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2007年3月

2007年3月23日

パパのキモチ──



いやー、おかげさまで、本当におかげさまで、
ジャーマン・ティーポ』の1発目を、
3月16日、無事に世に出すことができた。
ティーポ本誌やこのWeb以外では
ほとんどといっていいくらい告知をしてないので、
まだまだこの雑誌の存在を知らない人も多いと思うが、
その一方で早くも感想をくださった方も多数いる。
これはもう本当に幸せなことだなぁと心から思う。
幸先いいなぁ……。どうもありがとう。

んーで、もうひとつ同じ日に発売になったモノがあるので、
紹介しておくことにしような。

さて、写真の美女を御覧あれ。
去年の『ティーポ・オーバーヒート・ミーティング』とか
この週末に第2回めが開催となる
タイムマシーン・フェスティバル』といった
イベントに来てくれた人は、ちゃーんと覚えてるよね?

そう。小林香織さん。今の日本で最も注目されている、
ブレイク真っ最中のサックス・プレイヤーだ。
彼女は2006年の全てのネコ・パブリッシング主催の
サーキット・イベントでミニ生ライヴを展開してくれたり、
何かと俺達とは縁のある人だったりする。

『ジャーマン・ティーポ』と同じ日に発売されたのは、
彼女の3枚目のアルバム、『 Glow 』なのである。

オリジナル8曲、カバー2曲が収められたこのアルバムは、
いかにも彼女らしい、ジャズというほどには重くなく、
といってポップスっぽいかといえば
そんな軽佻浮薄な軽々しさがあるわけでもない、
聴いてるうちに心が足踏みでリズムをとりはじめるような、
気分がスッキリ明るく軽快になるようなサウンド、
……といえばいいのかな?
クルマで走ってるときにずっと流しててもいいなぁ、
と思えるようなフュージョン・アルバムである。
『パッシング・レーン』ってタイトルの
思わずスロットルを開けちゃいそうな曲もあるから、
速度違反にはちょっと注意しないといけないけど、
「ああ、気持ちいい」なドライビング・ミュージックが
欲しいなぁ……と思ってる人だとか、
今ちょっと元気がでないんだよなぁ……という人に、
俺としては思い切りオススメしたいアルバム。

「ジャズ界のアイドル」といわれることもある彼女だけど、
誤解されること承知でいうなら、とんでもない話である。
アイドルごときがこんなサウンドを放つことなんて、
とてもじゃないけどできっこない。
この音のチカラ強さや繊細さは、
プロフェッショナル以外のナニモノでもないと思う。

そもそもどーしてそういう人とティーポが……?
と疑問に感じる人もいるんじゃないかと思うけど、
彼女を俺達に紹介してくれたのは、実は彼女のパパ。
そのいきさつだとか細かい話については
去年のこっちのブログを参照して欲しいのだが、
そう、彼女のパパは著名なクルマとモータースポーツの
フォトグラファー、小林 稔さんその人なのである。

俺達のギョーカイで“絶対に怒らせてはならない人”
のひとりといえる小林パパではあるが、
娘を前にするとメロメロになるひとりの優しいパパ。
本当に目の中に入れたらきっとかなり痛いと思うが、
まさしく目の中に入れても痛くないようなデレデレぶりだ。
今回のアルバムに使われている写真は全部パパの撮影。
やっぱりムスメの一番いい表情を知ってるよなぁ。
温かで穏やかな愛情がじわっと感じられて、
見てるこっちが嬉しくなるほどだ。

なのに社会的に見たら立派なダメ人間ばかりの
このギョーカイの男どもに娘を引き合わせるというのは
ちょっと解せないところだが、
もう何度となく顔を合わせてるのだから
マネージャーさんや本人が連絡してきてくれても
全然オッケだと思うのだけど、今回も「新譜が……」と
連絡をくれたのは、やっぱり小林パパだった。

まぁパパが連絡をくれたところでサウンドが今イチなら
こんなふうに紹介することはできないのだけど、
でも、小林ムスメよ、よぉーく考えてみるのだぞぉ。
あなたのパパは存在してるだけで仕事になっちゃうほどの、
この世界の重鎮とすらいえる人。
しかもムスメはプロとして、もう立派に独り立ちしてる。
なのに『親バカ』承知で「実は娘が……」ってのは、
なかなかできないスゴイことなんだぞぉ。

だからパパの照れくさそうでいてとても穏やかな笑みに
どんな気持ちが隠れているのか、そこに想いを馳せてみて。
んーで、次のアルバムあたりに
パパをテーマにした曲をつくって入れて欲しいんだなぁ。

……ん? いやいや、ちがうちがう。
今でも羨ましくなるくらいのパパとムスメの間柄、
ムスメもパパ大好きなんだって見てれば嫌でも判るけど、
ただ……ただね……ふっ……ふっふっふっ……ふはははは。
俺としてはパパがもっと照れくさそうにデレデレしたり
感激のあまり涙したりする姿を見たいのだよ。

ほら、珍しいモノって見てみたいじゃん? くっくっくっ。

2007年3月13日

アストン・マーティン F1 チーム!


もう御存知の方もたくさんいらっしゃるだろうけど、
あのアストン・マーティンが
フォードの手を離れることになった。

去年の8月にアストン売却の方針が明らかにされて以来、
あの伝統的な英国製スポーツカーの魂を
いったいどこの自動車メーカーが受け継ぐのだろうと
世界中のファンがやきもきしていたはず。

だが、そのアストンを手中に収めたのは、
自動車メーカーではなかった。
プロドライブ社を率いるデヴィッド・リチャーズと
アストン・マーティンの熱心なコレクターにして
アストン・マーティン・レーシングの後援者である
ジョン・シンダー氏、さらにクウェートに本拠を構える
投資会社などからなる合資グループである。

その売却額が4億7900万ポンドであり、
そのうちの4000万ポンドは引き続きフォードが保有する、
といった話題もさることながら、
注目すべきはやはりデヴィッド・リチャーズの存在だ。

リチャーズはあくまでもアストン・マーティン社には
個人としての資格で非常勤会長として関わるというが、
彼のプロドライブ社がモータースポーツや
自動車エンジニアリングを専門とする英国の企業であり、
スバル・ワークスの WRC チームの運営や、
近年ではアストン・マーティンのワークスとして
ル・マン24時間レースや FIA-GT 選手権で、
大きな活躍をおさめているのはよく知られている話だ。

加えてプロドライブ社は、2008年、
つまり来シーズンからフォーミュラワンにも
参戦することになっている。

ってことは……だ。
そう。もしかすると、もしかするかも知れない。
来年の今頃、F1GP の開幕直前のニュースの中に
「新たに参戦するアストン・マーティン F1 チーム、
 開幕前のテストを好感触に終える」
なぁーんていう見出しを見ることができるかも知れない。
アストン・グリーンを基調に彩られた F1 マシン──。
ひょっとしたら俺達は赤いフェラーリと戦うその姿を見て、
50年代後半から60年代のル・マンをはじめとする
スポーツカー・レースで繰り広げられた
フェラーリ対アストン・マーティンのバトルに想いを馳せ、
数年前のル・マンでのマラネロ対 DBR9 を思い出し、
興奮することができるんじゃないだろうか。

ヴァンキッシュも DB9 もV8ヴァンテージも、
俺にとっては憧れのクルマである。
近年のアストンはフォードの手綱さばきもあって、
素晴らしいスポーツカーを次々と送り出し、
アストンだけを見れば経営的にも安定していたという。
その立役者となったウルリッヒ・ベッツ氏も、
引き続き経営に携わっていくようだ。

まるで“今”版のラゴンダを想わせるような
4ドアのプロトタイプ『ラピード』などの
ニュー・モデル計画にも大きな変更はないという。
モータースポーツへのチャレンジも、
引き続き行っていくことも示唆している。
アストン・マーティンの未来は、
まだまだこれから、ますます光り輝くのだろう。

そういえば、モデル名に使われている『 DB 』は、
何度目かの経営危機を救って
1947年からアストン・マーティンを経営していた実業家、
デヴィッド・ブラウンのイニシャルである。
彼は70年代に DB グループが破綻して退いたが、
87年にフォードが経営権を握ってから後、
あらためて役員として招聘されている。
およそ20年の時を経て、DB7 以降のモデルで
再び『 DB 』を名乗るようになったのは、
初代“デヴィッド”がどれほどアストン・マーティンに
“愛されて”いたかを象徴するような出来事だろう。

初代“デヴィッド”が退任してから数年──。
今度の“デヴィッド”は、どうだろう……?
車名に『 DR 』が冠されるほどの人物として、
アストン・マーティンの輝かしい歴史に
その名を刻むことができるだろうか……?
それは、おいおい判っていくことになるだろう。

それにしても、まさか自分達が起こしたブランドが
およそ90年もの時間が経過した後に
モータースポーツの最高峰に出るかも知れないと
取り沙汰されることになるなんて、
その頃アストン・クリントン村のアストン・ヒルで
ヒルクライムに挑戦していた
ライオネル・マーティンとロバート・バムフォードという
ふたりのアマチュア・レーサーは、
一度でも想像したことがあっただろうか──?

ポリシーは「ノンポリ」であること──?


えーっと……なんだったっけ? あ。そうそう。
「ジャーマン・ティーポってのを作ることになりました」
と知った人達にわりと共通する、ある反応の話だった

「ジャーマン・ティーポ……って何語だよ?」
「ティーポのポリシーを曲げるわけ?」

最も多かったのがこのふたつの言葉だったんだけど、
俺は「……ふむ」と考え込んでしまった。

何語かって問われたら……何だろね? わはははは。
……日本語? うん。日本語だな、あえていうなら。
確かに“ジャーマン= german”は英語、
“ティーポ= Tipo”はイタリア語の単語なんだけど、
同時に“ティーポ= Tipo”は俺達がつくってる雑誌の
固有名詞にもなってるわけで、だからさぁ……ね?
ドイツ車版の『ティーポ』で『ジャーマン・ティーポ』。

これでもスタッフ全員であれこれ考えた結果なのだ、実は。
一例をあげるなら『D's Tipo』とか『G's Tipo』とか。
でもね、やっぱり誌名は根っこにあるモノと方向性を
判りやすく伝えられないとダメだと思うのだ。
だから“ドイッチェランド”じゃ長いから“ジャーマン”、
それに根っこである“ティーポ”を単純にくっつけただけ。

「んじゃ“根っこ”である“ティーポ”って何だよ?」
ということなのだけど、
ここでポリシーなるものが関係してくる。

世の中的には『ティーポ』という雑誌は
「イタフラ専門誌!」と思われてるみたいだけど、
実はちょっと違う。……というか、
つくり手側の意識としてはナニナニ専門というような
明確なポリシーみたいなものは、実はなかったのだ。
カテゴリー分けとして輸入車専門誌の中に
ポコンと組み込まれているのも知っているけど、
実はそれもちょっと違う。日本車だって結構登場してる。

だから、あえていうなら……なんちゅーか……、
“いま一番おもしろいクルマ”専門誌だろうか?

確かにイタフラが多いのは事実だけど、
それは新車もユーストカーもヒストリックカーも
ごった煮的にごちゃまぜの境界なしで、
「コレがおもしろいんじゃない?」に的を絞って
“クルマと一緒に人生楽しく過ごしたい”と思ってる
心からクルマが好きな人達に向けてつくっていきたい、
という根っこにある俺達の意識みたいなものと、
読者さん達の多くが望んでる方向性みたいなものの
バランス取りをしてきた結果といえるもの。

みんな何を見たいのかな? 何を知りたいのかな?

そんなことを考えながら
小さくジャブを出してみてはリアクションを見て、
別のパンチを試してみてはスルーされて──。
それを繰り返してきて、今の『ティーポ』なのだ。
別に「イタフラ・オンリーだぜ」とか
「ドイツ車なんて興味ないぜ」なんてーのを
ポリシーにしてきたわけじゃないのである。

ほら。今年も7月に開催することになるけれど、
『ティーポ・オーバーヒート・ミーティング』を
思い出してみて欲しい。
参加車輌は安全面でサーキット走行に適さないと思われる
車体形状をしてるクルマ以外、何でもオッケでしょ?
例えば日本が誇る軽自動車とイタリアが誇るフェラーリが
同じ土俵で奮闘してるサーキット・イベント、
おそらく他にはほとんどないと思うのだ。

そう、それこそが編集チョーとしての俺が考える、
『ティーポ』としての理想型。
新旧や洋の東西を問わず、分け隔てなくクルマは楽しい。
突き詰めれば、そこにはその真実が在るのみ。
5万円のポンコツを慈しむ心と
1億円のスペシャルを愛する心と。
どちらも本気なら、気持ちに貴賎はないとも思うのだ。

ただ、たかだか200ページに満たない薄い雑誌では、
どうしてもできることに限界が生まれてしまう。
手が行き届かない分野もできてしまう。
やり方が甘かったのを認めないわけにはいかないけど、
そこを埋められないのが、ずっとストレスだった。

それに対するひとつのアクションが、
今回の『ジャーマン・ティーポ』なのだ。
「やるぞ!」と決まったのは昨年末だったのだけど、
実は3〜4年前から「できたらいいな」と考えてたのだ。

たちあがりがやたらとピーキーだったから
やっぱり神経の行き届いてない部分もあるだろうけど、
それでも自分達なりのこだわりを持って
ドイツ車に接する本にしていくという主張はあるつもりだ。
金ジャラ系や威圧系などとは隔たりを保って、
テイストの真の旨味を味わっていく雑誌にしていきたい。

受け入れてもらえると……ウレシイなぁ。

2007年3月12日

これがジャーマン・ティーポの正式版


日曜日の深夜にこんなこというのもナニだが、
ようやく少し落ち着いてきた。
まだまだやらなきゃならないことだとか
本当ならば終わってなきゃならないことは山積みだけど、
だから、今日はさぼっちゃった。ごめん。ふはははは。

で、いったい何をしてたのかといえば……何もしてない。
2回ほど食事をしに出て、2回ほど長風呂に入って、
コーヒーは何度も淹れたし色々と考え事はしたけど、
基本的には何もしてない。何もしてないのだ。
腰を据えて“何もしない”ことに集中したのである。
気合いを入れて、全力を挙げて、何もしなかった。

……すっごく退屈だった。強制リセット完了、って感じ。
なので夜中にゴソゴソと、こうしてMacに向かうわけだ。

あと数日したら、もうひとつの『ティーポ』といえる
『ジャーマン・ティーポ』が、
本屋さんやコンビニエンスストアに並ぶことになる。
ちなみに左の写真が、表紙の完成形。
MCしたばかりのWeb Tipoのトップページでも、
実は先行公開しちゃってるのだった。

『ティーポ』テイストでまとめてみたドイツ車専門誌。
その1発目は「会心の一撃的な1冊か?」と問われると、
正直に白状するならば「うーむ……」と言葉につまる。
やりたいことがたくさんありすぎて、
それらを綺麗に紙の上に並べることができているとは
ちょっとばかし思えないからだ。
それなりに中身の充実した雑誌にはなってると思うけど、
「ああ、この小さなカコミひとつを広げたら
 特集1本まるごとできちゃうのにぃ……」
「この車種とこの車種をバコンと中心軸に据えて、
 また別の企画が展開できちゃうよなぁ……」と
気持ちがどんどん先走っちゃって、止まらないのだ。

そういうあれやこれやはもちろん今後のお楽しみとして
ウェイティング・リストに並べてあって、
見方を変えれば「これからの企画にも期待しててね!」と
声を大にしていうことができるわけだが、
それにしても新しいモノをつくるというのも
いろいろな意味で刺激に満ちていて楽しいもんだ。

とにもかくにも1発目は、もう手から離れちゃった。
きっと2発目は1発目とネタがガラリと変わり、
2発目は3発目とガラリと変わり……ってな具合に
多方面に向かって育っていくことになるんだろうなぁ。
根っこにあるモノだけは変わることなく。

……というようなことを編集屋が考えてるんだ、
ということを頭の片隅に置いて、3月16日、
まずはちょろっと立ち読みでもしてみてくださいな。

……そうそう。そういえば、ちょっとオモシロイ話がある。
この『ジャーマン・ティーポ』の件を知った人達の反応だ。
実は多くの人達から比較的似た反応をいただいて、
俺達としては驚いたり妙に納得したりしたのだけど、
……この話、このまま続けたら異様に長くなりそうだから、
次回に譲ることにしよーっと。

それにしても……あーやっぱり楽しいなぁ、
こうして誰かへ何かを伝えるために、
キーボードに向かってちゃかぽことやるのって。
帰ってきたぞ! って感じがするよ。

2007年3月 5日

ちかごろダイジェスト


生きている。うん。とりあえず生きている。
「忙しい忙しい」とクチにしたところで意味はないし、
忙しいことが免罪符になるとも思ってないが、
いやー、この1ヶ月の過密さったら笑っちゃうくらいだ。
ほとんど毎晩チカラ尽きてコト切れるように眠るまで、
あれやこれやとゾーキン絞るみたいに頭を絞ってる。
頭の回転が早くないからやたらと時間がかかるんだな、
ということを知っただけでも収穫だけど、
まぁ新しいことをやるのは刺激に満ちていて楽しい。
それにあと何日かしたら、正常に(近く)戻れそうだし。

そういうわけで、今月の16日に発売となる
『ジャーマン・ティーポ』の編集作業が現在真っ盛り。
新たに加わった4人のメンバーを含め、
ティーポ組は全開でコトに当たってる。
その編集作業の最中に生まれ、
普通だったら世に出ることなく忘れ去られることになる
新雑誌の表紙プロトタイプをチラ見せしとこーっと。
左の写真がそれだ。
もちろん書店やコンビニエンスストアに並ぶときには
あれやこれやと変わっているわけだが、
ロゴも含めてだいたいこんな感じになる予定。
完成版ができあがったら、またココでこっそりと
情報漏洩を図るつもりでいる。……内緒だよ。内緒。

人生これで何度目か判然としないのだけど、
またしても『クイーン』に熱中してる。
『オペラ座の夜』というアルバムを初めて聴いて
痺れたような感覚を受けたのは、
確か小学校の5年生のときだったかな?
30年以上も前の話だ。でも、ちょっと信じられない。
今になっても、そのくらい新鮮な感じがする。
目下のお気に入りは『Love of my life』という
詩こそ悲しいけれど美しいバラッド。
クルマで出掛けるたびに iPod をつないで流してるのだが、
キーが合わなくて一緒に唄えないのが残念だ。
それにしても『I'm in love with may car』という
クルマに心を奪われてる男の曲があって、
「よく動くピストン」だの「ロールバーを握りしめ」だの
「ギアの音しか耳に入らない」だのという言葉が
歌詞の中に出てくることを、恥ずかしながら初めて知った。
曲の最後にクルマのエキゾースト・ノートが入ってて、
それはメンバーのひとりがその頃に乗っていた
アルファ・ロメオの音だといわれてるけど、本当だろうか?
いずれにしても『オペラ座の夜』、最高だ。
老いも若きも……聴いてみんしゃい。

徹夜あけでへろへろのねむねむ状態で自宅に戻り、
習慣的に加湿器のスイッチを入れたら、
数分後に生乾きのゾーキンのような匂いが漂ってきた。
微かな匂いだけど、気になって仕方ない。
俺はときどき異常とも思えるくらい鼻が敏感になり、
他の人が何ともないときでも気持ち悪くなったりする。
『パフューム』の“グルヌイユ”になれるかも──。
無視しようとしてベッドに転がり込んだのだけど、
やっぱりどーしても気になって気になって、
仕方なく起きだして分解掃除をすることにした。
眠いのに1時間近くかけてピカピカにし、匂いも消えて、
もう廃人寸前になりながら再びベッドに入ったのだけど、
意識が薄れていく中で、俺は気づいたのだった。
部屋が死ぬほど乾燥してるワケでもないんだから、
とりあえずスイッチ切るだけでよかったじゃん……。

ある日、夕方近くに昼メシを食べようと編集部を出て、
ひとりでとぼとぼと裏道を歩いていたら、
いきなりパシュ! と脳天に衝撃を受けた。
続いてタラ〜ンと頭皮の上を固めの液体が流れる感触。
何かが落ちてきて薄い頭の皮膚が切れて流血したか──と、
恐る恐る手を伸ばして局部に触れてみたら、
指先についたのは赤ではなく黄色い液体だった。
『鳥のフン爆弾』を喰らったのだ。
しかも頭のてっぺん、モノの見事にド真ん中……である。
42年半も生きてきて、初めての体験だ。
こうした場合「ウンがついてる」という考え方もあるが、
俺は……ついてるのだろうか?
うん。ついてるんだな。間違いなく。ついてるついてる。
ティーポもジャーマン・ティーポも俺自身も、
これで前途は洋々である。ここから先に、幸せは待っている。

……だが、あのカラスだけは絶対に許さん!

何らかのカタチで御礼をしてやりたいところだけど、
問題はヤツら、皆が皆、姿カタチが
あまりにも似てるってことだ。揃いも揃って黒いし。

誰かカラスの見分け方を知ってる人がいたら、
ぜひとも教えてください。