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レース カテゴリー

2010年1月13日

モータースポーツファン必読の一冊

凄い本が弊社ネコ・パブリッシングから発売されたのでご紹介したい。
塩澤進午氏が書かれた、「日本モーターレース 創造の軌跡」 がそれだ。

塩澤氏は、日本のモータースポーツ黎明期である1960~70年代に、コンストラクターやプロモーター、レースディレクターとして活躍された方で、日本インディや日本カンナムは氏なくしては成立しなかったイベントだった。
その塩澤氏が当時のご自身の行動を細かく記したこの本は、日本のレース史を知る上で大変貴重な資料であると同時に、良い意味で規格外れの魅力的な男の一代記でもある。

熱心なレースファンの皆さんなら、10年あまり前に、日本のオートスポーツ誌に2年にわたって連載されていたのをご記憶かもしれない。
諸般の事情で、AS誌の版元が単行本化しなかったため、弊社が代わって引き受けた形だが、貴重な資料でもある本書が、一冊の本となったことは素晴らしいことだと思う。
また単行本化に当たっては、塩澤氏ご自身が加筆修正をされている他、連載時に使用されていた写真の多くをお借りして、掲載している。

パラパラと拾い読みするだけでも、「今から40年以上も前に、こんな豪快で国際的な人物がいたのか!」とビックリすること請け合いなのだが、是非ともお買い求めいただいて、ゆっくり読んでいただきたい。



投稿者 中島秀之 : 16:26 | コメント (5) | トラックバック

2009年11月 6日

日本のモータースポーツは何処へ?

トヨタが今季限りでF1から撤退することを発表した。
また来季限りで、ブリヂストンもF1からの撤退を表明している。
昨年スーパーアグリとホンダが撤退し、これで日本のチームはゼロとなり、スポンサーやサプライヤーも限りなくゼロに近くなる。
更にトヨタ撤退なら、日本人ドライバーが参戦できる可能性も極めて低くなる。
最終戦アブダビGPで、あれほどの輝く走りを見せた小林可夢偉も、来季のシートを確保するのは相当厳しいだろう。

企業は本業の業績が第一であり、その屋台骨が揺らいでいる時に、エコの流れに逆行するようなモータースポーツを続けることが、取締役会で理解を得られないというのは、よくわかっている。
F1が金食い虫で、その割りに見返りが少ないと企業が判断するなら、それもその通りだと思う。


だが本当にこれは仕方ないことなのだろうか。

このままでは、日本のモータースポーツは、数十年時代を逆行することになるだろう。
F1は、年に一度鈴鹿で行われるだけで、日本からの参加者はゼロ。
当然ファンは減り、一部のマニアだけが、専門誌とTV放送(地上波放送が継続されれば良いが・・)で情報を得るだけになる可能性が高い。
若い日本人ドライバーがF1に乗るなどというのは夢のまた夢。
海外でF3やGP2などを戦うには、かつて生沢徹さんや風戸裕さんがそうしたように、自費で予算が続く間だけ出場するしかない。
その上、かつてのマキF1やコジマF1のような、理想に燃えた若者の作るマシンがスポット参戦するような道は、現在完全に絶たれている。

これでは、F1の人気が再び高まることなど、ありえない。
国内のモータースポーツが振興すればいいと言われても、F1がこの状況なのに、国内レースのファンが増えるなど、どう考えても夢物語だ。

その先にあるものはなにかと言えば、自動車の白物家電化。
つまりどれでもクルマは似たりよったりで、クルマに夢や希望は感じないという人ばかりになることのような気がしてならない。

日本の自動車メーカーは経営再建という名目のために、その流れを極端に早めていることを、そして自分で自分の首を絞めているということを、改めて考えたほうが良いのではないだろうか。

来季、可夢偉がどこかのF1チームで、シートを獲得できることを切に望んでいる。
世界に潜在能力の高さを見せつけた若者の才能が、ここで摘み取られてしまうのは、あまりにも惜しい。
日本のF1ファンは、可夢偉にかすかな望みをかけるしかない状況なのだから、せめてトヨタには、金銭的な援助をお願いしたい。


(写真協力:ブリヂストン)

投稿者 中島秀之 : 19:02 | コメント (5) | トラックバック

2009年6月19日

どうなるのやら心配・・・

先週末のル・マン24時間は、予想通りプジョーが16年ぶりの勝利を飾った。
優勝マシンのドライバーはフランス人ではなかったが、表彰式ではラ・マルセイエーズの大合唱がおきたことだろう。
アウディ勢の脆さがやや気になったが、これから数年は仏独のライバルが鎬を削るレースが続くと思われる。
今回参戦していた日本勢はいずれも残念な結果に終わったが、唯一アンドレ・ロッテラーが、コレスのアウディを2人で24時間後のゴールに導く活躍をしたのが目立った。
ひょっとすると来年、ワークス入りなんてこともあるかもしれない。
それにしても、ル・マンの主催者であるACOはレギュレーションのコントロールがうまい。
これでハイブリッドのLMPが加わったりすれば、さらにル・マンは盛り上がることになるだろう。


さて先日、ドイツ・ツーリングカー・マスターズの第2戦ユーロスピードウェイの模様を収録した。
このレースでは、今年から最新型メルセデスを再び与えられたゲイリー・パフェが2年ぶりの勝利を飾ったのだが、その勝ち方が今までと少々違っていた。
これまでDTMは、コース上のハードなバトルで順位が決定していた感があるのだが、今回のパフェの勝利は、完全にレース中のピット戦略によるものだったのだ。
昨年からチームオーダーが禁止され、露骨な接触にはペナルティが与えられることになったためか、どうもコース上のバトルが今年はおとなしめだったのだが、F1のようなピット戦略で勝つレースにDTMが変貌しつつあるということなのかもしれない。
個人的には、コース上でのガチンコ勝負を期待したいのだが、まぁシーズンが進めば、自然とそうしたバトルも増えてくるだろう(と期待したい)。
なお放送予定などは、「J SPORTS MOTOR DTM放送予定」 をご覧いただきたい。


ゲイリー・パフェは2005年のチャンピオンで、マクラーレンのテストドライバーも務めていた。(写真協力:メルセデス・ベンツ)


ところで週末土曜日は、東京ビッグサイトで行われるSIS東京インポートカーショー2009の、ルノー・カングー・ジャンボリー&ティーポ20周年ミーティングに出没予定だ。
トークショーなども行われるので、ルノーオーナー以外の方も、ぜひ遊びに来ていただきたい。

そして日曜日の夜は、例によって六本木の「F1 PIT STOP CAFE」 で、イギリスGPの実況を行う予定だ。
例年より1ヶ月近く早い開催で、しかも伝統あるシルバーストンでは最後の開催となる今回のレースは、地元のヒーロー、J・バトンの凱旋レースのような感じで、きっとお客さんがたくさん詰め掛けることだろう。
実は僕は昨年のイギリスGPを取材で訪れ、当時のホンダのファクトリーを見学させていただいたりしたもので、今回のレースをかなり楽しみにしている。
個人的な意見を言うと、シルバーストンは、施設の老朽化という問題はあるものの、交通のアクセスやコースレイアウトなどは、ドニントンより優れていると思う。
僕はドニントンパークも大好きなコースで、これまで何度も訪れたことがあるのだが、あの美しい丘陵地帯と昔ながらの施設による牧歌的雰囲気が、F1開催で大きく変わってしまうのは、かなり残念な気がしてならない。

もっとも今F1は、それどころではない大変な状況に直面している。
FIAとFOTAによる、来季のレギュレーションに関する対立に端を発した分裂問題である。
1980年代初頭にも、当時のFISA対FOCAによる激しい対立があったが、分裂とまではならなかった。
だが今回はかなり深刻な事態で、どうなるか非常に心配だ。
巨額の利権が絡む問題で、落としどころが難しいのだろうが、なんとか良い形で収束して欲しいと願っている。

それはともかく、レースはレースとして楽しむことにしよう。
是非日曜の夜は、我々と一緒にイギリスGPをご覧いただきたい。
なおイギリスGPのパブリックビューイングを始め、当日の内容など詳細に関しては、Pit-FMオフィシャルサイトをご覧いただきたい。


昨年のイギリスGPシルバーストン・サーキットのホームストレート。確かに観客席などはかなり古いし、ピットの設備も現代の感覚からすると古いのだが、これはこれで味があると思うのだが。

投稿者 中島秀之 : 11:44 | コメント (0) | トラックバック

2009年6月11日

今週末はル・マン

ようやく風邪が抜けたようで、まだ完調ではないものの、少し元気になった。

さて、今週末はル・マン24時間レースがサルト・サーキットで行われる。
僕が最後に現地で取材したのは、7大ワークス対決の場だった1999年だから、早いものでもう10年もの月日が経ってしまった。
また東京で映像を見ながら24時間生中継の実況をしたのは、チーム・ゴウが優勝した2004年とその翌年の2005年だったから、これも4年の時間が過ぎてしまったことになる。
残念ながら今年もル・マンは、基本的にテレビ中継を日本で見られない。
日本のメーカーが参戦していないとはいえ、せめてCSで中継を見たい・・・、というか、また実況したいというのが本音だ。

さて、今年のル・マンだが、ここ数年同様、王者アウディ対プジョーのディーゼル・プロトタイプ対決となるのは間違いなさそうだ。
ただし昨年までと異なるのは、アウディが新車R15を投入することだ。
ただ、新開発のV10エンジンを搭載するオープントップのこのマシンは、信頼性の面で若干不安があるようで、今年は熟成されてきたプジョー908の方が本命ではないかとさえ言われている。
また両陣営とも今回初めて、旧型マシンをサテライトチームに与えることになり、アウディはコレスから2台のR10が、またプジョーは908を1台ペスカロロ・チームから出場させる。
因みにコレスにはアンドレ・ロッテラー、ペスカロロ・プジョーにはブノワ・トレルイエと、日本で活躍する外国人ドライバーがそれぞれ乗り込む。
それ以外では、実質的にプロドライブが走らせるアストン・マーティン・レーシングのローラ・アストンが注目されるが、ガソリン・エンジンはディーゼルに対してハンデが大きく、よほどディーゼル車にトラブルが頻発しない限り、優勝争いは難しいかもしれない。

一方日本勢では、チーム・ゴウがLMP2クラスでポルシェRSスパイダーを走らせるのが注目だ。
雑誌NAVIとのジョイントでの参戦だが、1993~96年にティーポが行ったル・マン・チャレンジを思い出させる企画と言える。
LMP2クラスは比較的有力チームが少なく、トラブルなく完走すれば即優勝争いが可能なので、チーム・ゴウの実績と実力からすれば、「勝って当然」とも言える。
それだけに、逆にプレッシャーがあるかもしれない。
また同じクラスのローラ・マツダには野田英樹選手が乗るので、日本人ドライバー同士のバトルも見られるかもしれない。
更にJLOCのランボルギーニ・ムルシエラゴもGT1クラスに参戦するので、応援したい。

さて今年はどんな24時間のドラマが起こるのか。
インターネットで見守ることにしたい。


アウディR15(左)はアグレッシブなフロントデザインが特徴。セブリング12時間は制したが、信頼性の面で若干不安がある。一方プジョー908(右)は3シーズン目にして熟成も十分。いよいよ1993年以来の優勝を狙えそうだ。(写真協力:アウディ、プジョー)

投稿者 中島秀之 : 12:37 | コメント (5) | トラックバック

2009年6月 5日

ようやく体調が・・・

先週半ばにひいた風邪が意外にコジれてしまい、今朝ようやく熱が平熱に戻った。
普通の風邪だったかどうか怪しいのだが、まぁなんとか快復してきたので、よしとしよう。
滅多に風邪なんかひかないもので、これくらい長引くと、さすがに体力的にきつかった。
ティーポの方は校了明けということもあって、少し休ませてもらったが、アナウンスの仕事の方は代わりの人がいないため、それこそ這ってでもやらなくてはいけない。
昨日はお台場のJ SPORTSで、DTM開幕戦ホッケンハイムの収録があったのだが、実は行く途中に新宿駅で貧血のようになって、事務所に駅員さんに運ばれるという一幕もあったほどだ。
それでもなんとか、例によって佐藤マサカッチャン正勝氏と、久々のDTMを楽しみながら収録した。
今回は、懐かしい映像が見られたり、マサカッチャンが昔撮った写真が見られたりといった特典もあるので、是非お見逃しなく。
放送予定などは、「J SPORTS MOTOR DTM放送予定」 をご覧いただきたい。

DTM開幕戦は、アウディ勢が上位を独占。アウディ100周年記念カラーをまとった、クリステンセンが優勝した。(写真協力:アウディ)


さて週末日曜日の夜は、例によって六本木の「F1 PIT STOP CAFE」 で、トルコGPの実況を行う予定だ。
ただし今回はスタートの前に、富士スピードウェイの協力による「フォーミュラ・ニッポンPRイベント」が行われる。
解説をいつもお願いしている松田次生選手に、Fニッポンの魅力をいろいろ伺うトークショーを行う予定なのだが、第3戦まで不運なレースが続いているディフェンディング・チャンピオンの本音に迫ってみたい。
また、富士スピードウェイのイメージガール、クレインズのメンバーも華を添えてくれる予定だ。
F1だけでなくFニッポンも好き! という方は、是非お越しいただきたい。

次生選手と、新車FN09の相性などについて、ご本人に詳しく聞いてみたい。(写真協力:トヨタ)

なおトルコGPのパブリックビューイングを始め、当日の内容など詳細に関しては、Pit-FMオフィシャルサイトをご覧いただきたい。

投稿者 中島秀之 : 18:10 | コメント (3) | トラックバック

2009年3月13日

今年最初のしゃべるお仕事

いよいよモータースポーツ・シーズンの開幕が近づいてきた。
その前哨戦でもないのだが、今週末15日の日曜日に、僕にとって今年初の「しゃべる仕事」がある。
その舞台がこれ、「富士スピードウェイ・モータースポーツ・ドリーム2009」
僕は初めて参加するのだが、どうも富士SWの「ファン感謝デイ」的なイベントのようだ。
実は、サーキットの場内放送でお馴染みの、ピエール北川アナウンサーのお手伝いのような立場で場内放送に参加する予定で、結構気楽に構えている。
星野さん、関谷さん、土圭さんを始め、いろんな選手と絡む予定もあり、楽しみでもある。
そうそう、お子さんがいらっしゃる方は、ヤッターマンやシンケンジャーのショーもあるそうなので、是非遊びにおいでいただきたい。
またティーポ読者の皆さんへのニュースとしては、太田哲也さんのブランド、TEZZOの特別展示や同乗走行もあるとのことだ。
あの大事故から間もなく11年、当時のことを知る僕にとってもちょっと感慨深い話しだ。

この他にもいろいろイベントがあるので、詳しくは「富士スピードウェイ・モータースポーツ・ドリーム2009」のHPをご覧いただきたい。

投稿者 中島秀之 : 19:53 | コメント (0) | トラックバック

2009年3月 6日

やっと決定!

今朝、ホンダがようやく元F1チームの売却先を発表した。
既に報じられているように、元チーム・プリンシパルのロス・ブロウンへ売却することとなり、ブロウンGPフォーミュラ1チームとして再出発することとなった。
紆余曲折があったにせよ、これがなんとなく一番良い着地点だったように思う。
ブロウンが中心となって開発されたマシンは、既に昨年7月に、僕がブラックリーのファクトリーを見学に行った時点であらかたできあがっていたようだから、ようやくそれも日の目を見ることになるわけだ。
昨年のホンダのマシンはまだ完全にブロウンのマシンではなかったわけで、はたしてどんなマシンなのか、非常に興味がある。
ドライバーは、バトンとバリチェロのベテラン・コンビが残留のようだから、まずは新チームとして、また新レギュレーション初年として、手堅いチーム体制と言えそうだ。
エンジンはメルセデスで間違いないはずだが、是非とも良い結果を残して、ホンダにF1撤退を後悔させてもらいたいと思う。

さぁこれでほぼ今年のF1チームの体制が判明した。
ドライバーの面で昨年と違うのは、クルサードと新人ブエミが入れ替わったくらいで、これほど変更の少ない年も珍しい。
それだけ新レギュレーションへの対応は、経験を要するということなのだろう。
ただ、ここに佐藤琢磨の名前がないのは非常に残念。
琢磨の技術と経験は、チームに大きな利益をもたらすと思うのだが、レッドブル/トロロッソとの第3ドライバーの交渉も決裂したという。
ただ本人のコメントはまだ前向きなものなので、是非復帰に向けて頑張ってもらいたい。

ところで、今年僕は、例年以上にF1を熱く見ていくことになりそうだ。
もちろん日本GPでのPit-FMには例年通り出演予定だが、それ以外にも、少し変わった形で携わることになりそうなのだ。
間もなく詳細をご報告できる予定だが、とりあえずヒントをひとつだけお伝えしておくと、それは「六本木」。
どうぞお楽しみにしていただきたい。


F1界の鬼才、ロス・ブロウンがどんなマシンを作ったのか、とても楽しみだ!(写真協力:ホンダ)

投稿者 中島秀之 : 10:40 | コメント (3) | トラックバック

2009年3月 3日

ディープなファンの方に!

現在ホビダスでは、「編集部 お宝 大放出!」と題して、各四輪雑誌編集部員が、自分のコレクションを放出し、販売している。
大物では、笹本社長の放出したフェラーリのティントーイや、フェラーリ専用のスケドーニ製バッグなんてものもあるけど、実は最安値で販売されているものが、何を隠そう私が放出した商品なのだ。

それがこの、KAWAISTEEL TEAM NOVA チーム・ポシャツ

KAWAISTEELは、1990年に服部尚貴選手が全日本F3王者になった時のマシンや、同じ年のマカオGPでミハエル・シューマッハが優勝したマシンをスポンサードしたことで知られるが、その翌年からはTEAM NOVAのスポンサーとして全日本F3000に参戦。
前年ル・マン24時間を制したフォルカー・ヴァイドラーを擁して戦ったのだが、翌年途中でヴァイドラーが耳の病気で帰国し、金石勝智が2戦乗った後、ハインツーハラルド・フレンツェンがドライバーとなった。
フレンツェンは翌年もこのマシンをドライブしたが、5月の雨の美祢で、結果はリタイアだったものの、凄まじい速さを見せて、日本のファンの度肝を抜いたことがある。
残念ながら勝利を挙げることはできなかったが、あの星野一義さんが、コーナーで彼の走りを見て、「お前は早くF1に行った方がいい」と言われたということからも、当時の彼の速さがわかろうというもの。
その翌年にザウバーからF1デビューしたのはご存知の通りだ。

で、このポロシャツなのだが、どのようにして入手したのか、さっぱり記憶がない。
ただ、長い間たんすの奥に入れっぱなしで、先日見つけて、この企画に参加させていただいたのだけれど、ひょっとしてチームからただでもらったものかも知れず、金額をつけるのは申し訳ない気がしている。
ま、でも、さすがにタダだと売り上げにならないので、800円とさせていただいた。

当時記憶にあるのは、どこかのサーキットで予選結果がよく、Pit-FMのピットレポーターだった僕がインタビューに出向き、森脇監督に「どなたか通訳していただけませんか?」とお願いしたところ、「彼は頭がいいから、簡単に英語で聞けば、たくさん答えてくれるよ。だから通訳いらないでしょ」と言われたことだ。
実際、つたない英語で質問したら、すごく丁寧に答えてくれた記憶がある。
もしかしてその時彼か、チームの方からもらったものかも知れないが、とにかく全く覚えてないのだ。
ちょっと後悔しているのは、その時ポロシャツにサインをしてもらっておけばよかったなということ。

ま、そういう訳で、15年ほど未使用で持っていたこのポロシャツ、ディープなレースファン、もしくはフレンツェンファンの方がいらっしゃったら、洒落で買っていただければと思う。
あ、けっして無理にとは言いませんので・・・。

投稿者 中島秀之 : 20:49 | コメント (1) | トラックバック

2009年3月 2日

ガラパゴスからの脱出に期待

レースシーズンの開幕が近づいてきたが、世界恐慌のあおりを受けて、国内レースはかなり縮小傾向にあるようだ。
今年から新型車を導入するフォーミュラ・ニッポンは、参加台数が13台前後と言われているし、スーパーGTも、GT500はトヨタとニッサンが1台ずつ減り、GT300もかなり参加が減る模様だ。
1970年代のオイルショック直後と状況が似ているようにも思うが、あの時は、それまでのメーカー主導レースから、富士GCシリーズなどプライベーターが活躍できるレースが活況を呈し、日本のレース界にとっては、逆に良い影響があったように思う。
翻って、現在の日本のレース界を思うに、かなり心配な状況なのではないかと思えてならない。
現在日本のトップカテゴリーは、完全にガラパゴス化してしまっている。
世界のどんなカテゴリーとも合致していない独自のレースは、コントロールがしやすいというメリットはあるものの、他国のレースとの交流や挑戦の機会を自らなくしてしまっている。
自国内で完結してしまっていては、世界的な経済危機の中、今後大きく発展していくのは難しいのではないだろうか?

そんな中ニッサンから、GT-RをFIA-GTシリーズに今季4戦出場させるという発表があった。
FIA-GTシリーズは、ヨーロッパ各国と南米で年間8戦前後を戦うシリーズで、最大のイベントは7月のスパ・フランコルシャン24時間レースだ。
かつてGT規定が今よりずっと過激だった1997、98年には鈴鹿1000kmが選手権の1戦として開催されたこともある。
また2010年からは、世界選手権化する予定でもある。
数クラスが混走するのは日本のスーパーGTと同じだが、トップカテゴリーのGT1クラスには、マセラティMC12、アストン・マーティンDB9、ランボルギーニ・ムルシエラゴ、コルベットZ06など、世界のスーパースポーツカーが参戦中だ。
ここに挑むGT-Rは、エンジンを5~6リッターのV8NAとした2WDの専用マシンと言われ、写真を見るに、ボディ形状はノーマルをベースとしたものになるようだ。
さらに興味深いのは、ニッサンがジョイントするチームがギガウェーブ・モータースポーツであるということ。
ギガウェーブはFIA-GTでオンボード映像の配信などを行っている会社で、この会社を母体とするギガウェーブ・モータースポーツは、昨年アストンで3回表彰台に立っている新興チームだ。
チームの代表兼テクニカルディレクターは、あのスパイ事件でF1を去った、元フェラーリのナイジェル・ステップニー。
実力も、話題性も、政治力も、十分なチームと言えるだろう。
そして彼らのドライバーは、FIA-GTやWTCC、ル・マンなどで活躍するダレン・ターナーで、お馴染みのnisimo契約ドライバー、ミハル・クルムとのコンビで出場することになるようだ。

GT-RのFIA-GT挑戦は、GT-Rの実力が世界のスーパースポーツカーと肩を並べたことを、ヨーロッパの人たちに知らしめる絶好の機会と言える。
ニッサンはようやくガラパゴスから一歩外に踏み出して、90年代初頭にグルーCで戦った時以来
久々に、世界と真剣勝負する意思を示したとも言えるだろう。
まだどのレースに出場するかなどは発表がないが、もしスパ24時間にも出場するのなら、その先にル・マン出場を睨んでいるとみていいかもしれない。
う~ん、このご時世に、なんともワクワクする話しではないか!
GT-RのFIA-GTでの活躍に期待したい。


GT-RのFIA-GT選手権仕様のテスト車両。スーパーGT用と比べて、ノーマルに近いボディ形状なのがわかる。(写真協力:日産)


投稿者 中島秀之 : 11:57 | コメント (1) | トラックバック

2009年2月 2日

セナにまつわる思い出・・・

モータースポーツは今、シーズンオフだが、F1は今年からレギュレーションが大きく変わるため、各チームが例年より早く新車を発表し、テストを開始している。
その新車だが、フロントウイングが大きく低くなり、リアウイングは小さく高く、またスリックタイヤが復活して車幅が拡大、車体上部の空力付加物がなくなるなど、昨年までとイメージが大きく様変わりしている。
当初はカッコ悪いのでは? と心配していたのだが、なかなかどうして、これはこれでカッコイイのではないかと思う。
特にフェラーリの新車F60(F1参戦60周年に因んだ車名)は、シャープなノーズとコンパクトなサイドポンツーン形状で、シンプルなカッコよさがある。
このF60、何かに似ている・・・と思って、ふと頭に浮かんだのは、1989~90年に使用された、フェラーリ640、641、641/2といったマシンたち。
ジョン・バーナード時代のこれらのマシンのシンプルで美しいボディ形状を思い出してしまったわけだ。

で、これにつられるように、この時代、つまり日本でF1ブームが最高潮だった時期のことが、連想ゲームのように頭の中に次々と思い出されてきたのだが、やはりその中心はアイルトン・セナにまつわることが圧倒的に多かった。
僕個人として一番の思い出は、それより2年ほどあとの1993年、つまりあの事故で亡くなる前年の日本GPで、Pit-FMのコーナーレポーターの仕事のために、鈴鹿のS字コーナー内側のイントレ(やぐら)の上で、セナの走りを間近に見たことだ。
鈴鹿のS字はドライバーの腕が如実に表れることで有名だが、この時、非力なマクラーレンMP4/8を駆るセナは、全く無駄がない上にとてつもなくスムーズで、しかもとてつもなく速い走りを見せてくれた。
軽いフォードV8を積んでいたこともあるだろうが、同じマシンに乗るミカ・ハッキネンが、スパスパと向きを変えて、飛び出しそうになるのをコントロールしながら走っている(それでもタイムはセナに遜色なかったが)のとは対照的だった。
因みにこの年の王者アラン・プロストのウイリアムズFW15Cは、ハイテク満載で機械先行、ドライバーはただそれを動かすだけといった風情だった。またベネトンB193Bを駆るミハエル・シューマッハは、このレースと次の最終戦のみ使用した4WSシステムのため他のマシンとは大きく異なるラインを走っていた。

そんなわけで、今年早いもので没後15年になるセナのことを思い出していたら、偶然にも素晴らしい本にめぐり合ってしまった。
それがこれ、アイルトン・セナ 音速の記録だ。
これまでセナに関する本はたくさん出版されているが、この本のように、セナに近い人たちの数多くの証言を元に構成され、しかも美しい写真がたくさん掲載されている本は存在しなかったように思う。
さらにこの本が素晴らしいのは、セナにまつわる様々な「紙もの」が、復刻される形で付録になっていることだ。
例えば、洗礼証明書、本人直筆の手紙、初めてF3に乗った時のラップチャート、チームオーナーからの感謝の手紙、ライセンスやクレデンシャルなどなど、本当に興味深いものばかり。
しかも、ここが重要なのだが、全て日本語で書かれ、手紙などにも全て日本語訳がついているのである。
これは僕のように語学が堪能でない人間には、とてもありがたいことだ。

34年の生涯を、まさに音速で駆け抜けたアイルトン・セナのことを、懐かしく思い出すには最高の本だし、セナをリアルタイムで知らないという世代の方も、セナを知るために是非手にしていただきたい。
この「アイルトン・セナ 音速の記録」は、15000部の限定発売だそうだが、ホビダスでは18部を確保したそうなので、「どうしても欲しい!」という方は、早めに購入されることをお勧めする。



本はハードケースに入れられた豪華な装丁となっている。ケースのサイズは、314×223×42mm。


中はご覧のように、美しい写真と、文章が並んで配置されている。またところどころに、透明な袋状のページがあり、その中に様々な付録が入っている。


付録の一部がこれ。左はセナ本人の洗礼証明書(のコピー)。右は、セナがシフトポイントと丁寧なサインを記入した鈴鹿のコース図(のコピー)。

投稿者 中島秀之 : 12:40 | コメント (2) | トラックバック

2009年1月23日

気になるカテゴリー誕生

先日都内で行われた、日本自動車レース工業会(JMIA)による、フォーミュラ20(F20)の発表会に出席した。
JMIAは、童夢の林みのる代表が中心となって活動している、日本のコンストラクターの共同体だ。
近年国内レース界には、ドライバーを育成するカテゴリーはあっても、コンストラクターを育成するカテゴリーはないに等しく、JMIA主導のF20はそこを目指していくという。
そのF20は、共通のカーボン・モノコック(安価に設定)を使用し、20mmのリストリクターをエンジンに装着すれば、それ以外は基本的に自由という、ユニークなカテゴリーだ。
このため、1970〜80年代初頭にかけて人気を博し、多くのコンストラクターを育てた、FL500のようになることを目指しているそうだ。
今回の発表会では、試作のモノコック(市販型は細部が異なる)を使った3台の試作車が展示されていたが、三車三様の発想とデザインで、とても興味深かった。
まだどんなレギュレーションでどんなレースが行われるかなどは未定だが、多くのコンストラクターがユニークな発想で、オリジナリティのあるマシンを作って欲しいと思う。
今後に期待したいカテゴリーだ。


童夢が試作したマシンは、スポーツレーシングカー風のデザイン。林代表が自らデザインしたというボディ形状がユニークだ。ウインドスクリーンがルーフを覆う構造で、サイド部分は開いている。なんとなく、童夢RLシリーズの半クローズドルーフを思い出してしまった。


東京R&Dが試作したマシンは、オーソドックスなフォーミュラカー。車格的にはスーパーFJとFCJの中間くらいの感覚だろうか。面白いのは、グラウンドエフェクトカーであることだ。しかもサイドポンツーン内にアップスイープのある本格的なベンチュリカーとなっている。


ムーンクラフトが試作したのは、スポーツレーシングカーとフォーミュカーの中間的なオリジナリティ溢れるマシン。かなり未来的な印象で、トランスフォーマーにしたら似合いそう(実際そんな申し出があったとか)。ただし空力のスペシャリストらしく各部は凝っており、例えばフロントフェンダーカバーの内側には、ボーテックスジェネレーター的な処理が施されていた。


東京R&Dのマシンがカウルを外していたので、中を観察してみた。モノコックはまだ試作だが、シンプルなカーボンコンポジットであることがわかる。このクルマはエンジンに、ホンダのフィット系の1.5リッターが搭載されていたが、戸田レーシングやトムスではオリジナル・エンジンを製作中とのことだった。

投稿者 中島秀之 : 20:40 | コメント (0) | トラックバック

2008年11月 4日

F1最終戦は凄いレースに

F1最終戦ブラジルGPは、凄いレースだった。
深夜というか明け方、一人でTVを見ながら、ウォーとか、ウワーとか、かなり奇声を発してしまった。
今年はアッサリ決まるんじゃないかと、レース前は思っていたのに、昨年に続き、これほどハラハラドキドキするとは思わなかった。
それにしても、最終戦の最終ラップの最終コーナーで、ワールド・チャンピオンが入れ替わったことなど、史上初めてのことに違いない。

富士の日本GPでは、共に「F3ドライバー並」とも言える若さを見せたハミルトンとマッサだが、今回のレースでは共に、自分のやるべきことをキッチリとこなし、世界チャンピオン決定戦に相応しい走りを見せてくれた。
最後の最後でハミルトンにチャンピオンが決まったのは、まさに「時の運」というか「神様の悪戯」のようなもの。
昨年の最終戦の教訓からか、攻めずに耐えに耐えてチャンピオンを掴んだハミルトンには、心からおめでとうを言いたい。
また優勝しながら涙を呑んだマッサには、ハミルトン以上に大きな拍手を送りたい。

来年は是非、彼ら2人だけでなく、ライコネン、アロンソ、クビサなども含めた4~5人のドライバーが、数ポイント差で王座を争うような最終戦が見たいものである。


雨の中、苦戦しながら、史上最年少チャンピオンとなったハミルトン。(写真協力:メルセデス・ベンツ)

投稿者 中島秀之 : 18:56 | コメント (0) | トラックバック

2008年9月16日

今年のイタリアGPは・・・その2

前回のブログで、今年のイタリアGPが、良い意味で記憶に残るレースになって欲しいと、希望的なコメントを書いたら、いやぁまさにその通りのレースになって、驚いている。
このコラムにコメントをくださる常連の皆さんも、びっくりしてコメントを寄せてくださっているが、まさかセバスチャン・ベッテルが、トロ・ロッソに初優勝をもたらすとは!

ベッテルに関しては、僕は2005年のマカオGPを実況した時に、その存在を強く認識することになった。
初めてマカオに挑んだ若干18歳のベッテルは、予選こそ下位だったものの、レースでは順位を大幅に上げ、3位に入賞してみせた。
この時は、およそマカオ初出場とは思えないほど、走るたびにペースを上げ、確実に結果を出してくる、ある意味老獪とすら思えるほどの大人びた走りが印象的だったと記憶している。
その反面、グリッド上や表彰式で映し出された素顔があまりに童顔で、子供みたいに見えたことにも、強い印象が残っている。
その後BMWザウバーのサードドライバーとして、金曜日にしばしばトップタイムを記録して、関係者に認められるところとなり、昨年終盤からトロ・ロッソの正ドライバーとなったのはご承知の通り。
特に雨のレースでは驚異的な速さを見せ、昨年の日本GPでは、セーフティカーラン中に事故を起こすまで、トップを狙える走りを見せていた。

そして今回のイタリアGPだ。
いかに雨が予選・決勝を通して影響を与えたとはいえ、全チーム、ガチンコの戦いで、フル参戦初年のドライバーが、プライベートチームのマシンで優勝を飾るなどということは、現代のF1では奇跡といっても良い出来事と言える。
エンジン使用料を払って参戦しているチームのマシンが優勝したのは、2003年のブラジルGPに於ける、ジョーダンのジャンカルロ・フィジケラ以来のはずだが、あの時は赤旗中断でレース成立だったから、今回のようにフルディスタンス走りきってとなると、ここ十数年なかったのではないだろうか。
またチームの前身が、あのミナルディだったことを考えると、この優勝がいかに重みのあるものであるかが、さらに深くわかるはずだ。

いずれにせよ、今年のイタリアGPは、確実に我々の記憶に残るレースとなった。
そしておそらく、何十年かあとに、「あぁそう言えば、2008年のイタリアGPは、あのベッテルが最初に勝ったレースだったね。8のつく年のモンツァは、必ず何かが起きるんだよ」と、語られることになるのだろう。
いやぁ、それにしても、久々にスカッとしたレースだったなぁ・・・!


イタリアGPの予選で、初めてポールポジションを獲得したあとのベッテル(写真中央・写真提供:メルセデス・ベンツ)。3年前のマカオGPの頃に比べると、これでも随分大人っぽい顔となった。

投稿者 中島秀之 : 14:40 | コメント (0) | トラックバック

2008年9月13日

今年のイタリアGPは・・・

今週末、F1イタリアGPがモンツァ・サーキットで行われる。
いつもこのブログにコメントをくださるK大生Sさんがご指摘されているように、今年のイタリアGPは、ロニー・ピーターソンが事故で亡くなってから、ちょうど30年にあたる。
スーパー・スウェード、サイドウェイ・ロニーなどの愛称でファンに愛されたロニーは、1978年のイタリアGPでスタート直後の事故に巻き込まれ、救出されはしたものの、翌日還らぬ人となった。
コース上での激しいドリフト走法と、普段の愛嬌たっぷりの態度のギャップが、彼の大きな魅力だった。
僕個人としては、この1978年は大好きなロータスが、タイプ79で圧倒的な強さを発揮しており、そのドライバーであるロニーにはとても親近感を持っていた。
そのロニーが亡くなったことは、当時高校生だった僕には大きなショックだった。
この時代のF1は、ドライバーの死亡率がまだ非常に高く、ある意味仕方ない面もあったとはいえ、ロニーの場合は医療ミスも重なっての死亡だったようで、とても残念に思ったものである。
また事故の時に運転していたのが、この年のマシンであるタイプ79ではなく(直前にクラッシュさせたため)、スペアカーのタイプ78で、このクルマが79と違ってサイドにも燃料タンクを持つマシンだったことも、事故を大きくする原因だったと言われている。
そして皮肉なことに、ロニーの死によって、僚友マリオ・アンドレッティがこの年のチャンピオンに輝いたのだった。
そうした細かなディティールが、30年の月日を超えて鮮明に思い出されるほど、あの年のイタリアGPの印象は強烈だった。

ロニーの乗ったマシンのミニカーを並べてみた。手前が1978年のロータス79だ。

さて、これもK大生Sさんがご指摘されている通り、今年はエンツォ・フェラーリが亡くなってから、ちょうど20年である。
ロニーの死後10年経った、1988年のイタリアGPもまた、記憶に残るグランプリだった。
開幕から連戦連勝を続けていたマクラーレン・ホンダのセナ/プロスト・コンビが、この年唯一勝てなったレースだったのだ。
GPの直前にエンツォが亡くなり、弔い合戦とばかりに頑張った地元フェラーリのベルガー/アルボレートのコンビが、セナの終盤のリタイアによって1-2フィニッシュを飾るのだが、セナが勝てなかったのは、マンセルの代打でウイリアムズにスポットで乗った、ジャン-ルイ・シュレッサーとの接触事故が原因だった。
シュレッサーは1968年のフランスGPで、空冷のホンダRA302と共に亡くなったジョー・シュレッサーの甥で、彼がホンダの全勝を止めたというのも、非常に因縁めいた話しだった。
これもまた20年という時を超えて、鮮明に思い出されるイタリアGPである。

はたして今年のイタリアGPはどんなレースになるのか?
良い意味で、何十年か先にも記憶に残るレースであって欲しいものだ。

投稿者 中島秀之 : 01:31 | コメント (0) | トラックバック

2008年3月17日

ご意見ありがとうございます

前回のブログを見ていただいた皆さん、いろいろとコメントをいただき、どうもありがとうございます。
厳しいご意見も、ありがたく拝見しました。
今回の件で改めて思っているのは、僕やスズケイさんが中継に出ているかいないかが問題ではなくて、レースファンの方が楽しめる放送が行われているかどうかが、重要な問題だということです。
ですから、新体制での放送を、レースファンの皆さんが楽しんで見られているのであれば、全然問題ないというか、素晴らしいことだと思っています。
前回はちょっと厳しいニュアンスというか、不満がある(まぁ自分とスズケイさんが出演できないのはもちろん残念ではありますが)ような書き方になってしまい、申し訳なく思っています。
で、それを踏まえた上で、僕はやはり、レースファンの皆さんのテレビ中継に対する思いを、なんらかの形で主催者に伝えて欲しいと思っています。
賛否両論どちらでも、それを伝えることで、少しずつファンが望む形に変わっていってくれると思いますからね。

個人的には、一定時間に編集したものを地上波やBSで流すレース番組と、生で最初から最後まで放送するCSのレース番組とでは、音声を変えた方がいいと思っています。
F1の中継でもわかるように、それによって、お互いの特徴がより鮮明になると思うからです。
もっとも、これも様々な事情があって、スーパーGTでは現在ではできなくなっています(2006年はこれでしたが)から、現状では、どこかで妥協点が必要なのはわかります。
そして、それが今回の変更の理由だろうという推測もつきます。
ただ、やはり個人的には、どういう放送をファンが望んでいるのかを、きちんとリサーチした上で、番組作りの方向性を決めて欲しいというのが正直な気持ちです。

僕は、レース中継の醍醐味は、(それが録画の放送であっても)、ライブ感というか、今何が起きていて、その背景には何があるのかを、映像を見ながら推理していくような部分にあると考えているところがあります。
ですから、レース中に様々な情報、例えばドライバーのインタビューが入ったり、ピットレポートが逐一入ったりする番組(もちろんその状況が整っていればですが)が好きなんでしょうね。
たぶん、それに共感してくださる人もいるでしょうし、そうでないという方もいらっしゃると思います。
それぞれの意見があって当然だと思いますし、自分はこう思うという意見は、是非大切にして欲しいと思います。

なお今回の件で、いろいろと不快な思いをされた方がいらっしゃいましたら、心からお詫び申し上げます。
まぁ、今後はサーキットに行く機会が減るとは思いますが、何度か観戦にはいこうと思っていますし、別の海外のレースで放送に携わることもあると思いますので、今後とも是非よろしくお願いします。
またJ SPORTSは、限られた予算でモータースポーツに力を注いでくれているCS局ですから、僕が言うのも変ですが、是非これからも応援していただければと思います(解約したりしたら損をする発表が、今年あるかもしれませんよ!)。
あ、もちろんスーパーGTシリーズも、これからもっともっと面白くなるでしょうから、今まで以上に応援してください。

投稿者 中島秀之 : 16:57 | コメント (6) | トラックバック

2008年3月13日

私「クビ」になりました!

いよいよ今週末からモータースポーツ・シーズンが開幕となる。
F1はオーストラリアで開幕戦が行われるし、国内も鈴鹿でスーパーGTの開幕戦が行われる。

だが残念ながら、僕は鈴鹿に行く予定がない。
実は、1997年以来11シーズンにわたって務めてきた、スーパーGTのテレビ中継のレポーター役を「クビ」になったのだ。
とりあえず経緯を説明しておくと、先月末に、昨年からスーパーGTのレース中継の制作を担当している、制作会社(日テレ系のW社)のプロデューサー氏から電話があり、「申し訳ないのですが、出演していただけなくなりました」と伝えられた。
それ以前に、JSPORTSの担当プロデューサーから、「どうもそういう方向らしい」とは伝えられていたので、あまり驚きはしなかったものの、「長年GTの中継に携わってきたのに、ずいぶんあっさりしたもんだな」というのが正直な感想である。
で、両プロデューサー氏に聞いた話を総合すると、「制作サイドとしては、これまで通りのメンバーでやりたい旨を伝えたのだが、GTPのS専務が頑として譲らなかった」ということである。
僕はこのS専務とは全く面識がないのだが、昨年GTA委員会の要望により加わった方だそうで、元日テレ・BS日テレのプロデューサーだった方だそうだ。
GTPというのは、GTA委員会のプロモーション/メディア関連の仕事を統括する別組織で、当然テレビ中継もここが統括することになっている。
でまぁ、僕の後任は誰がやるのかを聞いたところ、「昨年までARTAでキャンギャルをやっていた女性で、英語が話せる人のようです」とのこと。
ま、金曜日からあっちこっちパドックを渡り歩いて情報を仕入れ、なるべくレース中継を面白くしたいなんて考えるようなレポーターが、時代遅れということなんだろう。
それはそれで仕方ない。
そういう考えの人だっているんだから。
ところが、その数日後、解説の鈴木恵一さんも番組を外れることが決定した。
恵一さんも9シーズンにわたり、中継の解説を務めてこられた。
現役時代はGT500での優勝経験もあり、GT300では長く最多勝記録を保持し続けた、職人肌のドライバーだった。
それゆえ、恵一さんのレース中のコメントは重く、まさに「ご意見番」的存在だっただけに、降板は実にもったいない。
しかも驚いたことに、恵一さんの後任は、松浦孝亮選手だそうだ。
ドイツF3などを経てアメリカのインディカー・レースに挑戦していた孝亮選手は、以前僕が実況するF3の番組にゲスト解説として出演してもらったことがあるが、頭の回転も早いし、言葉もそこそこ明瞭なので、まぁしゃべることに関しては問題ないだろう。
ただ問題なのは、孝亮選手が一度もGTレースに出たことがないことだ。
ある意味特殊なレースであるスーパーGTは、実際に出場、それもできれば両方のクラスでトップグループを走った経験がないと、解説するのは非常に難しいと思う。
どうも最初は服部尚貴選手に依頼したそうだが、服部選手がレース・コントロールの仕事(モラルハザードの認定の手伝いなど)をすることになり、今期Fニッポンに乗る孝亮選手に白羽の矢が立ったようだ。
これについて僕がどうこう言う立場にないが、こうした起用は、本人が現役で、先輩ドライバーもたくさん走っていることを考えると、孝亮選手自身にも可哀相だと思う。
そんなわけで、今年はスーパーGTの現場にも、殆ど行けなくなりそうだ。
仕事が減った云々より、レースが好きなだけに、現場に行けないのは非常に残念で仕方ない。

ところで、このブログを読んでくださっているレースファンの皆さんにお願いしたいのは、是非開幕戦のテレビ中継をご覧になった感想を、主催者であるGTA委員会に伝えて欲しいということだ。
賛否どちらでもかまわないし、ご意見やご要望も添えていただけると、なおありがたい。
これまでこうした意見が主催者に届いていなかったから、今回のようなことが起きたとも思えるからだ。
昨年鳴り物入りで始まった新生GTA委員会であるから、まさかファンの意見をないがしろにはしないだろう。



そう言えば、まだ新型GT-RのGTマシンが走っているのを見たことがない。今年見られるのかなぁ?

投稿者 中島秀之 : 15:08 | コメント (35) | トラックバック

2008年3月11日

日本自動車レース工業会が発足

今日は都内のホテルで行われた、童夢S102の完成披露&日本自動車レース工業会発足発表会に出席してきた。
林みのる氏率いる童夢は、1979年に童夢・零RLで出場して以来、長くル・マン24時間に参加してきたコンストラクターだが、今年久々のブランユーマシン、S102を投入することになった。
そのお披露目がまず行われ、実車が初めて公開された。
その姿は、NA3.5リッター時代のグループCか、最新のプジョー908HDiかといった雰囲気だが、さすがに童夢らしい「攻めた」クルマに仕上がっているようだ。
エンジンはジャッドV10、ドライバーは伊藤大輔の起用が予定されているという。
林代表の目標は「ポールポジションを取ること」だそうだが、是非決勝でも(?)頑張ってもらいたい。

ベールを脱いだ童夢S102。いかにも空力性能に優れていそうなボディが特徴。3年計画で頂点を目指すとのこと。

中身は2座のF1と思って間違いない感じだ。オープントップの前作S101シリーズより、ダウンフォースは強く、重心はより前方の低い位置に設定されるという。

続いて行われたのは、林みのる氏が会長となって、新たに設立された「日本自動車レース工業会(JMIA)」の発足発表だった。
これまで日本のレースコンストラクターやエンジンチューナーは、基本的に個別に活動を続けてきたのだが、これらの会社が結束して、日本のレース産業の発展振興や、レースのレベルアップに貢献することを目標に、この会は設立された。
副会長にトムスの大岩氏、名誉会長に国土交通副大臣の平井たくや氏、理事にムーンクラフトの由良氏、戸田レーシングの戸田氏、ケン・マツウラ・レーシング・サービスの松浦氏など、錚々たる顔ぶれが揃っての船出である。
会場では、現在JMIAとして具体的に開発を進めようとしている、新しい底辺フォーミュラ(汎用モノコック使用)や、次期FCJ、フォーミュラ660(軽自動車のエンジンを使ったフォーミュラカー)などのコンセプトが公開された。
その中には、車体だけでなく、レース専用のエンジンの構想も含まれていた。
また、今後はJMIAとして、国内各カテゴリーの主催団体に、積極的に国産レーシングカーの使用を働きかけていくという。
更にJMIAとしては、国内のレースメディアの健全化にも力を入れたいとしており、林会長は、いいことばかりしか報道しない現状を厳しく非難するとともに、毎年専門誌の中から、最もいい記事と最も悪い記事を選出したいとも言っていた。
この辺りは我々としても非常に興味深いところであり、今後の動向を見守るとともに、何かお手伝いできることがあれば、是非協力したいと考えている。
いずれにしても、国内で長くレースに携わってきた人々が結束して、大きな声を出せる体制が整ったことは非常に素晴らしいことだと思う。
是非、レース界の一層の発展のために、頑張っていただきたい。

今回の発表会は、林会長がリードする形で進行。壇上に並んだ理事の皆さんは、いずれも日本を代表するレース関係者ばかりで、その影響力は非常に大きなものになりそうだ。今後はJMIAとして、様々な形でレース界に影響を与えていくことだろう。

早くも具体的に、様々な車両のアイデアが公開された。JMIAとして、特に底辺フォーミュラや、中間フォーミュラの開発に力を入れていくとのこと。

投稿者 中島秀之 : 18:08 | コメント (0) | トラックバック

2008年2月26日

田中健二郎さんを偲ぶ会に出席

22日に都内のホテルで行われた、「田中健二郎さんを偲ぶ会」に、出席させていただいた。
田中健二郎さんは、オートレーサー、ホンダ・ワークス・ライダーを経て、日産ワークス・チームのキャプテン格として活躍された元ドライバーで、高橋国光さんや北野元さんを始め、たくさんの後輩を育てたことでも知られる方だ。
その後タキ・レーシング・チームを経て、フリーのドライバーとして1971年まで活躍。
引退後は、当時最も人気のあった、富士グラン・チャンピオン・シリーズ(富士GC)のテレビ中継で、解説者として活躍。
同時に、レース専門誌で辛口の批評を連載されたり、作家・大藪春彦氏らとチーム・マグナムを結成して、レースに参戦されたりした。
僕はついに一度も直接お話しさせていただく機会がなかったのだが、富士GCのテレビを食い入るようにして見た世代で、タナケンさんの少し訛った喋り方の名解説が、今も懐かしく思い出される。
僕は、当時タナケンさんが、ベテラン・ドライバーでも危険な走りをしたり、気力のないレースをしたりすると、「彼はベテランじゃなくて、ヘテランだね」と言って怒ったり、レース主催者やサーキットになんらかの不備があった場合は、きちんとその非を視聴者や読者に伝えたりしていたことが、非常に強く印象に残っている。
まさに「レース界のご意見番」的存在で、「こうした方が正論を言えることが重要なんだな」と、子供心に感心したものだった。
はたして今の日本のレース・メディアで、こうした意見を放送したり、雑誌に掲載したりできるものがあるだろうか?
多くの方々が出席された「偲ぶ会」の会場を眺めながら、ふと、そんなことを考えてしまった。

ある意味で、僕がレースのテレビ中継に出演するきっかけを与えてくださった、田中健二郎さんのご冥福を、改めてお祈りします。
なお、僭越ながら、僕が記した追悼文が、カーマガジン4月号に掲載されています。
そちらも是非ご一読を。



高橋国光さんと北野元さんが発起人となって開催された、今回の「偲ぶ会」。
会場には、タナケンさん愛用の品や、数々の貴重な写真が展示されていた。


投稿者 中島秀之 : 12:42 | コメント (1) | トラックバック

2008年1月26日

相次ぐ訃報に涙

いつも見ているモータースポーツ専門サイトで、アンダース(アンデルス)・オロフソンが亡くなったことを知った。
22日にスウェーデンの自宅で、眠ったまま亡くなったという。
55歳だった。
アンダースさんとは、ティーポが太田哲也さんと共にル・マン24時間にチャレンジしている時に知り合い、非常に仲良くしていただいた。
このため、ティーポ・ファミリーの一員を失ったようで、なんとも寂しい気持ちだ。

アンダースさんは確か、1986年に、ボルボ・ワークス・チームの一員として、富士で行われたインターTECに参戦するため、初めて日本にやってきたはずだ。
このレースで優勝すると、日産ワークスからお声がかかり、当時まだ珍しかった「外人レーサー」として、日本で数多くのレースに出場することになる。
ヨーロッパでF3、F2とフォーミュラを経験し、その後ツーリングカー・レースに転じただけに、腕が確かなのはもちろんだが、いかにも北欧の人らしい、常に控えめで、思慮に富んだタイプゆえに、日本のレースにピタリとマッチしたのだろう。
その後は日産のワークスドライバーとして、特に長谷見昌弘さんとの名コンビで、グループAのR32GT-RやグループCカーで大活躍した。
ただ僕たちティーポのメンバーとは、1993年の秋に、イタリア・バレルンガのレースに太田さんが出場した時と、1994年に太田さんが2度目のル・マンに挑んだ際、太田さんの所属したシンプソン・チームと同じトティップのスポンサーでF40を走らせていた、エネア・チームのドライバーとして親しくなった。
翌1995年には、太田さんがル・マンでエネアのF40を、アンダースさんと、デラさんことルチアーノ・デ・ラ・ノーチェと共に走らせることになり、一気に仲良くなった。
この年は、アンダースさんが予選アタック中に、ユノディエールでタイヤバーストに見舞われたのだが、ピットに戻って冷静に状況を説明する姿を見て、なんてプロフェッショナルなんだと驚いた覚えがある。
結局この年は序盤でリタイアしてしまうのではあるが、これが縁で、1997〜1998年の全日本GT選手権GT300クラスに於ける、フェラーリF355GTによるチャレンジで、アンダースさんにご協力いただくことになる。
このF355GTによるチャレンジは、太田さんとの名コンビで、1997年のオールスター戦(もてぎオーバル)での、感動的な優勝に結実するのだが、翌年第2戦の大クラッシュで終焉を迎えたのはご存知の通りだ。
一方でアンダースさんは、その腕を買われて、1997年のル・マンには、ガルフ・マクラーレンF1GT-Rのドライバーとしてル・マンに出場する。
この年は太田さんが出場しなかったため、僕たちは取材のついでに、アンダースさんの応援をずっとしていたのだが、あれよあれよといううちに順位を上げた41号車のマクラーレンは、結局総合2位、GTクラス優勝という、大金星を挙げるのだった。
面白いのは、その優勝直後、アンダースさんを祝福に行ったら、「今夜夕飯を一緒に食べましょう」とアンダースさんが言ったこと。
祝賀会とかありそうなものだが、「いや、特にないから、行きましょう」と言うので、ティーポ初代編集長の山崎憲治さんたちと共に、ル・マン市内で小さな祝勝会を開いた。
ワインが好きで、なかなか詳しいアンダースさんのお勧めのワインで、皆すっかり酔っぱらったのを昨日のことのように思い出す。
またこの年8月の鈴鹿1000kmでも、2台のワークス・メルセデスに次ぐ3位表彰台に立ったと記憶している。
その後第一線を退いた後は、スウェーデン国内のツーリングカー・レースで日産車を走らせるチームを運営したり、若いドライバーの育成に力を注いでいたという。
山崎さんは、その後イエテボリの近くにある自宅を訪ねたり、ずっと連絡をとっていたそうだ。
突然の訃報は、本当に残念で仕方ない。
是非またお会いして、あの「真顔で言うジョーク」を聞いてみたかった。
山崎さん、太田さん、そしてJTCでコンビを組んだ木下隆之さんも、突然の悲報に驚き、残念がっている。
唯一の救いは、眠っている間に、苦しむことなく亡くなられたであろうこと。
心からご冥福をお祈りします。

それにしてもここのところ、僕の大好きな人たちの訃報が相次いでいる。
英国エージェントのマイクさん、ノリック、そして昨年末には、かつて日産ワークスのキャプテンとしてレースで活躍され、引退後は富士GCシリーズのテレビ中継の名解説者として活躍された田中健二郎さんも亡くなられたという。
健二郎さんとは全く面識はないが、僕がレース中継に携わりたいと思ったきっかけを与えてくださったお一人でもある。
改めて哀悼の意を捧げたい。


1997年の鈴鹿1000kmで、アンダースさんを取材する僕。


投稿者 中島秀之 : 13:50 | コメント (4) | トラックバック

2007年10月23日

おめでとう! ライコネン

F1最終戦ブラジルGPの中継を、今朝方テレビで見た。
結果は皆さんご存知の通り、フェラーリのキミ・ライコネンが優勝し、マクラーレンのフェルナンド・アロンソは3位、ルイス・ハミルトンは7位に終わり、大逆転でライコネンがチャンピオンとなった。
それにしても、まるで1986年の、マンセル、ピケ、プロストによる三つ巴の最終戦を彷彿とさせるような、逆転劇だった。
僕個人としては、ライコネンの王座獲得は、一番良い結果だったのではないかと思う。
と言うのも、マクラーレン・チーム内のゴタゴタに、かなり嫌気がさしていたということがある。
ロン・デニスとアロンソのあからさまな非難合戦などは、レースファンとしては見るに耐えない。
またルーキーのハミルトンが簡単にチャンピオンを獲得してしまっては、50年以上の歴史を誇るF1グランプリとはいったいなんだったのかと思えてしまう。
そんな訳で僕としては、まるでジェームズ・ハントのように、酔っぱらいで奇行が目立つこともあるが、政治的な駆け引きには無頓着で、ひとたびマシンに乗れば恐ろしくアグレッシブなライコネンがチャンピオンになってくれて、正直嬉しかったのである。
まぁ、今期のF1が近年稀に見る激戦だったのは確かで、見る側にとっては最後まで十二分に楽しめた。
来期も是非今期以上の激戦になって欲しいものである。

フェラーリのダブルタイトル獲得は2004年以来。マラネロもいろいろと政治的な争いがあるようだが、終盤戦の追い上げは見事だったと言える。

投稿者 中島秀之 : 01:08 | コメント (3) | トラックバック

2007年10月 8日

なんてことだ・・・

F1中国グランプリの地上波放送を見ようとテレビをつけたら、直前のニュース番組で、ノリックこと阿部典史選手の訃報を聞いてしまった。
なんてことだ・・・。
僕は直接面識があったわけではないのだけれど、ノリックの名付け親であり大の仲良しの中尾省吾テッペーさんのお陰で、ティーポやジェイズ・ティーポの誌面には何度もご登場いただいてきた。
ティーポでは8月号の自動車世界遺産の記事の中で、ポルシェ959に関するコメントを掲載させていただいたばかりだ。
個人的なことを言わせてもらえば、あれは確か1994年のオートバイの日本GPで、僕がPit-FMの中継に出演した時のことが、今も鮮明に記憶に残っている。
その時僕は、鈴鹿のヘアピンのアウト側に当時あった、監視小屋のような放送席に陣取って、西コースの模様を伝えるレポーターをしていた。
この時初めて世界GPのGP500にスポット参戦したノリックは、世界の強豪相手にいきなり互角の戦いを展開。
レース終盤、2番手を行くミック・ドゥーハンを抜いたノリックは、更にトップを行くケビン・シュワンツを追い上げようとペースをあげた。
ところがその直後の1コーナーで転倒してリタイア。
だがこの時僕は、まだ若干18歳だったノリックの走りに、猛烈に興奮し、ひょっとしたらGP500で将来チャンピオンになるんじゃないかと思ったことをよく覚えている。
その後世界GPで3勝を挙げるにとどまったのは、本人もやや悔いの残る結果だっただろうと思うが、それでも僕たち日本人にとっては、その愛すべきキャラクタ−と爽やかな風貌で、記録より記憶に残る偉大なライダーだったと言えるだろう。
昨年はワールド・スーパーバイクに参戦。そして今年は全日本JSB1000に出場し、新たなライダー生活を始めたばかりだった。
それにしても、一般道路で急にUターンしたトラックと接触して命を落とすなんて、ノリックらしくないような気がしてならない。
まだ32歳。もっともっと長くライダー生活を続けて、伊藤真一選手のように、いや水谷勝さんのように、40になっても50になっても走り続けていて欲しかった。
なんと残念な、そしてなんと悔しい訃報だろうか。
心からご冥福をお祈りします。

ティーポ8月号で、ノリックにテッペーさんがインタビューした記事。
テッペーさん、どうかノリックにお疲れ様とお伝えください。

投稿者 中島秀之 : 02:03 | コメント (5) | トラックバック

2007年8月11日

2009年からの国内競技規則について

8月10日に、JAFオフィシャル・ホームページ内のモータースポーツニュースで、2009年からのスーパーGT GT500クラスとフォーミュラ・ニッポンの新しい車両レギュレーションの骨子が発表された。
それによると、コスト削減をメインの理由として、双方でエンジンを共用することになるという。
つまり、これまでGTでは基本的に認められていなかった、(ゼロから開発できる)レース専用エンジンの使用が認められることになるわけだ。
またエンジンの形式はV8の自然吸気で排気量は3.4リッターに規定されており、Fニッポンでは従来通り10300rpmのリミッターが装着される。
一方GT500に関して言えば、駆動方式を基本的にFRに限定するという文言が入っており、これはDTMと同様に、エンジン、ミッション、ブレーキなどを共通部品として、コストを下げる目的があると思われる。

さて、これまでフォーミュラカーとスポーツカーやGTがエンジンを共用した例は、極めて少ない。1990年代初頭に、FIA主導でグループCカーによるプロトタイプカーレースが、3.5リッターNAエンジンとなり、F1と同じになったことがあるくらいだ。あの時は、グループCのコストが逆に高騰したため、参加メーカーが思ったほど集まらず、グループCそのものが消滅してしまった。もちろん今回の新規定は、コスト削減を主眼においてのもので、あの時の轍は踏まないだろうが、一抹の不安があるのも事実と言える。

個人的に気になる点をいくつか挙げると、ひとつは、GT500クラスに、新たなメーカーやプライベーターが参加しにくい、というか事実上参加できなくなってしまうのではないかという懸念がある。例えばアウディが、ディーゼル・エンジンを搭載したR8の改造GT車を作ったとしても、またマツダがロータリー・エンジンを搭載するRX8ベースのマシンを参戦させたくても、この新規定では参加できないことになる。
またレースの世界でも、世界的にエコロジーが重視される傾向にあり、既にル・マンはエコ対決の様相を呈しているし、今後トヨタはハイブリッドのレースカーの開発に力を入れるものと思われている。こうしたエコを意識したレースカーも、新規定では参戦を拒否されることになる。
更に、これまでスーパーGTでは、ある特定の車種だけが速かったり、逆に遅かったりした場合、様々なアイデアで性能の均一化を図ってきた。だが新規定では、各部の共有化が進むものと思われ、こうした性能の均一化を図りにくくなるだろう。仮に3メーカーのうち1社のエンジンだけが、性能的に突出していたり、逆に遅れていたりした場合、どのような判断をするのだろうか。
この問題はエンジンを流用するフォーミュラ・ニッポンにも当てはまり、おそらくニッサンもFニッポンに参戦することになるのだろうが、これまでフォーミュラ・エンジンの経験がないニッサンが、性能的に少し遅れたりした場合は、どうなるのだろう? ニッサンがエンジンをFニッポンに供給した場合、現在Fニッポンでトヨタ系トップチームであるインパルは、当然ニッサン・エンジンを採用することになるはずなのだが・・・。
Fニッポンで言えば、まだシャシーに関する新規定が明示されていない。おそらくまたヨーロッパのコンストラクターが製作したシャシーのワンメイクとなるのだろうが、個人的には、完全な独自路線で行くのであれば、国産コンストラクターのシャシーを使用する方が良いと思う。一方で、他国のこうしたカテゴリーから孤立してしまうのを避けたいという気持ちもあり、GP2やIRLとのシャシー共用化を検討した方が良いのではないかとも思う。エンジンは違ってもシャシーが同じであれば、なんらかの交流の可能性が残されると思うからだ。

いずれにしても、再来年から新規定に沿った車両が登場し、FニッポンとスーパーGTが行われることになるわけで、いろいろと懸念はあるものの、なんとか現状より良い方向に両シリーズが向かってくれることを祈るばかりだ。

スーパーGTのGT500がFRに限定された場合、ミドシップのNSXは出場できなくなる。ホンダの次期参加車両(次期NSX?)はミドシップではないということか。またエンジンを共用することになれば、Fニッポンにはニッサンも参戦することになる。インパルは当然ニッサン・エンジンになるだろうが、トヨタとの関係はどうなる?
(写真協力:ホンダ、トヨタ)

投稿者 中島秀之 : 12:22 | コメント (0) | トラックバック

2007年6月17日

ル・マン24時間が終了

ル・マン24時間レースが先ほど終了した。
僕はネットで細かく状況をチェックしての観戦(?)だったのだが、凄いレースだった。
時折降る雨のために何度もセーフティカーが入る難しいコンディションの中、王者アウディは3台中2台を、また挑戦者プジョーも2台中1台を失い、完全な一騎打ち状態でゴールを迎えることになったのだ。
勝ったのはビエラ、ピッロ、ヴェルナーの操るアウディの1号車で、ラミー、サラザン、ブルデー組のプジョー8号車は惜しくも2位となった。
最終的な結果は、周回数に10周の差があったが、プジョー陣営は14年ぶりの復帰戦にも関わらず、素晴らしいレース運びでアウディを追いつめたと言えるだろう。
ディーゼル・エンジン車同士の激しい優勝争いは、このレースを見つめていた欧州全土のレースファンに、ル・マンに新たな時代が到来したことを強く印象づけたはずだ。
また、ディーゼル・エンジン車が販売される乗用車の大半を占める欧州市場に於いて、アウディとプジョーは、ディーゼル・エンジン技術の高さを示すと共に、メーカーとしてのエコに対する積極的な姿勢を強くアピールすることができたはずだ。
おそらく来年以降、暫くの間は両メーカーの優勝争いが続くだろうし、プジョーがいち早く対応したLMPの新規定(クローズドボディ)のマシンが、ポルシェを始めいくつかのメーカーから登場し、この戦いに加わってくる可能性も高い。
日本の自動車メーカーとしては、ポルシェと共にアメリカン・ル・マン・シリーズのLMP2クラスに参戦しているアキュラ(ホンダ)が、数年後にル・マン本戦に挑む可能性はあるが、その時には、特にディーゼル・エンジンのレースでの使用に関して、欧州のメーカーが大きなアドバンテージを得ていると思われる。
ホンダやトヨタを始めとした日本のメーカーとしては、得意のハイブリッド・システムをガソリンまたはディーゼル・エンジンと組み合わせて挑むしか、ル・マンで彼らに挑む術はなさそうだ。
なんとか早くル・マンに復帰して、欧州市場に大きなインパクトを与えて欲しいと思う。

日本勢はいずれも大苦戦。奇跡の復活で決勝に出場したJLOCのムルシエラゴ(写真はスーパーGT用マシン)は、スタート直後にトラブルでリタイア。中野信治の乗るクリエイションとT2Mの童夢も5時間ほどでリタイア。黒澤治樹の乗るザイテックは総合27位/クラス2位、ブノワ・トレルイエの乗るペスカロロは総合13位、レーシング・フォー・ホランドの童夢ジャッドは総合25位で完走するにとどまった。

投稿者 中島秀之 : 22:26 | コメント (0) | トラックバック

2007年6月15日

今週末はル・マン24時間

今週末はル・マン24時間レースが行われる。
残念ながら今年もテレビ中継は行われず、僕も出番はないのだが、どうしてもこのレースだけは注目せずにいられない。
昨年史上初めてディーゼルエンジンを搭載したアウディR10が優勝したわけだが、今年はそのライバルとして、あのプジョーが908を引っさげサルトに帰ってくるため、久々のワークス対決となるからだ。
プジョーと言えば、僕が初めてル・マンに行った1993年に、快音を発する905Bを擁して、トヨタを完膚なきまでにブッチギリ、表彰台を独占して見せたメイクスだ。
チーム首脳は「今年はまだ準備の年で勝負は来年」と言っているが、いやいや予選ではきっちりポールポジションを奪っているし、どうもこりゃあ最初から勝ちに来ているのが見え見えだ。
これに対し、21世紀になってから、兄弟車とも言えるベントレー以外に一度も負けたことのないアウディは、胸を貸す立場でかなり余裕があるように見える。
DTM開幕戦でクラッシュし、休養していたトム・クリステンセンも復帰したし、今回は2台のワークスマシンに加えて、DTMで活躍中の若手3人組が乗る3台目のR10も参戦し、サポート体制も万全。
来るなら来い! という感じに見える。
はたして両陣営がどんな24時間レースを戦うのか非常に興味深い。

日本勢ということでは、LMP1クラスの1台に中野信治選手が、LMP2クラスの1台に黒澤治樹選手が乗って、予選を見事に通過している。
また日本一速いフランス人、ブノワ・トレルイエ選手も、ペスカロロのLMP1マシンで出場する。
残念ながら、JLOCのランボ・ムルシエラゴは予選でクラッシュして決勝出場を断念。
また、日本のT2Mチームがエントリーした童夢のLMP2マシンは、ずっと苦労続きだったようだが、どうやら予選は通過できるようだ。日本のミスター・ルマン、寺田陽次郎選手はこのクルマに乗る予定だが、決勝も苦労の連続となるかもしれない。

あぁ、それにしても、日本のメーカーはル・マンをこんなに軽視していて良いのだろうか?
F1や他のレースに必死になっている間に、ル・マンはどんどんとエコに目を向けたレースになりつつあり、このままでは欧州のメーカーに、技術面でもイメージの面でも、大きく水をあけられることになりかねない。
ハイブリッドやディーゼル・エンジンを使えるシリアスなレースは、現在のところ、ル・マンとル・マン・レギュレーションのシリーズ戦だけと言える。
そろそろどこかのメーカーが、手を挙げるべきではないかと思うのだが・・・。


ディーゼル・エンジンで真っ先に成果を挙げたアウディ。
今年もR10は優勝候補の筆頭だ。
(写真は今年のセブリング12時間優勝時のもの。写真協力:アウディ)

投稿者 中島秀之 : 17:30 | コメント (9) | トラックバック

2007年6月11日

おめでとう! スーパーアグリ(Part.2)

昨夜録画しておいたF1カナダGPのTV中継を、今朝早送りで見ていたら、物凄いレース展開で、すっかり目が覚めてしまった。
まずは、ルイス・ハミルトンの初優勝に驚いた。
初めて走るコースでポール・トゥ・ウィン、しかも後方で次々と起こる混乱をよそに、慌てず騒がず走り続けてのと勝利という、並のドライバーでないことを見せ付けるかのような勝ちっぷりだった。
その冷静な走りを見ていると、ジャッキー・スチュワートやニキ・ラウダ、アラン・プロストといった過去のビッグネームの姿がダブる。
ジム・クラークやアイルトン・セナのような、魂を揺り動かす走りではないかも知れないが、間違いなく近い将来チャンピオンになる器だろう。
今回のようなレースができるのなら、ルーキーによるチャンピオン獲得という快挙も、あながち不可能とは言い切れない気がしてきた。


一方スーパーアグリの佐藤琢磨が、バルセロナに続いて素晴らしい走りを見せてくれた。
予選11位からスタートするや、常に上位をキープ。
セーフティカーがたびたび登場する荒れたレースを耐え抜き、6位に入賞したのである。
しかも最後のセーフティカーラン中のピットインでは、ルールの関係から給油が最初行えず、続けてもう1度入る不運があったにも関わらず、である。
もっともこの2回連続ピットインは、今回コースにマッチしていなかったソフトタイヤを1周しか使わずに済むという恩恵ももたらし、このおかげで、終盤ラルフ・シューマッハと、王者フェルナンド・アロンソをコース上でブチ抜くことが可能になったとも言える。
もちろん運もあっただろうが、運もそれを使える位置にいなければ意味がないわけで、今回スーパーアグリ・チームは素晴らしい仕事をしたと思う。
心からお祝いの言葉を送りたい。

琢磨がアロンソを抜き去るシーンには、朝っぱらから大興奮してしまった。
スーパーアグリ・チームは、このアットホームな雰囲気が魅力でもある。
(写真協力:ホンダ)

投稿者 中島秀之 : 14:59 | コメント (0) | トラックバック

2007年6月 4日

JLMC第2戦が終了

富士スピードウェイで行われていた、JLMC第2戦富士1000kmが終了した。
予定の220周に1周満たない219周で6時間が経過してチェッカーとなったが、結局優勝は開幕戦菅生に続き、ダンロップ・ザイテック05Sの野田/山崎組だった。
中盤までレースをリードした無限クラージュは、ミッションを壊してリタイア。
2位はAIM SPORTSのGC21、3位はKRH F430GTだった。
さすがに参加10台ではレース中間延びすることもあったのだが、今回は扇一平アナウンサーと解説の両角岳彦さんと、ル・マンがらみの雑談(?)を繰り広げているうち、6時間があれよあれよと言う間に経過していった感じだ。
時折レースと関係ない話しに脱線することもあったが、現場で観戦されたお客さんには喜んでもらえたのではないかと思う。
また、レース中はずっと、それぞれのシチュエーションでバトルがあったりドラマがあったりして、やっぱり耐久レースは面白いなと思った次第。
ただし、何度も言うようだが、いかんせん台数が少なすぎる。
LMP1、LMP2、LM-GT1各クラスに、もう2台ずつくらい参戦があると、ぐっと盛り上がるはずなのだが、なんとかならないものだろうか。

レース終了後、扇さん(後列右から二人目)と両角さん(同右端)、放送室のスタッフの皆さんと共に記念撮影。扇さんはかなりお疲れのご様子!? また、なぜか全員、差し入れのバナナを持っているが、深い意味はないので念のため。

今回3台を参加させていたHITOTSUYAMA RACINGのホスピタリティ・テントには、なんとピザを焼く石釜がセットされていた。食べたかったなぁ。

投稿者 中島秀之 : 01:01 | コメント (3) | トラックバック

2007年6月 2日

今週末はJLMC第2戦(その2)

JLMC第2戦、今日は予選が行われ、伊藤大輔選手のドライブする無限クラージュLC70(伊藤/荒聖治)がポールポジションを獲得した。
ダンロップZytek05S(野田英樹/山崎信介)も1.5秒差で続いているので、明日は面白い戦いとなるだろう。

さて今日はLMP1以外の各クラスの見どころをご紹介しておこう。
LMP2クラスは、F3ベースのAIM SPORTS GC21(下写真左)と、F4ベースのKK-LM MAX MYST ADVAN(同右)がライバル関係となっている。
富士が地元のGC21の方が予選では一歩リードだが、さてどうなるか?

LM-GT1クラスは、昨年から出場しているダンロップフェラーリ550GTS(下写真左)(飯田章と藤井誠暢の呉越同舟コンビ)が総合でも4位のタイムを出しており、決勝ではプロトを食う速さを見せてくれそうだ。このクラスのライバルはZIPSPEED CORVETTE(同右)(ティーポでお馴染みの壷林貴也プロと吉富章の怪しいおじさんコンビ)なのだが、デフを壊して部品の調達に手こずっており、決勝は出場できるか微妙な情勢だ。

そしてLM-GT2クラスは、TEAM KAWAMURAの最新型フェラーリ、KRH F430GT(写真下左)(オーナーの青山光司と、新田守男、高木真一の反則トリオ!?)が素晴らしいタイムを記録して、総合5位クラス1位を獲得。これに挑むのは、やはり最新型のポルシェであるダンロップPORSCHE 997(GT3RSR)(同右)(福山英朗、宮川やすお、谷口行規)。仕上がり具合はフェラーリが大きくリードしているが、さて決勝での信頼性はどうだろうか?

ということで、明日の決勝は、各クラスの優勝争いそれぞれにご注目いただきたい。
僕は明日も放送席で、扇一平アナウンサーと両角岳彦さんと共に、レース談義(!?)を繰り広げる予定だ。

投稿者 中島秀之 : 18:11 | コメント (2) | トラックバック

2007年6月 1日

今週末はJLMC第2戦

富士スピードウェイに来ている。
今週末は、全日本スポーツカー耐久選手権(JLMC)の第2戦、富士1000kmレースだ。
僕はこのレースで場内放送に出演することになっているのだが、今日は取材のため現地入りしているのだ。
今回の場内放送は、いつも富士スピードウェイで放送を担当されている、文化放送の扇一平アナウンサーと、モータージャーナリスト両角岳彦さんのコンビに、僕がゲストコメンテーターとして加わる形で行われる。
お二人とはほぼ初めて共演するので、今から楽しみだ。
とはいえ、実は1990年前後に、僕がPit-FMのピットレポーターを担当している頃、富士のF3000レースの場内FMだけ何故か文化放送が担当(Pit-FMはニッポン放送系)していて、ある年一度だけ両者が合同で放送を行ったことがあって、その時お二人とはほんのちょっと共演したことがあるので、17〜18年ぶりの共演ということになる。

ところでレースの方は、今回も開幕戦菅生と同じ全部で10台の参加と少し寂しいのだが、その分、それぞれのクラスで白熱した戦いが見られそうだ。
というのも、4つあるクラスそれぞれで、直接のライバル対決があるからだ。
一番速いLMP1クラスは、昨年と同様ダンロップ・ザイテック05Sと、無限クラージュLC70の一騎打ちとなっている。
昨年と違うのは、両者とも信頼性が大幅に向上したことで、開幕戦菅生では終盤までトップ争いが展開された上でザイテックが初優勝を飾った。
ザイテックのドライバーは、昨年から引き続きステアリングを握るベテランの野田英樹と、昨年GC21の車両で善戦した山崎信介のコンビとなっている。
一方クラージュは今回、レギュラーの黒澤治樹と中野信治がル・マンのテストデイに出かけたため、昨年このマシンに乗っていた2004年のル・マン・ウィナー、荒勢治と、無限のエースドライバーである伊藤大輔のコンビがドライブする。
今日行われたフリー走行では、ザイテックとクラージュがほぼ同じようなタイムを出しており、直線スピードに勝るクラージュと、コーナーリングに部のあるザイテックが、予選・決勝を通して、激戦を繰り広げることは間違いないだろう。
なお、それ以外のクラスは明日ご紹介したい。

近郊にお住まいのレース好きの方、日曜日はピクニックがてら、このレースを見にいらしてはいかがだろうか?
サポートイベントとして、ヒストリックカーやヒストリック・フォーミュラカーの走行、ポルシェ・カレラ・カップ・ジャパンのレースなども行われるので、一日ゆっくりお楽しみいただけるはずだ。

旧LMP675規定のザイテックは、フラットボトム&軽量ボディで抜群のコーナーリングを誇る(左)。一方新LMP1規定のクラージュは、直線スピードが高い上、幅の広いタイヤが使用できる(負担が少ない?)ため、富士のようなコースだとピット戦略で有利になる側面もあるかも知れない。

投稿者 中島秀之 : 14:23 | コメント (0) | トラックバック

2007年5月30日

モナコGPで少し興奮

先週末のモナコGPは、久々に興奮してテレビ観戦していた。
昨年までは超ハイグリップタイヤが供給されていたためか、マシンの挙動が落ち着いていて、ドライバーが「攻めている」のが画面からわかりづらかった。
それが今年は、タイヤがワンメイク化されたためか、適度にグリップレベルが低く、ドライバーが頑張っているのがハッキリ画面からもわかったからだ。
特に、優勝を争ったマクラーレンのフェルナンド・アロンソとルイス・ハミルトンの2人は、ここぞ!という場面では、限界を超えた走りに挑んでいるのがわかり、思わず「危ないよ!」と画面に叫ぶほどだった。
惜しむらくは、おそらくはチーム側がそれを避けたのだろうが、二人がテール・トゥ・ノーズで丁々発止とやりあう場面がなかったこと。
あの1992年のセナ対マンセルの死闘を、レースの終盤に期待したのは、僕だけではあるまい。
それにしても、ハミルトンというドライバーは凄いルーキーだ。
現在最高のドライバーであるアロンソを、あそこまで追い詰めたのだから。
これで5戦連続表彰台、4戦連続2位で、ランクトップをアロンソと分け合っている。
遠からず初勝利の日は来るだろうが、ここまで凄いと、反対に、まだ勝てていないことが不満に思えてしまうから不思議だ。
若いんだからもっと後先考えずに優勝狙えよ! 表彰台も大事だろうけどさあぁと、ついツッコミたくなってしまうのだ。
もっともこれに関しては、現在のポイントシステムも少なからず影響を与えていると思う。
優勝10点、2位8点では、リスクを犯してノーポイントに終わるより、2位を続けた方がチャンピオンの可能性が高くなるからだ。
前戦スペインGPでアロンソがリスクを犯して4位だったのに対し、ハミルトンは無理せず2位をキープしたために、現在アロンソと同点でいられるというわけだ。
その意味では、ハミルトンはアロンソより更に計算高い、現代のF1ドライバーだと見ることもできる。
ただ僕としては、やはりリスクを犯してでも優勝を狙うドライバーの方が好きだ。
前述の1992年のモナコのマンセルは、あそこでセナを抜かなくても、チャンピオンは堅かったはずなのに、敢えてコース上でのバトルを挑んだ。
僕らはそこにカタルシスを覚えるはずなのだ。
そうしたレースにするためには、優勝のポイントを現在の10から12に引き上げた方がいいのではないかと僕は思う。
もし優勝と2位で4ポイント違えば、ドライバーはなんとしても優勝を狙うだろうから、だ。
因みに、もしこのポイントシステムが今年採用されていれば、現在のドライバーズポイントは、アロンソ42(実際は38)、ハミルトン38(同じ)、マッサ37(実際は33)となり、なんとなくこれまでの5戦の正当なポイントであるように思える。
いずれにしても、優勝の価値をもっと高めてもらいたいと僕は思う。
特にモナコGPにおいては、勝者と2位では天と地ほど差があるように、主催者も演出すべきではないだろうか。


写真協力:ダイムラー・クライスラー(写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 13:17 | コメント (5) | トラックバック

2007年5月14日

おめでとう! スーパーアグリ

昨日行われたF1スペインGPで、スーパーアグリF1チームの佐藤琢磨が8位に入賞し、同チームに初のポイントをもたらした。
終盤、昨年のチャンピオンチームであるルノーの、そして2002年の琢磨の僚友であるジャンカルロ・フィジケラとの一騎打ちを制しての入賞だった。
レース後大喜びするチームメンバーの映像を見ていたら、こちらまでその感動が伝わってきた。
鈴木亜久里代表も佐藤琢磨選手も、これまでお仕事でいろいろお世話になった方のため、なんだか身内の出来事のように思えて、ホントに嬉しくなった。
それにしても、スーパーアグリのチーム規模と予算を考えると、この入賞は快挙と言える。
また本家ホンダが不調でいまだノーポイントの今期、セカンドチームであるスーパーアグリのポイント獲得は、ホンダ本社にとっても良いことだったはずだ。
もっとも実際にワークス・ホンダF1に携わっている方たちには、複雑な心境かも知れないが。
もちろんスーパーアグリの関係者は、この1ポイントでは満足せず、次なるステップを目指していくことになるのだろうが、今はとりあえず手放しで大喜びしてもらいたいと思う。
おめでとう! スーパーアグリ。

写真協力:ホンダ

投稿者 中島秀之 : 09:53 | コメント (0) | トラックバック

2007年5月13日

明日はテレビ中継がいっぱい

明日13日(日)は、僕が出演する番組が続けて放映される。
20時からは東京MXテレビでタイムマシーン・フェスティバルの中継が1時間枠で放映される。
詳しくは、「東京MX TV番組表」 をご覧いただきたい。
また22時からは、CS放送のJ SPORTS ESPNで、ドイツ・ツーリングカー・マスターズの第1戦の放送がある。
やはり1時間枠で、かなり見どころのあるレースなので、スカパーやケーブルでご覧になれる方は是非お楽しみに。
詳しくは「J SPORTS DTM番組表」 でご確認いただきたい。
更に、同じ22時からだが、BSデジタル放送のBS日テレで、先日のスーパーGT第3戦富士500kmの模様が2時間枠で放送される。
CSやケーブルでご覧になれない方は、是非こちらでご覧いただきたい。
詳しくは「BS日テレ SUPER GT放送スケジュール」 を参照して欲しい。
明日はF1スペインGPの中継もあるし、レースファンにとっては、どれを見たらいいか目移りしてしまう夜になりそうだ。

富士のGTは、タイムマシーン・フェスティバルと違い、快晴に恵まれた。

投稿者 中島秀之 : 00:31 | コメント (7) | トラックバック

2007年5月11日

スペインGPは見逃せない!

今朝の東京は台風のような強風で、編集部に毎朝届けられる「東京中日スポーツ」が、どこかに飛んでいってしまい、ちょっとガッカリしている。
というのも、今週末はバルセロナのカタルーニャ・サーキットでF1スペインGPが行われ、少しでも情報が欲しいからだ。
今期のF1は既に3戦終了しているが、いずれもヨーロッパ圏外でのレースで、しかも今期はサンマリノGPが行われないため、第3戦バーレーンGPから4週間も間が開き、このスペインGPがいよいよ本格的なシーズンスタートという感じなのだ。
ここまで3戦は、フェラーリとマクラーレンの4人のドライバーがほぼ互角の戦いを展開し、3人が優勝を記録し、3人がポイントでトップに並ぶという、ここ数年でもっとも激しい戦いとなっている。
ただし、少し前にこのブログでも書いたが、なんとなくここまでの3戦は、「様子見」というか、各ドライバーは「自分のマシンが本来の調子でなければ、あまり無理をしない」レースだったように僕には思える。
だが、ここからのヨーロッパラウンドはいよいよ正念場。
本調子でなくても無理をしなくてはいけない状況になるはずで、その時に4人の中から誰が抜け出してくるかが非常に楽しみだ。
王者アロンソの地元ということで、スペインGPは彼に有利とは思うが、どうもアロンソはこれまでのドライビングを変えなくてはいけないことに、少し悩んでいるようにも見える。それを持ち前の器用さでアジャストできていれば、マシンの差が大きくない限り、3連覇に光明が見えるはずだ。
対するライコネンは、彼本来のキレの良さ(2005年の日本GPのような)が、今期はまだなりを潜めているように思える。スペインで本来の走りが見られるようになれば、一気に選手権をリードしていく可能性もある。逆にそれができないと、苦しいシーズンになるかも知れない。
僚友のマッサは、前戦バーレーンのように、ポールから落ち着いたレースができれば速いが、序盤でミスをしたり、後方からの追い上げを強いられたりすると、レースをまとめきれないパターンが多い気がする。この「ムラッ気」が克服できているかが、バルセロナである程度わかるのではないだろうか。
そして大型ルーキー、ハミルトンだが、今や世界中から絶賛の嵐だ。ただ僕個人としては、前述の3人とのガチンコ勝負の末に優勝を飾った時に初めて、超大物ルーキーと呼ぶべきと思っている。もちろんその才能に疑いはないが、次戦がモナコGPであることを考えると、今回のスペインGPで勝てるかどうかが大きな意味を持つことになりそうだ。因みに1996年に当時最強のウイリアムズでデビューしたジャック・ヴィルヌーブは、4戦目のニュルブルクリンク・ヨーロッパGPで初優勝している。
というわけで、スペインGPはシーズンの行方を占うという意味でも、見逃せないレースになりそうだ!

勝てるのか? ではなく、いつ勝つのか? が話題となっているルイス・ハミルトン。先輩アロンソの母国で初優勝を飾れるか? (写真協力:ダイムラー・クライスラー)

投稿者 中島秀之 : 11:25 | コメント (0) | トラックバック

2007年4月17日

なにか物足りない今期のF1

今シーズンのF1も、先週末のバーレーンGPで3戦が終了した。
ミハエル・シューマッハの引退により、どんなシーズンになるか不安もあったが、蓋を開けてみれば、フェラーリとマクラーレンの2チーム4名のドライバーが圧倒的な速さを見せる、新4強時代到来となった。
開幕戦はライコネン、第2戦はアロンソ、第3戦はマッサが勝ち、なかよく1勝ずつ。
そしてルーキーのハミルトンが3、2、2位と連続入賞して、3戦終了時点でアロンソ、ライコネン、ハミルトンが同ポイントで並ぶという、近年稀に見る激戦となっている。
ハミルトンがここまで活躍するのは少々意外だったが、レース中のアロンソばりに落ち着いた走りを見る限り、初優勝は時間の問題だし、チャンピオン争いに加わってくる可能性も高いだろう。
これは楽しみなシーズンになってきた、と思う。
とは思うのだが、実はちょっと違和感というか、なんとなく物足りなさを感じているのも事実なのだ。
その理由を自分なりに考えてみたのだが、どうも以下の2点に集約される気がする。
ひとつは、4強ドライバーたちの個性が見えにくいということだ。
それぞれみな良い子というか、クルマの調子が悪い時はそれなりに走ってポイントを取れればいい的な走りをしている気がするし、ライバルとのバトルでコースアウトを喫してもさして悔しい顔をしない感じで、なんとなくつまらないのである。
ライコネンは、昨年のモナコでリタイアした直後にクルーザーで酒を飲んでいた前科(?)があり、僕としては期待(?)しているのだが、できればもっと闘志を剥き出しにする走りを見せてもらいたいものだ。
もうひとつは、脇役が物足りないという点だ。
4強以外のドライバーが、突然ポールを奪ったり優勝争いに加わってきたりといったことが、今期はあまり期待できそうにない。
特にホンダ、トヨタ、ルノーの不調は目を覆うばかりで、シーズン序盤戦をすっかりつまらないものにしている気がするのである。
はたしてこれらの不満は、今後改善されることになるのだろうか?
もう暫く、長い目で見ながら(?)、レースを見ていきたいと思う。

ホンダがこんなに下位に沈んでしまうとは・・・。なんとか復調に期待したい。(写真協力:ホンダ)

投稿者 中島秀之 : 23:43 | コメント (0) | トラックバック

2007年4月 7日

GT300は百花繚乱!

岡山国際サーキットで行われているスーパーGT第2戦。
今回GT300クラスは、かなりの混戦模様というか、タイム差が接近した予選となった。
しかも例によって、バラエティに富んだ車種がズラリと並んで実に面白い。
予選順に車種を並べてみただけでも、紫電、MR-S、ヴィーマック、フェアレディZ、ムルシエラゴと、み〜んな違うのだ。
この他にも、ポルシェ997、996、ボクスター、フェラーリF360、フォードGT、セリカ、RX7、インプレッサ、ガライヤ、モスラー、ガイヤルド(ランボ・ガヤルド)が参戦している。
こんなに車種が豊富なレースは世界的にも例がないほどだ。
とかくGT500クラスだけに目がいきがちだが、ぜひともGT300の方にも熱い視線を注いでいただきたい。
そうそう、昨日発売されたティーポ最新号でも、GT300クラスのインプレッサについての記事(川合央助さんが執筆)を掲載している。
今期はなるべくGT300の面白い話題をティーポで採り上げていきたいと思っているのでご期待を。

今回から新登場のポルシェ997GT3R。チームの方針でFIA-GT規定で参戦しているので、タイヤ幅が大きく、車重が他のポルシェより重いのが少し残念。
ただし、クルマの素性は非常に良いとのことなので、今後に期待したい。

開幕戦では走ることができなかったランボルギーニ・ガイヤルド(ガヤルド)RG3は、今回は1台が予選をクリア。もう1台も僅かながら走行できた。
ただし、走行前に急遽、燃料タンクを補強するサブフレーム装着を指示されたそうで、大急ぎで作業しながらの予選で、大変そうだった。
こちらも今後に期待したい。

投稿者 中島秀之 : 17:04 | コメント (2) | トラックバック

2007年3月 9日

琢磨選手と久々に再会!

今日はお昼に、イギリスの航空会社で、時々お世話になっているヴァージン・アトランティック航空のパーティがあり、お呼ばれしてきた。
実はヴァージン・アトランティック航空は佐藤琢磨選手のスポンサーで、シーズン開幕前に琢磨選手を招いてパーティを行っているのだ。
で、たくさんのお客様がいる中、ちょっとだけ、琢磨選手とお話しできた。
間もなく開幕するF1グランプリだが、今期はスーパーアグリF1チ−ムにもかなり期待できそうだ。
まだニューマシンが登場せず、暫定マシンでテストをしている状況だが、琢磨選手の話しだと、暫定マシンとニューマシンはそれほど大きな違いがないそうで、テスト中の好調をそのまま持続できそうなのだそうだ。
今期の目標は、まず予選第2ピリオドへの進出と、チームとしての初ポイント獲得だそうだが、いやいや是非とも表彰台を狙って頑張っていただきたい。

琢磨選手にはF3時代に、イギリスで何度も取材にお付き合いいただいたのだが、F1ドライバーとなってからは、なかなかお会いする機会がなく、こうしてたまにお会いすると凄く嬉しい。
F1の開幕はスーパーGTと同じ来週末。
いやぁ楽しみになってきたなぁ!

投稿者 中島秀之 : 23:39 | コメント (4) | トラックバック

2007年2月28日

Fニッポンは今年も面白そう!

26日月曜日に、都内でフォーミュラ・ニッポンの発表会があった。
今期は、ポイントシステムがF1と同じ10-8-6-5-4-3-2-1となり、レース距離が230〜300kmでイベントごとに変わることが、昨年と異なる。
ドライバーラインナップは、トムスのセカンドライバーのみまだ未定だが、それ以外の21人は以下の通り発表された。

1 ブノワ・トレルイエ 29 フランス mobilecast TEAM IMPUL
2 松田 次生 27 日本        mobilecast TEAM IMPU
3 柳田 真孝 27 日本      KONDO RACING
4 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ 25 ブラジル KONDO RACING
5 平中 克幸 25 日本        SG team 5ZIGEN
6 吉本 大樹 26 日本         SG team 5ZIGEN
7 片岡 龍也 28 日本       Forum Engineering Team LeMans
8 高木 虎之介 33 日本       Forum Engineering Team LeMans
11 立川 祐路 32 日本       TEAM RECKLESS CERUMO
12 佐々木 孝太 33 日本     TEAM RECKLESS CERUMO
19 本山 哲 36 日本        Arabian Oasis TEAM IMPUL
20 ミハエル・クルム 36 ドイツ   Arabian Oasis TEAM IMPUL
31 ロイック・デュバル 24 フランス   PIAA NAKAJIMA
32 小暮 卓史 26 日本          PIAA NAKAJIMA
33 ロニー・クインタレッリ 28 イタリア INGING MOTORSPORT
34 横溝 直輝 27 日本       INGING MOTORSPORT
36 アンドレ・ロッテラー 24 ドイツ   DHG TOM'S RACING
37 TBN                  DHG TOM'S RACING
40 ビヨン・ビルドハイム 26 スウェーデン DoCoMo DANDELION
41 ファビオ・カルボーン 26 ブラジル  DoCoMo DANDELION
55 井出 有治 32 日本      AUTOBACS RACING TEAM AGURI
56 金石 年弘 28 日本       AUTOBACS RACING TEAM AGURI

注目は、本山哲の相棒として久々に復帰する最年長のミハエル・クルム、小暮卓史のnakajima復帰と井出有治のARTA入り、GP2帰りの吉本大樹のFNデビュー、遅咲きのルーキー佐々木孝太、そしてオリベイラとカルボーンの強力ルーキーといったところだろうか。
あ、それと、本山とクルムの方のIMPULの監督に服部尚貴氏が、またINGINGの監督にムーンククラフトの由良拓也氏が就任することも公表され、注目を集めた。

昨年も大混戦のFNだったが、これらのメンバーから見てもお分かりの通り、今年はもっともっと面白いレースが展開されそうである。
開幕まであと1ヶ月ほど。是非楽しみにしたい。


今年のFニッポンに出場するドライバーのほとんどが発表会に参加した。


投稿者 中島秀之 : 23:22 | コメント (0) | トラックバック

2007年1月 6日

早く始まれニューシーズン!(その3)

2007年のシーズンに期待すること。
今回は、スーパーGTについてである。
まずレギュレーションの面から見ると、今年は車両の空力に関する規定が変更される。
これまで車体裏面がフラットボトムだったのだが、フォーミュラカーなどと同様のステップドボトムとなるのだ。
これに伴い、前後オーバーハングの規定やウイングの規定が変わるが、それでも今期はダウンフォースが大幅に減り、コーナーリングスピードは落ちることになる。
これによって失われるラップタイムを、どの程度抑えられるかが、今期のマシーン開発の最重要課題になるだろう。
では、GT500クラスに参戦する各メーカーごとの状況を予想してみよう。
まず2年連続でドライバーチャンピオンを産んでいるトヨタは、今期からスープラがなくなり、全車レクサスSCとなる。
おそらくチーム体制的には大きな変更はないと思われるが、レクサスSC揃い踏みとなると、今期はどのチームが勝ってもおかしくない、強力な陣容となるだろう。
続いてホンダは、今期もNSXでの参戦となるが、もともと空力性能の良さで速さを発揮していただけに、新しい空力規定は不利に働くかも知れない。
ただし、間もなく行われるデトロイトショーで、次期NSXと目されるFRの高級スポーツカーが発表される予定で、ひょっとすると現行型では最後のシーズンの可能性もある。
しかもここ数年惜しいところで王座を逃しているため、今期は必勝を期しているはず。
このため、どうやら5台目のNSXが登場するようだ。
まだ詳しくはわからないが、ARTAのFニッポン監督である金石勝智が中心となるチームとも言われ、ドライバー候補には金石年弘や井出有治などの名前が挙がっている。
もしこれが実現すれば、ホンダもまた強力な布陣となるのは間違いない。
そしてニッサンは、昨年最終戦に既に今期用のNAエンジンを先行投入して気合いを見せている。
チーム体制的には、こちらもあまり大きく変わらないと思われ、新規定にニューマシンが巧く対応できれば、王座奪還の可能性は高くなりそうだ。
というわけで、3メーカーの三つ巴の激しい王座争いは今期も続くだろう。
ポイントシステムやウェイトハンデが若干変わるので、この辺りにも注目しつつ、今期の戦いを楽しみたいと思う。

一方GT300クラスに関しては、まだ情報が殆どないが、やはりヴィーマックや紫電といったレーシングカーに近い成り立ちの車両が、昨年同様速さを発揮しそうだ。
ただし、逆転チャンピオンを奪ったRX7、Z、MR-Sなどの国産車に加え、フェラーリ、ランボ(ガヤルドに車両変更の模様)、ポルシェなどの外国車も健在のはずで、それぞれ速さを増してくるものと思われる。
気になるのはセリカが今期から使えなくなることで、RPバンドーやチーム・タケウチの動向が注目される。

なおスーパーGTに関しては、来週末のオートサロンで可能なら情報収集しようと思っているので、何かわかればまたお伝えしたい。


Zは昨年最終戦で、V8NAエンジンを先行投入した。


投稿者 中島秀之 : 17:52 | コメント (1) | トラックバック

2007年1月 4日

早く始まれニューシーズン!(その2)

今年のレースシーズンに期待すること。
2回目の今回は、国内トップフォーミュラのフォーミュラ・ニッポンについてである。
フォーミュラ・ニッポンは、今年は新規定になって2年目で、レギュレーション的には殆ど変更ない予定だ。
となると、あとはドライバー(&チーム)のラインナップがどうなるかが興味の焦点となるのだが、基本的には昨シーズンと大きく違わない可能性が高い。
ただし、「1年落ちのクルマ」が今年から出来るわけだから、参加台数は少し増えると思われる。
ということは、「ルーキーにもチャンスがある」ということで、実際昨年ルーキー・テストを受けた佐々木孝太はかなり高い確率で、立川祐路の僚友としてセルモからデビューしそうだ。
それ以外にも、全日本F3で経験を積んだドライバーがデビューしてくるかも知れないし、海外の活きのいい若手が新たに参戦してくることも考えられる。
まだ詳しい情報は入ってきていないが、例えば25〜26台のマシンが内外のトップドライバーたちによって操られれば、昨シーズン以上に面白いレースとなるに違いない。
一方マシンの面では、エンジンがトヨタ、ホンダとも、更に進化するだろう。
特にホンダは、昨シーズン、トヨタに燃費の面でかなり遅れをとっていたので、パワーと燃費の面で、相当シーズンオフに力を入れてくるだろう。
もちろんトヨタもそれを見越した改良を加えるはずだから、エンジン戦争は、建前はともかく、実質的にはかなり激しくなると思われる。
またこれによって、レース距離が昨シーズン同様だった場合、トヨタだけでなくホンダ・ユーザーも燃費作戦を選択できるはずで、各チームの戦略面での戦いも激しくなりそうだ。
とにかく、レースは面白くなること間違いなし。
あとは、イベントとしての面白さをもっと充実させることが、フォーミュラ・ニッポンの課題と言える。
主催者側もいろいろ考えてはいるだろうが、もっともっと真剣に良いアイデアを絞り出して、それを実現してもらいたいものだ。
仮に僕がその立場だったら、かつての全日本F2000やF2がそうだったように、毎戦必ず主催者側が用意したマシンに、ヨーロッパやアメリカで頭角を現してきている若手を乗せることを考えるだろう。
現在は、20〜30年前とは状況が異なるので、契約の問題などで難しい面もあるだろうが、今年はF1のサードドライバーがグランプリで走る機会が減るので、一考の価値ありだ。
クリスチャン・クリエン、ジェームズ・ロシッター、フランク・モンタニー、ギド・ファン・デル・ガルデ、小林可夢偉、平手晃平、中嶋一貴、山本左近ら、ホンダとトヨタの若手ドライバーたちだけでも、毎戦一人か二人が必ず登場すれば、盛り上がること間違いなしだと思うのだが、いかがだろうか?
ま、なんにしても、今年も面白いレースを見たいものだ!


今年もこの3人が中心となるのだろうが、彼らに真っ向から勝負を挑むのは誰になるだろうか?


投稿者 中島秀之 : 20:13 | コメント (1) | トラックバック

2007年1月 3日

早く始まれニューシーズン!(その1)

新しい年、2007年が始まった。
喪中のため新年のご挨拶はできないが、今年もどうぞ宜しく。

さて2007年最初のブログは、僕が楽しみにしている今年のモータースポーツの話題をご紹介しよう。
まずなんといっても今年はF1が面白くなりそうだ。
ミハエル・シューマッハが引退したことにより、今年はトップドライバーの移籍や大物ルーキーのデビューが多く、勢力図が大きく変わりそうだからだ。
最大の注目は、2年連続王者のフェルナンド・アロンソがマクラーレンへ移籍し、キミ・ライコネンがフェラーリに加入すること。
昨年不調だったマクラーレンを建て直すことができれば、アロンソの実力はやはり本物と、完全に認められることになるだろう。
またライコネンは、フェラーリ最初の年にどの程度勝てるかで、今後の評価が変わってくるはず。
ただし、チームメイトのフェリペ・マッサが、ライコネンを非常に意識したレースをするはずで、最悪の場合、四半世紀前のジル・ヴィルヌーブとディディエ・ピローニのような関係になりかねない。
そこをどううまくコントロールするかが、フェラーリ・チームの課題と言えるだろう。
一方ルーキーとしては、マクラーレンからルイス・ハミルトン、ルノーからヘイキ・コバライネンがデビューする。
ハミルトンは早くから実力が認められていた黒人系の英国人ドライバーで、言うなればレース界のタイガー・ウッズ的な存在。
コバライネンは、昨年年明けのオートサロンでトークショーをしたことがあるのだが、フィンランド人としては珍しいほど明るい好青年で、しかもハンサム。
加えて、レース・オブ・チャンピオンズでシューマッハを破ったほどの実力の持ち主。
この二人、特にコバライネンが今年優勝する可能性は、かなり高いと僕は見ている。
この他ルーキーとしては、昨年までホンダのテストドライバーだったスーパーアグリのアンソニー・デビッドソンと、昨年全日本F3でチャンピオンを奪ったスパイカーのエイドリアン・スーティルにも注目している。
またチームとしては、ニューマシンを使用することになるスーパーアグリの活躍に期待している。
ホンダの栃木研究所の協力を得て作られるというマシンの完成度が高ければ、上位入賞も夢ではないはず。
久々に佐藤琢磨の入賞する姿を見てみたいものである。
その他、ホンダ、トヨタの活躍、富士スピードウェイでの日本グランプリ開催など、見どころは尽きない。
更に、トヨタの若手ドライバー育成システム出身の、中嶋一貴がウイリアムズ、平手晃平と小林可夢偉がトヨタのテストドライバーを務めるが、彼らはGP2やユーロF3にも出場予定で、かつて琢磨がF1デビューした頃とイメージがダブる。
是非彼らには2008年のレギュラー・ドライバー・デビューを狙って、頑張ってもらいたい。
といったわけで、ポスト・シューマッハのシーズンがいったいどうなるのか?
毎年いつもそうだが、早くシーズンが始まらないかと、今は楽しみで仕方ないといったところだ。

マクラーレンはドライバーが二人とも変わる。名門復活なるか?


投稿者 中島秀之 : 13:15 | コメント (4) | トラックバック

2006年11月29日

メーカー系イベントが目白押し

先日のFニッポン最終戦とマカオGPで、今期のレースシーズンはほぼ終了した。
だがその直後から、各メーカー系のモータースポーツ・イベント、いわゆるファン感謝デイが次々と行われている。
Fニッポン最終戦の翌日には、ARTAとSAF1が鈴鹿でファン感謝祭を行い、平日にも関わらず多くのファンが集まったそうだ。
イベントでは、鈴木亜久里代表がSA06のステアリングを握るサプライズがあったりで、盛り上がったようだ。
次いで11月23日には、ツインリンクもてぎでホンダレーシングサンクスデイが行われ、松浦孝亮のIRLマシン、佐藤琢磨のスーパーアグリSA06、アンソニー・デビッドソンのホンダRA106が同時に走行するなど、多くのファンを楽しませたようだ。
更に11月26日には、雨模様の中富士スピードウェイで、トヨタ・モータースポーツ・フェスティバルが開催され、中嶋一貴がウイリアムズF1で初走行したり、スーパーGT模擬レースで田中実選手の引退セレモニーがあったり、盛りだくさんの内容だったようである。
驚いたのは、フォーミュラ・ニッポンの模擬レースも行われたことで、今期トヨタ・エンジンを使用したドライバーの殆どが参加。
トヨタのイベントに、本山哲や松田次生らニッサン系ドライバーも参加したのだそうだ。
因みに今週末には富士スピードウェイで、恒例のNISMOフェスティバルも開催される。
僕もこれだけは取材でお邪魔するつもりだが、ちょっと気になるのは、イベントの数が多すぎではないか?ということだ。
だって、本山選手がトヨタのイベントに参加できるような時代なのだ。
そろそろ各メーカー合同で、富士と鈴鹿で1回ずつ、大きなファン感謝イベントを行ってもいい頃なのではないだろうか?
各メーカー似たりよったりの企画内容なのだから、参加車両が多いほうが盛り上がるに違いないし、なにより特定のメーカーのファンより、モータースポーツ全体のファンの方が圧倒的に多いのだから、お客さんに負担をかけないという意味でも、その方が望ましい姿だと思う。
シーズン終了後に、東と西で大きなファン感謝イベントが行われ、どちらにも10万人以上のお客さんがやってくるようになってくれると、僕たちマスコミ関係者にとっても嬉しい限りなのだが・・・。


トヨタ・モータースポーツ・フェスティバルでは、中嶋一貴がウイリアムズF1を初ドライブ!
(写真協力:トヨタ クリックすると大きくなります)

このイベントではフォーミュラ・ニッポンの模擬レースも行われ、ニッサン系のドライバー(トヨタエンジン・ユーザーだが)も参加した。(写真協力:トヨタ)

投稿者 中島秀之 : 17:04 | コメント (0) | トラックバック

2006年10月24日

さらば、史上最強のチャンピオン

F1最終戦ブラジルGPが、日本時間月曜の早朝に行われた。
このレース限りで引退を表明しているミハエル・シューマッハは、逆転王座獲得に向け勝利を目指したが、予選時のトラブルと、レース序盤のパンクにより、4位という結果に終わった。
テレビでこのレースを見ていて僕は、結果は確かに残念なのだが、不世出のチャンピオン・ドライバーの引退レースに相応しい内容だったと思っていた。
なにしろ、最後まで全く力を緩めることなく、1台、また1台と前走車をかわし、詰め掛けた大観衆とテレビの前の世界中のF1ファンの目に、その雄姿を焼きつかせたのだから。
ただ僕はテレビを見ながら、こんな風にも思っていた。
パンクによって最後尾まで落ちたのは、レースの神様が、「コース上を走る後輩たちに、一人ずつ別れを告げなさい」とシューマッハに命じたのではないだろうか、と。
実際シューマッハは、緊急ピットインをした後、各ドライバーを一人ずつ抜いていったわけで、その際例えば、かつての僚友バリチェロなどには、手を振って挨拶をしていった。
しかも自分のマシンが低速で失速するトラブルを抱えていたため、もう一度バリチェロが前に出ると、再度追い抜く時に、「もっとバトルしろよ」とでも言いたげに、手で合図していったのだ。
そして最後に追い抜いた相手が、来期自分の後継者としてフェラーリ入りするライコネンだったというのも、実に象徴的だった。
関係者、ライバル、ファンの全てに、さよならの挨拶をずっとし続けていたようなレース。
こんなことは、小説でもドラマでも演出できるものではない。
そしてそれを見事に演じきったのは、史上最強のチャンピオン、ミハエル・シューマッハならでは、だったと言えるだろう。
来期シューマッハがいなくなったあとのF1がどうなるか非常に気になるところではあるが、今はまだ暫く、ドイツの生んだ英雄の素晴らしいレースの記憶の余韻に浸っていたい気分である・・・。


レース終了後、シューマッハに対する感謝の意を込めて、チームは記念撮影を行った。
(写真協力:フェラーリ 写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 12:06 | コメント (0) | トラックバック

2006年9月18日

王者本山の逆襲に期待

スポーツランド菅生で行われたフォーミュラ・ニッポン第7戦は、PIAA nakajimaのロイック・デュバルが、予選3番手から完璧なレース運びで、今期2勝目を挙げた。
予想していたよりは雨がひどくなかったため、それほど大荒れとはならなかったが、なかなかいいレースだったと思う。

ところで今回僕は、今期ここまで未勝利ながら、菅生を得意としている、王者・本山哲に期待していたのだが、本山は予選で3番手のタイムを出しながら、オーバーヒートからエンジンを壊して交換、13番手スタートとなってしまった。
決勝レースでは本山らしい走りで、難しいコンディションの中激しく追い上げ、5位でチェッカーを受けたが、もし3番手スタートのままだったら、優勝していた可能性が非常に高いだけに、もったいなかった。
それにしても今期の本山には、アンラッキーなハプニングやトラブルが多い。
今回の一件も、予選中赤旗中断後の再開の際、放送で案内のあった時間より開始が2分遅れたため、ピットロードエンドでエンジンをかけて待っている間にオーバーヒートしてしまったもので、チームは「不可抗力なのにペナルティはおかしい」と抗議したが認められなかった。
本山本人は、今回のレース前にお祓いに行ったそうだが、残念ながらまたしても不運に見舞われ、2戦を残して早くもチャンピオン争いから脱落してしまった。
これほどまでに結果を残せない本山を見るのは、1998年に最初のチャンピオンを彼が奪って以来、初めての気がする。
35歳で、Fニッポンでは最年長の本山。
だがその速さとレースの組み立ての巧みさは、まだまだ若いドライバーの追随を許さない。
当然まだまだトップドライバーとして活躍を続けるだろうし、可能なら、師匠星野一義さんの記録を破るまで現役として活躍してもらいたい。
そのためにも、なんとか今期残りの2レースで気持ち良く優勝し、来期につなげて欲しいものだ。

本山のマシンはエンジン交換のため、10グリッド降格のペナルティを受けた。
(写真はクリックすると大きくなります)

ところで、今回も僕はPit-FMとJ SPORTSの生中継の実況を担当していたのだが、あちこちで展開されるバトルが非常に面白いレースだったと思う。
ただ、後方から追いついても、走行ラインを外すと濡れていて滑りやすいということもあって、なかなか抜けないシーンが多く、なんとなく欲求不満が残ることが多かった。
その中で本山は、最後のクインタレッリこそ仕留められなかったが、それ以外は、ベテランらしい手練手管を全て使ってことごとく前のマシンを抜いて行き、我々を楽しませてくれた。
実況する自分としても、豪快なオーバーテークは最大の見せ場(聞かせ場?)なので、今回の放送では、「本山様々」だったのである。

投稿者 中島秀之 : 12:13 | コメント (0) | トラックバック

2006年9月13日

シューマッハの引退に思う(その2)

(その1からの続き)

1994年は、アイルトン・セナの衝撃的な事故死で記憶されているが、この年シューマッハは、ベネトンB194フォードという、極めてトータルバランスに優れたマシンを手にし、開幕から絶好調だった。
2連勝して迎えた、TIサーキット英田(現岡山国際サーキット)のパシフィックGPでも、完全なブッチギリで優勝。
この時僕はPit-FMのピットレポーター役だったのだが、この年からレース中の給油が認められたため、ピットエリアには入れず、スタンド側から双眼鏡片手にレポートするという、貴重な(?)体験をした。
その後も順調にポイントを重ねたシューマッハだったが、シーズン中盤以降は、様々な難癖に近い理由で、FIAから失格や出場停止の処分を何度も受けた。
この結果最終戦ではウイリアムズのデーモン・ヒルと1ポイント差となり、決勝では自身がコースアウトして戻る際にヒルを巻き添えにしてリタイアし、チャンピオンが決定する後味の悪い結末となった。
チャンピオンシップを盛り上げるためのFIAのこうした「操作」は、セナ対プロストの時代から顕著になったものだが、シューマッハはまさにこの年から、その標的にされるに相応しいドライバーになったわけである。
だが、もともとシューマッハは、追い詰められればられるほど、「手段を選ばず勝利を奪う」タイプで、これ以降も様々な形で自身に有利となるような「その種の行動」に出ることがたびたびあった。
それ故非難されることも多かったが、僕個人としては、「レースの世界では、こうしたことは、好むと好まざるとに関わらず、起きること」と認識しており、こうした行為だけで、そのドライバーの実力や人格を否定するべきではない、と考えている。
もちろん、こうした行為なしに、結果を残すことができるのであれば、それにこしたことはないが・・・。

シューマッハは1995年もベネトン・ルノーで2度目のチャンピオンを獲得するが、チャンピオンを決定したTI英田のパシフィックGPは、僕がF1グランプリでPit-FMのメイン実況を担当した最初のレースだった。
翌週の鈴鹿の日本GPも実況したが、この2レースの連勝も含め、これ以降何度もシューマッハの優勝を僕は実況してきた。
1996年にフェラーリに移籍してからは、シューマッハが中心となって、新たなチーム作りが行われ、暫くは苦労の連続だったが、それでも日本GPでは、1997年に優勝した。
そして2000年には、以前このブログでも紹介したように、フェラーリのドライバーとして21年ぶりのチャンピオンを決める素晴らしい優勝を、鈴鹿で見せてくれた。
更に、2001、2002、2004年にも優勝。
ということは、僕はシューマッハが優勝したレースを、通算7回実況してきたことになる。

通算90勝をモンツァで達成したシューマッハ。
歴代2位アラン・プロスト51勝と歴代3位アイルトン・セナ41勝を合わせた92勝を、彼一人で破るかも知れないという事実が、シューマッハの凄さを物語っている。
是非10月8日の日本GPでは、僕に通算8回目の「シューマッハ優勝実況」をさせてもらいたい。
そして願わくは、最後の鈴鹿で「史上最強の王者、最後のチャンピオン」が確定してもらいたいと思っている。


モンツァで優勝し、引退を発表したシューマッハ。
隣には、来期フェラーリ入りすることが発表されたキミ・ライコネンと、出場3戦目で表彰台に立ったロベルト・クビカが並び、世代交代を印象づけた。
(写真協力:ダイムラークライスラー 写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 16:18 | コメント (1) | トラックバック

2006年9月12日

シューマッハの引退に思う(その1)

ついにこの日が来たか・・・、そんな気持ちだ。
ミハエル・シューマッハがモンツァのイタリアGPで優勝した後、今期限りで引退すると発表した。
傍から見ている僕らにすれば、「できればもう数年現役を続け、通算100勝を花道にリタイアしても良かったのでは?」と思ってしまう。
だが、どんなに完璧に見える「皇帝」でも、自分の気持ちの中には、やはり「かつてとは違う何か」を感じてしまっていたのだろう。

思えば、ずいぶんと長い間、僕はシューマッハのレースを見てきた気がする。
その存在を意識したのは、彼がまだドイツF3で王座を奪う前だったと思うが、実際に走りをこの目で見たのは、1991年春のSWC鈴鹿ではなかったかと思う。
前年秋のインターF3リーグは残念ながら見た記憶はないので、鈴鹿でザウバーC11メルセデスをドライブしたのを見たのが、初めてだったはずだ。
ただしこの時は、熟成不足のNAマシンで、リタイアしてしまったため、さして印象に残ってはいない。
だが、この年の夏、突如全日本F3000菅生ラウンドに出場した時のことは、今も強烈に印象に残っている。
チーム・ルマンのラルトRT23に乗ったシューマッハは、あのジョニー・ハーバートの腕をもってしてもまともに走らなかったラルトで、いきなり予選4番手につけた。
予選後にチーム主催の記者会見があり、この時はジョニーと軽口を言い合っていた印象しかないのだが、実は、近い将来F1で経験する強烈なグリップのタイヤに慣れるべく、当時予選用タイヤまであった全日本F3000に自ら望んで参戦してきた、ということだった。
しかも決勝では、確かスタートで順位をわずかに下げた後、1台1台を着実に抜き、最後はロス・チーバーのレイナードに次ぐ2位でゴールしたのだ。
僕は菅生のSPコーナーでPit-FMのレポーターを担当していたのだが、彼が前のクルマに照準を定めるや、必ず数周で仕留めてくるのを見て、「あのオンボロラルトでここまで強烈な走りができるものなのか!」と、仰天した覚えがある。
それだけに、その僅か1ヶ月後に、ジョーダンからF1にデビューし、すぐにベネトンで活躍を始めたのを見ても、「当然だ」としか思わなかった。
面白いのは、当時空前のF1ブームだったはずの日本なのに、この年の鈴鹿の日本GPでシューマッハは、ジーンズに革ジャンにサングラスという垢抜けないファッションで、毎朝正面ゲートからグランドスタンド中央の細い階段を通ってピットまで歩いていき、その間ほとんど誰にもサインを求められたりせずに通過していたのだ。
これはこの年秋に再びSWCオートポリス出場のため来日した(というか日本GPの後居残っていた?)時もまだ同様で、決勝日の朝、濃霧のためにディレイとなった時に、メカニックたちとサッカーに興じているのを、誰も日本人のレースファンは気にしていなかった。
ところが、その翌年から一気にF1で頭角を現し、スパで初優勝を飾ると、さすがに日本のファンも放ってはおかず、鈴鹿の日本GPでは一躍人気者になっていた。
もちろん既に彼の実力は誰もが認めるところだったが、鈴鹿では最初の2年はあまり目立った成績を残せなかったと記憶している。
僕が、あの菅生に匹敵するほどのインパクトを受けたのは、1993年の日本GPで、ベネトンB193Bフォードを操る姿を、鈴鹿のS字コーナーのイン側に立てられたPit-FMのイントレ(やぐら)の上から見た時だ。
アクティブサスを始めとしたハイテクが全て認められていた最後のシーズンだったこの年、ベネトンは終盤2戦だけ、4WS(4輪操舵)を試験的に使用していた。
チームメイトのベテラン、リカルド・パトレーゼは、このシステムを全く使いこなせていない様子で、S字ではギクシャクした走りとなっていた。
ところがシューマッハは、このドライバー泣かせのシステムを完全に自分のものとして、S字をまっすぐ突っ切るような、他のドライバーと全く異なるラインで突っ走っていったのである。
これを見て、「なんたる順応性の高さ! コイツは絶対チャンピオンになるはずだ!」と僕は思っていた。
その予感は、意外なほど早く実現されるのだが、その辺りのことは次回で・・・。
(続く)

シューマッハのドライブしたマシンのミニカーは数多いが、これは少年時代に乗ったカートのミニカー。こんなものまでモデル化されているのは、さすがシューマッハ。

投稿者 中島秀之 : 20:14 | コメント (2) | トラックバック

2006年9月 6日

今週末はもてぎのスーパーGT

今週末はツインリンクもてぎでスーパーGTの第7戦が行われる。
今期はポイントシステムが見直された上、鈴鹿1000kmが選手権戦に加わったことで、レース開催の順番がかなり変わった。
このため、今週末の第7戦は、チャンピオンを狙うホンダ系、ニッサン系チームにとっては、非常に大きな意味を持つレースとなる。
というのも、今期の最終戦は富士スピードウェイで行われるため、直線スピードの速いトヨタ(レクサス)勢が圧倒的に強いと予想されるからだ。
チャンピオンを争うトヨタ系チーム、特にトムスとセルモの2チームとしては、このもてぎと次戦オートポリスで確実にポイントをとりながらハンデウェイトを減らす(もしくは増やさない)戦いをし、最終戦富士で確実に勝ちに行くことを狙ってくるだろう。
これに対し、ホンダ系のチーム、特にホンダ・レーシングのTAKATA童夢とARTAの2台のNSXは、もてぎとオートポリスの2戦で大量得点を狙ってくるはずだ。
とりわけ、ハンデウェイトの少ないTAKATAはもてぎで今期2度目の勝利を狙っているはずで、逆に言えば、トラブルなどで取りこぼしの多いTAKATAは、今回勝たなければチャンピオンの可能性が極めて低くなるはずだ。またARTAは、ハンデウェイトの多い今回よりも、昨年完全優勝を飾ったオートポリスでの勝利を狙ってくるものと思われる。
一方ニッサン勢は、NISMOの22号車とカルソニックは、共に今回はウェイトを減らすことを狙っているはずで、オートポリスと富士は上位で確実にポイントを取る作戦だろう。
これに対し前戦で失格ノーポイントに終わったNISMOの23号車は、ウェイトハンデのない今回、完全勝利で大量得点を奪わなければ、完全にチャンピオン争いから脱落となるだろう。
ということで、僕の予想としては、今回優勝を狙ってガンガン攻めてくるのは、TAKATA童夢NSXとXANAVI NISMO Zの2台ではないかと思う。
ただ、もてぎはホンダのホームコースということもあって、過去5年は全てNSXが勝利を飾っている。
それを考えると、昨年勝ったRAYBRIG NSXと、EPSON NSXにもチャンスがあると思うが、この2台は細川、デュバル、武藤の若い3人のドライバーの働き次第といったところがある。
となれば、やはり本命はTAKATAの道上龍/小暮卓史組か。
さて、どんなレースになるのだろうか?
決勝の模様は是非J SPORTSの生中継でご覧いただきたい。
今回僕はピットレポーターを担当する予定だ。

2000年に道上龍がチャンピオンを獲得して以来、NSXは王座から遠のいている。
今年は久々の王座奪還なるか?
写真は2000年に王座を獲得した時のマシンのミニカー。
当時、ケースに道上選手にサインをしてもらった。
写真はクリックすると大きくなります。

投稿者 中島秀之 : 10:48 | コメント (4) | トラックバック

2006年8月 9日

おめでとう、ホンダ!

6日に行われたF1ハンガリー・グランプリで、ホンダがついに第3期F1活動初となる勝利を挙げた。
ホンダ・エンジン搭載車の優勝は、1992年のオーストラリアGPのゲルハルト・ベルガー以来14年ぶり、オールホンダとしての勝利は1967年のイタリアGPにおけるジョン・サーティースの勝利以来実に39年ぶりとなる。
したがって、F1グランプリの表彰式で「君が代」が流れるのも、実は39年ぶりだった。
その長い年月を思うと感慨深いが、我々日本人のファンとしては、第3期F1活動開始から6シーズン以上も、全く勝てなかったことの方がむしろ驚きだ。
なにしろ1964~68年の第1期活動は、シャシーまで全て製作する無謀とも思える挑戦だったにも関わらず、参戦2年目の1965年の最終戦メキシコGPでリッチー・ギンサーが初優勝を飾っているし、1983~92年の第2期は、やはり参戦2年目の1984年ダラスGPにおいて、ウイリアムズ・ホンダのケケ・ロズベルグが初優勝を飾っているのだ。
しかもこの第2期は、その後エンジン・サプライヤーとして圧倒的な強さを見せることとなり、特に1988年は全16戦中15戦でマクラーレン・ホンダが勝利を挙げるという快挙を成し遂げている。
それだけに、今回の第3期初優勝までの6年半は、実際にレースに携わっているホンダ関係者の方にとっては、苦しく辛い、永遠とも思える時間だったのではないだろうか。
それがこの勝利によってようやく報われたことに、まずお祝いを申し上げたい。
おそらく関係者全員が、ホッと肩から大きな荷物をおろしたような気分になられていることだろう。

ただし、当日現場に応援に行かれ、ラッキーにも表彰台に立つ栄誉を授かったホンダの福井社長も言われている通り、この日の勝利が真の実力だとはまだ言えないのも事実。
あの大荒れのレースの中で快走したジェンソン・バトンの冷静なドライビングこそ、もっとも大きな勝因だと思われるからだ。
それでもこの勝利が、ホンダF1チームに何かをもたらしてくれることは間違いないだろう。
それが何かはまだわからないが、これから10数年経った時に、「あの大荒れのハンガリーGPがターニングポイントだったね」と振り返ることになるような気がしてならないのだ。
もちろん最終目標は、第1期に達成できなかった、オールホンダによるチャンピオン獲得だと思うが、そのためには、今までにも増した努力がホンダ関係者の皆さんに求められることになるはずだ。
だが我々ファン、というか全ての日本人のために、是非頑張っていただきたい。

勝利を喜ぶバトンとホンダ・チームのスタッフ。バトンにとっても初優勝のため、喜びが爆発している感じだ。(写真協力:ホンダ 写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 11:52 | コメント (1) | トラックバック

2006年7月31日

最後の鈴鹿まであと2ヶ月

昨日のF1第12戦ドイツGPは、テレビでご覧になっただろうか?
シューマッハが母国で勝ち、3連勝でアロンソとのポイント差を11まで縮めたレースだったわけだが、アメリカGP以降の、フェラーリ+ブリヂストンの速さには目を見張るものがある。
前半戦にあれだけ圧倒的強さを見せていたルノー+ミシュランは、アロンソの腕をもってしても5位がやっと。いわゆるマスダンパー(ウエイトをダンパーを介してノーズなどに装着し、車体の姿勢を一定に保とうとする部品)の使用が事実上禁止されたために、その失速の度合いは更に増したようで、今回は同じミシュランユーザーのマクラーレンとホンダにも先行を許してしまった。
しかも、今回の勝利でブリヂストンも通算100勝をミシュランに次いで達成しており、もし次戦もフェラーリが勝てば、通算勝利数はBSがMIを逆転することになる。

テレビでレースの模様を見ながら、僕は「よしよし、これで鈴鹿が盛り上がるゾ!」と、一人で喜んでいた。
なにしろ、シューマッハの猛追で、アロンソとのチャンピオン争いはほぼ間違いなく第17戦である日本GPにもつれ込むはずだし、来期からのタイヤ・ワンメイク化を前に、BS対MIの「世界一」の称号をかけた戦いも、BSの地元である日本で最高潮を迎えるはずだからだ。

かつてセナ対プロスト、シューマッハ対ハッキネンといった、宿命のライバルの直接対決によって、チャンピオン決定の場となることが多かった鈴鹿サーキット。
現代の目で見ると、狭く危険なテクニカルコースなのだが、それだけにドライバーの腕の差、マシンの仕上がりの差が如実に表れてしまう。しかも、毎年シーズン終盤にレースが開催されるために、名勝負(因縁の勝負もあったが・・)が展開されることが多かったのだ。
その鈴鹿サーキットが、今年で20年にわたるF1開催の歴史にひとまず幕を下ろす。
来年からは富士スピードウェイで日本GPは行われ、鈴鹿でもう1戦行われる可能性は、現状では限りなく低い。
だからこそ、今年の鈴鹿は、レースが盛り上がって欲しいと思っていた。
僕は場内FM放送のPit-FMで実況を担当する予定なので、「最後の鈴鹿」を盛り上げるためにも、今シーズンのこの流れは、非常にオイシイと、テレビを見ながら思ったわけである。

またチャンピオン争いに加えて、スーパーアグリF1の、スポーツ根性マンガばりの奮闘も、鈴鹿に向けて「いい流れ」と言える。今回登場した新車SA06は、ミッドランドと勝負できるのがある程度わかったし、鈴鹿までにはSA06と山本左近の「熟成」も多少進んでいるだろうから、これも楽しみだ。

スーパーアグリの新車SA06は、トルコGPで更にバージョンアップの予定で、期待が持てる。
(写真協力:ホンダ 写真はクリックすると大きくなります)

日本GPまであと2ヶ月ほど。87年から欠かさず通っているという方も、今年初めて見に行く予定という方も、どうか「鈴鹿がチャンピオン決定戦になりますよ~に!」と祈りながら、ハンガリー、トルコ、イタリア、中国の各GPをご覧いただきたい。もちろん、10月6~8日に現場で観戦される際には、FMラジオを忘れずにお持ちいただき、僕と一緒に「最後の鈴鹿」を楽しんでいただきたい。

投稿者 中島秀之 : 15:09 | コメント (6) | トラックバック

2006年7月25日

期待の新人が来年登場するかも!?

ここのところ、ホビダスの技術的な問題、というか大量の迷惑トラックバックやコメントのために、ブログがアップデートできなかった。
まだ完全ではないが復旧しつつあるので、とりあえず短めに一度アップしてみる。

さて先日の週末は、宮城県のスポーツランドSUGOでスーパーGT第4戦が行われた。
僕はJ SPORTSの生中継にピットレポーターとして出演したのだが、とにかく面白いレースだった。
GT500クラスは本山哲と立川祐路の壮絶なトップ争いのバトルが、GT300クラスは最終ラップの最終コーナーに於ける、やはり凄まじいトップ争いが、このレースの白眉だったと言えるだろう。

そんな中、この大人気のシリーズに憧れて、わざわざフランスからシートを求めてやってきたドライバーの青年とSUGOで知り合った。
彼の名はルカ・ラセール(luccas lasserre)。
フランスF3などを経て、現在はフランスGT選手権でバイパーを操る28歳だ。
今回実際にスーパーGTを観戦し、「スタートを1コーナーで見たんだけど、凄い迫力だったよ。すっかりこのシリーズのファンになってしまった。是非参戦してみたいな」と言うルカ君は、「これからエリック・コマスとも相談して、なんとかシートを見つけられるよう活動してみるよ」とも言っていた。
はたして彼が来年スーパーGTに出られるかどうかはわからないが、是非どこかのシートを得られるよう頑張ってもらいたい。


今回が初来日というルカ君。なんとか来期のシートを見つけてもらいたい。
(写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 00:23 | コメント (2) | トラックバック

2006年7月 3日

もてぎの場内放送は楽しかった!

全日本スポーツカー耐久選手権(JLMC)第2戦、もてぎ1000kmレースで、場内放送を担当してきた。
今回は、再三お伝えしている通り、鈴鹿ともてぎの場内放送でお馴染みのピエール北川氏と、初めて同じメディアで共演(競演?)をさせていただいた。
とはいえ実際には、サポートレースのクラシック・エンデュランス・レーシング・ジャパンは僕が、またポルシェ・カレラ・カップ・ジャパンはピエールが実況を担当。
メインレースであるJLMCは、ピエールに主導権を握ってもらい、僕は半分解説のような感じで話しに加わるようなパターンだった。
このため開幕戦の菅生の時よりはかなり楽というか、楽しく実況をやらせていただいた。
このレースはまだ参加台数が少ない上に、1000km(実際には6時間レース)の長丁場のため、二人の実況はなんとなく雑談風にユルユルと続いていったのだが、ピットレポーターの高橋二朗さんにも時折話しに加わっていただいて、かなりマニアックな話題で盛り上がった。
例えば、「モスラーに乗るOSAMU選手のヘルメットはウイルソン・フィッティパルディのカラーで……」と二朗さんからふられれば、「エマーソンのお兄さんでコパスカーを作ったウイルソンは……」と僕が返すといった具合。
また途中からは由良拓也さんにも解説者としてご登場いただいたこともあって、マニアック度は更に倍増。
昔のマシンやドライバー、ル・マンの話しから、今後ル・マンが向かおうとしている方向や国産プロトタイプ開発の可能性まで、3人でたっぷり話しこませていただいた。
由良さんは、「紫電のシャシーに昨年までFポンで使っていた無限MF308を載せたLMP2マシンを作ってみたいですね」とも話してくださり、「それ、是非お願いしますよぉ」とピエールと二人して声を揃えてしまった。
途中から、「あれ? これって対談番組じゃなくて場内放送のはずだよなぁ」と、なんだか不思議に思うほど、今回は本当に楽しくお仕事をさせていただいた。ピエール北川氏、進行MC担当の柿沼カッキー佐智子さん、そしてスタッフの皆さんには感謝申し上げたい。


結構狭い放送席のスペースに男三人が横並びになって、こんなに笑顔っていうのも珍しいでしょ!?
由良さんとピエールと一緒に撮影。(写真はクリックすると大きくなります)

こちらは放送が全て終了した後、柿沼カッキー佐智子さん、ピエールと一緒に記念撮影。

投稿者 中島秀之 : 11:39 | コメント (0) | トラックバック

2006年7月 1日

もてぎで居酒屋トーク炸裂!?

全日本スポーツカー耐久選手権(JLMC)第2戦、二日目。
今日は朝のうち雨だったが、昼からはお天気となり、ドライ路面で予選が行われた。
ポールポジションは、HITOTSUYAMA RACINGのザイテックが奪い、チーム無限のクラージュがこれに続いた。
とはいえ明日の決勝は1000Kmの長丁場、しかもお天気は雨が降ったりやんだりの予報なので、おそらくかなりいろんなことが起きるものと思われる。
「荒れたねぇ」ではなく、「面白かったねぇ」と言えるようなレースに期待したい。

ところで、前々回ご紹介した通り、今回のレースで僕は、もてぎの場内放送を、ピエール北川アナウンサーと二人で担当している。
割り振りは、CERJ(クラシック・エンデュランス・レーシング・ジャパンが僕で、PCCJ(ポルシェ・カレラ・カップ・ジャパン)はピエール氏、JLMCは二人で喋った。
JLMCでは、ピエール氏が実況しつつ質問をする役で、僕は解説者のように答えながら、時々実況するという形を採った。
お互いにレースをよく知る二人が、まるで居酒屋で盛り上がって話しているような放送だったが、とても面白かった。
明日はこれに、由良拓也さんと高橋二朗さんが加わるので、さらに居酒屋濃度が濃くなると思う。
お近くにお住まいの方は、是非もてぎに遊びに来ていただきたい。

放送席に居酒屋トークを繰り広げる(?)、僕とピエール北川アナウンサー。

さてもてぎに観戦にいらっしゃる方は、是非パドックまで入れるパスをお求めいただきたい。
と言うのも、パドックにはル・マン・パビリオンというテントが設けられており、ル・マンゆかりのマシンが展示されているからだ。展示されているのは、こんなマシンたちだ。

2004年の優勝マシン、チーム・ゴウのアウディR8。もちろん本物!

88年に2位となったワークス962Cのカラーリングを施したポルシェ956。

91年優勝の787Bのカラーリングを施したマツダ767フォードDFV。

この他にも、様々なクルマが展示してあるので、お見逃しなく。


投稿者 中島秀之 : 17:34 | コメント (0) | トラックバック

2006年6月30日

JLMC第2戦開幕!

全日本スポーツカー耐久選手権(JLMC)第2戦の舞台、ツインリンクもてぎに来ている。
今回も、レースファンの方々のために、現場の情報を毎日お伝えしていこう。
さて、今日は練習走行が行われたのだが、メインレースである1000kmレースには、開幕戦より1台多い13台がエントリーしている。
ニューカマーで最大の注目株は、チーム無限が走らせるクラージュLC70無限。
今年のル・マンとLMS(ル・マン・シリーズ)にも出場している、バリバリのニューマシンだ。
最新のル・マン規定に合致したマシンなので、旧規定のザイテック05Sよりはコーナーリングスピードなどは劣るようだが、荒聖治、黒澤治樹という、プロトタイプカーの経験が豊富なドライバー二人が、いいレースをしてくれることだろう。

クラージュは無限が走らせるだけあって、かなり「ヤル気」モードだ。
ザイテックとのガチンコバトルに期待したい。(写真はクリックすると大きくなります)

さて前回のSUGO戦でクラッシュしてしまったゼッケン4のGC21(LAV-TEC MYZ GC21)は、GC21のマシンとしては初めて、ダラーラF304シャシーを使って作り直されていた。
当然シーケンシャル6速ミッションとなり、今回からはオルタネータも給油リグも装備されている。
これなら3号車、18号車と3台揃っての上位入賞も夢ではなさそうだ。

ダラーラF304ベースとなったため、本来のF399ベースのGC21とはノーズ部分の高さが微妙に異なる。

メンテを行うMYZが今回から3号車、4号車ともに、オルタネータと給油リグを装備。オルタネータはなんと、シャフトドライブ!

この他ニューカマーとしては、かつてGT選手権に参戦していた、ロータリーエンジン搭載のNA型ロードスターも登場。反対に、JLMCのムルシエラゴが今回は参戦しないのが残念だが、さてどんなレースになるのか、今から楽しみだ。

投稿者 中島秀之 : 16:18 | コメント (0) | トラックバック

2006年6月28日

今週末はもてぎで凄いことが!

現在ティーポは、締め切り間際の入稿作業の真っ最中。
私はこの作業が終わると、金曜日からツインリンクもてぎに行くことになる。
今週末はもてぎで、全日本スポーツカー耐久選手権(JLMC)の第2戦が行われるからだ。
5月に菅生で行われた第1戦から1ヶ月半余り。
今回から、チーム無限がクラージュLC70無限でLMP1クラスに参戦し、HITOTSUYAMA RACINGのザイテックとガチンコ対決を行うことになる。
無限のドライバーは、2004年のル・マン優勝者、荒聖治選手(山本左近の抜けたKONDOレーシングのFニッポンのシートに収まることが今日発表された)と、昨年からヨーロッパのLMES(今年からLMS)に参戦し、今年はル・マンにも挑戦した黒澤治樹選手のコンビ。これはなかなか強力だ。
開幕戦ではザイテックがリタイアして、同じチームのフェラーリ550GT1が優勝したが、今回ははたしてどんな展開になるのか? 今から非常に楽しみである。

楽しみと言えば、今回はもうひとつ楽しみなことがある。
僕は場内放送で実況を担当するために、もてぎに向かうのだが、ご存知のように、鈴鹿ともてぎのビッグレースでは、今サーキットの場内放送で最も人気の実力のある、ピエール北川アナウンサーが実況を担当している。ということは、今回は実況アナウンサーが二人いることになるのだ。
僕は主催団体であるSEROから、ピエール氏はサーキットから仕事の依頼を受けているためだが、レース距離が1000kmと長いので、二人で長丁場を乗りきる作戦なのである。
僕とピエール北川アナウンサーが同じレース、同じメディアで実況を行うのは、史上初めて!
これまでも同じレースながら違うメディア(ピエール氏が場内放送、僕が場内FM)で別々に実況したことは何十回もあったし、台風でF1の予選がキャンセルされた時は、我々の放送にピエール氏に出演してもらったこともある。
だが、二人が同じレース、同じメディアで実況を行うのは、これが最初のことなのだ。
どういう形で二人が仕事を分担するかは、当日のお楽しみだが、今までありそうでなかったことが、ついに実現するわけだ。
しかも、解説は由良拓也さん、ピットレポートは高橋二朗さんが担当してくださることになっている。
これは、自分で言うのもなんだが、現在国内モータースポーツの実況体制としては、考えうる最強のキャスティングではないだろうか?
今週末は、レースを見るのはもちろんだが、場内放送を聞くためにも、是非ツインリンクもてぎに足をお運びいただきたい。

もてぎの放送席で実況する僕。手前はジャーナリストの貝島さんだが、一番後方にピエール北川アナウンサーの姿も見えている。今回は二人で実況する予定だ。(写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 21:26 | コメント (0) | トラックバック

2006年6月19日

ル・マンに新時代到来!

いやぁ、ジーコ・ジャパン惜しかったなぁ。
それはさておき・・・。
ル・マン24時間レースが先ほど終了した。
結果は、ディーゼル・ターボ・エンジンを搭載したアウディR10の8号車、ビエラ/ピッロ/ベルナー組が、ペスカロロの16号車(エラリー/ローブ/モンタニー組)を4周差でくだして、優勝を飾った。
7連勝(8勝目)を目指したトム・クリステンセンの乗るアウディの7号車は惜しくも3位、GT1クラスのコルベットが総合4位と健闘した。
日本から参戦したチーム・タイサンのポルシェは完走、寺田陽次郎選手の乗ったローラもクラス2位で完走した。JLOCのランボは残り2時間でリタイア、中野信治と黒沢治樹の乗ったクラージュは序盤にリタイアした。
ところで、今回のル・マンでは、やはりディーゼル・エンジンが史上初めて優勝したことが最大の注目点だろう。
主催者であるACOは、ディーゼル・エンジンの参戦を歓迎しており、来年は1993年以来14年ぶりにプジョーがル・マンに復帰(一昨日フランス勢の優勝は1980年のロンドー以来と書いたが、1992年と93年のプジョーの見事な連覇を忘れていた。申し訳ない)し、やはりディーゼル・エンジンを使うことを明言している。
また2010年からは、総合優勝を争うLMP1クラスが、クローズドルーフとエアコン(!)を備えるマシンとなる新レギュレーションも新たに発表された。
ル・マンは今、大きな変化の端緒にあると言え、しかもその変化は環境に考慮した時代に則したものであると言える。
F1が近年、スピード制限に主眼を置いた、やや後ろ向きな変化しか行われていないこととは対照的だ。
ル・マンでは今後、ガソリン・ハイブリッド・エンジンやディーゼル・ハイブリッド・エンジンも参戦してくることになるだろう。更に言えば、例えばソーラー・システム的なものも使用されるようになるだろうし、そうなれば、一気に新技術開発競争の場となる可能性がある。
問題は、ル・マンがそうしたレースになった時に、世界の有力自動車メーカーにとって、F1とル・マンのどちらが技術的なチャレンジとして魅力があるか、そしてどちらが環境に取り組む企業の姿勢を示すのに好都合か、ということだ。
現状はF1に世界の有力メーカーの殆どが力を入れているが、数年後にはそれらの中から何社か、ル・マン(および同レギュレーションで行われるシリーズ)に鞍替えするところが出てくるだろう。
日本のメーカーとしては、ホンダとトヨタがF1に参戦しているが、現在世界で最も進んだハイブリッド技術を持つトヨタは、ル・マンがこうしたエコとスピードと耐久性を競う場になるのであれば、早期の復帰を考えた方が良いのではないだろうか。
今回のル・マンに、日本製マシン(エンジンは除く)が童夢1台しか出場していないことを知り、そんなことを考えてしまった。

2004年優勝のチーム・ゴウ・アウディR8のミニカーに、郷和道代表と荒聖治選手にサインをしてもらった。あのレースを実況した僕にとっては、最高の記念品。
(写真はクリックすると大きくなります)


投稿者 中島秀之 : 00:41 | コメント (0) | トラックバック

2006年6月14日

今週末はル・マン24時間!

今週末、フランスのサルト・サーキットで、ル・マン24時間レースが開催される。
世界で最も注目されるモータースポーツ・イベントのひとつであり、世界中のモータースポーツに関わる人間の憧れのレースでもある。
僕がこのレースを初めて意識したのは、小学生の頃(1970年くらい)にもらったオートテクニック誌によってだったのではないかと思う。
ポルシェの907、908、917などのバリエーションが描かれたピンナップ(死語?)が付録についていて、908のロングテール仕様のカッコ良さにやられ、部屋に長い間貼っていた覚えがある。
もちろんミニカーでもル・マン出場車は数多くモデル化されていたから、自然とこの特殊なレースに興味を持っていった。
高校1年の時、友達が上野にバイクを買いに行くのに付き合った帰り、名画座で「栄光のル・マン」を見て、「いつかこのレースを実際に見てみたい」と思うようになった。
そしてその願いがようやく叶ったのは、1993年のことだった。
太田哲也選手が初めてル・マンに挑むのをレポートするべく、ティーポ初代編集長の山ちゃんと一緒にサルト・サーキットを訪れたのだ。
ただ見るだけでも嬉しいのに、チームの一員としてル・マンに参加できたのだから、その時の興奮と高揚感は、並ではなかった。
結果は残念なものだったが、これで更にル・マンというレースにハマってしまった。
その後1996年までは太田選手と共にレースに「参加」し、1997〜99年はレース全体のレポートのためにル・マンを訪れた。
そして2004年と2005年には、長年の夢だったル・マンのテレビ中継(しかも24時間)で実況を担当させていただいた。
特に2004年は、日本のチーム・ゴウが優勝したレースで、視聴者の皆さんと感動を共有させてもらい、実に幸せだった。
今年は王者アウディが、ディーゼルエンジンのR10を投入し、地元期待のペスカロロと総合優勝を争うことになるだろう。
1991年のマツダ以来となる、史上2台目の非ガソリン・レシプロ・エンンジン車の優勝なるか?
またトム・クリステンセンの7連覇(&8勝目)は達成されるか?
それともフランスの英雄アンリ・ペスカロロのチームが、オールフレンチ体制で勝利を飾り、ラ・マルセイエーズが1993年のプジョー以来13年ぶりにサルトに鳴り響くか?
実に楽しみな1戦である。
あぁそれなのに! 今年は日本ではテレビ中継がないのだ!
現地へ取材に行く予定もない(ティーポからは310がランボ・チームに同行)ので、僕も今年はル・マンが見られないのである。
確かに放送権利料が高いといった問題はあると思うが、是非CS放送、もしくはウェブTV各局の関係者の皆さん、早い時期の復活をお願いしますよ!

昨年の24時間生中継終了後、打ち上げで盛り上がる、中継コメンタリー。
左から、本山哲選手、梅原康之さん、服部尚貴選手、僕、宮坂宏さん。
(写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 23:52 | コメント (3)

2006年6月10日

日本人ドライバーの実力を示せ!

今週末のF1イギリスGPから、スーパーアグリF1チームに山本左近選手が、サードドライバーとして加わることになった。
極めて理不尽な理由からスーパーライセンスを剥奪された井出有治選手のことを思うと、少々複雑な気分だが、ここは素直に左近選手にエールを送りたいと思う。
左近選手は昨年のF1日本GPで、ジョーダンのサードカーをドライブし、レギュラーの二人より速いタイムを出して注目を集めた。
実はこの時、走行を終えた左近選手に、我々Pit-FMの放送にゲストとして出演してもらったのだが、非常にクレバーな受け応えをしながら、ちょっぴり威勢のいいところもあるし、ユーモアのセンスもあって、とても良い印象を受けた覚えがある。
その後も国内のレースで顔を会わせるごとに話しを聞いてきたが、調子が良い時も悪い時も、常に笑顔で正直に喋ってくれた。
ドライバーの実力としては、F3時代(特に欧州修行中)はやや苦労したようだが、Fニッポンに乗るようになってから急激に速さを増し、昨年のF1経験で更にその走りが洗練された感がある。
高木虎之介選手もそうだったが、パワーのあるクルマの方が実力を発揮できるタイプのようだ。
それだけに、F1での活躍にも期待がかかる。
急遽決まった今回の参戦にも関わらず、初日の走行で佐藤琢磨選手から約2秒、F・モンタニー選手から約1.5秒落ちと、まずまずのタイムを記録した左近選手。
テストもままならない厳しい状況だとは思うが、是非日本人ドライバーの実力を、世界に示してもらいたい。

2週間前のFニッポンもてぎ戦で、予選後の記者会見に出席する左近選手。
噂ではシーズン終盤にはレースドライバーに昇格するとのこと。頑張って欲しい。
(写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 01:14 | コメント (0) | トラックバック

2006年5月31日

マルコはマリオを超えるか?

先週末は、日本でFニッポンもてぎ、ヨーロッパではF1モナコGPが行われたが、アメリカではインディ500マイルレースが開催された。
我が国では、かつてはTBSで生放送なんて時代もあったけれど、最近は日テレでも放送してんだかしてないんだかわからない寂しい状況だ。だが現地では、依然として30万人もの観客が集まる全米最大のレースイベントである。
残念ながら僕はまだ映像を見たわけではないけれど、新聞や各種サイトのレポートを読むと、200周のレースの最終ラップの最終コーナーを立ち上がってから、トップが入れ替わったとのこと。
勝ったのはペンスキー・チームのサム・ホーニッシュJr.で、初優勝ながら、まぁこれは想定内の結果だったと言えるだろう。
問題は2位と3位の方だ。
なんと、マルコ・アンドレッティとマイケル・アンドレッティの親子(子親?)が入賞したのである。
アンドレッティと言えば、僕らの世代は当然マリオとまず頭に浮かぶが、1978年のF1ワールド・チャンピオンであり、様々な栄光に輝いてきたマリオは、今や「マルコの祖父」という立場なのだ!
そのマルコは若干19歳のルーキー・ドライバーで、インディ500はもちろん初出場。
そのマルコがあと一歩、どころか0.0635秒という僅差で、インディ初制覇を逃したのである。
アンドレッティ家は北米レース界の名門中の名門ながら、マリオが1969年に制したことがあるだけで、実はインディ500ではそれ以来優勝したことがない。
マイケルもマリオに負けず様々な栄光に輝いてきたが、一度もインディ500は制したことがなく、第一線を退いた後もこうしてインディ500だけは参戦(今回は3年ぶり!)してくるのだ。
ところが、今回のレースではいきなりマルコが勝つかもしれなかったというし、最後のフルコーションが解除になるまでマイケルがトップを走っていたというのだから、ビックリである。
まぁ結局勝てなかったところがアンドレッティ家らしいと言えばらしいが、これまでマルコの才能に少なからず疑問を持っていた、僕を含めた多くのレースファンは、これでアンドレッティ家の血筋の良さを認めざるを得ないだろう。
願わくは、マルコには早々にインディ・チャンピオンを獲得してもらい、F1に挑戦してもらいたい。
父マイケルはマクラーレンで1シーズンを終える前に、尻尾を巻いて大西洋の向こうに逃げ帰ったイメージを持たれているから、マルコには是非その敵を討ってもらいたいのだ。
なにせ「祖父」マリオは、何に乗っても素晴らしく速く、あの「天才」長谷見昌弘さんをして、「一番好きなのはマリオ・アンドレッティ。目標と言ってもいいね」と言わしめたほどなのだ。
もっとも長谷見さんは、1976年のF1世界選手権イン・ジャパンで、そのマリオからポールポジションの座を奪い取ろうとしたのだけれど……。
だからどうか、マルコには祖父マリオを上回る活躍を、F1の世界で見せてもらいたいのである。
あ、その時は、父のいたマクラーレンではなく、祖父がいたフェラーリに乗って欲しいなぁ。
ホントはロータスが一番嬉しいのだけれど……。

マリオの乗ったマシンで僕が一番好きなのは、やはりこのロータス79。
これは岡山のロータスデイでの写真だが、今も憧れの1台である。
(写真はクリックすると大きくなります)


投稿者 中島秀之 : 18:39 | コメント (1) | トラックバック

2006年5月30日

久々の無頼派ドライバー!?

F1モナコGPはご覧になっただろうか?
僕はFニッポンもてぎから戻って、自宅で地上波で見たのだけれど、シューマッハが最後尾スタートになってしまったため、アロンソの楽勝といった雰囲気だった。
だからレースとしては、たいして面白いものではなかったと思うのだが、そんな中で僕の心をガッチリ捉えてしまったシーンがあった。
それは、マクラーレンのキミ・ライコネンが、トップ争いをしていながらマシントラブルでリタイアしてしまった直後のこと。
ライコネンは煙を吹き上げるマシンから憤然と飛び降りると、ヘルメットを脱ぐことなく、スタスタと歩き始めた。
当然ピットへ戻るのだろうと思いきや、なぜかトンネルを抜けてハーバーの方を目指していく。
その後暫くしてテレビ画面には、ハーバーの豪華なボートで、裸になって飲み物(シャンペン?)を飲むライコネンの姿が映し出されたではないか!
おそらく友人のボート(ひょっとして自分の?)なのだろうが、リタイアしたその足でシャンペンを飲みに行くなんざ、久々に登場した無頼派ドライバー! という感じだ。
両手を拡げてソファーにそっくり返るライコネンを見ながら、僕はジェームズ・ハントを思い出していた。
1976年のワールドチャンピオン、ハントは、ヘスケス卿を始めとした貴族や大金持ちと親しく付き合いながら、自身はジーンズにサンダル履きで飲んだくれているような、大の無頼派だった。
そのアグレッシブな走りといい、ライコネンとハントには、なんとなく共通点が多い気がする。
ということは、ライコネンも近い将来チャンピオンに輝くことになるのだろう。
僕はテレビに向かって、思わず「カッコいい!」と叫んでしまっていた。
これからもライコネンには、無頼派を貫いてもらいたいものである。


ジェームズ・ハントが王座を奪った翌年、1977年に操ったマクラーレンM26。
ハントがチャンピオンを取ってから、早いもので今年でちょうど30年になるわけだ。
ミニカーは僕のコレクションの、70年代終盤に作られた永大グリップ製1/20モデル。
(写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 01:33 | コメント (0) | トラックバック

2006年5月14日

由良さんと場内放送を担当!

全日本スポーツカー耐久選手権、JLMCの第1戦、SUGO1000kmレースが終了した。
レースは本命のザイテック05Sがリタイアしフェラーリ550GT1が優勝したが、最後はGC21の1台のクラッシュによって赤旗で終了という、やや拍子抜けする終わり方だった。
僕は昨日に引き続き、場内放送の実況を担当していたのだが、今日の決勝レースはゲスト解説に由良拓也さんにお越しいただき、長丁場のレースを二人でなんとか乗り切ることができた。
実はレース後半は、各マシンの順位がほぼ確定し、トラブルも殆ど起きなかったために、喋ることがなくなってきてしまったのだが、そんな時は由良さんと少しマニアックな会話で盛り上がった。
例えば、「モスラーは以前ガルフカラーでしたよね。僕はあれが凄く好きで」と由良さんが言えば、僕が「フォードGTやポルシェ917、それに最近ではポルシェ962のオープンボディにもありましたね」と返すといった具合。
極めつけは、由良さんの「今スーパーGTに出ているフォードGTをガルフカラーに塗りたいですね。あ、その時は屋根を丸くしてミラージュみたいにしたいな」とのお言葉。
つい「おお、ジョン・ワイヤーのミラージュ! カッコいいですよね」と答えたものの、すぐに「あまりにマニアックで誰もわかりませんよ」とツッコミを入れてしまった。
まぁ、そんな感じでゆる〜く(?)実況していた今回jのイベントだが、もう少し台数が増えれば凄く面白くなりそうだ。
次戦もてぎ戦に期待しよう!

レースが終わって、由良さんと記念撮影。

投稿者 中島秀之 : 19:25 | コメント (0) | トラックバック

2006年5月13日

明日はお天気回復の予報!

スポーツランドSUGOで行われている全日本スポーツカー耐久選手権、LMESの開幕戦。
今日は予選が行われたのだが、雨が朝から降ったりやんだりで、気温も10度そこそこと、観戦するお客さんにとっては最悪のコンディションになってしまった。
予選は予想通り、ザイテック05Sがポールを獲得したが、2位はGC-21の1台で、フェラーリ550マラネロ、GC-21、ランボルギーニ・ムルシェラゴ、GC-21と続き、LMGT1車両とLMP2クラスに編入されたGC21が互角の速さを見せた。
明日はいよいよ決勝が行われる。
12台しか出場しないからチトさびしいが、サポートレースはヒストリックカー(戦前車と戦後車の2クラス)とポルシェ・カレラ・カップでなかなか豪華だし、パドックにはル・マンで活躍したマシンを展示する簡易ミュージアムや、最新の輸入スポーツカーを展示するスペースがあったりで、メインレース以外にも見所がたくさんある。
しかも、週間予報では雨だった決勝日の予報が晴れに変わったので、仙台近郊の方は是非観戦にお越しいただきたい。
僕は朝8時前から夕方6時半まで、ず〜っと放送室で喋り続けることになるはず。
長丁場だけど、頑張ります!


96年GTR、98年390、01年ベントレー、95年NSX、04年チーム郷アウディなどを展示。

アストンV8、ブレラ、エキシージ、ガヤルド、ヴィーマック、SLRマクラーレンなども展示。
(写真はクリックすると大きくなります)

投稿者 中島秀之 : 17:38 | コメント (0) | トラックバック

2006年5月12日

3人のドライバーの担当は!?

スポーツランド菅生に来ている。
今日は、全日本スポーツカー耐久選手権、JLMCのフリープラクティスが行われた。
トップタイムは当然、HITOTSUYAMA RACINGのZytec 05Sで、1分12秒858と断トツのタイムだったが、それ以外は1分21〜28秒程度のタイムで周回するマシンがほとんどで、決勝はなかなか面白いレースになりそうである。
ところでこのレース、普段スーパーGTやFニッポンを見慣れているからかも知れないが、ピットがなんとなくのんびりしていて、楽しい雰囲気に包まれている。
例えばHITOTSUYAMA RACINGのフェラーリ550マラネロを駆る、片岡龍也、服部尚貴、田嶋栄一組は、予想通り(?)片岡選手がほぼ一人でセッティングを担当。
ベテラン二人は、若い衆(?)に仕事を任せて、ゆったり構えていた。
当然ながら決勝で乗る距離も、片岡選手が最も多くなる予定で、どんな配分になるかは、なんと新調されたレーシングスーツに最初から刺繍されていた!
はい、これが動かぬ証拠。

片岡選手のベルト付近に注目。(写真は全てクリックすると大きくなります)
700と書いてあるのがわかるだろうか?
では服部選手は?

はい、175と書いてある。
となると田嶋選手は当然・・・

裸なので見えないが、ちゃんと125と書いてあった。
ほんとにこの距離を3人が走るのかは、決勝当日のお楽しみということで。

投稿者 中島秀之 : 15:36 | コメント (2) | トラックバック

2006年5月11日

今週末は日本版ル・マン第1戦!

今週末は、宮城県のスポーツランドSUGOで、全日本スポーツカー耐久選手権、ジャパン・ル・マン・チャレンジ(JLMC)の第1戦が行われる。
ル・マン24時間レースの主催団体、ACOの公認イベントであるこのレースは、基本的にル・マン24時間と同じレギュレーションで行われるため、いわゆるプロトタイプカーとGTカーが混走することになる。
とはいえ国内にはまだ、こうしたプロトタイプカーやル・マン規定のGTマシンが多くないため、GC21やRSといったシングルシーターのスポーツカーや、スーパーGTに参戦している車両も参加する予定だ。
目玉となるのは、HITOTSUYAMA RACINGのZytek05Sで、これは昨年のLMES(ル・マン耐久シリーズ)で下田隼成選手がドライブして2勝を挙げたマシンと同じモデルだ。
加藤寛規選手と野田英樹選手がドライブするが、先日加藤選手に聞いたところ、「凄く速いクルマで、フォーミュラカーのような動きをするんです。結構首がキツいんですよ」と言っていたから、走る姿はかなり迫力があるに違いない。

(主役はザイテック05Sと、同クラスのオスカーSK93になりそう。写真協力SERO) 

この他LMGT1クラスに出場する、フェラーリ550マラネロ対ランボルギーニ・ムルシエラゴの戦いも興味深いところだ。
レース距離は1000kmで、6時間近い長丁場だが、お天気さえよければ、のんびりとピクニック気分でレース観戦するには最適だろう。もっとも今のところ天気予報はあまり芳しくないが…。

またこのイベントでは、サポートレースとしてクラシック・エンデュランス・レーシング・チャレンジ(CERJ)と呼ばれるヒストリックカー・レースも同時に開催される。
1924年製ベントレーから、1970年代のマシンまでが、20台以上参戦する。
こちらも楽しみだ。

(チーム・タイサンの1924年式ベントレー3リッターも出場)

詳しくはJLMC公式サイトをご覧いただきたい。

因みに僕は、当日(土曜と日曜)のサーキット場内放送と、後日J SPORTSで放送されるテレビ中継の両方で実況を担当する予定だ。
イベント当日は、ピットレポーターにお馴染みの高橋二朗さん、ゲスト解説に由良拓也さん、更にシークレットゲストにも登場いただく予定になっている。
お近くの方は是非遊びに来ていただきたい。

投稿者 中島秀之 : 12:36 | コメント (2) | トラックバック

2006年5月 8日

頑張れ、井出有治!

スーパーアグリF1チームの井出有治選手が、先日のヨーロッパ・グランプリで、FIAの勧告を受けてレースに出場できなかった。
「井出はF1ドライバーとして未熟なので、サードドライバーとして経験を積ませてからレースに出場させよ」というのが、FIAの勧告の趣旨だ。
この勧告の直接のきっかけは、前戦サンマリノGPに於ける、ミッドランドのC・アルバースとの接触事故にあるのは疑いない。
右コーナーでインにつけていた井出と、アウト側で僅かに先行していたアルバースが接触し、アルバースのマシンが数回転しながらコースアウトしたものだ。
ただしこの時は、レーシングアクシデントとして井出にペナルティは出されなかった。
ところが次のレース直前になって、実質的に井出の出場は禁止された。
しかも、あろうことか、今度は一度発給した井出のスーパーライセンスを取り消す動きも出ているという。
いったいこれはどうしたことか。
スーパーアグリはご存知のように、予算の少なさからテストもまともにできない状況の中、レースに参戦し続けている。井出はルーキーなのに走り込みも一切できず、常にブッツケ本番でレースを戦ってきたのだ。経験豊富な佐藤琢磨と、ある程度タイム差があってもいたしかたない。
それでいきなり出場禁止はないだろう!
ましてあのサンマリノでの事故は、先日スーパーGTの現場で鈴木恵一、土屋圭市のWケイイチ・コンビにうかがったところ、二人とも「井出に責任はない」との見解だった。
FIAはいったい何を見て、この判断をしたのだろう?

井出選手には、1999年に彼がGT300のシルビアに乗り始めた頃から、何度となく取材で話を聞いてきたが、とにかく「いいヤツ」で、つい本音をもらしてしまうことも一度や二度ではなかった。
ただしそのレーサーとしての素質は疑いようもないし、誰よりも速くなりたいという意思は、超イケメンの見た目からは想像もできないくらい強く感じられた。
その背景には、ああ見えて、若い時から苦労を重ねてきたということがある。
アルバイトをしながら、自分で書いた企画書を手にスポンサー集めをしてレースを続けてきたドライバーが、今のF1グランプリにいったい何人いるというのだろうか?
その井出から戦う場を奪うような真似だけは、絶対にして欲しくないと願うばかりである。
もっとも井出は、これまでも逆境を何度も克服して次のステップに上がってきたドライバーだ。
今回のピンチも、自らの実力と魅力で、克服してくれることだろう。
頑張れ! 井出有治!


投稿者 中島秀之 : 22:49 | コメント (0) | トラックバック

2006年5月 3日

昔の名前で出ています!?

スーパーGT第3戦富士、今日は予選が行われた。
昨日とはうってかわって晴天で、気温はそれほど高くないものの、日が当たると少し汗ばむくらいの陽気の中で、各車がタイムアタックを行った。
GT500クラスは、『富士男』立川祐路が本領を発揮し、2位に1秒近い差をつけてZENTセルモSCがポールポジションを獲得。
一方GT300の方は、本予選、スーパーラップともに大接戦の末、加藤寛規の駆るPrivee Zurich・アップル・紫電が、参戦3レース目にして初めてポールを獲得した。
紫電はご存知のように、由良拓也さん率いるムーンクラフトが、ライリー&スコッツのデイトナ・プロトタイプをベースに、オリジナルボディを与えたスペシャルマシンだ。
その名は、1977年に高原敬武選手が富士GC用に製作した、やはり由良さんデザインの美しいボディを持ったスペシャルマシンと同じもの。
いわば「昔の名前で出ています」なのだが、紫電77はレースの成績は芳しくなかったから、紫電2006は今回のポール獲得で、早くも実績では紫電77を上回ったことになる。
しかも、明日、加藤選手とチームオーナーでもある高橋一穂選手の頑張り次第では、いきなり初優勝という可能性もある。
昔の紫電を知る世代としては、なんとか良い結果を残して欲しいと思わずにはいられない。

そう言えば、紫電77はトミカとプラモデルは販売されたが、1/43のミニカーがないのが残念なマシンだった。
紫電2006はその点も先代を上回りそうだ。早くもエブロで1/43ミニカーの商品化が進んでおり、ピットにはそのクレイモデルが置いてあった。
今からこちらも楽しみである。

投稿者 中島秀之 : 18:06 | コメント (2)

2006年5月 2日

レースにも韓流ブーム?

今日から、スーパーGT第3戦の行われる富士スピードウェイに来ている。
あいにく朝から霧と雨、そして驚くほどの低温と、最悪のコンディションとなってしまった。
スーパーGTマシンの2回のフリー走行も、結局一度もドライ用タイヤが履ける状況とはならず、チームによっては殆ど走らないところもあった。
そんな中、一際目立っていたのが、GT300クラスで2回ともトップタイムを記録した、ハンコックエンドレスポルシェ。このポルシェは、今年から韓国のハンコック・タイヤを履いて登場したニューマシンなのだが、マシンの性能的にはトップクラスとは言えないのに、雨の中で猛烈な速さを見せた。
その理由は、ハンコック・タイヤのウェット性能の素晴らしさ。もちろん開発ドライバーでもある木下みつひろ選手の腕も確かなのは間違いないが、ここまでウェット性能が高いと、日本のタイヤメーカーもウカウカしていられない状況だ。
今回は決勝日は晴天となる予報だが、シーズンに1回くらいはウェットのレースだってあるのだから、それも当然だろう。
木下選手によれば、「ドライ用タイヤは、まだそこまでの性能はない」とのことだったが、意外に早い時期に、GT300で優勝する日がやってくるのかも知れない。
レースにも韓流ブームがやってくるのだろうか?

ところで今回のレースは、決勝日が祝日とはいえウィークデイなので、J SPORTSの生中継では辻よしなりさんが出演できない(他のテレビやラジオのお仕事があるため)。
このため、元テレビ東京と久保田さんと僕が、交代で実況を担当することになっている。
さて、どんな放送になるやら。期待していただきたい。

投稿者 中島秀之 : 17:09 | コメント (0) | トラックバック

2006年4月24日

祝 シューマッハ復活!

昨日行われたF1サンマリノGPはご覧になっただろうか?
僕は深夜地上波で見ていたのだが、久々に緊迫した熱戦だった。
逃げるシューマッハ、追うアロンソ。
あの伝説のレース、1992年のモナコGPに於けるセナ対マンセルを彷彿とさせる凄まじい攻防だったと言えるだろう。
それにしても、12年前にセナが亡くなったこの場所で、その偉大な記録を破る66回目のポールポジションを獲得し、しかも12年前の自分と同じように背後から迫り来る若いアロンソとの戦いを制して勝利を飾るとは、シューマッハというのは恐ろしい男だと改めて思ってしまった。
と同時に、F1ではこうした「輪廻転生」を思わせる出来事が、時として起こるものなのだなぁと、こちらも改めて感じてしまった。

今回地上波の放送では、フジテレビのNアナウンサーがその辺りのことをドラマチックに語ろうと苦労されていたようだが、モータースポーツの長い歴史を知っているかいないかで、実況で話す内容に差が出るのは仕方ないことだろう。
例えば、2000年のF1日本GPに於いて、Pit-FMの実況を担当していた僕は、フェラーリのドライバーが21年ぶりにドライバーズ・チャンピオンを獲得することがいかに凄いことかを判っていたため、シューマッハがファイナルラップに入った時から、歴代のフェラーリのチャンピオンの名と、フェラーリでチャンピオンを惜しくも獲れなかったドライバーたちの名を挙げながら、シューマッハの偉業を称えようとした。ゴールした瞬間には、「おめでとうシューマッハ、おめでとうフェラーリ、おめでとうイタリア!」と叫んだのだが、実はこの時あまりの緊張と、目の前で起きている出来事への感動で、胃が強烈に痛くなっており、脂汗を流しながら実況したのをよく憶えている。
ところが家に帰ってフジテレビの放送を見たら、アナウンサーが実にあっけなく「シューマッハがチャンピオンを獲得!」とだけ実況していて、ガッカリした憶えがある。
今回のレースを見ていて、ついあの時のことが思い出されて(Nアナウンサーは頑張っていたと思うけど)しまった。


シューマッハが2000年に王座を奪ったフェラーリF1-2000

投稿者 中島秀之 : 12:58 | コメント (5) | トラックバック

2006年4月19日

FMヨコハマにゲスト出演!

DJ、パーソナリティ、イベントや雑誌のプロデューサー、そしてレーシング・ドライバーとしても活躍中のレーサー鹿島さんは、かつてPit-FMで実況や解説を担当してくださったこともある、仲の良い同業者のお一人だ。
彼がナビゲーターを務める、FMヨコハマの番組、TRD Driver's Meetingは、毎週日曜日の夕方6時から6時半に放送されており、FM FUJI、K-MIX、FM群馬、FM山口、CROSS FMでも放送されている。
実は、この番組には過去何度かゲストとして出演させていただいたことがあったのだが、昨日久々に(2003年11月以来とのこと)僕にお声がかかって、収録を行ってきた。
今回のお題は、「序盤戦を終えた今年のモータースポーツについて」といったもの。
F1、スーパーGT、Fニッポンについて、二人で世間話(?)をしてきたのだけれど、とても楽しい時間を過ごすことができた。
やたら実況口調のアナウンサー二人の世間話なんて、あんまり聞けるものじゃあないと思うので、今週末、23日18時からのオンエアを、是非お楽しみにしていただきたい。

あ、そういえば、今回の収録はヨコハマのスタジオではなく、渋谷の某スタジオで行ったのだが、ここはオーナーの趣味で、各部屋のテーブルがレースカーをイメージしたカラーに塗られているとのこと。今回僕が入った部屋は、フェラーリのロッソコルサに塗られていたが、お隣はブガッティ・ブルー、そのお隣はポルシェのグランプリ・ホワイトなんだそうだ。鹿島さんがここでお仕事しているのは、やはり「クルマ好きはクルマ好きを呼ぶ」ってことなのかも。

投稿者 中島秀之 : 11:51 | コメント (0) | トラックバック

2006年4月11日

いよいよ今日から

いよいよ今日から自分のブログを始めることになった。
いや、以前からずっとやりたいとは思っていて、その準備も進めてはいたのよ。
でも諸般の事情から、今日まで延び延びになってしまったというわけ。
でまぁ、ようやく遅ればせながら始まった僕ナカジ~のブログに、宜しかったらお付き合いください。

さて記念すべき初回は、やはりレースに関する話題から始めることしよう。
この前の週末は、岡山国際サーキットでスーパーGTの第2戦が開催された。
僕はCS放送のジェイ・スポーツの生中継に出演するため現地に行っていたのだけれど、予選が行われた土曜日は、とにかくサーキットが埃っぽくて驚いた。
その原因は、遠く中国大陸から強風に乗って飛来した、黄砂。
これに杉花粉が加わって、この日はサーキットの周りの林が真っ白に煙って見えるほどだったのだ。
当然花粉症持ちの方々は、全員マスクと眼鏡で完全防備してないと、「鼻水タラ~ン、クシャミがハクション!(by笑瓶)」になっちゃう。
幸い僕は花粉症じゃないため、普通にあちこち取材していたのだけど、そんな中TAKATA童夢NSXの道上龍選手は、「花粉症は大丈夫やねんけど、最近肩凝りがひどくて辛いんですわ」と、ややお疲れモード。
道上選手と言えば、94年の衝撃的なF3デビュー以来「若手のバリバリ」ってイメージだったけど、考えてみれば今年でもう33歳。
今やホンダのエースとして、「勝たなければいけない」使命をずっと背負って戦っているのだから、そりゃあ肩も凝るわけだ。
それでもこの週末は、フリー走行から絶好調で、予選では見事ポールポジションを獲得。
決勝でも、スタートからリードを拡げて後輩の小暮卓史選手にバトンを渡し、道上選手にとっては約3年ぶりとなる優勝を成し遂げた。
ここ数年、アンラッキーに悩まされてきた道上選手だが、どうやら黄砂を運んできた強風が、それを吹き飛ばしてくれたらしい。
やっぱり龍は、中国の風に乗るのが巧いということかも知れない。
この勢いで、フォーミュラ・ニッポンの方でも活躍を期待したいところだ。

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投稿者 ティーポ編集部 : 14:18 | コメント (0) | トラックバック


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