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2008年04月

2008年04月03日

久しぶりのスロットカー

 昨夜久しぶりに一人でスロットカーを走らせて来ました。毎月1回開催されているヴィンテージ・スロットカーのミーティングに参加させてもらっているのですが、私以外のメンバーは皆さんベテランの超テクニシャンばかり。いつもいつもノロノロ走らせて迷惑をお掛けするわけにもいかないので、たまには練習が必要です。練習と言うよりも、クルマの整備をして、スロットカーのスピードを感覚的に思い出しておく、といった感じですが。

 仕事を早めに切り上げ(と言っても午後9時30分を回っていましたが)、向かったのは「レーシングパラダイス世田谷」。平日の夜だというのに1Fのフロアはたくさんの熱心なスロッターの方々が思い思いに練習走行をしています。このショップには2Fのコースもあって、そこはいつも比較的空いているので、私のようなたまにしか走らせない、しかも旧いスロットカーのような特殊なクルマを走らせる者には最適な環境となっています(但し路面の状態など、コース・コンディションはメインである1Fコースの方が整っているのは言うまでもありません)。

 持ち込んだクルマは最近のメインであるチータラチャ。こればっかりで申し訳ないのですが、せっかく手間をかけてレストアしたクルマなので、少しでも楽しまないと勿体ないですから。とは言え、楽しめば楽しむほど、クルマは痛むし、大クラッシュをしでかして、お気に入りのボディを割ってしまう可能性も大なのですが。そうなったら、なったで諦めるしかないです。なにしろ走らせないスロットカーは意味がないし、COX製のスロットカーが全開で走っている姿は本当にカッコいいと思うので、少しでもそれを味わいたいのです。

 てなワケで、たった一人で、合計5回×10分=50分間、チータラチャの走行を楽しみました。ちなみにこの2Fコースはオーバルとインフィールド・ありの2形態に組み変えることができる構成なのですが、昨夜はオーバルとなっていました。なので、ほとんどコースアウトもせず、全開走行を満喫してきました。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2008年04月03日 12:05 | コメント (4)

2008年04月09日

現ちゃんの思い出 その1

 先日、旧い友人であった作曲家の上田 現さんがお亡くなりになった折、このブログでも昔話を書いたのですが、もっと現ちゃんのことを書いてくれ、という声が周囲からいくつも聞かれるので、少しだけ触れていこうと思います。

 前回書いた「カツ丼」のはなし。よくよく思い出してみると、これは現ちゃんがレピッシュに加入する以前のことでした。当時私はレピッシュと平行して、現ちゃんやレピッシュのドラムである雪好君、雪好君の兄貴である周平くん(後にスーパースランプや聖飢魔Ⅱの初代ギタリストとなった)と、「エレベーター」というバンドをやっていました。レピッシュがスカ(スキャッフル)をベースとするパンク色の濃いビート系バンドだったのに対して、エレベーターは現ちゃんのカラーが濃いバンドで、当時全盛を極めたブリティッシュ・オルタナ系のオリジナルを演奏するバンドでした。

 当時、現ちゃんが好んで聴いていた音楽で、はっきり覚えているのはケイト・ブッシュの「ザ・ドリーミング」や「魔物語(バブーシュカ収録)」といったアルバムです。ただその頃の現ちゃんが作る曲には、ケイト・ブッシュの影響はあまり感じられなかったと思います。核となる美しいメロディを持ちながら、どこか不気味(不思議)なテンションもある点は当時から不変だったと思いますが、後の現ちゃんの音楽の特徴となった、ある種のリリカルな叙情性はまだ感じられませんでした。PILなどが流行った時勢もあって、それよりもビートを強調したものが多かったのですが、なによりも、リリカルな要素を持ち込むことに、現ちゃんらしい「照れ」があったのだと推測します。

 話を戻して、例の「カツ丼」の夜、二人で作りかけた曲は2つありました。この時は私がベースラインのモチーフを2種類持ち込み、それを元に現ちゃんが肉付けをするセッションのような形で進行。1つはフレットレス・ベースを使った3拍子のスローなもので、現ちゃんは次回のエレベーターのバンド練習までに、「水門」という曲に仕上げてきてくれました。この曲はとてもリリカルで、この時はじめて現ちゃんの叙情性を見た気がしました。おそらく、「山田が持ち込んだモチーフから作るのだから、自分本来のトーンではないんだよ」、というエクスキューズをもとに、「照れ」を打ち消して仕上げてくれたのだと思います。(以下次回)

投稿者: T. Yamada | 日時: 2008年04月09日 13:20 | コメント (0)

2008年04月10日

現ちゃんの思い出 その2

 上田 現ちゃんにまつわる昔話つづき。前回、前々回でも書いた「カツ丼」の夜に二人で試行錯誤したもう1つのモチーフが、永くレピッシュがライヴで演奏しているスカ・ナンバーの1つ、「MAD GIRLS」のサビ部分です。私が持ち込んだのはサビ部分のメロディ・ラインそのもので、現ちゃんはそれに生ピアノでコードを割り振ってくれました。当時の現ちゃんの部屋にはティアックのオープンリールがあり、前回書いた「水門」のベースラインと共に、録音したことを覚えています。この「MAD GIRLS」のサビ部分は、この後2年間ほど、現ちゃんの部屋で惰眠を貪ることになります。

 その後、現ちゃんが率いたバンド、「エレベーター」は自然消滅、紆余曲折を経て、現ちゃんはレピッシュに加入することになりました。これでベーシストが私である以外は(これが大問題ですが…)、メジャー・デビューした時のメンバーが揃うことになったのです。時に1984年末のこと。これ以降、現ちゃんはレピッシュという媒体に相応しい楽曲を少しずつ書いていくことになりますが、ここではくだんの「MAD GIRLS」という曲がいかに生まれたのかを書いておこうと思います。

 実はこの曲は、当時私が書いた「MAD DOG」というスカ・ナンバーが元になっています。この曲、ライヴでも1~2回演奏した記憶があるのですが、曲も詩も当時のバンドの方向性と微妙に合わず、私自身が「お蔵入り」にしようと決めた曲でした。しかし現ちゃんが、「俺がこの曲を直してみる」と言ってくれました。そしてコード進行やメロディなどを根本的に見直してきてくれたのです。その直したバージョンを最初に聞かされたときに驚いたのは、「カツ丼」の夜に二人で録音し、そのまま放置していた例のメロディとコードを、サビ部分に持ってきてくれたことです。「これ、以前に録音したのをサビに持ってきた…」と現ちゃんは言いました。

 「元々は山田の曲だったんだから、山田のカラーでまとめてやりたい」と現ちゃんは考えてくれたのでしょう。そのことが大変嬉しかった思い出があります。そしてこのバージョンに、ヴォーカルのMAGUMIが詩をつけて完成したのが、「MAD GIRLS」というわけです。この曲はこれまでに発売された、どのレピッシュのCDにも結局収められておらず、ライヴ専用チューンとして永く演奏され、ビジュアル・ソフトにのみライヴ版で収められました。

 レピッシュを離れてから、15年近く経ったある日、「MAD GIRLS」が非売品の懸賞プレゼント用として、シングルCD化されたことを知りました。それからややあって、ドラムの雪好君を介してそれを入手。ジャケット裏のクレジットに、「作曲:上田現 & 山田剛久」の文字を見たときは、現ちゃんや他のメンバーの義理堅さに感謝する気持ちでいっぱいでした。

 それから更に10年近い時間が経過してしまいました。かつての新宿ロフトも渋谷センター街の屋根裏も今や遠い昔の話。しかし、四十路を半ば過ぎた今でも、あの頃のことは大事な経験として自分の中にしまってあります。そしてまた、私のようにフェイドアウトすることなく、ずっとステージに立ち続けてきたかつての仲間たちは私の誇りでもあります。つまらん大人にはならんと意地をはっていた昔。あの頃の私は今の私を見て、なんと言うのでしょうか。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2008年04月10日 12:50 | コメント (6)

2008年04月16日

ロケハン

 取材のロケハンで稲城市の若葉台公園というところに行きました。

 平日の郊外の公園って閑散としているのかと思いきや、駐車場には時間調整中、もしくはサボり中とおぼしき営業車が結構たくさん。公園内で散策なさっている方々もちらほら見られました。首都圏近郊では、「何もない・誰も居ない」場所というのを探すのは、なかなかに至難のわざですね。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2008年04月16日 20:29 | コメント (2)

2008年04月25日

スロットカーのパーツ

 毎月1回、ヴィンテージスロットカーのミーティングに参加させて頂いていることはしばしば書いておりますが、先週末もそのミーティングがありまして、なんとお題は「チータ大会」でした。言うまでも無く、最近のメインであるCOXチータラチャとCOXのマグシャシー・チータ、加えて同じくCOX1/32チータの3つを持って参加してきました。

 参加車両は、やはりCOXが多かったですが、ストロンベッカーも何台かいて、チータ・フリークの自分としては大変楽しい時間を過ごすことができました。写真はその折、他のエントラントの方から譲っていただいたスロットカー用パーツです。

 モーターは余分に持っていたCOXチータラチャ用リアホイールと交換して頂いたFT16Dです。FT16Dには1960年代当時から既に何世代かあったらしく、写真のものはエンドベルの丸いモールドが大きい第三世代のものとのこと。くだんのチータラチャをレストアした折、シャシーのモーターマウントの穴が大き過ぎて、手持ちのFT16Dを固定できず、以前から付いていた壊れたモーターのエンドベルをFT16Dに移植してマウントした旨、書きましたが、なんのことはない、どうやら元から付いていたモーターは、FT16Dの第三世代のものだったということのようです。つまり今回頂戴したこのモーターは、そのまま現在のシャシーに搭載できるわけで、大変喜ばしいです。第三世代のFT16Dは非常に良く回るらしいので楽しみにしています。

 黒いパーツは、チータラチャのフロントに標準装備されるスポイラーです。本来はボディと共色なので、グリーンメタのものが欲しいところですが、なかなか単品で出てくるシロモノではないので、何色でもいいからというつもりで探していたところ、幸運にも譲っていただけました。

 これでスポイラーを取り付け、モーターを新しいのに交換すれば、今回のレストア・プロジェクトは一応完成を見たと言って良い状態になると思います。ところが、なんとスポイラーを仮組してみたところ、ガイドのポスト部分と干渉してしまうことが発覚。チータラチャをはじめ、COXのIFCシャシー車種は、ポストが短く(低く)、かつセルフコントロール用の輪ゴムを通すフック付きの専用ガイドを使用しているのですが、現在の私のシャシーに付いているものは、フックは付いているものの、ポストが高いものだったのです。

 というわけで、ポストが低いIFC用ガイドが見つかったら、スポイラーを取り付け、モーターを交換しようと思っております。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2008年04月25日 21:39 | コメント (2)

2008年04月29日

ロケ仕事

 先週からロケ取材のために借りもののクルマに乗っていました。新型フォード・エスケープ。社用車にも随分酷使された旧型エスケープがあるので、どうしても乗り比べてしまいます。やっぱり新しいクルマはいい!視点が高いので、普段乗っているBMW118iよりも大きな車体にも関わらず、見切りがいいし、ステアリングも軽いので、楽チン。自動車雑誌の編集者って随分いろんなクルマに乗れて楽しんでいるんだなーと改めて思った次第です。それに比べると、自分のキャリアで、役得を感じた瞬間って殆どないんですよねー。

投稿者: T. Yamada | 日時: 2008年04月29日 20:43 | コメント (0)

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