| 鼻の中の奥の方におできらしきものができたようで、痛い。
んなもん気にしなきゃいいじゃん……とは思うものの、
脳ミソに近い場所にあるせいかジンジンジンジン……と
常に自己主張をしてるのが感じられて、痛い。
鼻の付け根を拳でこする癖をすれば悲鳴をあげ、
左の鼻だけ塞がったようなモッサリした感覚には馴染めず、
仕事の合間にこっそりをハナクソをほじることもできず、
きっとイライラした気分だったろうことは否定しない。
インターネットで配信されてきたあるニュースを読んで、
俺はさらに不機嫌になった。
ちょっと前に話題になった出来事を思い出して、
またそのときの憤りが蘇ってきたのだ。
今日のニュースは、こんな内容だった。
『冥王星、来春以降中高教科書から除外される』
この夏、皆さんも御存知のとおり
「スイキンチカモクドッテンカイメー」の
“メー”である冥王星は、惑星ではなくなった。
なくなっちゃったわけだから、
ニッポンの書物の中で最も便利だけど
最も画一的で最も融通が利いてない存在といえる
学校の教科書の中の、“惑星”のくくりから
スカッと外されるのは仕方ないことだとは思う。
ニッポンという国の教育は、学問じゃない。
幼い子供達が無限の可能性をもってして
無意識に満たそうとする純粋な好奇心だとか
探求心のようなものを駆り立てるのではなく、
“いいガッコ”に入るための教育に使う教科書。
まぁ、そんなもんだろうとも思う。
大切なお受験のために必要なのは
本質を考えたり何かに思いを馳せたりではなく、
ひたすら暗記することが正義なのだから、
このことについて論じたって意味はない。
ただ、俺は無性に腹立たしく感じた出来事を
思い出しちゃったのだ。
「冥王星、惑星失格」
「冥王星、降格」
「冥王星、惑星から格下げに」
その出来事を報じた、いくつかの新聞の見出しである。
……失格? ……降格? ……格下げ?
この見出しをつけたヤツらは神なのか、そうでなければ、
天文学的に果てしないあんぽんたんであるに違いない。
……失格? ……降格? ……格下げ?
どこをどう叩けばそういう思い上がった言葉を選べるのか、
不思議でたまらない。
そもそも“惑星”なんぞというくくりは、
人間が天体を考えるときの利便性を高めるために
勝手に定義した概念であって、
最初から大宇宙に存在していたわけじゃない。
人類の歴史など、たかだか数千年。
ひとりの人間がヒトとして生きていられる時間なんて、
ほんの100年がいいところである。
対して大宇宙は数十億年か数百億年か──。
大空の遙か彼方に散らばっている多くの星々は、
今この地球の上に立っている総ての人間が
オギャー! と生まれたときより遙か昔から、
超然として存在していたのである。
なのに……失格? ……降格? ……格下げ?
250年近くをかけて太陽の周りを1周するといわれる
冥王星の公転周期の半分すらも生きてないヤツが、
人間が勝手につくった枠組みに当てはめて……失格だって?
つけあがるのもいいかげんにしろよ、馬鹿──といいたい。
同じ人間として、同じようにモノを書いて暮らす者として、
とっても恥ずかしく感じている。
穴があったら埋めてやりたいくらいだ。
確かに人類は努力に努力を重ねて科学を発展させ、
様々な不思議を解明したり色々なモノを発明したりして
今日に至っている。それは充分に敬うに値することだ。
だが、果たして人間は万能なのか?
宇宙の支配者ヅラをして星々の格付けを決められるほどの
大いなる資格を持っているのか?
科学の分野で日夜仕事をしている友人によれば、
解明されていることよりも解明されてないことのほうが、
比較するまでもなく圧倒的に多いのだという。
人類は何もかも判っているようでいて、
実はほとんど何も判っていないのだ……と。
ならばなおさら、
奥ゆかしさの欠片くらいは持たなくちゃ。
惑星と呼ばれなくなった冥王星は、
それでも太陽から約59億キロ離れた遙か彼方で、
きっと飄々と自分自身の悠久な時間を刻んでいる。
俺はその光景にぼんやりと思いを馳せながら、
こうして琥珀色の酒にだらしなく酔っぱらってる。
とてもかっこいいこととはいえないし、
明日になってここを見たら後悔するかも知れないけど、
それでいいんじゃないか? ……と思うのだ。
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