何やら公共の乗り物の座席らしきモノの下に、
どう見ても動物のモノらしき骨が転がっている。
さほどグロテスクでもないくせに、
妙に人目を引くインパクトのあるポスター。
そこに書かれているメッセージは、わずか3行。
『人類は3万5000年前からゴミの捨て方を知っている』
というような内容だ(……らしい)。
まぁあえて意訳するなら“文明の浅かった原始人ですら
ゴミ捨て場を決めてそこに捨ててたんだから、
あんたもゴミをその辺にポイポイと捨てるんじゃないよ”
というようなメッセージだ。
これはパリ市内を縦横無尽に縫っているメトロとバス、
それにRER(郊外線)やトラム(路面電車)といった
パリ市内の重要な交通機関を運営してる RATP (公団)の
車内貼りポスター。バスに乗ってるときに「おっ!?」と、
思わずデジカメを取り出してパチリとやったものだ。
そう、俺はそのとき、このポスターを見て、
しげしげと考え込んじゃったのである。
考え込んじゃったのはあんたの勝手だけど、
いったいぜんたいめでたい新年1発目がどうして骨?
もしかして新年早々ケンタッキーが食べたい?
あ。わかった。これって新型のイヤガラセだな?
なぁーんて思ってる人もたくさんいるだろうなぁ
……とは思うのだけど、そのどれもがハズレ。
実はコレ、俺の2007年の目標なのだよ。マジメにね。
……いや。違うってば。そうじゃないよ。
骨になるのが“今年の目標”なわけないでしょーに。
ちゃんとゴミを捨てられる大人になりたいってのもハズレ。
捨てられるわい。んなもの。ちゃんと。
骨のある男になりたいってのもバツ。
だってあるもん骨。24回も骨折してるくらい。
そういうことじゃなくてさ、このポスターってね、
どう見たってそんなに多くの予算はかけてないわけだよ。
なのに、インパクトは結構強烈だし、
意図するメッセージもしっかりと伝わってくる。
すげーなぁ……と素直に感服せざるを得ない作品なのだ。
んーで、俺は考え込んじゃったのだよ。
とりわけフランスでそう感じることが多いのだけど、
街角のポスターだとか雑誌の広告だとかの類を眺めてて、
ハッとさせられたりニヤニヤもしくは苦笑いさせられたり、
あるいは妙に戒められたり学ばされた気分になったり、
愚考に走ったり思惟にはめ込まれたり……。
つまり“こころ”がハッキリと動かされちゃうのだ。
フランスの広告系は一部の高級ブランド方面を除けば、
大抵の場合は“超”がつくくらいの低予算制作。
どこかの国と違って有名なタレントの起用も限られて、
それどころかモデルの起用すらない場合も多い。
なのに、やたらと“こころ”に引っかかるのだ。
ヤツらはどこで勝負してるのかといえば、
ほとんど“アイデア”1本である。
視覚を上手く刺激する色遣いだったり模様遣いだったり、
ドキッとするような1発のインパクトだったり、
絵ヅラとコピーと商品の驚くようなギャップだったり、
視覚と頭脳を駆使して初めて判る謎かけ的仕掛けだったり、
逆に唖然としてのけぞるほどの剛速球的直球勝負だったり、
──とそりゃもう多岐にわたってるのだけど、
とにもかくにも日本の一般的な感覚からすれば
時として「あんびりばぼー!」と驚嘆しちゃうほど、
ありとあらゆるアイデアに満ち溢れてる。
だから、おもしろい。
だから、見ていて飽きない。
重要なのは予算が豊富だとか乏しいとかじゃなくて、
どう頭を使ってどう作るか、ということなのだな。
フランスの若い女の子が身なりにお金をかけられないのに
やたらとお洒落に見えるのと一緒なのである。
つまり『金がないなら頭を使え』ってこと。
いや、何も予算なんてたいして必要ないでーす!
と調子のいいことをいうつもりはさらさらないので、
そこんところ誤解しないでくださいね、シャチョー。
それはキッチリ使わせてもらいます。あるだけ。有効に。
ただ、「△◇だから◎□できない」ってなふうに
いきなり否定から入るんじゃなく、
そんなふうにロクに考えもしないうちに諦めちゃわないで、
あるいは否定する理由を探すんじゃなくて、
脳ミソを絞りに絞ってよーく考えべーさ……ってこと。
そもそも、きっとモノを創っていくうえでは、
考え抜いて工夫をして頭と感覚に仕事をさせて……って、
そっちのほうが遙かに楽しいに違いない。うん。絶対。
基本的には枕の上に乗せたり豆腐の角にぶつけるために
存在してるといわれて続けて数十年の俺の頭だが、
そういうわけで2007年のテーマは決まった。
このテーマに沿って、今年はティーポや新しい挑戦等々、
アレやコレやと皆さんに楽しんでいただくつもりだ。
宣誓:『脳ミソいつでもゾーキン絞り 2007』。
ん? ちょっとばっちい? 頭わるそう? ……まぁいーや。
今年もどうか……見捨てないでくださいね。
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