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2009年1月

2009年1月29日

わたしのゴルゴ

写真右上にいる地縛霊みたいな物体は編集部のナパ三宅で、
その左のニヤニヤ不敵な笑みを浮かべてるのは
“モッコリなんとか” なるヌイグルミ(?)であるが、
今回のお話の主役は彼らではない。
その下にズラッと並んでいる『ゴルゴ13』でもない。

これらが並んでいる机の持ち主、ティーポ編集部の紅一点にして
エリート DB である “チームとんかつ” の裏番、
リング・ネーム “JT3110” こと斉藤敦子、である。

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2009年1月25日

ヒストリックカーだらけ

俺は今、台場で開催されている
毎年恒例の JCCA ニューイヤー・ミーティングの会場にいる。
朝の9時の開催に合わせて
田中むねよし画伯達と会場入りしたのだが、
会場の周囲をグルッと取り囲むように
ヒストリックカー渋滞が巻き起こっていて、
いきなり興奮させられた。

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2009年1月24日

いったい、なぜなんだ……?

ゆうべ……というか、明け方。

普段から睡眠は間違いなく不足気味だというのに、
ときどき理由もなくなかなか寝付けない晩というのがあって、
そんなときにはベッドに転がって本を読んで過ごすことにしている。

昔、そうした晩が何ヶ月か続いた頃には仕事にも支障が出て、
悩みに悩んで導眠剤を常用したこともあったが、
今ではもう完全に無抵抗。眠れなくても気にせず放ったらかしだ。
いずれ眠くなったら眠ればいいし、
くらいのつもりでリラックスした気分でいる方が
意外やすんなり眠りに入れることを経験的に知ってるからだ。

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2009年1月23日

その名はガブリエル……!?【後編】

山梨放送主催の『インポートカー・フェア2009 in 山梨』、
2日目の現場で俺のお相手をしてくださったのは、
原 香緒里アナウンサーだった。

昨年もこのイベントで御一緒してくださった原さんは、
アナウンサーとなって今年で2年目。
にも関わらず、すでに情報番組を切り盛りするほどの実力派。
お茶の間での人気がトップ・クラスというのは、
可愛らしいのにどこかフレンドリーで、
自分の周りにひとりはいそうに思える(けど、まずいない)
そのルックスのおかげ、という理由だけではないようだ。

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2009年1月21日

その名はガブリエル……!?【中編】

山梨放送はテレビとラジオの放送局だからして
専属のプロ・アナウンサー、
いわゆる “局アナ” を何人も擁してるわけだが、
1日目に俺を引き連れて歩いてくださったのは
上の写真の吉岡秀樹アナウンサーだった。

御覧のとおり、昔流に表現するならとてもハンサムな方で、
身のこなしもスマートなら身につけてるモノもお洒落。
しかも常に背筋が伸びていて、爽やかで、穏やかで、
心根の優しい好青年である。
おそらく山梨放送の “モテ男系” アナウンサーの
切り札といえる存在なんじゃないかと思う。

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2009年1月20日

その名はガブリエル……!?【前編】

この土曜と日曜の2日間、俺は山梨県の甲府市にいた。
地元のテレビ&ラジオ放送局である山梨放送が主催する
『インポートカー・フェア2009 in 山梨』のゲストとして、
去年と一昨年に引き続き、声をかけていただいたからだ。

今年で3回目となるこのイベントは、山梨放送の呼びかけの元、
山梨県内と一部長野県の輸入車ディーラーが1箇所に集まって
自社取り扱いのクルマを2日間にわたって屋内に展示する、
いわばインポートカー専門のミニ・モーターショーみたいなもの。

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2009年1月17日

ティーポがどーしてジーンズ……?【後編】

0200.jpg

そもそも、高岩さんと俺が知り合ったのは、
知人が知人を紹介してくれて、その人の引き合わせによる。

きっかけはミラノ在住の敏腕コーディネーター、
俺達スタッフが尊敬の念を込めて “ゆうこ姐さん” と呼ぶ、
野口祐子さんだった。

去年の7月に 500 アバルトとミトの試乗に合わせて
カルロ・アバルト関連の取材に行くことになったときのこと。
事前の打ち合わせのときに、ゆうこ姐さんはこう言い放った。

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2009年1月16日

ティーポがどーしてジーンズ……?【前編】

このシリでも喰らえ! なんてことをいいたいわけじゃない。
それに俺のシリを見てくれ、といいたいわけでもない。

美しくもない臀部をこうしてお見せするのは心苦しいのだが、
そもそも見ていただきたいのは俺のシリなんぞではなく、
このいい感じに味の出ているジーンズの方なのだ。

これは近頃ティーポ関係者の間で話題になっている、
『ハイロック』のモノ。
ここのところの俺の、一番のお気に入りでもある。

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これがロータス・エヴォーラ!

いよいよ本邦初公開!
やっぱ実車はかっこいいなぁー。

ロータスのエヴォーラが

いよいよこれから、日本国内で正式発表される。
今、俺は 310 と一緒に、その発表会の会場にいる。
一度イギリスのロータス本社で実車を見てるのだが、
写真で見るより遥かに魅力的なのには驚いた。
今日の発表の内容は、
後で 310 がティーポのスタッフ・ブログで紹介するので、
もうちょっと待っててね。
あ。発表会がはじまるはじまる。

2009年1月14日

カローラは“若者殺し”になれるのか──? 【後編】

金曽さんがこしらえたカローラ GT300 仕様は異彩を放っていて、
通りかかる誰もが足を止めて「ほぇ……」って顔をしてたけれど、
もちろん俺も「ほぇ……」って顔をしてたはずだ。

が、ちょっとばかり興奮が落ち着いてくると、
今度はその少し奥に展示されていた
もう1台のカローラ・アクシオにしっかりと目を奪われた。

GT300 仕様と較べればだいぶ控えめだけど
こっちはこっちで明らかにフツーのカローラとは違う。

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カローラは“若者殺し”になれるのか──? 【前編】

おいおい、おっさん。世代が違うんだぜ?
その辺り、ちゃんと判ってる?

なぁーんて言われたらグーで強く撫でてあげたくなる気もするが、
今の10代や20代の人達には想像できないかも知れないけど、
ある年齢層から上の世代にとって、
トヨタ・カローラは現役バリバリの “憧れの1台” だった。

「プラス100ccの余裕」というキャッチコピーとともに登場した
初代カローラからしてファミリー層の注目を集めた存在なわけだが、
とりわけ TE27 型から AE86 型までの
カローラ・レビンと姉妹車のスプリンター・トレノは、
その小型軽量ボディに活きのいいツインカム・ユニットを載せ、
モータースポーツの分野を荒らし回ったこともあって、
時代時代の若者はレビン/トレノに憧れに憧れて、
そのキーを喉から手が出るほど欲しがったものだった。

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2009年1月12日

ああ、素晴らしきは3連休──

いよいよ終わっちゃうねぇ、3連休……。

今さら俺がこんなところで述べるまでもなく、
連休ってのは素晴らしい。
正月休みの直後だから僅かばかりインパクトに欠けるとはいえ、
2009年に入ってからの最初の3連休だけに、
楽しみにしていた人も多かったんじゃないだろうか。

成人の日、ばんざーい。
新たに成人を迎えた諸君、大きく育つんだぞー。
上半身裸で成人式に乱入するなんて小せぇーことしてないで、
どーせ裸になるんだったらちゃんとペイントとかの準備もすませ、
ガンとハラ踊りを披露して笑いを獲るくらいのことしろよなー。
そしたら人生変わるぞぉー。いい方向に。間違いなく。

それはともかくとして、3連休ってのは素晴らしい。普通なら。
なぜかといえば、仕事をしなくてすむからだ。普通なら。

俺達の場合には大抵は “普通なら” に該当せず、
結局は仕事をして過ごすことが多かったりするのだけど、
今回の3連休、俺は見事に何もしないまま終わらせた。

だって、風邪ひいちゃったんだもん。

あ。身体よわっ……って思ったでしょ?
確かに体温調整が苦手な体質なので発熱しやすいのは認めるが、
別に虚弱なわけじゃない。発熱してても元気なときは元気なのだ。

が、ひたすら机に向かって作業をしていればいい頃と違って、
近頃の俺は誰かと面と向かって話をしていたりすることってのが
仕事の中の大きな比重を占めていたりする。
そいつがもし、保菌者だったなら──?
相手に具体的な症状が出ていなかったとしたら
こっちも無防備でいる状態なわけだから、
防御することもないままウイルスを黙って受け入れざるを得ない。

ましてや今は、ウイルスなんてあちこちに飛んでいる。
ネコ・パブリッシング・ビルの中にだって
ヒライ菌を撒き散らした某 ROSSO 誌の編集長みたいなのもいれば、
ミス・インンフルエンザの異名を持つ総務部の美女もいて……と、
風邪っぴきやインフルエンザのキャリアと思しき人物が、
あちこちを密かに、あるいは堂々と跋扈していたりする。

かかっちゃったら休めっつーの。迷惑だから。
仕事が終わらないなら家でやれっつーの。頼むから。

親しいドクターによれば、手洗いはそれなりに効果的らしいけれど、
うがいは病中にノドの炎症を抑えるにはいいものの
予防という面では実はあまり役に立つとはいえず、
マスクを常に装着してるのが防御策としては有効なのだとか。

でも、いつもいつもマスクなんてしていられないでしょ?
ましてや俺の場合、熱が高くてトローンとしてるときを除けば
「昔のボーソーゾクみたいだ」とか
「タレ目のくせに目つきが悪い」だとか、評判は散々なのだ。

なので、先週の木曜日に「もしや……」と感じた俺は、
とりあえずマスクを用意して、
東京オートサロンへの往復のクルマの中では
同行スタッフに被害が広がらないようしっかりと装着していたが、
息苦しくて堪らないので現地に入ったら外しちゃった。

それが悪かったのか、その晩から咳が出始めると止まらなくなった。
そりゃもう悶絶するほどの勢いで、エビ並に跳ねてた気がする。
咳のしすぎで腰が痛くなっちゃったくらい。
鼻水と痰と発熱もバリュー・セットみたいにしてついてきた。

なので俺はこの3連休、マジメに寝込むことにしたのだった。
土曜日の午前中にさっさと病院に行って
「いわゆる感冒ですね」のお墨付きと処方箋を頂戴し、
薬局で薬をもらったその足で本屋さんに入って文庫を5冊買い、
スーパーマーケットに立ち寄って
煮込むだけでオッケのアルミ鍋入りのうどんをドッサリ、
加えて目についた野菜を片っ端からカゴに放り込んで帰ってきた。
そして今に至る……というわけだ。

実際のところは、薬があまりにもバッチリとはまったのか
“人間、こんなにも眠れるものなんだなぁ” と
自分でも呆れ果てるくらいウトウトしたりグースカしたりで、
買ってきた文庫は1冊も読み切ってないのだが、
加湿器常時全開の熱帯雨林のようになった部屋に引きこもり、
喰っては薬を飲んでストンと眠りに堕ちて、
汗をかいたらTシャツを着替えてまた眠りに堕ち、
ノドが乾けばハーブ・ティで潤して、
と繰り返していたら、今日の夕方辺りからだいぶ調子がいい。
熱はようやく35度台に落ち着いて、咳もほとんど止まり、
明日の朝には完治するだろうから仕事に出ても問題はなさそうだ。
マスクはするけどね。

病院から帰ってきて以来一歩たりとも部屋から出てなかったのだが、
いやー、これはこれでいい休日になった。
明日から仕事する気、満々だもの。
ブラボー、3連休。

これが1週間後ろにズレてたなら大変なことになるところだった。
いろいろと、パンパンなもんで。

まだまだ寒くて空気の青い日が続くのだから、
みんなも風邪なんてひかないように気をつけてねー。
ちょっとでも「やばい」と感じたら、ちゃんと仕事を休むんだぞー。
結果的に他人にうつして、もっと迷惑かけちゃうんだから。

……と、ホントならこの連休中に、
オートサロンで拾ったネタをレポートしようと思ってたのだけど、
それはまた明日以降にでも。
だって、風邪話で意味もなく長話になっちゃったんだもん。

そういえば、前から上品な友人どもから
「おまえのブログは長すぎて、前のを見るのにスクロールするのが
 とってもメンドーだ。まとめ読みする方の身になれ。
 折りたためるようにしろよ。ばーか」
という極めて丁寧なアドバイスをもらっていたのだった。

なので、よくある【続きを読む】ってカタチに、
今日からトライしてみることにした。
考えてみると、【続きを読む】にはその後に何が続くのか、
クジ引きみたいなワクワク感があるような気もしないでもない。

というわけで、ちょっとトライ。

えーっと……どうやったらいいのかな? こうだったっけ……?

んーっと……。あ。“新着記事一覧” からきてくれた人、
できれば Web Tipo のトップページの左側のココのバナーか
『本日も場外乱闘』のトップから入り直してみてみて。
そうじゃないと【続きを読む】が確認できないと思うから。




















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2009年1月 7日

喰って呑んで負けて心地よかった晩

昨日は仕事場での仕事がスタートして2日目という
落ち着きなくバタバタしてるはずの日だったにも関わらず、
俺は夕方辺りからは何ひとつ仕事らしい仕事をしないで過ごした。

しかも20時頃になった辺りで仕事場を飛び出して、
都立大学の駅近くにあって行きつけみたいにしてる
綺麗とはいえないが何を食べてもハズレなく美味い中華屋さんで、
喰らうだけ喰らって呑むだけ呑んだ。
それこそ自分が掃除機か水道管にでもなったかと思ったほどに。
……うーむ。我ながら男らしい。メタボ万歳!

ティーポ関係者の DB のみで構成され、
ときおり誌面に登場しては世間の皆さんに呆れられている
“チームとんかつ” のメンバーになりたいから、
というのが暴飲暴食の理由なワケではない。絶対に。断じて。
そもそも俺は少し大袈裟に表現するとしても
“ややぽっちゃり型” であるに過ぎず、
どんなに喰って喰って呑んで呑みまくって努力をしても、
あの DB としてのエリートである彼らの仲間入りはできない。

……ん? “DB” の意味を知らないの?
でぶ、である。でぶ。でぶ。

いやいやいやいや、DB 話はともかくとして、
いったい何ゆえそんなことをしていたのかというと、
2008年のパリ・サロンで間違いなく世界中の話題の中心となった
山本卓身さんがフランスから帰国していて、
遊びに来てくれたからだ。

そう、ティーポをジックリ読んでくれている人は判ってると思うが、
シトロエンのデザイナーである彼は、
このクルマのデザインをした人物なのだった。

彼がスタイリングだけじゃなくてプロジェクトそのものも
まるっきりのゼロから創造し、
それを現実のモノとした『 GT by CITROEN 』。
パリ・サロンの現場では、フェラーリやランボなどに在籍する
プロの自動車デザイナー達の訪問を受けて喝采され、
日頃はコキ下ろすことこそ正義だと思ってるジャーナリスト達から
賞賛以外の言葉を綺麗さっぱり奪い去り、
ショーを訪れた山ほどの子供達の憧れの眼差しを
ボディに穴が開かなかったのが不思議なくらい強烈に集めまくった。
しかも、ただのハリボテで終わらせたわけじゃなく、
ショーの後に実際に走らせた、
というのは今号のティーポでのレポートのとおり。

俺はあまりにもあんまりな状況だったからパリ・サロンには行けず、
まだこの目で彼の作品を見ることも適わなければ
電話でちょろっと話した以外の四方山話も聞くことができておらず、
彼がわざわざ来てくれて、話を聞かせてもらった格好だ。

全体の流れとしては、大まかなところでは
ティーポでの南陽一浩くんの2回のレポートのとおりなのだけど、
ディテールを聞けば聞くほど鳥肌が立ってくる。
彼は実に飄々と、何てことなかったみたいに話すのだけど、
多少なりとも自動車メーカーというモノの内側を知る身としては
彼の成し遂げたことがどれほど凄いことなのかはよーく解るし、
ここに至るまでにどれほどの困難が
どんなレベルで立ちはだかってるかも想像がつくけれど、
実際のところは俺の想像なんて遙かに越えていたのだと思った。
彼はあくまでも飄々と、「楽しかった」「気持ちよかった」
というふうにしかクチにはしなかったのだけど。

途中からは山本キョクチョーも加わって、
3人で喰って呑んで語りに語り合っておよそ7時間。
とても書ききれないほどあっちに飛んでこっちに飛んで、
結局のところはクルマとヒトの話に戻って、
それでもまるで話したりないくらいだったのだけど、
おそらく読者の皆さんにとっての最も興味深い話は何かといえば、
それはこの『 GT by CITROEN 』が、今、ものすごーく真剣に、
何らかのカタチでの市販が検討されている、ということだろう。
コイツは凄いニュースだ。……でしょ?

でも、俺にとっての最も大きかったことは、
例えばそれがクルマの話ではなく “街” や “建物” や “人” や
あるいはちょっと大袈裟にいうなら “生き方” みたいなものも含め、
この人の “視点” ってオモシロイなぁ……って感じられたこと。
それがデザイナーという職業によるモノなのか、
彼のパーソナリティなのか……きっと両方だな。うん。
ともかく、あれこれ深く話し込んで改めて見えてきた、
彼の中にあるオモシロイところ。それに前から知ってる心の熱さ。
それはこういうもの! と上手く言葉に表せないのは悔しいけど、
今回のプロジェクトで世界の地面に上がった彼は、
きっともっと高いところに自然と登っていくのだろうな、と感じた。

「うあ? 卓身くん……頭……どうしちゃったの……?」
「ああ。日本に帰ってきて丸めちゃったんです。ツルッと」
「へぇー。どーして?」
「パリ・サロンが終わって、その後の取材攻勢とかも終わって、
 この前クルマが走って……で、そういうのが全部終わったら
 抜け殻みたいになっちゃって。落ちてたんですね。自分が。
 次のプロジェクトにも身が入らなくて。……だから。
 友達の家にバリカンがあったんで、ザーッと。スッキリしました」

彼は屈託なく笑いながら、きっと実は一番大変だった “困難” を、
そんなふうにサラッと話してくれた。
俺は自分より10歳近くも若い彼に、
会うたびにこうして何かを教えられている。

人生いつまで経っても勉強だなー、と酔いの回った頭で考えつつ、
いわゆる “負けてる” 感覚すらも
妙に心地よかった晩……いや、朝だった。

2009年1月 3日

ありがたき言葉……でもないか……

『脳ミソいつでもゾーキン絞り』──2007年。
『いつも手帳に穴ボコを』──2008年。

いったい何のこっちゃ? と思われることだろうが、
これらは新しい年を迎えるたびに決めて自分に課している、
俺がその1年のテーマとする言葉だ。
「禁煙」だとか「早寝早起き」だとか「健康」だとか「整理整頓」、
あるいは「マイナス10kg」だとか「今年こそ結婚!」だとか、
それから「初日の出」だとか──いや、それは書き初めか、
まぁいずれにしても、そうした巷に山とある
年初の誓いみたいなモノである。

俺は毎年これだけは欠かさずにやっていて、
無軌道になりがちな自分の行動のルールのひとつにしている。

2007年のそれは、そのまんまといえばそのまんまなんだけど、
モノを創っていくうえで「アレがないコレがたりない」と
ロクに考えもしないうちに諦めたり否定の理由を探すんじゃなくて、
頭を絞りに絞って考えに考え抜いて前向きに模索していこう、
という気持ちで仕事したいよなぁ……と思ってのモノ。
2008年のそれは、これまで手帳のスケジュール欄を埋めることに
全勢力を傾けて積極的に忙しくしてきたようなところもあったけど、
これからはなるべくたくさんボコボコと空欄を作って
逢いたい人に逢ったりひとりでジックリとモノゴト考えたりしよう、
つまりは自分自身にもう少しゆとりを持たせて
もうワンステップ上に足の裏をペタンとのせたいな、ということ。

2007年のヤツはそういうふうにモノを考える習慣がついてきて
テーマからユージュアルになりそうな感があるが、
2008年のそれは、残念ながらほとんど成し遂げられなかった。
避けても外してもバコバコと埋まっちゃった2008年だったのだ。
だから、こっちは今年も継続。ムズカシイ命題だけど。
でも、だからといって新しいのはなし、というワケにもいかない。

今年も残すところ、あと364日とか363日。
このタイミングで、何かひとつ決めておくべきだ。

というわけで、この元日から今日にかけて、
一度にふたつ以上のことを並行してすることができない俺は、
眠ったり横になったりダラダラしたりうとうとしたり、
あるいは布団の中に入ったり枕の正しい使い方を勉強したり、
という多忙な時間の合間を縫って、あれこれ考えていたのだ。
で……、決めた。この2009年のテーマは──。

『いつもニヤニヤ、健やか人生』

そう、今年はずっとニヤニヤしてるのが目標なのだ。

ここが微妙なところなのだけど、ニコニコ、だとちょっと違う。
だってニコニコっていうのは印象としてちょっと偽善者っぽいし、
努力をすればいつでも誰でもその表情を
自分の顔に貼り付けさせておくことができる。

ニヤニヤはちょっと露悪的な言葉に思えるかも知れないけれど、
だが、実はニコニコよりも奥が深い、と俺は思うのだ。

なぜならニヤニヤは自然に内側から湧き出てくる笑顔であって、
気持ちにゆとりがなければ出てこない。
嬉しいことに出遭ったとき、楽しいことが目の前にあるとき、
何かいいことを思いついたとき、ワケもなく上機嫌なとき、
照れくさいとき……といった具合に、
そうした前向きな気分でいるときにはニヤニヤすることができるが、
愛想笑いみたいなときにニヤニヤ顔になることはできない。

ニヤニヤ、はつくることができないのだ。

ウソだと思ったら、ちょっと試してみるといい。
鏡に向かってニヤニヤ顔をつくってみてごらん?
表情ができていくときの流れからすると、
目と目の間あたりが中心になって広がるのが、ニヤニヤ、だからね。
……ほら、できないでしょ?
ほっぺたから動きそうになったり顔の全体で笑おうとしたら、
それはもう、ニコニコ、の領域。
ニコニコ笑顔なら意外や簡単にできる、ということも解るでしょ?
場合によっては目が笑ってなかったりもするだろうけれど、
満面で装おうとするわけだから、結構ゴマカシが効くのだな。

ニコニコは外に向かって自分を表現する=装うための笑顔、
ニヤニヤは自分の中から素直に出てくる自分のための笑顔。

俺はいつでも素直に笑って生きていたいぞ、と思ったのだ。
偽りなく笑っていられる自分でいたいぞ、と思ったのだ。

笑いは人間が生きるための最高の活力源。
泣いたりフテたりするより、どれほど元気を与えてくれることか。
それに自分が笑っていさえすれば、誰か別の人に
笑いをオスソワケすることだってできるかも知れないし。
笑いってのは馬鹿にできない伝染力を持ってるわけだからね。

こんな時代だったらなおのこと、
素直に笑っていたいじゃないか、と思う側面もある。
そもそも、どんなときだって、笑うも泣くも気持ちひとつ。
環境がヒトを変えるのではなく、
本来、ヒトはどんな環境の中にいたって、自分自身の意志で
自分を変えていけるだけの強さを持って生まれてきてるものだ。

いずれにせよ、俺はニヤニヤ笑っていることに決めた。
生き方としても、日々の暮らし方としても。

みんなも一緒にニヤニヤ過ごそうよー。
ニヤニヤ笑いは、きっと伝染する。
みんなで広げよう、ニヤニヤの和。

……ちょっと不気味かも。

というか、俺自身はかなり大マジメに語ってるのだけど、
ちっとも誰にもマジメに思ってもらえないのが問題ではある。
ニヤニヤ、という言葉の響きが悪いんだろうか。

くっそー。

やっぱり何か別のに変えようかなぁ、2009年のテーマ……。
『優柔不断』なんてどうだろか……?
いや、それはあまりにもそのまんまピッタリだけど、
自己反省であってテーマじゃない。うーむ……。

2009年1月 1日

エンスーな看板屋さんに、ばんざい!

ヘソマガリなのかアマノジャクなのか、あるいは両方か、
みんながみんな同じことをしてたりすると、
俺はどういうわけか発作的に違ったことをしたくなる。

ちょうど今のタイミング辺りでアップされるブログは
ほぼ100%年末年始の挨拶で、
昔からずっと続いてるニッポンの正しい新年の迎え方が
電子の世界に自然に浸透したモノ。
それはそれで素晴らしいことだと思う。思う……のだが、
これだけズラッと並んでると、俺にはできない。
何だか、背中がこちょばゆい感じになって。

というわけで、意味もなく関係ない話題を……というか
話題にすらならないチンケなネタをアップしてみることにした。

とあるビルの地下有料駐車場に入ってクルマから出た瞬間、
いきなりこの看板が目に飛び込んできて、俺はのけぞった。

……これってさぁ……ポルシェ 928……だよねぇ?
タイヤが21インチくらいありそうで車高も変に高い気がするけど、
ちょっと全体のボリューム感がたりないっぽい気もするけど、
ルーフからリアまでのラインが FC3 型 RX-7 っぽい気もするけど、
俺の目にはコイツはポルシェ 928 に見えるのだ。

まさか RE雨宮が90年代の東京オートサロンに立て続けに展示して
当時のクルマ好き達を驚愕させた
FC 型 RX-7 ベースのコンプリートカー、
GReddy 2だとか GReddy 3とか……じゃないよねぇ……?

もしそうだとしたら、あまりのマニアックさにさらに驚愕だけど、
ポルシェ 928 をモチーフとしてチョイスするってのも
だいぶマニアックな行為だと思う。
ふつー、ポルシェをモチーフにって考えたら 911 じゃないか?
と思うのだけど、水冷の FR ポルシェを選ぶその心意気。
看板屋さん、相当な FR ポルシェ好きなんだろなぁと思う。

そういえば以前、高速道路のサービスエリアのトイレの中で
クラシック・ミニみたいなクルマが描かれた看板を見たけど、
“ミラ・ジーノみてーだ” と思ったことはともかくとして、
そういう「描いた人、クルマ、好きなんだねぇ」って感じられる
看板が増えてきてる傾向にあるのは俺としては嬉しい。

何だってそうなんだけど、その世界が好きなヤツが盛り上げなきゃ、
その世界を誰も盛り上げてくれたりはしない。
クルマ好きが盛り上げていかないとクルマの世界は盛り上がらない。
盛り上がらなきゃならないってこともないけど、
盛り上がった方が生きやすいことは生きやすい。
クルマ好きが生きやすい世の中は、
クルマ好きがつくるしかないってことだ。

そんなことを改めて考えさせられた、年末の有料駐車場であった。
あ。一般的な時計ではもう新年になっちゃったけど。

でも、俺の時計はまだ2008年のままなので、
年明けの挨拶は、また改めて……ね。