April 25, 2007

とてつもなく速くて美しいキャルルック

今日はフラッシュバックでいきますよー! 本誌27号で紹介した1956年型タイプ1ラグトップ。カリフォルニアでレンケーファー・カップにエントリしているとてつもなく速くて美しいキャルルック。

全写真高解像度でお届け!

それでは早速行ってみよー!

続きは↓をクリック!

本誌でもこれまで幾度と紹介してきた「レンケーファーカップ」。単純にドラッグレースの勝敗を争うのではなく、クルマの美しさも求められる。まさにカーショーとドラッグレースがミックスされたシリーズ。

この“速と美”の戦いにエントリーする車両は、ナンバー付きのストリートリーガル、つまり法的に公道を走っても問題ない状態の車輌で、保険にも加入していなくてはなりません。

灯火類、ワイパー、ウィンカーもきちんと機能していなくてはならず、毎レースごとに車輌は厳しいチェックを受けるのです。シリーズチャンピオンになるためには速さだけでなく、美しさも追求しなくてはならないのです。

今アメリカではトレンドであるメタリック純正カラー、L227:ストラト・シルバーが美しい最新のレンケーファーカップカーは、1956年型ラグトップ・オーバル。
 

  

インテリアはストックを重視しながら、ポルシェVDMステアリングを装着。
 

 

オーナーのパトリックさんは、ビス1本に至るまでディテールに拘っております。
  

ため息の出る仕上がりです。レンケーファーカップのような存在が、よりハイレベルなキャルルックVWを排出しているのは紛れもない事実で、そのレベルは毎年、上げ止まることを知りません。キャルルックは一体どこまで発展するのでしょう。


Specification

Displacement 2429cc
Bore X Stroke 87.5 X 94
Crank Chrome Moly
Connecting Rod Scat Chrome Moly
Piston Wiseco Forged Aluminum
Camshaft        Engle FK89
Lifter Scat Lube-a-lube
Rocker Arm 1.4:1 Scat
Heads CB Comp Eliminator IN:47.75 EX:39.75
Intake Manifold CB Comp Eliminator
Headers Gene Berg 1 7/8”
Front Suspension        CB K&L Spindle 4” Dropped
Wheel Porsche Fuchs 15 inch F:5.5J R:6J
Tire F: Klebber 145SR15 R: M&H DOT 26X15


それではまた!

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April 9, 2007

800万円越えの空冷VW

約1ヶ月前だったでしょうか。カリフォルニアでは知らない人はいないほど有名であったスプリットウィンドウがFor Saleに出され、話題になりました。それから2~3週間で何とそのクルマが売れたというニュースが飛び込んできました。

そうです! そのVWとは、本誌でも取材したジャーマン・フォークスののスプリットウィンドウ。
そのお値段はなんと!!!


続きは↓をクリック!

何とその売却価格。70,000ドル! 日本円にして840万円! 
信じられますか? 日本ではちょっとあり得ないハナシですか? それとも納得いく値段だと思います?

ワーゲンに800万円以上だなんて。。。
一般的には正気の沙汰ではないかも知れません。
日本ではまだまだワーゲンは安価で旧車の入門車のようなイメージが無くもない感があるかも知れません。ところが、ここ数年で海を越えたアメリカやヨーロッパでは状況が変化してきております。クラシックカーとしてのポジショニングも確立されつつあるようなのですね。

VWイベントなどでアワードを獲得するクラスのショーカー、希少価値の高いビンテージカーには、実際4万ドルや5万ドル、6万ドルといった高額のプライスタグが付けられ、実際に売れてしまうことが珍しくありません。フルレストアに4~5万ドルの大金をつぎ込む人も今や珍しくありません。日本で600万円のプライスタグが付けられた空冷VWを見たことがありますか?
価格高騰で先行しているタイプ2は、今や10万ドル越えで売れたなんてハナシも耳にすることがあります。タイプ2、とくに23ウィンドウはちょっと信じられない状況です。

日本はどんなに労力を注ぎ込み、お金をかけて仕上げたクルマでも、売るときは叩かれてしまう傾向がありますよね。300万円オーバーで購入したフルレストアのVWが翌年ショップに買い取りの見積もりだしたら100万円以下だったなんて。値段だけでものごとを語るのは好きではありませんが、これではいくら大事なクルマとはいえ、お金をつぎ込むには相当の勇気と周囲の説得が必要になるでしょう。

これが、どうでしょう? お金をかけても、売るときにはその分、もしくはそれ以上のリターンがある。このような状況であれば、貯金するつもりでクルマにお金をかけるかという、何とも素晴らしい口実ができると思いませんか? 値段の高騰がエスカレートしすぎるのはいいとは言えませんが、これがビンテージカーマーケット活性化につながっているのは間違いありません。

手軽に楽しむことのできる旧車としての空冷VWのポジションは失って欲しくはありませんが、これから数が増えることのない空冷VWは、年々希少価値が高まっていくでしょう。みなさん大事にVWを乗りましょうね!

さて、前置きが長くなりましたが、本誌でもみっちり取材し、本ブログでも確か紹介したかと思いますが、その驚きの仕上がりを再びとくとご覧下さい。ハッキリ言ってここまで仕上げようと思うと1000万円あっても足りないかと思います。1950年型スプリットウィンドウという、ベース車としての希少価値、装着されているオプション&アクセサリーパーツの値段だけでも相当の価格を占めるはず。70000ドルという目が飛び出る値段ですが、考えようによってはこれはお買い得だったかも知れません!

 

   

   

   

 

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November 19, 2006

ブラジル製FUSCAってなんだ?

sflashbackvins.jpg

昨日に引き続き、ブラジルで生産されたビートル、現地名FUSCAの1966年型の詳細をお届けいたしましょう。その細かい全てのディテールがドイツ製のビートルとは異なる、非常に興味深いVWです。

続きは↓をクリック!

ダブルバンパーチューブとブレードの間にラバーブッシュが挟まれるバンパー。一見よくあるリプロダクションのダブルバンパーであるが、異様にメッキのクオリティが良い。実はこれブラジルVW純正のバンパーであり、ブレードの裏にはしっかりとVWマークが刻印されている。ブラジル製のリプロバンパーがなぜこのようなスタイルなのか。。。それは“オリジナル”を忠実に再現しようとしていたからなのだ。
 

ブラジルでのヘッドライトはヨーロピアン方式が採用されていた。レンズは現在でもブラジル製VW用灯火類を生産しているArteb社製によるもの。Hellaのロゴも入るダブルネームだ。ルームランプも同様。
  

 

ガソリンタンクもドイツものとは微妙に違う形状。
  

スペアタイヤハウス内のデザインもドイツものとは異なる。マニュファクチャラープレートももちろんVWブラジル。
 

装着されるアクセサリーパーツもドイツものと違うデザインのブラジル独自のもの。ブラジリアンVWアクセサリーは非常にたくさんの種類があり、現在でも熱狂的なコレクターがいるほど。
  

  

リアシート右下には、ドイツものにはなかったバッテリーのキルスイッチも備わる。

フロントフードにマウントされるVWバッジであるが、ドイツの1966年式にはあるはずのバッジ用のプレスが無く、ソリッドな古い世代のプレスのままである。ランニングボードのモールディングもドイツものの古い年式と同様太い形状がそのまま採用されている。デッキリッドのハンドルもプッシュボタンではなくT型。
  

ラジオアンテナは「OLIMPUS」製!? パーツの現地調達率100%だったので当たり前だが、ウィンドウひとつ取ってもブラジル製。
 

ドイツものであれば本来レバー式のヒーターノブも、オーバル、1960年型までのものを依然として採用していた。フロントサスもボールジョイントではなくキングピンのままである。
 

リアシート背後のラゲッジエリアひとつ取っても、マテリアルの違いなどの細かい相違を見つけることが出来る。

ホーンはダブル。ドイツものはシングル。

ルームミラーの形状も旧年代のキャリーオーバー。ただしサンバイザーは高年式用。
 

当時のドキュメント類のデザインも、ドイツ生産モデルとは全く違ったフォーマットである。丁寧にもシャシーナンバーのパンチが押されている。まさに独自の発展を遂げてきたVW FUSCAなのだ。
  

  

いかがでしたか? VWって、本当に奥が深いですねー。

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November 18, 2006

1966年型なのに1958年型!? ブラジル製FUSCA

flash.jpg

今日は久々のフラッシュバック! 本誌26号でお届けした、非常に珍しいブラジル製の1966年型ビートル、現地名FUSCA。ほぼフルオリジナルを維持している資料的にも非常に貴重な個体です。それにしてもドイツ製の1966年型とは相当様子が違っております。

今日は非常に興味深いブラジル製FUSCAのディテールを徹底紹介! 本誌未公開カットもたっぷり!

続きは↓をクリック!

ビートルがブラジルで生産されたのは、スプリットウィンドウの時代、1953年まで遡ります。当時リオデジャネイロでVWの輸入を開始しようとしていたクライスラーディーラーが、西ドイツVW本社との共同出資でVWブラジルを設立。早速、その年に、ドイツで生産されキットとして送られてきたパーツのノッチダウン生産を開始したのです。南米で順調に販売を伸ばしていたVWブラジルは、1957年からパーツの現地生産も開始。当初は50%だった現地調達率も1959年には早くも100%となり、純粋なブラジルメイド・ビートルとなっていました。これが後になってブラジル・ビートル(現地名:FUSCA)に大きな特徴を与えることになるのです。ところでブラジル製FUSCAの生産台数は300万台を超えています。

ドイツ製ビートルは、ボディもウィンドウ面積拡大、ベンチレーションの改良など、幾度か大きな変更が行われました。しかしブラジル製のビートルは生産終了まで一貫してウィンドウ面積の狭い1964年までのボディが採用 (後にベンチレーションは追加された)。サスペンションもディスクブレーキがスタンダードとなる1976年まで、キングピン方式であったのです(ドイツモデルでは1965年まで)。さらにノッチダウン生産開始当初、現地で売られていたガソリンが75オクタンと極めて低かったため、ドイツではM-240オプションとして用意されていた低圧縮率のエンジンが採用されています。

さて、今回紹介するフルオリジナルのコンディションをキープしているブラジル製の1966年型。ドイツもモデルを基準にすると、1958~60年モデルのボディをそのまま使用し、要所に1966年式のディテールが与えられている。。。そんな感じの色々な年式の特徴がミックスした個体と言えるでしょう。でもブラジルものの1966年型にとってはコレが正真正銘のオリジナル。

非常に興味深い個体ですよねー。ボディパーツから電気系の細かいパーツ、インテリアのマテリアルに至るまで、全てがブラジル現地で調達され、アッセンブリーされているので、そのディテールひとつひとつがドイツ製の同年式とは違い、非常にユニークです。

  

ドイツもののビートルは1965年型よりウィンドウ回りが拡大されましたが、FUSCAは依然として1958~1964年型と同様です。
   

1966年式にもかかわらず、ブラジル生産ビートルのエンジンには依然としてスタンドエンジンが採用されていた。ボディもリアエプロンはオーバル世代から1960年式までの“H”プレスが入る古い形式のタイプ。ところが、トランスミッションはフルシンクロが採用され、電装系は12Vという、非常に興味深い内容だ。
  

スタンドエンジンのケースもブラジル製。補記類もブラジル製のボッシュである。
   

  

シートに採用されるマテリアルはファブリックとビニールレザーのコンビネーションだが、デザイン、素材共にドイツ製とは全く違う。ドアパネルのデザインもドイツでは1966年モデルより変更されているが、ブラジル製は前年モデルからのキャリーオーバー。さらに、インテリアサイドはカーペットではなく、ラバーである点も注目。
  

ダッシュ回りもドイツものの1966年型には備わるベンチレーションダクトはまだ備わっていない。ステアリング、助手席のグラブハンドルもアイボリーのままである。ハイビームのスイッチも依然足元のスイッチで行う形式だ。ハザードスイッチも備わらない。

イグニッションも独自パーツ。
 


ホーンボタンはブラジルオリジナルの独自のデザインが採用される。ウィンカーのスイッチも独自形状。
  

スピードメーター、フューエルゲージはドイツ製の1966年式同様、VDO製が収まる。ところがやっぱりブラジル製。フューエルゲージはドイツ製で表示されるTANKではなく、ポルトガル語でガソリンの意であるGASOLINAと印刷される。
 

リアシート下にはブラジルのB、年式を示す6、そして6ケタの車台番号が打刻。1953年ドイツ製ビートルに打刻されていたシャシーナンバー形式がブラジル独自の形式で発展したものと思われる。

いやー、ちょっと長くなってきましたね!
でもまだお見せしたいディテールがたくさんあるので、明日に続きます!


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August 16, 2006

コマーシャルVanなのにデラックス!?

flash.jpg

今日はフラッシュバックで行きます!


本誌19号でお届けしたNor-Cal発 快速デラックスパネル!

続きは↓をクリック!

ここに紹介するクールなパネルバンはそんな“北”カリフォルニア出身の1台。これまでカリフォルニアの至るところで開催されるさまざまなVWイベントにおいてアワードを数多くゲットしており、カリフォルニアではすっかりお馴染みの1台でした。現在は別オーナーの元で元気に暮らしていることと思います!

すみずみまで行き届いたディテーリングをご覧下さい!

 

  

自ら組み上げた1914ccのFLAT4ユニットは、40mmソレックスツインキャブとのコンビネーションで、フリーウェイでは80 mphでの楽々クルージングが可能。最高スピードも100 mph(160 km/h)に達し、まさに現代の交通事情でも全くのストレスフリーでドライブ存分にを楽しむことができる。
  

  

  

  

  

Specification

Base Model       1960 Type2 Panel Van
Builder          Jim Cusato III
Displacement:      1914cc 94mmX69mm bore X stroke
Crank Shaft:       69mm Counterweight
Connecting Rod:    Stock VW
Piston:          Mahle 94mm
Camshaft:        Engle 110 withStraight cut gears
Heads:          CB Performance 044 Magnum
Headers         S&S 1.5 inch header boxes

Carburetion:       Solex 40mm
Ignition:          MSD 6 AL
Exhaust          Yamaha Motor Cycle
Crank Pulley       Gene Berg BRM
Exterior          Custom Made Bra
Wheel:           FLAT4 Sprint Star 15 inch
Tire:            F: 185-55-15 R: 185-65-15
Shocks:          KYB

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August 13, 2006

ビートル登場前のプロトタイプ達

本誌26号で掲載したプロトタイプモデルを3回に渡りフラッシュバックでお届けしてきました。いかがでした? これまではビートル登場後に製作されたプロトタイプを紹介してきましたが、今日はビートルが登場する前に製作されたプロトタイプモデルを紹介しましょう。

フェルディナンド・ポルシェ博士が考える理想の大衆車がいかにして開発され、そして生まれたのか。垣間見ることができます。

続きは↓をクリック!

フェルディナンド・ポルシェ博士が描いていた夢、「大衆のための実用的で革新的な小型車の開発」を具現化したフォルクスワーゲン・ビートル。その原点は1938年に登場したkdf(VW 38)である。ご存じナチス・ドイツ総統の国民車構想により、ポルシェ博士の手によって開発されたものだ。実はポルシェ博士はVW38を完成させるまで、数々のプロトタイプを製作しながら過酷なテストを繰り返してきた。国民車構想以前にも興味深いプロトタイプを製作している。

NSU Typ32 (1934)
  
現在のアウディ前身の1つであるNSUが、大衆小型車を計画。ポルシェに開発を依頼し、製作されたプロトタイプがNSU TYP 32。Typ32は、プラットフォームシャシーにトーションバー式サスペンション、リアにマウントされる空冷4気筒エンジンなど、すでにビートルの基本フォーマットが確立されていた。ただNSU Typ32は結局のところお蔵入りとなってしまった。現在ウォルフスブルグにあるVWミュージアムで動態保存される現車は、奇跡的にも第2次世界大戦の戦火を逃れ、戦後はNSUに勤めるスタッフの自家用車として使用されていた。


VW V3 (1936)
 
NSU Typ32は結局のところお蔵入りとなってしまう。しかし、それまでポルシェが手がけた小型車プロトタイプは、いよいよヒトラー総統のバックアップの元に実現することになった国民車構想で、そのノウハウがいよいよ発揮されることになる。ポルシェがドイツ政府に提出した国民車のスケッチがヒトラー総統の目にとまり、本格的にプロジェクトがスタートしたのだ。VW V3はその壮大なる計画で最初に製作されたプロトタイプ。オリジナルのプロトタイプは現存しておらず、現車はVW社によって忠実に再現されたレプリカである。


VW V30 (1936/37)
  
VW V3のテスト成功を受け、データをフィードバックしたプロトタイプが30台製作されることになる。VW V30である。プロトタイプの製作を担当したのはダイムラー・ベンツであった。VW V30は完成したばかりのアウトバーンに持ち込まれ、高速テストなどを実施。のべ240万㎞にも及ぶ大規模なテストドライブが行われた。こちらもオリジナルのプロトタイプは現存しておらず、現車はVW社によって忠実に再現されたレプリカである。

VW 38 Typ 60 Cabriolet (1938)
 
VW V30の240万㎞にも及ぶテストの成功を受け、ポルシェ博士をはじめとする開発チームは次のステップに駒を進めることになる。VW38である。ヒトラー総統はこの国民車にkdf(Kraft durch Freude=歓喜力行号)と名付けた(ポルシェ博士はこの名前を気に入っていなかったらしい)。さらに国営のフォルクスワーゲン公社が設立され、kdfを製作するための工場も建設、その地はkdf市(現在のウォルフスブルグ)と名付けられた。現車はヒトラー総統50歳誕生日の式典でお披露目された貴重なカブリオレボディのVW 38 kdfである。

VW 38 Typ60 (1938)
 
Kdfを含む現存するフォルクスワーゲンで、世界最古の個体がご覧のVW 38 Typ60である。現車はシュツッドガルトのポルシェ工房で1938年7月にアッセンブリーされた。VW 38としては3番目に製作された車両である。前に製作された2台は開発テストの際にスクラップにされている。現車はポルシェ博士自らがよくドライブしていたとの記録も残っている。


各プロトタイプ車輌の開発背景、コンセプト、なぜお蔵入りとなってしまったのか? 等々、興味深い各車の詳細は本誌26号にタップリと掲載されています。どうぞをご覧ください。

いやー、本当に興味深いですね。空冷VWヒストリーは学問です!?

はい! 今日はここまでです。

次回はビックリワーゲン紹介していこうと思います。 
お楽しみに!

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August 12, 2006

もしも、こんなVWが出ていたら、、、其の3

いやー、現在本誌27号の締め切りでもうヘロヘロ。もう1誌の締め切りも抱えており大変なことになっております。でもがんばってブログも行きます!

今日はもしもシリーズ第3弾。本誌26号でお届けしたウォルフスブルグにあるVWミュージアムに所蔵されているプロトタイプモデルを紹介いたします! さらに、こんなVWまで検討されていたんだ!という驚きの1台もお見せします。外観は一見普通なんですけどね。

続きは↓をクリック!

まずはこれ。

VWビートルにもディーゼルエンジンを搭載したプロトが存在した。
 
今でこそドイツで見かけるクルマの半数近く、いや半数以上がディーゼルといっても良いくらい、ディーゼルエンジンが支持を受けているが、スプリットウィンドウビートルの時代にもディーゼルが検討されていたこと自体が驚きだ。エンジンを開発したのはポルシェ。数基のディーゼルユニットがプロトとして製作されたという。エンジン排気量は1290cc。

VW Type34 Proto (1960)
フェンダーデザインに注目!
タイプ3カルマン・プロト。

  
タイプ1(ビートル)ベースのカルマンギアの大成功を受け、タイプ3も当初からカルマンギアタイプ34の計画が進められていた。タイプ1ベースとは違いアメリカ市場を意識した直線的なデザインが採用されたタイプ34。現車は完成間際までデザインに手が入れられていたことを伺わせるプロトタイプである。特にリアのフェンダープレスラインが生産型と異なる。

VW EA 235 (1967)
空冷エンジンとの決別
世代交代への第一歩。

 
ビートルの登場以来、空冷エンジンRR(リアエンジン、リア駆動)をひたむきに守り通してきたVW社であったが、いよいよ時代の流れを感じていたのだろうか、水冷エンジン採用を本気で検討しはじめることになる。EA235はフロントに1.2リッター水冷4気筒エンジンが搭載され、前輪を駆動。1970年代に向けゴルフとの世代交代に向けた大きな一歩となった。

VW EA266 (1966)
ポルシェが開発したミッドシップ
ゴルフ登場前夜のVWの迷走。

 
ポルシェが開発を担当して製作されたEA266 は、水冷1.6リッターエンジンを180度寝かせてミッドシップに搭載するという、さまざまな革新的なアイディアが織り込まれた。市販寸前まで煮詰められたが、しかし一般量産車にはこのあまりに奇抜なエンジンレイアウト、それによるコストの問題もあり、当時就任したばかりのトップがお蔵入りにした。

VW EA276 (1969)
それでもやはり
空冷4気筒が忘れられない。

 
スタイルでは既に空冷モデルから脱却を実現したかに見えるEA276。ところがフロントに空冷4気筒エンジンが搭載されている! 駆動はもちろん前輪駆動。まさにVWの迷いを垣間見るモデルといえよう。しかし驚くなかれ、VWブラジルではこのフロント空冷エンジン前輪駆動方式が1980年代のGOL(ゴル。ゴルフではない)に採用されている。
下の写真はブラジルで発売されていたゴル。フロントに空冷エンジンを搭載している。
 


いやー、本当に興味深いです。これらプロトタイプを見ていると、当時VW社の迷走が見えてくるような気がしませんか?

はい! それでは今日はここまでです。

次回も興味深いプロトタイプ紹介していこうと思います。 
お楽しみに!

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August 9, 2006

もしも、こんなVWが出ていたら、、、其の2

今日はもしもシリーズ第2弾。本誌26号でお届けしたウォルフスブルグにあるVWミュージアムに所蔵されているプロトタイプモデルを紹介いたします!

どれも興味深いモデルばかりですよ! 写真はクリックするとデスクトップに一面に広がるハイレゾリューション! 永久保存版です。

続きは↓をクリック!

VW EA47-1 (1957-1963)
ビートルがビートルでなくなる日が近づいていた。


上の2点の写真は1957~1963年にかけて検討されていたビートルのモデルチェンジ・スタディモデル。そのスタイリングにポルシェデザインのオリジナリティは残っておらず、その姿はまるでタイプ1とタイプ3をミックスさせたようなデザイン。非凡なスタイリングに後退してしまった。

VW EA 97 (1960)
ドイツでの採用は見送られたが
1969年にVWブラジルからデビュー。

  
 デザインでタイプ3と非常に共通項の多いEA 97。しかしボディサイズはタイプ3よりも一回り小さい。上層部はビートルとタイプ3の間を埋めるモデルとして市販もかなり検討したが、各モデルあまりに近いということでお蔵入り。
 まさにミニタイプ3という印象のEA97。リアに搭載される空冷4気筒は1200ccのスタンドエンジンが搭載されている。ブラジリアとしてデビューしたブラジルでは、後になってバリアントモデルも追加された。日本にも数台現存する。

VW EA 142-2-53 (1962)
1930年代設計のビートルデザインから
脱却を図ろうとした3 Boxスタイルセダン。

  
EA142-2-53はボディの耐久性を図るため20万㎞に及ぶテストが行われ、本気で市販を目指していたことをうかがい知ることができる。しかし車格がビートルと接近しすぎているという理由でお蔵入りとなった。

VW EA311 Special (1966)
後のタイプ4(411)に発展する
空冷エンジン上級モデル。

  
リアのスタイリングはほぼこのままタイプ411に受け継がれている。プロトタイプに搭載されるエンジンは1500ccの空冷4気筒エンジンで、58馬力を発揮し、最高スピード130㎞/hをマークした。

VW EA 142 (1966)
タイプ4にもノッチバックが存在した!

 
市販されても全くおかしくないまとまりのあるデザインのEA142。フロントから見る限り生産型のタイプ411と変わるところはない。タイプ411は空冷モデルとしてははじめて4ドアが採用されたことも忘れてはならない。
非常に完成度の高いまとまりのあるデザインを実現しているEA142リア回り。搭載されるエンジンはタイプ411に採用された1700ccの空冷4気筒ユニットだ。当初水冷やフロントエンジンも検討されたが、結局旧来の形式に落ち着いた。


いやー、非ジョーに興味深いですよねー。これらプロトタイプを見ていると、当時VW社がどのようなことを考えていたのか? 見えてくるような気がしませんか?

はい! それでは今日はここまでです。

次回も興味深いプロトタイプ紹介していきながら、VWのヒストリーを紐解いていきましょう。 
お楽しみに!

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Posted by Shin Watanabe : 4:44 PM | コメント Comments(0) | トラックバック TrackBack (0)

August 8, 2006

もしも、こんなVWが出ていたら……

1938年にkdfとして生まれてから、2003年メキシコのプエブラ工場で最後1台がラインオフされるまで……。70年近くに渡り、2000万台以上が作られたフォルクスワーゲン・ビートル。

VW社の歴史は戦前に生まれたあまりにも偉大すぎるビートル(タイプ1)をいかにして世代交代させるかという苦悩と試行錯誤の歴史でもありました。

今日はレッツプレイVWs27発売直前特別企画!

久々のフラッシュバックで本誌26号でお届けしたウォルフスブルグにあるVWミュージアムに所蔵されているプロトタイプモデルをご紹介いたします!
永久保存版ですぞ!

続きは↓をクリック!

第2次世界大戦前、ドイツ第3帝国ヒトラー総統が掲げた国民車構想により、フェルディナンド・ポルシェ博士の手によって開発されたフォルクスワーゲン・タイプ1(当時の名はkdf)。

ご存じの通りビートルは毎年のように細かい改良を積み重ねながら、21世紀まで生き延びる単一車種としては驚異的に息の長いモデルとなりました。VW社自身はもちろん、開発者であるポルシェ博士本人でさえも、ビートルがここまで長く愛されるクルマになるとは考えていなかったに違いありません。

ただVW社は、戦後、他のメーカーから次々とニューモデルが登場する中、戦前にデザインされたビートルが市場での競争力でそう長くの間、太刀打ちできるとは考えていませんでした。VWはビートルの改良を積み重ねていく傍ら、1950年代から全く新しいニューモデルも常に模索していたのです。

ウォルフスブルグにあるVWミュージアムには、これまで日の目を見ることの無かった数々のプロトタイプモデルが所蔵されています。その日の目を見ることがなかった試作車達を見ていると、VWの苦悩と試行錯誤をうかがい知ることができるのです。

1938年に建設された当時そのままの姿で今でも稼働を続ける、ウォルフスブルグ工場。ここに併設されるVWミュージアムで、VWの試行錯誤のヒストリーを追ってみることにしてみましょう。

各プロトタイプ車輌の開発背景、コンセプト、なぜお蔵入りとなってしまったのか? 等々、興味深い各車の詳細は本誌26号にタップリと掲載されています。どうぞをご覧ください。

VW EA48 (1955)
ビートルがまだオーバルの時代
さらに小型な前輪駆動車が計画されていた。

  
1954年末(1955年型)に完成したEA 48はボディサイズもビートルに比べて遙かに小さく、初代ミニと同程度。現車はクオーターウィンドウのないパネルバンスタイルである。Bピラーにはセマフォーも備わっているのが分かるだろうか。ホイールはコストダウンを突き詰め3穴。車両重量はわずか630㎏。最高スピード80㎞/hであった。

VW EA47-12 (1955/56)
モダンデザインを纏ったビートル。

 
カルマンギアを縦方向にストレッチ、もしくはカルマンギアとタイプ3を足して2で割ったようなスタイリングが特徴のVW EA 47-12。その完成されたフォルムは市販直前まで開発が進められていたことを裏付ける。ビートルに比べ室内空間が大幅に拡大された。搭載されるエンジンはビートルと共通の1192cc空冷4気筒。もちろんリアにマウントされている。

VW EA53 (1957)
ビートルのプラットフォームを覆す
モノコックボディを採用。

 
前から見ると3ボックススタイルに写るが、実はファストバックスタイルのEA 53。VW社は市販に向けホイールベースの変更、ボディスタイルの変更など、試作車にさまざまな改良を重ねた。当初VW社上層部はビートルに加わる新しいラインナップモデルと考えていたようであるが、サイズ、エンジンサイズ等がビートルとあまりにも近すぎたようである。

VW EA128 (1963)
シボレー・コルベアに対する
本家リアエンジンメーカーの回答。

 
   
1963年にポルシェによって開発がスタートされたEA 128は、全長4.7mという当時のラインナップからはかけ離れる超大型モデルであった。大型のサイドマーカーが配されるように、開発当初からアメリカ市場を強く意識したモデルとして開発が進められた。セダン、ワゴンのボディバリエーションに加えフロントセクションのデザインも別バージョンが存在する。EA128のデッキリッドを開くとそこには2リッターのポルシェ・フラット6ユニットが鎮座する。この他にも1.8リッターバージョンも検討されていた。

いやー、非常に興味深いですよねー。これらプロトタイプを見ていると、当時VW社がどのようなことを考えていたのか? 見えてくるような気がしませんか?

はい! それでは今日はここまでです。次回も興味深いプロトタイプ紹介していきながら、VWのヒストリーを紐解いてみませんか? お楽しみに!

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Posted by Shin Watanabe : 2:48 AM | コメント Comments(0) | トラックバック TrackBack (0)

April 15, 2006

キャルルックの常識を破ったスプリットウィンドウ

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今日は昨日に引き続き、南カリフォルニアのVWクラブ、「ジャーマン・フォークス」のメンバー、リチャード・リビエラさんの1950年型スプリットウィンドウをお届けしましょう!

驚異のディテールを全カット、デスクトップ全面に広がるハイレゾリューション写真でお楽しみ下さい!

それでは早速行ってみよー!

続きは↓をクリック!

「最善か無か…」
リチャードさんのスプリットウィンドウをひとことで表現すると、この言葉が相応しいでしょう。
考えられるベストの素材、ベストの方法で仕上げられた、まさに妥協知らずのスプリットウィンドウといえるでしょう。

リチャードさんは
「まず全てをバラして、徹底的にボディを仕上げたよ。手を抜かずにじっくりと時間をかけてね。特に下地には気をつかったよ、仕上がりを左右する大事な行程だからね。ペイントは当初から純正カラーで行こうと決めていた。L70ミディアム・ブラウン。シックな純正カラーでどう派手さを見せるか苦労したね」
こう話してくれました。

純正カラーなのにも関わらず、リチャードのスプリットは、なんとも言えない深み、ゴージャスな雰囲気、そしてその中にも派手さ見え隠れする。果たしてホイールをクロームに変更しただけでここまでになるだろうか?

 
エンジンもご覧のディテーリングを誇ります。ナット、ボルトも全てがクローム。ボルトに関しては全てアレンボルト(六角レンチタイプ)に変更されています。