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2006年06月

2006年06月26日

スカリエッティさんに教えてもらったこと


記念撮影・神村 聖

『エンツォ・フェラーリのパープルを追って』の
原稿を書こうと前の号をパラパラとめくっていて、
俺は“思い出し笑い”ならぬ“思い出し感動”をしてしまった。

あのイタリアの旅は、現地に滞在したといえるのは4日間。
その間に20人近くの人にお話をうかがったわけで、
そうなると当然、朝の8時くらいにホテルを出て
22時過ぎくらいに部屋に戻るまでずっと
移動とインタヴューの繰り返し、というハードな毎日。
それこそ泊まったホテルの周りに何があっただとか、
モデナやマラネロの街並みがどんなだったとか、
それすらも記憶に残らないほどの強行軍だった。
とても「イタリアを見てきた」だなんていえない。

けれど、俺にとっては信じられないほどの体験の連続で、
毎晩デベドボと崩れるようにしてベッドに沈み込みながら、
その日に触れることのできた感動を噛み締めていた。

そのうちのひとつが“神”と会えたことだ。

コーディネーターの野口祐子さんが
何度も連絡を入れてくださったのだけど結局つながらず、
一度は諦めることにしたのだけど、
エンツォ・フェラーリの左腕だったとでもいうべき
カルロ・ベンツィさんのお宅におじゃましたとき、
「ならば近くだから一緒にいってみるかい?」と
アルファ156ワゴンに乗せて連れて行ってくださった。
運良く“神”は在宅をしていた、というわけだ。

セルジオ・スカリエッティさん──。

クルマ好きの人達にはあえて説明する必要もない、
イタリアの宝とすらいえる車体芸術の神である。

250GTO、500モンディアル、TRC、275GTB──。
名前を挙げはじめたら、キリはない。
50年代から60年代にかけての
数多くのフェラーリの溜息の出るような曲線美を、
1枚のアルミ・パネルを叩くことで現実にした芸術家だ。
エンツォは様々なカロッツェリアとつきあいがあったが、
とりわけスカリエッティさんの匠と人柄を愛した。

時にはデザイナーが描いた基本デザインを無視してでも
「君が素敵だと思うクルマを造りなさい」
「本当に造りたいクルマを造りなさい」と叱咤するほど、
エンツォ・フェラーリはスカリエッティさんを認め、
彼の感性と技を大切にしていたようだ。

「もう年だから細かいことは覚えてないんだよ」
といいながらも、スカリエッティさんは、
気さくに、そして穏やかに俺達を受け入れてくださった。

突然の押し掛け、しかも滞在できる時間もごく短くて、
たくさんのことをスカリエッティさんから
うかがうことができたとはいえない。
けれど、俺はものすごく感動していた。
あのセルジオ・スカリエッティさんに会えたということも
お話がとっても興味深い内容だったこともあるけれど、
何にいちばん感動したのかといえば……。

うーむ……。それをどう表現すべきか……。
いったいどんな言葉に変換したらいいんだろか……?
最も近い日本語で表記するとしたら
『らぶらぶ』……?

「自分の記憶に間違いがなければ、僕はたしか、
 1933年に13歳で働き始めた……はず。あっはっは」

ということは、今、スカリエッティさんは80代も半ば。
だが、数年前にロレダーナさんと再婚し、
彼より40歳以上も若い俺が唖然としちゃうほど、
どこからどう見てもアツアツなのだ。
お互いがお互いを自分の大切なエネルギーにして、
互いを慈しむような眼差しで見つめ合ったり笑い合ったり。
奥さんなんて「セルジオはもうリタイアしてるけど、
今もときどき絵を描いたりすると驚くほどの才能なのよ」
と、当たり前のようにノロケてくれるほど。
スカリエッティさんはそういう奥さんを常に眼で追って、
愛しくて愛しくて仕方ない様子。

ということは、それがどういうことかといえば、
人間、70代でも80代でも『らぶらぶ』でいられる、
ということをこのおふたりが証明してくれたわけだ。
心の深いところで愛し合える人と出逢えたなら、
仮に70代で結婚してもいい感じに『らぶらぶ』でいられる、
ということもバッチリと証明してくれてるわけだ。

どこまでもニコやかで1分1秒を楽しんでるような表情の
スカリエッティさん夫妻を見ていたら、
こういう生き方をしたいもんだ……なんて思えてきた。
もう一度くらいなら結婚してもいいかな……
なぁーんて思うようになってきた。
結婚はひとりではするのはムズカシイという問題は残るが、
まぁスカリエッティさんの年齢まで、まだ軽く30年はある。
ふむ。だいじょーぶだいじょーぶ。何とかなるだろう。
──そんなふうに感じて励まされたものだ。

あれから半年ほどが経過した。
うん。まだ軽く29年半近くはある。
だいじょーぶだいじょーぶ。……たぶん。

投稿者 T.Shimada : 23:57 | コメント (9) | トラックバック

2006年06月23日

すでに“懐かし”……のレトロモビル 7

というわけで、しつこく展開してきた
レトロモビル2006の模様も、今回で最終回。
こうして写真を見返してたりすると、また来年も何とかして
行ってきたいなぁ……なんて思っちゃうよなぁ、やっぱり。


投稿者 T.Shimada : 11:49 | コメント (9)

2006年06月22日

すでに“懐かし”……のレトロモビル 6

レトロモビル会場編の第3回。
そろそろ飽きたぞぉ……なんていわないでね。
俺の写真が今イチだってのは嫌ってほど判っちゃってるんだけど、
それでも現地にいかないと見られないものってのもあるもんで。
これで残すところは、あと1回。明日でレトロ編は最終回だからね。


投稿者 T.Shimada : 11:51 | コメント (5)

2006年06月21日

すでに“懐かし”……のレトロモビル 5

時差ボケ、ちっともなおりません。うはは。
眠気は少ないんだけど頭がボ〜ッとしてて全身がだるくて……。
昨日以上に人間として機能できてない状態っぽいぞぉ。
……いや、でももしかしたらこのだるさは時差ボケじゃなくて、
合計16時間近くも延々と飛行機に乗り続けて全身コリコリになっちゃって、
ゆうべ全身こってりマッサージをしてもらいにいったモミカエシのせいかも……。
というわけで(どういうわけだ?)レトロモビル会場編、第2弾。

投稿者 T.Shimada : 19:11 | コメント (5)

2006年06月20日

すでに“懐かし”……のレトロモビル 4

いやー、眠い眠い。
実は昨日の夜にシチリアから帰ってきたばかりの時差ボケで、
今日はそれほど人間として機能してるとは思えない状態。
シチリアはすっごく暑かったから、この寒い季節のパリで開催された
レトロモビルが身体全体で懐かしいことったら……。
そういうわけで、今日からは“会場編”でござる。
ちなみに、そこはかとなく不気味な生き物が写っていたら、
それは心霊写真ではなく田中むねよし画伯だからね。


投稿者 T.Shimada : 18:44 | コメント (4)

2006年06月16日

すでに“懐かし”……のレトロモビル 3

レトロモビル取材ついでの
パリ路上観察編は、今回で最終回。
次回からは、いよいよっ! 本編に突入するでごわす。
レトロモビルの会場編、お楽しみに。

投稿者 T.Shimada : 11:45 | コメント (7)

2006年06月15日

すでに“懐かし”……のレトロモビル 2

昨日に引き続き、パリの路上観察編。
昔はパリの路上ってボロっちい古いクルマが
ウヨウヨ走ってる印象が強かったんだけど、
ここ数年を見る限り、
5年オチとか10年オチくらいのクルマが大半を締めてて、
なにしろディーゼル・エンジン搭載車が多いって感じ。
それにスマートの多いこと多いこと。
ついでにいえば、スポーツカーはほとんど見かけない。
エンスーちゃんの心をチクチク刺激してくれるクルマ、
一生懸命ほっつき歩かないと
なかなか見つからないんだよね。

投稿者 T.Shimada : 11:45 | コメント (8)

2006年06月14日

すでに“懐かし”……のレトロモビル 1

ゆうべのテストは今日から数日間のため。
実は今夜から数日の間、
新型アルファ・スパイダーと159ワゴンに乗りにいくため
東京から離れちゃう。
行く先にネット環境があるかどうか
現時点でまったく判らないから、
ちょっとばかり時限爆弾を仕掛けていこうと考えたわけだ。
この2月に田中むねよし画伯と一緒に
パリで行われたレトロモビルにいったときの記事では
ティーポ本誌では写真が小さかったり、
あるいはコミックスの方ではその上モノクロだったりして、
雰囲気がつかみにくいと何人かの人に指摘されたので、
しばらくの間、そのときの写真を
見ていただくことにしようと思い立ったもんでね。
……といっても、俺が自分で撮った写真だけだから、
そんなに美しいわけでもないんだけどガマンしてね。
誌面で使ったものと使ってないものをゴチャマゼにして、
まずはパリの路上観察編の方からいってみよーっ。

投稿者 T.Shimada : 11:45 | コメント (6)

これはテストです! テストですからねー!

そう。だからこれらの写真に何か重要な意味があるというわけでは全然ない。
うはは。ごめんねぇ。ちょっとばかり新しいことを覚えた(気がする)から、試してみたくなっちゃったのだ。
もちろんこれらの写真は、見れば判るとおりボツ写真。
ここの『随筆』用に撮ってはみたもののとても使い物になるようなシロモンじゃなかったり、
何か理由があって使うのをヤメたりしたものばかり。
それを堂々と陳列するのもどうかと思うけど、日夜こうしてパチパチとデジカメで撮ってみてるわけだ。
ああ、写真、上手くなりたいなぁ。
たとえ犬のうんにょの上に座っちゃうような人でも、まさかっちゃんくらい上手く撮れたらさぞかし気持ちいいだろなぁ。
うん。たとえ1週間に2回目の……。

投稿者 T.Shimada : 02:47 | コメント (6)

2006年06月08日

でかした、小僧どもっ!


そのオッサンは、確かに感じの悪いオヤジだった。

夕食時を僅かに過ぎたファミリーレストランのテーブルに
ひとりで陣取っているのは珍しくないにせよ、
ウエイトレスさんが皿を置いたときにカタンと音がすれば
「客をだいじに思ってない証拠だ」と文句をいい、
近頃ではスタンダードといえる“ドリンクバー”を指して
「客に給仕させるとは失礼だと思わないのか」と罵る。

酔っぱらってるのかなぁ……と思って
こっそり観察していたのだが、そうでもなさそうだ。
ただのヒネた不機嫌そうなオヤジだとしか考えられない。

誰でも「偶然こんなヤツと同じ空間に居合わせちゃって
困ったなぁ……」と思った経験ってのがあるだろうが、
つまりはそういう“困ったちゃん”のひとりである。

オッサンのひとつおいた席で、
チューガクセーまたはコーコーセーと思われる
4人組のグループが夕食を食べていた。
見てくれはどっちかといえばヤンチャ系だが、
別に大声で騒ぐわけでも喫煙しているわけでもない。
時計の針だって21時をちょいと回ったくらいの時間、
そう目くじらを立てるほどのことだとも思えない。

だが、オッサンはいきなりそっちを向いて、
こんなふうに言い放った。

「おい。ヒトがメシ喰ってるときに、
 ピーチクパーチクうるさいんだよ」

おいおい。うるさいのはオッサンのほうだぞ。
それもさることながら、平成も18年になった世の中に
「ピーチクパーチク」っていう表現はどうよ……?
──と思ったのだが、少年達は大人よりもオトナだった。
即座にひとこと「すみません」と謝って、
また元通り仲間内で楽しそうにおしゃべりを再開したのだ。
もちろん、大声を出すことなんて一度もなく。

その冷静な態度が気にくわなかったのか、
オッサンはなおもブツブツひとりごとを繰り返し、
ときどき少年達に文句をいい放ってた。

「だいたいキミ達はなぜ子供だけでここにいるんだ?」

少年達は聞こえないふり。

「キミ達の親はいったいどういう教育をしてるんだ?」

またもやスカッと無視。

何度かそれが繰り返された後、少年達のひとりが
スッと立って、トイレに向かっていった。
およそ30秒後、オッサンが後を追うようにスッと立って、
どことなく憎々しげな表情を浮かべながら、
やはりトイレの方に向かっていく。

俺と一緒にメシを喰ってた友達はいいヤツとはいえないが、
ときどき正義漢に変身する熱血漢。
ヤツは「やべーんじゃねーの?」といいながら、
即座に席を立って後を追っていく。
ファミリーレストランのフロアにそこはかとなく漂う、
うすらボンヤリとした緊張感。

そして待つこと1分と少々──。
まずは少年が、何事もなかったように戻ってくる。
続いて俺の友達が、ちょっとニヤニヤしながら戻ってくる。

「何事もなかった?」
「ああ。何も。オッサン、個室だし」

オッサンはフロアに戻ってくると、ドリンクバーに向かい、
「自分でつがなきゃならないなんて……」とブツブツ。
席についたらついたで、何やらブツブツ。
何がおもしろくないのか俺達にはサッパリ解らないのだが、
とにかく目につく総てがおもしろくない模様。

少年達はそのオッサンを尻目に、帰り支度をはじめた。
「きっちりワリカンな」なんていいながら、
財布を取り出してジャラジャラと小銭を積み上げてる。

俺と友達はどことなく懐かしさに浸ってボ〜ッと見てたが、
オッサンは違ったようだ。再び悪態をついたのだ。

「親の金で何がワリカンだ。それとも盗んだ金か?
 冗談じゃないよ。まったく。ほんとに」

それを聞いて、ついに少年達のひとりがキレたようだ。
つかつかとオッサンの席に歩み寄ると、
全フロアに響くような声でこう怒鳴ったのだ。

「おい、オッサンよぉ、いい加減にしろよコノヤロー。
 弱いモノいじめがイヤだからおとなしくしてたのに、
 つけあがるんじゃねーよ。いいてーこといいやがって。
 バイトした金でメシ喰ってんのに何の文句があんだよ?」
「いや、私はそういうつも……」
「そーゆーつもりもこーゆーつもりも関係ねーよ。
 だいたい、さっきまでウンコしてたヤツに
 文句いわれるスジアイなんかねーんだよ」
「わわわ私はしてない! 私は……」
「個室に入ってただろ、てめぇ。このウンコおやじ」
「こっ個室に入ったのはたっ確かだが、それは……」
「ウンコに決まってんだろ、ウンコおやじ」
「わっ……私は……」
「ウンコおやじ、てめぇ、一生ウンコだけしてろ」

そう言い放つと、彼らはニヤニヤ笑いながら背中を向けて、
「わっ……私は……」と繰り返すオッサンを残して
スタスタとレジに向かっていった。

小僧ども、そりゃあんまりだろ。あまりにもあんまりだ。
あんまりだとは思うが、俺は断固としてキミ達を支持する。

投稿者 T.Shimada : 18:57 | コメント (17)

2006年06月07日

次の週末のお楽しみは……コレ!


この週末に映画を見にいこうと考えてる人の多くは、
『ダ・ヴィンチ・コード』を目当てにしてるのかも。
……うむ。悪くないアイデアだ。

確かに俺もダン・ブラウン氏の本は
『ダ・ヴィンチ・コード』の前の『天使と悪魔』が
翻訳版として発売されて以来、ほぼ全部読んでる。
キリスト教世界に関する記述に関しては
世界的に大きな物議を醸し出してるようだが、
そんな大昔のことを証明するのは余程のことがない限り
不可能に近いと思うから横に置いておくとして、
読み物として捉えると確かに『天使と悪魔』も
『ダ・ヴィンチ・コード』も圧巻といえるくらい面白い。
その面白さをどこまで伝えてくれるのか、
あるいは小説を読んだ時点では想像するしかなかった
場所だとか世界観だとかがどんな映像になっているのか、
とっても興味深い。俺自身も観に行きたいとは思ってる。

でもね、この週末、クルマ好きなら見逃しちゃダメでしょ!
といいたくなる映画があることも忘れちゃいけない。
まずは最初にこっちを観たら? といいたいくらいだ。

トランスポーター2』である。

ティーポ本誌でもちょろっと紹介したけれど、
実はその試写会に招待してもらって観てきてるのだ。
なぜ俺ごときが招待していただけたのかといえば、
その試写会の主催がアウディ・ジャパンだったからである。
そう、前回はBMWの7シリーズだった影の主役だが、
今回激しい走りを見せてくれるのは、アウディのA8、
しかも12気筒モデルの『A8-6.0クワトロ』なのだ。

──おーそーだそーだ。
『トランスポーター』そのものを知らない人のために、
簡単に説明しておかにゃなるまいね。

『トランスポーター』というのは2002年に公開された、
かのリュック・ベッソンがプロデュースして
大ヒットしたアクション系ムーヴィ。
「契約厳守」「名前は聞かない」「依頼品は開けない」
自ら課したその3つのルールを厳守して、
ワケありのブツをクライアントの依頼どおりに届ける
プロの運び屋のストーリーである。

その運び屋を演じるジェイスン・ステイサムは、
俺も髪がなくなってきたらこんなふうなハゲになりたい、
と憧れめいた気持ちを持っちゃうほどカッコイイ。
冷静だけど冷酷ではなく、寡黙だけど根暗ではない、
実に男らしい優しさが滲み出たハマリ役だと思う。
ちなみに今回のヒロインとなるアンバー・ヴァレッタ。
俺はこの映画の中での彼女の雰囲気がとっても好きだ。
なぜかといえば……と思ったけど、
そんなこと誰も聞きたくないだろうから、まぁいーや。
ヒロインとそのお子ちゃまと運び屋の間に流れている
友情や愛情には心が温かくなる、とだけいっておこうね。

で、話を本題に戻すとすると、『トランスポーター』は
同じベッソン作の『TAXI』ほど荒唐無稽じゃないけれど、
同様のベクトルにある作品であることに間違いはない。
今回の第2作目も、そのスピード感や
リアルなクルマの動きにこだわったカー・アクションが
最大のキモであるといっても誰にも責められないだろう。

この作品の中で主人公の駆るクルマが、
漆黒のアウディA8-6.0クワトロなのである。
そりゃ12気筒で450PS/59.1kg-mなんだから
速いことは判ってる。
俺も過去に試乗させていただいたことはあるが、
こりゃもう向かうところ敵なしだろうとすら思えたもんだ。

……がっ!

俺にはとてもじゃないけど、このクルマをこんなふうに
振り回す度胸もなければスキルもない。
このクラスとしてはかなり軽量だとはいえ2トン、
しかも全長5m、全幅1.9mのボディである。
にも関わらずそのアウディA8は、
スクリーンの中のギョッとするような場所であっても、
観てるこっちがクチをあんぐり開けちゃうような
すさまじいアクションを繰り広げてくれるのだ。
頭の中も気分も見事にスカッとしちゃうほど爽快に。

んーでもってクルマ好きとしては
「おー。クワトロ・システムってこんなふうに
4輪ドリフトしていくわけかっ!」ってな具合に
感嘆符つきで喜んじゃうほど、
リアルな動きを余すところなく伝えてくれる。

この映画で好きになったアンバー・ヴァレッタの愛車が
A3スポーツバックだったりするし、
主人公のジェイスン・ステイサムがランボルギーニの
ムルシエラゴ・ロードスターで
ヘリコプターとバトルを繰り広げるシーンもあるが、
「A8-6.0クワトロって、乗る人が乗れば
こんなふうな走りにも楽勝で応えてくれるのかぁ……」
ということばかりが強く記憶に残ったほどだった。

奥さんや彼女やお子ちゃまと一緒に観に行っても、
一緒にスッキリした気分になって帰ってこられると思う。
これ、絶対に見逃しちゃダメだよ。

投稿者 T.Shimada : 20:07 | コメント (4)

2006年06月05日

シコシコシコシコ……の結果

↑使用前 / ↓使用後

100円ライターが20個も貯まってしまった。

煙草嫌いにとっては聞いちゃいられない話だろうが、
好んで煙草を吸う人間として汚い吸い方はしたくないし、
できればカッコ悪い吸い方もしたくない。
威張って声高に宣言するほどのことでもないけれど、
吸い殻のポイ捨てしないし、道具にもこだわりたい。

デザイン性というモノを思い切り無視してまで
脅し文句を刻んだパッケージの存在を認めたくないし、
着火するときにはいい気分になれるライターを使いたい。
なので、開封したら速攻で醜いパッケージは捨てて
金属製のシガレットケースにていねいに入れて持ち歩くし、
ライターもカタチが気に入ったり着火音が気に入ったり
握った感じが気に入ったりするモノを、
その日の気分で選んでから出掛けている。

なのになぜ、100円ライターが集まるのか──?

いうまでもない。忘れて出掛けることがあるからだ。
出先で100円ライターを買っても戻れば使いたくないから、
ポイッと引き出しとかに投げ入れる→貯まる、である。
そのくせ気に入ったライターを触ってると、
たまに無性に手入れをしたくなったりもする。
俺に買われた100円ライターは可哀想だとも感じるが、
運命だと思って諦めてもらうしかない。

というわけで、俺はつい先日、ジッポの表面が
細かな傷などで曇っていることに気がついて、
ちょっと前にホビダスショッピングで手に入れた
『エターナル』というブツを使ってみることにした。

とある偏執狂ともいえるほどの磨きマニアの友人が
「こいつはスゲー!」と大絶賛をしていたモノで、
ヤツはコイツを使ってあらゆるモノを磨いてみたらしい。
NA型ロードスターのボディの塗面を磨いたら
ザクッと入った傷はさすがに無理にしても
小傷はなくなって光沢がキッチリと戻ったし、
ソフトトップのビニール・ウインドーも
くもりが綺麗サッパリなくなって視界が実に良好、
樹脂パーツにも金属パーツにも効果バッチリだったから、
試しにキッチンのシンクに使ってみたらピカピカになって
オモシロイから電気ギターを磨いてみたらツヤツヤで、
「今いちばん熱い“磨き剤”だ」と威張っていた。
……自分が開発したわけでもあるまいに。

そんなわけで使ってみたのだけど、それがどうかといえば、
結論からいうと写真のとーりピカピカのツヤツヤ。

白濁した液体を布に湿らせてシコシコと磨くわけだが、
それは当然といえば当然のことだけど手間はかかる。
けれどシコシコシコシコ……とやってるうちに、
ちょっとずつなのだけど確実にキレイになっていく。
くもりは一発でなくなり小傷も次第に消えて、
中古のジッポがキラキラとした輝きを取り戻していく。
手触りも驚くほど滑らかになってきた。
使用前の写真から使用後の写真までの間は約40分。
とってもアナログな作業ではあるけれど、
ササッと塗りたくっただけでギラギラするような
その場しのぎの光沢を得るタイプのケミカル剤とは違って、
元々持っていた輝きを徐々に取り戻していく過程も楽しい

んー。これはスゴイかも……。

そう思った俺は、次には愛機PowerBook G4の
ボディ本体を磨いてみることにした。
2年近くも毎日毎日かわいそうなくらい酷使してるから、
おだやかに扱ってるつもりでも
アルミのボディにはそれこそ無数の傷が刻まれている。

今度はシコシコと20分くらい、表面を拭き続けてみた。
確かに深めの傷を完全に消し去ることはできなかったけど、
それでもずいぶんと浅く目立たなくなったし、
それ以外の小傷はまったくといっていいほどなくなって、
ほとんど新品みたいになっちゃったから驚いた。

ちょっとばかり調べてみると、
エターナルは一般的なコンパウンドとは違って、
配合されてる研磨剤の粒子が異様に細かいナノ・サイズ。
確か1ナノ・メートルは10億分の1メートルだから、
……0.000001mmだったっけ?
それくらい細かなファインセラミックで磨くわけだから
効果を得るには時間も手間もかかるわけだが、
逆にそこまで細かいからこそ
金属の表面や塗装自体を闇雲に傷めることもないわけだ。
しかも、塗装の有無に関わらず金属はもちろんのこと、
ガラスやアクリル、プラスチック、樹脂などなど
あらゆる部分に使えるらしいから、
クルマならこれ1本で大抵の箇所を磨けるし、
いうまでもなく家庭のアレコレにだって
何の問題もなく転用できるってわけだ。

というわけで、とっても効果的だってことが判ったので、
次の週末に友達に会うときに試しに使わようかと思ってる。
最近ボンネットのツヤが……と悩んでいたから、
まずはボンネットを一緒に磨いて驚かせてやってから
そのままエターナルごと帰ってきてしまおう。

ボンネットだけピカピカになった赤いZX。
きっと見るからにオカシイに違いない。くっくっくっ。

投稿者 T.Shimada : 19:34 | コメント (10)

2006年06月02日

ちょっとビックリした話


フェラーリとマセラティの日本総代理店である
コーンズ・アンド・カンパニー・リミテッド
発表会にいってきた。
今年はコーンズがフェラーリの輸入を開始して30周年。
それを記念した612スカリエッティをベースにする
特別なモデルをフェラーリが組み上げて、
20台のみの限定で販売されることになった。
そのスカリエッティ・アニバーサリーのお披露目である。

このアニバーサリー・モデルの内容の充実ぶりは
ホビダスオートのニュースに詳しいので
俺がここでわざわざいっても意味なしなのだろうが、
そのボディの色合い、内装のコーディネイト、
ディテールの凝り方、HGTCの標準装備など、
さり気なさを装いながらもよく見ると特別なとこだらけ、
といういかにも大人っぽい仕様になっている。

612スカリエッティはフェラーリのラインナップの中で、
いうまでもなく最もラグジュアリー色が強い
グランツーリスモ的なテイストを持つ2+2クーペ。
こうしたクルマとしては後席の居心地は悪くなく
大人2人が楽々座れるといっていいほどだから
4シーター・フェラーリと呼びたいくらいだが、
そうした歴代跳ね馬トップといえる快適性の代償として
身軽な運動性能を置き忘れたような印象もあった。

ところがHGTC(=ハンドリングGTC)パッケージという
セット・オプションを選べるようになり、
先月それを組み込んだスカリエッティに試乗したのだが、
これがまた別のクルマかと思うくらい素晴らしかった。
この6日に発売となるティーポ本誌の試乗記でも
俺はベタ誉めにホメちぎってるわけだが、
HGTCという武器を得たことで612スカリエッティは
柔らかいグランツーリスモの貌と
シャープなスポーツカーの貌のどちらをも、
見事に使い分けられるようになったわけだ。

……という話を、アニバーサリー・モデルを前に、
俺はHGTC付きをまだ試乗してない同業の知人に
自分が偉いわけでも何でもないのに自慢気に話してた。
さすがにフェラーリの発表会だけあって、
“好き者”代表みたいな同業の人達が
ごちゃまんと溢れ返っていたのである。
すると、いきなり、間延びしたこんな声が聞こえてきた。

「あれ? これってどこでシフト・チェンジするの?」

アニバーサリーはF1マティックのみの設定である。
ということは、当然ステアリングの裏側にある
パドルを指で引いてシフトを変えるわけだ。
見れば、新聞記者になりたてホヤホヤといった感じの
ピカピカのスーツ姿の若い男が車室を覗き込んでいる。

「あー、わかったわかった。あの小さなレバーかぁ。
こんな小さくてシフト・チェンジできるなんて、
さすがはフェラーリだなぁ。すごいすごい。
いや、待てよ。こんなに小さかったら危なくないか?
だけど、フェラーリだからなぁ。
うんうん。フェラーリだから大丈夫なんだね、きっと。
すごいなぁ、うんうん。さすがはフェラーリだ」

冗談かと思ったら、彼はスッパリと真顔である。
いや、それはリバースに入れるための……と
マジメに教えてしんぜようかとしたのだけど、
彼はひとしきり「うんうん」と納得してたかと思ったら、
唖然としたり呆然としたりして言葉を失っている俺達を
全く意識することなく置き去りにして、
クルッと振り返ってスタスタといってしまった。

「知らない」ということが100%悪いというつもりはない。
が、取材に来るなら基礎知識くらいは仕入れとけっつーの。
いくら何でも……おもしろすぎるじゃねーか。
540PSの凄まじいとしかいいようのないパワーを、
小指の先ほどのシフト・レバーを駆使して
路面に伝達しながら300km/hオーバーで疾走する跳ね馬。
うははははははは。ありえねぇー。くっくっくっ。

……っていうか、頼むから
ひとりごとは小さな声でどーぞ。

投稿者 T.Shimada : 19:37 | コメント (11)



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