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2008年2月15日

鉄道古写真・タキ3000型

おこんばんわ♪ @会社で原稿書きその他。落ちコボレ社員ですから、まだ
うにゃうにゃと仕事をしているのです。はあ…。
さて、皆さんからいただいたコメントの総数が、目出度く1031本になりました。
くだらん親父ギャグや与太話ばかり書いて喜んでいる拙ブログですが、
暖かくかつ的確なコメントをお寄せくださる皆さんには本当に感謝してます。
どうぞ、これからも引き続きよろしくお願いいたします。
で、早速にコメント2つご紹介しちゃいますよ。

●こちらに書くのははじめましてです(^^)
3点式って所を読んで思い出したのですが、62くらいのコンバチからリアクウォータの角?に
ネジ(マウント)がありますよね?
あれって実は3点式のマウントじゃ・・・と思ったことがあります。実際どうなのでしょうか?
マウントだったとしても、付いてる車両見たことありません(^^;
それではお邪魔しましたーっ(^^)
↑ます さん、ありがとうございます。ボクのと同じ1965年式の幌型甲虫にお乗りの
ますさんです。そういえば、ご指摘の位置には大きなブラスティック製のビスが留め
られていますね。確かにアレは何だろうかと疑問に感じたことがありますが、そうか!
3点式シートベルトの1点を留める箇所なのかもしれませんね。詳しい方いますか?

●B滝さん今晩は、貨車好きの「のぶやん」です、スムの荷役中の写真なかなか良い
雰囲気ですね、国鉄時代は小さい駅でも短い成りの貨物側線が有り、こんな風景は
日常茶飯事でしたが、コンテナ主流の今と成ってはこんな風景日本中探しても皆無ですね。
そもそもパーコー(ワムハチの事昔はこう言ってました)自体もう走っているのは岳鉄からの
輸送位ですからね。僕らが構内係やっている頃はスムを始めポム、テム、トム、三軸ボギーの
タキ、ツム、各国鉄工場からの配給車、東武鉄道直通の社有貨車ワラやトキ等珍しい貨車も
沢山来ました、でもこのように走り装置がシュー式というのは初めて知りました。
一段リンク車も在りませんでしたね。全て二段リンク車で75キロ走行可能貨車ばかりでしたが、
東海道のような主要線区では65キロ走行列車、解結貨物列車(通称だらこー)も在り
操縦車や無力回送の電車、マルろ表示の貨車専用や積車のセメント貨車ホキ等は65キロでした。
コキ車が幅を利かせている今の鉄道貨物、車扱い貨車やワムハチ輸送は今にどうなって
しまうんですかね?
↑貨車好きの のぶやん さん、こんばんわ。またまた昔話をありがとうございます。
構内係をなさっていたのはいつ頃の時代でしょうか。コメントを拝見しますと、2軸車は
みな2段リンクの時代のようですので、そんなに旧い時代ではありませんね。
前にも書いたかもしれませんが、昭和43年10月実施の国鉄ダイヤ改正(ヨンサントウ)で
貨物列車の運転速度が75km/hに引き上げられることとなり、これに追従出来ない
旧い時代の走り装置(シュー式、1段リンク式)の貨車は大半が廃車になりました。
極く一部の旧型貨車は北海道や四国地区に封じ込められて暫くの間使用されました。
また本州地区で引き続き運用される旧型貨車は車体に黄色い帯を巻いて低速運転の
車輌だということを現していたものです。関東地区でお馴染みのものとしては、
青梅線の氷川駅(現・奥多摩駅)を常備駅としていた石灰石輸送用のホキ4200型が
黄色の帯を巻いた貨車として後年まで現役でしたね。
さてさて今日の鉄道古写真・貨車編は米軍のジェット燃料輸送に永いこと活躍した
タキ3000型です。これも関東地区のファンにはお馴染みのタンク車ですが、この写真は
30年近く前に撮ったもの。タンク体には識別番号と思しき数字が大きく標記されています。
この写真を撮る以前は、タンク体に英文でなにやら大きく標記がされており、素人目にも
米軍用車輌であることが歴然でした。そんな標記があった時代に、国鉄新宿駅で
EF10型が牽引した米軍タンク車列車が脱線転覆し一部が炎上するという大きな事故が
ありました。詳細は知りませんが、当時は山手貨物線を利用する運用があったのでしょう。
永いこと米軍専用形式のひとつでもあったタキ3000型ですが、現在は廃車されて姿を消し、
新たにタキ35000型が任務に就いています。常備駅は鶴見線の安善駅です。

運用は安善~拝島(横田基地専用線)だと思いますが、以前は相模鉄道の相模大塚駅
(厚木基地専用線)までタンク車列車が運転されていました。あ、横須賀線の田浦駅から
分岐する臨港専用線界隈にも米タンはいましたね。

投稿者 滝沢隆久 : 2008年2月15日 20:39

コメント

>確かにアレは何だろうかと疑問に感じたことがありますが、そうか!
3点式シートベルトの1点を留める箇所なのかもしれませんね。詳しい方いますか?

こんにちは 久々にお邪魔致します
リアのシートベルトの3点式についてお悩みのようですね。
私も断言できるほど詳しくはありませんし、幌型がどうかはさっぱりデスガ
1970年代中頃のドイツビートル(セダン)でさえ、もう既にリアクォーターガラス後ろに3点式用の穴(ナット)は存在してましたよ!
ご丁寧に天張りで隠されてますが・・・^^;
なので、幌型ももう既に穴だけは準備されていたのかもしれませんね。

投稿者 irontail88 : 2008年2月16日 12:32

今晩はB滝さん、のぶやんです私が構内に居たのは昭和55年頃からです、国鉄に入ったときは最初駅の切符切りでもさせられるかと思ったら大間違い、貨車との毎日の格闘に嫌気が差して辞めた仲間も居ました、また大ヤード等は旅客ホームから見えない所だからいいですが、中小の組成駅なんかは仕訳け線群がホームから丸見え、お世辞にも綺麗な格好ではない上に、錆や油等で真っ黒になりホーム上の綺麗なオネーちゃんの目も気になったようですが、私の居た駅はヤードが旅客ホームから離れていた為人の目を気にする事は無かったですね、でもこの仕事は本当に危険な作業でした、50~60両引き上げた貨車を操車掛の合図で、どんどんヤードへ連続突放、これを4人位で
あちこち飛び乗り制動させるんですが、万が一躓いて隣の線に倒れたりでもしたら貨車の餌食です、また雨の夜はさらに怖い、ヤード灯が有ったとはいえ、真っ黒な貨車が多かった当時は、ボヤボヤしてるとすぐそこまで迫っていたりしてヒャッとした事も何回有ったか、ハンプヤードと違い平面ヤードは入れ替え機関車の速度次第で貨車の転がる速度も違います、でもさすがのDE11でも60両位の貨車相手では動輪が空転したり、制動時には貨車に引っ張られ苦しそうでしたね。今回の写真の米タン、私は茅ヶ崎や湘南貨物辺りに留置されていたのを仕事中見ました、最初見たときは大きな数字が不気味でした。

投稿者 のぶやん : 2008年2月18日 00:01

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