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2005年9月

2005年9月 9日

今夜のビールが美味いワケ

うははははははは。
今日、俺はとっても上機嫌である。
家に帰って飲んでるビールの美味いことったら!
いい加減酔いが回って久しいが、
うはは、これが飲まずにいられるかっつーの、
このコンコンチキめっ。ふはははは。

いやいや、何がそんなに上機嫌なのかってーと、
ふむ、どーか諸君、写真を見てくれたまえ。
ふはははは。美女ふたりに挟まれた俺の、満面の笑み。
もうこの時点で、かなり上機嫌だった。

彼女達は本日の場外乱闘……じゃなくて、
本日の朝もはよからホイホイと出掛けていった
新型マツダ・ロードスターのプレス向け試乗会の
運営スタッフの方。
向かって左が細矢雅美さん、右が伊沢加代さん、
いずれあやめかかきつばた、
ファン・レターはマツダ株式会社の
広報部までどーぞ……なのだが、
俺にしてみれば滅多にない両手に花である。
……ん? よくよく考えてみれば、
片手に花だってほとんどないじゃん。……しょぼん。

いやいやいやいや、そーゆーことじゃなくて、だ。
……あれ? 何だったっけ?
ああ、そーだそーだ。俺は上機嫌なんだった。
それは何も両手に花だから上機嫌なわけじゃなくて、
うー、そうじゃないそうじゃない、ちょっと違くてぇ、
それはそれで上機嫌なのだが、
別に彼女達と俺の間に読者の皆さんを悔しがらせるような
何か素敵なめくるめく出来事があったわけでもなく、
やっぱ人生ちっとも甘くはないぜってことなのだが、
……あれ? いかん。どうも今夜は脱線ばかりだなぁ。
つまり……だ。俺は今日、『NC』と呼ばれる
新型ロードスターに初めて乗らせてもらってきて、
それでめちゃめちゃ上機嫌なのだ。

……お。唐突に気づいちゃったぞ。
俺のこの『随筆』がやたらと長いワケ。
前振りが長いんじゃん。やたらめったら。うはははは。
……いかんいかん。話を戻さにゃのう。

えーっと……えーっとねぇ。
なぜこれほどまでに喜んでいるのかというと、
そりゃ決まってる。もうバレバレでしょ?
そう、新しいロードスターが
めちゃめちゃ御機嫌なクルマだったからだ。

ティーポをつくってるクリッパーのボスにして
ステアリングを切るときになぜか小指がピッと立つ男、
山ちゃんこと山崎憲治と時間半分ずつシェアだったのだが、
5速MTのスタンダード・モデルから
6速MTで足腰のちょい引き締まったRS、
本革シートに6速アクティブマチック(AT)のVS、
さらにはメーカー純正チューニングカーといえる
マツダスピード製のパーツを組み込んだモデルまで、
抜け目なくぜぇーんぶ乗らせてもらってきた。

感想をひとことで無理矢理まとめるなら、
「おー、コイツはロードスターだぜ!」って感じ。
しかも現代のスポーツカーとしてのレベルが
初代よりも2代目よりも、驚くほど高くなってる。

……へ? そっか。これじゃ解らないかぁ。
次のティーポは、このロードスターを核にした特集。
詳しいことはプロの乗り手が余すことなく
伝えてくれるだろうからそれを期待してもらうとして、
でもこのままだとただの酔っぱらいだからなぁ。
なんか言わなきゃなるみゃい……まい。……うーむ。

えーっとね、新型ロードスターはねぇ、
なんちゅーか本中華、
とにかく軽いのだ。すっごく軽快なの。
気持ちに羽でもはえたのかとすら思えるくらいにね。

自動車としての各種安全性を満たすため、
仕方なしに大きく重たくなるのが当たり前な現在。
この2005年の時代に生まれたとは思えないほど、
コイツは「くぅーっ! 軽いじゃん!」と感じられる、
感動的な軽快感を味わわせてくれるのだ。
NAと呼ばれる最初のロードスターに初めて乗った、
あのときの驚きと感激がスパッと蘇ってきた。
嘘だと思うならディーラーで試乗させてもらってみ。
交差点ひとつ曲がれば解るはずだよ、きっと。

まるで自分の身体の一部になったかのように、
クルマが思いどおりに動いてくれる素晴らしさ──。
もちろんそこにはしっかりとしたロジックがあるのだけど、
スポーツカーが単に理屈の積み重ねで走るのではなく、
ステアリングを握る人間の“心”が“走らせる”もんだ、
という大切なことがハッキリと主張になって表れてる。

俺は何よりそれが、本当に嬉しかった。
こんなスポーツカー、世界のどこを探してみたって、
そうそう転がってるもんじゃないぜ。
……これが飲まずにいられるかっつーの。

もうひとつ、すっごく嬉しかったこと。
マツダのエンジニア達は、やっぱりめちゃめちゃ熱いのだ。
彼らはいつだって、どこまでも熱いのである。

例えば一番下の写真、後列向かって一番右の小早川さん。
彼には過去にも何度かお世話になってるのだけど、
今回は「マツダスピード仕様に乗ってみてください」と
とりわけ熱心にすすめてくださった。
俺ごとき下手っぴな人間が語るのもどうかとは思ったが、
乗った印象を話したときの真剣な表情と
こちらの質問に対して答えてくれているときの
キラキラとした眼差しを、忘れるわけにはいかない。
この人達は、本当に心からスポーツカーが好きなのである。

そうした同志達と笑顔をたんまり共有できるなんて、
そんなことが人生にそう何度もあってたまるか。
……これが飲まずにいられるかっつーの。

そういうわけで、そろそろベロンベロンである。
うはははは。美味いじゃねーか、エビスの黒め。

きっと明日になったらこんなふうに書いたのを
めちゃめちゃ後悔するんじゃないかとも思うけど、
まぁいいや。嬉しかったんだから。

あれ? 冷蔵庫、空になっちゃった。うはははは。
しょうがないから今夜は……あれ?
えーっと、今朝は諦めてもう寝ることにしようぞ。

世界中のスポーツカー好き、クルマ好きな皆さん。
世の中まだまだ捨てたもんじゃないね。
おやすみ……っく……。うぅ……気持ちわりぃ。

2005年9月 7日

嗚呼、万太郎──

『ヤモメのジョナサン』という言葉が流行ったのは、
やたらとカモメだけしか出てこなくて話題になった
『カモメのジョナサン』という映画の原作本、
リチャード・バックの同名の小説が翻訳されて
日本でベストセラーになった1974年のことだったか。

いや、なんでそんなことを思い浮かべたかといえば、
実はジョナサンもカウンター・カルチャーも関係なくて、
俺がヤモメ暮らしをしているようなもんだからである。

男ヤモメにウジがわく──。
いや、期待を裏切るようで悪いが、ウジなんかわかない。
俺は整理整頓がことのほか苦手だから、
必死で汚さないようにあれやこれやと工夫をしているのだ。

だが、料理くらいはする。……散らかるけど。
より正確にいえば「料理に似たもの」くらいはする。
過去に喰わせてやった友人達がことごとく、
「こんなカレーに似たもの、腹へってなきゃ喰わねぇよ」
「おでん……に似てるなぁ、これ」
「すきやきに似た味がするけど、何これ?」
というような命知らずの評価を下し、
自分でも内心「……もしや」と思うようになったわけだが、
とにもかくにも俺はキッチンに立つのが嫌いじゃない。

そういえば以前、愛すべき恋人が「おいしいね、これ」
といいつつ眼だけは笑ってなかったこともあったし、
その昔、妹がヒトクチだけで「ごめん。体調悪いから」
と部屋に戻っちゃったこともあった。
母親に至っては今になっても、たまに顔を見せたときに
手製の何かでもてなしたところで、絶対に箸を伸ばさない。
自分では「けっこー美味いじゃん」って思うのだが……。

そういうわけで今日も自宅に戻ってから、
俺は「料理みたいなもの」をせっせとこしらえたわけだ。
手早くパパッとやろうとしたブラインド・タッチのせいで
かつお風味のほんだしと中華用鶏がらスープの素を
間違えるというアクシデントはあったにせよ、
俺としてはまぁまぁ満足のいく成果をあげられたと思う。
要はチャレンジング・スピリットなのだ。
俺はこれまでの既成概念を大きく打ち破るような、
アヴァンギャルドな料理を目指してるのだ。……けっ。

とはいえ、今日はいささか後味がよろしくない。
クチの中のネットリした感じが消えていかないのだ。

そこで俺は思い立ってサッポロビールの冷蔵庫を開けると、
ミントのシロップとガス入りの水を取り出した。
去年、WRCキプロス・ラリーを取材に出掛けたときに
経由地のパリで飲んで以来すっかり気に入ってる、
『マンタロー』をつくって飲むことにしたのだ。

『マンタロー』を御存知だろうか?
正確には『menthe a l'eau』の真ん中の『a』の上に
『`』みたいな記号がのっかったフランス語表記で、
カタカナ発音を分解してより近いように表記するなら
『マンテ・ア・ロゥ』となりそうなシロモノ、
日本語訳するなら『ミント水』である。
まぁぶっちゃけミント・シロップの水割りね、水割り。

カフェでフランス人が普通に「万太郎っ!」というのが
耳に入って怪訝に思ったもののすぐ忘れ、
久々に逢った知人が「今日は暑いから……万太郎っ!」と
いきなり言い放ったのを聞いて度肝を抜かれ、俺は
「妙な日本語が流行ってるね」とマジ顔で訊いたわけだ。
いや、これ大マジなんだってば。
嘘だと思うなら現地に旅をする機会があったときにでも、
暑い時期のカフェで「マンタロー!」と
さりげなく堂々とカタカナ発音で注文してみな。
ちゃんとミント・シロップの水割りが出てくるから。

いやいや、脱線した。この『マンタロー』ってのは、
彼の地では当たり前にスーパーで売っていて
日本でもネット通販とかで難なく手に入れられる
グリーン・ミントの甘いシロップを、
単純に水と氷で割っただけの素朴な飲み物である。

俺はシロップ1に対して7〜8くらいの比率で、
赤い『バドワ』(ガス入り水)で割って飲むのが好きだ。
バドワが手に入らないときはペリエだっていい。
まぁ美味けりゃ何だっていいのである。

写真は8月に行われたフォード・フォーカスの発表会で、
来場者に振る舞われた飲み物。
淡く美しいブルーなのにオレンジの香りがかすかに漂い、
すっきりと甘くて季節にすんなりとマッチしていた。
これはノンアルコールのブルー・キュラソー・シロップを、
誰もが知ってるセブンナップで割ったもの。
なかなか思いつかない組み合わせだが、味は抜群だった。
こういうのを日本では「センス」という。

シロップ自体はフランスのMONIN=モナンという
老舗のトップ・メーカーのものだった。
そういえばフランスは、スーパーの棚を見て驚いたけど、
いうなればシロップ王国なのだ。
オレンジと桃のシロップだとかシトロンのシロップだとか、
ミックスベリーのシロップだとか、
そういうのが普通にゴロゴロと売られている。
現地在の知人によれば家庭の必需品のようなもので、
とりわけ夏には大活躍してくれる便利モノであるらしい。

ともあれ、俺は緑色した『マンタロー』派である。
ミントの香りとさっぱりした甘さのこれをグラスに1杯、
腰に片手を当てて一気に飲み干したりすると、
クチの中だけでなく気分までスッキリ爽やかになれる。
夏の暑い日にはもちろんなのだが、
今日みたいな空気がベタベタした秋の日にも最高だ。
冬の乾燥した空気の中で、というのもなかなかオツである。
冷えた飲み物の中では、俺の一番のお気に入りなのだ。

そう、俺は今日、食後にこの味を思い切り楽しむために、
わざわざ後味の悪い料理をこしらえたのである。
誤解のないようにここでハッキリと言っておくけれど、
失敗したわけではないのだ。断じて。

2005年9月 5日

引きこもりの幸福


別にずっとどこかに行ってたわけでもないのだが、
いや、まぁちょっとばかりどこかへは行っていたのだけど、
すっかりぽっかりこの『随筆』をさぼってた。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

このコーナーの基本テーマは「煙草1本分の与太話」。
与太話っていうのは、俺の持ってる電子広辞苑によれば
「他愛のない話」「ばかげた話」となるわけだが、
普段と違って気持ちから“与太な心”がいなくなると、
とてもじゃないが与太なんか飛ばせない。
いやー、それが近頃、ようやく与太な自分が戻ってきた。
このまま真面目一徹な自分になったらどーしよ……?
と悩んでたから、実のところちょっとホッとしてる。
ここまでグータラとでたらめに生きてきて、
いきなり分け目から血が出そうなほどの
「ひちさん分け」な自分になるわけにはいかない。

そういうわけで、今年の夏はあれこれと煮詰まってたから、
例年になくしっかりと休みをとって、
ヨーロッパのとある国へ飛んで現地で引きこもっていた。
おかげでサイフはスッカラカンである。

もちろん引きこもるだけなら日本国内でもよかったのだが、
性格的に結局は仕事にも追いかけられちゃう状況を
自分でつくっちゃうような気がしたし、
何より頭を空っぽにして気分を思い切り変えたかった。
……いつも空じゃん! というのは誰の声だ? ん?

「引きこもって何してたの?」といろんな人に訊かれたが、
これは答えに困る。ひじょーに困る。
引きこもりはあくまでも引きこもりなのであって、
それ以外のナニモノでもないからだ。

ただただ窓から日の長い1日をボケ〜ッと眺め、
気が向くと300年前も500年前も同じだったんじゃないか
と思えるような風景の中をとぼとぼとほっつき歩き、
1000年前に建てられた教会の中で罰当たりな居眠りをし、
カタコトの言葉すら通じない人達の中で孤独を感じ、
手探りのコミュニケーションで人の温もりを受け取り、
まぁ、つまるところなぁーんにもしなかったというわけだ。

ひたすら買い物に走るでも観光に命を賭けるでもなく、
ただそこにいただけの日々だったけれど、
贅沢といえば、これはひどく贅沢。
こんなに豊かな休日を過ごしたことなんてなかった。
これを境に、休日には何もしないで過ごすことに決めた。

おかげで、かけがえのないものを手に入れた気がする。
二度と失ってはならないものを取り戻した気もする。
とっても大切なことに気がついたようにも思う。

……うん。そうそう。そうなのだった。
俺は気がついちゃったのである。

今回は行きも帰りもシャルル・ド・ゴール空港を経由して
あとは現地の交通手段をつかったわけだから、
当然パリにも足を踏み入れる。
せっかくなので現地の知人と一緒に食事だってする。

場所はサンジェルマンのはずれ辺りにある中華屋さん。
地元のフランス人の間ではもちろんのこと、
現地に暮らす中国人の間でも日本人の間でも
美味い! と密かに評判なお店に連れて行ってもらった。
値段も手頃だしこれ以上混んだら困るから
名前は伏せて欲しいと知人に言われたので、
申し訳ないけど名前も具体的な場所も伏せることにするが。

いや、これが実に美味かったのだ。
どちらかといえば素朴な味わいではあるが、美味かった。
素材に正直な中華料理、とでもいえばいいのか。
これほど美味い中華には、日本でもそうそう出逢えない。
これみよがしに中華風に飾り立てたりしていない店内も、
お店の人の実直だけど自信が漲ってるような雰囲気も、
何もかもが完璧に気に入った。
俺は一発でこの店の大ファンになった。

途中、追加注文をしようと考えて、再びメニューをもらう。
日本人のお客が多いのも嘘ではないようで、
中国語・フランス語・英語に加えて日本語も併記されてる。
隅から隅まで、その日本語を目で追った。
そこで俺は……発見してしまったのだ。

『鴨ラすぎリ入リ焼えば』
かも……らすぎり……いり……やきえば……?

『らすぎり』とは、いったいどんな食材なのか。
『やきえば』とは、いったいどんな味がするのか。

150を軽く越える品目の中で
これひとつだけ異彩を放つ『鴨ラすぎリ入リ焼えば』。
興味は尽きなかったのだが、ついつい怯んでしまい、
おとなしくその店の名物だという焼豚丼を頼むことに決め、
黙ってメニューを閉じたのだった。

そして東京に戻ってきてる今──。
俺は鴨の『らすぎり』の入った『やきえば』が
気になって気になって仕方ない。
これほど猛烈に後悔をするのなら、度胸を決めて、
『らすぎり』の『やきえば』を頼めばよかった。