あと少しで黄昏を迎える18時、
ずいぶんと日が長くなったことに軽い驚きを感じながら、
俺は千駄ヶ谷の国立競技場の正面入口に向かって、
スロープをだらだらと歩いて登ろうとしていた。
いや、なにも競技場のトラックで走ろうってわけじゃない。
俺はそんなふうに健全にはできてない。
かといって、ビール片手にスポーツ観戦するつもりもない。
俺はそこまで不健全にはできてない。
新型アウディA6アバントのお披露目が行われる、
トラックの地面を目指していたのである。
入口に向かって登っていくスロープには、
現在のアウディのラインナップが
上手い具合に間隔をとって、目に心地よく展示されていた。
歩いて登っていくときに、人の視線はどう移るのか、
ということを踏まえたうえでの配置である。
アウディ・ジャパンのこうしたイベントは、
いつも決まってさりげなくセンスがいいのだ。
予算ももちろんかけてるのだろうが、
ブランド・イメージを押しつけがましくなく柔らかく、
けれど正確にまっすぐに伝えようとする情熱と心配りは
さらにその上をいっていると常に思う。
アウディを愛してるんだなぁといつも嬉しい気分になる。
そんなとりとめのないことをツラツラと考えながら
坂道を登っていくと、俺はあるモノに気づいて、
足を止めてシゲシゲと見入ってしまった。
トカゲがクルマに貼りついてる……。
スロープに展示されているクルマのボディ・サイドに、
デカデカと黒いトカゲのデカールが貼ってあるのだ。
トカゲの横には『25 quattro』の文字──。
それを見た瞬間に、俺は「ああ!」と膝を叩いた。
ボーッと立っていたので正確にはフトモモだったのだが。
そう、アウディ・クワトロは今年で25周年を迎えたのだ。
その祝福のためのイメージ・キャラクターが、
このトカゲくんというわけだ。
いまさら俺がここでアウディ・クワトロの凄さを語っても、
それは大した意味など持たないだろう。
「クワトロすげー!」なんてことは、
考えてみれば俺だって20年も前から認識していた。
世界ラリー選手権での強さといったら、
そりゃもう半端じゃないどころじゃなかったからだ。
先輩に頼み込んで御自慢の真っ赤な80クワトロを
初めて運転させてもらったときのことは忘れられない。
クチに向かっていく心臓がアンダーステアを出して
喉を曲がりきれずに脳味噌を直撃しそうなほど、
そりゃもうがんばって飛ばしてたつもりなのに、
まったく何事もなく安定しきってコーナーをクリアした。
当時は今よりもっともっと運転が下手っぴだったし、
スピードに慣れてなかったこともあって
“がんばって飛ばした”のレヴェルも低かったのだろうが、
それにしても実に呆気なくクリアしちゃったのだ。
4輪駆動としてのトラクション性能は当然のことながら、
「ヨンクはどうやっても曲がらねぇ」のあの時代に
アウディだけはスパンスパンと
いとも簡単にクルマの向きを変えまくっていたのだ。
クワトロはラリーの歴史や流れを大きく変え、
ラリーに留まらずツーリングカー・レースの世界でも
持ち前の強さを発揮し、リザルトを残している。
フルタイム4WDが“スポーツ”だということを、
アウディ・クワトロは完全に証明しているのである。
デビューから25年を経て、
クワトロ・システムはさらに磨きをかけられながら、
1987年以降総てのモデルにラインナップされてきている。
今ではアウディのフルタイム4WDシステムが
世界屈指のモノであることは誰だって知っている。
それにしても──と思う。
クワトロの25周年がどうしてトカゲなわけ? ……と。
正確にはトカゲじゃなかった。
トカゲの仲間である“ヤモリ”くんなのだった。
もっと正確にいえば、ヤモリの中の“ゲッコー”だ。
ハワイ辺りでは縁起物として親しまれてもいるらしい。
だが、縁起物だから採用されたというわけではなさそうだ。
だってホラ、ヤモリくんの指先を見てみ。
吸盤みたいなモノがくっついてるでしょ?
そう、このヤモリくんは“トラクション”の象徴。
さすがに壁だとか天井だとかは無理だろうが、
4つの足でどこまでもペタペタと路面を捕らえ続け、
“走る・曲がる・止まる”という
クルマとしての最も大切な基本性能を
どんな状況においても発揮するクワトロ・システムを、
ヤモリくんの持ち味になぞらえて表現してるわけだ。
爬虫類が苦手な人にとっては近づきがたく、
ひいき目でやっと“キモカワイイ”。それがヤモリくん。
にも関わらずこうしたキャラクターを
こういうカタチで採用しているアウディの感性の豊かさと
軽やかな遊び心に、俺はちょっとばかり感激した。
アウディというメーカーのセンスは、
本当に底と奥行きが知れないと改めて感じたのだった。
今、俺のMacのキーボードのところには、
このヤモリくんの小さなステッカーが貼ってある。
走ろうとすれば実に緩慢、曲がろうとしても曲がりきれず、
止まろうとすれば確実にオーバー・ラン……という、
とてもトラクションが効いてるとはいえない
自分の人生を振り返り、あやかりたくなったからである。
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