# ナカジ~の『なんでも実況中継』: 2008年02月 アーカイブ

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2008年02月

2008年02月29日

エグザンの初期化作戦敢行!

僕の3台の愛車のうち、最も稼働率の高いエグザンティアSXが、先日車検を迎えた。
新規登録から丸11年、僕が買ってから4年4ヶ月ほど。
新車からの走行距離は86000kmを刻んでいる。
で、最近あちこち気になるところがあったので、これを機に一気にに整備してもらうことにした。
作業をお願いしたのは、埼玉県深谷にある、シトロエン乗りの聖地、キャロル。
詳しい整備内容は、3月6日発売のティーポ、パドックパスのコーナーを見ていただきたいのだが、車検代金と税金などを合わせて、40万円以上の出費となった。
53万円で買ったクルマにそこまでしなくても、とは思うが、このサイズで車内がここまで広くて、乗り心地が快適なクルマって、なかなかないのだ。
だからここで一気に初期化してしまおうということになった。
これであと数万キロは、心配なく乗れるはず(だといいなぁ・・・)。


車齢12年目を迎えたウチのエグザンティアだが、まだまだ元気!

今回交換した部品をご覧いただこう。

左は、エグザンティアのアキレス腱のような、フロントサスペンションのラバー製アッパーマウント。まだ破れたわけではないが、予防整備的に交換してもらった。また低回転で走行中に、時おりエンストする症状が出るため、スロットルボディを中古品に交換してもらった(右)。



左は、ブレーキペダルを踏むたびに盛大に泣いていた、リア・ブレーキ・ディスク。右は、車体の共振が気になったため換えてもらった、エンジン(アッパー)とミッションのマウント。


左は、エアフィルター、プラグ、ステアリングラックブーツなど。右は、タイミングベルト、ウォーターポンプ、クランクプーリー&ベルトなど。


投稿者 中島秀之 : 18:57 | コメント (2) | トラックバック

2008年02月26日

田中健二郎さんを偲ぶ会に出席

22日に都内のホテルで行われた、「田中健二郎さんを偲ぶ会」に、出席させていただいた。
田中健二郎さんは、オートレーサー、ホンダ・ワークス・ライダーを経て、日産ワークス・チームのキャプテン格として活躍された元ドライバーで、高橋国光さんや北野元さんを始め、たくさんの後輩を育てたことでも知られる方だ。
その後タキ・レーシング・チームを経て、フリーのドライバーとして1971年まで活躍。
引退後は、当時最も人気のあった、富士グラン・チャンピオン・シリーズ(富士GC)のテレビ中継で、解説者として活躍。
同時に、レース専門誌で辛口の批評を連載されたり、作家・大藪春彦氏らとチーム・マグナムを結成して、レースに参戦されたりした。
僕はついに一度も直接お話しさせていただく機会がなかったのだが、富士GCのテレビを食い入るようにして見た世代で、タナケンさんの少し訛った喋り方の名解説が、今も懐かしく思い出される。
僕は、当時タナケンさんが、ベテラン・ドライバーでも危険な走りをしたり、気力のないレースをしたりすると、「彼はベテランじゃなくて、ヘテランだね」と言って怒ったり、レース主催者やサーキットになんらかの不備があった場合は、きちんとその非を視聴者や読者に伝えたりしていたことが、非常に強く印象に残っている。
まさに「レース界のご意見番」的存在で、「こうした方が正論を言えることが重要なんだな」と、子供心に感心したものだった。
はたして今の日本のレース・メディアで、こうした意見を放送したり、雑誌に掲載したりできるものがあるだろうか?
多くの方々が出席された「偲ぶ会」の会場を眺めながら、ふと、そんなことを考えてしまった。

ある意味で、僕がレースのテレビ中継に出演するきっかけを与えてくださった、田中健二郎さんのご冥福を、改めてお祈りします。
なお、僭越ながら、僕が記した追悼文が、カーマガジン4月号に掲載されています。
そちらも是非ご一読を。



高橋国光さんと北野元さんが発起人となって開催された、今回の「偲ぶ会」。
会場には、タナケンさん愛用の品や、数々の貴重な写真が展示されていた。


投稿者 中島秀之 : 12:42 | コメント (1) | トラックバック

2008年02月22日

デイトナ24時間を放送!

昨日はお台場のJ SPORTSのスタジオで、お昼から夜7時頃までずっと収録を行っていた。
何の番組だったかと言うと、アメリカ・フロリダのデイトナ・スピードウェイで行われるクラシック・イベント、デイトナ24時間レースだ。
1月後半に毎年行われ、今年で46回目の開催だったのだが、近年はグランダム・シリーズの開幕戦として行われており、かつてメイクス選手権の1戦だった頃に比べると、華やかさという面ではやや見劣りがする。
またライバルでもあるALMS(アメリカン・ル・マン・シリーズ)が、アウディやポルシェといったワークス・チームの戦いが主役であるのに対し、グランダムは、完全にプライベート・チームの戦いと言える。
クラスはふたつあり、独特の低コスト・プロトマシン「デイトナ・プロトタイプ(DP)」と、車種ごとに改造範囲が異なる「GT」に分かれている。
言うなれば、巨大な「草レース」といった趣ではあるのだが、単なるローカルイベントに終わらないところがアメリカらしいところで、随所に見所はいっぱいある。
チップ・ガナッシやペンスキーといったアメリカのトップ・レーシングチームは参戦しているし、IRLやチャンプカー、NASCARのトップドライバーたちが大挙出場しているのだ。
ダリオ・フランキッティ、エリオ・カストロネベス、ファン-パブロ・モントーヤ、ダン・ウエルドン、ジミー・ジョンソン(NASCAR2006、2007王者)、カート・ブッシュ(同2004王者)などなどが、本気でスポーツカーを31度もあるバンクで走らせるのである。
また、ベテラン・ドライバーや往年の名ドライバーが、その息子たちと出場するのも特徴で、デレック・ベル(67歳!)とジャスティン・ベルは同じマシンをドライブ、ダン・ガーニーの息子アレックスや故マーク・ダナヒューの息子デビッドはそれぞれのチームでエース格として活躍、更にウェイン・テイラーは二人の息子と参戦するなど、日本やヨーロッパではなかなかお目にかかれない光景も多かった。
DP、GTともに、「あれ? こんなドライバーも出場してるんだ!」ということが多く、その辺りを楽しみながら実況させてもらった。
解説は、服部尚貴選手、鈴木利男さん(92年の優勝者)、古賀琢麻選手(アメリカのストックカーレースで活躍中)、桃田健史さん(アメリカ在住のジャーナリスト)の皆さん。
正直、レースの内容はそれほど激しいものではなかったのだけれど、アメリカン・レーシングの話題をずっと解説の方々と話しながらの収録は、かつて経験したル・マン24時間の生放送とも一味違った面白さがあった。
放送は6時間におよぶ長丁場ではあるものの、レースファンの皆さんにはのんびりと、ビールなど飲みながら見ていただければと思う。
なお放送予定は、「J SPORTS MOTOR デイトナ24時間放送予定」 をご覧いただきたい。



収録開始前に服部、古賀両選手と記念撮影。この後、利男さんと桃田さんにも加わっていただくことになる。

投稿者 中島秀之 : 01:26 | コメント (5) | トラックバック

2008年02月17日

シトロエンつながり!?

ここのところ、シトロエンに関わることが多かった。
まず、シトロエンC4クーペ1.6HDiをカーボックス横浜店でお借りして、これで京都を往復してきた。
ディーゼル・ターボ・エンジンと5速MTを持つこのクルマは、以前ティーポのパドックパスのコーナーで連載していたのと同じもの。
僕は初めて運転したのだが、とにかく燃費がいいのに驚いた。
特に高速燃費は素晴らしく、京都からの帰りは18.5km/Lを記録した。
また街中では、低速トルクがあるため、あまり回転を上げずにギアをつないで、なるべく燃費を落とさずに走らせるのがなかなか楽しかった。

京都では雪がかなり積もって、こんな状況になることも。

で、東京に戻ってから、このクルマで取材に行ってきた。
取材先は、御殿場にあるムーンクラフト。
お馴染みの由良拓也さんが作った、「あのクルマ」の取材だったのが、まぁそちらの詳細は次号ティーポでご覧いただきたい。

由良さんが手に持っているのは、由良さんが子供の頃集めたミニカーの一部。かなり傷んでいたのだが、その中で何台か程度の良いものを、僕がレストアする約束で持って帰ってきた。


ところで由良さんは、最近普段の足に、C6とC4ピカソを愛用されているほどのシトロエン好きなので、このC4ディーゼルにも興味津々といった様子だった。
一方僕が興味を持ったのは、由良さんのピカソのナビシステムの取り付け方。

この通り、本来バックミラーのある位置にナビがついている。まるでヘリコプターか何かのコクピットのようで、ピカソの未来的なフォルムに似合っていると思うが如何だろう?

由良さん宅から持ち帰ったミニカーは、既に何台かレストアを完了した。
下はマーキュリーのアバルトOT850で、もう1台あった部品取り車のパーツを流用して内装を補修し、ボディを磨いて仕上げた。

左がレストア前で、右が後。かなりキレイになったでしょ。

投稿者 中島秀之 : 00:48 | コメント (1) | トラックバック

2008年02月11日

雪の京都を体験

連休を利用して、京都の家に行ってきた。
この時期の京都は底冷えする寒さで、晴れていてもパラパラと雪が降ったりすることが多いのだが、今年はそんなもんではなかった。
9日土曜日が、かなりの大雪だったのだ。
水分の多い雪だったため、積雪は数センチ程度で済んだものの、京都市内でここまで降るのは珍しいのだそうだ。

で、雪の京都と言えば、やはり思い浮かぶのは金閣寺。
というわけで、バスで金閣寺まで行ってきたのだが、皆考えることは同じらしく、雪だというのに金閣寺は大混雑。
でもその美しさは、格別だった。

雪の金閣寺は、絵に描いたよう。
そう言えば、京都の家の床の間にかけてある、掛け軸代わりの手拭いも、雪の金閣寺だった。
でも、ちょっと降り過ぎの感はあるが・・・。

たださすがに雪の京都の寒さはハンパではなく、この後昼食をとってからは、どこか別の場所に行く気にはなれず、家に戻ってコタツに入り、結局夕飯までゴロゴロと家で過ごしてしまった。

ウチの町家も、雪が降ると、いつもよりキレイに見える(左)。
右は2階北側の窓から見た外の景色だが、なんだかいつもとは全然違う感じがする。

翌日は凄く良い天気で、一気に雪が溶けた。
そんな中、近所の黒谷さん、真如堂とプラプラ歩きながら、銀閣寺のそばにある、日本画家・橋本関雪の私邸だった白沙村荘まで行ってきた。
大きな美しい日本庭園のあるここは、関雪の作品を見ることができるのはもちろんだが、母屋で食事やお茶もできる。
僕は今回抹茶とお菓子をいただいたのだが、古い日本家屋の2階から、巨大な日本庭園を見ながら飲むお茶は美味しかった。


上左は、3つの茶室がある大きな日本庭園。上右は、関雪が作画に使った画室。
下は、母屋の2階から庭園を見たところ。

というわけで、思いがけなく雪の京都を体験した連休だった。

投稿者 中島秀之 : 22:58 | コメント (5) | トラックバック

2008年02月06日

MG-Bの幌をキレイにした!

今日発売のティーポ3月号でもご紹介しているが、愛車MG-Bの幌をキレイにした。
僕のMG-Bの幌は、3年ほど前に、イギリスの幌/内装専門メーカーの布製のものに交換した。
純正の黒いビニール製のものと違い、厚手の布製で、しかもボディカラーに合わせたダークグリーンなのが気に入っている。
ところが悩みがあって、ひとつは手入れの方法がよくわからないということ。
ビニール製なら、カーシャンプーで洗って、クレ・ポリメイトみたいな保護艶出し剤を塗っておけばいいのだが、布製のものは、何を塗っておくのが良いのかが、わからなかったのだ。
できれば、雨に降られても、水を弾いてくれたらいいのに、とも思っていた。
そんな話を、DTMの解説でもお馴染み、巨笑カメラマンこと佐藤マサカッチャン正勝氏にしたら、昔馴染みのお友達が社長をしている会社で、「いい商品を作っているから、紹介してあげる」と言われたのだ。

MKアクセレーションという会社の牧裕幸社長は、以前自分が乗っていたメルセデスSLの幌で、やはり同じように悩んで、幌屋さんや薬品の専門家と共同で、布製幌のコート剤を開発してしまった。
「Mk-01G」 というこのフッ素ポリマー剤は、塗ると水を完全に弾いてくれ、幌の寿命も延ばすという優れもの。
詳しくはHPか、ティーポ今月号のパドックパスのコーナーをご覧いただきたい。

因みに、コーティングした後の幌は、こんなに水を弾く!(撮影:佐藤正勝)


もうひとつ悩んでいたことがあって、それは、おそらく輸送用に塗られたとおぼしきガードワックスのような油分が、リアのビニール製スクリーンからどうしても落ちなかったことだ。
カーシャンプーはもちろん、油膜落としなども試してみたのだが、効果なし。
幌の交換以来ずっと、下の写真のように透明度の悪い状態で運転していた。

これだと、夜なんか、後方車両のヘッドライトでギラギラしてしまって、全然後ろが見えない。
で、これも牧社長に相談したら、いいものを紹介してくれた。
「PLA-COAT」 という商品なのだが、表向きは(?)プラスチック製ヘッドライトレンズをクリアーにするのを目的としている。
だが実は、やはり社長が自分のSLのリアスクリーンをクリアーにしたいために、これまた試行錯誤を繰り返して、商品化してしまったものなんだそうだ。
ポリッシュする薬品と、コーティングする薬品が2本入っているので、順番に塗る必要があるが、まぁ作業は実に簡単で、こんな感じ。

これも詳しくはHPを見て欲しいのだが、実に驚くべき性能を発揮してくれた。
だって、作業が終わったら、あのリアスクリーンが、こんなに透明になったのだ!

う~ん、必要は発明の母というか、好きこそものの上手なれというか、なんとも凄い商品を、開発したもんである。
まぁこれで僕の幌に関するお悩みはすっかり解決。
牧社長、マサカッチャン、ありがとうございました!

投稿者 中島秀之 : 19:23 | コメント (1) | トラックバック

2008年02月01日

ニューイヤーミーティングを見学(その3)

ニューイヤー・ミーティングで、僕が気になった国産車をご紹介しているが、最終回は軽自動車を中心にお見せしよう。


まずは貴重な軽オート三輪から。

左は1960年式ホープスターSM。1950~60年代に存在した、東京浅草のホープ自動車が作っていた軽三輪トラックで、現存台数は極端に少ない(数台?)と思われる。まるで象のような不思議な顔をしている。右は1961年式三菱レオ。新三菱重工(当時)が販売していた軽三輪トラックで、正式には三菱三輪ペットレオ。ユニークなデザインと明るいカラーなどで、そこそこ人気のあった車種だが、これも現存台数はかなり少ないだろう。

続いて懐かしい軽乗用車を。

左は1965年式マツダR360クーペ。スバル360と同時期に登場し、どちらかと言えば西日本で売れた軽自動車。後席は荷物スペースのようだが、子供ならなんとか乗れた。亡くなった京都の伯母が乗っていたことがあり、後席に乗せられたことがあるが、硬いシートと湾曲したアクリルウインドーのお陰で、思い切りクルマ酔いした記憶がある。右は1970年式三菱ミニカ70スーパーDX。ミニカセブンゼロと読み、70年代に向けた意欲作だった。現車は非常に美しいコンディションで、旧軽企画の小さいナンバーなのに、しっかり70番になっている。これも希望ナンバー制になっているのだろうか?



左上はスバル360カスタム。実はこれとほぼ同じクルマに我が家は昔乗っていて、家族7人がこのクルマで出かけた記憶がある。末っ子の僕は、すぐ上の姉と、荷台に後ろ向きに腹ばいに寝そべって乗り、後ろのクルマに手を振ったりしていた。それで何もお咎めがなかったのだから、いい時代である。右上はカートのようなシャシーの上に、スバル360風のカウルをつけたもので、カワイイ運転手が乗っている。左下はスバル360のペダルカーだが、塗装の芸が細かいのに感心した。

最後は大好きな小型車。

静岡5ナンバーの、1966年式日野コンテッサ1300セダン。日野の乗用車としては最後のモデルだが、RRレイアウトで、ミケロッティ・デザインの美しいボディを持つ、個性的な小型車だった。このクルマもマニアックな方が大切にされているものが多い。


投稿者 中島秀之 : 17:53 | コメント (2) | トラックバック


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