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2008年02月14日
鉄道古写真・国鉄スム1型
こんにちは。@会社です。
先般から時たまアップさせていただいている“鉄道古写真”ですが、おかげさまで
皆さんには喜んでご覧いただいているようです。ボケピンの下手糞写真以外の
何物でもありませんが、まだまだ沢山ありますので、どうぞ気長にお待ちください。
で、今日の1枚は、下手糞写真の極め付け! ともいうべきものです。この写真は、
もしかすると地元の小田急以外の被写体にカメラを初めて向けたもののひとつかも
しれません。子供の頃に親戚に連れられて、国鉄の長野原線沿線のどこかに
旅行に出掛けた時に、長野原駅の貨物側線に沢山停まっていた国鉄貨車を
カメラに収めました。多分その時の1枚で、国鉄のスム1型鉄側有蓋車です。
貨物扉を大きく開けて、なにやら荷役中だということが判りますが、貨物側線の
枕木の柵の間から撮ったと思しきものなので貨車の車体はブチ切れているわ
ハーフサイズのカメラのピントはボケているわのバカタレ写真ではあります(笑)。
さて、国鉄に在籍していた鉄側有蓋車とは、車内の木製内張りを省略した有蓋車で、
内張りを施した一般の有蓋車よりも車内温度が上がってしまうため、温度には
あまり影響されない積荷を運ぶための貨車でした。形式は新製車スム1型と、
ワム3500型からの改造組スム4500型がありましたが、どちらも走り装置が
旧式のシュー式だったため、ヨンサントウを機に廃車。一部は北海道や四国地区に
封じ込められて使用されました。このスム型は貨物輸送を行なっていた私鉄も
好んだようで、実見したものとしては東武鉄道、西武鉄道、秩父鉄道、関東鉄道
などにも在籍。外見的に酷似したものでは、小田急のワム730型もありました。
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因みに、国鉄長野原線は現在、JR吾妻線と名称が変わっています。長野原線時代の
貨物列車はC11型蒸機が牽引していたはずですが、当時ボクは貨車ばかり見ていたので
C11型の記憶は全くありません。
さて、ただいま3月1日発売予定の『ガレージ・ライフ』を編集中です。
何だか雑多な用事がボコボコあって、それのどれから着手したら良いのか、アタマが
混乱の極み。次はこれ、その次はこれ! というふうに的確な指示出しをしてくれる
美人秘書でも居れば…なんて思って何か適当な画像はないかと探したら、おおっ、
ありましたとも!! ん?! 美人秘書ならぬ うひゃひゃ~ナース!! これはもうビョーキなので
看護してもらいなさい…っていう暗示かも?! 自爆です。
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投稿者 滝沢隆久 : 2008年02月14日 15:49
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コメント
B滝さん今晩は、貨車好きの「のぶやん」です、スムの荷役中の写真なかなか良い雰囲気ですね、国鉄時代は小さい駅でも短い成りの貨物側線が有り、こんな風景は日常茶飯事でしたが、コンテナ主流の今と成ってはこんな風景日本中探しても皆無ですね、そもそもパーコー(ワムハチの事昔はこう言ってました)自体もう走っているのは岳鉄からの輸送位ですかね、僕らが構内係やっている頃はスムを始めポム、テム、トム、三軸ボギーのタキ、ツム、各国鉄工場からの配給車、東武鉄道直通の社有貨車ワラやトキ等珍しい貨車も沢山来ました、でもこのように走り装置がシュー式というのは初めて知りました、一段リンク車も在りませんでしたね、全て二段リンク車で75キロ走行可能貨車ばかりでしたが、東海道のような主要線区では65キロ走行列車、解結貨物列車(通称だらこー)も在り操縦車や無力回送の電車、マルろ表示の貨車専用や積車のセメント貨車ホキ等は65キロでした、コキ車が幅を利かせている今の鉄道貨物、車扱い貨車やワムハチ輸送は今にどうなってしまうんですかね?
投稿者 のぶやん : 2008年02月15日 19:50



