いが、日が陰った途端に一気に気温が下がるのが、この時期のオートポリスの特徴。
今日もまさにそんな状況で、フリー走行では、夕方気温が下がった時に、REAL NSXがコースレコードでトップタイムを記録したが、明日の予選はどうなるか全く予想がつかない。
またGT300は、宝山DUNLOP Zの46号車がトップタイムをマークしたが、これも2位以下は僅差で、予断を許さない状況だ。
タイヤに厳しいことで知られるオートポリスのため、決勝ではGT500の何台かが2ストップ作戦を採ることも予想される今回のレース。
とりあえずは明日の予選に注目だ。
なお、今回のイベントは、東南アジアを転戦するレースシリーズのAFOSとの共催となっており、フォーミュラ・ルノーV6アジアやアジア・ツーリングカー選手権のレースも行われる。
現場で観戦される際には、こちらにもご注目いただきたい。

セッション終了後、GT300クラスで上位のタイムを出している、宝山DUNLOP Zの佐々木孝太選手、雨宮RX7の井入宏之選手、ユンケルパワー・タイサン・ポルシェの谷口信輝選手たちと立ち話。
3人とも今回のレースには自信ありといった様子だが、「ガライヤがコンスタントに速いのが怖いんだよね」と、警戒していた。

フォーミュラ・ルノーV6アジアのマシンも集結。日本では見慣れないマシン、中国系、東南アジア系、ヨーロッパ系のドライバー、スタッフの揃ったピットガレージ内のテント周辺は、まるっきりインターナショナル・レースの様相。
これも今回のレースの楽しみのひとつ。

投稿者 中島秀之 : 00:02 | コメント (1) | トラックバック

2007年10月12日

DTM第9戦を収録

ドイツ・ツーリングカー・マスターズ、DTMの第9戦を収録してきた。
今回の舞台はスペインのバルセロナ、サーキット・ド・カタルーニャ。
残り2レースで、アウディのマティアス・エクストロームがチャンピオンに王手をかけた状態で迎えた今回のレースだったが、予想外の展開となった。
今回も解説の佐藤正勝カメラマンと楽しみながらの放送だったのだが、途中から笑えない状況となっていく。
メルセデス陣営とアウディ陣営が、凄まじい攻防を展開し、最終的に、今まで見たこともない結末を迎えるのだ。
なんとも、後味の悪いレースとなったのだが、どんなことが起きたかは、J SPORTSの放送をご覧いただきたい。
放送時間などは、「J SPORTS MOTOR DTM放送予定」 で確認して欲しい。

ポールポジションからスタートしたアウディのトムツェックの後ろを、メルセデス勢が取り囲む形でレースは始まる。だがその後、コースのあちこちでアクシデントが多発することに。(写真協力:アウディ)

投稿者 中島秀之 : 01:04 | コメント (2) | トラックバック

2007年10月08日

なんてことだ・・・

F1中国グランプリの地上波放送を見ようとテレビをつけたら、直前のニュース番組で、ノリックこと阿部典史選手の訃報を聞いてしまった。
なんてことだ・・・。
僕は直接面識があったわけではないのだけれど、ノリックの名付け親であり大の仲良しの中尾省吾テッペーさんのお陰で、ティーポやジェイズ・ティーポの誌面には何度もご登場いただいてきた。
ティーポでは8月号の自動車世界遺産の記事の中で、ポルシェ959に関するコメントを掲載させていただいたばかりだ。
個人的なことを言わせてもらえば、あれは確か1994年のオートバイの日本GPで、僕がPit-FMの中継に出演した時のことが、今も鮮明に記憶に残っている。
その時僕は、鈴鹿のヘアピンのアウト側に当時あった、監視小屋のような放送席に陣取って、西コースの模様を伝えるレポーターをしていた。
この時初めて世界GPのGP500にスポット参戦したノリックは、世界の強豪相手にいきなり互角の戦いを展開。
レース終盤、2番手を行くミック・ドゥーハンを抜いたノリックは、更にトップを行くケビン・シュワンツを追い上げようとペースをあげた。
ところがその直後の1コーナーで転倒してリタイア。
だがこの時僕は、まだ若干18歳だったノリックの走りに、猛烈に興奮し、ひょっとしたらGP500で将来チャンピオンになるんじゃないかと思ったことをよく覚えている。
その後世界GPで3勝を挙げるにとどまったのは、本人もやや悔いの残る結果だっただろうと思うが、それでも僕たち日本人にとっては、その愛すべきキャラクタ−と爽やかな風貌で、記録より記憶に残る偉大なライダーだったと言えるだろう。
昨年はワールド・スーパーバイクに参戦。そして今年は全日本JSB1000に出場し、新たなライダー生活を始めたばかりだった。
それにしても、一般道路で急にUターンしたトラックと接触して命を落とすなんて、ノリックらしくないような気がしてならない。
まだ32歳。もっともっと長くライダー生活を続けて、伊藤真一選手のように、いや水谷勝さんのように、40になっても50になっても走り続けていて欲しかった。
なんと残念な、そしてなんと悔しい訃報だろうか。
心からご冥福をお祈りします。

ティーポ8月号で、ノリックにテッペーさんがインタビューした記事。
テッペーさん、どうかノリックにお疲れ様とお伝えください。

投稿者 中島秀之 : 02:03 | コメント (5) | トラックバック

2007年10月07日

スーパーGTカフェでトークショー

六本木にある、オートバックスの経営する「バックスカフェ」が、先月半ばから期間限定で「スーパーGTカフェ」となっているのをご存知だろうか。
GT100戦記念行事の一環なのだが、今週は「ホンダ・ウィーク」だったそうで、その最終日に、ホンダNSXをドライブする4人のドライバーをゲストに迎えてトークショーが行われた。
夜6時半からと8時半からの2回だったのだが、その司会を僕が担当した。
出演したのは、道上龍選手、伊藤大輔選手、金石年弘選手、細川慎弥選手の4名。
今年ここまでを振り返ってもらい、過去のレースで一番印象に残っているレースを聞き、今期残り2レースへの抱負などを質問したのだが、その間にクイズや抽選会も行った。
クイズは、来店されているのはGTの熱心なファンだろうという想定の元、かなりマニアックな問題も用意されていて、「大丈夫かな?」とも思ったのだが、殆どの問題をすぐに正解されてしまった。
さすがに、「REAL NSXのチーム監督は誰?」といった超マニアックな質問(答は伊与木仁さん)には正解者はなかったけれど、皆さんいろいろよくご存知で、出題するこちらも面白かった。
今後はニッサン・ウィークも行われるそうだが、トークショーなどが行われるかはまだ未定とのこと。
時々スーパーGTのオフィシャルサイトで確認していただくと良いかも知れない。
なお暫くスーパーGTカフェとしての営業は続くそうなので、一度訪ねてみてはいかがだろうか。
場所は六本木交差点のアマンドの横から、芋洗い坂方向に入ってすぐの左側だ。


トークショーはこんな風に横並びで行われた。手前から、僕、道上選手、伊藤選手、金石選手、細川選手。伊藤選手とは2週連続で一緒にお仕事をしている。


会場ではGT100戦記念グッズの販売も行われていた。一番人気はこのコースターのセット(3000円)とのこと。これは、今期出場している45台のマシン1台ずつの絵が描かれたもの45枚と、GT500の各メーカーごとのもの3枚の合計48枚セット。なかなか楽しい商品だ。

投稿者 中島秀之 : 01:23 | コメント (1) | トラックバック

2007年10月02日

エクセルの内装リペアが終了

9月4日付の「エクセルの内装をリペア中」 でご紹介した通り、僕の愛車ロータス・エクセルは、「プロダイ ジャパン」 で内装をリペアしていた。
で、先日リペアが完了した旨の連絡をいただいたのだが、F1などで忙しく、今日ようやく引き取りに行ってきた。
プロダイ・ジャパンで早速クルマを見せてもらい、まず驚いた。
シートも内張もセンターコンソールも、まるで新品のように美しく仕上げられていたからだ。
僕が10年前に買った時も塗り替え直後でキレイではあったが、ここまで新品のように、艶なしのシットリした状態ではなかった。
詳しくは写真をご覧いただきたいが、「まるで豪華な応接セット」といった感じだ。
なお価格などに関しては、次号のティーポでご紹介するのでそちらを参考にしていただきたい。
本革シートの劣化で悩んでいる方は、是非同社に問い合わせてみて欲しい。


プロダイ・ジャパンでの作業が終了した僕のエクセル。


仕上がりは素晴らしいの一言。まるで新品だ。9月4日付のブログでご紹介した、施行前の写真と比べてみて欲しい。


ドア内張もこの通り。黒ずみや汚れは一切なくなった。


センターコンソールもリペアしてもらった。この部分には最初から小さな破れが合ったのだが、それも全て修復されていた。


Cピラー内側の垂れ下がった内装も、同時に修理してもらった。ロールバー部分とサイド部分を結局全部張り替えたそうだ。

投稿者 中島秀之 : 22:57 | コメント (7) | トラックバック

2007年10月01日

F1日本グランプリが終了

30年ぶりに富士スピードウェイで行われたF1日本グランプリは、決勝レースも1976年を思い出させる雨の中で行われた。
15周以上ものセーフティカー・ランの末にスタートとなったこのレース、結果的にはルイス・ハミルトンのポール・トゥ・ウィンだったわけだが、あちこちで様々なドラマチックなできごとが起きていた。
その中で僕が最も印象的だったことをご紹介しておこう。
それは終盤のキミ・ライコネンの走り方。
我々の放送には、伊藤大輔選手と井出有治選手がゲスト解説で出演していたのだが、彼らが揃って感嘆の声を挙げたのがこれだったのだ。
100Rをクリップから一気にアウトに向かって立ち上がり、外側の縁石で向きを変えるや、ヘアピン手前のアウト側へとまっすぐアプローチしてくる。
放送中には「ライコネン・ライン」として紹介したが、他のドライバーと全く違うラインで、これを利用して、100Rでも前を走るマシンを抜いてきたのには正直驚いた。
最終ラップには、ルノーのコバライネンとライコネンが激しく2位を争い、ライコネンが例のラインを使って一度ヘアピンで前に出たのだが、再度抜き返されて3位となった。
このバトルは本当に見応えがあったと思う。

雨でお客さんたちは大変だったと思うが、素晴らしいレースを見せてもらった気がする今回の日本グランプリだった。


決勝レースが終わってから、出演者で記念撮影。
手前左が伊藤大輔選手で右が井出有治選手。
奥は左から、梅原康之さん、西山平夫さん、僕、桂ディレクター。
2時間以上に渡る激戦だっただけに、終わった後は皆ヘロヘロ(!?)だった。


ヘアピンの外側にご注目。パーク&ライドに使用されたバスが、数百台単位で駐車しているのがわかる。

投稿者 中島秀之 : 00:06 | コメント (21) | トラックバック


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