6輪タイレルP34・デパイエ仕様・ウエスタン1/43
昨夜の続きで1/43ハンドビルドモデルのタイレルF1をご紹介。写真はモデル・カーズ誌の記事用に製作されたもので、ベース・キットは懐かしいウェスタン・モデルス(ウエスタン・キット)製。タイヤ/ホイール等もキットのパーツをそのまま使っている。エンジンのエア・トランペット等、補器類の一部にタメオやメリのパーツを使っている他はキット・スタンダードのままと言える。フィニッシュは田中豊光氏。
さて、スチュワートとセベールを一時に失ったチーム・タイレル(いわゆるティレル)は、1974年シーズンをジョディ・シェクターとパトリック・デパイエという若い二人のドライバーに委ねる。シェクターはその野生児のようなキャラと恐るべき速さで、前1973年、既に勇名を馳せていたし、デパイエは正反対にインテリジェントな個性とエルフのスポンサードの意義をセベールから引き継ぐ使命(フランス人故に)を帯びていた。若いコンビは周囲の心配を他所にすぐ第一線に踊り出た。そしてこのこのコンビが絶頂期を迎えたのが1976年、かの6輪タイレル、「P34」の年である。シェクターとデパイエは1回の1-2フィニッシュを含め、常に上位入賞を繰り返し、最終ランキングでも3-4位を占めた。
さて、この1976年頃のF1マシーン、日本ではスーパーカー・ブームと時期が重なったことで、当時の子供たちにも、雑誌等で目に触れる機会が少なくなかったようである。そんな中でも「6輪タイレル」のインパクトは大きかった。タミヤ、トミカ、エーダイグリップなどがモデル化したことは今でもよく知られている。
ところが、それらで育った世代が成人し、ダイキャスト・ミニカーが再び活況を呈するようになった1990年代半ば、6輪タイレルをはじめとする1970年代のF1はなかなか製品化されなかった。エグゾト、ミニチャンプス、カルツォらが製品化するまでに随分時間がかかったし、更にタメオやBBRの腰の重さには正直がっかりした記憶がある。中小のマニファクチャーならアンテナをビリビリ張っていて欲しいと思うのである。そうでなければファンにとって意味がない。 ★画像をクリックすると大きな画像が見られます★


