自宅から1歩たりとも出られない週末──。
天井ではなく横の壁をボケ〜ッと眺めながら、
以前に何かのメイルマガジン辺りで読んだ、
こんな話を思い出していた。
多少は俺の頭の中で事実誤認があったり
勝手に育ってしまった部分もあるかも知れないが、
こんな流れだったように記憶している。
舞台は誰かのお葬式の真っ最中。
参列していたひとりのじいさんが、
「うっ! おならをしたい」と思ったらしい。
けれど、読経の声以外は静まりかえってる会場で、
そうやすやすと放屁をするわけにはいかない。
音の出所が一発でバレてしまうからだ。
そこでじいさんは考えた。
「そうじゃ! ゴホンと咳払いをして、
同時に放ってしまえば誰の耳にも入るまい」
じいさんは慎重にタイミングをうかがった。
そして読経の声が高らかに盛り上がった瞬間を見計らい、
──ウオッフォンッ! ……プゥ。
ふたつの音はズレてしまった。
しかも大きな咳払いの直後の「……プゥ」だっただけに、
じいさんは思いもよらぬ注目を浴びてしまったようだ。
キジも鳴かねば討たれまい。
……ちょっと違うか。
いずれにしても、大胆なことを考えるじいさんである。
俺は背中を丸めてベッドに転がりもんどり打ちながら、
霞のかかったような脳ミソで考え込んでいた。
咳払いや咳と同時に放屁することができるのか──と。
結論──無理である。
だって使う筋肉が全然違うもん。
その2種類の筋肉に同時に力を入れるのは、
常人には至難の技である。
ぜったいにズレる。間違いなくズレる。
音は確実に2段階となって周囲の耳に飛び込むはずだ。
だが、実証してみろと言われてもツライ。
今の俺にはとてもじゃないがそんな余裕はない。
処方してもらったクスリをマジメに飲んでるとはいえ、
ひとたび出始めたらもうどうにも止まらない
山本リンダさんも真っ青になってくれそうな咳を、
全身のチカラを使って受け止めるだけで精一杯なのだ。
──気管支炎。
1月の18日から月末ギリギリまで、
ふたつの海外出張が続いてほとんど日本にいなかった。
「20〜25℃くらい」と聞いていたフロリダは
とてもシャツにジャケット1枚羽織っただけじゃ
いられないほどの寒さだったし、
その次に飛んでったイタリアは大寒波。
真ん中で2日間だけいた東京では何ともなかったから、
おそらくイタリア産のウイルスが発展したものだろう。
最初は「普通の風邪」という診断だったし、
出張続きでデューティが山積みだったから仕事に出たが、
帽子をかぶってマスクをかけ、
寒いんだか暑いんだか判らなくてコートを羽織ってる俺を、
みんなが避けて通っていく。当然といえば当然だ。
だが、このビルの中はさすがにひと味違うタケヤミソ。
「風邪ですか? あー、こっちに寄らないでくださいね」
というストレートな反応は理解できるし、
笹本社長の「おまえ風邪ひいてるのか?」という問いへの
「いやぁ……結構つら……」の返事も終わらぬうちに
バタリと社長室のドアを閉めるリアクションも納得だが、
「いいトシして暴走族ゴッコはヤメてください」だとか
「ヒトにいえない政治活動でもしてるんすか?」だとか
「あ。ウイルスのテロリストが来た!」だとか、
おもしろがってるようにしか思えない反応が圧倒多数だ。
くっそー。週があけてまだ治ってなかったら、
ヤツらにはこのイタリア土産をたっぷり喰らわしたる!
と心で悪態をついていた金曜日の夕刻、
帰りしなに立ち寄ったトイレの鏡に写る自分を見て、
俺はボーッとしながらも「なるほどぉ」と思った。
そこに写っている男の姿は、
どう考えてもふざけてるようにしか見えないのである。
目がトロ〜ンといっちゃってるあたりなんぞ、
まるでニヤニヤ笑ってるふうである。
しかも、ついでに衝撃の事実まで発見した。
俺は……タレ目だったのか……。
そういうわけで、この週末はまるまる2日間、
すっかりと寝込んで過ごした。
時に咳に襲われながら、時に朦朧としながら、
トロトロと寝たり醒めたりを繰り替えすばかりだった。
感冒もインフルエンザも大流行しているらしい。
どうか皆さん、くれぐれも御自愛あれ。
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