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2005年05月26日

ナ・ツ・ハ・ス・グ・ソ・コ

ゆうべのことだ。俺はひとりでステアリングを握り、
伊豆高原を目指して走っていた。
海岸線から大室山を目指す道の途中にある別邸で
母親が体調を崩して動けなくなっている、
という連絡が入ったからである。

自慢の辞書に『我慢』という言葉のない俺と違って、
母親は実に我慢強い人だ。
この時期は俺が締切の最中にいるのを知っているから、
どんなに具合が悪かろうと助けを求めてきたりはしない。
彼女の大事を知って慌てた別の身内が、
なかばパニックとなって電話してきたのだ。

生命がどうこうという状況じゃないことは判ったが、
夜にはほとんど街の機能を失うだろう土地の一軒家に、
身体を動かすことすらつらいだろう母親を
ひとりでポツンと置いておくわけにはいかない。
朝にでも都内のいつもの病院で診てもらわねばなるまい。
仕事がまたベタ遅れになるのは目に見えてるが、
さすがにそれを放っておくわけにはいかないだろう。
そもそも本当のところ状況がどうなのかは
着いてみるまで判らないわけで、不安はやはり拭えない。
右足には、きっとそれなりのチカラが入っていたと思う。

東名高速から小田原厚木道路を終点まで、
そこから海岸線のうねうねをひた走り、
寝静まった熱海の街を抜けて伊東へと差し掛かった。
おそらくここから、あと10km程度──。

だが困ったことに、俺は目的地のありかを知らなかった。
母親が気が向いたときだけ使っているそこは、
あくまでも母親のためのものであって俺のものではない。
実はこれまで一度も足を運んだことがなかったのだ。
カーナビに住所を打ち込んでもヒットしないばかりか、
ある程度の目印は教わってきてはいるものの
全く土地勘がない場所である。
オマケにケータイが通じない。

聞いた覚えのある施設のインデックスを発見し、
俺は迷わずそちらにステアリングを切って道を登り、
見事に迷ってうろうろするはめに陥った。
救いだったのは想像と違って山深い田舎道ではなく、
付近にはいくつかの家々が並んでいたことだ。
季節はずれの別荘地ゆえひと気はないが、
いくつかの家には灯りが点っている。
いざとなったら迷惑承知でチャイムを鳴らせばいい。

しばらく右へ行ったり左へ折れたり坂を上ったり下ったり、
次の目印を探して停まるような速度で進んだ。
暗く狭い鬱蒼とした木々の下を抜けながら、
そう遠くない場所にいるのだとは思っていた。

……あっ! と気づいたときには、
曲がるべき目印のある角を通り過ぎていた。
逆側から入る方が角度的に容易そうなこともあって、
俺は走ってきた細い道をそのまま進み、
別荘と別荘の間の路地に尻を入れてターンすることにした。

街灯のない角とはいえ時間が時間だし、
焦る気持ちもあったから、注意がたりなかったのは認める。
だからテール・ランプの光の中に人影をみとめ、
グッとブレーキを踏みつけたときにはドキンとした。
幸いなことに何かに当たった気配があるわけでもなく、
ブレーキ・ランプで明るさを増した赤い光の輪の奥に、
クルリと向き直って歩き去っていく彼の姿も見えた。
ふぅーっ……わるいことをしちゃったな……。
そう思いながらも、心臓はバクバクしていた。

それからおよそ10分弱で別邸に到着することができた。
母親は確かにつらそうではあったが、
思っていたより遙かに元気そうだったから安心した。
今度はちゃんとヒットする都内の彼女の住所を
カーナビに打ち込んでスタートすると、
さっき来たのとは全く別の道を誘導された。
時計を確認して、朝までには都内に戻れるな、と思った。
その途端、俺はとんでもないことに気づいたのだった。

この午前3時過ぎという常識的とはいえない時間に、
さっきのあのヒトの気配の極めて希薄な、
街灯の1本すらない別荘と別荘の間の暗い路地の角で、
あの『小学生にしか見えない男の子』は、
いったいなぜ『ただ立っていた』のだ?
それにあの後、いったいどこに向かったのだ?

彼は異様に夜更かしか、信じられないくらい早起きの、
何てことのないただの小学生だったのだろうか。
それともこれは、よくある怪談なのだろうか。

いずれにせよ、夏はもう近くまで来ている。

投稿者 T.Shimada : 2005年05月26日 01:07



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