先日、旧い友人であった作曲家の上田 現さんがお亡くなりになった折、このブログでも昔話を書いたのですが、もっと現ちゃんのことを書いてくれ、という声が周囲からいくつも聞かれるので、少しだけ触れていこうと思います。
前回書いた「カツ丼」のはなし。よくよく思い出してみると、これは現ちゃんがレピッシュに加入する以前のことでした。当時私はレピッシュと平行して、現ちゃんやレピッシュのドラムである雪好君、雪好君の兄貴である周平くん(後にスーパースランプや聖飢魔Ⅱの初代ギタリストとなった)と、「エレベーター」というバンドをやっていました。レピッシュがスカ(スキャッフル)をベースとするパンク色の濃いビート系バンドだったのに対して、エレベーターは現ちゃんのカラーが濃いバンドで、当時全盛を極めたブリティッシュ・オルタナ系のオリジナルを演奏するバンドでした。
当時、現ちゃんが好んで聴いていた音楽で、はっきり覚えているのはケイト・ブッシュの「ザ・ドリーミング」や「魔物語(バブーシュカ収録)」といったアルバムです。ただその頃の現ちゃんが作る曲には、ケイト・ブッシュの影響はあまり感じられなかったと思います。核となる美しいメロディを持ちながら、どこか不気味(不思議)なテンションもある点は当時から不変だったと思いますが、後の現ちゃんの音楽の特徴となった、ある種のリリカルな叙情性はまだ感じられませんでした。PILなどが流行った時勢もあって、それよりもビートを強調したものが多かったのですが、なによりも、リリカルな要素を持ち込むことに、現ちゃんらしい「照れ」があったのだと推測します。
話を戻して、例の「カツ丼」の夜、二人で作りかけた曲は2つありました。この時は私がベースラインのモチーフを2種類持ち込み、それを元に現ちゃんが肉付けをするセッションのような形で進行。1つはフレットレス・ベースを使った3拍子のスローなもので、現ちゃんは次回のエレベーターのバンド練習までに、「水門」という曲に仕上げてきてくれました。この曲はとてもリリカルで、この時はじめて現ちゃんの叙情性を見た気がしました。おそらく、「山田が持ち込んだモチーフから作るのだから、自分本来のトーンではないんだよ」、というエクスキューズをもとに、「照れ」を打ち消して仕上げてくれたのだと思います。(以下次回)


