« 2006年1月 | トップ | 2006年3月 »

2006年2月

2006年2月 7日

『KEEP WALKING』

そういえば、何しに海外まで出掛けていたのか、
それを誰にも話してなかったのだった。
……ん? いやいや、スタッフは知ってるってば。
遊びにいったわけじゃないんだから。

アメリカはフロリダまで乗り継ぎの時間まで含めて
16時間半近くもかけて飛んでいったのは、
ランボルギーニ・ガヤルド・スパイダーの試乗のため。
2泊4日の強行軍ではあったが、
ガヤルド・スパイダーは次号で報告するけれど
とってもエキサイティングなスポーツカーだったし、
17年ぶりに足を踏み入れたアメリカには
考えさせられるようなところが多々あって勉強になった。

だが、「なにぃ!?」と思わされることが
まったくないというわけでもなかった。

最初の「なにぃ!?」は乗り継ぎのシカゴ空港で
いきなりライターを取り上げられたことである。
エアポートはどこもほとんど禁煙なのは知っていたから
バッグの奥深くに仕舞ってそのまま忘れていたのだが、
空港の探知機は見逃してくれたりはしない。

──ピーッ!

中年の係員が俺の機内持ち込みのバッグを開けて、
ひとつひとつを取り出して並べていく。

「おっ! これは何だ!」
「何って……ライターでしょ」
「機内には持ち込めないのを知らないのか?」
「いや……でも日本を出るときには
何の問題もなかったから、そのまま来たんだけど」
「ここはアメリカだ。日本じゃない」
「そういう意味でねくてだなぁ……」
「とにかくこれはここで破棄してもらう」
「ちょっと待ってくれよ。これは記念品であって
俺の宝物のようなモノだ。何とかならないか?」
「ダメだ。絶対にダメだ。規則だ」

あっちのほうにツカツカ歩いていって、
ヤツは俺が大切に使っていたジッポ・ライターを
没収した品々を入れる箱にポイッ! と放り投げる。
俺のでたらめな英語に腹が立ったのかも知れないが、
それでも穏やかに話をしてたつもりなのになぁ。

ピリピリするのは判る。当然だろう。
誰もが忘れてはならない凄惨な出来事があった。
危険物と見なされたモノを没収されたことも、
まぁ納得するしかないだろう。
思慮に欠けていた俺が悪いのだ。うん、そうだ。

だけど、目の前の人間が「宝物だ」と訴えているモノを、
見てる前で投げ捨てることはないんじゃないか?
この男は怒りや憎しみって感情がどうして生まれるのか、
争いってモノがどういうきっかけで起こるのか、
いい歳をしてまったく解っちゃいない。
いったいこの男は歴史から何を学んだんだろう……?

こんなことで怒りを露わにしたり憎んだりはしないが、
アメリカという国の玄関のひとつで遭遇した出来事に、
俺はとってもガッカリさせられた気分だった。
ニコやかに「悪いな。諦めてくれ」と相手の肩でも叩いて
取り上げたモノを粗雑に扱いさえしなければ、
同じ人間、そう悪い気はしないもんだと思うのだけど。

まぁしょーがない。非はこっちにもあるわけだし。
……とちょっとばかり複雑な心境で歩き始めた俺は、
マイアミ行きの搭乗ゲートへと向かいながら、
壁やパネルなどに展開されている広告を眺めていた。
海外のこうした広告は、その良し悪しとは別に、
やっぱり感覚の根っこが日本とは異なってるから、
色づかいもデザインも考え方も見ているだけでオモシロイ。

すると前方の壁に、黒字に金の世界地図が現れた。
これが本日2度目の「なにぃ!?」である。
『KEEP WALKING』と書かれた文字の下で、
はたと足が止まってチカラが抜けてしまった。

だってその地図に刻まれた日本は、どこかオカシイ。
ヒジョーにアーティスティックなのに、どこか妙だ。
……そうだ。四国だ。四国がたりないのだ。
きっと、ついうっかり忘れちゃったに違いない。
これじゃ本場・讃岐うどんも瀬戸内の海産物も喰えないし、
金比羅様のところの秘宝館も見られないじゃないか。
いやまぁその秘宝館はいいにしても、
この日本列島、あまりにもマヌケである。

『KEEP WALKING』──。
とっとと歩け……っていわれてもなぁ……。
さっきの複雑な心境から、一気に別の複雑な心境へ。
ぷしゅーっ……と圧縮が抜けた感じがする。

西洋人には、今でも日本人は揃ってキモノにマゲで
街を闊歩してる、と思ってる人がいると聞く。
まんざら冗句ではないのかも知れない……と思った。

2006年2月 6日

イタリア土産

自宅から1歩たりとも出られない週末──。
天井ではなく横の壁をボケ〜ッと眺めながら、
以前に何かのメイルマガジン辺りで読んだ、
こんな話を思い出していた。
多少は俺の頭の中で事実誤認があったり
勝手に育ってしまった部分もあるかも知れないが、
こんな流れだったように記憶している。

舞台は誰かのお葬式の真っ最中。
参列していたひとりのじいさんが、
「うっ! おならをしたい」と思ったらしい。
けれど、読経の声以外は静まりかえってる会場で、
そうやすやすと放屁をするわけにはいかない。
音の出所が一発でバレてしまうからだ。

そこでじいさんは考えた。
「そうじゃ! ゴホンと咳払いをして、
同時に放ってしまえば誰の耳にも入るまい」

じいさんは慎重にタイミングをうかがった。
そして読経の声が高らかに盛り上がった瞬間を見計らい、
──ウオッフォンッ! ……プゥ。

ふたつの音はズレてしまった。
しかも大きな咳払いの直後の「……プゥ」だっただけに、
じいさんは思いもよらぬ注目を浴びてしまったようだ。

キジも鳴かねば討たれまい。
……ちょっと違うか。
いずれにしても、大胆なことを考えるじいさんである。

俺は背中を丸めてベッドに転がりもんどり打ちながら、
霞のかかったような脳ミソで考え込んでいた。
咳払いや咳と同時に放屁することができるのか──と。

結論──無理である。
だって使う筋肉が全然違うもん。
その2種類の筋肉に同時に力を入れるのは、
常人には至難の技である。
ぜったいにズレる。間違いなくズレる。
音は確実に2段階となって周囲の耳に飛び込むはずだ。

だが、実証してみろと言われてもツライ。
今の俺にはとてもじゃないがそんな余裕はない。
処方してもらったクスリをマジメに飲んでるとはいえ、
ひとたび出始めたらもうどうにも止まらない
山本リンダさんも真っ青になってくれそうな咳を、
全身のチカラを使って受け止めるだけで精一杯なのだ。

──気管支炎。

1月の18日から月末ギリギリまで、
ふたつの海外出張が続いてほとんど日本にいなかった。
「20〜25℃くらい」と聞いていたフロリダは
とてもシャツにジャケット1枚羽織っただけじゃ
いられないほどの寒さだったし、
その次に飛んでったイタリアは大寒波。
真ん中で2日間だけいた東京では何ともなかったから、
おそらくイタリア産のウイルスが発展したものだろう。

最初は「普通の風邪」という診断だったし、
出張続きでデューティが山積みだったから仕事に出たが、
帽子をかぶってマスクをかけ、
寒いんだか暑いんだか判らなくてコートを羽織ってる俺を、
みんなが避けて通っていく。当然といえば当然だ。

だが、このビルの中はさすがにひと味違うタケヤミソ。
「風邪ですか? あー、こっちに寄らないでくださいね」
というストレートな反応は理解できるし、
笹本社長の「おまえ風邪ひいてるのか?」という問いへの
「いやぁ……結構つら……」の返事も終わらぬうちに
バタリと社長室のドアを閉めるリアクションも納得だが、
「いいトシして暴走族ゴッコはヤメてください」だとか
「ヒトにいえない政治活動でもしてるんすか?」だとか
「あ。ウイルスのテロリストが来た!」だとか、
おもしろがってるようにしか思えない反応が圧倒多数だ。

くっそー。週があけてまだ治ってなかったら、
ヤツらにはこのイタリア土産をたっぷり喰らわしたる!
と心で悪態をついていた金曜日の夕刻、
帰りしなに立ち寄ったトイレの鏡に写る自分を見て、
俺はボーッとしながらも「なるほどぉ」と思った。

そこに写っている男の姿は、
どう考えてもふざけてるようにしか見えないのである。
目がトロ〜ンといっちゃってるあたりなんぞ、
まるでニヤニヤ笑ってるふうである。
しかも、ついでに衝撃の事実まで発見した。
俺は……タレ目だったのか……。

そういうわけで、この週末はまるまる2日間、
すっかりと寝込んで過ごした。
時に咳に襲われながら、時に朦朧としながら、
トロトロと寝たり醒めたりを繰り替えすばかりだった。

感冒もインフルエンザも大流行しているらしい。
どうか皆さん、くれぐれも御自愛あれ。