« 2006年2月 | トップ | 2006年4月 »

2006年3月

2006年3月28日

ちかごろダイジェスト


ほんの数日間だけミラノから帰国していた
コーディネーター兼“自動車探偵”の野口祐子さんと
例の“エンツォのインク”の件で打ち合わせをした。
その場でラベルや箱の基本的な仕様を決めて、
イタリアのインク職人のオヤジに伝えてもらうことに。
少量生産ゆえただでさえ安いとはいえず、
ラベルも凝ったものにしようとすればコストもかかるから、
シンプルでわかりやすいものにする方向性を選んだ。
できあがりはいかに……?

ロッソの桜井編集長と一緒に
ホビダスの『スーパーカー対談』とやらに狩り出される。
何をしゃべったのは全く覚えてないが、
好き勝手なことだけ言い放ってたような気がする。
だから寝起きはダメだっていっといたのにぃ……
って、取材は夕方からだった。うん。俺が悪い。
最近やたらと眠い。やっぱり春ってこうだよなぁ……
と、毎年「春眠暁を覚えず」で喜んでる。
そういえばその模様は……あれ? いつから掲載だっけ?
そう遠くないうちにホビダスの中で掲載されるはず。
おそらく『スーパーカー@ホビダス』内の番組なので、
チェックしてみてくださいな。たぶんオモシロイと思う。

フランスのとある人物を通じて
ジャン・ラニョッティさんにコンタクトをとった。
彼にちょっとしたお願い事をしたかったのだけど、
基本オッケ! という状況になったので、喜んだ。
あとは細かな条件いくつかのピースが合えば……。
へ? 何のことかって? まだ内緒。
本決まりじゃないから。楽しみに待っててね。
きっと皆さんにいずれお伝えできるだろう、
とかなり現実味たっぷりに俺は信じてる。

大磯プリンスホテルで行われた
マツダMPVターボの試乗会に行ってきた。
基本的にはミニバンって誌面的にも無理があるし
個人的にも好きなカテゴリーじゃないのだけど、
マツダのことだから何か「やってくれた」があるかな?
と期待をして三菱アイに乗ってでかけてきた。
アイの出来のよさにもひっくり返るほど驚いたが、
MPVターボはカタツムリの存在を必要以上に誇示しない
エンジン特性ながら、速くて楽しい。うん。楽しいのだ。
あんなカタチなのにハンドリングまでそこそこ楽しいし。
さすがはマツダ。スポーツカー好きの魂を知ってるのだ。
ミニバンが“ガマン車”じゃなくなっていく様に、
感心しながらもちょっと複雑な心境。

まだお分けするときの値段も決まってもいないというのに、
ティーポを読んで“エンツォのインク”を
「300個ほど欲しい」と連絡をくださった方がいた。
ほんとに1回こっきりの生産だからなくなったら終わり。
もしやプレミアムな値段にして転売する気では?
なぁーんて阿呆なことを考えたりもしたのだけど、
いざお話を聞いてみたらそういうことではなかったので、
「ならば現物ができてからもう一度相談しましょう」
ということになった。……われながらビックリ。
確かにすっごく綺麗なパープルだから、
そういう意味でも自信はあるんだけどね。
このギョーカイ内でも「できあがったら欲しいなぁ」
といってくださる方が何人か声をかけてくださったりして、
ちょっと嬉しかったりはする。
問題はいつになったらインクができあがるか、ということ。
何せほら、イタリアは日本と時間の流れ方が違うし、
最初から「仕事の合間を縫ってでいいなら」
という条件でやってもらってることだから……。
元々これをビジネスにしようなんて考えちゃいないけど、
期待してくれる人がいるのならしっかりツメをしなきゃ、
と気持ちがちょっと引き締まる。

とある出来事があって、看護師さん達を尊敬した。
楽な仕事だとは元々思ってもいなかったが、
あんなに大変なことを毎日繰り返してるのかと思うと
ひたすら頭が下がる。俺にはとてもできない。
しかもその多くは女性で、就労時間だけ見ても
過酷としかいいようのない現実。
なのに入院患者さんへ細かな気配りを重ね、
わがままなあれこれにも上手に対応していく。
俺なら日に軽く10回はキレてることだろう。
人として、ひたすら尊敬する意外にない。
……いっておくが、ナース服マニアじゃないぞ俺は。

『タイムマシーン・フェスティバル』開催。
当日は往年の名レーシング・ドライバーの皆さんの受付と
ステージカーでのイベントなどを担当した。
中学生の頃に雑誌で見ていた“すごい人”達と
読者の皆さんの両方にすごく近いところで会えた俺は、
きっとこの日トップ・クラスの役得モノだったと思う。
そうそう、当初予定してた人がキャンセルとなって、
代わりに開始3分前になって急遽出演をお願いしたのに
快くトーク・ショーのゲストを引き受けてくれた
柳田真孝選手に心から感謝。
一緒に1日を楽しんでくれた読者の皆さんにも感謝。
7月のティーポ・オーバーヒート・ミーティングも、
がんばって企画など考えようと改めて決意した。

そのイベントが終わって東京に帰ろうとしたら、
クルマがエンジンだってかかってるっつーのに
勝手にドアがロックするという不可解な現象に襲われ、
編集部の310、阿部カメラマンとともに
車外に閉め出されて途方に暮れた。
3人とも、コートもカバンもケータイも車中に入ったまま、
俺に至っては煙草すら手元にない状態で、軽く2時間半。
日が沈んだ後の富士スピードウェイのパドックは
あまりにも寒くて、そのまま凍死するかと思った。
最終的にはJAFの人の超絶テクニックで助けられたが、
インポーターが24時間サービスを謳ってる
“○△◇×○コール”の対応がヒジョーに鈍くて呆れた。
これが自分でお金を払ってクルマを買った人ならば
「圧倒的な時間差でJAFに負けるなよ!」と
怒り出したくなったことだろう。
それより「その前に原因をちゃんと解明してくれ」と……。

そういうわけで、今や締切真っ最中。
いうまでもなく、焦ってる。ふはははは。

2006年3月15日

La toletta d'italia.

北イタリアのとある街にあったとある場所で、
俺は極めて難しい選択を迫られていた。
あぶら汗がただでさえじわりと滲み出てきてるのに、
一刻も早く決断しなければならない状況。

……ど……どっちだ?
いったい、どっちなんだ!?

簡単に結論なんて出せるはずもない。
なにせ、こんな問題に直面したのは初めてなのだ。
俺は頭を抱えてしゃがみ込みたくなった。

けれど、しゃがみ込むことはできなかった。
男としての誇りが賭かっていた、と言えなくもない。
人はパンを喰ってさえいれば生きていける、
という単純な生き物でもないのだ。
昔の人は尊い言葉を残したものである。

だが、しゃがみ込めないのには、
もっと切実な理由があった。

俺は前を向いてしゃがめばいいのか、
それとも後ろを向いてしゃがむべきなのか、
さっぱり判らなかったのだ。
しかも、俗世間とその個室を隔てる扉には、
鍵というものが最初から存在してなかったのである。

俺が前を──あっち側を向いてしゃがんだとする。
もしそこで誰かがドアを開けて入ってきたとしたら、
いったいどうなる……?
慌てて振り返って凄んだとしても、
そういう状況で即座に立ち上がれるものでもない。
まるで「どーぞ、ケツでも蹴っていってください」
とでもいわんばかりの無防備さである。

ならば逆に後ろを──こっちを向いてしゃがんだとしたら?
誰かがドアを開ければ一瞬にして目が合うわけで、
その侵入者は次の瞬間には確実に視線を下に降ろすだろう。
にもかかわらず覆い隠してくれるものは何もなく、
ものの見事にむきだしの丸見えなのだ。
そんな状況でニコやかに「チャオ!」と手をあげても、
バツの悪い想いはますます深くなる一方だろう。
ならばいっそのこと最初から斜に構えて腕組みでもして、
いつドアを開けられても大丈夫なように
あらかじめ睨みを効かせて準備をしておくべきか──?

俺はとりあえずジャケットを脱ぎ
ドアの内側にあるフックに引っかけた状態で、
ジーンズのボタンに指をやったまま苦悩した。
あぶら汗が少しずつ濃くなってきている。
何となく時計に目をやると、すでに10分が経過していた。

そこで俺は素晴らしいことに気がついた。
土壇場で活路を見出したような気分だった。
個室に入ってから10分が経過してるのに、
他の人間の気配がしたことは一度もなかったのだ。
ということは、立地条件なのか流れる“気”なのか、
いずれにしてもここは基本的にあまり人が立ち寄らない、
そういう場所であるに違いない。
うん。きっとそうだ。そうに決まってる。

空に被さっていた雲がパッと消え去ったような気分で、
俺はボタンを外し、しゃがむ準備を整えはじめた。

──ああ、これで悩みや苦しみから解放される。
本能と誇りの狭間で、もう押し潰されることもない。
神々は小さな喜びを至福の瞬間に昇華させるために、
ときに苦しみという名の試練を与えるのだ。
うむ。生きるっていうのは素晴らしい。

そしていよいよ膝を曲げようとした瞬間──。
「○△$×*◇♪#▽?」
「△▽@○*%□◇&▽×○$#△!」
というイタリア語の巻き舌な会話とともに、
ガゴン! ともうひとつ外側にある扉が開いて
ふたりの男が入ってくる気配がした。

俺は3秒で身支度を整え直してジャケットを手にとり、
カチャッと扉を開けると、ツカツカ急ぎ足で外に出た。
真冬の北イタリアは、シャツ1枚なら凍死できるほど寒い。
だが、あぶら汗はちっとも引いていこうとしない。

再び、俺の長い旅が始まった。

思えばこれが、風邪をこじらせ、
気管支炎に倒れるきっかけだったのかも知れない。
全部がこんなだってわけでもないのだが、
だから俺はイタリアのトイレが嫌いなのだ。

2006年3月13日

ああ、誤爆……


かつて日本のモータースポーツ界に疾風怒濤を巻き起こし、
俺達のヒーローと呼べる存在でもあった
マシンやレーシング・ドライバーに集まってもらって、
同窓会みたいなイベントができたらいいね──。

そんなところからスタートした
『タイムマシーン・フェスティバル』
メイクスやチームの枠組みを超えて好きな人が集まって、
昔を懐かしんだり肩を抱き合ったりして楽しめる、
そういう1日を現実のモノとすべく、
3月26日(日)の開催まで2週間を切った今、
イベント運営事務局のスタッフ達は編集屋でもないのに、
この時間もひっちゃきになって仕事をしてる。

当日は俺達ティーポ編集部も便乗して、
同じ富士スピードウェイの一角で
読者さん達と遊ぶイベントを計画しているのだが、
もちろんそれはコースのイベントも同時に楽しめるよう
“ゆる〜い”感じのモノとなる予定だ。

そんなわけで、これから開催日までの間、
ときどきこの『随筆』だとか『スタッフ通信』だとかで
当日の見どころを紹介していこうと思ってる。

思ってるのだけど……今日入手した見どころ情報は、
うまい具合に運営事務局のスタッフに乗せられて
こっちのほうに誤爆して来ちゃったのだ。

そういうことなので、
もしよかったらあっちに飛んでみてくださいまし。

そうそう。もうひとつの見どころ。
“往年の”というよりも現役トップ・ドライバー、
本誌でもお馴染みの影山正彦選手も、
もちろんこのイベントに駆けつけてきてくれる。

影山さんは……何とっ!
影山さんの師匠であり兄貴分でもあった
故・萩原 光選手がステアリングを握っていた
TSサニーのレプリカというよりも
生まれ変わりのようなマシンをドライブしてくれる。

このマシン、萩原選手が乗っていたモノではないが、
萩原選手の大ファンであるオーナーさんが
当時マシンの製作・開発やオーガナイズに関わっていた
各所ひとつひとつにお話を通し、協力を受け、
コダワリ抜いて作り上げられた情熱の賜物。
とても簡単に「ああ、レプリカね」といえるような、
そういうレベルのモノじゃない。
イチから萩原車を作り上げたようなモノだ。

ハコ全盛期には田舎の小中学生だった俺は
当時のレーシングカーを雑誌でしか知らなかった。
埼玉から自転車でいくには、
富士スピードウェイは遠すぎたのだ。

いったいどんなサウンドを奏でて、
どんな速さで目の前を駆け抜けていくんだろう。
今から楽しみでしょうがない。

ハコといえば、当時としてはえらくスタイリッシュで
めちゃくちゃカッコイイと思ってた
トヨタ・スターレットKP47の、
ツインカム・ヘッドを積んでバカスカ勝ちまくった
スペシャルといえる当時のレーシング・マシンも、
きっちり整備を受けて走りに来てくれるらしい。
愛嬌のあるコロッとしたスタイリングを
迫力あるオーバーフェンダーで武装した
シビックSB-1も来てくれるという。

んー。興奮して来ちゃったぞ。

2006年3月10日

奇妙な連帯感


昨日の26時をちょっと過ぎた頃のことだった。
いつものようにヴェンディング・マシンの前に立ち、
紙コップのコーヒーを買うために
コインをチャリンと放り込もうとした瞬間、
妙なモノに目を奪われた。

……なんだ、こりゃ?

ヴェンディング・マシンの横の紙コップ用のゴミ箱から、
ニョキッと生えてるモノがある。
幾重にも積み重ねられた、それは紙コップの塔であった。

う。思い出した。
いちいちココまで捨てに来るのが面倒くさくて、
俺は日に少なくとも5杯は飲むコーヒーの紙コップを
自分の机の上にパコパコと重ねておく癖があって、
つい数日前にきっと風が吹いてきたら倒れそう
というところまで積み上がっちゃったので、
仕方なくココまで捨てに来て、
空だったゴミ箱にストンとそのまま差し込んだのだ。
でも、そのときはゴミを捨てる入口と
ちょうどツライチくらいの高さだったはずだ。

……ということは?

あとからこのヴェンディング・マシンで
コーヒーなりカルピスソーダなりコーンスープなりを
買って飲んだヤツが、さらに重ねてきたってことだ。

何だか、とっても崇高な気分になったような気がした。
朝といわず昼といわず夜といわず、
眠い目をこすりながら延々と仕事をし続ける編集屋達。
くたくたに崩れそうな身体を引きずるようにして
ヴェンディング・マシンまでやっとの思いで辿り着き、
左手を腰にあてながらコーヒーを飲み干すと
この紙コップの塔にパコッと重ねて、
再び机に戻ってがんばり続けるのである。

この時期なら、ジェイズ・ティーポかBMWバイクスか
ホット・バイク・ジャパンか……?
あるいは海外出張を前にして孤独な作業を続ける
ロッソの桜井編集長か……?
とっとと帰りゃいいのにPCでゲームとかして徹夜してる
オートカーの関か……?

いや、誰ということはない。みんな、である。
誰もがこの紙コップを媒介にした心のリレーを、
まるで殉教者のような面持ちで黙々と続けていくのだ。

うーむ。何だかすごい連帯感である。
このフロアにいる俺達は雑誌作りに身を投じながら、
その証として紙コップの塔をさらに高くしていくのである。

ふむ……。疲れてるのかな、俺……?
こんなマヌケなことを考えてるなんて、
うんうん、きっと疲れてるんだろうな、やっぱ。

──そして、今日。常に身の周りに置いてある
とあるモノを見失ったことに気づいた俺は、
どういうわけか探してもそれを見つけることができず、
やむなく全社メイルを送信した。

「皆さん、お忙しいところ大変恐縮でございます。
 実は私め、どこかのタイミングで、
 普段使っている黄色っぽい革の小型システム手帳を
 社内のどこかで見失ってしまいました。
 『GRIM ART』というメーカーのモノで、
 銀製の小さな万年筆が一緒に刺さっているはずです。
 見つけた方は内線3××番
 もしくは携帯電話090-××××-××××まで
 御一報いただけると助かります。
 見つけて連絡をくださった親切な方には、
 販売機のコーヒーを御馳走します。
 もちろん90円の一番高価なヤツ。
 ヨロシクお願いいたします」

これに対して最も早くレスポンスしてくれたのが、
営業部と広告部を仕切る、K畑N也取締役だった。

「ねえよ、そんなもん、、、
 私はしょっちゅう手帳、財布、資料、かばん、キー、
 めがね(これはJAL機内、お得意様社長室、、、
 で2回ともセーフ、カムバックしてきました)
 やってます。
 いよいよこちら組に入ってきましたね、よしよし」

モノ忘れが激しくなるのは、老化現象であるそうな。
ということは、俺の場合は10歳の頃に
すでに老化が始まってたということになるわけだが、
まぁそれはこの際黙っておくことにしよう。

とにかく俺は、こんな俺を温かく迎えてくれる
K畑さんの心遣いに深く深く感謝した。
なんだか再び、すごい連帯感である。
出来の悪い部下であり後輩でもあるダメな人間を、
お茶目に励ましてくれる快活な偉い偉い役員の存在。
俺ももうひとがんばりして、
若いスタッフをちゃんと温かい目で見つめられる
立派なマドギワ編集チョーになろう。
うん。そうだそうだ。がんばらねば……。

……ふむ。やっぱり俺は疲れてるんだな。
こんなお出迎えに、一瞬たりとも喜ぶなんて、
うんうん、疲れてるに違いない、きっと疲れてる。

「よしよし」っていわれてもなぁ……。

2006年3月 8日

ファーーーアアォンッッッ……

基本的にはNTTドコモのFOMAユーザーなのだが、
もうひとつ、ボーダフォンの702NKってのを持ってる。
そのまま海外に持っていっても普通に使えるんで、
出張のときに重宝するからだ。
つまり国内ではほとんどロクに使っていない。

ただ、どうしてもこの702NKが必要なときがある。
海外にいったときにはこっちを使うわけだから、
海外在住の知人はボーダフォンの番号を知ってるわけで、
彼らが帰国しているときなんぞは
こっちに電話をかけてくることも少なくないのだ。

今日がたまたまその日だった。

702NKに着信があると、本体がプルプル震えると同時に、
「ファーーーアアォンッッッ……
ファーーーアアォンッッッ……」
というトーンの高いF1マシンの音が小さく鳴り響く。
あらかじめ内蔵されている着信音として、
甲高いエキゾースト・ノートを選ぶことができるのだ。
かかってくるたびに、血湧き肉躍るような
「ファーーーアアォンッッッ……」である。
しかも思いのほかクリアで、いい音。
だからときどき、わざわざ右手で握ったドコモから
左手のボーダフォンにかけてみたりすることもある。
念のためにいっておくが、俺が寂しいヤツなんじゃなくて、
とにかく「聴きたくなる音」なのである。

ボーダフォンは2006シーズンいっぱいまでは
フェラーリF1チームにスポンサードしてるわけだから、
去年までのV10サウンドをモチーフにしてるのだろう。

いいエキゾースト・サウンドを耳にすると、
それだけで無性にウキウキした気分になってくる。
ときどき自宅で原稿を書いてるときなんて、
BGM代わりにレースやラリーのDVDを
観もしないのに流してるときがあるくらいだ。
むしろ、そっちのほうがノリがよかったりすることもある。
こりゃまぁクルマ好きなら誰もがそうなんだろうけど。

俺がこれまで聴いたサウンドの中で、
いちばん気に入ったヤツはなんだったかな──?

うむ……。まず筆頭にあげなきゃならないのは、
やっぱりフェラーリのF1マシン。
ティーポ・オーバーヒート・ミーティングなどで
毎回コーンズさんに御協力いただいて
マシンを走らせていただいてるわけだが、
どのマシンの音を聴いても「クラッ」と来る気がする。
中でも俺が最高に好きなのは、12気筒の412Tのサウンド。
初めて目の前でエンジンに火が入った瞬間、
脳ミソと心臓をグッと鷲づかみにされ、
体温が一気に5度ほど上がったような気がして、
知らないうちに涙目になったことは忘れられない。
コースのストレートを全開で走り抜けていくときなんて、
クチをパックリと開けたまま聞き惚れていて、
ヨダレが垂れてたのにも気づかなかったほどだ。
こんな感動的な美しいエンジン音があるのかということを
身をもって体験した、それが初めての出来事だった。

だが、美しいモノばかりが「いい」ってわけでもない。
スーパーセヴンに搭載されているBDRユニットの
低回転域でのゴロゴロいってる不機嫌な音が
回すほどに見事に揃っていく様は鳥肌モノだし、
ディーノV6の乾いたような爽快な音も好きだ。
ロータス・ツインカムのポォーンという軽快な
若々しくも伸びやかな音も悪くないし、
69カマロのZ28で体験したゴワーンという
とてもアメリカンV8とは思えない、
良くできたチューニング・エンジンらしい
古典的かつメカニカルなノートも嫌いじゃない。
ジュリア系のロロロロロっていう唄も捨てがたいし、
空冷の911系に鞭を入れたときの
ジョァーーンという精密機械の働く様もいい。

んー。そうそう。これを忘れちゃいけない。
ロータリー・エンジン!
グループC時代の英雄、787Bのサウンドなんて、
ちょっと言葉にできないくらいの感涙モノだ。
ピーーーーンと何かが張りつめたような、
F1マシンとはまた違うウルトラ・ハイ・トーン。
自分のおでこと胸に何かが瞬間的に突き刺さり、
串刺しにされたみたいに身動きがとれなくなる、
そんな感じの刺激に満ちた素晴らしいサウンドだ。

そういえば、この3月26日の日曜日に
富士スピードウェイで開催する
タイムマシーン・フェスティバル』。
そこではル・マンで優勝した787Bも走るわけだが、
ギョーカイ筋のウワサによれば、そのマシン、
4ローターのエンジン・パーツが残っていないから、
そろそろ実走行は勇退なんじゃないか、と……。

マツダは公式的には何もアナウンスしていないが、
もしそのウワサが真実なのであれば、
今回の富士でラスト・ラン……ということになる。
あの世界で唯一といえるサウンドは、
これを逃したら聴けなくなるのかも知れない。

俺は後悔したくないから、絶対に観に行く。
っていうか、もともと現場にはいるわけだけど、
その時間だけはコース・サイドのどこかに陣取って、
どこか切ないような気持ちにさせられる
あの4ローターのサウンドを堪能することに決めた。

──ところで、皆さんがこれまで聴いたサウンドの中で、
いちばん気に入ったヤツってなんだった?


2006年3月 7日

おおおおおっ! ビックリした(実はマジで)


ついさっき無意識にWeb Tipoを覗いてみたら、何とっ!
トップ・ページが新しくなってた。
近いうちに切り替わることにしていたのは知ってたが、
まさかそれが今晩だったとは……。
予告なしにパカッと切り替えて驚かしてやろうという、
担当者ナパの茶目っ気に違いない。

今のところはトップ・ページができあがっただけで、
その中身はほとんど変わっていないのだけど、
これから順番にスタッフそれぞれのブログだとか
BBSだとかがオープンすることになるので、
そっちのほうはもうちょっと待っててね。

……というわけで、
このままキーボードをちゃかぽこ叩いてると
霞のかかったような脳ミソがイタヅラをして
言ってはいけないこととかを言っちゃいそうだから、
うーむ……とっとと家に帰って眠ろう。

隣の島では体制が変わって初めての校了を迎えた
ジェイズ・スタッフくん達が討ち死にしてるから、
あんなふうになっちゃう前に……おおっ!?
無防備だなぁ、この美しさの欠片もない寝姿。

いっておくが、俺は弱いヤツを相手にすると強い。
負けそうな喧嘩とかはしない。

ふっふっふっ。どうせならコイツらの……、
顔に落書きとかしてから帰ることにしよう。
いひひひひ。
鼻に柿ピー詰めたりするのもいいかも知れない。
くっくっくっ。
×××に○○○するってのもグッドアイデアだな。
わははははははは。
あるいは△△△を◇◇◇しといて、
あとから出社してきたヤツを怯ませるとかね。
うひょひょひょひょひょひょひょ。

お? なんてこった。
30分も経っちゃってるじゃないか。
阿呆なことばっか考えてないで、早く帰ろう。

……こうして俺の睡眠時間は、
刻一刻と削られていくのだった。

2006年3月 6日

ちかごろダイジェスト


ガヤルド・スパイダーの国際試乗会のため
フロリダに2泊5日の出張、
間を2日間だけ東京で過ごした後に
OZホイール35周年記念イベント出席その他のため
イタリアに4泊5日の出張、
その後、風邪から気管支炎を併発して
約1週間ほど悶え苦しんだ後に、
今度は『レトロモビル』取材のため
田中むねよし画伯とフランスに5泊6日の出張。

パリではむねよし画伯に加えて
現地在住の自動車カメライター、南陽一浩くんと
ほとんどベッタリ一緒に行動する。
久々に会った南陽君が
相も変わらず変わり者だったのが嬉しかった。

レトロモビルの会場で、
同じくパリ在住の自動車ライター、
野口友莉さんとバッタリ会う。
初日はブースごとにワインを抜いて
知人に振る舞ったりするのがフランス流らしく、
会ったときには「……頭がクラクラする」だった。
メイルの返事をしてなかったことを詫び、
酔い覚ましのお茶を御馳走して誤魔化しながら、
ちょっとした企画の打ち合わせをする。

身体のでかいクマさんのようなむねよし画伯が、
意外や見かけ倒しで体力のないことに驚く。
取材の2日間は会場内を1日中練り歩き、
それ以外の2日間は市内でエンスー車探しのために
ずっとほっつき歩いていたので無理もないが、
毎晩決まって暗くなり始めた辺りで電池が切れ、
暑苦しいくらいにでかくて丸い目が半分に縮み
急速に光を失う判りやすさに、ある種の感動を覚える。

関空経由で帰るむねよし画伯をドゴール空港から送り出し、
便の関係で翌日飛び立ったまではいいけれど、
フランスを出てオランダを飛び越えた辺りで
機体にトラブルが発生して逆戻り。
夜中の3時過ぎにドゴール空港に再び到着して
5時過ぎに近くのホテルに運搬されて眠ったのだが、
「絶対に落ちて死ぬ……」と思った。
やっぱり飛行機は嫌いだ。

1日遅れて帰国したため、
カー・マガジンとロッソの原稿も1日遅れとなり、
制作管理の山本本部長に激怒される。
パリのホテルで仕上げることができなかった
自分が悪いのだが、
やっぱり飛行機は嫌いだ。

前から見たいと思ってた映画のDVDを、
最長の1週間でレンタルしてきたにも関わらず、
時間がなくて見られず、そのまま返却する。

料理人をやってる友達から
「手抜きで中華を作るときには“ウェイユー(味王)”
という中華調味料がいいぞ」と教わる。
店屋物にも飽き飽きだったので
材料を買いに東急ストアまで足を運んだ。
知らないうちに改装工事で場所が1ブロックずれ、
売り場面積が1/4ほどになっていたことに驚く。

味王をペロッとナメてみたら美味だったので、
玉葱と葱と豚肉と舞茸とレタスでチャーハンを作る。
味王を入れすぎて、濃くて喰えたもんじゃなかった。
おまけにどういうわけかオナカを壊した。

マツダスピードがル・マンで優勝したときの
シャシー関係のエンジニアだった知人と久々に再会し、
昔のレースとレース・カーの話で大いに盛り上がって
居酒屋でベロンベロンになるまで飲む。

スーパーGTの開幕まで間もない時期になって、
いろんなレーシング・ドライバー氏から連絡をいただく。
こっちまで嬉しくなるような報告もあれば、
残り少ないシートを勝ち取るために
スポンサーになってくれる人がいたら紹介して欲しい
というお話があったりもする。
若手売り出し中の人もいればベテランもいる。
厳しい世界だなぁと改めて痛感する。

ミラノ在住のコーディネーター、
野口祐子さんから連絡をいただく。
“エンツォのパープルのインク”の新しい見本と、
昨年モデナにいったときに立ち寄ったある場所で
思いがけなく頂戴できることになった
ちょっとビックリするような品物が完成したので、
もうじき日本に一時帰国するからまとめて渡したい、
という申し出をいただいた。
その“ビックリするような品物”は数量が決まった
お手製で、いくらお金を出しても買えないシロモノ。
自分が独占するわけにはいかないので、
それは読者プレゼントにしようと決めた。
さっそくお会いする日をスケジュールに入れる。

レーシング・ドライバーの桧井保孝くんが
ひょろりんと編集部に遊びに来る。
広島からわざわざ来るなんて、よっぽど暇なのか……?
今年乗ることになったマシンの出来がかなりいいようで、
にやにやへらへらと笑って帰っていった。
ちょっとは期待してやることにする。

同じくレーシング・ドライバーの
壷林貴也くんから電話があって、
旧知のエンジニアと3人で飲もうと誘われる。
それは仕事というよりほとんど趣味の領域なのだが、
上手い具合にスケジュールが合わずに未決のまま。

チャーハンで失敗をしたので、
もっと簡単な湯豆腐を作ることにした。
作るというほど手間がかかるもんじゃないが、
下手に細工をしないですむから不味くはならない。
シンプル・イズ・ベスト。生き方もそうありたい。
思えば今年、料理をしたのは10回たらず。
これでは自炊生活とはいえない。少し反省。

もうじきWeb Tipoがちょっと模様替えをする。
その最終プロトを担当ナパから見せてもらう。
ふむ……悪くない。

というわけで、日に30分の時間がとれない日もあるけど、
がんばらなきゃね。狼少年……いや、中年としては。