ヒストリックカー カテゴリー
2011年12月 6日
トヨタ博物館クラシックカーフェスタin神宮外苑
11月26日に東京・神宮外苑の聖徳記念絵画館前で行われた、トヨタ博物館主催の恒例イベント、トヨタ博物館クラシックカーフェスタin神宮外苑で、今年も車両紹介&オーナー・インタビューを担当しました。
このイベントはかなり珍しいクルマもエントリーするため、ホントに楽しいのですが、今回も「こりゃ凄い!」というクルマが何台かありました。
そこで、僕が気になったクルマをご紹介しましょう。


今回個人的に最も惹かれたのは、この1967年式パナール24BT。
パナール最後のモデル、24シリーズですが、車名のBTは、ホイールベースの長いベルリン(2ドアセダン)の高性能仕様ティグル(空冷フラットツイン850cc50PS)であることを示しています。
濃いエンジと白いルーフのボディカラーもセンスが良く、フランス車趣味の究極的なクルマという印象を受けました。


フランス車としてはこれも珍しいモデル。1967年型シムカ1200Sクーペ。1962年に登場したベルトーネ(ジウジアーロ)・デザインのシムカ1000クーペの発展型として1967年に登場したのが1200Sクーペで、1.3L85PSの直4エンジンをリアに搭載しています。日本では公道走行可能な唯一のクルマだとか。


1959年式BMW600。BMWイセッタの後部を延長し、後席と通常のトレッドを持つ後車軸を与えたようなクルマで、オートバイで定評のある水平対抗2気筒エンジンを搭載しています。3輪のイセッタも十分変わったクルマですが、こちらはその上を行く感じです。なにせ前席には前から、後席には普通に横から乗るんですから・・・。特にリアビューはイセッタと全然違い新鮮です。


岩手から自走で参加されたという1957年式メッサーシュミットKR201ロードスター。KR200カブリオはよく見ますが、KR201ロードスターは非常に珍しいんじゃないでしょうか。サイドウインドーがなく、幌もウインドスクリーンも簡素なもので、スポーティなイメージが強くなっています。

1958年式アストン・マーティンDB Mk.Ⅲ。DB2、DB2/4を経て、1957年に登場したのがDB Mk.Ⅲ。レーシングカーのDB3/DB3Sと同じイメージのフロントデザインとなり、非常に魅力的なオールド・アストンの1台。イアン・フレミングの小説007ゴールドフィンガーの中に登場する、MI6支給のDB3とは、このDB Mk.Ⅲのことではないかと言われています。

1966年式モーリス・マイナー。マイナーの最後期モデルであるマイナー1000の乗用タイプには、2/4ドアサルーンとツアラーと呼ばれるコンバーチブル、トラベラーと呼ばれるワゴンの4タイプが存在しましたが、これはそのいずれでもない、商用車のバンをベースにしたと思われるワゴンモデル。素性をお聞きし忘れましたが、凄く魅力的です。

1967年式アルファ・ロメオ・グランスポルト・クアトロルオーテ。イタリアの自動車雑誌クアトロルオーテがザガートと共同で、ジュリアをベースに開発し、92台が市販されたと言われる内の1台。1930年代の名車6C1750をモチーフとしています。現車は新車で2台のみ特注された右ハンドル車で、その当時からのワンオーナーカー。僕も以前青梅街道で見かけて驚いたことのあるクルマです。

日本グランプリがプロトタイプレーシングカーで戦われていた1960年後半、日本のタキ・レーシング・チームが購入した1968年式ローラT70 Mk.Ⅲ。1968年の日本GPでは長谷見昌弘さんのドライブで出場。またこの年のNETスピードカップでは優勝を飾ったクルマそのものです。昨年のHAFJではレースに参戦されていましたが、今回は東京のド真ん中で、ゆっくりながらも走行を披露してくださいました。オーナーさんはボロボロだったこの個体を、シェルビー・アメリカンに送ってフルレストアされたそうです。ローラGT、フォードGT、ローラT70のヒストリーを考え合わせると、なんとも因縁めいていて、素晴らしい判断をされたものだと感心しました。
投稿者 中島秀之 : 16:00 | コメント (0) | トラックバック
2009年12月 2日
神宮外苑でクラシックカーを堪能
さて、まずは前回のクイズの答え発表から。
左上のグリーンのボディの2座ロードスターは、フェアソープ・エレクトロン・マイナーのシリーズ3か4。
フェアソープは、様々な英国製メーカーのパーツを使ってキットカーを作っていたメーカーで、エレクトロン・マイナー・シリーズは、1957~73年に400台ほどが生産されている。
トライアンフ・ヘラルド系のパーツを多く使っていたようだ。
その右の赤いクーペは、ロックデール(Rochdale)オリンピックのフェイズ1だ。
ロックデール・オリンピックは、1959~68年に400台ほどが生産された、FRPモノコックのクーペで、フェイズ1はリアにハッチゲートを持たず、ライレーのパーツを多く使っていた。
2段目左の黄色い2ドアクーペは、ギルバーン・インベーダーのMk.1か2だ。
ギルバーンは1959~1974年に活動したウェールズの少量生産メーカーで、インベーダーはその後期に作られた、シリーズ中最も完成度が高いといわれるモデル。
3リッターのフォードV6を搭載し、260台ほどが生産された。
その隣の赤いスーパーカー風クーペは、パイパーP2。
ジョージ・ヘンロットの作ったパイパーは、ロータス・ヨーロッパより車高が低いFRスポーツカー。
前期型のパイパーGT/GTTは70台ほど生産され、日本にも数台存在する。
これは後期型で1971~74年に40台しか生産されなかったP2で、リアアクスルがフォード・カプリ用となり、リトラクタブルライトを採用している。
というわけで、イギリスはこうしたド・マイナー車でもクラブが必ずあって、きちんと活動が行われているというのが、おわかりいただけただろう。
さて、イギリスから帰ってからは、チンクエチェント・マガジンとティーポ本誌の編集作業が嵐のように待っていたのだが、その大忙しの最中、11月28日土曜日に、神宮外苑の絵画館前で行われた、「トヨタ博物館クラシックカーフェスタin神宮外苑」に出かけてきた。
毎年この時期に行われるこのイベントで、今年は僕が車両紹介のアナウンスを担当したのだ。
朝、一般参加の皆さんのヒストリックカーが銀座方面にパレードに出かけるときに、1台ずつ車両の解説をして、午後は何台かのオーナーの方にインタビューさせていただいた。
快晴で暖かい、最高のお天気の中行われたこのイベント、博物館の学芸員の皆さんによる興味深い解説やデモ走行などもあって、とても楽しいものだった。
このイベントに参加した車両を何台かご紹介しておこう。
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左は1926年式フォード・モデルTピックアップ。大量生産を最初に導入したT型フォードのピックアップで、オーナーさんはニュージーランド在住の日本人の方で、とても楽しい方だった。右は、埼玉にあるWAKUI MUSEUMが所蔵する、吉田茂元首相の愛車だった1937年式ロールス・ロイス25/30HP。これはもう単なるクラシックカーではなくて、昭和史の動く資料ともいうべきクルマ。
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左は1967年式のローバー2000SC。英国大使館などで使われた後、現オーナーが40年近く大切に維持されてきた車両で、とても良い雰囲気だった。リアに背負ったスペアタイヤケースが、コーギーのミニカーを思い出させる。右はミニ・マルヤマが所有する、1957年式オースチン・ミニ・プロトタイプ。ヒーレー親子の提案でオープントップに改造されたプロトタイプであることは知っていたが、実は当初はミニの生産型プロトとして作られた2台(当然屋根つき)の1台だったそうで、もう1台はクラッシュテストで破壊されたため、これ1台しか残っていないという、二重に貴重なクルマだった。
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この2台はトヨタ博物館の所蔵車。左はベンツ・パテント・モトールヴァーゲンのレプリカで、1886年当時の姿そのままに、会場内でデモ走行を行っていた。右は1939年式パッカード・トゥエルヴのルーズヴェルト大統領専用車。実際にパレードなどで使用されていたクルマとのこと。エンジンをかけるデモンストレーションがあったのだが、あまりの静かさに驚いた。
投稿者 中島秀之 : 17:24 | コメント (2) | トラックバック
2009年11月18日
久々にイギリスへ
1年4ヶ月ぶりにイギリスに行ってきた。
実は、だいぶ遅くなったが、新婚旅行に夫婦で出かけたのだ。
もうかなり寒い時期で、観光には適さないのだが、コッツウォルズ界隈を中心にゆっくりしてきた。
そんな中、14日土曜日には、バーミンガムのナショナルエキジビジョンセンター(NEC)に、クラシック・モーターショーを見に行ってきた。
イギリス最大級のクラシックカーショーで、幕張メッセのようなNECのホールを4館(+バイク1館)使用し、膨大な数の車両が展示されていた。
基本的にクラブが出展する形なのだが、会場には老若男女が物凄い数つめかけており、改めてイギリスのクルマ文化の奥深さを見せ付けられた思いだった。
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広大なスペースに膨大な数のクラシックカーが展示されていて、そこに物凄い数のギャラリーが集まっている。イギリスのクルマ趣味文化の裾野の広さは驚くばかりだ。
さて、このショーには、とてつもなくマイナーなクルマのクラブも数多く参加しており、珍車も多数展示されていた。ここからは、車名当てクイズを出題しよう。正解は次回ご紹介する。けっこうバックにクラブ名が見えたりして、ヒントもあるので、メーカー名だけでなく車種名までお答えいただきたい。
投稿者 中島秀之 : 19:58 | コメント (0) | トラックバック
2009年4月25日
JHCT2009は明日ゴール
昨日24日(金)に小田原をスタートしたジャパン・ヒストリックカー・ツアー2009イン・ヨコハマは、70台余の車両が参加して今日25日(土)に二日目の走行を行った。
長野県の蓼科をスタートしたツアーは、途中数カ所のチェックポイントを通過しつつ、木曽の奈良井宿を通って、山梨県の八ヶ岳ロイヤルホテルに到着した。
僕は、スタート地点の小田原ダイナシティ、今日の奈良井宿、そして明日のゴール地点横浜赤レンガ倉庫広場で、参加車両の紹介アナウンスを担当するため、ツアーに帯同している。
今日は朝から雨で、気温が非常に低い状況の中、参加者は走行を行った。
途中雪が混じるところもあったようだ。
僕は奈良井宿の入り口のところでアナウンスを行ったのだが、いやあとにかく寒かった。
おそらく気温は5度以下で、雨と風が強く、体感温度はもっと寒かったはずだ。
ただ、江戸時代の街並を残す奈良井宿に、ヒストリックカーがズラリと並んだところは、なかなか圧巻だった。
明日はいよいよお昼に横浜にゴールする。
お天気は回復するようなので、お近くの方は是非貴重なクルマたちを見に、赤レンガ倉庫におこしいただきたい。
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奈良井宿でずらりと並んだ参加車両。雨の中ギャラリーも多かった。
さてこのジャパン・ヒストリックカー・ツアー2009イン・ヨコハマがゴールした後、夜7時半からは、六本木の「F1 PIT STOP CAFE」 で、Pit-FM F1 Meeting in F1 Pit Stop Cafe 第4戦バーレーンGPが行われる。
今回はレーススタートが欧州ラウンドと同じ夜9時なので、お酒を飲みながら観戦するには最高なのではないだろうか。
今回も入場料は1000円、好きなチームのウェアを着てくると100円割引となる。
もちろん飲食は別料金なので、お好きなものを頼んでいただきたい。
ゲスト解説は、松田次生選手と井出有治選手を予定している。
僕はJHCTと連戦(?)なのだが、頑張って実況するつもりなので、是非遊びに来て欲しい。なお詳しくはPit-FMオフィシャルサイトをご覧いただきたい。
投稿者 中島秀之 : 17:22 | コメント (0) | トラックバック
2009年3月19日
今週末はタイムマシーン・フェスティバル
今週末は富士スピードウェイで、タイムマシーン・フェスティバルが開催される。
今年で4回目となるこのイベント、懐かしいマシンと懐かしいドライバーが集まることで、すっかり春の風物詩的な存在となってきた。
このイベントで、僕は例によって二日間、場内放送を担当する。
昨年から、土曜日は「ヴィターレ・イタリア」として、イタリア車を中心とした参加車両による走行が行われ、日曜日にヒストリックカー中心の走行が行われることとなった。
今年のヒストリックカー部門のテーマは、誕生40周年を迎えるフェアレディZ。
初代S30から最新のZ34までが一堂に会す予定で、ニッサンの所有する懐かしい車両が展示されたり、S30レーシングカーによるデモ走行も行われる予定だ。
このS30レーシングカーには、かつてのフェアレディZ遣い、「Zの柳田」こと柳田春人さんと、「黒い稲妻」こと桑島正美さんが乗ってくださる予定で、久々に往年のバトルを再現してくれることになっている。
このほか、お馴染みになったクラシックF1の走行や、富士GCマシンの走行などもあるので、是非観戦においでいただきたい。
個人的には、1986年の全日本F2選手権にエイエ・エルグさんのドライブで出場した、クレコ・マーチ86Jヤマハが今回初めてエントリーしているのが楽しみで、久々にヤマハ・オリジナルのOX66エンジンのサウンドが聞けるかも知れないとワクワクしている。
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タイムマシーン・フェスティバルでは、ニッサンの所有する貴重なフェアレディZが展示される。左はレース仕様で、かつて星野一義さんらがドライブしたマシン。右は神奈川県警で使用されていたパトカー。
ところで、前回のブログで間違いがあったので、お詫びして訂正します。
富士チャンピオン・レースに今年から追加されるレースは、マツダ・アクセラではなく、マツダ・デミオのNゼロレースでした。
「1FCR参加者」さんからのコメントで気が付きましたが、ご指摘ありがとうございました。
チャンピオン・レース(以前はフレッシュマンレース)は、かつてティーポ編集部に在籍していた生倉ボンこと石井昌道さんが、ロードスターのレースに出場されている頃は、ティーポでもよくご紹介したのですが、最近はとんとご紹介していません。
レース出場の登竜門的な役割は昔から全く変わらず、多くのプロドライバーの方がここからデビューされています。
その一方で、最近はホビーとしてレースを楽しまれる方にも人気で、クラスによっては、かなり安価に気楽に楽しめるということです。
競技の安全面などで厳格なJAF公認のレースで、これほど敷居の低いレースは少ないと思いますから、ビギナーの方や久々に参加してみたいという方も、是非富士チャンピオンレースに注目していただきたいと思います。
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今年から富士チャンピオンレースに加わる2台の車両。左がマツダ・デミオのNゼロ。右がトヨタ・カローラ・アクシオのN2。これ以外にスーパーFJ(フォーミュラ)のレースも行われることになるそうだ。
投稿者 中島秀之 : 11:24 | コメント (0) | トラックバック
2008年10月30日
HAFJは生沢徹一色!
先週末にツインリンクもてぎで行われた、ヒストリック・オートモビル・フェスティバル・イン・ジャパン(HAFJ)は、自画自賛のようだが、とても素敵なイベントになった。
今回は、「ポルシェ60周年記念ウィークwith生沢徹」という名前で特別企画を行い、パドックには歴代のポルシェ各モデルと最新のポルシェが展示されると共に、ピットガレージには生沢徹ミュージアムが開設された。
多くのお客様に会場で、ポルシェ60周年の歴史と、生沢徹さんの偉大な業績に間近に触れていただくことができた。
特に生沢さんのミュージアムは、このイベントでかつてないほどの規模で展示会場が設営され、生沢さんが実際にドライブしたマシンと、ゆかりのマシンが集結。
更に生沢さんご自身が大切に保管していらっしゃった、当時の貴重なレーシングスーツやグッズ、更には未発表の写真など、様々なものが展示された。
しかも、お昼のアトラクション・タイムには、生沢さんが1968年の日本グランプリでドライブして2位となったポルシェ910のステアリングを握って、コースをデモ走行された。
僕は2日間とも場内放送を担当していたのだが、生沢さんのデモ走行では、終了直後にたくさんのお客様が生沢さんを取り囲むようにして、まるで40年前のグランプリ直後の模様を見ているかのような感動があった。
実はこの時ちょっとした演出として、生沢さんのお嬢様・舞さんから、ペプシ・コーラの瓶を生沢さんにお渡しいただいたのだが、これは1967年の日本グランプリの際、優勝した生沢さんが、差し出されたコカ・コーラを受け取らず、自らのスポンサーであるペプシ・コーラを出して飲んだという、伝説の場面の再現だった。
また、コース上での生沢さんへのインタビュー終了後、ビートルズのザ・ロング・アンド・ワインディング・ロードをBGMに、生沢さんが1960~70年代の若者文化にどれだけ大きな影響を与えたかなどをお話しさせていただけたのは、僕個人にとっても、とても嬉しいことだった。
日本のモータースポーツ界は、選手が現役を引退した後、チーム・オーナーや監督として仕事をしていないと、どんなに偉大な業績を挙げた方でも、見向きもしないようなところがある。
別にイギリスのように、サーの称号や勲章をあげろとは言わないが、せめてこうした方々が、気持ちよく今の全日本級のレースに遊びにきて、ファンの方たちと触れ合えるような環境を、作って欲しいと願うばかりだ。
もちろんそのためには、我々メディアも、きちんとこうした方々の業績をお伝えしなくてはいけないと考えている。
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生沢さんが実際にドライブしたマシンたち。上左は、1968年に英国と欧州のF3シリーズで使用されたブラバムBT18B。現在国内で、オーナーさんがレースに使用されている。上右は、今回デモ走行に使用されたタキ・レーシング・チームのポルシェ910。国内で70年代までレースに使用された後、長く保管されてきたが、つい最近1968年日本グランプリ仕様にレストアされた。このクルマのタミヤのプラモデルに憧れたという方も多いのでは?
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上左は、生沢さんが1973年に、故・風戸裕選手と共に設立したチーム・ニッポンが、欧州F2シリーズで使用したGRD273。先日取材に行ったことをブログでお伝えしたマシンだ。この個体は風戸選手が乗られたものだが、ゆかりのマシンとして展示された。そして上右は、今回約30年ぶりに公の場に姿を現した、富士グランチャン・シリーズ用のGRD・S74。生沢さんが1977年に年間チャンピオンを獲得した時のマシンだ。実は長い間国内某所で大切に保管されてきたのだが、今回のイベントのために1977年当時の姿にレストアされたもの。GRDに関しては、今後カーマガジンで、詳しくご紹介する予定だ。
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さて生沢さんと言えば、何事に対しても「拘る」ことでも有名だ。イベント前日には、ミュージアム内のディスプレイの仕方に自ら細かく指示を出されている姿が印象的だった。また美しく塗装されたGRD・S74には、自ら何度も位置を確認されながら、あの丹頂鶴のステッカーを貼られていた。
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上左は、公開直前の生沢ミュージアムの模様。GRD・S74とブラバムBT18Bの他、チーム・イクザワのバイクとMTB、更に1960年代当時の貴重な「VAN傘」までが展示されていた。上右は土曜日のお昼のアトラクションタイムの模様。放送席からの写真だが、たくさんの方が生沢さんを取り囲んでいるのがおわかりいただけるだろう。日曜日はもっとたくさんのお客様が取り囲んでいた。
投稿者 中島秀之 : 17:04 | コメント (4) | トラックバック
2008年10月20日
今週末はもてぎに集合!
今週末はツインリンクもてぎで、恒例のヒストリック・オートモビル・フェスティバル・イン・ジャパンが開催される。
数多くのヒストリックカー、スーパーカーが集合するこのイベント。
今年はビッグゲストをお招きする。
それは1960年代に、日本人として初めてヨーロッパのレースに挑戦し、モータースポーツ界だけでなく、若者文化に多大な影響を与えた、生沢徹さんその人だ。
今回は昼のアトラクションタイムに、生沢さんご本人が1968年の日本グランプリでドライブされ2位となった、タキ・レーシング・チームのポルシェ910を運転していただく予定だ。
また走行は行わないものの、生沢さん所縁のマシンが何台か展示される予定でもある。
中には、生沢さんが現役引退後、初めて公開される車両もあるとのこと。
また生沢さん関連以外にも、今回国内初公開となる1970年代のF1マシンや、誕生50周年を記念して、元ワークスドライバーがオースチン・ヒーレー・スプライトのステアリングを握るといった見どころもある。
僕は例年通り、2日ともコントロールタワー3階から、場内放送を担当する。
是非週末はツインリンクもてぎにおこしいただきたい。
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タミヤのプラモデルのイメージが強い、68年日本グランプリ仕様のポルシェ910。
これはエブロ製の1/43ミニカー。
今回生沢さんは丸40年ぶりに、このマシンを自らドライブされる。
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1967年に、生沢さんが英国F3シリーズでドライブしたブラバムBT21-F3。
これはエレール/ユニオン製のプラモデルのパッケージ。
このマシンも実物が当日登場する模様。
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1973年に、日本のシグマ・チームがル・マンに挑んだ時に使用したシグマMC73。
生沢さんはドライバーの一人としてこのチームに参加。
結果はリタイアだったが、以後何度かル・マンに挑むことになる。
このマシンは今回展示されないが、国内に現存していると聞いている。
これはビザール製の1/43レジン製モデルカー。
投稿者 中島秀之 : 23:46 | コメント (4) | トラックバック
2008年10月14日
あのマシンが日本にあった!
今日は雨の中、埼玉県にある某ショップを訪ね、1台のフォーミュラカーの撮影を行ってきた。
実はこのマシンに会うのは、これが2回目だ。
夭折した天才ドライバーが、死の前年、青雲の志を抱いて本場ヨーロッパへと乗り込んだ時にステアリングを握ったマシンで、僕が10年近く前に見た時は、山梨県の某所で彼が生前ドライブした他のマシン数台と共に、大切に保管されていた。
だがその後、諸事情により、全てのマシンは海外に売却され、散逸してしまった。
日本のモータースポーツの歴史上、極めて重要なこれらのマシンが、海外に渡ってしまったことは大変残念で、個人的には、なんとか日本に戻ってこないものかとずっと思っていた。
それが、さる愛好家の方の手により、この1台のみが数年前にアメリカから買い戻され、間もなくレストアが始められることになったのだ。
実に素晴らしいことだと思う。
とりあえず、軽い整備が行われ、今月末にツインリンクもてぎで行われる、ヒストリック・オートモビル・フェスティバル・イン・ジャパンに展示される予定とのこと。
なお、このマシンの詳細は、今後カーマガジン誌上で紹介される予定なので、ご期待いただきたい。
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投稿者 中島秀之 : 22:44 | コメント (7) | トラックバック
2008年5月26日
JHCT2008が終了
5月23日から25日まで、ネコ・パブリッシング主催のジャパン・ヒストリックカー・ツアー2008が行われ、僕もアナウンス役として同行してきた。
5回目の開催となる今年のコースは、初日に小田原ダイナシティという商業施設をスタートし、高速道路を使って長野県の白樺湖に向かい、霧ヶ峰、松代城を経て善光寺へと向かった。
2日目は、志賀高原、草津、嬬恋、松本などを経て、山梨県甲府の舞鶴城公園および湯村温泉郷でゴール。
そして3日目は、高速道路で河口湖、御殿場を経て、横浜赤レンガ倉庫前広場にゴールするというルートだった。
距離にしておよそ750~800kmだが、今年は初日が異常に暑かった上、2~3日目には雨も降って、ヒストリックカーには過酷な環境だったようだ。
このためリタイアするクルマが例年以上に多かったようにも思われる。
僕はスタートのダイナシティ小田原と、初日の宿泊先であるホテル国際21の駐車場、そして2日目のゴールである舞鶴城公園、更に最終ゴールである横浜赤レンガ倉庫で、参加車両の解説と参加者の紹介アナウンスを担当。
またパーティや表彰式の司会も担当した。
朝早く、夜は遅い(パーティ終了後食事に行くため)上、自分でクルマを運転しながらの参加なので、予想以上にハードな3日間だった。
それでも、参加者の皆さんが、赤レンガ倉庫前を出る時に笑顔で帰っていかれるのをみると、あぁ良かったなぁとしみじみ思える。
もちろん、今年も珍しいヒストリックカーとスーパーカーがたくさん参加していたので、それを見るのもとても楽しかった。
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今回初めてスタート地点となった小田原ダイナシティ駐車場(左)。平日の朝にも関わらず、たくさんの方が見学に来てくださった。今回は俳優の唐沢寿明さんのポルシェ356Aカレラや、GLAYのリーダーTAKUROさんのアストン・マーティンDB6(右)も参加した。
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ネコ・パブリッシングの社員が運営スタッフとして裏方を務めているのだが、準備日も含めて4日間、毎日睡眠時間3時間ほどで奮闘しているため、深夜の食事の際には、このジェイズ・ティーポのスギ編集部員のように、意識が朦朧とする者も表れるようで・・・?
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一番の難所である志賀高原-草津ルートは、なんとか雨が降る前に通過することができた。今年はかなり暖かかったが、それでも雪がかなり残っていた(左)。その後嬬恋のレストポイントに参加者は集結。
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最終ゴール地点、横浜赤レンガ倉庫前広場は、直前まで大雨が降っていたが、参加車両が到着した途端に雨がピタリとやんだ。その後参加者は、マリンルージュ号での船上表彰式に向かった。
投稿者 中島秀之 : 23:43 | コメント (1) | トラックバック
2008年3月24日
タイムマシーン・フェスティバルが終了
22〜23日に富士スピードウェイでタイムマシーン・フェスティバルが行われ、僕は両日とも場内放送を担当した。
土曜日は、ヴィターレ・イタリアという名前で、フェラーリとマセラティを中心としたイタリア車の走行が行われ、日曜日は昨年までと同様のヒストリックカー主体の走行が行われたのだが、どちらも非常に楽しかった。
昨年は雨と霧で大変だったが、今年は二日間とも非常に良いお天気だったのもありがたかった。
もちろん、往年の名ドライバーの皆さんもたくさん遊びに来てくれたし、マナ09(1973年の富士GC用マシン)など、新たに姿を見せた往年の名マシンも何台かあって、古くからのレースファンにとってはたまらない内容だったと思う。
因みに今年のこのイベントのテーマのひとつは、日本のル・マン・チャレンジ。
ル・マン参加車両の展示とデモ走行も行われて、こちらも見応え十分だった。
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日本からル・マンに挑んだマシンたち。左から順に、1995年にクラス優勝したホンダNSX、1985年に参戦したトヨタ童夢85C、1998年に総合3位となった日産R390GT1、1991年に日本車として初めて優勝したマツダ787B、1981年に出場した童夢RL、1986年に出場した日産スカイラインGT-R/LM。
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1970年代中盤に、海外や国内で活躍した、「黒い稲妻」こと桑島正美さんが乗っていた、マーチ742(752カウルの1976年仕様)も登場。完全レストアされていたのだが、直前にエンジンが壊れて、残念ながら走行はできなかった。それでも桑島さんの復活セレモニーがこの742と共に行われ、日曜日には当時そのままに、クールスのメンバーが応援にかけつけていた。
投稿者 中島秀之 : 23:38 | コメント (0) | トラックバック
2007年12月12日
ALWAYSを見てきた!
先週末、映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」を見てきた。
昨年初めに第一作を見て、映画の内容云々より、そのVFX(CG)を用いた、昭和30年代の再現の仕方に驚かされ、すっかり魅了されてしまったので、第二作も気持ちよく楽しませてもらった。
僕は、舞台となっている昭和33~34年にはまだ生まれていないのだが、小学校に上がる前頃までは、これに近い環境が周囲に残っていたので、ついつい懐かしさを感じてしまう。
特に、登場するクルマに関しては、「時代考証的におかしいものはないか?」と、粗探しをしつつも、画面に映るとやはりそこに目がいってしまう。
例えば、鈴木オートのダイハツ・ミゼット。かなり使い込まれた風にウェザリングされているこのミゼットは、実は昭和34年10月発売のMP型なので、本来なら第1作、第2作とも、登場するのはおかしいのだが、制作陣はそれを承知で、敢えて昭和30年代のイコンとして使用しているようだ。
実際のところ、このMP型のミゼット、特に荷台の長いMP4型(昭和35年発売)は、僕らの世代は子供の頃、町中のあらゆるところに溢れていた。
阿佐ヶ谷にあった我が家の近所でも、お向かいのお米屋さんや、八百屋さんの販売車、郵便局の集配車など、たくさん走っていたのだ。
それだけに確かに懐かしい。
その鈴木オートに修理のため入庫している車両も、ダイハツ・ビー(3輪乗用車)、ダットサン110/210系など、貴重なクルマばかり。
面白いのは、第1作でもエキストラ的に登場していた、オースチンA30が修理に入っているシーンがあったことだ。
日産がノックダウン生産していたのは、A40サマーセットとA50ケンブリッヂ(どちらも画面に登場する)だから、A30は当時純粋な輸入車で、おそらく国産車よりかなり高額だったと思われるが、わざわざ買った人もいたのだろう。
当時の実際の写真で見たこともあるので、間違いないとは思うが、やはり相当珍しいクルマであったはずだ。
それが鈴木オートに入庫していたのだから、お父さんの腕はなかなかのものだった(という設定な)のかもしれない。
また今回も、憎まれ役の川渕社長のクルマはピカピカの初代観音開きクラウンで、いい味を出している。
そして今回の第2作では、前作では使われなかったCG制作による車両も登場している。
首都高速のできる前の日本橋のシーンでは、後ろを走るクルマはCGで、ダイハツのオート3輪なども姿を見せる。
ただCG制作の車両は車種が限定されるようで、ダットサン110/210系、スバル360などが多かった。
個人的には、もっと日野ルノー、初代コロナやマスター、いすゞヒルマン・ミンクスなどが、タクシー仕様も含めて登場してくれた方がリアリティがある気がしたのだが。
それでも、この映画のスタッフの方たちの、昭和30年代への拘りは半端ではなく、あらゆる画面で細部にまで注意が払われていることに感心してしまった。
これでシリーズは終了とのことだったが、第3弾があればファンとしては嬉しいし、あのセットを見られるテーマパークなどがあってもいいのでは、とも思ってしまった。
まだご覧になっていない方は、是非映画館へどうぞ。
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投稿者 中島秀之 : 12:27 | コメント (0) | トラックバック
2007年12月 4日
フロムセブンミーティングを見学
週末、久々に京都に行って来た。
町家の壁の修理の確認と、掃除が目的だったのだが、ついでに紅葉も楽しんでしまった。
その途中、2日の日曜に、京都のクルマ好きなら知らない人はいない嵐山・高雄パークウェイの、高雄口ゲートにほど近い高雄大駐車場で行われた、嵐山・高雄フロムセブンミーティングを少しだけ見学してきた。
もともとスーパーセブン系のミーティングとしてスタートしたようだが、今回は季節が良いこともあって、おそらく200台前後のエンスー系車両が大集結していた。
古い軽自動車から最新のスーパーカーまで、とにかくなんでもありの、ある意味ティーポなイベントで、非常に楽しかった。
その模様を写真でご紹介しよう。
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会場はかなり広いのだが、隙間なくビッシリとエンスーなクルマが埋め尽くし、時おり少し走りに行く参加者もいたりして、大混雑だった。左は、ル・マン・クラシック・ジャパンにも出場していたアバルトOT1300/1600の横を、フェラーリ・モンディアルTが通過するところ。後方にはアルファSZが4台見えている。右は、DTMカー風にモディファイされたメルセデス190E。
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左はやはりDTM出場車風にモディファイ(主にカラーリング)されたアルファ155。後方にはハコスカも見えている。右はノーブル製と思われる、フェラーリ330P4のレプリカ。
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セブン系は、もともとこのイベントの中心車種だけに、かなりたくさんの参加があった。また右は、セブン系の中に挟まれるように置かれた、ジャガーDタイプのレプリカ。
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左の写真には、マセラティ・クワトロポルテ、フラットノーズのポルシェ930、アウトビアンキA112アバルト、アルファ75、VWビートル、ロータス・エキシージなどが見えている。右は非常にきれいな左ハンドルのS30ダットサンZカー。実は前日、ウチの町家のすぐ近くの吉田神社の階段の横にあるガレージで、オーナーさんがエンジン整備をしているのを偶然見かけたクルマそのもので、ちょっとビックリ。
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アルピーヌV6ターボが3台並んでいた(左)。どれも非常にきれいな状態だった。右は共にかなりモディファイされた、フェラーリ360モデナとランボルギーニ・ムルシエラゴ。
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左は一見地味だが、その実かなりエンスー度の高いスリーショット。いずれもフォード・ブルーに塗られた、右はエスコートRS、中央は日本では超希少な先代フォーカスRS、左は先代フォーカスST170。またVWゴルフがかなりたくさん参加しており、会場の一画を占拠していた(写真右)。
投稿者 中島秀之 : 21:15 | コメント (0) | トラックバック
2007年11月10日
ル・マン・クラシック・ジャパンで場内放送を担当
今日、明日と富士スピードウェイで行われている、ル・マン・クラシック・ジャパン2007で場内放送を担当している。
一昨年から隔年で開催されているこのイベント、前回の美祢サーキットから富士に場所を移し、ヨーロッパからの参戦組もあって、見どころが多くなっている。
今日土曜日は、雨の予報だったが、なんとか曇りで一日が終わり、大きな事故もなく、少しホッとしている。
さて今回参加している車両の中から、僕の気になる車両をご紹介しておこう。
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今回の目玉はなんと言ってもこのマートラMS670。1972年の優勝マシンのカラーになているが、元々は1971年にMS660として製作され、この年のル・マンではリタイア。1972年はスペアカーだったという経歴を持つマシンだそう。今日土曜日はウェット・コンディションのため走らなかったが、金曜日は、マートラのV12サウンドを富士に轟かせていた。マートラV12の音が響くのは、1976、77年のF1に出場したリジェ以来だろう。明日は走ってくれると良いのだが。
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ポルシェ936とローラT286は元気に走る姿を見せてくれた。この936は、1980年のル・マンにヨースト・レーシングから908/80の名でエントリーされたマシンそのもので、ジャッキー・イクス/ラインホルト・ヨーストのドライビングで、ロンドーとデッドヒートの末2位となっている。一方T286(1979年式)は、コスワースDFV搭載のT280の最終モデルで、こちらも素晴らしいサウンドを放ちながら、ハイペースで周回していた。
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ローラT70Mk3Bは、1969年登場のモデル。5リッターのシボレーV8を搭載するが、今日は中野信治選手のドライブにより、強烈な走りを披露してくれた。
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ポルシェ博物館から4台の貴重なマシンが来日し、デモ走行を行った。左上は1951年のル・マンにポルシェが初出場した時の356SLクーペ。右上は1973年のタルガ・フローリオで優勝した911カレラRSR、左下は1987年のル・マンで優勝した962C、右下は1998年のル・マンで優勝した911GT1。全てパーフェクトなコンディション。明日もデモ走行が予定されている。
投稿者 中島秀之 : 17:33 | コメント (4) | トラックバック
2007年10月29日
怒涛の5日間が終了(その3)
27日土曜日と28日日曜日は、ツインリンクもてぎで行われる、毎年恒例のヒストリック・オートモービル・フェスティバル・イン・ジャパンで、場内放送を担当した。
27日は台風の接近により、F1の走行がキャンセルされるなどして残念だったが、28日は素晴らしいお天気の中で走行が行われた。
僕は二日間ともコントロールタワー3階でずっと実況を行い、朝のドライバーズミーティングや夕方の表彰式、更には土曜の夜のパーティの司会までを担当した。
このためパドックに殆ど出られず、写真が撮れなかったのだが、それでも放送室から見ていて気になったクルマを写した写真を何点かご紹介しておこう。
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左はヒストリックカー・カップに出場する車両たちなのだが、手前に見えているジャガーXJ6クーペとその3台後ろのEタイプ・クーペをご覧いただきたい。カニンガムカラーで凄くカッコよくモディファイされている。右はレンシュポルトカップ優勝のポルシェ911ターボなのだが、まるで935K3のように徹底的にモディファイが加えられている。ここまで手が入っていると、つい見とれてしまう。因みにこのクラスでは圧倒的な強さで優勝を飾った。
さてイベント終了後はまっすぐ帰宅。だが翌月曜日は、ティーポ次号の締め切りで、深夜まで校正に追われ、ようやく深夜に怒濤の5日(+1日)が終了した。
はぁ、疲れたあ。
投稿者 中島秀之 : 20:20 | コメント (2) | トラックバック
怒濤の5日間が終了(その2)
さて25日の木曜と26日の金曜は、「東京コンコース・デレガンス」というイベントに、司会者として参加してきた。
アメリカの「ペプルビーチ」やイタリアの「ヴィラ・デステ」といった、貴重なヴィンテージカーを一堂に集め、そのコンディションやオリジナル性を競うイベントを日本でも開催したいという思いから、今年初めて開催されることになったこの「東京コンコース・デレガンス」。
まず25日の午後、晴海にある晴海トリトンスクエアで、16台の参加車両が六本木に向けて走り始める、パレードラン・スタートセレモニーが行われたのだが、ここで僕はカネキ・アンナさん、ゲストのデイブ・スペクターさんと共に司会を担当。
パレードランに参加する車両の簡単な解説も行った。
参加車は、展示および審査会場である六本木の東京ミッドタウンに移動。
夜はパーティがルイ・ヴィトン・ジャパンで行われたそうだが、僕は編集部に戻り、調べ物&入稿作業に追われた。
で、翌26日の昼に東京ミッドタウンまで行き、雨が降ったりやんだりする中、芝生広場に展示された33台の参加車両を前に、各賞の発表と、受賞車両の説明を行った。
この日は、僕よりこうしたクルマに詳しい、モータージャーナリストの武田公実さんとのかけあいで話を進めたのだが、よく考えてみると、小林彰太郎審査委員長を始めとする、日本のクラシックカー界の重鎮の皆さんの前で、よくもまぁ知った風なことを喋りまくったなと、後になってちょっと恥ずかしくなった。
参加者と関係者の皆さんは、この発表セレモニーの後、ホテル・リッツ・カールトンでパーティ(司会はセイン・カミュさん)に参加されたのだが、僕はここだけで失礼して、急いで次の仕事の現場に移動した。
それにしても、「日本にこんな貴重なクルマがあったのか!」と思うクルマばかりが33台も参加した今回の「東京コンコース・デレガンス」は、本当に素晴らしいイベントだった。
是非、これから毎年恒例となって、もっと素晴らしいイベントに成長してもらいたいと思う。
ではこの「東京コンコース・デレガンス」参加車両で、僕が気になったクルマをご紹介しよう。
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左は今回の参加車で最も古い、1910年式ロールス・ロイス40/50HPシルバー・ゴースト ツアラー・バイ・バーカー。巨大なオープンカーで、その姿にまず圧倒される。次いで、約100年前の自動車だというのに、そのコンディションの良さに驚かされる。なにしろエンジンはセル一発でかかり、アイドリングなど物凄く静か(さすがはゴースト)なのだ。しかも、インパネにはナビが取り付けられていて、このクルマが普通にあちこちのイベントに自走で参加していることをうかがわせた。
右は1930年式のデューセンバーグ・モデルJ・コンバーチブル-ロードスター バイ・マーフィ。アメリカのセレブの間で絶大な人気を博し、クラーク・ゲーブルやゲーリー・クーパーが愛用したことでも知られるデューセンバーグ。現車もロックフェラー家の所有車だったそうだ。僕はミニカーは持っているが、実車を間近で見るのは初めて。贅の限りを尽くした造りに、約80年前のアメリカンドリームを見た気がした。
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左は1936年式のMG-PBミジェット エアライン-クーペ。939ccの小さなエンジンを搭載したスポーツカーであるMG-PBミジェットに、美しい流線型のクーペボディを載せたこのクルマ。14台しか作られなかったうちの1台とのことで、とても貴重なクルマだが、何よりも、オーナー自らがレストアしたということに驚かされた。コンディションは素晴らしく、微妙なトーンのツートーン塗装も魅力的だった。
右は1946年式のドライエ135Mカブリオレ ナルバル バイ・フィゴニ・エ・ファラシ。1930年代に全盛期を迎えたフランスのドライエ。現車は第二次世界大戦直後、同社の名車135Mのシャシーに、フィゴニ・エ・ファラシというカロジエ(カロッツェリア)がボディを架装したモデルで、おそろしく手間とお金のかかった、無駄の極みとも言うべきボディが最大の特徴。官能的というより、頽廃的とすら思える独特の雰囲気を持つ。因みにナルバルとは一角獣の意味で、それもよくわかる気がする。
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左は1964年式のファセル・ヴェガ・ファセルⅡ。1950-60年代に、突如現れたフランス製の超高級車ファセル・ヴェガ。エンジンはクライスラーのV8だが、前述のドライエ同様、フランス独特の無駄とも思える贅沢さが魅力だった。現車はファセル最後期のモデルで、エレガントなデザインと雰囲気に満ちている。特にその、なんとも言えないエンジ色の美しい塗装が、ファッションの国を象徴している感じだ。
右は1963年式のランボルギーニ350GTV。1963年のトリノ・ショーに出展された、ランボルギーニ社最初のクルマで、この世に1台しかない。デザインはスカリオーネ、コーチワークはカロッツェリア・サルジョットが担当した。だが創業者フェルッチョ・ランボルギーニのお気に召さなかったため没となり、市販車である350GTはカロッツェリア・トゥーリングが作ることになる。要するに、ランボルギーニ博物館にあるべき1台なわけで、日本にあるのが不思議なクルマなのだ。
これ以外にも、もっともっと紹介したいクルマがいっぱいあるのだが、詳細はカーマガジン1月号などでご確認いただきたい。
あ、このイベントの後、どこに行ったかは、また次回。
投稿者 中島秀之 : 00:57 | コメント (0) | トラックバック
2007年6月 6日
JHCTの気になる参加車(その3)
ジャパン・ヒストリックカー・ツアー2007に出場していた車両の中から、僕が気になったクルマたちを、数回に分けてご紹介している。
今回ご紹介するのは、ランボルギーニ・イスレロ400GT、1968年式だ。
1960年代のランボルギーニと言えば、ミウラのイメージが強いが、イスレロはほぼ同時期の1968年に登場した、FRでV12エンジンの2+2GTカー。
高級グランツーリズモだった400GT2+2の後継モデルで、350/400GTがカロッツァリア・ツーリングのデザインだったのに対し、イスレロはツーリング出身のマリオ・マラッツィの助けを借り、社内でデザインされたスチール製ボディを採用していた。
ジオット・ビッザリーニ設計のエンジンは、3929ccのV12DOHC+ウェーバー6基で、320hpを発揮。
ジャンパオロ・ダラーラ設計のマルチ・チューブラー・フレームに前後ダブル・ウィッシュボーン・サスと4輪ディスクブレーキを備え、車重は1315kg。
1969年には350hpを発揮するエンジンを搭載したイスレロS(400GTS)が登場したが、あまり人気を得ることなく、1970年にハラマにバトンタッチして生産終了。総生産台数は225台だったと言われる。
現車は非常にオリジナル度の高い個体で、外装はもちろん内装も美しく保たれていた。
ミウラと同じエンジンを持ちながら、とてもエレガントな雰囲気のクーペで、実に魅力的だった。
オーナーのTさんによれば、「ギャラリーの方が今のクルマと思うらしくて、目の前に来てから慌てて手を振ってくれたりするんですよ」とのことだったが、確かに見ようによっては、つい10年ほど前の高級パーソナルクーペ(3代目ソアラなど)に見えなくもない。
逆に言えば、それだけデザインが進んでいたというか、普遍的な魅力を持っていたということかも知れない。
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投稿者 中島秀之 : 15:46 | コメント (0) | トラックバック
2007年5月26日
JHCTの気になる参加車(その2)
ジャパン・ヒストリックカー・ツアー2007に出場していた車両の中から、僕が気になったクルマたちを、数回に分けてご紹介している。
今回ご紹介するのは、これ。ロメッシュ・ビースコー・2ドアカブリオレ 1956年式だ。
フリードリッヒ・ロメッシュによって1924年に創業したコーチビルダー、ロメッシュ・カロッツェリア社。
ベルリンを本拠にリムジンやタクシーの製作などをしていたそうだが、1936年に息子のフリッツ・ロメッシュが会社を引き継ぐ。
第二次世界大戦直後はソ連軍の車両修理などで食いつなぎ、1949年に、ヨハネス・ビースコーという人物の協力を得て、VWビートルをベースとしたスポーツモデルを開発、1950年のベルリン・オートショーで発表した。
それがこの、ビースコー・モデル、またはバナナカー(弓なりのボディゆえ)の愛称で呼ばれたクルマだった。
丸みを帯びたデザインのカブリオレまたはクーペで、ボディはアルミ製ハンドメイド。
エンジンはVWまたはポルシェのフラット4。
現車は、ビートル用1200ccにスーパーチャージャーをつけたエンジンを搭載する。
1957年に、バート・ローレンス設計のニューモデルが登場したが、1960年代初頭に生産を中止した。
現存する「バナナカー」は世界で15台前後、日本ではこの、「フラット4」の小森社長がお持ちの1台だけだそうである。
現物を見ると、同時代のポルシェ356より遥かに豪華な、凝った作りに驚かされる。
また思ったよりリアのオーバーハング部分が長く、ボディはかなり細長い。
非常に品のいい、いかにも50年代のお金持ちのためのクルマという印象だ。
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投稿者 中島秀之 : 08:14 | コメント (2) | トラックバック
2007年5月22日
JHCTの気になる参加車(その1)
ジャパン・ヒストリックカー・ツアー2007に出場していた車両の中から、僕が気になったクルマたちを、数回に分けてご紹介していこう。
まずは、これ。1954年型のフィアット8Vだ。
サルーンの1400用に開発が進んでいた70度V8エンジンが、コストの面などから不採用となり、これを利用する形で1952年に誕生したのが、フィアット初の本格的スポーツカーである、この8V(ティーポ104)だった。
エンジンはV8OHV1996ccで、105HPまたは127HPを発揮。
サスペンションは前後ダブル・ウィッシュボーンで、最高速度200km/hという意欲作だった。
ボディはスチール製で、社内デザイン&生産、車重は997kg。
インテリアも凝っており、特にメーター周辺のデザインは奇抜な印象のものとなっている。
後期型は異径4灯ライトを持つフロントマスクとなり、1954年までに117台が生産されたそうだ。
日本にはザガート製ボディのものがもう1台あるそうだが、フィアット・オリジナル・ボディのものはこれ1台だけだそうで、しかも現車は1955年のミッレ・ミリア出場車だそうだ。
小排気量のV8らしい軽やかな音を発しながら、当時最先端だった空力ボディが走る姿は、それだけで感動的ですらあった。
特に江戸時代の街並みを残す、海野宿では、すっかり景色に溶け込んでいるようにすら思えた。
投稿者 中島秀之 : 00:47 | コメント (0) | トラックバック
2007年5月21日
ジャパン・ヒストリックカー・ツアーが終了!
金曜日にスタートした、ジャパン・ヒストリックカー・ツアー2007が、今日午後横浜赤レンガ倉庫前広場にゴールした。
僕は、ギャラリーの集まる要所要所で、参加車両の解説を行う役を担当。
朝早くから、深夜まで、なんだかんだと仕事があり、今年もハードな3日間を過ごした。
パソコンを持っていったのだが、連日寝不足気味で、ブログを更新することができず、帰宅してやっと更新することができた。
今年のJHCTだが、まず金曜日は、山梨県山中湖畔のホテルをスタートし、いくつかのチェックポイントを通過しながら、長野県の善光寺に向かい、近くのホテルに宿泊するコース。
僕はスタート地点で車両紹介と選手紹介を行い、ゴール地点のホテルでもやる予定だったのだが、駐車場が奥まった場所だったため急遽キャンセル。夜のパーティの司会のみ担当した。
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今年はスタート地点が変更され、まずは山中湖のホテル・マウント富士に参加車両が集結。早朝は素晴らしいお天気で、富士山がくっきりと見えた。
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参加車両とは違うコースで善光寺に先回りし、ちょっとだけ観光&お参りもしてきた。
2日目は、長野、群馬、山梨を巡る長距離ルート。善光寺をスタートし、飯綱高原、戸隠を経由して、万座の山道を経て、海野宿へ。更に甲府の舞鶴城公園にゴールし、湯村温泉郷の常磐ホテルへと向かうコースだった。
僕は、テレビ中継用の取材などを行ってから、海野宿に向かい、到着する参加車両を待ち受けて、車両紹介と選手紹介を、海野宿の資料館の前で行わせてもらった。
またゴール地点の舞鶴城公園でも行う予定だったのだが、海野宿からの到着が遅れ、後半の20台ほどしか紹介できなかった。またこの日もパーティの司会を担当した。
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戸隠高原スキー場のチェックポイントでは、短い距離を指定秒数で走る計測が行われた。また戸隠神社では、代表車のお祓いも行われた。
そして今日3日目は、常磐ホテルをスタートし、途中数カ所に寄って、お昼に横浜赤レンガ倉庫前広場にゴールするコースを辿った。ゴール後参加者は、横浜港内を巡るマリン・ルージュ号に乗り、船内で行われた表彰式に出席。下船後解散となった。
僕は、横浜赤レンガ倉庫にゴールする車両の解説と、参加者の紹介を行った後、マリン・ルージュ号で行われた表彰式の司会も担当した。
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常磐ホテルを出発する参加車両。数台リタイアした車両もあったが、多くが完走を果たした。
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横浜赤レンガ倉庫前広場にゴールした参加者たちは、マリン・ルージュ号に乗って表彰式に参加。総合優勝は、2005年、2006年に続き、フェラーリ250GTピニンファリーナ・カブリオレに乗る大矢さんご夫妻のものとなった。
投稿者 中島秀之 : 00:11 | コメント (0) | トラックバック
2007年5月17日
ジャパン・ヒストリックカー・ツアー明日スタート
明日から「ジャパン・ヒストリックカー・ツアー」 が始まる。
初日の明日は、山中湖のホテル・マウント富士を11時にスタートし、善光寺など長野県内を廻った後、17時頃ホテル国際21にゴールするルートを辿る。
僕は例によって、ギャラリーのいるポイントで、マイクを持って参加車両の説明というか解説をする役で、明日はスタート地点とゴール地点で喋る予定だ。
お近くの方は是非おいでいただきたい。
日曜日に横浜の赤レンガ倉庫広場でゴールを迎えるまで、ハードな行程をこなすことになるが、様々なクルマが出場する予定なので、今から楽しみにしている。
日程やコースなど、詳しくはホームページをご覧いただきたい。
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昨年のJHCTの模様。今年は土曜日が雨の予報だが、できれば全行程がいいお天気で行われることを期待したい。
投稿者 中島秀之 : 21:47 | コメント (2) | トラックバック
2007年5月 1日
第2回TMFの番組を収録
3月25日に富士スピードウェイで行われた、第2回タイムマシーン・フェスティバル。
当日は生憎、午前中はひどい雨、午後は深い霧と、最悪に近いコンディションだった。
だが、会場には多くの貴重なマシンが集合し、たくさんの往年の名ドライバーの皆さんが、元気な姿を見せてくださった。
そんな当日の富士スピードウェイの模様を、今年もテレビでお楽しみいただけることになった。
実は今日、都内のスタジオでそのナレーションを収録してきたのだ。
深い霧のため見えにくい部分もあるにはあるが、なかなか面白い番組となっていたので、是非お楽しみにしていただきたい。
放送は、東京メトロポリタン(MX)テレビで5月13日(日)の夜8時からを予定している。
見どころはいくつかあるが、特にロータス77が、雨の富士スピードウェイのストレートを全開で走る姿は、あの1976年のF1世界選手権イン・ジャパンを彷彿とさせ、当時を知る方には涙もののはずだ!
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ナレーションを収録したスタジオのデスクはこんな感じ。
って言っても、あまり面白い画像ではないかな?
投稿者 中島秀之 : 20:40 | コメント (4) | トラックバック
2007年3月27日
Takao Sunday Meetingに出席! その4
3月11日(日)に、京都・高雄パークウェイ小倉山展望台駐車場で行われた、Takao Sunday Meeting。
100台以上が集まったこのイベントの参加車両をご紹介しているが、最終回となる今回は、英国車とフランス車以外のクルマをご紹介しよう。
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国産旧車も貴重なクルマが目立った。
左はトヨタ2000GT後期型とホンダS600、右は珍しい日産サニー・エクセレント・クーペ。
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左は日産シルビアだが、かなりやる気な改造が施されていた。
右はオーナーズクラブから7台が参加したスバル・アルシオーネ。
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ドイツ車の中では、左の古いナンバーをつけたBMW2000CSが目をひいた。
右は、以前ティーポでもご紹介したメッサーシュミットKR200だが、今回は3台も参加。
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ポルシェはナロー911(SWB)と930のカブリオレが参加。
アルファはこのGTAm風にモディファイされたジュリアが一際目立っていた。
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イタリア車は少数派だったが、左のフィアット500はとてもきれいだった。
右のフィアット850クーペは、ルーフキャリアやシートカバーでいい雰囲気。
というわけで、第4回高雄サンデーミーティングの模様のご紹介はこれにて終了。
実は参加者は、お昼前から琵琶湖方面にコマ地図を使ったツーリングに出かけ、夕方解散したそうなのだが、僕はこれには参加せず、京都の街を散歩していた。
結構楽しいツーリングだったそうなので、今度は参加してみたい。
そうそう、4月8日には早くも第5回が開催されるとのことなので、お近くの方は是非参加、または見学に行っていただきたい。
投稿者 中島秀之 : 23:48 | コメント (0) | トラックバック
2007年3月21日
Takao Sunday Meetingに出席! その3
3月11日(日)に、京都・高雄パークウェイ小倉山展望台駐車場で行われた、Takao Sunday Meeting。
100台以上が集まったこのイベントの参加車両をご紹介しているが、今回はロータス以外の英国車をご紹介しよう。
もともとが英国車中心のイベントだっただけに、なかなか興味深いクルマが多くて楽しかった。
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左はヒーレー・スプライトMk2やミニと並ぶ僕のエクセル。
右は、霙混じりの雨の中、レーシングスクリーンで走って来たというカニ目。
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MGBは全部で4台参加。左はコンペティション仕様に改造されたMk.1。
右の2台は僕のと同じウレタンバンパーの最終型。
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新しいモデルまでを含めたら、最も参加台数が多かったのはミニ。
古いモデルも多く、左は3台ともヒンジ付き。その中央は古いナンバーのMk.2クーパー。
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左は極めてオリジナル度の高い2オーナーのジャガーXJ6 Sr.2。
右はやはり非常に美しいXJ6 Sr.1ベースのデイムラー・ソブリン。
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横浜3ナンバーのEタイプSr.1 3.8は、結構有名な個体。物凄く速いとか。
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前日の「町家ですき焼きパーティ」でご一緒した、新潟のクラブ「ジョンブル」のKさん(助手席はTさんで、もうお一人NさんがエランS2で参加)のオースチン・ヒーレー100は、素晴らしいコンディションだった。
Kさんは金属加工がご専門だそうで、燃料タンクや、レスレストン用のボスまで自作されたのだそう。その仕上がりはお見事の一言。
投稿者 中島秀之 : 21:11 | コメント (2) | トラックバック
2007年3月14日
Takao Sunday Meetingに出席! その2
3月11日(日)に京都の高雄パークウェイ小倉山展望台駐車場で行われた、第4回Takao Sunday Meeting。
僕は東京からエクセルで自走で出かけたのだが、今回のこのイベントは、これまでの英国車中心の参加者に加えて、愛知県が地元の有名なアルピーヌのクラブ、クラブ・ゾーンルージュのメンバーも参加して、非常に賑やかなものとなった。
そこで今回は、アルピーヌ系の参加車両をご紹介しよう。
写真はクリックすると大きくなります。
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アルピーヌ系では、A110がエランと並ぶ大量11台も参加。
M63、A106といった貴重なクルマも来場した。
更にV6ターボ、A310V6なども参加。
そしてルノー系でも、R8ゴルディーニは4台、ドフィン・ゴルディーニや5アルピーヌ、5ターボ、クリオ(ルーテシア)V6は5台、ルーテシア16Vなど、スポーツモデルが勢揃いとなって、実に壮観だった。
投稿者 中島秀之 : 22:51 | コメント (2) | トラックバック
Takao Sunday Meetingに出席! その1
この前の週末、久しぶりに京都に行ってきた。今回は、いつものエグザンティアではなくロータス・エクセルで往復したのだが、何故かと言うと、11日の日曜日に行われるTakao Sunday Meetingに参加したかったからだ。
このイベント、京都近郊の方ならよくご存知のワインディングロード、高雄パークウェイの小倉山展望台駐車場にヒストリックカーを集めて行われるもので、今回が4回目の開催とのこと。
主催者が、以前ティーポでご紹介したメッサーシュミットやロータス・エラン、エリート、ヨーロッパなどをお持ちの清水倫正さんで、以前からお誘いを受けていたのだ。
しかも今回は、アルピーヌ・クラブと初めて共同開催となり、相当な数の参加が見込まれるとあって、是非見てみたくなったのである。
で、土曜日の夜は清水さんや新潟から参加のブリティッシュ・ヒストリックカー・クラブ「ジョンブル」の皆さんなどと一緒にすき焼きパーティに参加。
翌日曜日の朝、雨の中高雄パークウェイに向かった。
小倉山展望台駐車場には、既にかなりの数のヒストリックカーが集まり始めており、僕もエクセルを展示させてもらった。
お天気は、雨があがって晴れ間が見えたかと思えば、急に雪が降ったりと不安定だったが、11時頃までに参加車両は100台以上を数えるほどになっていたのである!
ということで、まずは主催者の清水さんのエランを始めとしたロータス関連の車両をご紹介していこう。
写真は全てクリックすると大きくなります。
投稿者 中島秀之 : 00:33 | コメント (2) | トラックバック
2006年12月 5日
幻のマシンが走行!
日曜日に富士スピードウェイで行われた、nismoフェスティバルに行ってきた。
1月に放送予定の、J SPORTSの番組「Rev Limit」の取材のためだったのだが、実は取材そっちのけで(!?)で、興奮してしまったクルマがある。
それは、幻のマシンと言われた日産R383だ。
1970年の日本グランプリ制覇と、Can-Amシリーズ出場のために開発されたものだが、どちらも計画が中止となり、一度もレースで使われることはなかった。
その後暫くして、その姿は公開されたが、一度も走る姿は公開されず、今回36年ぶりにレストアされて、お披露目走行が行われたのだ。
開発当時はR382用の6リッターV12エンジンにターボを付けていたが、今回はNAでの走行だった。
ドライブを担当したのは長谷見昌弘さん。
お話をうかがうと、「実はこのクルマで走るために、僕は1970年にタキ・レーシングから日産に呼び戻されたんだよ。実際当時、完成したクルマは見せてもらったんだけど、一度も走ることはなく、それっきりだった。だから今回が36年ぶりのシェイクダウンなんだ」と、嬉しそうだった。
また走行後には、「ホントにシェイクダウンだったね。フロントにサブフレームとかがないから、バタバタ動いちゃうんだ。当時とりあえず撮影用に組み上げただけだったのを、そのままレストアしたからだね。今後ちゃんと走れるように改良されるはずだから、そうなったら凄く速いと思うよ」とも言われていた。
あのまま開発が行われていれば、1970年シーズンのCan-Amで、マクラーレンやローラやシャパラルと、長谷見さんのR383はバトルをしていたかも知れない。
それを思うと、実に感慨深いお披露目走行だった。
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フロントはカウルがバタついてしまって、うまく走れなかったとのこと。
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リアにはウイングがなくスッキリした印象。当時とは異なり、NAエンジンを搭載している。
投稿者 中島秀之 : 01:32 | コメント (2) | トラックバック
2006年10月31日
役得でこんなことを!
先週末にもてぎで行われた、ヒストリック・オートモービル・フェスティバル・イン・ジャパン。
このイベントには、先日書いたように、クラシック・チーム・ロータスの代表である、クライブ・チャップマン氏が来日した。
コーリン・チャップマンの子息であるクライブ氏とは、以前イギリス・ロータス本社を訪ねた際に、2回お会いしたことがあるので、今回は3回目の対面となる。
とはいえ、過去2回は取材だったため、特に個人的なことはお話ししなかったのだが、今回ピットでお会いした時は、図々しくもちょっと個人的なお願いをしてしまった。
それは、我が愛車エクセルのガレージに以前からかけてある、パネルにサインしてもらうこと。
実はこのパネル、僕のエクセルと同じ1989年式のエクセルの雑誌広告をポスター風に印刷したもので、以前イギリスのイベントで買い求め、日本でパネルに入れたものなのだ。
で、偶然なのだがこの雑誌広告、当時チーム・ロータスの本拠だったケタリングハム・ホールの前で撮られた、エクセルと、トランスポーターから降ろされようとしているロータス101ジャッドの写真が使われているのである。
そう、僕のエクセルは、まさに今回のイベントでデモ走行したロータス101と、同じ年にヘセルの本社で誕生した「兄弟」なのだ。
これはもう、クライブさんにサインしてもらうしかないだろうと、つたない英語で、「自分はこの写真のクルマと同じ89年式のエクセルを持っているので、是非サインをいただきたい」とお願いしたところ、快く応じてくださったのである。
それだけでも嬉しいのに、クライブさんは、「今日は乗ってきているのかい? じゃあ見せてくれないか?」と、おっしゃるではないか。
もちろん異存などあるわけなく、我がエクセルを移動してお見せすると、車内を覗き込み、「ずいぶんオリジナルで大事に乗っていますね」とのお言葉。
僕が「97年にポール・マティ・スポーツカーズで買いました」と言うと、「ああ、彼は本当にいい人だよね」と笑顔で答えてくれました。
更に僕が「このクルマが本当に好きなんです」と伝えると、「大切に乗ってくださってありがとうございます」と、お礼まで言ってくださった。
う〜ん、これほどの役得があるだろうか!
すっかり気分よくなってしまった僕は、イベントの2日間、エクセルを駐車している間、フロントウィンドウに例の雑誌広告のパネルをずっと展示させてもらった。
クライブさん、ありがとうございます!
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中嶋悟さんと久々の再会を果たしたクライブ・チャップマン氏。
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クライブさんが僕のエクセルを覗き込んでいる! いやぁ嬉しいなぁ。
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で、すっかり嬉しくなって、第2パドックに駐車している間・・・、
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この雑誌広告のパネルをフロントウィンドウのところに飾らせてもらった。
投稿者 中島秀之 : 11:01 | コメント (0) | トラックバック
2006年10月30日
HAFJが終了!
ヒストリック・オートモビル・フェスティバル・イン・ジャパンが終了した。
2日目の今日は、ヒストリックカー主体のイベントスケジュールで、次から次へと貴重なクルマが登場したばかりでなく、レース形式の走行会では常に面白いバトルが展開された。
僕は2日間、朝から夕方まで喋りっぱなしで、更にブリーフィングや表彰式、そして土曜夜のパーティの司会までを担当したから、いやぁ疲れた!
それでも、なかなかいいイベントができたんではないかと、自画自賛している。
もてぎに観戦にいらっしゃった皆さんは、いかがだっただろうか?
僕個人としては、今回初めて行われたサイドウェイ・トロフィーが、台数も多いし、クラシックな雰囲気に満ちていて、楽しかったと思う。
本当はドライバーさんやメカさんたちのコスプレ(昔風のウェア)もご紹介できると良かったのだが、時間の関係でそれはかなわなかった。
来年はその辺りの配慮が必要かも知れない。
もっともこのレース、某N出版社のS社長(?)のフェラーリ275GTBがオイルに乗ってスピンしたところに、後続のマシンが激突するアクシデントがあり、関係者全員が凍り付くという事態もあった。
幸いドライバーに怪我はなかったのだが、参加台数が多いこうしたレースの場合は、参加者の方に注意していただく他ない。
とにかく安全第一、そして楽しんでいただくことがこのイベントの極意だと思う。
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このイベントのみ、場内放送は、グランドスタンド上の放送室ではなく、コントロールタワーの3階で行う。景色はこんな感じ。
投稿者 中島秀之 : 00:19 | コメント (0) | トラックバック
2006年10月28日
HAMFは初日から全開!
ヒストリック・オートモービル・フェスティバル・フェスティバル初日が終了した。
今日はスーパーカー関連の走行が多かったのだが、お昼のアトラクションではロータスF1のデモ走行と、ジャン・ラニョッティさんのデモ走行が行われた。
中嶋悟さんがロータス100Tをドライブした後、101JUDDに乗り換え、影山正彦さんのドライブするもう1台の101JUDDネルソン・ピケ車とランデブー走行を行い、1989年のグランプリシーンが再現された。
クライブ・チャップマンの見守る前での走行で、見ている我々としても、なんとなく胸が熱くなるような走行だった。
またラニョッティ氏は、ルノー・スピダーでパイロンスラロームなどを披露。こちらも喝采を浴びていた。
夜はもてぎのホテルでパーティが行われ、中嶋さん、ラニョッティさんも参加。
中嶋さんは「久々に自分のクルマを運転できて嬉しかったですが、体がついていかないですね。明日は雨が少し降ってくれた方がいいかも・・・」と話していた。
一方ラニョッティさんは、「大変楽しいイベントに呼んでいただいて嬉しいです」と普通に挨拶してはいたが、自分の席では割り箸を鼻に突っ込んだりして大ハシャギ。
すっかり「変なオジさん」と化していた。
明日もデモ走行は行われる予定なので、是非二人の走りを見に、もてぎまでお越しいただきたい。
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デモ走行の後で、今日走ったロータスF1、5台が記念撮影。
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ラニョッティおじさんはパーティで本領発揮? サインに気軽に応じながら、すっかりはしゃいでいた。
投稿者 中島秀之 : 23:21 | コメント (0) | トラックバック
2006年10月27日
今週末はもてぎのHAFJ
先週に続いて、ツインリンクもてぎに来ている。
今週末は、ネコ・パブリッシング主催のヒストリック・オートモービル・フェスティバル・イン・ジャパンが行われる。
今年で10回目を迎えるこのイベント、もちろん僕が土日とも場内放送を担当する。
今回のイベントの目玉は、ロータス101ジャッドとロータス100Tホンダの2台を、中嶋悟さんがドライブするアトラクションと、ルノーの名物ラリードライバーだったジャン・ラニョッティ氏のデモ走行だろう。
ロータス101は今日テスト走行が行われ、トラブルはあったものの、無事明日と明後日のデモ走行が行えそうだ。
今日はヒストリック・チーム・ロータス代表のクライブ・チャップマン氏とメカニック氏がつきっきりで、テスト走行が行われた。
またラニョッティ氏もルノー・スピダーでテストを行い、元気な走りを見せていた。
一方僕は今日、カーマガジンの不定期連載「失われた時を求めて」の取材&撮影を、走行の合間に行った。
久々の連載再開だが、今回のお題は、下に掲載する写真の車両。
詳細はまだ言わないが、古くからのレースファンの方には一目瞭然だろう。
こちらも楽しみにしていただきたい。
また、週末にもてぎに観戦にいらっしゃるという方、今回は見どころ満載なので、必ずお楽しみいただけると思う。
特にデモ走行は、企画満載。
残念ながらロータス91の走行97Tの展示はNGになったが、それ以外には、101が2台、100T、72、77(!)は走行を予定している。
お見逃しのないように!
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失われた時を求めてが久々の復活(予定)。お題はこのマシン。
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ロータス101JUDDが、ネコの笹本社長と影山正彦選手のドライブでテスト走行。
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コーリンの息子クライブ・チャップマン氏が緊急来日。夕方中嶋悟氏と久々の再会をはたし、旧交を温めていた。明日は中嶋氏が、あのファステストラップを記録した89年のオーストラリアGP以来17年ぶりにロータス101のステアリングを握る。
投稿者 中島秀之 : 23:34 | コメント (1) | トラックバック
2006年9月29日
もてぎで雨の中嶋が復活!?
今週末は上海で中国GPがあり、来週はいよいよ鈴鹿の日本GP。
今年のモータースポーツシーンもそろそろ大詰めという感じになってきたが、この季節になると、気になってくるのが、毎年10月末から11月初めに行われる、もてぎのヒストリック・オートモビル・フェスティバル・イン・ジャパンだ。
昨年は、国さんが1966年のホンダF1、RA273をドライブしたり、MCSグッピーが復活走行したりと、マニア心をくすぐるサプライズがあった。
そして今年。
10月28、29日に、ツインリンクもてぎで行われるこのイベント、ロータス好きでF1も大好きといった、僕と同じような趣味をお持ちの方には、たまらないことになりそうなのだ。
というのも、ロータスのF1マシンが7台も集結する予定で、その内訳は、72、77、91、99T、100T、101(2台)なのである。
ハイ、数字だけでどんなマシンか理解できた方には、さらに以下の情報を差し上げよう。
まず72と91は、以前から日本に存在する車両で、このイベントでも時々走行しているもの。
99Tと100Tは、ホンダ・コレクションホール所有のもの。
では残りは?
77は、マリオ・アンドレッティが1976年の日本GPで優勝した車両そのもので、日本人オーナーの方がサラブレッドGPシリーズに参加されているもの。普段はクラシック・チーム・ロータスが管理しているが、来年富士で20年ぶりにF1が開催されるのを記念して、久々に来日する予定なのだ。
一方2台の101は、1989年にネルソン・ピケと中嶋悟がドライブしたマシンそのもの。
ということは、雨の中嶋が、オーストラリアGPで、日本人唯一のファステストラップを記録した車両である。
これもクラシック・チーム・ロータスが長く管理していたマシンなのだが、訳あって(間もなく発表!?)2台とも日本で管理されることになったのだ。
で、イベント当日だが、この貴重な101を、なんと中嶋悟さんご本人が運転してくださる予定となっている。
99Tは残念ながら動かせないそうだが、100Tや91など、所縁のあるその他のマシンもドライブしてくださるかも知れない(91は1982年秋に中嶋氏が初めてテストしたF1)。
う~ん、これは実に楽しみだ。
当日僕はもちろん場内放送で実況を担当する予定だが、今からワクワクしている。
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中嶋悟さんがアイルトン・セナと共に駆った99Tは、展示のみ行われる予定。
(写真協力:ロータス 写真はクリックすると大きくなります)
投稿者 中島秀之 : 20:28 | コメント (2) | トラックバック
2006年6月17日
JHCTのテレビ番組、間もなく放送!
昨日都内のスタジオで、ジャパン・ヒストリックカー・ツアーのテレビ番組のナレーション収録を行ってきた。
横浜赤レンガ倉庫前をスタートして、静岡、山梨、群馬、長野と750kmを旅してきた模様が、1時間にわたって紹介される。
出場全車を紹介するのはもちろんだが、美しい景色の中を貴重なヒストリックカーやスーパーカーが走る姿は、それだけでも見応え十分。まさに「動く自動車博物館」の趣きである。
また車載映像や空撮映像、カメラバイク映像などもあるので、お楽しみいただけるはずだ。
特に滋賀高原越えのルートは、まるでヨーロッパ・アルプスを思わせる美しさなので、お見逃しのないように。
放送は、東京MXテレビで、6月24日(土)の15〜16時となっている。
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ナレーション収録は、こんな席で行われている。
部屋はきれいだけど、エアコンの音も拾ってしまうため、収録中はずっと空調なし。
かなり暑かった!
投稿者 中島秀之 : 00:05 | コメント (1) | トラックバック
2006年5月24日
大変だったけど、面白かったぁ! その3
ツアー最終日の22日月曜日は、朝8時に信州松代ロイヤルホテルを出発。
参加者の皆さんはチェックポイントを通過しつつ、山梨県の甲府市を通って山中湖を目指すルートを通るのだが、例によって我々は先回りして、ゴール地点の山中湖交流プラザへ。
今年7月に正式オープンするこの施設は大変きれいで、特に芝生の広場にある舞台は、晴れていれば正面に大きく富士山が見える絶景が魅力……だったはずなのだが、この日は曇っていて残念ながら富士山は顔を出してくれなかった。
それでもこの施設に、地元の方々が集まってくださり、750km近くにおよぶヒストリックカー・ツアーのゴールを一緒にお祝いしてくださった。
僕は例によってここで、1台1台到着するクルマの解説とエントラントの方をご紹介し、全部がゴールし終わったところで、急いで表彰式の会場であるホテル・マウント富士へ移動。
僕が到着すると同時に、参加者の皆さんが会場入りし、ごく簡単な打合せだけで、そのまますぐに閉会式兼表彰式の開会を宣言するという、綱渡り的スケジュールだった。
このイベントではいつもそうなのだが、なるべく多くの参加者の方に賞品をお渡しできるよう、総合順位の表彰に加え、特別賞をたくさん用意しているので、とにかく表彰式に時間がかかること!
それでもなんとか16時半頃までには全てが終了し、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。
まぁ確かに大変な3日間だったけれど、素晴らしいクルマをたくさん見ることができた上、美しい景色を見ながらドライブもできて、結構面白かったなぁ。
でも出来ればエントラントとして参加したいってのが、本音かも(!?)。
そうそう、僕も何度かゲストとして出演させていただいたことがあれる、TOKYO FMの「ドライビング・ナビゲーター・バイ・アドバン」のパーソナリティ、HARRYさんと、ディレクターの鈴木さんが今年もスピットファイアで参加してくださっていた。昨年はトラブル続きで死ぬほど大変だったのだが、今年はノートラブルで山中湖に到着して、とても嬉しそうだった。ところが表彰式の後、帰ろうとした途端、燃料ポンプが壊れて動かなくなってしまった。たまたま残っていた他の参加者のメカニックさんが直してくれたので良かったが、キッチリ話題を提供してくれるあたりが、さすが只者でない(!?)HARRYさんではあった。
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修理が済んでホッとした表情のHARRYさん(右)と鈴木さん。(写真はクリックすると大きくなります)
JHCT2006に参加した、お宝珍車図鑑、その3。
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トルネード・タイフーン(1963年) イギリスのビル・ウッドハウスが興したバックヤードビルダー、トルネードが作ったスポーツモデル。FRPのボディは意外なほど大きい。
投稿者 中島秀之 : 22:34 | コメント (0) | トラックバック
2006年5月23日
大変だったけど、面白かったぁ! その2
ツアー2日目の21日日曜日は、朝8時に甲府市内のビジネスホテルを出発。
エントラントの方たちは、チェックポイントを通過しながら長野県上田市の海野宿で地元の方と観光客の歓迎を受けるコースを通るのだが、僕たち(僕とこのイベントの仕掛け人であるネコ・パブリッシングの山本イベント映像事業本部長、そして何故かカーマガジンのB滝さん)は、真っ直ぐこの日の昼食&チェックポイントである、上田駅前の上田東急イン・ホテルへ。
ここの玄関前で参加車両が到着するのを待ち受け、事前の告知により集まって来ていたギャラリーに、またまた1台ずつ車両紹介とエントラントの方を紹介した。
参加者たちは、この後志賀高原の山越えルートを通るのだが、僕たちは近道を通って逆方向から志賀高原へ到着。この日も快晴で、絶景のワインディングロードは最高の気分だった。
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志賀高原のチェックポイントにて。3回目の開催にして、初めて快晴の志賀高原ルートを走ることができた。(写真はクリックすると大きくなります)
もっとも僕たちは途中でUターンして、再び近道を使って、この日の宿泊先である、信州松代ロイヤルホテルに先回り。
ここの駐車場には、事前の告知により数百人ものギャラリーが集まってくださっており、またまた1台ずつ帰ってくる車両の説明とエントラントの紹介を、西日が強烈に照りつける中で行った。そんなわけで、横浜で日焼けした顔が更に黒くなってしまった。
この夜も例によってディナーパーティの司会を担当して、22時半頃ようやくお役御免。
温泉に入ってから、またしても速攻でベッドに倒れ込んだ。
JHCT2006に参加した、お宝珍車図鑑、その2。
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マトラ・ルネ・ボネ・ジェット5S(1965年) 1963年にフランスのルネ・ボネが作った世界初の市販ミドシップ・スポーツカー。1964年にマトラに吸収され、この1965年式のみダブルネームを名乗る。
投稿者 中島秀之 : 19:52 | コメント (0) | トラックバック
2006年5月22日
大変だったけど、面白かったぁ! その1
たった今、ジャパン・ヒストリックカー・ツアー2006から帰ってきた。
僕は、スタート場所の横浜赤レンガ倉庫前でのスタートセレモニーを始め、各地のギャラリーポイントで、参加者の方々のご紹介と車両の解説を行う役目を担当。更に毎晩食事の時に行われるパーティの司会、そしてゴール後の閉会式&表彰式の司会と、もう休む間もないくらいの忙しさだった。
そんなわけで、なかなかブログがアップできなかったのだが、ようやく帰宅したので、3日間を1日ずつ3回に分けてご報告することにしよう。
まずツアー初日の20日土曜日だが、この日は朝8時半に横浜赤レンガ倉庫前に行き、10時からドライバーミーティングの司会、そして13時から、スタートセレモニーの司会と参加者紹介&車両解説を担当した。ギャラリーの方も多く、華やかな雰囲気の中ツアーのスタートが切られたのだった。
ところで、この日は雨の予報が外れて凄く良いお天気だったため、強烈に日焼けしてしまった。
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赤レンガ倉庫前広場は、ご覧のように素晴らしいお天気。80台以上の参加車両が集まった。
(写真はクリックすると大きくなります)
その後、鹿騒ぎで大渋滞の東名高速を経て、この日のゴール地点である山梨県甲府市の舞鶴城公園で、ギャラリーを前に実況&解説を行って、パーティ会場の湯村温泉郷、常磐旅館へ。
東名の渋滞で予定よりパーティの開始が1時間遅れたため、僕たちスタッフが宿泊先のビジネスホテルに着いたのは23時過ぎ。それから皆で食事&一杯飲んで、解散したのは午前1時前。
お風呂に入ってから、速攻でベッドに倒れ込んだ。
JHCT2006に参加した、お宝珍車図鑑、その1。
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チシタリア204A(1948年) イタリアのチシタリアが作ったスポーツカー。フィアットの1000ccエンジンを搭載。現車は1950年4月にタッツィオ・ヌヴォラーリがパレルモのヒルクライムで優勝した車両そのもの。
投稿者 中島秀之 : 19:59 | コメント (3) | トラックバック
2006年5月19日
土曜日はJHCTのスタート!
今週土曜の20日は、ジャパン・ヒストリックカー・ツアー2006のスタート日だ。
今年で3回目となるこのイベントは、横浜の赤レンガ倉庫をスタートし、山梨県、長野県、群馬県などを通って、全行程700〜800kgほどを走るもの。
ヒストリックカーでこの距離を走るのは、なかなか大変だ。
しかも参加者はタイムラリー形式で走るので、常に緊張を強いられる。
だが、「走る自動車博物館」的なこのJHCTは、参加される皆さんにも、ご覧になるギャラリーの皆さんにも、本当に楽しいイベントとして人気を集めている。
特に毎年赤レンガ倉庫前で行われるスタートセレモニーは、このイベント最大の見所と言っても良いだろう。
僕は毎年、このスタートセレモニーで、参加者の紹介と車両の解説、そして実況を行っている。
もちろん今年もこの大役を務めるほか、各地のチェックポイントやゴールポイントなどでも実況&解説を行う予定だ。
今年も多くの貴重なヒストリックカー、そしてスーパーカーが参加するこのイベント。
是非お近くの方は、土曜日に横浜赤レンガ倉庫にお越しいただきたい。
ただ、今年は台風が接近しているらしく、お天気がかなり心配だ。
なんとか良いお天気のもと、横浜を出発して欲しいものである。
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これは昨年のJHCTのスタートセレモニー直前の横浜赤レンガ倉庫前広場。
このミウラは今年もエントリーされているが、出場は微妙とのこと。
これ以外にも様々な貴重なクルマがエントリーしている。
(写真はクリックすると大きくなります)
投稿者 中島秀之 : 00:02 | コメント (2) | トラックバック
2006年4月30日
サイドウェイトロフィーに行ってきました
緑の日の今日は、エクセルに乗って朝6時に家を出て、筑波サーキットまで一直線。
サイドウェイトロフィーというヒストリックカーのイベントを、半分取材、半分趣味で見学してきた。
このイベント、ジャパンミニディというミニの大きなイベントの中で行われる、ひとつのレース・カテゴリーのことなのだが、ミニだけでなく様々な車種が参加する。
このためサイドウェイトロフィー出場車両だけが、他のミニとは別の場所にまとまって駐車するのだが、実はもうひとつ独自のルールが存在する。
それは、参加者はそのクルマが作られた時代の雰囲気に則したファッションをしなくてはいけないということ。
な〜んだコスプレか、などと馬鹿にしてはいけない。
例えばイギリスのグッドウッド・リバイバルのように、サーキットにいる人全員(観客まで!)が、当時のファッションをするようなイベントもあるのだ。
それに比べるとまだサイドウェイトロフィーは規模が小さいが、なかなか良い雰囲気で、参加者の皆さんは、結構ノリノリで(!?)イベントを楽しんでいたようだった。
将来はサイドウェイトロフィーだけで筑波サーキットを貸し切れるようになってくれると、見る側の我々もコスプレを楽しめるのにな、などと思ってしまった。あ、それよりヒストリックカーを手にいれて、自分で参加すればいいのか!
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ドライバーもメカニックも主催者も、基本的にみんなコスプレ!
クルマはヒルマン・インプ・レーサー。(写真なクリックで大きくなります)
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こちらはリアサスペンションを37仕様としたロータス・セヴン。
投稿者 中島秀之 : 00:40 | コメント (0) | トラックバック
2006年4月23日
タイムマシーンに乗りましたか?
22日土曜日14時から、東京MXテレビで放送された、タイムマシーン・フェスティバルの番組はご覧いただけただろうか?
イベント当日富士スピードウェイにお越しいただけなかった方にも、その興奮をお楽しみいただけたのではないかと思う。
往年の名ドライバー全員を紹介するところや、由良拓也さんとの掛け合いで紫電について話していた部分などは、イベント当日に場内放送で話した音声を録音して使用していたのだが、それ以外はスタジオでナレーション録りしたものを音声として使用している。
それにしても、あれだけのドライバーと、あれだけのマシンが一堂に会する機会は、今後二度とないかもしれない。それだけにこのテレビ放送も非常に貴重なものだと言えるだろう。
しまった! 見逃した! という方は、4月28日(金)の28時(29日土曜の朝4時)から再放送されるそうなので、今度こそお見逃しなく。
また番組をご覧になった感想や、DVD化のリクエストなどがあれば、お聞かせいただきたい。
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今回の写真は僕のミニカーコレクションから当日走ったクルマを並べてみた。
投稿者 中島秀之 : 01:19 | コメント (4) | トラックバック
2006年4月17日
間もなく放送!
今日は都内の某スタジオで、朝からナレーションの録音をしてきた。
なんのナレーションかと言えば、4月22日(土)の午後2時から、東京MXテレビで放送される、タイムマシーン・フェスティバルの番組用だ。
僕がマイクに向かった席は、こんな感じ!
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今日録音したナレーションと、当日場内放送で話したものの録音とをうまくミックスして、1時間のこの番組は、イベント当日の模様を詳しく紹介している。
当日富士スピードウェイにいらっしゃった方も、来られなかったという方も、是非テレビ放送をお見逃しないように!
投稿者 中島秀之 : 19:00 | コメント (0) | トラックバック

