ガキの頃から予習というものが苦手だった。
この歳になっても全く変わってないというのがナニだが、
いつだって“今”を生きることだけで精一杯だから、
とてもじゃないが将来や近い未来に意識を向けて、
明確なビジョンを持って前向きに行動する、
というような利口なことができた試しはない。
ものすごーく第三者的に冷静な目で見るなら、
いわゆるひとつのバカである。
だものだから、小学校や中学校の遠足や修学旅行でも、
帰ってきて土産物の袋を見て初めて、
どこにいってきたのかを認識した、なんてこともあった。
授業で修学旅行の事前学習なんてのを受けた気もするが、
俺はそのとき、いったいナニをしてたんだろ……?
だが実は、それとほとんど同じような体験を、
大人になってからもしたことがある。
俺はずっと、イタリアには行ったことがないと思ってた。
けれど俺はどうやら、イタリアに行っていたらしいのだ。
……お。またホラ話か……と呆れてるだろ?
いや、残念ながらこれは本当の話。しかも簡単な話。
パスポート・コントロールを通過したときにすら
全く気がついてなかったというのもマヌケだと思うが、
陸路移動のとき、知らぬ間に足を踏み入れていたのである。
数年前に真冬のフランスのアルプスの麓で行われる
シャモニー24時間レースを取材しに行ったときのこと。
俺達を誘ってくれたオペルのスタッフ達と一緒に
ドイツのフランクフルトからスイスのジュネーヴを経由し、
シャモニーに入るというルートでクルマ移動したのだが、
アルプスの尾根づたいを流れる山道を走っているときに
ちょっとばかりオフセットして山を下り、
山の中腹にある本当にこじんまりとした村で食事をした。
そこがイタリア北西部だったということを、最近になって、
そのツアーに同行していた某氏から聞かされたのだ。
その村の名前なんてちっとも覚えてないのだが、
そういえばパスタが死ぬほど美味くて、
メインが出てくる前に腹一杯になった記憶だけはある。
どうしてこんなことを思い出したかというと、
先日、日本にちょっと帰国されていたミラノ在住の
『イタリア自動車探偵』さんと、都内でお会いしたからだ。
俺はどういうわけか今年に入ってから、
エンツォ・フェラーリがサインをするときに使っていた
パープルのインクが気になって仕方ない。
どこのメーカーのどんなインクで、どんな色なのか──。
できることなら自分で万年筆にそのインクを注入し、
エンツォと同じ色のインクで文字を刻んでみたい、
という想いをなぜだか頭から消すことができないのだ。
あやかりたい……のだろうか?
いや、それはたぶん違う。
俺はそんな大それたことなんて考えちゃいない。
歳を重ねた先も、毎日ヘラヘラと笑って暮らせれば
それで充分だと思ってる。何もいらない。
ただただ紫色のインクが気にかかってしょうがないのだ。
そこで国内で調べられることは総てやって不発に終わり、
フェラーリの日本総輸入元であるコーンズの協力で
本国に問い合わせていただき、
ちょっとした進歩といえる回答をいただいた、
というところまではティーポ本誌でも報告した気がするが、
そこから先、俺はやっぱり粘着質なんだろうな、
まだまだ追うのをヤメずに自動車探偵さんにお願いして、
今度はイタリア国内であれこれ調べていただいていた。
その結果、判ったこと──。
どうやらエンツォが使っていたインクのメイカーである
Gnocchi=ニョッキはすでに存在していない。
つまり同じインクを手に入れることは不可能、ということ。
ガビーン! であった。
だが、自動車探偵さんはさすがプロフェッショナルである。
当時フェラーリにインクを収めていた文具屋さんと、
当時ニョッキでインクをつくっていた職人さんを、
ものの見事に探し当ててくださったのだ。
しかも職人さんからは、こんな言葉をもらってきてくれた。
「当時の製品番号が判れば、すっかり同じ配合で
まったく同じ色のインクをつくってあげてもいいよ」
……どうする?
俺は瞬間的に、つくってもらいたい気持ちになった。
自動車探偵さんに製品番号を調べてくださいとお願いした。
ほとんどつくってもらおうと考えてるようなもんだ。
だが、その先どうするかまでは考えてない。
俺は先のことまで考えることが、やっぱりできないのだ。
ハッキリとバカだとは思うが、俺はバカでいいや、ずっと。
とりあえず当たってみよう。今はそれだけ。
──今日は8月14日。
エンツォ・フェラーリの命日である。
1988年の今日、エンツォは90歳で天に召された。
自動車の歴史に、モーター・レーシングの世界に、
誰もが意識せずにはいられない大きな遺産を残した
エンツォ・フェラーリという男の人生って、
本当はどんなだったのだろうか。
彼は実際には、どんな人物だったのだろうか。
多くの本に記されているように、冷徹な人物だった?
それとも僅かな記述に残されているような
実に人間味に溢れた「普通の」男だった?
思えば、エンツォの真実を知る人達も、
もはやかなりの御高齢になっていらっしゃることだろう。
嫌な考え方・言い方をあえてするとしたなら、
残されている時間はそれほど多いわけじゃないってことだ。
俺には何かを引きずり出すつもりなんてさらさらないが、
そういうことじゃなくて、話を聞いてみたい、と思った。
これほどまでに神格化されているひとりの英雄が、
ひとりの人間としてどういう人だったのかということを、
素直な気持ちで知りたいな、と思った。
エンツォと親しかった様々な人達に逢ってみたいと思った。
上手にその理由を伝えることができるほど
綺麗に考えがまとまってるわけではないのだが、
今、今日、そういう衝動が沸々と湧いてきて抑えられない。
だから、行ったことがあるようなないようなイタリアに、
俺は強烈に行ってみたいと考えてる。
週があければミラノに戻っている自動車探偵さんに、
ちょっと相談してみることにしようかな……と。
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