2005年6月20日

25年目のヤモリくん


あと少しで黄昏を迎える18時、
ずいぶんと日が長くなったことに軽い驚きを感じながら、
俺は千駄ヶ谷の国立競技場の正面入口に向かって、
スロープをだらだらと歩いて登ろうとしていた。

いや、なにも競技場のトラックで走ろうってわけじゃない。
俺はそんなふうに健全にはできてない。
かといって、ビール片手にスポーツ観戦するつもりもない。
俺はそこまで不健全にはできてない。
新型アウディA6アバントのお披露目が行われる、
トラックの地面を目指していたのである。

入口に向かって登っていくスロープには、
現在のアウディのラインナップが
上手い具合に間隔をとって、目に心地よく展示されていた。
歩いて登っていくときに、人の視線はどう移るのか、
ということを踏まえたうえでの配置である。
アウディ・ジャパンのこうしたイベントは、
いつも決まってさりげなくセンスがいいのだ。
予算ももちろんかけてるのだろうが、
ブランド・イメージを押しつけがましくなく柔らかく、
けれど正確にまっすぐに伝えようとする情熱と心配りは
さらにその上をいっていると常に思う。
アウディを愛してるんだなぁといつも嬉しい気分になる。

そんなとりとめのないことをツラツラと考えながら
坂道を登っていくと、俺はあるモノに気づいて、
足を止めてシゲシゲと見入ってしまった。

トカゲがクルマに貼りついてる……。

スロープに展示されているクルマのボディ・サイドに、
デカデカと黒いトカゲのデカールが貼ってあるのだ。
トカゲの横には『25 quattro』の文字──。
それを見た瞬間に、俺は「ああ!」と膝を叩いた。
ボーッと立っていたので正確にはフトモモだったのだが。

そう、アウディ・クワトロは今年で25周年を迎えたのだ。
その祝福のためのイメージ・キャラクターが、
このトカゲくんというわけだ。

いまさら俺がここでアウディ・クワトロの凄さを語っても、
それは大した意味など持たないだろう。
「クワトロすげー!」なんてことは、
考えてみれば俺だって20年も前から認識していた。
世界ラリー選手権での強さといったら、
そりゃもう半端じゃないどころじゃなかったからだ。

先輩に頼み込んで御自慢の真っ赤な80クワトロを
初めて運転させてもらったときのことは忘れられない。
クチに向かっていく心臓がアンダーステアを出して
喉を曲がりきれずに脳味噌を直撃しそうなほど、
そりゃもうがんばって飛ばしてたつもりなのに、
まったく何事もなく安定しきってコーナーをクリアした。
当時は今よりもっともっと運転が下手っぴだったし、
スピードに慣れてなかったこともあって
“がんばって飛ばした”のレヴェルも低かったのだろうが、
それにしても実に呆気なくクリアしちゃったのだ。
4輪駆動としてのトラクション性能は当然のことながら、
「ヨンクはどうやっても曲がらねぇ」のあの時代に
アウディだけはスパンスパンと
いとも簡単にクルマの向きを変えまくっていたのだ。

クワトロはラリーの歴史や流れを大きく変え、
ラリーに留まらずツーリングカー・レースの世界でも
持ち前の強さを発揮し、リザルトを残している。
フルタイム4WDが“スポーツ”だということを、
アウディ・クワトロは完全に証明しているのである。

デビューから25年を経て、
クワトロ・システムはさらに磨きをかけられながら、
1987年以降総てのモデルにラインナップされてきている。
今ではアウディのフルタイム4WDシステムが
世界屈指のモノであることは誰だって知っている。

それにしても──と思う。
クワトロの25周年がどうしてトカゲなわけ? ……と。

正確にはトカゲじゃなかった。
トカゲの仲間である“ヤモリ”くんなのだった。
もっと正確にいえば、ヤモリの中の“ゲッコー”だ。
ハワイ辺りでは縁起物として親しまれてもいるらしい。

だが、縁起物だから採用されたというわけではなさそうだ。
だってホラ、ヤモリくんの指先を見てみ。
吸盤みたいなモノがくっついてるでしょ?

そう、このヤモリくんは“トラクション”の象徴。
さすがに壁だとか天井だとかは無理だろうが、
4つの足でどこまでもペタペタと路面を捕らえ続け、
“走る・曲がる・止まる”という
クルマとしての最も大切な基本性能を
どんな状況においても発揮するクワトロ・システムを、
ヤモリくんの持ち味になぞらえて表現してるわけだ。

爬虫類が苦手な人にとっては近づきがたく、
ひいき目でやっと“キモカワイイ”。それがヤモリくん。
にも関わらずこうしたキャラクターを
こういうカタチで採用しているアウディの感性の豊かさと
軽やかな遊び心に、俺はちょっとばかり感激した。
アウディというメーカーのセンスは、
本当に底と奥行きが知れないと改めて感じたのだった。

今、俺のMacのキーボードのところには、
このヤモリくんの小さなステッカーが貼ってある。
走ろうとすれば実に緩慢、曲がろうとしても曲がりきれず、
止まろうとすれば確実にオーバー・ラン……という、
とてもトラクションが効いてるとはいえない
自分の人生を振り返り、あやかりたくなったからである。

プロフィール