COX1/32 チータ・スロットカー
昨日の1/24に引き続き、COXの1/32チータをご紹介。1/24と同じくキットとRTR(Ready to Race・完成品の意)が存在し、写真のボックスがRTRの箱。背後のスタンダップ部分は、折りたたむことができる。多分、ディスプレイ台とキャリング・ケースを兼ねた意味合いの紙箱だと思う。ご覧の通り、ロゴを含め、COX製スロットカーのグラフィクス・デザインは総じて大人っぽく洗練されたものだった。それがまた現代でもカリスマ的な人気を持つ要因でもあると思う。モデル本体のボディ成型色は黒、シャシーは1/24のサイドワインダーに対してインラインとなっている。このチータもタイヤをシリコン製レプリカに換装した状態。いまだ二度しか走らせたことしかない。一度目は「スピード☆キング」誌の取材時にさかつう「ルート66」で、二度目は埼玉・深谷「ジム・クラーク」2Fの「シャパラル」でのレースだった。ビス・ナット類の増し締めしかしていない状態での走行だったが、ストレートは充分に速く、コーナーリングも、1/24より扱いやすいと感じた。左写真下段は、くだんのRTR箱スタンダップ部分に映っている実車チータの写真のアップだが、実はこれ、チータではない。オープン・ボディのクーパーの写真に手を加えてチータらしく見せたものなのだ。多分当時良い写真がなかったので、こんな手を使ったのだろう。とりわけ前の方のグリッドにチータが鎮座している写真は、実際のところ、存在しないのかも知れない。まったくもって、ちゃんとした資料も写真も極めて少ないクルマである。そこがまた魅力なのだが。


1960年代アメリカにおける象徴的スロットカー・ブランドが「COX」なら、イギリスを中心とするヨーロッパにおける代表は言うまでもなく、「SCALEXTRIC(スケーレクス・トリック)」である。アメリカのスロットカーが、どちらかと言うと、営業コース用のレジャーアイテム的な立ち位置にあったのに対して、スケーレクスやMRRCといったイギリスの老舗は、鉄道模型・情景模型趣味の延長線上にその原点があるようだ。
250TRの通称TR57は、自分にとって、いかにも「幼少時に親しんだフェラーリのオモチャ」という印象が強い車種である。フロント左右にクラシックなフェンダーを持つ、このカタチは、発表当時も「古典的」と評価され、この時期のフェラーリを愛する実車VIP連の中でも、その人気が極端に二分される車種だ、ということはネコに入社してから知った。写真はストロンベッカー初期の1/32ホームコース用250TRで、成型色はブルーグレー。レッドでなく、ブルー系ということから、NARTチーム車という想像で楽しみたい。このモデルを雛形にしたスロットカー・キットが童友社からも出ており、そちらもボディ色はメタリックブルー。幼少時に親戚からもらって遊んだ記憶がある。最初に組み立てたホワイメタル・キットも250TRで、これもNART仕様で仕上げてしまった。とまぁ、なんか自分にとっては青いクルマという印象が強い250TRなのであった。
「クルマ好き」及び「クルマ模型好き」なる人間は、要は「タイヤとホイール」が好きなのだと自分は思っている。自分自身、モロにそうだ。幼稚園に通っていた時分、誕生日か何かのプレゼントに古タイヤを貰ったことがある。母親のクルマでガソリンスタンドへ行き、ホワイトリボンの小さめの古タイヤをもらった(多分、安価で買ったのだと思う)。その坊主タイヤを転がして、どれだけ遊んだことか…。その様子を見て、姉は「タイヤを転がす弟をテーマにした曲」を作詞作曲し、しかもピアノで弾き語りしていたほどだ…。ま・それほど「タイヤ転がしな」幼少期だった。そんなわけで、自分にとって、クルマ模型の価値基準は、まず、タイヤとホイールのバランス。飛行機の模型も人並みに好きだったのだが、この場合も足まわりが何より気になった。プラモデルは無論だが、Uコン小僧でもあったので、とりわけ複葉等の古典的な飛行機のタイヤに惚れていた。1970年代半ば頃、「ブレリオ」のRC機用に手編みの大径ホイールが売られていて、いたく憧れて模型屋の主人に値段を尋ねたら、「1本9800円」とか言われて腰を抜かしたことがある。「清水模型」、「IM産業」等にも良いタイヤがあったが、自分の贔屓は「ウィリアム・ブラザーズ」だった。有名な「GeeBeeレーサー」を引き合いに出すまでもなく、プラモデルでも有名なメーカーだけに、ラインナップが豊富だったし、シュパンダウ/ルイス機銃、星型ダミー・エンジン、ダミーパイロットの数々等、UC/RC機用アクセサリー・メーカーというスタンスが何故かカッコよく思えた。当時は無論、成人してからも、それらのパーツに見合うRCスケール機を所有・制作する甲斐性もないのだが、パーツだけ、時折ぽつぽつと買ってしまう。写真もそんな1つ。コメートのドリーを作るつもりで買ったタイヤ(直径2.5インチ)。ソリッドではなく、エアが入った中空タイプで、握ると弾力が快感。しかし、いささか大き過ぎた。
昨日の続きでウィリアム・ブラザースの飛行機模型用アクセサリーの話。昨日の写真のタイヤは比較的モダンで汎用性の高いフォルムだったが、今回はぐっと古い機体用の薄いバルーン・タイヤ。このタイプは相当なサイズ・バリエーションがラインナップされている。もちろんタイヤのみならず、ホイール部分も中空で、フライト・モデル用の設計となっている。頭を切り替えれば、戦前のグランプリカーやレコードブレーカー等、自動車模型にも転用できると思う。タイヤの写真の上は、同ウィリアムズ・ブラザーズのシュパンダウ機関銃。フォッカーやアルバトロス等、第一次大戦・ドイツの戦闘機に装備されていた有名な機銃だ。無論これも本来はフライト・モデル用アクセサリーなのだが、単体モデルとしても魅力的な内容である。スケール不明、モデル全長は15cm程度だ。他にルイスやヴィッカーズ等もキット化されていた。箱絵に描かれるバルカン・クロイツ(鉄十字)は、英国機銃の場合はRAFの「蛇の目」に変わる。グラフィックもなかなか大人っぽくて良いセンスだと思う。ところでバルカン・クロイツは、ホット・ロッディングやチョッパーの世界では、メジャーなデザイン・モチーフだが、一体どういう経緯でそうなったのか?
なぜホット・ロッディングやチョッパーでは、バルカン・クロイツを始めとするジャーマン系モチーフが好まれるようになったのか?そのキーはエド”ビッグ・ダディ”ロスが握っていたと思うが、まずは、昨日のシュパンダウ機関銃つながりで、激レア・イヤー、1973年のマテル製「チョップサイクルズ」の「サワー・クラウト」を見ていただこう。ハンドルバーの間にシュパンダウ機関銃がちゃんと鎮座していることに注目。デザインは1970年初頭のマテル・ホットウィール・チームを代表する奇才、故・ボブ・ラブジョイ。ゴースト・ライダーやボーンシェイカーを手懸けた人物だ。詳しくは夜また書くことにします。*****
チョロQふう、と言うよりも、正直に言えばチョロQのシャシーを使った、ディフォルメ・チータが欲しいね、というヨタ話から生まれたレジンの原型。なかなか良いカタチだと思うが、この原型ができた時には(3~4年前)、いまだ全高が低いタイプのプルバック・モーターが存在しなかった…。なので、そのままお蔵入りになってしまった身内ネタである。現在なら、低くコンパクトなモーターが手に入るので、なんとか、まとまりそうな気もする。ちなみに制作したのは山越昌之氏。モーターボム製チータの原型をやってくれた人物である。もうじき、モデル・カーズのWEBで、彼関連のブログもスタートする予定である。お楽しみに!
昨日のTether Car(いわゆるフリー走行のエンジンカー)つながりで、今日は国産品をご覧頂こう。写真は、島谷治郎氏設計・「フジ・ミゼッティ」のレプリカだ。オリジナルは1949年に発売された。全長は約24cm。戦後のアメリカではエンジンカーは軒並み小型化し、そのトレンドを反映したカタチで、主に駐日米兵向けに国内で販売された。写真のレプリカは、島谷氏の了解・監修の元、オリジナルを原型として、模型飛行機・設計家として知られる鈴木雅之氏が制作した数台のうちの1台。オリジナル同様、ボディ、シャシー等の主要コンポーネンツは、砂型を使ったアルミの鋳物である。詳しくは明日。
昨日の続きで、今日は「フジ・ミゼッティ」の中身をご覧頂こう。ボディ・カウルを外すとご覧の通り、中身は非常にシンプルなもの。19~20クラスのグロー・エンジンにより、左後輪のみを駆動する構造で、駆動輪の反対側を中心とする円周上を走行させるコンセプト。エンジン前方のシルバーの箱は燃料タンク。フロント・アクスルは、センターに小さなスプリングを備えており、ささやかながらサスペンション機能も備える。
1936年6月に開催された「多摩川スピードウェイ」での「全日本自動車競争大会」において、ダットサンのワークス・レーサー群を打ち負かした「オオタ小型」レーサーの1/43モデル。15年ほど前にその存在を知り、なんとか模型化したいと考えていたが、当時は全く資料がなかった。ネコの社員になってから、故・五十嵐平達先生の資料を見せていただける機会があり、これを元に制作を開始。厳密な寸法が不明だったが、写真でクルマの脇に座るシェパード犬の全高から、概ねのバランスをはじき出しての制作となった。
写真は自宅のショーケースの一部。スペースの殆どは1/32スケールのスロットカーで埋まっている。
前回、オオタ小型に絡んで、故・五十嵐平達先生に資料を見せていただいたことを書いたが、そう言えば、先生は自動車の「模型」にも熱心であった。 1950~60年代には随分と国産のブリキ玩具も収集されたらしい。無論、主として「資料」としての収集であるから、やがてダイキャスト製ミニチュアカーの質が向上すれば、収集対象も変わり、気に入らないディテールには手を加えたりもされたそうだ。そんな先生が、1990年代半ば頃にお気に入りだったのは、ダンバリー・ミントやフラクリン・ミント等、言わば最も良質で手の込んだ作りのダイキャスト製ミニチュアで、しばしば
昨日に続いて、今日は海外のブリキ製レーシングカーをご紹介。
写真はブリキ製からプラスチック製に進化したスケーレクス・トリックの第1号車、「ロータス16」。いまだフロント・エンジン時代のロータスのグランプリ・マシーンを題材に選んでいる。このロータス16、殆ど模型化されていない車種なので、現代の目で見れば、はなはだ素朴なこのスケーレクスも意外に貴重なモデルだったりする。この時期の英国製フォーミュラカーの定番であるウェブリィ・ホイールや、リア・サスペンション(コイル)のディテール等、なかなかに魅力的な出来栄えだ。ちなみに、やや時期はズレるのだが、このロータスとペアにしたいスケーレクスと言えば、フェラーリ156シャークノーズだろう。
プラスチック製に移行した後のスケーレクスは、当時のレーシングカー、スポーツカーを次々にモデル化していった。グランプリマシーンも多く、特にロータスやBRM等、自国の車両は、細かくいろいろバリエーションを出している。写真も、そんな時代に発売されたロータスのフォーミュラだが、F1ではなくFJ(フォーミュラ・ジュニア)。実車同様、モーターも小型のものを使って、F1のラインアップより細身に作られており、プロポーションが整っている。ガイドの動きとリンクして前輪がステアするので、コーナーでテールが流れるとカウンターを当てる動作が見られる。1960年代のヨーロッパ製スロットカーは、ステアリングが切れることが特徴だったが、マスプロ製品としてはおそらくこのロータスFJと、同ラインのクーパーFJが元祖だと思う。ちなみに、スケーレクス以前のイギリスにおいても「スロットカーのようなもの」は存在した。厳密にはスロット(溝)ではなく、レールにガイドを掛けて走らせるものが殆どで、題材は概ね戦前のグランプリカー。ベースはSMECというメーカーの1/32木製キットが多く、全体としてはスピードを競うよりも、ディオラマを作り込んで、情景模型として楽しむ性格が濃厚だった。このキャラクターは、スケーレクス・トリックやMRRC(エアフィックス)に確実に受け継がれたと言えよう。
休日なのでネコの話でも書こう。自分は幼少時から、ネコが好きだった。
再び気を取り直して、スロットカーの元祖、「スケーレクス・トリック」の古いモデルをご紹介する。先にお見せしたロータス16やロータスFJに続く初期のプラスチック製モデルで、上段がフェラーリ156シャーク・ノーズ、下段がロータス24である。実車の歴史を紐解けば、この2車は共に1961年のグランプリカー(F1)。シャーク・ノーズの方は、フィル・ヒルの操縦で世界王座を獲得したチャンピオン・マシーン、対するロータス24はご存知ジム・クラークの愛機だが、翌年のロータス25が元祖モノコック・フォーミュラカー、しかもチャンピオン・マシーンなので、それに比べると些か地味な存在だ。フィル・ヒル王座の影には僚友ウルフガング・フォントリップスが観客を道連れに事故死するという悲劇もあり、しかもその事故の原因を作ったとして、槍玉にあげられたのは他ならぬジム・クラークであった。素朴なスケーレクス・トリックのトイカーたちだが、いわゆる「当時もの」には、それらが、そうした現実と同時進行だったという点で、メモラビリアとしての「意義」がある、と私個人は考える。現代のプロダクトが、いくらディテールに贅を尽くしても、その意義を凌駕することは容易ではないはずだ。
1950年代後半からという長い歴史を持つだけあって、イギリスを中心とするヨーロッパでは、古いスケーレクス・トリックのコレクター市場が確立されている。大規模なコレクター・クラブもあるし、コレクター向けの書籍やビデオ・ソフト等も出ている。そんなマニアの世界だから、レアカーとして珍重されるものも厳然と存在する。写真のアストン・マーチンDB4GT「マーシャルカー」もそんな珍しい1台。通常モデルの同車種にはラインナップされないブラックのボディで、ルーフ上には走行時に点灯するドーム型ランプ、前後バンパーにフラッグを備える。写真のものは、MARSHALのデカールが剥げている他、ディテールが傷んでいるが、実はデカールをはじめ、リペア・パーツを作っているメーカーも存在するほどの市場なのだ。個人的には、「黒いアストンの玩具」という点、すなわちボディ色が気に入っている。
ちょっとスケーレクスに飽きてきたので、変り種をご紹介する。1960年代半ばのスケーレクス・トリック同様、「トライアング」グループの一員だった北アイルランドのダイキャスト・ミニチュアカー・メーカー、「スポット・オン」が手懸けた1/42程度の電動トイカーが「MAGICAR(マジカー)」だ。
昨日に引き続き、北アイルランドが生んだミニチュアカー・メーカー、「スポット・オン」のサイドラインであるプラスチック製電動トイカー「マジカー」のご紹介。マジカーは単体でも販売されていたが、基本的にはコース上を走るように設計されているので、当然ホームコース・セットが存在した。写真は、そんなセットの1つでおそらく最もベーシックなもの。マジカーのシャシーが1台とボディが2台分、付属する。馬や踏み切り等のアクセサリーが如何にもスポット・オンと同じ血統を感じさせる。スポット・オンは1/42統一スケールというコンセプトや他にはない面白い車種が揃うことから、濃い口のマニアが多いブランドだ。しかし一方、あまりに色気が無いというか、渋いというか、その風情に否定的な向きも少なくない。要は好き・嫌いがハッキリ分かれるブランドである。個人的には、色気の無さ、ボクトツさが何やら愛しいと感じる。とりわけマジカーはアダ花っぽさに惹かれる。ちなみにマジカー製品には殆ど、スポットオンのクレジットが入っていないし、基本的に「MADE IN GREAT BRITAIN」表記である。唯一、ボディの裏側だけに、スポットオンの名前と、「MADE IN NOTHERN IRELAND」のクレジットが見て取れる。その辺りにも、なにやら感じ入ってしまう。
マジカーとよく似た、いにしえのプラスチック製・電動トイカーをご紹介しよう。アメリカの玩具メーカー「アイディアル」の「motorific・モートリフィック」というシリーズで、スケールはマジカー同様、1/43~45程度。単三電池2本で、サイドワインダー式にキャラメル・モーターを駆動して走る構成もほぼ同じ。但し、こちらはON/OFFスイッチを備えている。また、専用コースも販売されており、前輪は左右にステアするが、ガイドとは連動しない点がマジカーとは異なる。1963年頃に発売されたシリーズで、1970年代初頭までラインナップを拡大していった。アメリカ車が中心だが、ジャガーEタイプやトライアンフTR-3等、イギリスのスポーツー等もあった。シャシーは全車共通で、インターミディ・サイズのアメリカ車ボディを搭載した場合に、最適のホイールベースとなるようだ。写真は上からロールス・ロイス、フォード・カントリースクワイヤ、プリムス・バラクーダ。
昨日ご紹介した1960年代アメリカのアイディアル社製・電動トイカー、「モートリフィック」のシャシーをご覧に入れよう。上の写真がベーシックなもので、キャラメル・モーターと単三乾電池×2本を使って単純に走るバージョン。ご覧の通り、前輪はステアするので、専用コースでなくとも円周走行させることができる。このシャシーを備えた1960年代のモデルは、日本国内でもポピュラーだったので、懐かしく思われる向きもいらっしゃるのではないだろうか。写真:中段・下段は、1970年代に入ってからの進化版で、交換可能なカム(シャシー裏のオレンジ色の部分)によって、8の字など、何種類かのパターン走行をするギミックを備えたバージョン。こちらは日本国内では、バンダイが販売していた。シャシーはダイキャスト製となっている。シャシーは進化したが、1960年代以来のボディもラインナップに残されていた。
スロット系が続いたので、ここらでちょっと休憩。写真は1/8というビッグ・スケールのブリキ製「ミラー91」だ。グリルやフレーム等はダイキャストだが、ボディ・パネルはブリキでできている。しかも外装ディテールのフィニッシュが現代的でデキが良い一方、エンジン・ルームには巨大なゼンマイ・モーターを内蔵しており、実車ミラー91同様に、フロントのデフを介して前輪駆動で走るのである。戦前のCIJやメルクリンが手懸けた大型のゼンマイ動力自動車と、以前紹介した戦前アメリカのフリー走行エンジンカー(Tether Car)をミックスして、現代的なダイキャストのディテールで化粧を施した…