ここ15年ほどの国内スロット・レーシング界の牽引役の1つであった埼玉県深谷市のスロット・サーキット“モデルカーサーキット・シャパラル(チャパラル)”。
先般、このお店での最後のレースが開催されたことをお伝えした矢先、さる9月22日の早朝に、同店オーナー、桐生眞(きりゅう・まこと)さんがお亡くなりになりました。心よりおくやみを申し上げます。
私は昨日のお通夜に参席させて頂きました。会場入り口や祭壇には桐生さんが愛したシャパラルのスロットカーやRCのクォーターパイロン飛行機が飾られ、いかにも生粋の趣味人であった桐生さんらしいディスプレイでした。
常連の方々には、もちろん到底及びませんが、それでも何度あの深谷のお店に通ったことでしょう。「ル・マン 1/24」のようなビッグレースの時でも、桐生さんはエントリー締め切り時刻に現れず、皆が痺れを切らす頃に漸く現われるのが常でした。店長と常連さんがお膳立てを整えたところで、桐生さん登場。そのマイペースぶりにはいつも笑ってしまったものです。
モデル・カーズ編集部に居た時期には、新刊が出るたびに桐生さんから電話が掛かってきました。用件は決まって誌面内容に対する苦言で、時には受話器越しの口喧嘩になったことも少なくありません。なんとかお互い収めて電話を切ろうとすれば、お決まりのフレーズ“それより、なんか面白いことな~い~?” あの拍子抜けフレーズを聞くことも、もうないのですね。
私が編集を担当してマニアックに暴走した挙句、営業的には全く失敗に終わった模型関連ムック“スピード・キング”が出た時にも桐生さんから電話が掛かってきました。また文句か、と構えていたところ、この時は随分褒めてくれました。世の殆どに受け入れられなくとも、生粋の趣味人に褒められて本当に嬉しかったものです。桐生さんが特に気に入ってくれた記事は、イギリスの“SMEC”という古い模型メーカーが、技術力と趣味を生かしてオーディオ・メーカーに転身したエピソードを核にしたものでした。桐生さんはアナログ・オーディオのマニアでもあったので、お気に召したのだろうと思います。
桐生さんと最後にお会いしたのは昨年(2006年)末のレースでした。それ以前、“6月のル・マンが自分にとって最後のレースになるから、同時配信の動画取材をして欲しい”、と仰られたので、ムービー・チームを率いて取材をさせて頂きましたが、夏を乗り切り、年末も皆と楽しそうにレースを満喫なさっていました。その姿を見て、お痩せにはなったが、この人は不死身なんじゃないか、もうすぐ全快するんじゃないか、と思ったほどでした。
しかし結局、今年のル・マンが桐生さんの最後のスロット・レースとなりました。
桐生さん、たくさんの思い出をありがとう。一緒に遊んでくれてありがとう。桐生さんとシャパラルのことは一生忘れませんよ。やすらかにお眠りください。



コメント (15)
とても寂しいですね。
通夜ではもっと色々お話したかったのですが。
通夜に出席したのに、おいらは実感として桐生さんが亡くなっ
た事をまだ認められません。
そして、今は仕事に没頭して思考の外へ追い出そうとしていま
すが、ボ~ッと桐生さんの事を考えてしまいます。
突然、おいらの携帯が鳴って眠そうな声で
「なんか面白いことな~い~?」
って言われるような気がしてます。
投稿者: 親方 | 2007年09月25日 21:37
日時: 2007年09月25日 21:37
親方殿、本当にそうだね。
しかし、めそめそするのは
桐生さんも嫌がるでしょう。
せいぜい、我々は好きな事をやろう。
桐生さんの分も。
投稿者: ヤマダマ | 2007年09月25日 22:58
日時: 2007年09月25日 22:58
僕も68年型の312Pを好む者。一読親近。痛快ゴンタな文章、拝読させて頂いておりました。
投稿者: 円蔵笛 | 2007年09月26日 14:49
日時: 2007年09月26日 14:49
僕も69
投稿者: 円蔵笛 | 2007年09月26日 15:01
日時: 2007年09月26日 15:01
円蔵笛さま、どーもです。
桐生さんのブログは面白かったですね。
復活を祈願していたのですが、
本当に残念です。
追伸:motorbomb猫、製造の件、忘れてません。
頑張りますのでお待ちを。
投稿者: ヤマダマ | 2007年09月26日 16:00
日時: 2007年09月26日 16:00
本当に残念なことですね・・・。
SLOTとルマンに熱く語るブログはおもしろく、勉強させていただいたものです。
SLOTをブームではなくカテゴリーとして支えてきた縁の下の力持ち、今後の「シャパラル」も桐生さんの想いを継いで、今度はファンの皆で支えていくことで、桐生さんも喜んでくれることでしょうね。
心よりご冥福を申し上げます。
投稿者: aavecj | 2007年09月27日 10:18
日時: 2007年09月27日 10:18
aavecjさま、どーもです!
仰るとおりですね。
浮き沈みありながらも無くならない不思議なホビーである
スロット・レーシングですから、
静かに着実に続けて行きたいですね。
投稿者: ヤマダマ | 2007年09月27日 16:54
日時: 2007年09月27日 16:54
初めましてなのかお久しぶりですなのか…山田さんって企画室ネコの山田さんですか??昔、bellettに乗っていた…??違ってたら申し訳御座いません…orz
私は大宮のオールドロコに15年程前に3年間働いていたbellett好きなヤロウです。桐生さんとの出会いは大宮のオールドロコでした。今でもリアルにねぇねぇねぇ♪って言っている桐生さんを思いだします。(内股で歩きながら)
最近になってオールドロコのメンバー達とまたスロットやりたいねぇって言っていまして、チャパラルでやろうって話になり調べていたらお亡くなりになられたと知って、凄くショックをうけています…石川さんとかも知っているのだろうか…桐生さん、天国でもスロットカーやってますよネ!ご冥福を申し上げます。
投稿者: 638 | 2007年09月27日 21:03
日時: 2007年09月27日 21:03
おおっオールドロコ!懐かしいですね。
そーです。昔ベレットに乗っていたネコの山田ですよ。
オールドロコのスタッフの方といえば、
シ○ドー君ですかね?間違っていたらごめんさい。
オールドロコのスタッフの方々には
当時いろいろと大変お世話になりました。
さかつうシャシーのセッティングを教えてもらったり…。
随分時間が経ってしまいましたけど、
いい思い出です。そう言えば、
桐生さんんも常連さんだったんですよね…。
投稿者: ヤマダマ | 2007年09月28日 13:48
日時: 2007年09月28日 13:48
>ヤマダさん久しぶりです♪
そうです、シンドーですw
私、現在bellett2台目を所有しています♪
10月14日の筑波(jcca)と28日本庄サーキットに行きますので時間が空いてればお話したいですネ♪
私も今年で34歳になりましたw
投稿者: 638 | 2007年09月28日 18:06
日時: 2007年09月28日 18:06
シンドー君、ご無沙汰です。
今やすっかりベレット・フリークなんですね!
34歳!そうですか、光陰矢のごとし。
当時のシンドー君はまだ10代だったんですねぇ。
14日も28日も別のイベントがあり、
お会いできないと思いますが、
これをきっかけとして、
また連絡を取り合っていきましょうね。
桐生さんが再会させてくれたということで。
投稿者: ヤマダマ | 2007年09月28日 21:17
日時: 2007年09月28日 21:17
そうですネ♪
桐生さんが再会させてくれたと言う事で( ̄ー+ ̄)♪
今度は何処かの車イベントでお会い致しましょうw
連絡はココでやりとりすれば良いですか?
投稿者: 638 | 2007年09月30日 00:44
日時: 2007年09月30日 00:44
シンドー君へ。追ってメアドおしらせします。よろしくです。
投稿者: ヤマダマ | 2007年09月30日 23:26
日時: 2007年09月30日 23:26
突然で失礼しますが、コメントさせて頂きます。
ホームページにもお店を閉める話を載せておられたので、よほど体調がお悪いのだろうとは思っておりました。先日、シャパラルの常連の知人から、お亡くなりになったとの連絡を頂き、大変残念に思っています。
桐生さんとは、1/8のラジコンカーをやっていた30年以上前に何度かお会いしただけでしたが、ブログの写真は昔のとうりのイメージでした。
当時のレースで桐生さんは、アメリカ製アソシエイテッド社の最新型でいつも台風の目だったエールケン4のNさんのグループだったように思います。また、北米のレースに遠征した桐生さんは当時の模型少年にとってはヒーローのような人でした。
私は、そのライバルチームのトドロキ・モデルのフェニックスチームにくっついて車を走らせていました。トドロキモデルはもちろん今のレーシングパラダイスではなく、線路の反対側にあった等々力モデルホビーの事です。そのトドロキモデルも随分前に無くなってしまいましたし、シャパラルも閉店してしまうのでしょうね。フライの1/32の流れではないスロットカー、というよりも私たちの知っているモデルカーレーシングはもはやレッドデータブック物ですから致しかたないでしょうが寂しいかぎりりです。
投稿者: シロクマ | 2007年10月08日 00:23
日時: 2007年10月08日 00:23
シロクマ様、コメント有り難うございます。
桐生さんはRCカーでも活躍されましたよね。
ご自分でも、その頃の事は随分懐かしく思われていたようで、
なんども自慢話を聞かせてもらったことがあります。
桐生さんの趣味におけるキーワードは常に「自分の手を動かしてこそホビー」で、出来合いのものをただ買ってきて愛でるだけの行為は
ホビーではない、と常々熱弁されていました。
うるさいオヤジでしたが、本当にいい人でした。
投稿者: ヤマダマ | 2007年10月08日 13:42
日時: 2007年10月08日 13:42