2005年8月12日

クリームソーダの憂鬱


ニュー・ミニの関西版サーキット・イベントへは、
前回お伝えしたとおり俺達はクルマで向かったわけだが、
その往路はちょっとばかりイレギュラーだった。
通常は編集部なりどこかなりで待ち合わせてから
出発するのが当たり前なのだが、この日は違っていた。

カメラマンの“おみや”こと宮越孝政くんが
姉妹誌ジェイズ・ティーポの取材で関西行脚をしていて、
俺達の出発日の夜に京都から東京へ戻る予定だった。
そこで互いに連絡を取り合い、
途中のどこかのサービスエリア辺りで
ジェイズのスタッフから引き渡してもらうことにしたのだ。

結局、浜名湖サービスエリアがちょうどいーべさ、
ということになった。駐車場の行き来も楽だし。
なのに途中の事故渋滞のおかげで、1時間以上も
ジェイズのスタッフを待たせてしまうことになりそうだ。

ジェイズ・ティーポ編集長の高橋二朗は
非常に男らしい性格だから、俺達が遅れれば遅れるだけ、
おみやを浜名湖サービスエリアに落とすだけ落として
とっとと東京に戻ってくる公算が高い。

独り寂しく夜の浜名湖サービスエリアで撮影機材を横に、
心細そうに俺達の到着を待っている、おみや。
その姿がパッとアタマに思い浮かんだ。
なぜか片手にフランクフルトを持っている姿だったが。

その瞬間、このまま浜名湖サービスエリアに寄らず
おみやを放っておいたらおもしれーだろなぁと考えた。
あんなとこにポツネンと残されたら困るだろうなぁ……。
クルマもなく、どうやって東京まで戻るんだろ……。
果たしてちゃんと東京まで戻る知恵はあるんだろうか……。
くっくっくっ。……放置してみたい。いひひひひ。

だが、ヤツがいなければ、翌日の取材で誰が写真を……?
俺はもうひとりカメラマンを連れてこなかったことを、
運転しながら猛烈に後悔したのだった。

浜名湖サービスエリアに到着したのは、21時ちょい過ぎ。
予想に反して、ジェイズ・ティーポのスタッフが、
おみやをひとりぼっちにすることなく一緒に待っていた。
ジェイズの連中は、概して男らしいが優しいのだ。

機材を積み替えて、ジェイズのスタッフ達を見送って、
俺達は少し遅めの夕食をすることにした。
東京出発のときに「マクドナルドに寄りたいでーす!」と
子供みたいにはしゃいでたマタンキ〜とナメは、
俺があっさり無視して東名高速に滑り込んだために
クルマの中でダダっ子みたいにスネていたが、
今度はここで「ひっつまぁぶしっ! ひっつまぁぶしっ!
ひっつまぁぶしったら暇つぅぶしっ♪」と、
あまりにもあんまりな歓び方をしてる。……人選ミスだ。
俺は給仕のおねえさんのやるせなさそうな表情を盗み見て、
もはや他人のふりをすることはできないが、
せめて……とばかりに目が合わぬよう天井に顔を向けた。

おみやはジェイズの連中と一緒に食事をすませているので、
その体格にはやや不似合い……というよりも
「かわいこぶってんじゃねーよ」と怒りたくなるような
「えーっと僕ねぇ、クリームソーダ」という台詞を吐き、
給仕のおねえさんがいなくなるやいなや
「トイレいってきまーす」と呑気に席を立って歩いていく。

口火を切ったのは、マタンキ〜だった。
「おみやが帰ってくる前にクリームソーダが来たら……。
グラスがカラになってたらおもしろくねぇ? ははは。
ナメちゃん、先にぜんぶ飲んじゃいなよ」
ナメも心得たものである。
「上にのってるアイスクリームだけは残しておかないと。
じゃないとバレちゃいますよ、すぐに。あはははは」
「おみやは食いしん坊だから、きっと泣くぜ。ははは」
「食いしん坊じゃなくても泣きますよ。あはははは」
「わーっはっはっはっはっ」
「いひひひひひひひ」

ランナウェイ鈴木くんと俺は呆れ果てながらも、
おみやが帰ってきてそれを発見したときのことを想像し、
一緒になってゲラゲラと笑っていた。
話は次第に別の方向に流れて、また別の笑いが持ち上がる。
これも楽しい夕餉というヤツなのかもしれない、と思った。

おみやはなかなか戻らず、クリームソーダが先に来た。
俺はさっきの話を思い出し、また想像してまた吹き出した。

だが、コトは想像だけでは終わらなかったのだ。
マタンキ〜とナメの目が合った次の瞬間、
ナメはスクッと立ち上がってストローの包み紙を破ると
おもむろにクリームソーダのグラスに差し込み、
一気に吸い込みはじめたのだ。真っ赤な顔をして。
ものの10秒たらずでグラスをカラにしたナメは、
上のアイスクリームの位置をストローで微妙に調整し、
素早く別の新しいストローを配置してカモフラージュする。

「ぎゃははははははは」
「あはははは」
「いひひひひひひひ」
「わっはっはっはっはぁぐ……けひょんけひょん」

俺達は周囲の怯んだような目線を気にしながらも、
ひたすらゲラゲラと笑い続けることしかできなかった。

すると絶妙のタイミングで、
おみやが遠くから呑気な顔をして歩いてくる姿が見えた。
俺達はますます笑いを止めることができなくなり、
腹を抱えたり膝を叩いたりうつむいて肩を震わせたり
涙を拭いたりと様々であったが、ただただ笑っていた。

「ねえねえ、どうしたの? なにがそんなにオカシイの?
あ。また俺ヌキで楽しい話をしてたんでしょ?
ねえねえ、どうしたの? なにがあったの? ねえってば。
あ。クリームソーダだ。もう来てる。わーい。
あれ? あー! あー! あああっ! あああああっ!」

クリームソーダのグラスを高く持ち上げて下から覗き、
あーあーとひたすら繰り返すしているヤツの姿を見て、
俺達の笑いは頂点に達した。
おみやは「あー」「なー」「あー」「もー」と
ほとんど日本語として機能しない言葉を発しながら、
じんわりとした涙目で俺達の顔を見回して犯人捜しをする。
しかも……マジ顔なのだ。ふははははははは。
もはや俺達の笑いは、誰にも止めることはできない。
隣の席にいた親子連れが席を立つのを横目で見て、
「ごめん」と心で謝りながらも、止められない。
おみやがふてくされて「もう僕、帰ります」といえば、
「クルマなしで帰れるなら帰っていいよぅわはははは」と、
今度はそのヌケっぷりに涙を流しながらも止められない。

雑誌のエディターやモノ書きや写真家やレーサーは、
変わってるといえば変わってる類の職業なだけに
ときとして意味なくリスペクトされるようなこともあるが、
それは間違ってる。ぜんぜん間違っている。
しょせん俺達なんてーのは、こんなもんなのである。

なんだか……情けない気分になってきた。

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