| 「ちょっと待ってください。今、地図を見ますから」
どうやら電話のあっち側では地図すら見てなかったようだ。
ガサゴソ……ゴニョゴニョ……。今度は5分が過ぎた。
「やっぱりその道しかないんですけど……」
「そんなことないでしょ。道は普通つながってるんだから。
それとも店の前にはクルマ走ってないの?」
「普通に走ってますけど。……ちょっと待ってください」
そんな具合に「ちょっと待て」が計11回、
待たされた時間は合計にして26分。
その間クルマの中で会話もなくケータイを耳にあてたまま。
途中で別の店員さんに電話の相手が換わったが、
状況は全く変わらない。挙げ句の果てに──。
「ここにいる誰もクルマで来たことがないんで……。
ほんと、駅からすぐなんですけどねぇ……」
俺はその瞬間にキレた。
こりゃイカン……と思うか思わないかのうちにキレた。
もしかしたらイカンとは思わなかったかも知れない。
「おい。いったいなに考えてるんだコノヤロー。
揃いも揃って客を呼んでナンボの商売なのに
自分のいる店までの道すらまともに説明できねーのか?
待て待てって、いつまで待ちゃーいいんだ?
ずっと待たせてりゃしっかり教えられるってのか?
10分も20分も待たせて何も進展しねー頭で、
いつまでたっても判るはずなんかねーだろーが。
待たせてる間に誰か判りそうなヤツに連絡して訊くとか、
考えなしに待たせてばっかりいねーで
こっちの電話番号訊いて折り返しかけ直すとか、
そういうこと思いつかねぇーのか? おまえはコドモか?
っていうか、その前にスミマセンとかゴメンナサイとか、
そういう言葉は出てこねーのか? コドモ以下だろうが。
だいたい待たせるだけ待たせて“実は近い”って?
近いんだったらとっとと迎えにきて店まで案内するとか、
あ、そーだ、おまえ今からこっちに来い。
5000円札で支払うから商品とツリを持って、
今すぐここに来い。早く来い。すぐに来い。走って来い。
10分だぁ? ふざけんな。そんなに待てるか。
近いんだろ? 3分で来い。ほら、早くそこを出ろ」
通行人が迂回して通るくらいだから怒鳴っていたのだろう。
俺はこうなると言葉が汚い。……もうムチャクチャである。
──そして待つこと5分。黄色い袋を持った男が、
こわばった顔をして、恐る恐る近づいてきた。
ハタチ前くらいの、ごく普通の、線の細い若者である。
「すいませんでした……すいません……」
俺は極悪非道な物言いをしたことを、少し後悔していた。
自分のダメさにまた直面して、落胆していた。
電話だと表情まで見えないわけで、彼達は彼達なりに
戸惑ったり困ったりして、慌ててたのかも知れないし……。
ショックだったろうな、この子。顔色青いもん……。
「もういいですよ。こうして来てくれたわけだし。
でもあんなふうだったら俺じゃなくても怒りますよ普通。
いや、まぁ……ちょっと言い過ぎたけど……」
彼は黄色い袋に入れたDVDらしきものを差し出してくる。
俺はサイフから5000円札を出して、手渡そうとした。
「あっいや。代金の方は結構です。迷惑料ってことで……」
俺がおとなしくなったからか、ケロッとして軽くいう。
今度はちゃんと「イカン!」と思ったのだが、
俺はついつい……もうひとキレしてしまった。
「あのなぁ、おまえら、いい加減にしろよ。
それじゃまるで俺がキョーカツしてるみてーじゃねーか。
迷惑料だと? 俺がいつタダにしろっていった?
ツリを持ってこいっていっただろ?
それとも俺はクレーマーか? おい、答えてみろよ」
……ここまで来たらクレーマー以下である。
「乗れ。店まで案内しろ。ちゃんと着くまで案内して、
着いたら速攻でツリを持ってこい。……早く乗れって」
俺はクルマを走らせてるうちに落ち着きを取り戻し、
君達の何がどうダメかを静かに具体的に説明しつつ、
結局回り道を強いられながらも意外や呆気なく店に到着し、
ツリを持ってきてもらって、とっととその場を後にした。
……ウンウン頷いてたけど判ってくれたんだろうか本当に。
客の正しいあしらい方も言葉遣いも知らない馬鹿者──。
だが、こっちも客としての正しい振るまいと
人としての礼節を知らない馬鹿者だった。
どっちもどっち──。ただただ反省。自己嫌悪。
交差点で助手席に放った黄色い袋を何気なく手にとった。
何やら文字が透けて見える。DVDのタイトルだろう。
……ん? ぬぉーーーっ! こっ……これはっ……!!
『となりのトトロ』。
い……や、作品自体は素晴らしいと思う。名作だと思う。
だが、あの現代の若者にこんなふうに思われてるとしたら、
それはオトナとしてヒジョーにバツが悪い。
「あのおっさん、偉そうにカッコつけて怒鳴ってたくせに、
アニメだぜアニメ。しかも『トトロ』。ぷぷぷっ」
いろんな意味で、なかったことにしたい1日──。
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