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2006年11月21日

ホクトモデルのおじさんとおばさん

僕は確か、小学校3年の頃、クラスメイトのG君の家で見せてもらった
OゲージとHOゲージの鉄道模型の面白さにハマりました。
以来今日までずっと、疎になり密になりを繰り返しつつも、HOゲージの鉄道模型を
趣味としています。
ちょうどその頃、本屋で『鉄道模型趣味』という専門誌を見つけ、その時点から
毎月欠かさず購読を始めました。そしてクラスメイトのG君と一緒に、その専門誌に
掲載されていた自宅至近の鉄道模型屋さんに初めて出掛けたのです。
広告の地図を頼りに歩いていったそのお店は、小田急線の経堂駅と豪徳寺駅の
中間あたり、住宅街のドン付きにある「ホクトモデル」でした。
「こんなところに鉄道模型のお店があったんだ!」
僕とG君は、お店の大きなガラスのウインドーに顔を押し付けて興奮しました。
ウインドーには、Oゲージの大きな機関車や電車、そして小振りなHOゲージの
電車や組み立てキットなどが、キラキラと輝いて並んでいたからです。
ウインドーの下の方には、小判型のレールが敷いてあり、そこに小さな機関車が
グルグルと走り続けてもいました。
そしてガラスの戸をギギッと開いてお店に入り、出てきたおじさんに何を話したのか
もうすっかり忘れてしまいましたが、僕は小さな貨車をひとつ買ったような覚えが
あります。
こうして、僕は鉄道模型屋さん初体験を済ませたわけですが、とにかく自宅の
近くにこんな魅力的なお店がある! ということに勇気百倍。
それからしばらくの後、やはり鉄道模型を趣味にしてしまった弟と連れ立って
毎月の専門誌や小さな貨車、あるいは小さな機関車のキットを買いに行くことが
楽しみになりました。
今でこそ、真鍮片の詰め合わせのようなキットを失敗無く組み立てることが
出来ますが、「ホクトモデル」に通い始めた頃は、お店に行くことそれ自体が
勉強。モーターへの配線の繋ぎ方や塗装の仕方、キットの組み立て方などなど、
ホクトモデルのおじさんにはとにかく色々なことを教えていただきました。
改めて考えてみると、当時の模型屋さんは、模型の売り買いのみに終わらず、
ビギナーのお客を一人前に育てることも心掛けていたのでしょう。
車輌についての薀蓄をたれてくれたことも多々ありますし、たまたま組み立てていた
車輌の資料を見せていただいたこともしばしばでした。右も左も判らないビギナーを
よくもまあ一丁前に育ててくれたものだと感謝することしきり。
そんなわけで、長じて色々な鉄道模型屋さんにお邪魔するようになった現在もなお、
僕の鉄道模型“趣味”の原点、ベース基地は「ホクトモデル」なのです。

その「ホクトモデル」が、今年一杯で閉店すると聞いて、今日久しぶりにお邪魔してきました。
住宅街の路地をずんずん進んでドン付きになったところに「ホクトモデル」はあります。
お店のたたずまいは昔のまま(最初に行った時のお店から建て変わってはいますが)。
おじさんもおばさんもお元気でした。お二人の前に出ると、50歳を超えたオヤジは
アッという間に小学生のガキんちょに戻ってしまいます。要するに始めの一歩の
摺り込みっていうやつで、師匠の前ではいつまで経っても見習い中の小僧です。
近況報告のような世間話をさせていただきましたが、おじさんは今年で80歳だそう。
一番最初にお店を開いたのは、昭和23年のこと。当時は豪徳寺の駅前にお店が
あった由で、しばらくそこで営業を続けてから現在の場所に移ったとお聞きしました。
僕らお客にしてみれば、まだまだずっとお店を続けて欲しい気持ちで一杯ですが、
「齢のせいで気力も体力も続かなくなって」とおっしゃるおじさんの言葉を聞くと、
やはりこの辺が潮時なのかなあ…と思います。
お店は先般から、商品整理のための割引販売を始めたそうで、整理がつき次第
閉店となるそうです。


↑住宅街の路地をずんずん進むと行き当たる「ホクトモデル」。
“店は奥でも品物はいっぱい”とは、広告のコピーです。

↓お願いして、おじさんとおばさんの写真を撮らせていただきました。
勿論、お齢は重ねられていますが、初めてお店に出掛けた時のままの
「ホクトのおじさんとおばさん」です。長い間、本当にご苦労さまでした。
これからは、お店を気にせずに悠々自適ののんびり時間を過ごして
いただきたいもの。いつまでもお元気でいて欲しい、おじさんとおばさんです。

●ホクトモデル 世田谷区宮坂2-25-1 電話03-3428-5301

子供の頃からお邪魔しているお馴染みのお店が幕を閉じる…寂しいです。
でも自分の歳を考えてみれば、既にあれから40年以上の時間が流れたわけで、
仕方の無いことなのだと思います。ただ頭では判っていても、この寂しさを
どう整理したら良いのか…。

投稿者 滝沢隆久 : 2006年11月21日 18:16

コメント

 B滝さんこんばんは、本当に最近ではお客を育てる模型店は
少なくなりました。僕が模型(車のプラキット)に興味を持って模型を購入し始めた14から15年前には既に模型店が少なくなりましたが、幸運にも比較的近辺にまだありました。
 子供1人がお店に行っても売ってもらえなかったり、色々と話をしてもらえたりした覚えがあります。今にして思うと子供やその両親の事をきちんと考えてくれていたのではないかと思います。時代の流れには逆らえませんが、B滝さんが通われていたお店のようなお店こそが今の世の中には欠けているのではないかと思われます。

投稿者 原 あきひろ : 2006年11月21日 22:25

お久しぶりです。秋田のdododoです。お話を感慨深く読ませて頂きました。何て言うのか「よき時代」「昭和」がまた遠のいていく・・・そんな感じです。

当地にはこのような模型店はありませんでしたが、雰囲気は充分に伝わってきました。損得抜きでお客さんと一緒になって「鉄道模型」を育ててきたんだろうなって思います。どなたかが引き継いで下さるといいんでしょうが、この時代では難しいんでしょうね。

さて私事ですが、VWが冬眠生活に入りました。毎年のことで、本格的な冬を前に実家の車庫で「冬眠」です。20年来の年中行事です。
昔1303sに乗っていた頃は、1台で通しましたので、冬になるとスパイクタイヤ(懐かしい)に履き替え、リアフード上のルーバーにスキーキャリアを装着して走り回っていました。

FF程じゃありませんがRR故トラクションも結構良好で、上り坂も苦にしませんでした。反面、下り坂急カーブはRR故に決死の覚悟(^^)
ホーンが凍って鳴らなくなったり、ドアが凍って閉まらなくなったりと思い出もいっぱいです。
中でも一番の思いでは・・・スキー場帰りに東北道を疾走していたとき。
突然Fウインドーが凍り始め視界が効かなくなったことです。原因はエンジンルーム内のヒータホースが振動で外れたこと・・・。
これだけは今思い出してもヒヤッとします。

VWが冬眠から覚める春までは・・・ギターと鉄道模型で過ごす時間が多くなりそうです。ではまた(^^)

投稿者 dododo : 2006年11月21日 22:46

私の場合、純粋の鉄道模型趣味ではありませんが…HOスケールのミニカーとかも好きで集めています。たまたまバイク仲間に鉄道模型の某GM店の店長さんがおられまして、いろいろと教えて頂きながら鉄道模型用パーツを流用して、数年前から暇を見つけてはこそこそと(仕事場の控え室で)HOミニカー展示用ジオラマを製作中なのですが、これがなかなか楽しくって…最近ではもっぱらこちらの方に嵌まっています(笑)

ところで今晩のTV「鑑定!なんでも探偵団」に旅館の親父さんが出演されておられましたね。さっそうとビートルで登場されてましたが、ビートルもなかなか良いですね〜(笑)

投稿者 KAORU : 2006年11月22日 00:58

すみません、『開運なんでも鑑定団』でしたネ(^^;

投稿者 KAORU : 2006年11月22日 01:01

ゴートクジですか!高校・大学とその駅を使ってました。
豪徳寺と言えば”豪徳寺”と美登利寿司ですね!?

あの付近はTAXI殺しで有名らしいです。ナビの無い頃に、私も何度も同じ道をグルグル回った事が有ります。TVアンテナの方向を見ながら走っても迷います・・・

投稿者 Luftfahrt-kota : 2006年11月22日 11:21

ホクトモデルの近況と写真をありがとうございます。

僕がまだ小学生だった頃、そう30年も前です、自転車に乗って一番遠出できる場所がこのお店でした。「鉄道模型趣味」の広告を見て、迷路をたどりつつ、電柱看板の矢印をたどりつつ、半信半疑で、というのもみなさん同じだったんですねえ。

ここではレールを買ったりはしたんですけど、結局車両は一度も買えませんでした。当時の自分では親と一緒でないとお金無さ過ぎで車両は買えなかったのです。。。で、親だとどうしてもこういう迷路な場所には行かないわけで。ここは付き添いも来れない、本当に好きな人しか来ない聖域みたいな所。

だからここは私にとっては、自転車に乗って、行ってはいたけど、ちょっとは買ったけど、でも本当の中までは辿り着けなかった世界。お客を育てるお店、と書かれているのが自分自身では実感できなかった、門前払いの丁稚みたいな、一見客でしかなかったのです。

その後、結局鉄道模型の趣味からは離れてしまったこともあって、お店の存在すら記憶の彼方に消えかけていたわけですが、今日このブログをたまたま見かけたことで、忘れていた記憶がどんどんと思い出されてきました。

もしあのときに中の世界に踏み込めていたなら、きっと自分は違う人生、違う感動に辿り着いていたのかと思うと、ちょっともったいなかった気がします。

それに比べれば、Takizawaさんはずっとずっと幸せ者だと思いますよ!!

投稿者 ぶらりん : 2006年12月 6日 17:14

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