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2008年10月
2008年10月30日
HAFJは生沢徹一色!
先週末にツインリンクもてぎで行われた、ヒストリック・オートモビル・フェスティバル・イン・ジャパン(HAFJ)は、自画自賛のようだが、とても素敵なイベントになった。
今回は、「ポルシェ60周年記念ウィークwith生沢徹」という名前で特別企画を行い、パドックには歴代のポルシェ各モデルと最新のポルシェが展示されると共に、ピットガレージには生沢徹ミュージアムが開設された。
多くのお客様に会場で、ポルシェ60周年の歴史と、生沢徹さんの偉大な業績に間近に触れていただくことができた。
特に生沢さんのミュージアムは、このイベントでかつてないほどの規模で展示会場が設営され、生沢さんが実際にドライブしたマシンと、ゆかりのマシンが集結。
更に生沢さんご自身が大切に保管していらっしゃった、当時の貴重なレーシングスーツやグッズ、更には未発表の写真など、様々なものが展示された。
しかも、お昼のアトラクション・タイムには、生沢さんが1968年の日本グランプリでドライブして2位となったポルシェ910のステアリングを握って、コースをデモ走行された。
僕は2日間とも場内放送を担当していたのだが、生沢さんのデモ走行では、終了直後にたくさんのお客様が生沢さんを取り囲むようにして、まるで40年前のグランプリ直後の模様を見ているかのような感動があった。
実はこの時ちょっとした演出として、生沢さんのお嬢様・舞さんから、ペプシ・コーラの瓶を生沢さんにお渡しいただいたのだが、これは1967年の日本グランプリの際、優勝した生沢さんが、差し出されたコカ・コーラを受け取らず、自らのスポンサーであるペプシ・コーラを出して飲んだという、伝説の場面の再現だった。
また、コース上での生沢さんへのインタビュー終了後、ビートルズのザ・ロング・アンド・ワインディング・ロードをBGMに、生沢さんが1960~70年代の若者文化にどれだけ大きな影響を与えたかなどをお話しさせていただけたのは、僕個人にとっても、とても嬉しいことだった。
日本のモータースポーツ界は、選手が現役を引退した後、チーム・オーナーや監督として仕事をしていないと、どんなに偉大な業績を挙げた方でも、見向きもしないようなところがある。
別にイギリスのように、サーの称号や勲章をあげろとは言わないが、せめてこうした方々が、気持ちよく今の全日本級のレースに遊びにきて、ファンの方たちと触れ合えるような環境を、作って欲しいと願うばかりだ。
もちろんそのためには、我々メディアも、きちんとこうした方々の業績をお伝えしなくてはいけないと考えている。
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生沢さんが実際にドライブしたマシンたち。上左は、1968年に英国と欧州のF3シリーズで使用されたブラバムBT18B。現在国内で、オーナーさんがレースに使用されている。上右は、今回デモ走行に使用されたタキ・レーシング・チームのポルシェ910。国内で70年代までレースに使用された後、長く保管されてきたが、つい最近1968年日本グランプリ仕様にレストアされた。このクルマのタミヤのプラモデルに憧れたという方も多いのでは?
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上左は、生沢さんが1973年に、故・風戸裕選手と共に設立したチーム・ニッポンが、欧州F2シリーズで使用したGRD273。先日取材に行ったことをブログでお伝えしたマシンだ。この個体は風戸選手が乗られたものだが、ゆかりのマシンとして展示された。そして上右は、今回約30年ぶりに公の場に姿を現した、富士グランチャン・シリーズ用のGRD・S74。生沢さんが1977年に年間チャンピオンを獲得した時のマシンだ。実は長い間国内某所で大切に保管されてきたのだが、今回のイベントのために1977年当時の姿にレストアされたもの。GRDに関しては、今後カーマガジンで、詳しくご紹介する予定だ。
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さて生沢さんと言えば、何事に対しても「拘る」ことでも有名だ。イベント前日には、ミュージアム内のディスプレイの仕方に自ら細かく指示を出されている姿が印象的だった。また美しく塗装されたGRD・S74には、自ら何度も位置を確認されながら、あの丹頂鶴のステッカーを貼られていた。
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上左は、公開直前の生沢ミュージアムの模様。GRD・S74とブラバムBT18Bの他、チーム・イクザワのバイクとMTB、更に1960年代当時の貴重な「VAN傘」までが展示されていた。上右は土曜日のお昼のアトラクションタイムの模様。放送席からの写真だが、たくさんの方が生沢さんを取り囲んでいるのがおわかりいただけるだろう。日曜日はもっとたくさんのお客様が取り囲んでいた。
投稿者 中島秀之 : 17:04 | コメント (4) | トラックバック
2008年10月20日
今週末はもてぎに集合!
今週末はツインリンクもてぎで、恒例のヒストリック・オートモビル・フェスティバル・イン・ジャパンが開催される。
数多くのヒストリックカー、スーパーカーが集合するこのイベント。
今年はビッグゲストをお招きする。
それは1960年代に、日本人として初めてヨーロッパのレースに挑戦し、モータースポーツ界だけでなく、若者文化に多大な影響を与えた、生沢徹さんその人だ。
今回は昼のアトラクションタイムに、生沢さんご本人が1968年の日本グランプリでドライブされ2位となった、タキ・レーシング・チームのポルシェ910を運転していただく予定だ。
また走行は行わないものの、生沢さん所縁のマシンが何台か展示される予定でもある。
中には、生沢さんが現役引退後、初めて公開される車両もあるとのこと。
また生沢さん関連以外にも、今回国内初公開となる1970年代のF1マシンや、誕生50周年を記念して、元ワークスドライバーがオースチン・ヒーレー・スプライトのステアリングを握るといった見どころもある。
僕は例年通り、2日ともコントロールタワー3階から、場内放送を担当する。
是非週末はツインリンクもてぎにおこしいただきたい。
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タミヤのプラモデルのイメージが強い、68年日本グランプリ仕様のポルシェ910。
これはエブロ製の1/43ミニカー。
今回生沢さんは丸40年ぶりに、このマシンを自らドライブされる。
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1967年に、生沢さんが英国F3シリーズでドライブしたブラバムBT21-F3。
これはエレール/ユニオン製のプラモデルのパッケージ。
このマシンも実物が当日登場する模様。
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1973年に、日本のシグマ・チームがル・マンに挑んだ時に使用したシグマMC73。
生沢さんはドライバーの一人としてこのチームに参加。
結果はリタイアだったが、以後何度かル・マンに挑むことになる。
このマシンは今回展示されないが、国内に現存していると聞いている。
これはビザール製の1/43レジン製モデルカー。
投稿者 中島秀之 : 23:46 | コメント (4) | トラックバック
2008年10月14日
あのマシンが日本にあった!
今日は雨の中、埼玉県にある某ショップを訪ね、1台のフォーミュラカーの撮影を行ってきた。
実はこのマシンに会うのは、これが2回目だ。
夭折した天才ドライバーが、死の前年、青雲の志を抱いて本場ヨーロッパへと乗り込んだ時にステアリングを握ったマシンで、僕が10年近く前に見た時は、山梨県の某所で彼が生前ドライブした他のマシン数台と共に、大切に保管されていた。
だがその後、諸事情により、全てのマシンは海外に売却され、散逸してしまった。
日本のモータースポーツの歴史上、極めて重要なこれらのマシンが、海外に渡ってしまったことは大変残念で、個人的には、なんとか日本に戻ってこないものかとずっと思っていた。
それが、さる愛好家の方の手により、この1台のみが数年前にアメリカから買い戻され、間もなくレストアが始められることになったのだ。
実に素晴らしいことだと思う。
とりあえず、軽い整備が行われ、今月末にツインリンクもてぎで行われる、ヒストリック・オートモビル・フェスティバル・イン・ジャパンに展示される予定とのこと。
なお、このマシンの詳細は、今後カーマガジン誌上で紹介される予定なので、ご期待いただきたい。
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投稿者 中島秀之 : 22:44 | コメント (7) | トラックバック
2008年10月13日
F1日本グランプリが終了
昨日F1日本グランプリは決勝レースが行われ、ルノーのフェルナンド・アロンソが優勝した。
既にご存知だと思うが、スタート直後の第1コーナーで、マクラーレンのルイス・ハミルトンがブレーキを遅らせすぎてアウトに飛び出し、フェラーリの2台を始め多くのマシンがこれに巻き込まれた。
このため大波乱のレース展開となったわけだが、Pit-FMで実況を担当していた僕もこれには正直驚いた。
富士スピードウェイが最新のトレンドに沿った設計のサーキットで、コーナーのエスケープゾーンが舗装だったから良かったようなものの、もし以前のようにグラベルだったら、スタート直後に予選上位のマシンが殆ど、一瞬にして姿を消していたはずだからだ。
ハミルトンの1コーナーへのアプローチは、全く止まれる速度ではなく、例え出遅れた焦りから来たミスだったとしても、明らかに「危険なドライビング」だったと思う。
ワールド・チャンピオンに最も近い位置にいるドライバーが、こうした行為をしたことは残念だった。
一方で、マシンのハンデを克服し、ライバルのミスを逃さず、見事な走りで優勝を飾ったアロンソには、大きな拍手を送りたい。
選手権は残り2戦となったが、ハミルトンとマッサのチャンピオン争いは、できればすっきりとした形で決まって欲しいものである。
ところで、昨年はお客さんが難行苦行を強いられた富士のF1だが、今年は来場者数が少なかった(決勝日10万7千人)ことに加え、バス移動に関しても様々な改善が行われたらしく、僕たちがサーキットを出た6時半頃には、バスの渋滞も殆どなくなっていた。
来年は、現在改修工事が行われている鈴鹿にF1は戻ることになるが、どんな日本グランプリになるのか、今から楽しみに待ちたい。
さて、3日間にわたって富士SWでPit-FMをお聞きいただいたリスナーの皆さん、ありがとうございました。
また来年お耳にかかりましょう。
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選手権をリードするマクラーレンとフェラーリの4台のうち、まともにレースができたのはキミ・ライコネンだけだった。大荒れのレースも面白いが、やはり両陣営ガチンコの勝負が見たかった気もする。
投稿者 中島秀之 : 22:11 | コメント (0) | トラックバック
2008年10月11日
F1日本グランプリ予選が終了
日本グランプリの予選が終了した。
午前中のフリー走行3回目は雨が残り心配されたが、午後の予選はドライで行われ、ルイス・ハミルトンがポールポジションを獲得した。
FP3がウェットだったため、予選はドライ用のニュータイヤを各チームが惜しみなく使用し、激しいアタック合戦となった。
マクラーレン、フェラーリの4台に、トヨタの2台とルノーのアロンソを加えてのポール争いは、とにかく見応えがあった。
僕はF1の走行で実況を担当したのだが、実はそれ以外に、学生時代から四半世紀ぶりに、音楽番組も担当。
大好きなAOR系の楽曲をかけて、メロウな雰囲気(懐かしい!)で番組を進行した。
ただ、久々のイントロ紹介には、かなり緊張してしまった。
さて明日の決勝は、「左前輪をいかに巧く使うかが勝負のポイントになる」かもしれない。
アグレッシブな走りでタイヤに厳しいハミルトンが、ポールから逃げ切れるのか?
タイヤに優しいフェラーリの2人が巻き返すのか?
気合いの入るトヨタの2人が、コンストラクターズ・ランキング争いのライバル、ルノーのアロンソを打ち負かして、表彰台の一角を確保できるのか?
そして中嶋一貴は入賞できるのか?
実に楽しみな決勝レースになりそうである!
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ハミルトンは予選で抜群の速さを見せた。決勝はタイヤをいかに巧く使うかが、勝負の分かれ目になりそうだ。予選日はさすがにお客さんの数が増えた。お昼時のグランドスタンド裏はご覧のような状態。明日は天気もいいようなので、更にたくさんのお客さんが来場しそうだ。
投稿者 中島秀之 : 22:36 | コメント (3) | トラックバック
2008年10月10日
F1日本グランプリ初日が終了
F1日本グランプリの初日が終了した。
今日は朝一番は快晴で、きれいに富士山が見えていたのだが、午前中に傘雲がかかり始め、予想通り午後から曇りとなって、時折小雨もぱらついた。
それでもF1の走行は完全ドライで行われ、トヨタのグロックがトップタイムを記録した。
今日のフリー走行で特徴的だったのは、各チームがそれぞれかなりの周回を行ったこと。
金曜日はエンジンとミッションが別のものを使えるとはいえ、通常より多くの周回をするチームが殆どだった。
昨年は雨だったため、ドライのデータが不足しているという側面があると思うが、それ以上に、各チームの気合いが入っているのが伝わってくるフリー走行だった。
僕はF1の走行の実況を担当していたのだが、解説の西山平夫さん(長年F1の取材をされているジャーナリスト)ですら、何度も「こんなことは珍しいですね」と言われるほどのフリー走行で、とても面白かった。
明日も是非良いコンディションで、予選が行われることを望みたい。
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左はランチタイムのグランドスタンド裏の状況。金曜日だけに、それほど大混雑というわけではない。ただ明日、明後日は、こんなもんではすまないだろう。右は昨日も紹介した、ブリヂストンが用意したグリーンライン入りタイヤ。実は、走行中の車載映像などで見ると、ミディアム系タイヤの緑線4本と、ソフト系タイヤの緑線3本+白線1本は、非常に見分けがつきにくい。実況中に間違ったらごめんなさい!
投稿者 中島秀之 : 22:28 | コメント (0) | トラックバック
2008年10月 9日
いよいよ日本グランプリ!
富士スピードウェイに来ている。
明日からいよいよ日本グランプリのため、その準備でサーキット入りしたのだが、さすがに今日はのんびりした雰囲気で、リラックスした感じだった。
さて今日、気になったところをご紹介しておこう。
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左はPit-FMのサテライト・スタジオであるパナソニックタワー。グランドスタンド裏でこのタワーを探してみていただきたい。右はグランドスタンド裏の広場に設置された天井のある休憩スペース。これなら雨でもお客さんが安心して休める。
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左はトロロッソのマシンだが、タイヤに注目。ブリヂストンがFIA/JAFとの共同で行う、MAKE CARS GREENキャンペーンに合わせて、今回はこのようにグリーンのラインが入る。ソフトタイヤは一本だけ白のラインとなる。右は寄せ書きを持って記念撮影するトヨタの二人のドライバー。日本系チームは気合いが入っている。
投稿者 中島秀之 : 23:22 | コメント (1) | トラックバック
2008年10月 6日
F1日本グランプリでPit-FMに出演
さぁ、いよいよ今週末はF1日本グランプリだ。
昨年はお客さんが大変な苦労をされた富士のグランプリだが、今年は富士SWが様々な「カイゼン」を行ったそうなので、良くなっていることだろう(と信じている)。
また昨年は予選・決勝とも大雨で、レースも大混乱だったが、今年はなんとかお天気で良いレースになって欲しいものである。
マクラーレンのハミルトン対フェラーリのマッサのチャンピオン争い、ホンダ、トヨタ、中嶋一貴の日本勢の活躍など、見所はいっぱいだと思うので、バス移動で不自由はあるかと思うが、是非富士SWにお越しいただきたい。
僕は今年も場内FM放送「Pit-FM」で、F1のフリー走行、予選、決勝のメイン実況を担当する。
レース実況の解説は、ジャーナリストの西山平夫さん、梅原康之さん、そして井出有冶選手の3人。
ドライダー宮城光さんにも、少しだがご出演いただく予定だ。
また、今年も「Pit-FM」は、F1ビレッジにあるパナソニック・タワーと放送席の二元中継を行うが、メインパーソナリティは、鈴鹿やもてぎの場内放送で有名なピエール北川アナウンサーが担当する。
10日金曜日の朝から放送は開始されるので、観戦の際には必ずFMラジオをお持ちいただき、周波数を81.0メガヘルツにお合わせいただきたい。
なお詳しいことは、「Pit-FMホームページ」 を見て欲しい。
投稿者 中島秀之 : 23:16 | コメント (3) | トラックバック
2008年10月 5日
モータースポーツ・ジャパン2008に参加
4日(土)、5日(日)と、東京お台場でモータースポーツ・ジャパン2008が開催された。
今年で3回目となるこのイベント。
特設コースで、F1やFニッポン、GTやラリーカーなどが、豪快にデモ走行を行うことで知られており、今年も2日間、様々なマシンが走り回った。
僕は今年、トーク・ステージの司会を担当し、2日間朝から夕方まで、様々なゲストを迎えて、テーマ別にトークショーを行った。
スーパー耐久は中谷、吉田、峰尾各選手、ラリー&ダートラは新井選手と荒井選手、スペシャルゲストとして国光さん、長谷見さん、星野さん、インディカーは武藤選手、GTは本山、松田、クルム、トレルイエ各選手、Fニッポンは松田、本山、立川、小暮、平手、伊沢、石浦各選手、そしてF1は中嶋選手、BS浜島さん、トヨタ新居さん、ホンダ中本さん、近藤真彦さんと、とにかくゲストは豪華。
それぞれ20〜30分しか時間を取れないのが残念なほど、皆さん楽しいお話しを聞かせてくださった。
またスーパーGTステージでは、GTドライバーによるグラン・ツーリスモ5対決の実況を担当した。
参加したのは、伊藤大輔(すっかり元気になっていた!)、柳田、石浦、伊沢、星野、藤井、峰尾、平手、井口各選手。
優勝は土曜が伊沢選手、日曜が峰尾選手だった。
ということで、仕事ながらとても楽しい時間を過ごさせていただいた二日間だった。
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左は、お台場のご近所、築地の魚河岸三代目、今年のインディカー・シリーズ・ルーキー・オブ・ザ・イヤーの武藤英紀選手とのトークショー。そして右は、トヨタの新居さん、ホンダの中本さん、近藤真彦さんとのF1トークショーの様子。
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デモ走行を行っていた車両の中で気になった2台。左は新井敏弘選手が今年駆っているPWRCの新型インプレッサ、右は今回レストアされた1991年JSPC仕様のマツダ787/787B。
投稿者 中島秀之 : 21:28 | コメント (0) | トラックバック
2008年10月 1日
あの中野ブロードウェイで・・・
先日用事があって、中野ブロードウェイに行った。
僕は生まれてからずっと杉並の阿佐ヶ谷と荻窪に住んでおり、小学校は高円寺だったので、中野は隣の町だった。
ブロードウェイは、商業施設と住宅が一体化した日本では最先端の施設として1961年に開設している。
今では信じられないが、現在の六本木ヒルズのような感じだったのではないだろうか。
その証拠に、おぼろげな記憶ながら、あのジュリーこと沢田研二が若い頃に住んでいたと思う(間違っていたらごめんなさい)。
僕も子供の頃は、両親に連れられて、時々買い物や食事などに行っていた。
ただ1970年代も中頃になると、すっかりローカルな商店街の中の商業ビルになってしまい、何か飛びぬけて特徴のある施設ではなくなっていた。
唯一、2階に今も健在な、「A-ライセンス」という、モータースポーツをテーマにしたような喫茶店があるのが珍しい程度だった。
しかも地元の荻窪にも大きな駅ビルができた上、洋服などは吉祥寺の方が店が多いため、1980年代になると、殆ど足を運ぶことはなくなってしまった。
ただ10年少し前だったか、漫画の古本を扱う店が人気になっていると聞いて、ちょっと見にいったら、確かにそういうお店が目立ち始めていた。
で、先日、おそらく10年ぶりくらいに行ってみたら、マンガやアニメのみならず、様々な「マニア」系の店が立ち並んでおり、物凄い数の若者が集まっているのに驚いた。
海外から来たとおぼしき人も少なくなく、さながら「オタクのメッカ」のようだった。
中心はやはりアニメ系なのだろうが、僕が好きなミニカーや骨董の店も何軒かあって、すぐ帰るつもりだったのに、ずいぶん長い時間を過ごしてしまった。
最近なんとなく物騒な秋葉原に比べると、他の目的の人が少ないためか、かなり「のんびり」している雰囲気があって、マニア気質な人たちには居心地が良いのかもなぁ・・・と、妙に感心しながら、久しぶりのブロードウェイを堪能した。
あ、そうそう。
グルグル見て回っている間に、ある骨董品屋さんで、ちょっと気になるミニカーを見つけてしまい、つい買ってしまった。
それがこれ。
ポリトーイMシリーズのイソ・リヴォルタで、箱なしながら、ほぼミントの美品、価格は8000円だったものが半額の4000円に直されていた。
個人的には、かなりお買い得だったんじゃないかと喜んでいる。
あれ? なんだかすっかりブロードウェイにハマッてしまったかもしれない!
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イソ・リヴォルタは、1962~70年に生産された、2ドアノッチバッククーペ。
バブルカーなどで成功したイソ社が、本格的な四輪車生産に乗り出した最初のモデルだ。
ジオット・ビッザリーニが設計し、エンジンはシボレーの5.4リッターV8で、ボディデザインはベルトーネ時代のジウジアーロと、かなり豪華な内容だったが、あまり成功しなかった。
イタリアのポリトーイは、よくこんなマイナーな車種をモデル化したもんである。
ま、今となっては、それが魅力なのだが。
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せっかくなので、コレクションの中から、コーギーのイソ・グリフォを出してきて、記念撮影してみた。
1965~74年に作られたグリフォは、同社の最もホットなモデルで、デザインはやはりベルトーネ時代のジウジアーロだった。
投稿者 中島秀之 : 11:44 | コメント (0) | トラックバック
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