先週末の夜中になんとな〜くアクセスして
なんとな〜く辿り着いたニュースに、俺は驚愕した。
ここしばらくで、最もビックリしたお話しだった。
何と2000年近くもの長い間、
世界的に裏切り者扱いされていたひとりの男が、
もしかしたら実は無罪だったかも知れないというのだ。
その男の名は、イスカリオテの『ユダ』。
クリスチャンであるなら知らなきゃ嘘、
そうでなくても多くの人はその名を知っている、
イエス・キリストの弟子だった男である。
ユダは新約聖書の中で、
イエスに選ばれた12人の弟子のひとりでありながら
銀貨30枚と引き替えに師を敵に引き渡す手引きをし、
イエス・キリストが磔にされた
直接の引き金を引いた人物として描かれている。
以来、ユダの名前は2000年近くにもわたって
裏切り者の代名詞として今日まで語り継がれてきている。
新約聖書の中には、イエスの言動を記録したといわれる
4人の記者による4つの“福音書”が収録されている。
ほとんどが1900年以上も前に記された
それらすべての中で、ユダは既に裏切り者扱いだ。
マルコの福音書とマタイの福音書では
金銭欲に目が眩んだとされていて、
ルカの福音書とヨハネの福音書の中では
サタンが身体の中に入ったと記されている。
ほかの11人の弟子達だってイエスが囚われるときには
とっとと見捨てて逃げてるわけで、
そういう意味では一度裏切ったも同然じゃねーか、
という気もしないではないのだが、
とにかくユダはブッチギリの裏切り者とされてきたわけだ。
ところが、聖書に含まれていない
もうひとつの福音書が存在している。
それが2世紀頃に当時のキリスト教会によって
異端の禁書とされた、『ユダの福音書』だ。
様々な鑑定の結果、後年になってつくられた偽物ではなく
3〜4世紀に写本されたものであることが証明された、
現存する唯一と見られる『ユダの福音書』。
1970年代にエジプトで発見されて物議を醸したそれが、
長い時間をかけてついに解読されたという。
そこに記されていたのは、これまでのユダ像を
まるっきりくつがえすような内容だった。
ユダは師であるイエスの言いつけに従って
イエスの身柄をローマの官憲に引き渡したというのだ。
イエスはユダを「教えを理解している唯一の弟子」と誉め、
「お前は真の私を包むこの肉体を犠牲とし、
すべてを越える存在になる」と促したというのである。
ユダがイエスの望みにそったことによって、
イエスは肉体から解放されて神に昇華したのだ……と。
これが真実であるなら、ユダは裏切り者どころか
イエスの信頼を得た一番弟子だったことになる。
今後きっと、その内容や解釈を巡って、
世界的に大きな論争になるんだろうなぁと思う。
旧約聖書は2000〜3000年前に、
新約聖書は1900〜2000年前に書かれた古文書で、
しかも歴史に名を残す学者や宗教家ではなく
多くはごく普通の人々が書き残してきた
様々な文書から成り立ってるのだから、
もしかしたら誤解や曲解もあるかもね、
と教えてくれた学識者がいた。
また、長い歴史の中で聖書も揉まれてきたわけで、
時の権力者によって意図的な内容に
微妙にすり替えられてきてる可能性だってある、
というような記述を全く関係ない本で読んだこともある。
何が正しくて、何が正しくないのか──。
真実がどこにあるかなんて、誰にも判らない。
ましてや果てしない昔のことなんて、確かめようもない。
もちろん俺なんかには、想像すらできないお話だ。
ある種の学問と捉えて熱中する人が多いのは
こういう理由だったのか、と思うばかりである。
ずっとずっと、裏切り者のレッテルを貼られていたユダ。
彼がこの福音書のとおりの人物であったなら、
今、いったい何を想うだろう。
考えてみれば、誤解、曲解、思い込み……、
そうしたモノに苦しめられている人は少なくない。
亡くなってしまえば、言葉を返すことだってできない。
生きていてさえ釈明が許されないことすらあるってのに。
そういえば、亡くなってから20年も経っていないのに、
“冷徹”“エゴイスト”“傲慢”といった
硬い仮面ばかりが一人歩きで語り継がれている男、
──エンツォ・フェラーリ。
自分を釈明したいと考えているかどうかは別として、
彼もこれから歴史が積み重なっていくにつれて、
人間味のない鋼鉄の男として完結させられてしまうのか。
手元にあるイタリア取材のメモには、
「ちょっと違うんだなぁ」という証言がたくさんある。
“福音書”みたいにしたいだなんていう
大それたことを考えてるわけもないのだけど、
それをこれからどこまで皆さんに伝えていけるのか、
考えはじめたら頭が妙に冴えてきて眠れなくなった。
しょうがない……とりあえず今夜は飲もう。
こりゃとてもじゃないが飲まなきゃ眠れそうにない。
うん。そうだそうだ。飲むのが一番。そうしよう。
……あ。念のためにいっておくけど、
わざわざ飲む理由をこしらえるために、
長々と駄文をしたためてたわけじゃないぞ。
いや、それは誤解だってば……。マジで……。
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コメント (4)
このユダの話、いちはやく反応してくれたのは、何とっ!
太田哲也さんの奥方であるアツコさんでした。
コメントするよりも早く速攻で電話くれて「私もあれには仰天しちゃった」だって。
どうも周りの人達はこの事件にあまり関心がなかったみたいで、
「いやー、まさか嶋ちゃんが関心持ってるなんて……」と意外そうな口調。
太田家の皆の衆は、どうも俺のことを違う方向に解釈してるようでいかん。
アツコさんなんて、江戸時代の生まれのくせに……。
AOP.サトウさま。
ねえねえ、前から訊こうと思ってたんだけど、“AOP”ってどんな意味なんすか?
パープルってのは確かに日本では古来から高貴な色とされていて、
一般人は身につけることができなかったんですよねぇ。
それに、紫にもいろんな色があって、濃い薄いだけでも雰囲気がガラッと変わっちゃうから、
洋服なんかでもひじょーに着こなしが難しい上級者向けの色ではあります。
今年はパープルとピンクのデュオ・トーンとかが密かに流行ってるみたいだけど。
そういえば昔、学ランの下に薄い紫のハイネックを着てたような記憶が……。
もちろんそれは上品とはまた違う方向の……。
マリコさま。
“知的”というよりどっちかというと“痴的”ですな、俺の場合。
残念ながら自覚症状あり。……けっ。
聖書はねぇ、敬虔なクリスチャンの人達には怒られるかも知れないけど、
単純に“大昔の叙情詩”を読むような感覚で手にとっただけです。
もうほとんど内容は忘れちゃった。
でもヨーロッパの知人達には「あんまり読んだことないよ」な人が多いかも。
カソリックとしての教えを忠実に守って暮らしているというよりも、
その教えが自然に日常生活の中に習慣として根付いてて、
理屈以前に「そうするのが当たり前」みたいに自然に身体が動いてる気もします。
じゃなかったら、明らかにパンクなチンピラ系のにいちゃんが
バスの中でスッと立って婆ちゃんに席を譲るとか、
重くて持ち上げられなくて困ってる人の荷物をスッと持ってあげたりとか、できないっしょ。
なかなか日本では見られない光景ですが、きっとそれは宗教観をベースにする習慣の違いなんでしょうな。
とも様。
あー、その伝言ゲームの話ってオモシロイですねぇ。
マジメに伝えようと思ってすらそうなんだから、
大昔っていう言葉すら物足りないような時代の話がどうかだなんて、
マジで誰にも判らないでしょ(^^)
ただ、謎だからこそ知りたくなるんだよなぁ……ってのが、
最近の俺の気持ちの中にある大切な柱。
好奇心ってものがあるから、毎日が楽しくなるんでしょうね、きっと。
投稿者: ティーポの嶋田でーす! | 2006年4月13日 16:48
日時: 2006年4月13日 16:48
先日の晩、たまたまフジTVのタモリさんの番組を観ていましたら、
その回のテーマが「伝達力」というものだったらしく、
番組内で面白いことをやっていました。
いわゆる伝言ゲームなのですが、
4人一組のチームになってまず一人だけが映像をみて記憶をし
内容を伝えていくといったものでした。
その内容の変化たるやすごいもので、
最後の四人目に伝わるまでに内容がかなり変わっていました。
それこそ在りもしないことが付け加えられたりして・・・。
僅かな時間のなかの、たった4人の伝達ですらそんな状況ですから
それこそもっと経ていく人数や時間によっては内容は変化していくでしょうね。
何が正しくて何が正しくないのか。
真実がどこにあるかなんて、正確には誰にもわからない・・・。
まさに、その通りですね。
投稿者: とも | 2006年4月13日 10:28
日時: 2006年4月13日 10:28
嶋田さんは知的ですね♪
私なんてもうずっと聖書の勉強したいと思っていましたが
全然できていませんm(__)m
私の聖書はボードレールの「悪の華」ですよ(笑)
堀口大學さんが翻訳の(^o^)
最近クリスチャンの知人ができました(^o^)
やっぱ聖書のお勉強しないとダメですね~☆
いつか嶋田さんと飲みたいです♪
投稿者: マリコ | 2006年4月10日 23:05
日時: 2006年4月10日 23:05
エンツォ・のパープルを追って!の記事を見ていたら、パープル(紫)についての知識?を思い出しました!古来、日本でもパープルは、高貴な色!とされていて、位の高い人が身に着ける時にしか使用できなかったそうです!確かに絵を描く方から見ても非常に使うのが難しい色なのです!上手く使えば物凄く上品に仕上がり、一歩間違えると、とてつもなく下品な仕上がりになってしまうのです!そのことを考えると、エンツォ・フェラーリという人は、厳つい容貌の反面、繊細で優れた美術的センスを持つ人物であったのだと思うのです!それでなければ、あの世界遺産的!名車は、産まれなかったのですから!今度、僕も、エンツォのパープルに敬意を表して、パープルでフェラーリの名車描こうかな!
投稿者: AOP.サトウ | 2006年4月10日 21:00
日時: 2006年4月10日 21:00