社長対談、フェラーリと、音楽と…ゲスト河村隆一さん
ネコ・パブリッシング社長笹本健次が、各界のトップや世界的な趣味人を招いて対談する『社長対談』。<BR>第1回目のゲストは、数々のヒット曲で知られる音楽家の河村隆一さん。2人に共通する趣味“フェラーリ”をテーマに、対談はスタートしました。
“カッコイイ”クルマの原体験がフェラーリだったんです

笹本:そもそも河村さんがクルマに興味を持つようになったきっかけは?

河村:子どものころ自分の父親のクルマの助手席に乗って運転している姿を見ていると、その当時は白いサニーだったと思うんですが、ホントに子どもの目から見ても狭い路地を一発でステアリングを切って抜けていくんですね。そのとき素直に「お父さんカッコイイな!」と思ったんです。当時はマニュアル車だったんですが、子どもからすればクルマという大きな乗り物を、自分も父親みたいに手足のように操れるものだろうかという、未来に対するドキドキする期待感と不安みたいなものがありました。それからクルマを見ると、「あのクルマも自分が乗れるのかな? あのクルマも動かせるのかな?」って、そういう風に思ってましたね。

笹本:そうすると、免許を取ったのは?

河村:18歳です。

笹本:じゃあ、免許が取れる年齢になったらスグに、って感じですね。

河村:その前からバイクの免許は持っていたんで、オートバイには乗っていましたが。

笹本:それで現在はフェラーリに乗られているわけですが、そこに行き着くまでの経緯を教えてください。

河村:やっぱり、若いころって理由とかじゃなく、目から飛び込んでくる“カッコイイ”っていう感性に訴えてくるものに惹かれますよね。小さいころ母親の友人がディーノに乗っていたんです、黄色の。その写真をもらって宝物にしていたくらいなんで、スーパーカーというものに憧れがあったことは確かです。でもそういうこととは別に、バイクでもそうですけど、パッと見たときの「これはカッコイイ!」と感じたクルマの原体験が、僕の場合フェラーリの中に存在したんです。

笹本:それですぐにフェラーリに?

河村:いえいえ、それはまだ免許を取る前の15、16歳のころだったと思います。自分の父親にフェラーリの写真を見せては、「コレ、乗りたい!」。「乗れるか、お前が!」って(笑)。自動車雑誌を見ては、そんな話をしていたような時代ですから。

笹本:なぜフェラーリに興味を持つようになったんですか?

河村:やっぱり、デザインですね。それとフェラーリ独特の“赤”のボディカラー。もちろん赤いクルマは他にもたくさんあるんですけど、フェラーリの赤は発色が違うんでしょうか、特別なんです、他の赤いクルマとは。10代でバイクを走らせているころから、見かけるたびに惹きつけられていきましたね。

笹本:「ゼッタイ買うぞ!」って思うようになったのはいつごろからですか?

河村:僕がデビューして買ったのはミニ・クーパーだったんですが、そのころから「買えるはずないな」って思いながらも、将来フェラーリに乗ることを夢見て、わざわざ左ハンドルのマニュアルを買って練習したり、「12気筒も乗っておかなきゃ」って、BMW750iに乗ったりしてたんです。

河村:1997年にソロとして活動を始めるようになるんですが、そのソロになった最初の給料をもとに初めてのフェラーリ、F355を買いました。もちろん安い買い物ではなかったんですが、河村隆一個人として活動していくにあたって、それからの仕事に対するモチベーションというか、自分に対するいい意味でのプレッシャーにしたかったんです。憧れだったフェラーリに乗ることで、それに恥ずかしくない仕事をしようと…。

 
河村隆一
河村隆一(かわむらりゅういち)

人気ロックグループ『LUNA SEA』のボーカリストとして絶大な支持を集め、活動休止期間中であった1997年、シングル「I love you」でソロデビュー。その後、俳優や小説の執筆など活動のフィールドを広げるとともに、ほかのアーティストへのプロデュースや楽曲提供も手がけるなど多彩な才能を発揮する一方で、クルマや時計、ゴルフなど幅広い趣味人としても知られている。ちなみに、5月24日にリリースされた約2年ぶりのソロアルバム「evergreen 〜あなたの忘れ物〜」は、ラブソングの名曲ばかりを集めた自身初のカバーアルバム。6月23日からは同アルバムをフィーチャーしたソロツアーもスタートする。

笹本健次
笹本健次(ささもとけんじ)

昭和24年8月生まれ。株式会社ネコ・パブリッシング代表取締役。昭和51年にネコ・パブリッシングの前身である「企画室ネコ」を立ち上げ、当初は極めて趣味性・資料性の高い自動車書籍・雑誌を中心に出版、その後、鉄道、オートバイ等の“乗りもの”系の充実に加え、あらゆる「趣味」の総合出版社としての展開を率先して牽引、現在に至る。鉄道趣味は少年のころから。クルマの分野では、フェラーリ・ファナティックとして有名。毎日更新されるブログはこちら

ディーノ246GT

フェラーリ・ディーノ246GT

フェラーリ社の創始者であるエンツォ・フェラーリが、早くに亡くなった息子を偲んでその名を与えたモデル。その美しいプロポーションは、今なお高く評価されている。

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