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2008年02月24日

鉄道古写真・貨車の巻・白帯車。

こんにちは。@自宅です。
昨日は春一番が吹いたとのことですが、今日も物凄い強風で、周囲が畑だらけの拙宅は
土ぼこりの嵐に見舞われています。毎年春先の恒例行事のようなものですが、
クルマはホコリだらけ。この時期は洗車などしてもまったく無駄です。笑。
さてさて今日は、久しぶりの鉄道古写真・貨車編をお届けしたいと思います。
まず最初の写真は、国鉄新小岩工場の入り口あたりで撮ったワ10000型10399。
中学三年の頃に撮ったもので、当時国鉄の小型有蓋車ワには、10000型、12000型、
そして22000型がありましたが、22000型は足回りが旧式のため本州内では
姿を見ることが出来なくなっており、実見出来たのは10000型と12000型のみ。
それらもワも、ご覧のように車体に白い帯を巻いた事業用車となったものが大半。
彼らは、国鉄の工場に所属しており、配給車として管轄各地の機関区などに
部品などを運ぶ仕事に就いていました。貨物扉に記された「千」の文字は、
千葉鉄道管理局の頭文字です。

↓こちらは、二俣線の遠江二俣機関区で撮影したワ12000型12467。
名古屋鉄道管理局・名古屋工場に在籍して配給車となっていたものです。
前掲のワ10000型も含めて、これらの白帯車には旧い有蓋車や無蓋車などが
充てられることが多く、写真は残念ながら撮れませんでしたが、ワム1型や
ワム3500型、ワム50000型など木造の連中も各地の機関区などで目にして
います。貨車ファンの中には、白帯車ばかりを撮影していた方もいらっしゃる程。
一般の営業用車とは標記などが異なる面白さがありましたから納得ですが、
そうした白帯車も今では姿を消し、機関区などに出掛ける面白さや楽しみが
殆ど無くなってしまいました。もっとも、もし今も白帯車が居たとしても、そう
簡単には機関区などに立ち入ることが出来なくなりましたから、超つまんね~。
ちなみにこの遠江二俣機関区に出掛けた時はまだC58型が健在で、乗務を終えた
機関士さんに「おい坊主、帰りに風呂に入ってゆけよ」と声を掛けられましたよ。
その昔は、そんなふうに鉄道の現場の方々がファンに好意的だったのですね。
兄と同じく鉄道好きの弟なども昔、東武の東上線に鉄ちゃんしに出掛けて
貨物列車の緩急車に乗せてもらったことがあるとか。もう時効でしょうが、
本当はありえないことです。ボク自身も国鉄小海線でC56の機関士さんから
次の駅まで乗ってくか(キャブに)?! と声を掛けられたことがありましたよ。
ほのぼのとした良い時代ではありましたな~。

…ということで、次回の鉄道古写真をお楽しみにぃ~。
余談ながら、昨日から16番の17m級国電のキットを組んでます。車体完成、
下回りも完成、今日は可能ならば総仕上げに掛かりたいと思ったりしてます。

投稿者 滝沢隆久 : 2008年02月24日 11:18

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コメント

B滝さん今晩は、今回は配給車ですね、僕が構内に居た頃も各大きな工場所有の車を見ました、でも事業用なので当時としては使い勝っても良く荷役が楽で荷主様第一の様ななワムハチは皆無で、小屋根と呼ばれたワとかワラ、ワム、無蓋車でもトムとかの荷台のあおりが低いような黒貨車ばかりでした、また側面に運用板みたいな物が付いている車も有り、所属工場より何列車で何処までの駅、その駅からまた何列車で次の駅と最後所属工場まで戻ってくるまでの経路を階段状のグラフの様な物で表した車も有りました。また入換え作業中はヤードの奥に入ってしまわないように絶えず入機の次位に連結してました。所属管理局の大きな文字も入ってまして、名古屋局の「名」という文字なんかはちょっと変わった書体でした。

投稿者 のぶやん : 2008年02月27日 20:51

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