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広田:いろいろな意味で『鉄道ピクトリアル』はやはり原点です。
笹本:小学生の頃から『鉄道ピクトリアル』は読んでいましたが、僕は広田さんの当時の写真で、一際鮮明に印象に残っているのが那須野の組写真で…。
広田:そう、3枚ぐらいの。
笹本:東野鉄道を撮ったもので、おじいさんがホームをよぼよぼ歩いていて、タバコかなんか吸って…。いや鮮烈な印象が残っていますよ。もうひとつはホームの水飲み場の向こうにB6がいる写真。この間名取編集長に聞いたら、大宮だって言っていましたが…。
広田:子供が水飲んでいるところ?
笹本:そうそう。もう40年以上前の写真だけど、僕はずーっと覚えている。
広田:それはそれは。(笑)
笹本:それにしても、あのころの『鉄道ピクトリアル』の編集者がああいう写真を大きく選ぶなんて、いまから考えてもすごいと思いますよ。
広田:そうですね。
笹本:本島三良さんなどのきわめてオーソドックスな写真が幅をきかせていた時代に、よくあんな写真、いや失礼…セオリー通りでない写真を選んだと思います。実際に選んだのはどなたか知りませんけどね。
広田:ああ、あれは萩原政男さんですよ。すごいですよね。僕が萩原さんや黒岩保美さんと知り合った経緯をちょっと話すと…。「鉄道友の会」ができたばっかりの頃でした。三森康亘さんという方、この方は私の子供のころからの友人ですが、彼が黒岩さんや萩原さんに可愛がられていた。そんな彼がある時、「鉄道写真コンクール」で入賞している広田っていうのはおれの友達だって言ったらしいんですね。そうしたら、お前なに言ってんだ、むこう(広田)のほうがもっと年齢が高いはずだって言うのです。そういう写真ばかり撮っていましたからね。じゃあ会ってみてください…ということで、数寄屋橋にあった銀座写真商会の2階で引き合わせてもらったのが最初でした。
笹本:その時、広田さんは何歳ぐらいだったのですか?
広田:ぼくは、だってまだ学生ですから。
笹本:那須野の、東野鉄道の写真は?
広田:昭和30年ぐらいだったと思いますけど…。大学入ってすぐだったと思います。
笹本:そうですか、まだ二十歳前ですね。
広田:「那須野の印象」はね、黒岩さんと萩原さんのあとについていって、それで撮ったんです。 |