
“笑い” だとか “笑顔” というモノが
ヒトに様々な恩恵をもたらすのは、よく知られた話ではある。
笑うことで脳が活性化したり免疫力が向上したり、
基礎体力や運動能力が強化されたりといったモロモロは、
例えば医学的にも証明されているのだという。
まぁそうした専門的なことはさておいとくにしても、
笑うことで気分がヤケにスッキリしたり
それまで以上に元気になるということなんてのは
大抵のヒトが体験しているはずだし、
目の前の誰かが笑顔でいるから自分も何となく気持ちが和んで
リラックスできる、なんてことも
日常的によくある出来事……でしょ?
“笑い” や “笑顔” は、人間が天から与えられた
最高の宝物のひとつなんだと思う。
左の写真は今年の3月、インドに12日間も放り込まれた
フェラーリの “Magic India Discovery” ツアーのとき、
チェンナイ市内のとある街角で出逢った
インドにたっくさーん! いる、神様のうちのひとりである。
これでも笑っているんだそうな。
インドの街々には、いや、家々には、といってもいいな。うん。
ともかくあちこちに、こうした神々がたくさんいる。
信仰というものが完全に日々の人々の暮らしに融け込んでいて、
街のあらゆるところにこんなふうにして神がいるのだ。
クルマのダッシュボードにだって、
ミニチュア版が並んで鎮座していたりもする。
多くは極彩色に彩られていて芸術性をも感じさせ、
あるいは素朴な中に豊かな情感を湛えていて、
中には人類をモデルにしているにしてはあまりにも異形で
不気味と紙一重に思えるような神もいるけれど、
それらを含めてほとんどの場合は無言で見惚れてしまうような、
そんな美しさだとか妖しさを放っている。
でも、ときどきコワイ。
できることなら日が落ちた後とかにバッタリどこかで
出くわしたりはしたくないような、
そんな貌をした神も確かに存在するのだ。
それこそ相手は笑ってるんだっつーに、
見ているだけでじわりと汗が出てきちゃうような──。
今日、というか、もう昨日のことである。
件の“HIGH GRAPE”で散々笑って元気だった俺は、
珍しく午前中から出社して珍しくヤル気になり、
朝もはよからキーボードをちゃかぽこと打ち鳴らしていた。
すると、4輪雑誌の編集部すべてがあるこのフロアに、
いきなり暗雲がたちこめ始めた。
まるでここのところの突然の豪雨が来る直前の空ような、
危険を予感させる雲に急激に襲われたのだ。
どこからともなく “ジョーズ” のテーマが聞こえてきた、
ような気がした。
最上階から笹本シャチョーが降りてきたのだった。
俺は長年の習性で無意識にブワッと顔を伏せ、
目につかないようモニターの陰に急いで避難した。
別に悪いことなんて何ひとつしてないのに
ケーサツを見ると条件反射的に逃げたくなる、あの心理である。
隠れながらもチラリと確認すると、
どうやらズンズンとこっちに向かって歩いてくる。
流れる BGM が “ダースベーダー” のテーマに替わった、
ような気がした。
うわっ! こっちを見てる。俺を見てる。
しかも……笑ってる!
俺はシャチョーの笑顔が苦手である。
より具体的にいうなら、そう、コワイのだ。
お化け屋敷と同じくらいにコワイ。
人間、自分のヘソの緒を埋めた場所の前を最初に通ったモノに
恐怖を感じるものだ、とは江戸時代から続く言い伝えだが、
ということは俺のそれを埋めた場所を最初に通ったのは
笑顔を浮かべたシャチョーとお化け屋敷の
仲むつまじいカップルだったのか?
いや、お化け屋敷がすんなりと通るのはムズカシイだろうから、
お化け屋敷のオバケに扮した笑顔満面のシャチョーが
一番最初に通ってくれちゃったのか?
と、くだらないこと考えてるうちにうっかり逃げ遅れ、
俺は追い詰められるカタチになった。
「おい。お前のブログを見たけどな……」
「……」
「それに対する答えを俺のブログで書いといたから、
よーく見ておけよ」
「するってーと、あの“HIGH GRAPE”は
シャチョーのシワザだったんすか?」
「バカヤロー。俺が用意したんだけど俺じゃねーよ。
いいから、ちゃんと見ておくんだぞ。ぐわっはっは」
そうした解るような解らないようなセリフを吐くと、
シャチョーは明らかに勝ち誇った笑顔を浮かべたまま、
クルンと背中を向けてのっしのっしと歩み去っていった。
……ぬ? これで終わり?
ホッとしつつも肩すかしを喰らったような気分で
社長のブログにアクセスしてみると……ぐわー。これか。
とんでもねー。思いっきり名指しである。
確か70年代後半だったか、西田敏行さんが出てた TV CM の
「今やろうと思ったのに言うんだもんなぁ」
という名セリフが流行語になったのだけど、
まさしくそれに近い気分である。
しかも、こっそり再開しておいて何食わぬ顔で
人知れず普通に回しておく……という俺の計画を、
ためらいもなしに一撃でこっぱみじんにしてくれた。
あげくに「三日坊主はダメですよ」。
……「ですよ」なのである。
泣く子も黙って次の瞬間には昏倒するようなあの笑顔の意味は
ハッキリと判ったが、俺にとってこれは、
インドの神々よりもブキミであり、
逆鱗に触れて怒らせてしまったときもよりも遙かに恐ろしい。
“笑い” はヒトに和みを与えるモノではあるけれど、
ときには他人の笑顔を奪い去ることもあるのである。
そういうわけだから最後に付け加えておくが、
これはあくまでもフィクションである。
フィクションですからねー。