トミーの電動ミニカー
再び電気で走るトイカーの世界へ戻る。写真は、1960年代半ばのトミーが生んだ電動ミニカーのシリーズ、「ミニ・マーベル」の2台で、上からロールス・ロイスとT型フォード。いずれもスケールは1/50程度。単5乾電池×2本とモーターで走る。アイディアルのモートリフィックや、スポットオンのマジカーと決定的に異なるポイントは、このシリーズがいわゆる「ミステリー・アクション」走行することだ。ミステリー・アクションとは、テーブルから落ちそうになったり、障害物にぶつかったりすると、自動的に進行方向を変えて前進する、いにしえの電動オモチャの定番ギミックだ。しかし、この小スケールにミステリーアクションを採用しているのは、当時のMade In Japanとしても、なかなかの冒険だったと推測できる。個人的には、大人向けの慰み系玩具?として生まれたものだったと、と考えている。


昨夜ご紹介した1960年代トミーの電動ミニカー、「ミニ・マーベル」シリーズのシャシーをご覧頂こう。シャシー本体はメッキが施されたアンチモニー製で、車体後半のグレーのプラ部分は、バッテリー・ケースとなっている(単5乾電池×2本使用)。ミステリー・アクションで動くトイカーの定石通り、前輪は完全なダミーで、実際の駆動輪は、ターン・テーブルに付いている黒いゴム製のタイヤである。
スロットカー~電動自走モノが続いたが、ミニ・マーベルまで出してしまうと、かなりネタ切れ。スケーレックスに戻るしかない…。しかしスケレと言えば、1/32。 というワケで、寄り道して、しばし1/32プラモ・ネタで行こう。イギリスはエアフィックスのご存知「ロータス・コルチナ」である。15年くらい前には、トイショー等で、しばしば見かけた気がするが、その後パッタリ見なくなった。同じ1/32の250LM辺りは、今でもボックスものをよく見るが、コルチナを初めとする英国サルーン系は今や珍しいと思う。さて、エアフィックスと言えば、スロットカー分野では、かつて老舗「MRRC」とのコラボで、スケレよりもスケール・モデル色の強いモデルをいくつも出していて、コルチナのスロットカーも定番的に長く売られていた。そこで素朴な疑問、エアフィックスのコルチナとMRRCスロットのコルチナのボディは同じ原型なのでしょうか?
昨日の疑問、エアフィックスとMRRCのロータス・コルチナは、本当に同じカタチなのか?に自ら答えを出すべく、MRRCのコルチナを引っ張り出してきた。ホワイトの方が1960年代、グリーンの方はもっと新しい、おそらく1970年代半ばのものだと思う。モーターとドライバー・フィギュア等が明確な差異で、他は全く同じだ。そしてこれらをエアフィックスのコルチナのボディを比べてみたところ、やはり同じ原型から生まれたモデルであることがわかった。と、なればミニやヒーレー・スプライトも皆、各々同じフォルムなのであろう。カニ目などは、エアフィックスのキットではかなり小さいボディだ。そのMRRC版を見たことがない。おそらくラインナップされていたのだろうが、モーターの収容にかなり無理があったのではないか、と気になるところではある。
再び、いにしえのスケーレックス世界へ。子供の頃、ロニー・ピーターソンに憧れていた話は、以前に書かせて頂いたが、今回のモデルはいずれも、そのロニーの愛機を題材にしたスロットカーである。上からロータス72、マーチ711、ロータス77、ロータス76。一番下の76だけが、イタリアのポリスティル製で、他は全てイギリスのスケーレックス・トリック製モデル。現代の目で見れば、ただの玩具としか言いようのないモデルだが、ロニーが実際に活躍した同時代にオンタイムで発売されたものであることが最大の価値と言えるだろう。ご覧の通り、全てヘルメットはブルーで統一、ロニー仕様に拘って集めたものだ。そう言えば最近、フライからBMW3.5CSLのアートカー「ミリ・メートル」が発売されると聞き、待ち侘びていたが、発売されてみればル・マンでのレッドマン仕様(ゼッケン41)で、いささかガッカリした。ゼッケン21なら、ゾルダーでイクスのポルシェと覇を競ったロニー/ニルソン仕様だったのに…。ぜひともバリエーションの追加発売を望みたいところだ。
近年のスロットカーといえば、その大半はスペイン製だ。これはイギリスに端を発するスロットカーの老舗「スケーレクス・トリック」製品が、かつてヨーロッパ各国でパテント生産されており、その中にはスペイン工場製モデルも存在したことがベース。スペイン製スケレは、ディテールに凝ったデキ良いモデルが多く、イギリス製品が大多数を占める中での希少性もあって、かの地ではコレクターズ・アイテムだったりもしたらしい。1960年第半ばのスペインは、やがて同国が「世界のスロットカー工場」になるポテンシャルの片鱗を見せ付けていたわけだ。このように、スペイン製、フランス製が珍重される一方、残念ながらイタリア製スケレというものは存在しない。その代わりに大きなシェアを誇っていたのが、ダイキャストでも有名なイタリアの「ポリスティル(ポリトーイズ)」である。写真は1970年代前半~半ばの製品で、上からフェラーリP5とランチア・フルビアHFラリー。ま、ご覧の通り、完全なオモチャなのだが、マニアにしてみれば、これらの車種がスロットカーで手に入ることが嬉しい。省略の美というか、テキトーながら的を射ている、というべきか、成型色や全体のフォルムが、捨てがたいのである。ホイールとタイヤのデザインも悪くない。車種のレア度で言えば、昨日のロータス76も、かなり強力な一品だ。
久しぶりにホットウィール系のお話。古き佳きスペクトラフレーム・カラーの時代が過ぎた後も、ホットウィールは「レッドライン」の足回りをトレードマークとし続けた。それは概ね1975年頃まで続き、やがてブラックウォールの時代へと繋がって行く。ソリッドのミーン・グリーンのボディに、漫画チックなスカルのグラフィックをあしらった有名な「ポイズン・ピント」は、そんな時代を象徴する1台と言えるのではないだろうか。「レッドバロン」や「スクール・バス」同様、奇才トム・ダニエルがデザインを手懸けたポイズン・ピントは、やはり彼の手による他モデル同様、ホットウィールとモノグラムのプラキット、両方でラインナップされたモデルでもある。しかし他車種と異なるのは、キットのピントが2ドア・セダンだったのに対して、ホットウィールでは、ワゴン(セダン・デリバリー?)ボディがベースとなっていること。ご覧の通り、全くボディのスタイルが異なるのだ。この時代のモノグラムはマテル傘下で、キットの箱にもマテルのロゴがフィーチャーされる。ダリル・スターバードとのコラボレーションで知られた1960年代と比較すると、明らかにキットの構成は単純化され、おそらくこの時代、往時のモノグラムを知る向きには、そっぽを向かれていたのだろうが、単純ながら、まとまりよく、カッコよく仕上がるのは流石モノグラム、なのかも知れない。写真の完成品は、「スピード☆キング」誌での記事の為に、プロ・モデラーの北澤志朗氏に仕上げて貰ったもの。素晴らしい出来栄えだが、スピード☆キングの続行が暗礁に乗り上げている今、ご紹介できるのがいつになるやら不明なので、少しだけお見せすることにした。
昨日に引き続き、「ポイズン・ピント」の2回目。モノグラム1/24キットを組み立てた完成品を全方位的にご覧頂こう。フィニッシュを担当してくださったのは、プロモデラーの北澤志朗さん。 1/43メタル・レジンの精緻なプロフィニッシュや、「モデル・カーズ」等、模型専門誌の記事用に作られる一品ものの見事な完成品で、その世界では有名なプロフェッショナルである。ちなみにこのオーダー、最初はとんでもない内容だった。プロモデラーと言えば、その塗装技術の素晴らしさが、最も解りやすい「素人との決定的な違い」だと思うが、なんとこのオーダーは、「塗装せずに仕上げてください」というものだったのだ。正確に言うと、「成型色をそのまま生かし、クリア塗装だけで仕上げる」というお願いをした。その意味は、往時のプラモデルの成型色、とりわけ折角キレイな色で成型されているモノグラムのショーロッドなれば、なんとかそれを生かせないものか、とう思惑からの注文だった。北澤さんはその考えを理解してくださり、当初はその方向性で進んでいたのだが、離型剤の悪戯か、ボディを研磨する過程で、どうにも消えない「シミ」が随所にあることが判明し、結局は通常通り塗装で仕上げることになった。この「成型色を生かす」作り方、他にも試みたプロジェクトは幾つかあったが、プラスチック・べースでは結局一度も実現できなかった。やはりキチンと作るなら塗るべし!ということなのかも知れない。
ポイズン・ピントの3回目。今日は1975年に登場したホットウィール版を取り上げる。1999年と2001年にホットウィール大図鑑、及びホットウィール大図鑑Ⅱを編集した。
しばしばお便りをくださる、熱心な
前回掲載したモートリフィックの写真を下さった視聴者の方から、追伸を頂いたのでご紹介。ご紹介した12台の内の1台を「インパラ」と書いたが、どうやらビュイックの間違いではないか、というご指摘がひとつ。そしてもうひとつは左の写真。写真左側が1960年代初頭における最もポピュラーなモートリフィックのシャシーだが、くだんのビュイック(?)のシャシーは右側のもので、材質は真鍮、ホイール・タイヤ等のディテールは共通だが、そもそもモーターも異なる全くの別物だったというご報告。これはモートリフィックなのか?似て非なる別のメーカーの商品なのか?ご存知の向きがいらしたら、是非コメントをお願いしたいです。
ホビダスでミニチュアカーを買いました。モノは、「
昨日、お見せした
先週金曜日、巣鴨のスロット・サーキット「
写真は
久しぶりに1960年代
昨日ご紹介したヒーレーと、同時期1960年代半ばに発売されたコブラの2ショット。ヒーレーはイギリス国内生産、コブラはホンコン生産である。ホンコン製モデルは、モーターも一般的なカン・タイプで、下回りの作りもプラスチック製パーツが多用され、より現代的。オープン・ボディゆえに、「肩から上だけフィギュア」が露出されるロードスターは、スロットカーらしい風情を醸しだす。
F1を始めとするレーシングマシーンへの憧憬は幼いころから不変で、常時アタマを支配しているものの1つなのだが、ある時、「そう言えば俺はバギーが好きだったのだ!」という大事なことを思い出した。バギーの元祖と言えば「メイヤーズ・マンクス」や「EMPIインプ」ということになるが、そうしたブランドものはさておき、1970年代前半という時代、「バギー的なもの」はいろんなメディアにしょっちゅう登場していたのだ。いまだタミヤがRCバギーを展開する以前の時期の話だが、それでも模型や玩具がバギーだらけの時代が確実にあった。「京商」、「石政」を筆頭にグロー・エンジンを使った1/8バギーが花盛りだったし、スケールモデルとして有名なのは、何といってもタミヤ1/18チャレンジャー・シリーズのものだろう(おそらくEMPIインプだ)。キャンディ・カラーのFRPボディにショートホイールベース・シャシー+チューンド・フラット4、とどめにオフロード用のワイルドなタイヤとクローム・ホイールを組み合わせた妖艶な足回り。てなわけで、なにしろ子供時代の一時期、自分はバギーにやられていた。バギー的なものとしては、セキネの「ブーンバイクGT」なる小径自転車が一世風靡したことも思い出す。写真はホットウィール「ホール・オブ・フェイム2004」のマンクス・バギーとマイルストーンのビートル。ホビダスでも今
今さら何ですが、自分はホットロッド全般にも幼少時から強い憧憬を抱いてきた。そんな「ホットロッド」という単語を最初に聞いたのは、覚えたのはいつだったか?と思い返してみると、写真のプラモである。
昨日の続きで、ドン・ニコルス氏が率いたレーシング・チーム、「