今日は七夕、だ。
1年に1度だけ織姫と彦星が天の川でデートをする、
というロマンティックな言い伝えのある日である。
子供の頃にはそれがどれほど切ないことかを知りもせず、
笹の葉に短冊を飾っては無邪気に喜んだものだ。
7月6日の晩に祈りを刻んだ短冊を飾り、
7月7日の晩にそれを取り込んで川に流す。
俺の実家では7日に飾って8日に取り込んでいたし、
1ヶ月遅れの8月にそれを行う土地もあるようだが、
6日に飾るのが最もポピュラーなしきたりらしい。
七夕の話には諸説たくさんあるけれど、
俺の知る限りでは中国の伝説が起源なのだという。
天の川の東で機織りに勤しんでいた女性がいた。
天を司る帝がこの女性をたいそう可愛がって、
天の川の西側にいる勤勉な男と結婚させた。
彼女は新しい生活の楽しさに機織りを忘れ、
怒った天の帝が彼女を天の川の東に追い返した。
そして年に1回、この日だけ、ふたりの再会を許した。
確か、そんな話だったように記憶してる。
なんてことしやがるんだコノヤロー!
織姫さんと彦星くんが、かわいそうじゃねーか!!
たとえ天を司る帝だろうが何だろうが、
人の恋路を邪魔するヤツは
頭に豆腐を角からぶつけてやるから悔い改めろ。
あんたは恋をする人間の“心”が解らん唐変木か?
ちゃんとしっかり言い聞かせれば彼女だって反省して
また機を一生懸命に織っただろうし、
男の方だって「一緒にがんばろーぜ」って彼女を励まして、
もっと幸せになれる道だってあったかも知れないのに。
そもそももう何千年も経ってるんだから、
いい加減に許したらどうだ、この粘着オヤジめ。
──と、俺は毎年この日が近づいてくるたびに、
人の“心”を屁とも思ってないような
繊細さの欠片もない帝の仕打ちに怒りを覚えるわけだが、
ともあれ七夕は恋人達があらためて愛に触れる夜、
万葉集に130首以上も唄われているほどの昔からある
ロマンティックな時間なのである。
七夕に限らず、星にまつわる話には、
気持に訴えかけてくるような叙情的なものが少なくない。
幼い頃に母親に読んで聞かせてもらった
いくつもの星の話に、小さな感動をもらってきた。
そこには、いくつもの“心”があった。
だから今でも、夜空を眺めるのは嫌いじゃない。
けれど最近、俺はちょっとガッカリしてる。
そりゃあんまりじゃねーか?
と思えるような出来事があったからだ。
『ディープ・インパクト』である。
飛んでる彗星に重さ約370kgの物体を高速で衝突させ、
その様子を科学的に観察する、というアレだ。
確かにすごい技術だ、とは思う。
しかも探索という名の実験は、見事大成功だという。
人間が築き上げてきたテクノロジーってのは半端じゃない。
そういう部分に誇りを感じないといえばウソになる。
でも、だ。きっと俺がバカだからなのかも知れないが、
いや、間違いなくバカなんだとは思うが、
それが何なんだ? と感じられて仕方ない。
衝突によって彗星がどんな変化をするのか知ったところで、
それがいったいどうした? と。
学術的には興味深いことなのだろうが、
俺達の知らないところでかなり意義深いのかも知れないが、
俺は彗星の変化が解ったところでちっとも嬉しくない。
これっぽっちも幸福感を得られたような気がしない。
会話の穴埋めみたいに話題にしてるヤツを見ると、
つい「何が嬉しいんだ?」と尋ねたくなる。
ヒネクレ者と呼ばれようがどう思われようが、
何だか釈然としないものが残って、
腹立ちに近いような気分がしてならないのである。
テンペル彗星は、周期彗星。
映画のように地球に激突しようとしてるわけでもなく、
ただそこにいるだけじゃないか。
散歩してるところをいきなり殴られるようなもんである。
星に“心”はないだなんて誰にも断言はできないわけで、
もしかしたら今夜の織姫さんと彦星くんのように、
恋人彗星とデートしてる最中だったかもしれない。
それはそれは痛かっただろうなぁ、と思う。
わざわざ独立記念日に、というのも気に入らない。
俺はこうした「見て見て。ほら、僕ってさぁ、
こんなにチカラがあるんだよ。すごいでしょ?」みたいな
奥ゆかしさのないやり方は大嫌いなのだ。
俺はバカである。
それをハッキリと認めたうえで、こんなことを考える。
この実験に、果たして“心”はあるのか──?
俺達人間は、天の帝なんかじゃない。
織姫さんと彦星くんの仲を裂く権利など、誰にもない。
星々のランデヴーを壊す権利も、誰にもないと思うのだ。
そりゃ星の研究をなしていくのも大切なのだろう。
俺達人間は解らないことだらけの中で生きているのだから、
解らないことを解りたいという欲求は間違っていない。
けれど、少し立ち止まって考えてみたらどうか、と思う。
大空の遙か高みにある宇宙に手を出す前に、
俺達人間がこの地ベタで人として生きていくうえで、
もっと解ろうとすべきことがあるんじゃないか? ──と。
今、あなたの隣にいる人は、何を想い、何を考え、
どんなことに笑い、どんなことに泣いている──?
人の“心”の中にある宇宙はどんな宇宙よりも難解だけど、
数多あるあらゆる宇宙より愛しいものだと思う。
そりゃ総てを理解することなんてできないだろう。
そんなこと、たぶん不可能だ。できっこない。
けれど、完璧に理解しきれなかったとしても、
もしあなたが心から大切に思うのならば、
もがきながらでも、のたうちまわりながらでも、
自分の“心”の中にある宇宙をもっと大きく広げていけば、
温かく抱きとめることくらいはできるんじゃないか?
そしたら何かが、変わるんじゃないか?
うう……ついうっかりこんなことを考えちまうなんて、
俺もいい加減ヤキがまわってきたのだろうか。
それともこれは、「裏庭に神が降りた」とか宣言をして、
新興宗教でも始めてみろという天からの御託宣?
まぁいいや。
どっちにしても、今夜はしみじみと呑もう。
|