雌猫とブーツ
10年来、苦楽を共にして暮らしてきた雌猫が連休中に亡くなった。獣医に肝臓癌、もしくはリンパ癌である旨を診断され、余命宣告されて1ヶ月足らず。余命宣告を受けた時に妻と話し合い、我々には人間のエゴと思われる極端な延命措置はしないこと、そして病院ではなく、自宅で看取ることを決めた。日に日に衰えていく彼女は、常にだるそうな様子だった。ろくすっぽ世話をしなかった私に、子猫の頃から何故か最もなついていたが、私のいびきと寝相の悪さには辟易していたのか、最近は私のそばで眠ることもなかったのに、この1ヶ月はずっと私の傍らで眠るようになっていた。
毎朝出勤する私を見送ってくれた彼女だったが、さすがにここ2週間ほどはそれもなかった。元気な頃、見送ってくれる時は、常に私のブーツに体を擦り付けて、なかなか離れようとしなかった。そのままではドアを閉められないので、ブーツで彼女を部屋の中に押し戻すのが常だった。「雌猫とブーツ」というと、字面だけなら、なにやら色っぽい連想をしそうだが、私のブーツは常に猫の毛にまみれ、爪とぎに格好のツールとなっていたのが実際だ。
とはいえ、彼女は色っぽく愛らしい猫だった。妻と私が二人で出かけると、嫉妬して部屋の中は荒れ放題となった。実はもう1匹、雄猫も飼っているのだが、彼のことはまったく相手にせず、彼女が愛した雄とは私に他ならなかったのだと思う。誤解を恐れずに言えば、私の人生において、これほど無条件に私を慕ってくれた雌は彼女だけかも知れない。ある意味、人間の誰よりもである。
「動物は人間より寿命が短いから、別れが辛いから飼わない」というのはよく聞かれるご説で、しごくもっともだ。言うまでもなく別れは辛く悲しい。しかしその上で、動物と暮らすことは素晴らしい。彼らは何ものにも代えがたいものを我々にもたらしてくれる。
彼女が息をひきとって行く時、私が囁き続けたのは、無意識のうちに 「ありがとう」という言葉だけだった。


