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May 24, 2009

ポルシェ、VW、そしてインターメカニカをこよなく愛した堀井氏、安らかに

生粋のポルシェ&VW馬鹿。そしてポルシェ356とキューベルワーゲンのレプリカを製作するインターメカニカに情熱を注いできたウルフブルグ商会代表の堀井正昭さんが永眠いたしました。ご冥福をお祈りいたします。


問い合わせがあれば日本全国、どこでもインターメカニカをドライブして見せに行ってしまうという、行商セールスで、二玄社NAVI誌に大きくフィーチャーされたこともあるので、ご存じの方も少なくないのではないでしょうか。

16年前。私も何を隠そうそんな堀井さんの魔の手に引きずり込まれた一人で、当時はまだ社会人になったばかりなのにも関わらず、600万円以上もしたインターメカニカ購入のためのローン契約用紙にはんこを押してしまった一人であります。
当時そんな金額を払えば、それこそクーペやB,Cなどであれば、そこそこの程度のオリジナルを買ってもお釣りがかえってきたもしれない。端から見ても、自ら振り返っても相当無謀なことをしたなーと思い起こされますが、それも堀井さんの魅力に惹かれたからこそだとおもいます。


以来、フランクな関西弁で年齢の差を全く感じず、本当にかわいがって頂きました。

今年の2月、アメリカのビザ更新のためにに日本に一時帰国した際、日帰りでしたが加古川を訪れ、久々に堀井さんにお会いした時も、コツコツとレストアしてきたポルシェ356B、40年以上所有しているVWオーバル、そしてインターメカニカに囲まれながら空冷談話に盛り上がったのが昨日のように思い起こされます。

堀井さんとインターメカニカとの出会いは、自分の人生の方向性もかえたといっても大げさではありません。

私がインターメカニカのことをはじめて知ったのは、1988年。カーマガジンの116号に掲載されていたレプリカ特集でのことでした。すでに空冷VWをドライブしておりましたが、その記事の衝撃は今でも覚えております。大学4年生の時、就職活動でわたしはネコ・パブリッシングを受けたのですが、新卒者採用面接で、今一番欲しいクルマはとの質問に、「インターメカニカ・ロードスターです」と答えたところ、当時カーマガジンの安東俊晶編集長にあれはいいクルマだよと返して頂いたことを覚えています。

大学では航空宇宙工学を学んでいたわたしは、結局大学卒業後は大手カメラ、事務機メーカー、C社に就職したものの、3年後にネコ・パブリッシングに中途入社することになりました。

先行きが安泰な大手メーカーを辞めて、全く畑違いな出版社への転職しようと考えていた頃、多くの人にやめとけといわれる中、堀井さんから「やりたいことやった方がええ」とアドバイスを頂いたことも覚えています。

きっと天国に行っても生粋のポルシェ&VW馬鹿として、フェルディナンド・ポルシェ博士やインターメカニカ創設者フランク・レイズナー氏などに、「なんでやねん」とフランクな関西弁で突っ込みを入れながら楽しい空冷ライフを送って行かれることでしょう。まだ当分先のことになるかと思いますが、私がそちらに行った際は今まで同様に仲間に入れて頂けると幸いです。


わたしの手元に来てからはや15年。未だに溺愛することを止まないインターメカニカに出会わせてくれた堀井さんに感謝です。






Posted by : Shin Watanabe : May 24, 2009 5:13 AM

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コメント Comments

こういった、良い意味での車バカな方、居なくなってしまうのは本当に寂しい限りです。特に今の日本にこういった方が何人残っているのやら、、、

投稿者 Posted by mt-fujioka : May 25, 2009 2:45 PM

はじめまして。
本日マスターの告別式に行ってまいりました。
棺の中のマスターは今にも目を覚ましいつもの口調で「絶対生きとるけどな!」と起きてきてくれるんじゃないかと思うほど、安らかなお顔で眠っておられました。
私は現在自営業をしておりますが、この仕事を開業する前は看護師として働いておりました。看護師をやめることをまわりの人間みんなに反対され、それでも自分の好きな道を歩むかどうか決心がつかず悩んでいたとき「夢を夢でおわらせてどないすんねん!自分の人生、好きなことせんでどないすんねん!」と背中をおしてくれたのはマスターでした。あのときマスターが背中をおしてくれていなかったら、今の自分はなかったでしょう。
自分にとってマスターは憧れであり目標でした。もちろんこれからも「心の師」と胸に刻み、自分もあの世に行ったときに胸を張ってマスターに再会できるよう、がんばって生きていこうと思います。
最後に・・・マスター!俺もいつか絶対にロードスター乗るからな!向こうでフランクと大好きなビールで盛り上がってくれよ! そして・・・ 心から 「ありがとう!」

投稿者 Posted by K.YAMA : May 25, 2009 8:19 PM

mt-fujiokaさん、コメントありがとうございます。
クルマ馬鹿という言葉いつかは死語になってしまうのですかね。いつまでもクルマを楽しむ文化が末永く続いて欲しいですね。

投稿者 Posted by しんのすけ : May 27, 2009 4:54 PM

K.YAMAさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
それにしても本当に突然逝ってしまいましたね。堀井さんの告別式に立ち会うことできませんでしたが、あちらに行ってもきっと楽しいポルシェ&VWライフを送っていかれることと思います。

投稿者 Posted by しんのすけ : May 27, 2009 4:58 PM

堀井さんとは昭和の時代からの友人です、356の話はいつも熱かったです、お酒が入るとマイウエイが好きで歌いきっていました、堀井さんは少し年上の兄貴の様な存在でした、モカブラウンのデモカー、一日試乗させて貰い子供に大うけ、目標の様な存在だった、いつも陽気な堀井さん、存在が大き過ぎてただ今はポカンとしてます、儀告別式も参列しましたが娘さんも言われてたように早過ぎた幕引きでした、自分は未だ356持っていないので堀井さんにアドバイスして欲しかった点
が残念でなりません、これからの356は可愛いいから凄いに変身するみたいですが自分的には少し寂しいです、最後に堀井さんは自分の心の片隅に生きています、堀井兄貴、安らかに。

投稿者 Posted by m,kashida : June 3, 2009 10:18 PM

m,kashidaさん、コメントありがとうございます。
本当に早過ぎる幕引きでしたね。本当に残念です。2月に加古川を訪れた際も、病気を克服して頑張るでーって、おっしゃっていたので、次の再会を楽しみにしていたのですが。これからは堀井さんがやっていたように、自分のロードスターも色々手を掛けながら大事にしていきたいと思います。

投稿者 Posted by しんのすけ : June 4, 2009 6:32 PM

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