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2005年12月

2005年12月01日

マーチ761・ロニー仕様・ジョンデイ1/43

 昨日に引き続きマーチ761の1/43モデル。1976年のワークス系マーチが4台体制だった話は既に書いたが、メルツァリオがウィリアムズに移るとレギュラー・ドライバーは3人となった。ロニー・ピーターソン、ヴィットリオ・ブランビラ、ハンス・スタックの3人である。面白いのは、当時のワークス・マーチは、各ドライバーが持ち込んだスポンサーのカラーに塗られていたこと。つまり同一チームなのに、1台ずつボディ・カラーが異なるのである。この時期のマーチの「顔」であったブランビラはBETA工具のオレンジ色、ハンス・スタックとロニーは1シーズンの間に様々に色を変え、最終的にロニーは「ファースト・ナショナル・シティバンク」のトリコロール、スタックが「ジョンデイ・モデルカーズ」の白ベースのカラーリングとなった。
 この年、ロニーのマシーンは何戦かでブルーとイエローのスウェディッシュ・カラーに彩られていたが、実はこれにも何パターンかある。有名なのは、ノーズに「MONACO ART GALLERY」のロゴが入るパターンで、最近1/20のレジン・キット等も発売されているようだが、何といってもマーチへの復帰第一戦となった南アフリカでのスウェーデン国旗をあしらったパターンが大胆でカッコいい。
 これは、高いインダクション・ポットを持ち、前年のマシーンである「751」との折衷的な仕様なので、タメオ製キットで再現するなら、751と761のキットを両方用意して仕立てていくのが良いかも知れない…。
 などと画策していたら、当時すでにジョンデイがこの仕様のモデルを発売していたことを知った。それが写真のモデル。但しジョンデイとは言ってもホワイトメタル・キットではなく、ダイキャスト製の完成品である。前述の通り、この年のジョンデイはマーチのスポンサー活動をする傍ら、マーチ761のカラー・バリエーションをダイキャスト・モデルで展開したのである。ボディとホイールがダイキャスト製、シャシー、エンジン、サスペンション、タイヤはプラスチック製という構成。一見してシンプルなモデルだが、ホイールなど侮れない部分もあり、なかなかに味わい深いモデルだ。
 ただ、結局このダイキャスト製マーチ761のビジネスに失敗したことが、ジョンデイ倒産の直接的な引き金となったのである。
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投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月01日 21:46 | コメント (0)

2005年12月03日

メルツァリオA1・ミカンスー1/43キット

 さてマーチ761の話が一段落したので、メルツァリオの続きを書こう。1976年にマーチ→ウィリアムズと渡り歩き、相変わらず不遇だったメルツァリオは、翌年たまに自分のマーチを走らせたり、シャドウのピンチヒッターを務めたりした他は、アルファ・ロメオでのスポーツカー・レースに集中し、F1からやや遠のいたが、1978年には自名を冠したマシーンを発表して、コンストラクター・ドライバーとしてグランプリに復活する。そのマシーンがメルツァリオA1である。

 当時のF1マシーン中、最短のホイールベースという小ぶりなメルツァリオA1は、全体に丸みの強い愛らしいフォルムをしていた。しかし戦績は惨憺たるもの…。当然モデルとしての製品化もなかった、と思い込んでいたので、1999年にメルツァリオが来日した折のモデル・カーズの特集記事においても、タメオ製マーチ761をベースにスクラッチするという暴挙に及んだのだが…、なんと1/43のホワイトメタル・キットが存在したことを後で知った。イギリスの「ミカンスー(マイカンスー)」というメーカーのもので、発売されたのは1980年代初頭。写真がそのキットだ。
 「ミカンスー=MikanSue」とはMike and Sue Richardsonを略したネーミングで、この夫婦、とりわけ夫は、古いディンキー製ダイキャスト・ミニチュアカーのオーソリティとして、「The Great Book of Dinky」を始めとする著書も多い、有名なコレクターだ。キットの構成の方は、かのジョン・ディに似て素朴なものだが、インストラクションの絵柄等、味がある。デカールもデキはともかく、よくリサーチが効いているところが憎めない。敢えてこのまま組むか、タイヤ/ホイールだけタメオ+フジヤに交換するか、悩むところである。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月03日 01:13 | コメント (0)

マーチ761・ロニーとメルツァリオ仕様

 再びマーチ761に戻る。既にご紹介済みタメオ製メルツァリオ仕様と、ジョン・デイ製ロニー仕様だ。実はメルツァリオ仕様の方は、左右ともサイドミラーが失われている。ジョン・デイのロニー仕様には、無論そんなディテールは元より付いていないが、この写真でノーズにスウェーデン国旗がフィーチャーされていることがお解かりになるだろう。いつかこの仕様のモデルを作りたいと思っているが、先日も書いた通り、このマシーンは「761」と「751」の折衷的ディテールを持っているので、ミニチャンプスの751をベースとして、タメオ+フジヤ等のパーツで味付けして行くという方法もありそうだ…。
 で…。F1のミニチュアとは全く関係ないのですが、明日は「ヨコハマ・ホットロッド・カスタムショー」が開催されます。ホビダス・チームは「デイトナ」と「ホットバイク」と共にブースを出店、無料メール会員の募集を行い、ご登録頂いた方には、その場でトミカ・コレクターブック、ホットウィール・コレクターブックなどをプレゼントします!数に限りがありますので、お早めにどーぞ!
★画像をクリックすると大きな画像を見られます★

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月03日 22:01 | コメント (0)

2005年12月04日

ヨコハマ・ホットロッド・カスタムショーの日

HobidasHCS-thumb.jpg 昨日お伝えしたとおり、今日はパシフィコ横浜にて、毎年恒例・国内最大のホットロッド・イベント、「ヨコハマ・ホットロッド・カスタム・ショー」が開催された。ホビダスでは、「デイトナ」「ホットバイク」の両チームと共にブース出店、無料メールマガジン会員の登録をしてくださった方に、「トミカ・コレクターブック」や「ホットウィール・コレクターブック」などのバックナンバーをプレゼントさせて頂いた。ブースに遊びに来てくださった方々、いやはや、本当にどうも有難うございました!
 美しくカッコいいクルマたちの競演ぶりに関しては、全車を撮影した(はず)の「ホビダス管理人」のブログをぜひチェック!
 ホットロッド・イベントだけにホットウィール関連の出店も多く、話題のフリーペーパー「IGNITE(イグナイト)」のメンバーも勢揃い!モデルカーのコーナーでは、「モデル・カーズ」が「ファンタスティック・プラスティック」の大掛かりな展示、かの「ホットウィールML」もカスタム・ホットウィールの展示を行うなど、実車ホットロッド・ファンはもちろん、トイカー、モデルカー好きにもこたえられない内容のショーだった。
 個人的にも、ホビダス業務の傍らを縫って、午前中の早い時間にゲストの一人、ジーン・ウィンフィールド氏に念願かなってインタビューをすることができたことで、忘れられない日となった。このインタビューはモデル・カーズ次号の「ファンタスティック・プラスティック」拡大版にてお伝えできる予定だ。サワリの部分だけは明日お伝えしたい。写真はホビダス・ブース。左から謎学「さいとー」、ホビダス事業本部イシグロ次長、そして取材や展示作業の傍ら手伝いに来てくれたモデル・カーズ編集部の「B.B.」ことババちゃん。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月04日 23:01 | コメント (2)

2005年12月05日

ジーン・ウィンフィールドに会えました!

MrWinfield.jpg 昨日お伝えしたとおり、ホットロッド・カスタムショーの会場で、ゲストの一人、ジーン・ウィンフィールド氏に話を聞くことができた。短時間ではあったが、自分が死ぬまでに会いたい人物の一人だったので、久しぶりに趣味的にエキサイト(?)してしまいました。MOONEYESさんとWheels Unlimitedさん、ご厚意ありがとうございました!
 さて、ウィンフィールド氏とは、どんな人物であるか、ホットロッドやカスタムに詳しい方には「釈迦に説法」になってしまうので、ここでは敢えて触れない。簡潔に説明すると、1950年代末から実車ホットロッド&カスタム界で活躍し、とりわけ独自のペイント技法とそのクオリティは別格的に評価され、尊敬を集めている人物である。また映画やTVドラマに登場する「劇中車」のビジネスでも大御所であり、かの「ブレード・ランナー」の「ポリス・スピナー」なども彼の仕事だ。
 自分が彼をアイドライズしている理由は、そんな彼の劇中車ビジネスにおける代表作の1つ、「アンクルカー(ナポレオン・ソロに登場したクルマ)」と、その原型である「AMT・ピラニア」というクルマが好きだから(その名の通り、ピラニアはプラモメーカーの「AMT」が販売した実物のクルマである!)。
 そしてもう1つ大切なポイントがある。彼が1950年代初頭の日本で暮らしたことがあり、この時期に黎明期の戦後日本のモータースポーツと関わりがあった、という事実…。一体どんな関わり方をしたのか? 詳しくはモデル・カーズの次号でお伝えしたいと思う。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月05日 20:14 | コメント (0)

2005年12月06日

カスタム・フォルクスワーゲン

 「ホットロッド&カスタムショー」の会場では、実車は無論だが、魅力的なトイカーやモデルカーのブースも少なくないので、仕事で来場していることを忘れて、結局いつも買い物をしてしまう。今回は写真のホットウィール。先のホットウィール・コンベンションで発売された「Hot Wheels.com」の限定品で、1968年、すなわちホットウィール初年度にリリースされたカスタム・フォルクスワーゲンの言わば復刻金型によるニュー・リリースである。
 オリジナルは、当時のホットウィールの中でも一番小さく愛らしいモデルで、フロント・エンジンに改造されたディテーリング故、おそらく硬派のビートル・フリーク的にはNGかも知れないが、ホットウィール・ファンの間では人気の高いモデルだと思う。かくいう自分もこのモデルが好きで、何台か所有しているが、写真の復刻モデルは、スペクトラフレーム・グリーンのボディ・カラーにやられて思わず買ったしまった。
 ところが! ブログ・ネタにすべく編集部に持ってきて気づいた。なんとエンジンが前後逆に付いているのである。エラーモデルだ。エラーを好んで集める方もいらっしゃるが、自分にその嗜好は全く無い。というわけで、お店の方に連絡して交換してもらおうと思っている。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月06日 22:32 | コメント (0)

2005年12月07日

ホットウィール・グラントロス「マンティス」

 昨日取り上げたホットウィールの「カスタム・フォルクスワーゲン」だが、衝動買いしてしまった原因の1つはそのボディ色だろうと思う。すなわちグリーン(緑色)である。色彩の嗜好による「色分析」的な心理学の方法論があるか否か全く知らないけど、ホットウィール趣味の実態は、グラフィック趣味、色趣味(エロ趣味じゃないよ…)的な部分も大きくて、自分の周辺はハッキリ「グリーン好き」が多い。
 ホビダスに出店してくださっているアメリカントイ/アパレル・ショップ「Hot Wire(ホットワイヤー)」の石橋君などは典型的な「グリーン・フェチ」(?)で、彼のお店のトイレには、見事なまでのグリーンのホットウィールだけを集めたショーケースが飾られている。しかし、なんでもかんでも緑色なら全てOKかと言うと、そんなことはなくて、彼的には「いいミドリ」と「悪いミドリ」があるらしい。完全に「どうかしてる」…。
 かく言う自分もグリーンのホットウィールが好きで、くだんのカスタム・フォルクスワーゲンもグリーンだから欲しかったわけである。グリーンが好きな理由自体はもちろんさっぱりわからない。病んでいるのかも…。写真もグリーンのホットウィール一族。車種はレッドライン期の傑作のひとつ、マンティスだが、ベーシックラインではなく、マテルがイタリアのメーベトイを傘下に収めた時期に展開していた1/43シリーズ「ホットウィール・グラントロス」のモデルだ。無論実車の存在しないファンタジーカーだが、イタリアのメーカーが作ると、如何にも実際にありそうな実験的レーシングカー然として、まとまっているのが面白い。マンティス(かまきり)なる名前の通り、やはりボディ色はグリーンがイチオシでしょ。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月07日 23:54 | コメント (0)

2005年12月08日

カスタム・フォルクスワーゲン続き

 一昨日書いたように、先般のホットロッドカスタムショーで買ったホットウィールの「カスタム・フォルクスワーゲン」は、エンジンのパーツが前後逆に取り付けられていた。多分内部でカシメられており、直すなら完全に分解するしかない。できれば交換して欲しいと思って、くだんのブースを出店していた専門店「ウェアハウス」の千野さんに連絡し、事情を話したところ、逆に「気づかずすみません!交換しますから、いつでもどうぞ!」とのこと。今日の午前中、健康診断で幡ヶ谷まで行く機会があったので、その後、下北沢のウェアハウスさんに向かった。
 お店に着くと、千野さんからの連絡を受けて対応してくださった山下さんが、同じカスタム・フォルクスワーゲンの在庫を全て出してくださったのだが、なんと!全てエンジン逆向き!いくらなんでも不自然。てなわけで調べてもらったところ…。
 なんと1万台製造されたこのモデル、全てエンジンが逆向きだったらしいのである。人気金型の復刻で、ボディのグリーンも素晴らしいトーンなのに。コンベンション会場でこれが判明した時点で、マテルは販売をすぐにやめたらしい。販売されなかったビートルたちの運命や如何に…。
 

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月08日 22:22 | コメント (0)

2005年12月09日

新世代ホットウィールのフェラーリたち

 1990年代末から2003年頃まで、日本国内でもホットウィール人気は大きな盛り上がりを見せた。その過熱ぶりは些か度が過ぎるほどであった。その時期に比べると現在は落ち着いたと言えるが、逆に言えば本当に「好きな」ヒトだけがマイペースで楽しんでいるのが現況だと思う。だからホットウィールをビジネスとして扱わざるを得ない側が「過熱よ再び」とばかりに、いくら鼓舞しても、今はなかなかに難しい。ブームをブームたらしめていた浮遊層が希薄になっているのだから、これは仕方ないだろう。しかし冷静に考えれば、良い時期だと思う。売れないものはしばらく倉庫にしまいこんでしまうしかない。1973年がレアイヤーなのは、落ち込んだ年だったからだ。いつか「いいこと」があるはずと信じたい。
 ホットウィールは本当に面白いブランドだ。歴史の長さも手伝い、今やその「巨大さ」、何層にも折り重なったライン構成は、非常に複雑で操縦不能にも見える。近未来のモーターショー、カスタムショー、ヴィンテージカー・レース、ジャンクヤードなどが渾然一体となり、その背後にホット・ロッディングに根ざしたカーデザインのスピリットが立っている、大袈裟に言えばそんな感じ。
 とは言え、ベーシックカーに限って言えば、これは気楽に買って遊べるトイカーだからこそ、その枠からの「はみだしっぷり」が素晴らしいのである。たまには走らせたりして遊ぼう!てなわけで明日は高円寺でホットウィール・ファンの集い的な忘年会が催される。ダウンヒルレースもやるらしいので、写真のフェラーリなどを持っていこうと思っております。赤いのはディフォルメされた360モデナで、ボディはクリアレッド。透けて見える中身のディテーリングもモールドされた人気の1台。もう1台は2006年ファースト・エディション(新金型)の1台、SUNOCOカラーの512Mである。共に「Faster Than Ever」なる期間限定の軽量ホイールを履いている。その名の通り、本当に速いホイールなのかを確認してみたいところ。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月09日 23:23 | コメント (0)

2005年12月11日

ホットウィール好きの忘年会

 今夜は高円寺でホットウィール好きの忘年会がありました。主催はホットウィール専門店「ウェルランディット」のアライさんと、有志の「BIG K」さん。これまでも何度かミーティング(?)を兼ねた飲み会が開かれており、専門店のスタッフの方、お店の常連さん等が集まっている。今回は「飲み」よりも手作りコースを使ったダウンヒル・レースがメインで大いに盛り上がっていた。
 この集まり以外にも、ホットウィールを中心とするコミュニティは全国に色々ある。その気になれば大きなこともできそうな気がするけど、気楽な集まりが一番楽しいことは言うまでもない。取りあえず集合写真。皆のエキサイトぶりを象徴するように、照明そのままの真っ赤な写真になってしまいました、ゴメン。でも取りあえずアップ。皆さんお疲れ様でした!一緒にシャッター切らせていただいた、撮影担当の連矢場さん、誠に有難うございました。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月11日 02:28 | コメント (0)

ホットウィール忘年会つづき

昨夜行われたホットウィール専門店と常連さん達による忘年会のスナップをどーぞ。




飲みよりも「ダウンヒル・レース」がメインの忘年会でした。会場となった小洒落たお店のフロアは、テーブルが脇に寄せられ、長いダウンヒルコースが対角線状に横切っています。全部で6台のホットウィールが同時に走行可能で、全長は約10メートルとなっている。
コースを横から見るとこんな感じ。スタート地点の角度はかなりのもの。材質は白木で、各レーンの仕切りは固めのスポンジだ。長いコースなので、3~4パートに分割できるようになっている。その為、連結部でクルマが跳ねないように慎重なセッティング作業が実施されていた。
参加者全員にホットウィールが1台ずつ配布され、「運だめし」と称するダウンヒルが勝ち抜き形式で行われた。その後、各自が持ち込んだモデルでの同形式の勝ち抜き戦、そして最後にドラッグ・レース!単純なのに何故かハマッてしまうのがダウンヒルの不思議な魅力。
スタート部。バーを回すとストッパーが上に上がりゲートオープン。写真はこのイベントの主催者の一人である「BIG K」さん。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月11日 21:10 | コメント (0)

2005年12月12日

ホットウィール「バイ・フォーカル」

 ホットウィール・ネタが続きます。先日くだんの「カスタム・フォルクスワーゲン」のエラー品交換云々で下北沢の「ウェアハウス」さんにお邪魔した折、
結局交換する必要はなかったので(理由はコチラ!)、そのまま帰ってくればいいものを、実は少し以前から欲しかった1台を買ってしまいました。レッドライン期の人気モデルの1つ、「バイ・フォーカル」の復刻金型による限定モデルで、なんと色はスペクトラフレーム・ピンク!
 記憶違いでなければ、オリジナルのバイ・フォーカルは、アクアとマジェンタくらいしかバリエーションがなかったはずで、当然ピンクが存在すれば激レア、まぁ、大体において、車種問わずレッドラインのピンクは人気が高い!ということで、この限定モデルではピンクが採用されたのだろう。バイ・フォーカルとは遠近両用とかそういう意味だっけ? 要はフロント・フードのグラス越しに見えるエンジンがインラインで2発搭載されていることにちなんだ言葉遊びのネーミングである。なので、グラフィックも「メガネ」の絵である。
 1970年のダッジ・チャレンジャーがモチーフに見えるので、当然モパー・フリーク兼ホットウィール・フリークにはマスト・アイテムである。そう言えば、ホットワイヤーの石橋君がちょっと前に言っていた。「1960年代末から1970年代のモパーが特別なのは、全てがオルタネイティブだから。」わかりやすく言えば、ドロドロでヤバイ感じにもなり得るところが良いのだろう。ホットウィールは典型的な西のブランドではあるが、やはり同時期のものはやや妖しく、オルタネイティブ仲間と思えるものも少なくない。蛇足だが、くだんの復刻版ピンクのバイ・フォーカル、復刻とは言っても金型は新規らしくフォルムはオリジナルとは異なってやや角ばっている、ゆえに評価は分かれるが、個人的には気に入っている。ところで、バイ・フォーカルって、ある意味、オルタネイティブって意味では?どーなんだろうか。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月12日 23:30 | コメント (0)

2005年12月13日

ホットウィール「バイ・フォーカル」つづき

 昨日に引き続きホットウィール「バイ・フォーカル」の話。前方から見るとわかるように、2基のエンジンをインラインで搭載している設定なので、当然エンジン・ルームが伸びたプロポーションとなっている。コンパクトな「Eボディ」モパーがベースなのだが、鼻先だけ伸びているのがホットウィール・デザイン的な面白さだろう。モパー・フリークの方であれば、透明フードを通して破壊的なパフォーマンスを秘めた心臓部を覗ける点が、「ヘミ・アンダーグラス」を筆頭とする透明フードを持つドラッグ・マシーンのイメージに繋がるのではないだろうか。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月13日 21:31 | コメント (0)

2005年12月14日

ノートン・クーパーF3・テクノ1/43

 ホットウィールの話題が続いたので、久しぶりに1960年代のヨーロッパ製ダイキャスト・ミニチュアカーを登場させよう。根強い人気を持つデンマークの「テクノ」製のもので、ノートンのモーターサイクル用エンジンを転用したことで知られるクーパーのF3マシーンである。このモデルは、各国のナショナル・カラーで塗られたカラー・バリエーションがラインナップされていた。テクノと言えば、1960年代のある時から、コーギーと比肩し得る凝ったギミックでも知られる存在となったが、この小さなクーパーは、特にギミックもないシンプルなモデル。
 しかし金属製ミニチュアとしての美点が、エグゾーストのメガホン部分にあると言えるだろう。挽きものパーツ故のマシニングの痕跡が美しい仕上がりとなっている。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月14日 23:18 | コメント (0)

2005年12月15日

ヘスケス308E・ディンキー1/36

 F1ネタ再び。ヘスケス308Eである。1978年、今だメカノ・グループに在った純血ディンキー末期の製品で、スケールは同時期のコンペティター、コーギーがリリースしていた一連のF1モデルとほぼ同サイズなので、1/35~36ほどだと思う。随所にプラスチック製パーツをあしらったトイライクな作り自体もコーギー製モデルたちと共通しているが、ディテーリングだけ取り出してみると、多分こちらの方がやや繊細。ダイキャスト製ホイールもなかなかにリアルで、足まわりの雰囲気はレースカーの迫力を上手く伝えている。
 実車ヘスケス308Eは、1977~'78年のマシーンで、オリンパスのスポンサードを受けて走ったのは1978年シーズン初頭の南米シリーズのみであったと記憶する。ドライバーは、スキーのオリンピック選手からの転身で話題となった女性ドライバー、ディヴィナ・ガリカであった。確か予選通過には1度も成功していないはず。一連のヘスケスはハーベイ・ポストレスウェイトの斬新な設計で知られたが、ジェームズ・ハントが去った後は、完全にB級チームに堕した。この前年に、同じマシーンをエロティックなペントハウス・カラーに塗ったマシーンを、イギリスの若手、ルパート・キーガンがドライブし、セカンド・グループながら時折光る速さを見せたのが唯一の栄光。モデルカーとしては色気のないオリンパス・カラーより、ペントハウス・カラーの方が欲しい。ペントハウス仕様は、1/43のキットでは発売されていたので、それを元にデカールを制作して、このディンキー製ダイキャストも変身させたいところ。余談だが、このモデル、オリンパスの販促用に使われた専用箱入りのものにはプレミアム・プライスが付くらしい。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月15日 21:27 | コメント (0)

2005年12月16日

ホットウィール・グラントロス「シルエット」

 先日ご紹介した「マンティス」と同じく、マテルがイタリアのメーベトイズを傘下に収めた時期に展開した1/43のシリーズ「グラントロス」から、「シルエット」。
 マンティス同様に初期のベーシックカーでリリースされた車種でもあり、更にマンティスとは異なり、実車が存在するモデルでもある。
  実車は1960年代のカスタマイザーの一人、ビル・クッシェンベリーがビルドしたもので、グラントロスのモデルはそのプロポーションを良く再現している。しかし、実車の足回りはもっとクラシックなものだし、全体の風情もシックなものだ。グラントロスの良さは、イタリア製らしい芸の細かさとホットウィールの持ち味であるホットロッドへのパッションが同居しているところ。一言で言えば「エキゾチック」なところであろうか。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月16日 21:31 | コメント (0)

2005年12月17日

あの胸にもういちど

 ホットウィールにしろF1にしろ、自分のネタの殆どは1960年代後半~1970年代半ばまでのものだ。ものごころついてから10代のある時期までの体験を引きずり続けているわけで、いや~カッコよくない人生。こういう大人にならないように注意してくださいね、若い皆様。このブログでは殆どトイカーとモデルカーの話しか書いていないが、それ以外のあらゆるものに関して、やはり同時期の事象が自分のベースであることはどうしようもない事実。そこで今日はその時期の映画をご紹介。
 1968年にイギリス・フランス合作で作られた、「あの胸にもういちど」という映画の原作はフランス現代文学を1960年代の先導した一人、マンディアルグだ。当時ミック・ジャガーと浮名を流した女優兼アーティスト、「マリアンヌ・フェイスフル」扮するレベッカが、黒革のライダースーツを素肌にまとい、1967年型のハーレー・ダビッドソンFLHで疾走する、簡単に言うとそんな映画。このレベッカこそ、峰 不二子の原型である、とはいろんな人がいろんな所で話す有名なおはなし。現代の目で見ると、黒革を着込んだ若いオンナが、敢えて巨大なFL系ハーレーを駆るという絵ヅラがカッコいいです。
 多分1971~72年、小学3~4年生の頃だ。「栄光のル・マン」か「レッドサン」を父親に連れられて観に行った折、「あの胸にもういちど」の予告編を見た。子供だったが、黒革のライダースーツを着た女性と巨大なハーレーという妖しい組み合わせには強烈に魅せられた。とは言え、かなり色っぽい内容なので、無論本編を見ることは子供には叶わず…。ずっと気になる映画だったが、この度ついにDVDを購入!長年の想いを成就させました。しかも写真の限定ボックス・セットでございます。DVD+サントラCD、小冊子、そしてTシャツがセットになったもので、化粧箱のグラフィック・デザイン等にも当時のロゴがフィーチャーされた、なかなかにカッコいいシロモノ。
 きっと自分と同じように、子供の頃から始末の悪い思い入れを持っていた人間が企画したのだろう。発売されたのは今年の春頃らしく、既にこのセットは入手が難しいみたいだが、取りあえず映画が見られればいいのだ!という向きには、DVD単体と原作本がホビダスでお買い求めになれます。ぜひチェックを。映像も音楽もカッコいいです。「Two Lane Black Top」とかが好きな方も、多分ハマルと思うよ。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月17日 20:12 | コメント (2)

2005年12月18日

フェラーリTR57・童友社1/32スロットカー

 いよいよもって国内でも様々な動きが慌しくなってきた1/32スロットカ・レーシングの世界。ホビダス・セクションの周辺でも、ごく普通の若者たちがスロットカーを買ってレースしよう、なんて喋っているくらいだから、確かに今までとは違う予感はあるかな~。ホビダスのモールにもスロットカーがいろいろ出品されているので、これまで全く興味の無かった方も是非見てみて頂きたい。
 しかし、自分の中では、「スロットカーとは1960年代の輝けるホビー也」との想いが揺るがない。写真はそんな1960年代の国産スロットカー・キット、童友社1/32キットの箱絵。現在43歳の自分は、1966年の第一次スロット・ブームの頃はいまだ幼稚園児だった。親に連れられてスロット・サーキットに行った時の興奮は忘れていないが、自分の小遣いで遊ぶには幼すぎた。それだからこそ、本格的スロットカーへの思い入れが増幅されてしまったのだと思う。高校生の時、そんなしょーもない想いを共有していた悪友の家のロフトに、彼の兄や父君が1960年代に遊んだままのスロットカー・ジャンクヤードを発見し、仲間たちと簡単なレストレーションを施して、初めてキット・ベースの本格的な(とは言っても1/32だが)スロットカーを体験、そのトルク感とテール・スライドぶりに痛く感動した。
 その時、くだんの友人に譲ってもらったのが、童友社のフェラーリ・テスタロッサであった。続きは明日。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月18日 23:10 | コメント (0)

2005年12月19日

フェラーリTR57・童友社1/32キットの中身

 昨日の続き。箱を開けるとご覧のようなレイアウトで、各コンポーネンツが整然と並ぶのは当時のスロットキットのお約束だ。流石にグラフィックスまで凝った内容ではなく、いかにも当時の国産の1/32スロット・キットといった懐かしい風情である。ご覧の通り、ボディは箱絵とは異なるメタリック・ブルーで、実車史的に遡ればNART(ノース・アメリカン・レーシング・チーム)仕様ということになりそうだ。実はこれ、成型色ではなく、塗装されているのがなかなかに贅沢。昨日書いたとおり、これと同じモデルを友人から譲ってもらったことがあるが、その個体は結局レストア時にブルーを剥離してレッドにリペイントしてしまった。今となってはブルーの風情が懐かしく、時折、この未組み立てのキット(5年ほど前にMr.クラフトさん主宰のオークションで入手した)の箱を開き、ボディを眺めている。ちなみにボディのフォルムは以前紹介したストロンベッカー製品によく似ている。なかなかにいいカタチだと思う。
 ところで、自分がこのキットを組む日は来るのだろうか? 実際これと同じスロットカーがギアを鳴らしながら走る様を自分は散々見たわけだから、正直なところ今更組まなくとも良いとも思う。箱を開くとき、ブルーのテスタロッサ自体は無論、当時の愚かな仲間たちをも、そして1966年、第一期ブームを殆ど実体験できなかった幼き日の歯がゆさ、焦燥感も思い出す。これを組み立ててしまったら、そんな活き活きとした憧憬が消えてしまうのではないか?そんな気がして自分は組めないのかも知れない。
 ところで!現在、「さかつうネット」では年末のお得なキャンペーンを実施中!詳しくはコチラ!

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月19日 20:10 | コメント (0)

2005年12月21日

マンタレイ・ニチモ1/24スロットカー

 国産スロットカー話の続き。写真はニチモ製マンタレイのキット箱絵。当時あまり人気が無かったとも聞くが、今となっては非常に珍しい国産キットの1つである。スロットカー・キットの蒐集家にとっても、ハードなホットロッド&カスタム系キットのコレクターにとっても、垂涎の存在と言えるかもしれない。
 10年ほど前、ジョージ・バリス系を中心とするカスタムカー~劇中車の特集をまとめた時、バリスのライバル、ディーン・ジェフリーズのコーナーがあり、そこで当時の平野編集長が所有していたニチモのマンタレイ完成車を掲載したことがあった。ボディはクリア塗装で仕上げられており、成型色はウグイス色のようなグリーン。ちなみにニチモのマンタレイにはFT-16用とFT-36用の2種類がある。推測だが、FT-16キットの成型色がくだんのグリーン、FT-36キットはグレーだったのだと思う。…と思う、と言うのは、写真のキットを数年前に入手したのだが、少なくともこの個体に関しては成型色がグレーだからである。当時既にプレミア付きの部類だったのだが、幸運にもリーズナブル・プライスで手元に来た。ある古い模型屋さん(スロット・サーキット)が閉店することになり、その際に古いキットがいくつか発掘され、ぞれぞれ好事家の手元に渡ったというわけである。
 マンタレイのスロットカー・キットには、MPCの完成モデルも存在するが、スチロール樹脂ボディを持つキット・ベースのスロットカーとういうことになると、ニチモのものしか存在しない。その意味で、アメリカ人のスロットカー・コレクターに欲しがる人が少なくないようである。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月21日 22:18 | コメント (7)

2005年12月22日

ニチモのマンタレイ続き


 昨日の続きでニチモのマンタレイ(FT-36用バージョン)である。箱の内部は当時のスロットカー・キットの定石通り、パーツがブリスターパックされたもの。ブラシやデカール等、幾つかの薄いパーツは所定のバブルを外れて、回遊してしまっているのがわかる。ボディはご覧の通り、グリーンではなくグレーである。写真では少しライトブルーがかって見えるかも知れないが、実際は完全なニュートラルグレーで、しかも表面はマットだ。先日の童友社製フェラーリ・テスタロッサ同様、このキットを組むことも今後ないような気がする。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月22日 20:03 | コメント (2)

2005年12月24日

あの胸にもういちど原作本

motorcycle.jpg 先般ご紹介した映画「あの胸にもういちど」の原作本「オートバイ」(アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ=著・生田耕作=訳)を読んだ。ホビダス・ショッピングでリンドバーグさんが出品なさっているものを買ったのだが、手元に届いてから気づいた。この本、昔読んだ記憶がある。奥付を見てみると1984年初版になっているから、大学生の頃だ。しかし、同じ白水社刊にて、これより以前にも発行されていたと思う。1975年頃に何かの本で紹介されていたのを見て、読みたく思い、田舎の本屋で散々探したがなかった。中学1年の頃の話だ。マンディアルグの名前が脳みそに刻まれたのはこの一件のおかげだった。
 かつて地方都市には本当に何も無かった。ネットのお陰で今では便利にはなったが、実際はあまり状況は変わらず。「趣味」や「文化」に関わるものへの距離が縮まったわけではない。しかし、手に入らぬ故の悔しさが前に向かう力ともなる。ネットが普及したところで、ユーザーに探求心が無ければ、何も変わらないのだから。また逆に、ユーザー側の好奇心に応えられない安っぽいショッピング・モールが乱立しても、これまた意味がない。ホビダスには少なくとも、「マンディアルグのオートバイ」が出品されていたことが嬉しい。リンドバーグさん、ありがとうございます!

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月24日 16:48 | コメント (2)

2005年12月25日

マトラM530・仏ディンキー1/43

 今日は横浜でワンダーランド・マーケットが開催されたのだが、昨日から体調が悪くて結局参加できず。風邪のようである。金曜日には健康診断の結果がひらりとやってきて、軒並みダメダメな内容だし、ちょっと落ち込み気味。既に15年ほど前の話だが、やはり健診で引っかかり、入院して手術まで受ける羽目になったことがあった。丁度20代から30代に掛けての頃で、言わば自由に飛ばしていた時期にくらった為か、ちょっとした検査とかが酷く辛いものに感じられ、それ以降、医術全般、とりわけ患者に苦痛を強いる各種の「検査」を遠ざけるようになってしまった。しかし、逃げてばかりもいられない。そういう年齢になったということだろう。辛いことにも慣れていくことが必要なのかも知れない。
 さて、写真はフランス・ディンキーのマトラM530。実車同様に2分割ルーフをフロントのトランク・ルームに収容することができ、リトラクティブ・ヘッドライトのギミックも備える。同車種でメルクリンとノレブのディテーリングに優れたモデルがあるのだが、このディンキーには何故か惹かれる魅力を感じてしまうのである。このディンキー製マトラ、国内発売当時「コレクター誌」に小さな広告写真が出ており(1970年頃)、子供心に「なんとしても入手したい!」と思った。地方都市では新製品の入手は容易ではなかったが、さる地元デパートに入荷しているのを発見し、すぐに祖母にねだった。しかし950円というプライス・タグは高価に過ぎ、タダでは不可!との返事。とは言え、祖母は条件を提示してくれた。続きは明日。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月25日 23:02 | コメント (0)

2005年12月26日

仏ディンキーのマトラM530つづき

 昨日の続きでフランス・ディンキー1970年の傑作、マトラM530のご紹介。祖母にねだったところ、提示された条件とは?何しろ、子供の頃の自分は異様なまでに文字が汚かった。成績がどうこうとか以前に、多分、何かが故障していたのかもしれない…。とにかく「文字を練習し、キレイに書けるようになった暁には買ってやらんでもない」という条件を突きつけられた自分は、そんなにノンビリしてたら売れちゃうではないか!と思ったのたが、それ以上の無理は言えず…。
 なんと言うか、子供ながらに、ある種の諦念をもって(多分売れてしまうだろうな…という)、その条件を呑んだ記憶アリ。結局、3週間ほどの短期間だったと思うが、小学校に入り立てだった自分は、「かきかた」系のドリルで文字を練習する羽目に。鉛筆が濃いと汚く見えやすいので、HBに変更するなど、いろいろと姑息な工夫の甲斐もあって、取り合えず祖母のお眼鏡にかなう日がやってきた。諦念をひきずったまま、くだんのデパートに連れられて行くと、なんとオレンジ色のマトラはショーケースの中にまだ鎮座していてくれた。諦念が吹き飛び、嬉しさが込み上げた懐かしい思い出だ。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2005年12月26日 18:49 | コメント (0)